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☆ そら豆はまことに青き味したり   細見綾子氏

えんどう豆も枝豆も青くさいけど、そら豆はもっと青くさい。
分厚い甘皮は小父さんの顔のようで、可愛くないイメージ。
私はそんなそら豆の青い味がとっても苦手な子供だった。
それに私は、そら豆の甘納豆にまだ出合ったことがない。

そんなそら豆を嬉しそうに炊く母が恨めしく・不思議だった。
大人になったら意識しなくなる青さに気づくのは子供の時。
作者がそら豆を好きか苦手か、この句からは分からない。
但し、そら豆をつよく意識したらしいことは確かなようです。

この句、そら豆を一句一章仕立てで・只ただ写生している。
それだけの句ですけど、そら豆の強烈な印象を思い出す。
どこがどう好いのか、説明のしようがない細見綾子・俳句。
目撃した事実「そのまま」を淡々と詠っている細見綾子氏。

彼女の優れた点はきっと・驚きを発見する眼なのでしょう。
誰でも知っているけど忘れていた記憶を呼び覚ます俳句。
そうなんだ・そうだった・確かにそう、みんなが共感する句。
豆に好き嫌いはあっても、だけど共感する場ができている。

この細見氏に傾倒しているのが甘納豆の坪内念典氏です。
哲学も論理も感じられない俳句作りの両者の共通点は何?
共感する場の提供が、両者の喜びだと言えないでしょうか。
そしてその喜びの根源に両者の哲学・思想が見えそうです。
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このページへのコメント

7月3日(今日)NHKの番組で、この句を知りました。
その時に、私の考えたのは、「青い」の意味です。

作者は若い時に、肺の病気(結核)で長く
療養したとのこと。そこから「青い」は、
青空の青も意味しているのではないかと思います。

青空に伸びるソラマメを想像しながら、
食べている作者は、病床に伏せている。
「青き味」は自分の境遇を思いつつ、
いつか病気から快復し、青空の下を
颯爽と歩きたい。そんな青空の味を
感じたのではないでしょうか?

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Posted by マー坊 2019年07月03日(水) 18:48:31 返信

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