「……あと少し、あと少しですわ。」
一ノ宮麗奈は今、偶然知ってしまった大会運営の裏の目的を外部に告発しようしていた。
彼女の正義感、不正を悪徳を許さないという馬鹿が付くほどに正直な性格が彼女を突き動かし、地下闘技場に設置された唯一の外部との連絡手段、古い公衆電話の存在を人伝に聞いた麗奈はそれを目指す。
「この角を曲がれば……あった!!」
まるで1つの街のように入り組んだ通路の先、噂に聞いた通り確かに古ぼけた公衆電話が見える。
あれを使って外部……父の携帯電話か警察に全てを密告すれば、この地獄のような空間から解放される。
「こんにちはぁ、こんな所でどうしたんですかー?」
「ッ!?」
後ろから声をかけられて思わず飛び退く。
声の主を見れば、そこにいたのは少女……年齢は麗奈と同じくらいだろうか。
アルビノと見間違うほどに白い肌に麗奈とは対照的な銀の髪、血を思わせる赤い瞳は爛々と輝いている。
そして何より目を引くのはスレンダーな体のラインを強調するように張り付いた黒いタイツ。
「……あなた、何者?」
それは麗奈にとって二重の意味の質問だった。
1つは文字通りの少女の素性を知るための意味。
もう1つは彼女とてこの地下闘技場でそれなりに数を熟してきた闘士、いくら目の前の公衆電話に夢中でも人の気配や殺気を感じ取ることができる。
そんな麗奈に一切気付かれず背後を取った少女が何者なのかという意味だ。
「ちょっとー、質問を質問で返さないでくださいよー。まずは私の質問に答えてくれません?……って、もしかして何を聞かれたか忘れちゃいましたぁ?じゃあもう一度、こんなところで何をしてるんですか?……一ノ宮麗奈さんっ!!」
麗奈は上手くはぐらかされてしまったと歯噛みをする。
だがここで黙るのは悪手中の悪手だ。
「……少し散歩に、歩いていましたら公衆電話を見付けたので懐かしいと思っただけですわ。」
とりあえずここは嘘を吐いて少女には立ち去ってもらおうという思いから咄嗟に出た嘘だった。
「散歩……ねぇ。ほんとですかぁ?それにしてはずいぶん急いでいたように見えますけどー?あ!ひょっとしてー、この公衆電話が目的だったりしますー?」
「え……」
少女の口角がまるで弧を描くように上がる。
元々嘘を吐くことに慣れていない麗奈は図星を突かれ言い淀む。
「図星ですねー。じゃあもしかしてー、この公衆電話で大会運営の情報をどこかに流そうとしてたりー?」
「…………」
さらに図星……違う、この少女は全てを知っていてわざと煽っているんだと麗奈は直感する。
「アハッ!大当たりー!でも困るんですよねぇ、そういう勝手なことをされちゃうと……私の稼ぎが減っちゃうじゃないですかー。まぁ、貴方が思い付く所……警察も貴方のお父様の会社も全部根回し済みなので無駄ですけどー。だから止めておいた方が良いんじゃないですかぁ?」
「あなた……運営側の人間ということですのね。お生憎ですが、警察やお父様以外にも連絡する場所はありましてよ?とにかくそこを退いてくださいな、じゃないと酷いことになっても知りませんわよ?」
相手は闘士にも見えない細身の少女、それなら少し脅せばすぐに折れるはず……。
「はぁー、どうなるんですかぁ?あ!もしかしてぇ、睦月乃亜さんと闘った時の貴方みたいな目にあったりするんですかぁ?こわぁい……」
「……あなた、舐めてるんですの?」
睦月乃亜との闘い、それは麗奈にとって桜月乃との闘い以上に屈辱に満ちた一戦であった。
それを掘り返す少女の言葉に怒りを露わにする。
「少し、痛い目を見た方が良さそうですわね。私の実力を徹底的に思い知らせて差し上げますわ!!」
「えー、私みたいな幼気な女の子に暴力を振るうんですかぁ?……うーんでもまぁ弱そうってか弱いし、別にいっか。あ、そうそう……私の名前、伊吹乃依瑠って言いますぅ。まぁよろしくお願いしまーす。」
こうして麗奈と乃依瑠の戦いの火蓋が切って落とされた。
「悪いけれどさっさと終わらせてもらいますわっ!!」
動いたのは麗奈、パンプスがコンクリートの床を叩き乃依瑠の腹に容赦ない一撃を与えんとする。
「やばっ!?んぎゅぅっ!!!」
あれだけ勿体ぶっていた乃依瑠だったが、反応する間もなく麗奈の一撃を叩き込まれてしまう。
「ひ、酷いなぁ……本気で殴るなんて、16の柔肌を傷付けるなんてぇ……」
「ふん、そんなに傷付くのが嫌なら最初から勝負なんて挑まなければ良かったでしょう?私に喧嘩を売った罪、重いですわよっ!!」
たった一撃で苦しそうな顔の乃依瑠に対してさらに容赦ない攻撃、今度は彼女がこれまで会得させられてきた格闘技を組み合わせた我流の舞(アーツ)、我流故に彼女以外誰も使えない技だ。
「ちょっ!!そんなの聞いてない!!聞いてないってぇ!!きゃんっ!いやぁんっ!」
通路中に響き渡る麗奈の攻撃で乃依瑠の身体が叩かれる音と悲鳴、着々と彼女は追い詰められて行く。
「ほらほらっ!さっきまでの威勢はどこに行きましたの?全然ではありませんかっ!!」
「きゃぁっ!あぁんっ!…あっ!?」
乃依瑠がハッとして振り返れば背後には壁が差し迫っていた。
麗奈の猛攻で後退していく内にいつの間にか壁際まで追い詰められていたのだ。
「はぁ……はぁ……思った以上に…………」
「さて、もう後がありませんわよ?また邪魔をされては堪らないのであなたにはここで気を失ってもらいますわね?覚悟なさいな。」
麗奈の脚が180°上に曲がる。
バレエダンサーですら難しいように見える美しいI字バランス、そしてそれをまるで断頭台にすげられた首に振り下ろされたギロチンの如く、壁に追い詰められた乃依瑠の脳天へ振り下ろす。
「……よわぁい。」
「!?」
麗奈の踵落としが乃依瑠の脳天を捉えることはなく、その踵は硬いコンクリートの床を叩いた。
「そんな……あれだけ満身創痍だったはずなのに……」
「アハハハッ!本当に?本当に貴方は私が追い詰められていると思ったんですかー?」
驚くことに乃依瑠の声は麗奈の背後から聞こえた。
慌てて振り返ればそこに立っていたのは、さっきまでの満身創痍の様子はどこ吹く風、口角を弧のように上げて笑う彼女だった。
「だ、だって私の舞は間違いなくあなたを捕らえていたはず……!!」
「あー、それですねぇ。ぜーーーんぶ私の演技ですっ☆そんなのも見抜けなかったんですかー?」
「演技って……だって確かに手応えが……」
麗奈の中で動揺が広がる。
それ以上に目の前にいる乃依瑠の殺気が強く、そして大きくなるのを感じる。
「あんなのも見抜けないんじゃ……センス、ないんじゃないですかぁ?」
「なっ……がはぁっっっ!?」
消えたと思った瞬間、鼻と鼻がくっつきそうなほどの近くにいた乃依瑠。
気が付いた時にはもう遅く、麗奈のみぞおちには彼女の拳が深々と突き刺さっていた。
「う……嘘…でしょう……」
「残念、現実ですっ☆もっと痛いの行きますねぇ?」
背後には壁、迫りくるは狂気的な笑みを浮かべた乃依瑠。
「何を……何をするつもり……?」
「あ、そうそう。ついでと言ってはなんですけどー、私の力の一端見せてあげますね?」
乃依瑠の構えに麗奈はハッとする。
彼女の構えは……自分の構えにそっくりだと、そして飛んでくる攻撃も瓜二つだった。
「あぎっ……な、なんで私の……がぁっ……」
「アハハッ!なんで私の技を貴方が使えるのかですかぁ?簡単ですよー、トレースしたんですっ☆」
恐らく乃依瑠のそれは技自体をトレースしていても威力は麗奈のそれには劣る。
だがスレンダーな彼女の見せる舞は麗奈のよりも美しく見えるだろう。
「トレース……ふざけっ……ない…で……」
「ぶん殴られながらそんな凄んでも怖くもなんともないですよ?」
暴力の嵐と形容するに相応しい乃依瑠の舞を前に麗奈は枯れ葉に等しく、身体を上下左右に振らされることしかできない。
「やめっ……お願いっ……」
「うーん、止めてあげてもいいですけどー……貴方の悲鳴、なんか心地良いんですよねぇ。もうちょっと遊んじゃえっ☆」
麗奈の哀願も虚しく、乃依瑠の加虐は続く。
だが、ここで麗奈の闘士としてのプライドが彼女の足を、拳を突き動かした。
「私は……負けるわけには……行きませんのっ!!」
「……へー、まだやれますかぁ。まるでゴキブリみたいなしぶとさですねー。」
いつもの麗奈ならもうとうの昔にギブアップやKOしていただろう。
しかし今だけは彼女の正義感が、意地がそれを許さなかった。
ボロボロの身体を引きずる、拳を握る、足に力を入れる。
普段と比較すれば5割にも満たない力、今の彼女にはそれが精一杯だった。
「そのゴキブリみたいなしぶとさに免じてもう1つ良い物を見せてあげますねー?」
「う……?え……?」
乃依瑠の赤い瞳が明るく輝いたように見えた。
麗奈の力を振り絞った攻撃はまるで全てが読まれているように避けられてしまう。
「アハハッ!!私ぃ、小さい頃とても目が悪かったんです。でもねー、とある組織が作ったお薬を飲んでから人並み外れた観察眼と洞察力を手に入れたんですよぉ。だからぁ、貴方の攻撃なんて全部読めてるってわけ。」
「そん……な……ガハッ!?」
絶望……
技をトレースされ、さらにはこちらの攻撃は全て読まれて当たらない。
この女は危険すぎる、そう思った麗奈の首に乃依瑠の貫手が突き刺さった。
「まぁ、それにしても貴方は弱すぎですけど……なんでここにいるんです?」
「カ……アァ……」
声を出そうにも出せない。
喉に鋭い痛みが走り、嘔吐感が湧いてくる。
「もしかしてぇ、やられるのが大好きなマゾ豚さんだったり……?」
「ウ……ガァ……ァ……」
乃依瑠との実力差、それ以上に彼女の言葉責めが麗奈の心にカミソリのように突き立てられる。
この地下闘技場に来てから6戦6敗……つまり彼女は勝ったことがない。
だがそれは故意ではないし、そう言われるのは心外だった。
反論しようにも声が出ないもどかしさ、情けなさに涙が出てくる。
「貴方、身体だけは立派なんだから良かったらAV女優とか風俗嬢になった方が良いんじゃないですかー?良かったらいいところ紹介してあげますよ?」
「イィ……アァ…………」
声を出すのを諦めて首を振る。
「あっそ、せっかく目をかけてあげようと思ったのに……それじゃ、貴方にお誂え向きの技で引導を渡してあげますかぁ。」
「カ……ッ……はぁ……はぁ……」
貫手が引っ込む。
これまで酸素の供給が制限されていた分を荒い呼吸で得ようとする麗奈。
顔を上げた時、乃依瑠の構えは
……彼女の因縁の相手、桜月乃の物だった。
「それじゃ、さよならでーす。一ノ宮麗奈さんっ☆」
「えっ……ぎゅえっっっ……!!!」
月乃が頻繁に使用する蹴り技、中でも最も強力な回し蹴りで麗奈の顎を薙ぎ払ったのだ。
脳が揺れ、意識がブレ、視界が定まらない。
足に力が入らなくなり、壁に寄りかからずにはいられなくなる。
「ウフフッ……アハハハハハハハハッ!!!」
乃依瑠の高笑い、麗奈は薄れる意識の中でそれを聞き続けた。
「アハハハハハハハハッ!!はぁ、はぁ、はぁ……笑い過ぎちゃった。」
糸の切れた操り人形のように手足から力が抜け、壁に寄りかかっている麗奈をまじまじと見る。
金糸のように艷やかな髪は汗でべったりと顔に張り付き、長時間貫手で首を圧迫されたことで口からは涎が垂れている。
チャイナドレスのせいもあって激しく主張する巨乳、ニーソックスからはみ出たむっちりとした太もも。
世の男であれば誰であろうと劣情を催すであろう彼女の艶姿に、そういう気がないはず乃依瑠もまた劣情を催していた。
「うーん、ちょっとだけ味見してもいいですよねぇ……。別に殺さなければ良いって言われたし。」
戦闘で火照った身体を麗奈の身体に重ねる。
「聞いてるかどうか分からないですけど、エッチな身体してるくせに弱っちい貴方が悪いんですよ?」
物言わぬ麗奈の耳元で囁き耳たぶを喰む、彼女の双丘の内の片方に手を這わせ揉み込む。
乃依瑠の腰が性行為でもしているようにカクカクと動き、麗奈の太ももに擦り付ける。
人が滅多に近付かない地下の通路、1人の女の嬌声が響き渡っていた。
一ノ宮麗奈は今、偶然知ってしまった大会運営の裏の目的を外部に告発しようしていた。
彼女の正義感、不正を悪徳を許さないという馬鹿が付くほどに正直な性格が彼女を突き動かし、地下闘技場に設置された唯一の外部との連絡手段、古い公衆電話の存在を人伝に聞いた麗奈はそれを目指す。
「この角を曲がれば……あった!!」
まるで1つの街のように入り組んだ通路の先、噂に聞いた通り確かに古ぼけた公衆電話が見える。
あれを使って外部……父の携帯電話か警察に全てを密告すれば、この地獄のような空間から解放される。
「こんにちはぁ、こんな所でどうしたんですかー?」
「ッ!?」
後ろから声をかけられて思わず飛び退く。
声の主を見れば、そこにいたのは少女……年齢は麗奈と同じくらいだろうか。
アルビノと見間違うほどに白い肌に麗奈とは対照的な銀の髪、血を思わせる赤い瞳は爛々と輝いている。
そして何より目を引くのはスレンダーな体のラインを強調するように張り付いた黒いタイツ。
「……あなた、何者?」
それは麗奈にとって二重の意味の質問だった。
1つは文字通りの少女の素性を知るための意味。
もう1つは彼女とてこの地下闘技場でそれなりに数を熟してきた闘士、いくら目の前の公衆電話に夢中でも人の気配や殺気を感じ取ることができる。
そんな麗奈に一切気付かれず背後を取った少女が何者なのかという意味だ。
「ちょっとー、質問を質問で返さないでくださいよー。まずは私の質問に答えてくれません?……って、もしかして何を聞かれたか忘れちゃいましたぁ?じゃあもう一度、こんなところで何をしてるんですか?……一ノ宮麗奈さんっ!!」
麗奈は上手くはぐらかされてしまったと歯噛みをする。
だがここで黙るのは悪手中の悪手だ。
「……少し散歩に、歩いていましたら公衆電話を見付けたので懐かしいと思っただけですわ。」
とりあえずここは嘘を吐いて少女には立ち去ってもらおうという思いから咄嗟に出た嘘だった。
「散歩……ねぇ。ほんとですかぁ?それにしてはずいぶん急いでいたように見えますけどー?あ!ひょっとしてー、この公衆電話が目的だったりしますー?」
「え……」
少女の口角がまるで弧を描くように上がる。
元々嘘を吐くことに慣れていない麗奈は図星を突かれ言い淀む。
「図星ですねー。じゃあもしかしてー、この公衆電話で大会運営の情報をどこかに流そうとしてたりー?」
「…………」
さらに図星……違う、この少女は全てを知っていてわざと煽っているんだと麗奈は直感する。
「アハッ!大当たりー!でも困るんですよねぇ、そういう勝手なことをされちゃうと……私の稼ぎが減っちゃうじゃないですかー。まぁ、貴方が思い付く所……警察も貴方のお父様の会社も全部根回し済みなので無駄ですけどー。だから止めておいた方が良いんじゃないですかぁ?」
「あなた……運営側の人間ということですのね。お生憎ですが、警察やお父様以外にも連絡する場所はありましてよ?とにかくそこを退いてくださいな、じゃないと酷いことになっても知りませんわよ?」
相手は闘士にも見えない細身の少女、それなら少し脅せばすぐに折れるはず……。
「はぁー、どうなるんですかぁ?あ!もしかしてぇ、睦月乃亜さんと闘った時の貴方みたいな目にあったりするんですかぁ?こわぁい……」
「……あなた、舐めてるんですの?」
睦月乃亜との闘い、それは麗奈にとって桜月乃との闘い以上に屈辱に満ちた一戦であった。
それを掘り返す少女の言葉に怒りを露わにする。
「少し、痛い目を見た方が良さそうですわね。私の実力を徹底的に思い知らせて差し上げますわ!!」
「えー、私みたいな幼気な女の子に暴力を振るうんですかぁ?……うーんでもまぁ弱そうってか弱いし、別にいっか。あ、そうそう……私の名前、伊吹乃依瑠って言いますぅ。まぁよろしくお願いしまーす。」
こうして麗奈と乃依瑠の戦いの火蓋が切って落とされた。
「悪いけれどさっさと終わらせてもらいますわっ!!」
動いたのは麗奈、パンプスがコンクリートの床を叩き乃依瑠の腹に容赦ない一撃を与えんとする。
「やばっ!?んぎゅぅっ!!!」
あれだけ勿体ぶっていた乃依瑠だったが、反応する間もなく麗奈の一撃を叩き込まれてしまう。
「ひ、酷いなぁ……本気で殴るなんて、16の柔肌を傷付けるなんてぇ……」
「ふん、そんなに傷付くのが嫌なら最初から勝負なんて挑まなければ良かったでしょう?私に喧嘩を売った罪、重いですわよっ!!」
たった一撃で苦しそうな顔の乃依瑠に対してさらに容赦ない攻撃、今度は彼女がこれまで会得させられてきた格闘技を組み合わせた我流の舞(アーツ)、我流故に彼女以外誰も使えない技だ。
「ちょっ!!そんなの聞いてない!!聞いてないってぇ!!きゃんっ!いやぁんっ!」
通路中に響き渡る麗奈の攻撃で乃依瑠の身体が叩かれる音と悲鳴、着々と彼女は追い詰められて行く。
「ほらほらっ!さっきまでの威勢はどこに行きましたの?全然ではありませんかっ!!」
「きゃぁっ!あぁんっ!…あっ!?」
乃依瑠がハッとして振り返れば背後には壁が差し迫っていた。
麗奈の猛攻で後退していく内にいつの間にか壁際まで追い詰められていたのだ。
「はぁ……はぁ……思った以上に…………」
「さて、もう後がありませんわよ?また邪魔をされては堪らないのであなたにはここで気を失ってもらいますわね?覚悟なさいな。」
麗奈の脚が180°上に曲がる。
バレエダンサーですら難しいように見える美しいI字バランス、そしてそれをまるで断頭台にすげられた首に振り下ろされたギロチンの如く、壁に追い詰められた乃依瑠の脳天へ振り下ろす。
「……よわぁい。」
「!?」
麗奈の踵落としが乃依瑠の脳天を捉えることはなく、その踵は硬いコンクリートの床を叩いた。
「そんな……あれだけ満身創痍だったはずなのに……」
「アハハハッ!本当に?本当に貴方は私が追い詰められていると思ったんですかー?」
驚くことに乃依瑠の声は麗奈の背後から聞こえた。
慌てて振り返ればそこに立っていたのは、さっきまでの満身創痍の様子はどこ吹く風、口角を弧のように上げて笑う彼女だった。
「だ、だって私の舞は間違いなくあなたを捕らえていたはず……!!」
「あー、それですねぇ。ぜーーーんぶ私の演技ですっ☆そんなのも見抜けなかったんですかー?」
「演技って……だって確かに手応えが……」
麗奈の中で動揺が広がる。
それ以上に目の前にいる乃依瑠の殺気が強く、そして大きくなるのを感じる。
「あんなのも見抜けないんじゃ……センス、ないんじゃないですかぁ?」
「なっ……がはぁっっっ!?」
消えたと思った瞬間、鼻と鼻がくっつきそうなほどの近くにいた乃依瑠。
気が付いた時にはもう遅く、麗奈のみぞおちには彼女の拳が深々と突き刺さっていた。
「う……嘘…でしょう……」
「残念、現実ですっ☆もっと痛いの行きますねぇ?」
背後には壁、迫りくるは狂気的な笑みを浮かべた乃依瑠。
「何を……何をするつもり……?」
「あ、そうそう。ついでと言ってはなんですけどー、私の力の一端見せてあげますね?」
乃依瑠の構えに麗奈はハッとする。
彼女の構えは……自分の構えにそっくりだと、そして飛んでくる攻撃も瓜二つだった。
「あぎっ……な、なんで私の……がぁっ……」
「アハハッ!なんで私の技を貴方が使えるのかですかぁ?簡単ですよー、トレースしたんですっ☆」
恐らく乃依瑠のそれは技自体をトレースしていても威力は麗奈のそれには劣る。
だがスレンダーな彼女の見せる舞は麗奈のよりも美しく見えるだろう。
「トレース……ふざけっ……ない…で……」
「ぶん殴られながらそんな凄んでも怖くもなんともないですよ?」
暴力の嵐と形容するに相応しい乃依瑠の舞を前に麗奈は枯れ葉に等しく、身体を上下左右に振らされることしかできない。
「やめっ……お願いっ……」
「うーん、止めてあげてもいいですけどー……貴方の悲鳴、なんか心地良いんですよねぇ。もうちょっと遊んじゃえっ☆」
麗奈の哀願も虚しく、乃依瑠の加虐は続く。
だが、ここで麗奈の闘士としてのプライドが彼女の足を、拳を突き動かした。
「私は……負けるわけには……行きませんのっ!!」
「……へー、まだやれますかぁ。まるでゴキブリみたいなしぶとさですねー。」
いつもの麗奈ならもうとうの昔にギブアップやKOしていただろう。
しかし今だけは彼女の正義感が、意地がそれを許さなかった。
ボロボロの身体を引きずる、拳を握る、足に力を入れる。
普段と比較すれば5割にも満たない力、今の彼女にはそれが精一杯だった。
「そのゴキブリみたいなしぶとさに免じてもう1つ良い物を見せてあげますねー?」
「う……?え……?」
乃依瑠の赤い瞳が明るく輝いたように見えた。
麗奈の力を振り絞った攻撃はまるで全てが読まれているように避けられてしまう。
「アハハッ!!私ぃ、小さい頃とても目が悪かったんです。でもねー、とある組織が作ったお薬を飲んでから人並み外れた観察眼と洞察力を手に入れたんですよぉ。だからぁ、貴方の攻撃なんて全部読めてるってわけ。」
「そん……な……ガハッ!?」
絶望……
技をトレースされ、さらにはこちらの攻撃は全て読まれて当たらない。
この女は危険すぎる、そう思った麗奈の首に乃依瑠の貫手が突き刺さった。
「まぁ、それにしても貴方は弱すぎですけど……なんでここにいるんです?」
「カ……アァ……」
声を出そうにも出せない。
喉に鋭い痛みが走り、嘔吐感が湧いてくる。
「もしかしてぇ、やられるのが大好きなマゾ豚さんだったり……?」
「ウ……ガァ……ァ……」
乃依瑠との実力差、それ以上に彼女の言葉責めが麗奈の心にカミソリのように突き立てられる。
この地下闘技場に来てから6戦6敗……つまり彼女は勝ったことがない。
だがそれは故意ではないし、そう言われるのは心外だった。
反論しようにも声が出ないもどかしさ、情けなさに涙が出てくる。
「貴方、身体だけは立派なんだから良かったらAV女優とか風俗嬢になった方が良いんじゃないですかー?良かったらいいところ紹介してあげますよ?」
「イィ……アァ…………」
声を出すのを諦めて首を振る。
「あっそ、せっかく目をかけてあげようと思ったのに……それじゃ、貴方にお誂え向きの技で引導を渡してあげますかぁ。」
「カ……ッ……はぁ……はぁ……」
貫手が引っ込む。
これまで酸素の供給が制限されていた分を荒い呼吸で得ようとする麗奈。
顔を上げた時、乃依瑠の構えは
……彼女の因縁の相手、桜月乃の物だった。
「それじゃ、さよならでーす。一ノ宮麗奈さんっ☆」
「えっ……ぎゅえっっっ……!!!」
月乃が頻繁に使用する蹴り技、中でも最も強力な回し蹴りで麗奈の顎を薙ぎ払ったのだ。
脳が揺れ、意識がブレ、視界が定まらない。
足に力が入らなくなり、壁に寄りかからずにはいられなくなる。
「ウフフッ……アハハハハハハハハッ!!!」
乃依瑠の高笑い、麗奈は薄れる意識の中でそれを聞き続けた。
「アハハハハハハハハッ!!はぁ、はぁ、はぁ……笑い過ぎちゃった。」
糸の切れた操り人形のように手足から力が抜け、壁に寄りかかっている麗奈をまじまじと見る。
金糸のように艷やかな髪は汗でべったりと顔に張り付き、長時間貫手で首を圧迫されたことで口からは涎が垂れている。
チャイナドレスのせいもあって激しく主張する巨乳、ニーソックスからはみ出たむっちりとした太もも。
世の男であれば誰であろうと劣情を催すであろう彼女の艶姿に、そういう気がないはず乃依瑠もまた劣情を催していた。
「うーん、ちょっとだけ味見してもいいですよねぇ……。別に殺さなければ良いって言われたし。」
戦闘で火照った身体を麗奈の身体に重ねる。
「聞いてるかどうか分からないですけど、エッチな身体してるくせに弱っちい貴方が悪いんですよ?」
物言わぬ麗奈の耳元で囁き耳たぶを喰む、彼女の双丘の内の片方に手を這わせ揉み込む。
乃依瑠の腰が性行為でもしているようにカクカクと動き、麗奈の太ももに擦り付ける。
人が滅多に近付かない地下の通路、1人の女の嬌声が響き渡っていた。
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