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 終わりは一本の電話から始まった。

 滅多に鳴らない三田家の電話が呼び鈴を鳴らす。
 清香が家事の手を休めて電話を取ろうとすると、6コール目ぐらいで音が止んだ。恐らく、三田が部屋で子機を取ったのだろう。
 7月の旅行から帰って2週間。文はまだまだ夏休みで、今日は学校の友達と遊びに行っている。清香も誘われていたが、あのA、B、Cの相手をするのは避けたかった。
(私って、そんなに老けて見えるのかしら…?)
 春先の運動会を思い出して、清香は憂鬱な表情になった。どういうわけか文の友達3人(特にA)は、自分のことを『お姉さま』と呼んで慕っているのだ。
 慕ってくれる事自体は嬉しいのだが、若いパワーが波状攻撃で攻めてくるとどうにも気疲れしてしまう。さらには初対面で二十歳以上と勘違いされたのも、会いたくない理由の1つだ。
(夫婦に間違われるのは良いんだけど…… あら?)
 清香が1人アンニュイなため息を漏らしていると、コードレス電話の親機がカチカチと通話中のランプを付けているのに気付いた。
 三田の電話は簡潔で短い。いつもなら数分で切ってしまうのに、今日はいやに長かった。
(お茶を持って行ったほうがいいかしら…?)
 こういった気配りは、奴隷としても家人としても欠かす事が出来ない。
 清香は思い立つと、せがんで買ってもらったカートに茶道具一式を積みこんで三田の部屋の前に立った。いつも通りノックをして返事を待たずにドアを開けると、深々とお辞儀をして挨拶をした。
「旦那さま、お茶をお持ちしました…」
「ふざけないで下さい!」
 いきなりの怒声を浴びせられて、清香はびくんと身体を震わせた。最近はとんと聞いていなかった怒声だけに、過剰に身体が反応してしてしまった。
「す、すみません…!」
 慌てて土下座をしたが、三田からの反応が無い。恐る恐る顔を上げてみると、三田は清香を見てはいなかった。
「…あら?」
 清香は身体を起こして目をパチクリさせた。よく見ると、三田は口に当てた電話口に怒鳴っている。
「証明? ええ、あなたがそう言うのなら本物でしょう。しかし、私はじいさんから何の話も聞いていないし、遺言状にも相続書にも何も記載されていなかった!
 …ええ、ええ、別に金に困ってはいませんよ。たった一人の親族? それがふざけているというんです! 遠縁を辿れば、あなただって親族でしょうが! 
 …6親等? それは単に法律上で…
 …はぁ、この家に!? 困ります! 今はそちらに居るんでしょう? それでしたら私が出向きます。わざわざご足労頂かなくて結構です!
 …別にムキになってはいませんよ。…はい、明日伺います。…はい、詳しい時間は後ほどお伝えしますので。…はい、失礼します」
 そう言うと、三田はかなり大きなため息を吐いて電話を切った。そして戸口の清香に目をやると「お茶をくれ、喉がカラカラだ…」と疲れた声で言った。
「は、はい、ただいま!」
 清香は弾かれたように立ち上がり、手早くお茶を淹れるとそっと三田に差し出した。三田は一口啜るとため息を吐いた。
「ふぅ、少しは落ち着いた… ありがとう清香、気が利くな」
 そう言って、三田は清香を、ちょいちょい、と手招きした。嬉しそうに駆け寄る清香を膝に乗せると、軽くキスをして頭を撫ぜてやった。
「…嬉しいです」
 幸せそうな顔でうっとりとした声を出すと、清香は胸いっぱいに三田の匂いを吸い込んだ。
 嗅ぎ慣れた、けれども全然飽きない男くさい匂いに、清香の中心が、じゅん、と潤む。
(あ… いけない…)
 それを感じた清香は、名残惜しそうに三田の膝の上から降りた。これ以上座っていると、三田のズボンに恥ずかしいシミを付けてしまう。
「旦那さま… ご奉仕しても良いですか…?」
 膝から離れる代わりに、清香は三田の股間に股間に顔を埋めて言った。
「ああ、頼む…」
 相当に疲れたらしい三田が投げやりに言うと、清香は改めて「失礼します…」と言って、丁寧にペニスを取り出すと一気に口に咥えた。
 男性器の生臭い臭いが鼻孔を貫くが、清香には快楽を加速させるだけだ。

「ぢゅぱ、ぢゅぱ… ぢゅぅぅ…」
 尿の残滓や恥垢を丹念に舐め取ってから、清香は口唇を使ってペニスをしごき始めた。
 初めに比べると、清香もずいぶんとフェラチオが上達した。流石に、文のようにおっきいおっぱいを使ってのパイズリや、喉の奥でしごいたりする大技は無理だったが、それでも手や舌を一生懸命使う事で三田に合格点を貰っていた。
「ちゅ、ちゅぅ。はぁ、どうですか、旦那さま?」
「…ああ、気持ち良い。上手くなったな」
 三田が目を閉じて脱力した様に答えた。
 いつもならば嬉しい反応なのだが、どうにも今日は三田の様子が違っていた。気持ち良いのは確かだろうが、処理できないストレスに思い悩んでいる風だった。
「………」
 あまりに三田が元気が無いので、清香は思い切った行動にでることにした。
「旦那さま、不愉快な事があるのならば、私の身体を苛めてください。痛めつけて、嬲って、辱めてください。どんな責めも、浅ましい奴隷の私にはご褒美です。だから、元気をだしてください」
 切実に訴える清香に、三田は一瞬驚いた表情をしたが、次の瞬間には笑って清香の頭を撫ぜた。
「大丈夫だ、そんなに気を使うな。今の奉仕で充分気が楽になっている。さあ、続けてくれ」
 そう促されて、清香は多少不安に思いながらもフェラチオを続けた。
 三田は一生懸命フェラチオを続ける清香の頭を撫ぜると「そのまま聞いてくれ」と話を始めた。
「前に、文の担任教師が家に来たとき、私が言った嘘を覚えているか?」
 口はペニスで塞がっているので、清香は目線で頷いて答えた。
 もちろん、自分が奥さんと間違われたときの事だから忘れては居ない。あの時、三田は姉妹の身分を詐称するために、自分には姉が居ると嘘を吐いたのだ。
「あれな、嘘から出た真と言うか、本当の事になるかもしれん」
「うぐっ!? …ぷはっ 本当ですか?」
 驚いた清香は、口からペニスを離して尋ねた。三田は肉親が居ない天涯孤独の身と聞いていたから普通に驚きだった。
「本当、になるかもしれん。まだ、わからん。だから、明日確かめに行く事にした。少し遠い所だから1日では戻って来れないと思う。お前たちは留守番をしておいてくれ」
 そう言って三田は、ちょいちょい、と人差し指を軽く動かした。その仕草に清香は嬉しそうに頷くと、股間のカットバンを剥がして、座っている三田の腰に跨ぐように腰掛けた。
 くちゅり、と音を立ててヴァギナがあっさりとペニスを呑み込んた。まるで股間に目がついているかのような自然な動作だ。
「あ、はぁ… きもちいい…」
 体奥まで深々とペニスが突き刺さるこの体位を、清香はかなり気に入っている。動かなくても清香の性感帯である子宮口が突かれるし、なによ三田と真正面で向き合えるのが嬉しいのだ。
「私のじいさんが去年死んだのは知っているな? どうもそのじいさんに隠し子が居たらしい。私の父の異母姉妹で、私にとっては叔母にあたる人物だな」
「それじゃ、その人が…?」
 清香の問いに、三田はゆっくりと首を振った。
「いや、違う。この連絡をくれた人が言うには、現れたのはその叔母の娘らしい。年齢は20歳で大学生だそうだ」
「あれ? 叔母さんはどうしたんですか?」
「今年の6月に死んだらしい。それで死ぬ間際に自分の出生のことを話して『後の事は三田家に面倒を見てもらうように』と言い遺したらしい。まったく…」
 またも三田は大きなため息を吐いた。清香は急に胸騒ぎがして、甘えるように三田の首筋に顔を埋めた。
「どうした?」
「い、いえ…」
「そうか… 伝えてきたのはじいさんの部下だった河合という老人で、信頼のできる人だ。真面目というか、律儀というか、とにかく筋を通したがる人でな。今はその人の所に厄介になっているそうだ」
「………」
 清香は無言で腰を振り始めた。こみ上げてくる不安をどうにかして消したくて、必死に腰を動かした。
 三田も清香の心の動揺を感じ取ったが、深くは追求しなかった。
「まぁ、詳しい事は明日聞いてくる。多少、じいさんの遺産を分捕られるかもしれないが、どうと言う事は無い。私たちの暮らしが無くなる事はないさ」
 三田はそう言うと、清香の腰をしっかりと抱いて立ち上がると、くるりと振り返って清香を椅子の上に座らせた。
「だから、安心していい声で啼いてくれ…」
 そう言って、三田は激しく腰を動かし始めた。快感に明滅する意識の中、清香はどうしても胸騒ぎを消す事が出来なかった。


 翌日、朝から三田は車に乗って出かけて行った。三田は清香に家の鍵やら戸締りやらをしっかりと言伝た。
「そうそう、居ないからといって、私の部屋には勝手に入るなよ」
 細々と指示を出してから、三田は姉妹を残して屋敷を出た。
 特に部屋に入るなと言ったのは、出発直前に配達されたファイルが机の上に有るからだ。
 それは、姉妹の母親に関する調査報告書だった。三田は旅行から帰って、直ぐに母親の調査を頼んだ。まだ中身は見ていないが、その中には姉妹と母親の離別の真相も、詳しく書かれているはずだ。
「隠している事を知ったら、あいつらは怒るだろうか…」
 もちろん、怒るに決まっている、当たり前の事だ。三田はそう思い込むと、陰鬱な考えを振り払うようにアクセルを強く踏み込んだ。


 その日の昼過ぎ、三田はとある地方都市に到着した。そこに河合の事務所はある。
 懐かしい風景を眺めながら、三田は車を駐車場に乗り入れた。若い頃に散々通い慣れた階段を登ると『三田法務事務所』という文字が印刷されたドアを開いた。
「…こんにちは、失礼します」
 慇懃に頭を下げて室内に入ると、正面のデスクに座った60絡みの老人が顔を上げた。
「やあ、敦君、久しぶりだね。よく、来てくれた。三田先生の葬式以来だから1年振りか…」
「河合さんもお元気そうで何よりです」
 2人は握手をすると、河合が三田を隣室の応接室に導いた。
 応接室のソファには若い女性が座っており、三田を見ると慌てて立ち上がって頭を下げた。
「…どうも」
 三田もゆっくりと頭を下げると、目の前の女性を観察した。
 彼女はノーフレームの眼鏡をかけており、知的な雰囲気を漂わせていた。顔は丸顔の童顔で、3歳年下の清香よりも子供っぽく見える。
 かなり緊張しているのか、三田をチラリと見ると慌ててソファに座って視線を落とした。
「さて、早速だが紹介しよう。敦君、こちらが各務瞳子(かがみとうこ)さんだ。瞳子さん、こちらが三田敦君だ。さぁさぁ、敦君座ってくれ」
 そう言って河合が強引に三田を瞳子の正面に座らせると、瞳子がもじもじした仕草で顔を上げた。
「各務、瞳子です…」
「はじめまして、三田敦です。この度はご愁傷さまでした」
 挨拶をして三田が頭を下げると、瞳子はびっくりして手を振った。
「そ、そんな… 敦さんが気にする事では…」
「敦さん…?」
 聞き慣れない単語に眉根を寄せて、三田はいぶかしむ目付きで河合を見た。河合はバツが悪そうに咳払いすると、場を取り直すように話し始めた。
「さて… 敦君には寝耳に水な話かもしれないが、この瞳子ちゃんは三田先生のお孫さんにあたる。君たちは従兄妹同士ということだ。色々と疑問や不満は有ると思うが、納得してもらいたい」
 早口で言う河合の言葉に、三田は軽くため息を吐くと口を開いた。
「貴方が確認を取っているのならば間違いは無いでしょう? 正直、あのじいさんに隠し子がいたとは想像し難いですが…」
「和音さん… 瞳子ちゃんのお母さんは、間違いなく三田先生の娘だ」
 河合が断言するように力説した。その言い方にかなりの胡散臭さを感じながらも、三田は表情に出さず話を続けた。
「ええ、ですから納得しています。血液鑑定などという野暮なことは言いませんよ。ええと、瞳子さん、そんなに緊張しないでください」
 三田が精一杯の優しさを込めて言うと、瞳子は「はい…」と恥らうように答えた。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
 額に手を当てた三田が努めて冷静に言った。正直に言うと、とっとと決着を付けて早く屋敷に帰りたかった。
「うむ、それなんだがな。電話で話した通り、今年の6月に瞳子ちゃんのお母さんが亡くなった。父親は早くに蒸発して行方が判らんから、瞳子ちゃんは今は1人きりとなる。で、だ」
 河合はそこまで言うと促すように瞳子を見た。瞳子はあからさまに意識して背筋を伸ばすと、一生懸命に話し始めた。
「は、母は保険の外交員をしていて、私たちはその会社の社宅に住んでいたのですが、母が亡くなってしまてそこを出て行かざるを得なくなりました。当座の生活費は残してくれましたが、今は住む家が無いんです…」
 嫌な予感がした。横の河合をチラリと見ると、澄ました顔でそっぽを向いている。
「お願いします!」
 瞳子が突然頭を下げた。
「大学を卒業するまでで良いので、私を敦さんの家に下宿させてください!」
 三田は意識が遠くなるのを感じた。


 屋敷では、残った姉妹が家事を終えて買い物に出かけるところだった。
「もう、奴隷ってゆーかー、なんか違うよね?」
 ハローグッドへの道すがら、文がしみじみと呟いた。ちなみに今日の格好は、お気に入りのタンクトップに見せパン仕込みのミニスカート、上から薄手のパーカーだ。暑さに弱い文はだいたいラフな格好が多いが、密かに爆乳ルックと呼ばれていたりする。
「うーん、でも勘違いしちゃ旦那さまに迷惑よ。最近は本当に優しくして頂いてるけど、頼りすぎるのは厳禁、厳禁よ」
 そう言って、清香――こちらは春先と同じエプロンドレスのメイドルックだ――は指を交差して、バツバツ、と文に示す。
 ただ、清香には毎晩避妊薬を飲む際、このまま飲むのを止めてしまおうかと思うときがある。
(それで、万が一妊娠でもしたら…)
 三田は私たちを捨てるだろうか? 屋敷に来てすぐの頃では「堕ろせ」と言われただろう。だが、今の三田なら、ひょっとしたら、本当にひょっとしたら責任を取ってくれるかもしれない。
 その考えは、何度振り払っても清香の頭から消えることが無い。
(…文ちゃんはどう感じているのだろう? いい機会だから、今、聞いてみよう)
「あのね… 文ちゃんは旦那さまの子供、産みたい?」
 少し躊躇いがちに聞くと、文は「ううん」とあっさり首を振った。
「産みたくない、そんな歳じゃないし」
「そ、そう…」
 さっぱりして文の答えに、清香はかなり動揺した。そして、もしかして文と自分とでは、三田への愛情の質が違うのではないかと思った。
「お姉ちゃんは、産みたいの?」
「ええっ!? えーと、もし… 万が一よ! 万が一、妊娠したら、産みたい… かな?」
 逆に訊かれて、清香はしどろもどろに答えた。そのせいか、あっさりと本音が出る。
「でもでも! 旦那さまに迷惑が掛かるから、やっぱり産みたくない!」
 先ほどの自分の言葉を思い出して、清香は慌てて否定した。
 文は「ふーん…」と呟いていたが、やがて何でも無さそうに言った。
「あのね、お姉ちゃんが旦那さまと結婚したいって言うなら、私は応援するよ?」
「えっ…」
 予想外な一言に、清香は一瞬、言葉を失った。
「だ、駄目よ! だって、文も旦那さまの事が好きでしょう?」
「そりゃ、大好きだよ。でも、結婚とか子供とかは全然考えないよ。上手く言えないけど、文はもう旦那さまと普通の恋愛はできないと思うから…」
 文は考え込むようにして言った。自分の中の複雑な感情を表現できなくて、困っていた。
「…どういうことなの?」
 清香が悩んだ末にそう聞くと、文は唸りながら答えた。
「う〜、すごく変態さんなたとえになるけど、いい? あのね、お姉ちゃんはおまんこに旦那さまの精液が入ってないと気が済まないよね?」
 ダイレクトに自分の性癖を指摘されて、清香は恥ずかしくて目を伏せた。だが、真実なので否定はしない。
「それって、子宮でモノを考えてるんだよ。だから、赤ちゃん欲しいとか願うんだと思う。
 で、私は旦那さまに苛められて悦ぶマゾ犬。マゾの身体でモノを考えてるの」
「それは、でも… うーん…」
 倫理的に認めがたくて清香は唸った。しかし、感覚的には理解できてしまうので、諦めて納得するしかない。
「だから、旦那さまとお姉ちゃんが結婚しても、2人が文をマゾ犬として扱ってくれるなら文句は無いよ。あ、もちろん、一生の話じゃないよ? 今はそれで良いや、って感じ」
「………」
 あまりの文の台詞に、清香は絶句して黙りこんだ。
 利己的に捉えれば、それは清香にとっては三田を独占する免罪符になる言葉だ。しかし、明らかに異常な妹の考えをおいそれと肯定することは出来ない。
 清香は考えに考えたが、思考がまとまることは無かった。
 元々奴隷の自分たちだ。人並みの思考は捨ててしまった方が良いのだろうか? 文のように、屋敷での立ち位置を明確にして、外では何食わぬ顔で普通に振舞う。それが正解なのだろうか?
 清香は、延々と悩み続けた。

「敦君… 敦君…!」
 河合の呼びかけに、三田は「はっ!」と我を取り戻した。
 ずいぶん長い間固まっていたようで、瞳子が怪訝そうな目で三田を見ていた。
「あのぅ… やっぱりご迷惑ですよね…?」
 眼鏡の奥の瞳が不安そうに潤む。もともと丸顔の童顔だから、泣いているように見える。
「それは、ですね…」
「そんな事は無いぞ」
 上手く言葉を喋れない三田の代わりに、なぜか河合が強く頷く。
「三田先生の屋敷は広いから、部屋の1つや2つは楽に余っているはずだ。そうだよな、敦君。少々古い建物だが、住む分には全く不自由は無い。特に、瞳子ちゃんが通うH大のすぐ近くだから、利用しない手は無いだろう?」
 河合は息つく間もなく喋った。三田はうんざりして大きなため息を吐くと、右手を上げて河合を制した。
「河合さん、しばらく、しばらく…」
 そうやって河合を黙らせてから、今度は三田は深呼吸をした。
(落ち着け、落ち着け、敦。きっちり断るんだ。じじいの腹は大体読めた。要は住居を与えれば良いのだ。近くのマンションか何かを見繕ってやれば良い。そうだ、それが良い。よし…)
 落ち着きを取り戻した三田は、1つ咳払いをすると真っ直ぐ瞳子を見た。見つめられて、瞳子は恥ずかしそうに目を伏せる。
「瞳子さん、率直に申してあなたのお願いは承諾できません。従兄妹として助けてやりたい気持ちはもちろん有りますが、一緒に暮らすことはできません。それは、私にも私の生活がありますし、仕事だってあるからです」
 三田の言葉を、瞳子はジッと聞いていた。河合が何か言おうと口を開きかけたが、またも三田が右手を上げて制止した。
「ですが、何の援助もしないというのは流石に気が引けます。幸い、私はH市内にいくつかマンションを保有していますから、そのうちの1つをお譲りしましょう。屋敷なんかよりもよっぽど新しくて快適な住居です。
 良ければ、大学卒業後も使ってもらって構いません。…どうです?」
 三田は畳み掛けるように言った。瞳子は三田の言葉が良く理解できなかったのか、キョトンとした顔をしていた。
「なんなら、学費や生活費も援助しましょう。なに、遠慮することはありません。祖父の遺産には手を付けていませんから、貴女が使う分には何も問題はない。他にも…」
「まあまあまあまあまあ…」
 長々と話す三田を、強引に河合が制した。
「まあ、なんだ。こんな事務所の応接室じゃ、纏まる話も纏まらんだろう。どうだ、敦君は今日は泊まって行くんだろう?」
「いいえ、このままトンボ帰りに帰るつもりです」
 三田がハッキリと言うと、河合は渋い顔になって呆れた声を出す。
「あのなぁ… 大の大人にこんな事をいうのも失礼だが、もう少し老人を喜ばせたらどうだ? 家内にも会わないつもりか?」
 そう言われると、今の三田にはバツが悪かった。河合婦人には、都内に進学した時にかなりお世話になっていた。
「瞳子ちゃんも今のところはウチに下宿しているし、せめて夕飯はウチで食べていけ、な」
 その言葉に、三田は不承不承ながら頷いた。あとで清香に電話せねばならんな、と考えた。
「よし、そうと決まったら移動しよう。敦君、今日は歩きかね?」
「いえ、車で来ました」
「…道理で来るのが遅いと思ったぞ。まったくどこまで車が好きなんだ… それじゃ、悪いが乗せて行ってくれないか?」
 ぶつぶつと呟きながら、河合は瞳子を促して立ち上がった。瞳子はおどおどと立ち上がると、理由も無く三田に頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしてすみません…」
「いえ、そんな顔をしないでください。そんな顔をすると…」
 苛めたくなる… その台詞を、三田はすんでの所で飲み込んだ。はっきり言って、瞳子の仕草や言動には三田の嗜虐心をそそるものがあった。
(いかん… これは気を付けねば…)
 途中で言葉を止めた三田を瞳子が怪訝そうな目で見た。三田は笑ってごまかすと、率先して事務所のドアを開けた。

「…もしもし、私だ」
『もしもし、はい、旦那さま、清香です』
 河合の家に着くと、三田は所要があると2人に告げてこっそりと清香に電話を掛けた。
「すまん、今日中に帰れなくなった。恐らく明日には戻ってこれると思うが、はっきりとは言えない。とにかく、戸締りなどはきちんとしておけよ」
『はい。…揉めてるんですか?』
「…いや、そう言うわけではない。ご機嫌伺いのようなものだから、心配するな。文に代わってくれ」
 そう言うと、電話の向こうでゴソゴソと音がして、「旦那さま、文です!」と文が元気良く話した。
「うむ、清香にも言ったが、帰りが明日以降になる。お姉ちゃんの言う事を良く守って、大人しく留守番しておいてくれ」
『旦那さまが居なくて寂しいです』
「少しの辛抱だ、我慢しろ。あと、くれぐれも私の部屋に入るなよ。大事な書類があるからな」
『はい』
 素直に頷いた文に満足して、三田は「それではよろしく頼む」と言い残すと、電話を切った。
「やれやれ…」
 面倒そうに頭を振って、河合と瞳子が待つリビングに戻ると、すでにテーブルには店屋物らしい寿司とウィスキーの瓶が置かれていた。
「…飲んだら運転が出来なくなります」
「まだ、そんな事を言っているのか? 今日は覚悟を決めて泊まっていけ」
 河合がうんざりした声で言った。三田は「分かりました」と諦めて言うと、どっかりと腰を落とした。
「さて、食事の前に結論を出したいのですが…」
「その前に一杯飲め。お前のために取っておきを出したんだぞ」
 どうやら河合は既にグラスを空けているらしく、渋る三田のグラスに強引にウィスキーを注いだ。苦虫を噛み潰した表情で、三田は軽くグラスを掲げるとチビとウィスキーを口に付けた。
「…どうして、私の家に下宿しようと考えたのですか?」
 河合を相手にしていては話が進まないと考え、三田は瞳子に話し掛けた。瞳子もだいぶ緊張が解けたようで、コクリと頷くと話し始めた。
「はい… 実は私と母はおじい様から援助を受けて生活していました。でも、おじい様が亡くなられて、援助が難しくなると河合のおじ様から聞きました。
 それでも、母と2人で頑張っていこうと心に決めていたんですが、母があんな風になってしまって… 
 ほとほと困り果てていた所に河合のおじ様から連絡があって、それなら本家を頼りなさいとアドバイスを頂いたんです…」
 三田は瞳子の話を聞いて深く納得した。そして、瞳子の横で素知らぬ顔で寿司を摘まんでいる河合を睨みつけた。
「ん、なんだね? 怖い顔をして?」
「……いいえ、後でお話があります。一対一で」
 三田は一対一の所を強調して言った。河合は怯んだように「う、うむ…」と頷いた。
「瞳子さん、お話は良くわかりました。ですが、事務所でも言った通り一緒に住むことは出来ません。じいさんの援助は引き続き私が行いますし、住む所も手当ていたします。ですから、どうか諦めてください」
 そう言って、三田は軽く頭を下げた。瞳子は何度も頷くと、慌てて言った。
「す、すみません、困らせてしまって! 敦さんを困らせるつもりは無かったんです… ただ、一緒になるなら早いうちが良いと思って…」
「今、何と…?」
 聞き捨てならない台詞を聞いて、三田は思わず聞き返した。瞳子は良くわからずに「え?」と呟く。
 さらに三田が口を開こうとしたら、突然河合が会話に割り込んできた。
「いやいやいやいや!! 瞳子ちゃん、すまんが氷を近くのコンビニで買って来てくれんか? やはり、ロックアイスでないと良い味が出んようだ。家内を連れて行くといい」
「はぁ…」
「さぁさ、すまんが早くしてくれ、わしも良い年齢なんで潰れるのも早くなった。ただ、道々はゆっくりでいいぞ。事故に合うといかんからな」
 河合の剣幕に押されるように、瞳子は頭にハテナマークを浮かべながらリビングから出て行った。
 残った河合は大きな咳払いを1つすると、三田を窺うように見た。
「…怒っておるか?」
「呆れています。さあ、全部白状してください。あの娘が突然現れたというのは嘘ですね」
 三田が断定するように言うと、河合は諦めたように語り始めた。
「まあ、そうだ。なにせ、彼女への援助はわしが担当していたからな。あの娘は小さい頃からよく知っている。ほとんど孫のようなものだ」
「なぜ、私に教えなかったのです?」
「三田先生が存命だったからだ」
 河合は悲しそうに言った。
「人の口には戸を立てられん。名士である三田先生に隠し子がいると知れたらマイナスにしかならんし、敦君の商売もやり難くなるだろう」
 三田にはその考えは馬鹿らしく感じる。だが、ここは河合を立てて他の問いに移る事にした。
「彼女の母親が他界したことは?」
「それは本当だ。急な事でわしもびっくりした。…正直、一目でいいから君に会わせたかった…」
「早急に墓前に手を合わせますよ。では両親が居ない、というのは?」
「それも本当だ。父親もだいぶ前に蒸発してしまっている」
 河合の肯定に、三田はふーっと息を吐いた。
「三田家の血は短命だな。じいさんだけが例外だったか…?」
「これ、滅多な事を言うもんじゃない」
 河合は三田を嗜めると、グラスをチビリと傾けた。
「もう三田の家系は君たち2人しかおらん。わしももう長くないだろうから、少しでも安心したいのだ。なあ、あの娘を置いてやってくれんか? 母子家庭で苦労してきたから、少しでも楽をさせてやりたいんだ」
 私もそうだ、という言葉を飲み込んで、三田は一番気になる質問を言った。
「まだ、有ります。『一緒になる』これはどういうことですか?」
 三田がそう言うと、河合は「あー、あれか…」と惚けたように呟いた。
「まあ、境遇が可哀想な娘だったので、幼い頃から人生に希望を持たせようと色々と気に掛けていたんだが…」
「なるほど、それで…?」
「優しくて頭の良い女の子になれば、きっと白馬の王子さまがお嫁さんにしてくれると、常日頃から吹き込んでみた」
「それで…?」
「しかし、ある時白馬の王子さまは本当に居るのかと聞かれた。答えに詰まったわしは、白馬の王子さまは意外に身近に居るものだと教えてやった」
「で…?」
 口数多く滑らかになる河合に対して、三田の声は短くどんどんと冷えていった。
「で、だ… すまん!」
 河合が突然拝むように三田に手を合わせた。
「君を許婚と思い込むように育ててしまった!」
「クソジジイがッ!!」

 …その頃の三田邸では。
「ほらほらお姉ちゃん、泡踊り〜」
「きゃっ、くすぐったい!」
「えへへ〜、乳首のコリコリが気持ち良いでしょ? あ、タオル外したら頭が濡れちゃうから、しっかり手で押さえていてね」
「…どこで覚えたのこんな技術?」
「ネットで覚えてあとは実地。意外に旦那さまも楽しんでくれるし… ほれほれ、壷洗いしたげよう。お股をぱっくり開いて」
「妹に責められる姉って…」
「それでも素直に足を開く快楽に正直なお姉ちゃんが大好きだよッ。そーれ、ぐちょぐちょぐちょぐちょ〜」
「いやぁん、乱暴にしないで!」
「でも、エッチなおつゆがだらだらです。…このままフィストやっちゃう?」
「う… でも、旦那さまが居ないから、ちょっと不安…」
「まあ、そだね。よっしゃ、次は貝合わせじゃあ! お姉ちゃんも今はパイパンだから、擦り易いね!」
「文はいつまでたっても生えてこないわね… やん! そんなに激しく動かさないで!」
「うわぁ… ピアスがクリちゃんに当たって… 気持ち良い…」
「すごい… 文のおまんこがグチャグチャ言ってる…!」
「お姉ちゃんだって… でも、う〜ん、気持ち良いけど、もどかしい…」
「…ほら、お姉ちゃんの膝の上に座って。今度はお姉ちゃんが責めてあげるから」
「う、責め受け交替? 優しくしてね…」
「…とか言いながら、ペニスバンドを手渡す素直な文が大好きよ…」
 三田が居ないことを良い事に、姉妹がレズ・マットプレイの真っ最中だった。

 翌日。三田はようやく屋敷への帰途につくことができた。ただし、思いも寄らないおまけを付けて。
「すみません… こんな長い距離を運転させてしまって…」
 助手席に座る瞳子が、子犬のような瞳でしきりに頭を下げる。どうして帰宅する自分の車に瞳子が乗っているのか、いくら考えても河合に嵌められたとしか思えない。
 さらに、トランクには瞳子の身の回りの物一式が詰まっている。押し掛け女房という文字が三田の頭に浮かんだ。

『大学の後期が始まってしまうから、瞳子ちゃんはH市に戻らなければならない。とりあえず住居の問題は棚上げにして、一時あの屋敷に下宿してはどうだ?』
『マンションは数日あれば用意できます!』
『三田先生の盆参りもある。あ、それとわし等夫婦は盆休みを利用して2週間ほど北海道旅行に出かけるから、瞳子ちゃんの面倒はみれんぞ』
『じじい… 最初からそのつもりだったな…』
『ふぉっふぉっふぉ…』

 強引に瞳子を託した河合は、本当に北海道旅行に出かけてしまった。1人残された瞳子を見捨てるわけにも行かない三田は、やむなく帰宅する車に瞳子を迎え入れた。
(まあ、じじいがいなければ、この娘も説得に応じるだろう…)
 三田は1人で納得すると、これからの対処に頭を使い始めた。
(さて、どうする…?)
 姉妹の事を考えなければならなかった。マンションはすぐには用意できないから、数日は瞳子を屋敷に泊めなければならない。そうなると、姉妹はどこかに隠しておかなければならないが…
(そうだ、地下室だ…)
 考え抜いた末に、三田は屋敷の地下室を思い出した。あそこは冷暖房完備で、シャワーもトイレもある。簡単な携帯食料を持ち込めば、数日は楽に暮らせるだろう。
 色々と細部も練ると、三田は休憩で立ち寄ったサービスエリアでこっそり清香に電話を掛けた。
『はい、もしもし旦那さま』
「ああ、清香、今そちらに戻っているから、夕方過ぎには帰れると思う。何かおかしなことは無かったか?」
『はい、大丈夫です』
「よし、それでだ… おまけと言うか、イレギュラーと言うか、何の因果か例の従兄妹を連れて帰るハメになってしまった。
『はぁ、それは急な話ですね…』
「ああ、すぐに追い出すだが、その間お前たちは地下室に隠れていてくれないか?」
『地下室、ですか?』
 清香は素っ頓狂な声を上げた。当然の反応だろう。
「ああ、ほんの数日の事だから安心してくれ。あと、できるだけ日中は外を連れ歩くつもりだから、1日中篭りっきりということも無い」
『はぁ、それは大変ですね… わかりました、すぐに準備をします。でも、あの…』
 電話の先で、清香が逡巡する雰囲気が伝わってきた。三田は不安に思って「どうした?」と声を掛けた。
『その、怒らないでくださいね… 私たち、捨てられませんよね?』
 三田は驚いて息を吸ったが、確かにそういう不安が出てもしょうがないと思い直して、優しい声で語りかけた。
「大丈夫だ、そうならないように努力している。お前たちは何も心配をする必要はない」
『はい… 旦那さま、早く旦那さまに抱いて欲しいです』
「ああ、私も早くお前たちを抱きたいよ…」
 本心からそう言って三田は電話を切った。病的なほどに自分に依存する清香がたまらなく愛しい。しかし…
「私に、お前たちを幸せにする権利があるのかな…」
 母親を隠してしまった暗い罪悪感は、消しても消しても三田の心の中に残り続けていた。

 三田から伝えられたことをそのまま文に伝えると、文は案の定、拗ねた顔をした。
「え〜、何その忍者生活?」
「仕方ないでしょう。私たちのことを知ったら、うるさい人が居るみたいだから…」
 口ではそう言いつつ、清香も不満だった。三田が帰ったら、たっぷり甘えようと思っていたから、アテが外れてしまった。
「あ〜、ゴールしたらまだ先があった、みたいな感じ。だめ、もう文は限界です。旦那さま分が足りません…」
 リビングのソファに身をバタッと倒して文が呻いた。そんな大げさな… とは清香も思わない。
 清香はとある決心をすると、文を促して三田の部屋に向かった。
「あれ、入っちゃ駄目でしょ?」
「旦那さまには内緒よ。まあ、お仕置きが欲しいのなら、文だけ入ったってことにしてもいいけど…?」
 ううむ、それは… と真剣に悩み始めた文を置いて、清香はいつも持ち歩いている屋敷の鍵を使って開錠すると、迷わずドアを開いた。
「あ、開けちゃった。ま、いいか」
 文は物珍しそうに辺りを見回した。
「勝手に物に触れちゃだめよ」
「うん。で、何をするの?」
 興味津々で文が尋ねると、清香が「これ」と三田のベッドを指差した。
「…ベッド?」
「そう。本当なら昨日洗濯するはずだったけど、入るなと言われていたからそのままなのよね。でも、そのせいで一週間の旦那さまの寝汗が染み付いています」
「おお、姉上…」
 文が、夢遊病者かゾンビのような足取りでふらふらとベッドに近寄った。
「く、くんかくんかして良いのかな!?」
「汚しちゃだめよ。あと、オナニーは禁止」
 文はベッドにダイビングして三田の布団に顔を埋めた。そのまま思いっきり深呼吸すると、感極まったように「ああん…」と喘ぐ。
「やれやれ…」
 清香が苦笑いして周りを見渡すと、視線が机の上に無造作に置かれたファイルに止まった。
「あ、あのファイル…」
 昨日の朝、三田はそのファイルを自分で部屋に持って行った。通常の郵便物は清香が管理しているから、それだけ良く覚えていた。
(何のファイルなんだろう…?)
 微かな好奇心に釣られて、清香はファイルを手に取った。紐閉じの封筒に入れられたそれはずっしりと重かった。
 …三田の部屋に無断で入って清香も気が大きくなっていたのだろう。いつもならチラリと見るだけで済ますはずが、今日に限ってそれを手に取ってしまった。
「えーと、深沢未亜子・清香・文親子に関する報告書…」
 その題字の意味を理解するのにしばらく掛かった。しかし、頭がそれを理解した途端、身体がぶるぶると震えだした。
 震えながら後ろを向いくと、ベッドの文は完全にトリップしている。清香は文に気付かれないようにそっと封筒を紐解くと、中のファイルを取り出した。
「深沢、未亜子…」
 震える手を何とか抑えて、清香はぱらぱらとファイルを捲った。そして、ある箇所を発見した。
『深沢未亜子、K市F医院にて第1子・清香を出産』
『2年後、同じくK市F医院にて第2子・文を出産』
 それだけ読んで清香はファイル閉じると封筒に戻した。紐をかけて元通りしっかりと封をする。
 清香は三田の椅子にふらふらと腰掛けると、相変わらずベッドで痴態を晒している妹を、ぼう、と見つめた。
(お母さん、生きてるんだ…)
 清香は自分の感情に驚いていた。しかし、それは母が生きていたことの驚きではなく、自分が全くショックを受けていない事に対してだ。
 驚いた。本当に驚きはした。だが、それだけだ。会いたい、とか、話したい、とか、そういった感情が全く浮かんでこない。
(やっぱり私は、お母さんが許せないんだ…)
 自分の手を引いて施設に預けた女性。それが母親かどうかはわからない。しかし、幼い清香には、それは親に捨てられてたという強烈なトラウマでしかなかった。
(このファイルの事は忘れてしまおう…)
 清香は考えた末にそう結論を出した。そして、文には黙っておこうと決めた。文が母親に対してどんな感情を抱いているか、清香は正確に把握していない。もしかしたら、里心が付いてしまうかもしれない。
(文にはおいおい話そう。今は旦那さまも居ないし、勝手なことをしちゃだめだ…)
 清香はそろそろとベッドに近付くと、文と同じ様にシーツに顔を埋めた。
 三田の匂いを鼻孔いっぱいに吸い込むと、早鐘を打っていた心臓が次第に静まっていく。
(旦那さまが帰ったら、思い切って聞いてみよう。そして、私の本心も聞いてもらおう…)
 密かに告白を決意して、清香はゆっくりと目を閉じた。
 この時、自分が人生で初めて利己的な選択をしたことを、清香は気付く事が出来なった。

「さあ、着きましたよ」
 三田が運転席から降りて瞳子を玄関へと導いた。既に日はとっぷり暮れており、瞳子は危なっかしい足取りで、とことこと三田の後に着いて来た。
 玄関に立って屋敷の大きさにあんぐりと大口を開けてから、瞳子はおどおどと玄関に上がった。
「…お邪魔します」
 別に悪い事をしているわけでもないのに自然と頭が下がる。これは瞳子の小さい頃からの癖だった。
(広いお屋敷… 母さん、瞳子は既に挫けそうです…)
 萎えそうになる気持ちを、瞳子は必死に奮い立たせた。
(ダメダメ! もう河合のおじいちゃんは居ないんだ… 私が思い切りアタックしないと、敦さんのお嫁さんにはなれないんだ…)
 瞳子は「よし、よし…」と気合を入れなおした。
「………………」
 そんな瞳子を胡乱な目で見ながら、三田は「リビングはこちらです」と瞳子を案内した。
(ちゃんと引っ込んでいるようだな…)
 三田は姉妹の存在感が消えた屋敷にホッとした。あれから文が逐一メールで状況を伝えてくれたから、姉妹がどのタイミングで地下室に入ったのかもわかっている。機会を見て、少し顔を出してみるつもりだ。
 三田は瞳子をリビングのソファに座らせると「お茶を出しましょう」とポットに手を掛けた。
「あ、私がやります!」
 瞳子が慌てて立ち上がってキッチンまでやってきた。その剣幕に押されて三田が場所を譲ると、瞳子はものすごい真剣な目でお茶を淹れはじめた。
「まあ、任せます… 湯のみはそこです」
 少々うんざりしながらも、三田はそう言ってソファに腰を降ろした。
(この機会に文にメールでも打つか…)
 三田は携帯電話を取り出して“今帰った”と文にメールを打った。すると直ぐに文からメールが帰ってきた。
“お帰りなさいませ、旦那さま m(_ _)m 今日の夜は抱いてくれますか!? お尻を綺麗にして待ってます”
 ストレートな文に苦笑しながらも三田が返信を返そうとすると、瞳子がおぼつかない足取りでお盆を持ってやってきた。
「ど、どうぞ…」
 震える手で差し出されたお茶を飲むと、三田はゆっくりと話し始めた。
「さて、今日はもう遅いので寝室へと案内します。それと、明日はじいさんの墓参りに行きましょう。昼食は出先でよろしいですか?」
 あくまで他人行儀に話す三田に、瞳子は再び緊張したように頷いた。
「あと、これだけは言っておきます。一緒に住むことは有り得ません。河合のじじいか何やかんやと吹き込まれているようですが、私は貴女が想像するような男ではありません。幻滅する前に諦めてください」
 きっぱりとそう言って三田は立ち上がった。瞳子はやはりおろおろと立ち上がって何度か口を開きかけたが、結局何も言わず三田に従った。
 あらかじめ姉妹に用意させていた客間に瞳子を案内すると、三田は「それではごゆっくり」と声を掛けて立ち去ろうとした。しかし、瞳子は慌てて三田の袖を掴むと、切羽詰った声で「あの…ッ!」と声を掛けた。
「…何か?」
 うんざりした声で三田が尋ねた。本心は一刻も早く地下室に行きたかった。

「あ、敦さんは私のことが嫌いですか…?」
「嫌い…?」
 ゆっくりと呟くと、三田は瞳子の正面に立った。
「昨日会ったばかりでは嫌いも好きもありませんよ。ただ、貴女の要求で私の生活が乱されるのは正直疎ましいと思う。そういった意味では嫌いです」
 三田は眉根を寄せると一気に喋った。瞳子は三田の言葉を噛み締めるように俯いたが、顔を上げると思い切って言った。
「私は、私は敦さんのことが好きです… 敦さんのことは小さい頃からずっと河合のおじいちゃんから聞かされていて、どんな人なんだろうって思っていました… 実際にお会いしてみるとすごく大人で、優しくて… 私、一遍に憧れちゃいました!」
「…それで」
 三田が底冷えする声で言った。しかし、瞳子は三田が相槌を打ってくれたのが嬉しくて勢い込んで話を続けた。
「私、今日は梃子でも動かない覚悟で来ました。三田さんに気に入られるまでこのお屋敷に残るつもりです!」
 瞳子はハッキリと宣言し、三田は宙を仰いだ。瞳子自体には怒りは湧かないが、瞳子をこんな風に捻じ曲げて育てた河合には激しい怒りを感じた。
「…何が貴女をそうさせるんです? 私と貴女は15歳も歳が離れているんですよ?」
「と、歳は関係ないです… 私は小さい頃からずっと敦さんのお嫁さんに…」
「ふざけるな!!」
 とうとう、堪忍袋の尾が切れて三田は大声で怒鳴った。
「許婚だと!? 馬鹿も休み休み言ってくれ! 憧れるのは勝手だが、それで私の人生に干渉するのは断固許さん! だいたい、何の理由で…」
 ふと、三田は言葉を切って黙り込んだ。河合に幼い頃から吹き込まれていたとはいえ、見るからに小心な瞳子がここまで意固地にこだわるのは異常に思える。
(何だ… 何を考えているんだ、この女は…?)
 三田はじっくりと考えたが、これという理由を見つけることが出来ない。
 1度「ふん…」と不機嫌そうに鼻を鳴らすと、三田は瞳子を睨み付けた。
「瞳子さん、貴女の私への執着は異常だ。何を隠している? 正直に言え」
「か、隠す事なんて、何も…」
 瞳子は怯えるようにそう言った。普通の男子であれば罪悪感を感じてしまうような声だったが、三田は完全に無視する。
「ならば、どうして私にこだわる?」
 三田は歩を進めて瞳子に歩み寄った。その尋常ならざる雰囲気に、瞳子が思わず後ずさる。
「だって、私、お母さん死んで、1人になって… 頼る人いなくて… 河合のおじいちゃんは遠い所住んでるし… 住む家もないし…」
 泣きそうになるのを頑張って堪えて瞳子は喋った。
 三田への恐怖が、自分でも把握していない本心を曝け出す。
「敦さん、憧れの人だし… 一生懸命好きになってもらって、守ってもらいたかっただけなんです…」
 瞬間、三田は全身の血液が沸騰して瞳子を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。もし、1年前の三田なら躊躇わず殴り飛ばしていただろう。
 それほどの怒りを掌に握りこんで、三田は軋むような声を上げた。
「…甘えるな。貴様は二十歳にもなって自分の足で歩く事すら出来ないのか?」
「で、でも、お母さんが死んで、お父さんも…」
「両親が居ないのは私も同じだ!」
 三田は再度怒鳴った。瞳子はとうとう泣き出してしまい、鼻声で「ごめんなさい、ごめんなさい…」と繰り返した。
「母親が死んだら、次は俺か!? ふざけるなッ!!」
 三田はぐずり続ける瞳子を両手で、ドンッ! と押した。瞳子が悲鳴を上げて部屋の中に尻もちをつくと三田は冷たく言った。
「今日は泊めてやる。だが、明日は貴様が何と言おうがここを追い出す。泣こうが喚こうが一向に構わん。最低限の親族の務めとして、住む場所だけは用意してやる。だが、それ以外は自分でなんとかしろ」
 そう言って三田は部屋のドアを、バタン、と閉めた。部屋の中から瞳子の泣き声が聞こえたがもう頓着しなかった。
 廊下の柱を思い切り殴りつけると、三田はささくれ立った感情を抑えることなく地下室に向かった。


 地下室のドアを開けて三田が入ってくると、姉妹はメイド服を着てそれぞれ正座をして待っていた。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
「お帰りなさい!」
 姉妹は深々と三田に挨拶した。が、三田からの返事がない。
 不思議に思って清香がそーっと顔を上げると、三田は革ベッドに腰掛けて両手で顔を覆っていた。
「…あの、旦那さ」
「しばらく話しかけるな」
 思わず清香が声をかけると、三田は短く遮った。姉妹はお互いに目配せをし合うと、黙って三田の反応を待った。
 …かなり長い時間が過ぎてようやく三田は顔を上げると、心配そうに自分を見つめる姉妹を見た。
「そんな顔をするな…」
 三田が思わず呟くほど、姉妹はその顔を曇らせている。
「お姉ちゃん…」
 文が清香に囁くと、清香が頷く。
 姉妹は何も言わず素早く全裸になると、清香が調教道具が揃ったキャビネットから、パドルや鞭、まち針などが詰まった道具箱を取り出して三田の足元に置いた。
「何だ?」
 機嫌悪そうに三田が言うと、文が正座して言った。
「旦那さま、私たちに罰をください。気が済むまでいじめて下さい」
「罰だと?」
 いぶかしむ三田に、今度は清香が告白する。
「はい、私たちはあれほど言われていたのに、無断で旦那さまの部屋に入りました。ですから、言いつけを守らなかった奴隷に罰をお与えください」
 その言葉に、三田はハッキリと顔を歪めさせた。
 この姉妹も勝手なことばかりして…!
 暴力的な衝動を何とか抑えていた三田だが、とうとう理性が決壊してしまった。土下座する清香の髪を掴んで上を向かせると、手加減無しの平手打ちを清香の頬に放った。
 パシィィン!!
「あぅ!」
 派手な音と共に清香が床に転がった。身を起こした清香は「ありがとうございます、旦那さま…」とお礼を言うと再び土下座の姿勢に戻った。
 三田は今度は文に向き直ると、片足を上げて思い切り文の頭を踏みつけた。文の顔面と床とがぶつかる嫌な音がした。そのまま体重を掛けて三田がぐりぐりと足を動かしたが、文は悲鳴を上げずに黙って耐えた。
「ふん…」
 詰まらなさそうに三田が足を上げると、文はようやく顔を上げて「ありがとうございます…」とお礼を言うと、三田の足の指をぺろぺろと舐め始めた。
「勝手なことをするな」
 三田は吐き捨てる様に言うと、文は慌てて足を離して土下座すると「申し訳ありません!」と謝った。
「お前は何だ、ええ!?」
「旦那さまの雌犬マゾ奴隷です!」
「お前はッ?」
「旦那さまの精処理便所です!」
 姉妹はそれぞれに叫んだ。
 三田の心がサディスティックな衝動に支配される。

 道具箱から普段は使わない乗馬鞭を取り出すと、文に「ケツを向けろ」と命じる。文は素直にお尻を三田に向けると、叩きやすいように高く突き出した。
「お前たちの性根を叩き直してやる。数えろ」
 三田はそう言うと文に鞭を叩きつけた。
 ピシィィィッ!! 
 地下室に、空気と肌を切り裂く鋭い音が響く。
 いくら真性マゾの文でも、痛いものは痛い。臀部を襲った凄まじい激痛に、文は歯を食いしばって耐え「い、いっかい…」と呟いた。
「声が小さい! 数えなおしだ!」
 三田は怒鳴ると、さらに連続で乗馬鞭を振り下ろした。ピシィィ、ピシィィ! と打擲の音が響くたびに、文は声を張り上げて「1回です! 2回ですッ!」と叫んだ。
 回数が20回を越え、文のお尻をみみず腫れに染めあげ、三田はようやく動きを止めた。
「あ、あり、ありがとうございます…」
 何とかそれだけを言って文はへなへなと崩れ落ちた。
 三田は文に近付くと、股間に乗馬鞭を突っ込んで激しく動かした。それから乗馬鞭を抜き取ると、それは透明な液体でぬらぬらと濡れていた。
「おい、これは何だ?」
 濡れた乗馬鞭を文の目の前に差し出すと、文は目を開けて「あぁ…」と呻いた。
「それは… 文のおまんこ汁です…」
「ド変態だな、苛められて感じるのか」
「ああ、そうです。文は旦那さまに苛められると感じて濡れちゃうんです…」
「ふん、すでに家畜以下だな。おい、四つん這いになれ」
 三田が命じると、文は素早く四つん這いになった。
 赤く腫れ上がったお尻を、パシィィ、と1回平手打ちすると、三田はそのお尻にどっかりと腰を降ろした。
「うぅ!!」
「落とすなよ」
 三田の体重が床に突いた膝や肘を圧迫する。持続する激痛を感じながらも、文は頑張って体勢を維持した。
 三田は視線を清香に移すと、突然、鞭を清香の背中に叩きつけた。
「ひっ!」
 突然の激痛に清香が背筋を伸ばすと、三田は「立て」と短く命じた。清香が震えながら立ち上がると、三田は「もう1度自分のことを言ってみろ」と言った。
「はい… 私は旦那さまの性処理便所です… いつでも、お好きなように使ってください」
「そうか、それなら便所として使ってやる、咥えろ」
 そう言われて清香は怪訝に思った。自分も痛い思いをすると思っていたから、フェラチオをするのは意外だった。
「失礼します…」
 軽い胸騒ぎを覚えながら清香は三田のペニスを取り出した。そして一気に咥え込むと、まだ萎えているそれを刺激しようと頭を振ろうとした。しかし、三田は清香の頭を押さえ、動かせないように己の股間に密着させた。
「全部飲み干せ」
 ジョロロロ… と清香の口腔に生暖かい液体が流れ込んできた。その時になって、清香は自分が本当の意味での便所として使われている事を思い知った。
(お、おしっこ! 旦那さまのおしっこ…!)
 むせそうになる喉を必死に宥めて、清香は溢さないように一生懸命三田の尿を飲み込んだ。
 やがて尿の勢いが無くなり完全に止まる。
 全部飲み干せたことに清香がホッとしていると、三田は鞭を清香のお尻に振り下ろした。
「んんー!!」
「何をやっている? しゃぶれ」
 これで終わりではなかった事を理解すると、清香はペニスを口腔に収めたまま舌を使ってフェラチオを始めた。それ自体は通常の奉仕と変わらない。だが、三田は手の力を緩めようとせず、清香の顔は股間に密着したままだった。
(の、喉の奥まで、来る…!)
 次第に体積を増し始めたペニスが、フェラチオを続ける清香の喉の奥までその先端を伸ばした。口を塞がれて清香が必死に鼻で呼吸をしていると、三田はおもむろに指を伸ばして清香の鼻を摘まんだ。
「…!」
 呼吸を完全に塞がれて、清香は一瞬パニックになった。しかし、暴れそうになる手足をなんとか抑えると、顎の力を抜いて口を大きく空けた。
「いい心掛けだ、死ぬまで続けろ」
 三田が冷酷に言って激しく腰を振り始める。喉奥をごんごんと突かれて、清香は直ぐに吐き気を催した。
 清香にとって、ここまで激しいイラマチオは初めてだ。こんな事を初めての調教でされた文を、清香は改めて凄いと思った。
(息… つらい…)
 呼吸が出来なくて顔が真っ赤になる。四つん這いの文が心配そうに見つめるが、清香は目線で「大丈夫…」と送った。
「…出すぞ」
 清香の顔が赤から青に変わり始めるのを見ると、三田は喉奥深くまでペニスを打ち込んで射精した。清香が最後の力を振り絞ってそれを飲み込むと、三田はゆっくりとペニスを引き抜き、鼻を摘まんだ指を離した。
「ごほっ、げほっ…」
 清香は激しくむせて咳を繰り返した。ようやく三田が腰を上げたので、文が心配そうに姉の背をさすった。
「あ、ありがと…」
 清香は弱々しく微笑んだ。そして窺うように三田を見上げた。
 三田は1つ深呼吸をすると、自分の頭を軽く、ごつごつ、と殴って革ベッドまで戻ると、どっかりと腰を降ろした。

「もう、いいぞ… 頭が冷えた…」
「え、と…」
 よく訳がわからなくて、清香が立ち上がった文と目を合わせていると、三田が姉妹に向かって手招きした。
「こっちへ来い… まんまと乗せられたな…」
 ため息混じりのその声に微かな苦笑を感じて、清香はホッと微笑むと文と共に三田の両端に座った。
「あ、旦那さま…」
「あったかい…」
 三田は姉妹の頭をごしごしと撫ぜると、また1つため息を吐いた。
「やれやれ、奴隷に手玉を取られるようでは、旦那さま失格だな…」
 珍しい事に三田の口調にくやしさが滲んでいた。奴隷の挑発にまんまと乗ってしまい、その結果、ささくれ立った感情がクールダウンした事がかなり気恥ずかしかった。
「少し鬱憤が晴れた、ありがとう。だが、こんな事はもう2度としないでくれ。私のブレーキが利かなくなったらどうなるか判らん」
 真面目に語る三田に、姉妹は揃って頷いて「わかりました」と答えた。
「ふぅ…… 気が抜けたら疲れた… 私はシャワーを浴びて寝るから、お前たちももう寝ろ。明日は上のお邪魔虫が居なくなったら上がってきていいぞ」
 そう言って三田は立ち上がったが、文が「待ってください!」とがっしり三田の腕を掴んだ。
「ん、なんだ?」
「お疲れでしたら、私たちがマッサージをしていきます!」
「…ああ、マッサージか…」
 三田はしばらく悩んだ。あまり地下室に長く居るのも不安だったが、肩に重くのしかかる疲労は無視できない。
「なら、頼むか… あまり根を詰めなくていいぞ」
 三田がそう言うと、姉妹は待ってましたと言わんばかりに一斉に三田の服を脱がし始めた。あっけに取られた三田をあっと言う間に全裸にすると、強引に手を引っ張ってシャワー室まで移動した。
「おい、何をす……… なんだ、これは?」
 地下のシャワー室はバスタブが無い造りになっているが、それだけに洗い場のスペースは広く取ってあり、大人が足を伸ばして寝れるほどの広さになっている。
 三田の目を引いたのは、その広い洗い場の床一面に敷かれた、厚手のエア・マットだった。ご丁寧に枕部分まで付いており、そこにはバスタオルが二重に巻かれていた。
「これじゃ、まるで… いや、いい。もう何も言うまい…」
 文句を言うのも諦めて、三田はマットの上に胡坐をかいた。
「どこで買ったんだ、こんなマット?」
「ハローグッドに、普通に売ってありましたよ?」
「もう何でも有りだな、あのスーパー…」
 ずっと代理人を立てている役員会に出席した方がいいかもしれん、と三田は本気で考えた。
「はーい、まずはうつ伏せで寝てくださーい。お肩とかお尻とかもみもみしますからねー!」
 文が心底楽しそうな声で言った。言われた通りうつ伏せになって横を向くと、きゃー、やっちゃったー!」的に頬を染めた清香と目が合った。
「…文はともかく、お前もするのか?」
「はい! 今日一日かけてしっかりと文ちゃんに叩き込まれましたから!」
「何を?」
「マットプレイを!」
 高らかに宣言する清香を見て、三田はどっと脱力した。
「…まあいい、とっとと始めてくれ」
「らじゃーですっ!」
 元気良く返事をして、文はまず三田の太ももを揉み始めた。これが意外に真剣な揉みっぷりで、三田は思わず息が漏れた。
「失礼しますね…」
 清香は三田の横に座ると、背中に覆いかぶさるようにして肩を揉み始めた。胸がピッタリと背中に密着しているので、慎ましい双乳の先端がコリコリと刺激してくすぐったい。
(む、これは…)
 本格的なマッサージが始まると、三田は心の中で呻いた。
 姉妹からマッサージをしてもらうのは無論初めてのことではないが、お互いに全裸であると妙に昂揚した気分になる。その上素肌を触れ合わせてのマッサージはとても気持ちよかった。
(これはハマりそうだ…)
 本心からそう思って、三田は完全に身体を委ねた。

「…失礼します」
 両足の太ももを揉み終えた文が、こんどは三田のお尻に両手を当てた。むにむにと両手で臀部を揉むと、そのまま肛門が露出するように左右に押し拡げた。
「綺麗にしますね…」
 文は舌を伸ばして肛門を舐め始めた。ピチャピチャと卑猥な音がシャワー室に響く。
 清香も肩を揉み終わると、さらに身体を伸ばして腰を揉み始めた。移動するときに、乳首と背中が擦れて気持ち良い。
(文ちゃんが、乳首のコリコリがたまんないって言ってたけど、本当ね…)
 身体をちょこちょこ動かして乳首を擦っていると、まるで三田の身体を使ってオナニーをしているみたいで恥ずかしい。しかし、その恥ずかしさが不思議な背徳となって、より清香の身体を昂ぶらせていた。
(あ、おまんこ汁が垂れてきた… そろそろやばいな…)
 むき出しのヴァギナから愛液が垂れてきたのを感じて、清香は顔を上げると「文ちゃん、そろそろ…」と文に声を掛けた。
「ん、わかった」
 文が短く返事をすると、肛門舐めを止めて顔を上げた。
「…終わりか?」
 姉妹が動きを止めたのを感じて三田が言った。声に若干の物足りなさが混じっている。
「いえいえ、今からが本番です!」
 自信たっぷりに文が言うと、清香が膝立ちになった文のおっきいおっぱいにボディソープをべちゃべちゃと塗りつけた。
「お背中を洗いますねー」
 文は声を掛けると、嬉しげに三田の背中に抱きついた。身体のサイズが全然違うから、抱きつくというよりは三田が背負うような格好になる。
 さらに、文はおっきいおっぱいをぶれないように両手で固定した。
「文ちゃんオッケー? すみません旦那さま、マットの両端を握って身体を支えてくれませんか? …はい、それで大丈夫です」
 いったい何が始まるのか不審に思いながらも、三田は素直にマットの端を握った。
「じゃあ、いきますよ…! よいしょ!!」
 掛け声と共に清香は腕を伸ばして文の腰を掴むと、力を込めて文の身体を前後に動かし始めた。ボディソープが摩擦で泡立って三田の背中を覆う。
「…何をしているんだ?」
「文ちゃんのおっきいおっぱいを使った、おっぱいマッサージです!!」
 唖然とした三田が尋ねると、結構な労働で汗だくになりつつある清香が真剣に答えた。
 文はというと、おっきいおっぱいがあらぬ方向を向かないように、こちらも真剣に集中していた。
「…………」
 三田は完璧に呆れ果てた。しかし、呆れ果てたが、汗だくになって一生懸命尽くす姉妹を見ると大人しくしているしかなかった。
「き、気持ち良いですか!?」
 ぜえはあ息を吐きながら清香が尋ねた。訊かれた三田は苦笑して「ああ、気持ちいいよ」と答えた。
「よ、よかったです… 文ちゃんを、説得した、甲斐が、ありました…!」
「…お前が考えたのか!?」
 てっきり、文が渋る姉を強引に誘ったと思っていた三田は、驚きを声に出す。
「は、はい…! 文ちゃんの、おっきいおっぱいで擦られると、とても、気持ち良いと、発見しまして…!」
 そう言われて、三田は改めて背中の感覚に集中してみた。
 確かに、ゴムまりのように柔らかく、しかしそれでいてどっしりとした重量がある文のおっきいおっぱいが、ぐにぐにと背中を刺激するのは気持ちよかった。
 しかも文がしっかりとおっきいおっぱいを固定しているから、意外に背中全体がほどよく圧迫される。
(ある種の征服感はあるな…)
 そう思って、三田が身体の位置を直そうと身動ぎすると、途端に文が「んにゃあ!」と悲鳴を上げた。
「…どうした?」
「だ、旦那さま動かないで! おっぱい擦れて… イキそうなんだからっ!」
 じゃあ、とっととイけ… 三田は心の中でそう突っ込まずには居られなかった。

「ぜえはあ… ぜえはあ…」
 ほんの十数分の労働だったが、三田が「もう良いぞ」という頃には清香は汗だくの青色吐息になっていた。
「はぁ、はぁ、もう、我慢できない…」
 文はというと、絶頂を限界まで我慢していたから、こちらも青色吐息だった。
「まったく…」
 三田は呆れてため息を吐くと、器用にマット上でひっくり返って仰向けの体勢になった。
「文、挿れて良いぞ。清香は少し休んでいろ」
「ありがとうございます…」
 がっくりと崩れ落ちる清香とは対照的に、文は目をギラリと光らせて三田の上に馬乗りになった。
「おちんちん、頂きますっ!」
 切羽詰った声を出して、文は三田のペニスを片手で握ると、腰を落としてズブズブとアナルに突き刺した。
「あはぁぁぁ!! 気持ち良いぃ!! イキそう、イキそう!!」
 2日間のお預けを喰っていただけに、文の快感も相当なものだった。慣れた調子で豪快に腰を振ると、括約筋を上手く使ってペニスをしごき上げる。何の迷いも無いその動きに、三田の快感は急速に高まった。
「上手く、なったな…」
「はぁん、だって、文のお尻は、旦那さまのおちんちん咥えるためにあるんだもん…」
 夢見心地のとろんとした目付きで文は言った。そういえばこんな時間まで文が起きているのも珍しい。自分を待って起きていたのかと気付くと、途端に三田は文が愛しくなった。
「文、私もそろそろイキそうだ。一緒にイクぞ…!」
「はいぃぃ、文、頑張ります!! 旦那さまのおちんちん、ごしごししごきますっ!」
 三田の許可が出て、文はいっそう腰を激しく振った。その的確な責めに、三田も一気に上り詰める。
「…よし、イクぞ!」
「文も、文もイクゥゥゥ!!」
 三田が射精すると同時に文も絶頂に達した。直腸の奥深くに熱い精液を浴びて、文は幸せそうに啼いた。
「は、ふぅ…」
 絶頂の快感でそのまま意識が切れてしまったのか、文は三田の胸にコテンと頭を乗せると、すぅすぅと寝息を立て始めた。三田は苦笑すると、傍らでいつの間にかペットボトルの水を飲んでいた清香に声を掛けた。
「おい、文が寝てしまった。ベッドまで運んでやれ」
 言われた清香はコクコクと頷いてバスタオルで文の身体を包むと、そのまま革ベッドまで運んでそっと置いた。全身の水気を拭いてやってタオルケットを掛けてやる。それからシャワー室に戻ると、三田は自分で全身の泡を洗い流していた。
「お体を拭きますね」
「うむ」
 清香が三田の身体をバスタオルで丁寧に拭くと、三田は飲みかけのペットボトルを手にとって一気に飲み干した。
「ふぅ、まぁ、あまり褒められたな方法ではないが、確かに気分は良くなった」
 三田はそう言って自分の身体を拭いている清香の頭を撫ぜてやった。清香は恥ずかしそうに微笑み、バスタオルを畳むと「色々とご苦労様でした」と頭を下げた。
「うむ… お前だから愚痴るがな、今回はよく私の忍耐が持ったと自分を褒めてやりたい気分だ…」
「どんな条件を出されたんですか?」
 清香が三田に服を着せながら言った。用意の良い事に三田の寝巻きも準備してある。
(そういえば、詳しい事は何も話していないのだったな…)
 清香の言葉に、三田は自分が何も説明していない事、また、何も説明せずに命令に従ってくれたことに気付いた。
(少しは説明してやらんとな…)
 地下室に戻ると、三田はクーラーボックス――おそらく姉妹が持ち込んだのだろう――からペットボトルを取り出すと、文の眠る革ベッドに座った。
「まあ、適当に座れ。説明する」
 濡れ髪をタオルでくるんでいた清香に声を掛けると、清香はコクリと頷いて床の上に全裸で正座した。
 三田は口滑りにペットボトルを一口飲むと、昨日の出来事をかいつまんで説明し始めた。


「……というわけで、今、客間にはその自称・許婚が寝ている。…寝ているはずだ」
 三田が話を締めくくると、清香はかなり複雑な表情で頷いた。
「では、その… 旦那さまはその方と結婚されるんですか?」
「どうしたらそうなる…」
 三田はうんざりした声で言った。
「彼女には出て行ってもらう。泣こうが喚こうが、だ。じじいが何かとうるさいかもしれんが、口は挟ません」
 きっぱりした三田の言い様に、清香はホッと胸を撫で下ろした。
「あの… よかったです。私たち、追い出されるのかと思いました」
「何を馬鹿な…」
 三田がため息と共に首を振る。そして、本人も驚く言葉が、その口から飛び出た。 
「お前たちはずっと私の側に居てくれ。一生、私が面倒を見る」
 愚痴を吐き出して心が弛緩していたのか、三田の口からそんな言葉が飛び出した。ハッと気付いて三田は自分の口を慌てて押さえたが、清香はしっかり聞いてしまったようで、顔を真っ赤にしながら膝をもじもじと擦り合わせていた。
「……………」
「……………」
 何故かお互いに気まずい。清香が上目使いに三田を見ると、珍しい事に三田は目を泳がせて「まあ、その、なんだ…」と口篭もった。
「…正座ばかりでは辛いだろう。こっちに座れ」
 わざとぶっきらぼうに言って、三田は自分の隣を軽く叩いた。清香は素直に「はい」と頷いてゆっくりと三田の隣に座ると、膝の上に置いた三田の手をそっと両手で握った。
 清香の意外な行動に三田は驚いたが、手から伝わる清香の体温が心地良い。心がリラックスするのを感じながら、三田は気になっていたことを清香に聞いた。
「ところで、私の部屋に入ったと言うのは本当か?」
「え、と… はい、すみません、本当です」
「何でまた?」
 不思議そうに尋ねる三田に、清香は文のストレスが限界だった事を伝えた。
「それで、少しでも旦那さま分を補給しようと…」
「…お前たちの話は、たまに訳がわからん」
 三田が理解を放棄するように額を揉むと、一番重要なことを聞いた。
「それで、机の上のファイルは読んだか?」
 清香はかなり躊躇った。しかし、ここで嘘を言っても始まらないと感じて、勇気を出して告白した。
「…はい、読みました」
「そうか…」
 三田は全身の息を吐き出すようなため息を吐いた。そして、1つ咳払いを済ませると、清香の顔を真っ直ぐに見て言った。
「書いてある通りだ。お前たちの母親は今も健在で、お前たちが望むのなら親元に帰す事だって…」
「ここにいます!」
 三田の言葉を遮って清香は宣言した。そのきっぱりとした言葉に、逆に三田は動揺して「い、いいのか?」と問い返した。
「いいんです。私は施設を離れるときに親離れは済ませたつもりですから、いまさら実の母と言われても、ピンと来ないです」
「そうか…」
 三田は心底ホッとしたような表情で頷いた。その表情を見て、清香は今がその時だと判断した。
「さっき、“ずっと側に”“一生”と仰いました」
「………ああ」
 本心だから否定できない。三田はしっかりと頷いた。
「私も…」
 清香は決心した。
「私も、その覚悟です、旦那さま…」
 清香の言葉に、三田は驚いて清香を見た。清香も真っ直ぐに三田を見つめる。その表情はとても自然な物だった。
「貰ってください、私を…」
 微笑む清香を、なんとも言えない表情で見つめた三田は、何か憑き物が落ちたような微笑を浮かべた。
「清香… ありがとう… ずっと、一緒だ…」
 三田が呟くと清香はそっと目を閉じた。吸い込まれるようにキスをすると、2人はもつれるように革ベッドに倒れこんだ。
「はぁ、文ちゃんが起きちゃうかも…」
「その時は仲間に入れてやろう…」
 熱っぽい声で三田はそう言うと、再び清香の口唇に吸い付いて全身の愛撫を始めた。

「あぁ、気持ち良い…」
 三田に全身を弄られて清香は歓喜の声を漏らした。思えば、こんな風に優しく愛撫されるのは久しぶりだ。
「ん、少し胸が大きくなったか?」
「…んもう、今頃気付いたんですか?」
 清香が拗ねたように口を尖らせた。
 度重なる淫行が原因なのか、1年前はほとんど板でしかなかった清香の胸が、丸みが見てわかるほどに膨らんでいた。カップは相変わらずAだが、バストサイズは確実に増加していた。
「旦那さまが毎日揉んでくれたら、もっと大きくなると思いますよ…」
「こうか?」
 清香がねだると、三田は両手でこねるように清香の両胸を揉みしだいた。形は小さくても感度は抜群な清香の胸は、持ち主に正直な快感を伝えた。
「ああん… ふあ、旦那さまにおっぱい揉まれると、すごい幸せです…」
「安い幸せだな、そんなので良いのか、お前?」
 三田が呆れたように言うと、清香は「当然です…」と静かに答えた。
「でも、おっぱいだけじゃなくて、他のところも触ってもらえたら、もっと幸せになれます…」
「こいつ、おねだりか」
 三田は軽く笑ってそう言うと、片手を清香の秘所に移した。既にぐっしょりと濡れた愛液を指に取って馴染ませると、人差し指と中指を揃えて清香のヴァギナに深々と突き刺した。
「きゃん! ああ、ぐりぐりしないでぇ… そんなにされたら、私、すぐにイッちゃいます…」
 とろんとした目付きで言う清香に、三田は優しくキスをすると「いくらでもイっていいぞ…」と囁き挿入した指を散々に掻き回した。
「ひゃあん!! 駄目、それイッちゃう、イク、イクゥゥ…!!」
 清香は背中を弓なりに反らせると、全身を震わせて絶頂に達した。心が満ち満ちていくのを感じる。こんなにも愛してもらえる自分は幸せだと、清香は心の底から思った。
「…そろそろ挿れるぞ」
 三田は絶頂に震える清香の股を割って、身体を割り込ませた。まだ絶頂覚めやらぬ清香がぼうっとした目で三田を見ると、両腕を回して三田の首に絡みついた。
「挿れて下さい、旦那さま。いっぱいいっぱい、愛してください…」
 三田はしっかりと頷くと、固くなったペニスをズブズブと挿入した。
「あ、あ、挿って、くる…! あぁ!!」
 ペニスが根元まで挿入された瞬間、清香はおとがいを反らせて身体を震わせた。
「なんだ、挿れただけでイッたのか?」
「は、い… えへ、イッちゃいました…」
 恥ずかしそうに微笑む清香が愛らしくて、三田は清香の首筋に吸い付くと「じゅぅぅぅ…!!」と力強く吸った。
「あん! そ、そんなに強く吸っちゃ、やだぁ…」
 散々に吸いまくって三田が口唇を離すと、清香の首筋にくっきりとキスマークの痕が残った。
「ふふふ、印をつけてやったぞ。お前は私の物だ…」
「ああ、嬉しいです。もっともっと印を付けて下さい…」
 三田は言われた通りに清香の全身にキスマークを残す。白い肌にポツンポツンと残る赤い痕は、卑猥さやいやらしさを感じさせない、ある種清らかな美しさを清香に与えていた。
「綺麗だな、お前は…」
 普段ならば絶対に言わない言葉を口にして、三田は静かに腰を動かし始めた。
 何度も挿入している清香のヴァギナだがいつまでたっても飽きる気がしない。それどころか、三田のペニスをぴったりと咥え込み、うねる膣壁が凄まじい快楽をもたらしてくれる。
「お前の膣内は最高だ…」
 甘く耳元で囁くと、清香の顔が幸せに蕩ける。一言、「大好きです…」と言うと、そっと目を閉じて三田の絶頂を待つ。
「出す、ぞ… 受け止めてくれ…」
 奥深くにペニスを突きこんで精を解き放つ。子宮から全身に三田の精が満ちたような気がして、清香はたまらず胸の内を言葉に出して言った。
「愛しています、旦那さま…」

「さて、そろそろ上がらんといかんか…」
 行為後、三田がペットボトルで喉を潤して言うと、清香が三田のペニスを舐め清めてから言った。
「あの、旦那さま。母親の件なんですが、文ちゃんには黙っていてもらえますか?」
「それはいいが… なぜだ?」
 三田が当然のように訊くと、清香はぐっすりと寝ている――行為中もまったく起きるそぶりは見せなかった――文をチラリと見て言った。
「文ちゃんは、母親の事を知ったら動揺すると思います。今は旦那さまや私に依存して安定していますけど、もっと別の依存先を知ったらどうなるかわかりません。もう少し様子を見てから、私が打ち明けたいと思います」
「そうか、お前がそう言うのなら、それでいい」
 三田はしっかりと頷くと、ベッドから立ち上がった。
「では、母親の件はお前に一任する。資料は残しておくから、好きなときに読め。…他には何かあるか?」
「はい、その、自称・許婚の人のことなんですか…」
 清香が言い難そうに言うと、三田は渋い表情になったが、「言ってみろ」と清香に促した。
「はい。旦那さまはすぐに追い出すと仰いましたが、他の家が見付かるまではお屋敷に居て頂いていいんじゃないでしょうか?」
 三田は眉根を寄せた。
「だが、それではお前たちが辛い目に合うぞ?」
「私たちは結構楽しんでますから大丈夫です。ちょっとした旅行気分ですから。勿論、文の新学期が始まる再来週までには出て行って頂きたいのですが…」
 清香の言葉に、三田は瞳子の泣きじゃくった顔を思い出した。
 あの時は激昂して追い出すと宣告したが、よくよく考えれば少し可愛そうな気もした。それに、マンションの手配は少なくとも数日掛かる。明日すぐに追い出すのは流石に無理そうだ。
「よし、どうせ住居の手配もある。数日はここに滞在する事を許そう。…しかし、そこまで気を使う相手でもないだろう?」
 三田が苦笑して言うと、清香は少し困ったように微笑んだ。
「わかりませんけど、もしかしたら罪悪感があるのかもしれません。本当だったら、今の私の場所にはその人が居たのかもしれませんから…」
 その言葉に、三田は軽い衝撃を受けて考え込んだ。
(確かに、そうか… もし瞳子が来るのが一年早ければ、もしかしたら私は一緒に暮らすことを認めたのかもしれない…)
 そう思うと、少しだけ瞳子が不憫に思えてきた。自分に好意を抱いてくれる女性をあんな風に怒鳴ったのも、反省すべき点かもしれない。
「まあ、お前たちは見付からない事だけを心配していろ。…何と言っても血の繋がった従兄妹だからな、邪険にはせん」
 三田はそう言うと清香に軽くキスをし、また、眠っている文にも軽くキスをした。
「明日からも苦労をかけるが、よろしく頼む」
 そう言って地下室から出て行く三田を見送って、清香は深々と座礼をすると心を込めて言った。
「おやすみなさいませ。 …あなた」
 かなり勇気を出したその台詞に、三田は微笑みを返すしかなかった。

 翌日。瞳子の目覚めは最悪だった。
 三田に愛想をつかされ、昨晩は涙が涸れるまで泣いた。そして、三田に謝ろうと屋敷中を探し回ったのだが、三田の姿はどこにも無かった。
 鍵つきの部屋はいくつか見つけたのだが、どんなにノックをしても返事は返ってこなかった。
「朝、だ……」
 泣きすぎてがんがんする頭を振って、瞳子はベッドから起き上がった。妙に部屋が明るい。ぼんやりとしたままで携帯電話を開くと時間を確かめる。
 すると、見る見る内にその表情が強張る。
「う、そ… もうお昼近く…!?」
 寝る前に、朝一で三田に謝ろうと決めていた。瞳子は慌ててベッドから降りようとし、ベッドの縁に躓くと盛大にこけた。
「ぎゃん!」
 思いっきり鼻を地面にぶつけて、瞳子はまた泣きそうになった。
 …泣きっ面に蜂とはこのことか、としみじみと思い、…眼鏡を掛ける前でよかった、とも思う。
 何とか根性を入れて立ち上がり眼鏡を装着すると、控えめなノックのあとに部屋のドアが開いた。
「失礼。大きな音がしましたが、どうかされましたか?」
 昨日いくら探しても見付からなかった三田が姿を見せた。今日はポロシャツにジーンズのラフな格好をしている。
「だだだだだ、大丈夫です! はい!」
 意味も無く気を付けをして瞳子が言うと、三田は少し戸惑ったような表情を浮かべてた後、ごほん、と咳払いした。
「あー、瞳子さん、そのままで聞いて欲しいのだが…」
「は、はい!」
 三田の声に瞳子の全身が硬直した。出て行け! その言葉が頭の中を縦横無尽に走り抜ける。
「昨晩は本当に失礼をしました。色々とあって私も感情的になっていたらしい。すみません」
 しかし、瞳子の予想とは裏腹に三田は昨日の非礼を詫びると、深く頭を下げた。
「い、いえ、そんなこと無いです… 私の方こそ、子供じみた言い分で敦さんを困らせてしまって…」
 突然の三田の謝罪に、瞳子は慌てて手を振って否定した。
「そうですか… それは良かった」
 三田は安堵して顔を上げる。
 その妙に落ち着いて余裕のある仕草に、瞳子は本当に昨晩と同じ三田なのかと不思議に思う。
「…ですが、私の主張を変える気は有りません。ここに貴女の居場所は無いし、作る気も無い。どうか大人しく私の提供するマンションに移ってください、お願いします」
 三田は再度頭を下げた。
 ここまで礼を尽くされては、流石に瞳子も受け入れるしかなかった。
「……仕方、ないです。いえ、本来だったら、これでも充分に厚かましいとわかっています。わかってますけど…」
 口篭もる瞳子に、三田は落ち着いた声で言った。
「まあ、我々は会ってまだ数日です。これからいくらでも会う機会はあるでしょう。それに、マンションの用意が整うまで数日間はここに滞在してもらう予定です。その間は、屋敷の物は好きなように使ってください」
 その三田の言葉に、瞳子はホッと胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった… はい、では、よろしくお願いします、敦さん」
 改めて挨拶をする瞳子に、三田は「はい」と目を合わせて答えた。



 その日は予定した通り、三田と瞳子の祖父の墓参りを2人で済ませた。
 何回か来たことがあるという瞳子は、色々と複雑な胸中で墓前に手を合わせた。
「…祖父とは面識があるんですか?」
 帰りの車の中で三田が尋ねると、瞳子はしっかりと頷いた。
「はい、おじい様は年に4回ほど家に訪ねて来てくれました。その日は決まって外食で、幼い頃からずっと楽しみにしていた行事でした。でも…」
 瞳子はいったん言葉を切ると、悲しそうに車窓から外の景色を眺める。
「去年、おじい様が亡くなられて、その行事も無くなりました。…寂しくはなったけれど、月命日には何回か母とお参りに来ていました」
 瞳子の悲しげな表情を見て、三田は、そういえばこの娘は母親を無くしたばかりだったな… と改めて思う。
「…祖父は偏屈だったから、扱いに困ったでしょう?」
「え? いいえ、おじい様は無口ですけど、とても優しい人でしたよ。色々とわがままも言いましたが、無言で許してくれました」
 瞳子が思い出すようにクスリと笑うと、三田は憮然とした表情になった。
「私はねだっても何も買ってもらえませんでした。やはり、孫娘は何かと可愛いのでしょうね」
「そ、そんなこと無いと思いますよ!」
 瞳子が慌てて言うと、三田は薄く笑う。
「フフ、冗談です。さて、次はマンションを見に行きましょうか。3件ほど市内に有りますから、どうせなので今日の内に見て回ってしまいましょう」
 三田がそう言うと、瞳子は複雑な表情で頷いた。


 夕日が落ちる頃に2人は屋敷に帰って来た。とりあえずリビングに落ち着いた2人は、瞳子の淹れたお茶を飲んで一心地をついた。
「どうです、気に入った住居は有りましたか?」
 三田が伺うように問うと、瞳子は「気に入るも何も…」と言葉をつぐむ。
「どれもこれも高級マンションじゃないですか! 1部屋で充分なのに、最低でも4LDKだなんて…」
 瞳子は改めて三田の財力に驚いていた。河合から色々と話は聞いてはいたのだが、実際は想像以上だ。
「あんな部屋、私じゃ役不足です…」
「そうですか?」
 三田は不思議そうに言った。家は広ければ広い方が良いだろう、と漠然と考えていたから、瞳子の反応は少々意外だ。
「別に全ての部屋を使わなくても良いでしょう。それに、余った部屋をルームシェアにだって使える。
 瞳子さん、身の丈に合った物ばかりを選んでいたら、自然と人間が小さくなってしまいますよ? 貰う物、それの生かし方1つで人生は変わってくるものです」
 三田の言葉に、瞳子は神妙に頷いた。
「よろしい、では、明日までにはどこにするか決めておいてください。書類の処理がありますので、できればお早めに。…それでは夕食にしましょうか」
 そう言って三田が立ち上がろうとすると、瞳子が慌てて立ち上がって三田を止めた。
「あの、夕食は私が作ります!」
「しかし、仮にも貴女はお客さんなんだし、そんなことをさせるわけには…」
 三田は渋ったが、瞳子は珍しく強気な表情で断言した。
「一宿一飯以上の恩があります! ぜひ作らせてください!!」
 こうまで言われては、逆に断るのが気が引ける。三田はため息を吐くと「では、お願いします」と言って、浮きかけた腰をソファに戻した。
「任せてください!」
 瞳子は元気良く答えると、キッチンに駆け込んで冷蔵庫の扉を開けた。そして、「あれ?」と不思議そうな声を出した。
「ん? どうかしましたか?」
 不審に思って三田が声を掛けると、瞳子は「いえ、その…」と煮え切らない返事をした。
「実はですね、今日お墓参りに出かける前に、失礼ながら冷蔵庫の中身をチェックしたんです。お夕飯は私が作ろうと決めていましたから、足りない食材があれば買おうと思って…」
「…それで?」
 何が問題かわからず三田が問い返すと、瞳子は頭を傾げて言った。
「冷蔵庫の中身が変わっているんです。ほら、このハムは半分しか残っていなかったのに、今は1つ丸々あります。牛乳もいつの間にか口が開いているし…」
 瞳子の言葉に三田はドキリとなった。明らかに姉妹の仕業だ。ただ、そんな細かいところまで瞳子が見て覚えているのが驚きだ。
「さて… 瞳子さんの勘違いではないですか? 今日は来客も無かったから、泥棒以外は入ってきませんよ。それに、屋敷の防犯設備にはそれなりに金を掛けていますから、誰かが入っていたらすぐにわかります」
「そうですか… そうでしょうね…」
 瞳子は不思議そうにしていたが、とりあえずは納得したようだ。三田は心の中で嘆息すると、瞳子に「仕事の用事がある」と言い残してリビングを後にした。

「鋭い人ですねぇ…」
 夕食後、瞳子がお風呂に入っている間に三田は地下室を訪れた。文庫本を読んでいた清香が、瞳子が冷蔵庫の中身を指摘したことを聞いて、しみじみと呟いた。
「確かにバレるとまずいと思いましたので、そのハム以外は元の状態にしていたんですが…」
「牛乳は?」
「ごめんなさい、それは文です」
 携帯ゲームをしていた文が、プレイの手を止めて謝った。三田は苦笑すると、気にしてない風に文の頭をぽんぽんと叩いた。
「天然なのか計算高いのかわからん。まあ、裏は無いようだから安心して良いが、注意するに越した事は無い。冷蔵庫の補充はしばらく止めておいてくれ。勿論、気分転換の買い物は続けて良いぞ」
 そう言うと三田は立ち上がった。もう帰るのか、と文が不満そうな顔で三田を見た。
「すまんな、そろそろ仕事を真面目にやらんと滞ってしまう。今日はもう来れないと思うが、我慢できるか?」
 姉妹それぞれの頭を撫ぜながら言うと、姉妹は揃ってコクンと頷いた。
「よし、我慢もあと少しだから頑張ってくれ」
 そういい残して、三田は地下室を去った。

 ――いっぽう、浴室では、
「敦さんも無駄毛処理とかするのかしら…?」
 瞳子が女性用剃刀を発見して首を傾げていた。



 その日の夜。瞳子はベッドの上で眠れないでいた。
「う〜ん、なんなのかしら…?」
 どうにも変な違和感がある。上手く言葉では言い表せないが、屋敷全体の歯車が合っていないような気がするのだ。
「敦さんは、この1年はずっと1人で住んでいるって仰ったけど…」
 それにしては妙に屋敷の手入れが行き届いている、と瞳子は感じていた。男が1人でこんな広い屋敷に住んでいるのに、庭木も余さず手入れしているのは少しおかしい。
「この部屋もすごく綺麗だし…」
 瞳子が泊まっている部屋は使っていない客間と紹介された。しかし、昨日瞳子が始めて入った時には、既にベッドメーキングから室内の掃除、更には女性用の寝具の準備まで済まされていた。
 瞳子が三田に付いて行くのは土壇場で決まった事だから、これはかなりおかしかった。
「座敷童でも居るのかしら?」
 そこまで想像して、瞳子は身体をブルリと震わせた。妖怪とか幽霊とかは大の苦手だ。瞳子は違和感を無理やり頭の片隅に押しやると、頭から布団を被る。
 とにかくも、自分が居れるのはあと数日なのだ。その間に少しでも印象を良くしておこうと、瞳子は明日の早起きを誓った。


 地下室には細い採光窓がある。
 小さいながらもその隙間から入ってくる朝日は、目覚まし時計いらずの文を覚醒させるには充分な光で、あまり寝心地の良くない革ベッドの上で文は大きなあくびをした。
「ふぁあああああああ… 朝だ…」
 むっくりと身体を起こすと、隣では全裸の姉がすやすやと寝息を立てている。視線を落とせば自分も全裸だ。
「そーいや昨日は軽くレズッて寝たんだっけ…」
 三田が相手をしないと、どうしても姉妹は若い身体を持てあます。同じベッドでそれぞれオナニーするのもなんなので、昨日は姉を相手に、それぞれ1回ずつイカせてから就寝したのだ。
「…のど渇いたな」
 いつもなら先にシャワーを浴びてから姉を起こすのだが、地下室に監禁の身では生活パターンがまるっきり違う。とりあえず、文は何か飲もうと持ち込んだクーラーボックスを開いた。
「あ、牛乳がない…」
 しまったー、と文は悩んで柱時計を見た。時刻は5時。早朝というより明け方と言って良い時間だ。
「まぁ、みんな寝てるよね…」
 誰ともなしに呟くと、文は姉を起こさないようにこっそりと地下室を出た。
 そーっとドアから顔を出して左右を確認する。明け方の屋敷の空気は、シン、としていて、生者の気配はまるで無かった。
「よし、おっけー」
 そろーりそろーりと廊下を歩く。古い屋敷の廊下はぎしぎし鳴るが、それがちょっとしたスリルだ。無事にリビングまで辿り着くと、文は鼻歌を歌いながら冷蔵庫のドアを開けた。
「えーと、牛乳… あったあった」
 牛乳パックを見つけると、姉が居ないのを良い事にそのまま口を付けて飲もうとした、
 その瞬間だった。
「だ、誰、あなた!?」
 突然、背後から聞きなれない女性の声が掛かった。文は驚いて危うく牛乳パックを取り落としそうになって大いに慌てた。
 何とか取り落とさずにテーブルに置く事が出来たが、今度は喉を直撃した牛乳が気管に入って猛烈な激痛が文を襲う。
「げ、げほげほげほッ!!!!」
「あ、だ、大丈夫!?」
 誰何した女性――勿論、瞳子だ――は、急に苦しみだした文にこれまた驚いて、慌てて文の背をさすった。
「…けほっ、だ、大丈夫です…」
 なんとか肺と喉を鎮めて恨めしそうに文が顔を上げると、そこで瞳子と初めて目が合った。
「あ…」
 その瞬間、文の顔が「しまったーー!!」と後悔に染まる。瞳子の方は、とりあえず驚愕から脱したらしく、息を数度吸って落ち着くと、改めて文を見た。
「あなた、いったいどこから… って、あなた、なんで裸なの!?」
「あ、昨日は裸で寝てたから…」
「裸で、どうして!?」
「……………」
 文は返事をせずに無言でいると、突然、ダッ! と駆け出して逃げようとした。だが、
「待ちなさい!」
 瞳子は意外に俊敏な動作で文の腕を掴むと、背後からがっちりと文を拘束した。
「離してー!」
「大人しくしなさいっ! …うわ、今、ムニッて音がした。何、このおっぱい?」
「ただのおっぱいだよー!!」
 2人がどたばたどたばたと騒いでいると、三田が何の騒ぎだという風に、寝ぼけ眼でキッチンに姿を現した。
「何の騒ぎ… ああ………」
 そして一瞬で状況を理解すると、「はぁ……」と、長い長いため息を吐いた。
「…とりあえず、2人とも落ち着きなさい」
 三田が重い声で言うと、瞳子と文はもみ合うのを止めて大人しくなった。
「文、地下室に行って清香を呼んで来い。あと、服を着ろよ。瞳子さん、説明しますのでリビングまでどうぞ…」
「は、はい、旦那さま!」
 文も混乱していたのだろう、人前で「旦那さま」と呼んでしまった。三田はさらに渋い表情になったが、暗鬱な思いを振り払うように首を振ると、一目散に駆けていく文を見送った。
「…あの、どういうことなんですか? お知り合いなんですか?」
 かなり不審な目をして瞳子が尋ねると、三田は「とりあえず座りましょう」とリビングに移動した。

 リビングで三田と瞳子が黙って待っていると、ほどなくして清香――瞳子にとっては知らない女の子2号――と文が2人して姿を現した。
 姉から平手打ちでも喰ったのか、文は頬は真っ赤に腫らして「ぐすぐす…」と鼻を啜り上げている。
「…申し訳有りません!!」
 三田と瞳子を視界に認めると、清香は腰を垂直に折って謝った。
「いいから、とりあえず座れ」
 三田が脱力した声で言うと、姉妹は大人しくソファに座った。
 その時、三田が清香に「調子を合わせろ…」とこっそり耳打ちをした。一瞬、清香は動きを止めたが、すぐに何気ない風を装う。
「あの…」
 かなり気を揉んでいるらしい瞳子が落ち着かなく声を出すと、三田は「わかっています」と頷く。
「今、説明します。この2人は知人の子で、今は私が引き取って育てています。私は彼女らの父親と懇意にしていましたが、去年、その父親が死んでしまったので、私が引き取ることになったのです」
 言葉を切って、三田がチラリと清香を見ると、清香は慌てて「そ、そうなんです!」と相槌を打った。
「はぁ… ええと、お母さんは?」
「言い難いことですが、母親は彼女らが幼い頃に家を出て、今では行方もしれません」
「そう、なんですか…」
 あまり納得した様子ではないが、瞳子はとりあえず頷いた。そして、多少、同情めいた視線を姉妹に送る。
 三田の話しは嘘臭いが、もし本当なら、この姉妹は自分と同じ境遇ということになる。
「…今まで何処に居たんですか?」
「あー、実は地下室を改造していまして、そこに、その… 隠れていました」
 上手い言い訳が思いつかず、三田は正直に言った。
「なんで隠れてたんです?」
「それはですね…」
 矢継ぎ早な瞳子の質問に、三田は頭をフル回転させた。
「それは、河合さんに知られると、何かと厄介だと思ったからです」
「河合のおじい様にですか?」
 瞳子が不思議そうに言うと、三田は「はい」と頷いた。
「この姉妹の事は、河合さんには知られていません。知ると、何かと小煩い老人ですからあれこれと口を出してくるでしょう。そういった煩わしさを彼女たちに与えたくなかったのです」
 三田がそう言うと、瞳子は「なるほど…」とその点には納得した。
 小さい頃から世話になっているだけあって、瞳子も河合の性格を良く知っている。あの老人は、とにかくお節介なのだ。
「ですから、瞳子さん。よければこの2人のことは河合さんには黙っておいて貰えませんか? いらぬ邪推をされたくないのです」
 三田がそう言うと、清香が慌てて頭を下げる。
「ええと…」
 瞳子は困り果てた様子で言葉を濁した。
 三田がこの姉妹が居るために自分を追い出そうとしたことは、鈍い瞳子でも理解できた。だが、嘘か本当かはわからないが、自分と同じ境遇だと説明されると流石に無下にはできない。
(この娘たち私より小さいのに、私と同じ苦労を味わったのかしら…)
 そう考えると共感を覚えてしまう。瞳子は少し躊躇ってから「あの…」と声を掛けた。
「私は各務瞳子と言います。貴女たちは?」
「あ、私は香田清香です」
「…香田、文です…」
 清香のはきはきとした喋りには好感を覚える。文は第一印象がアレだったので複雑だが、泣いている姿は可哀想だ。
「年齢はいくつ?」
「私が17歳で、文が15歳です…」
 ふむふむと頷くと、瞳子が苦笑いをして三田を見た。
 自分でも少しどうかと思うが、この姉妹を見ると不思議に三田を信じたい気持ちになる。
「敦さん、最初から言ってくだされば良かったのに」
「は、ですが…」
 三田が口篭もると、瞳子はくすくすと笑った。
「大丈夫です。はい、河合のおじいちゃんにはナイショにしておきます。ええと、文ちゃん? さっきはびっくりさせてごめんなさい」
 突然、瞳子に話しかけられて、文がびっくりした風に背筋を伸ばす。瞳子と目が合うと、俯いて「文こそ、ごめんなさい…」とボソボソと呟いた。
「ありがとうございます!」
 清香が大げさに頭を下げてお礼を言う。地下室に泣きそうな文が下りてきて、「バレちゃった!」と言った瞬間には頭が遠くなったが、ひとまずは安心だ。
「あ、その、何と言うか、貴女を誤解していました、瞳子さん。一昨日の夜はあんな事を言って申し訳ない。改めてお詫びします」
 珍しく三田が頭を下げて謝罪した。
「あ、いえいえ! そんなことないです。…ちょっとお姉さんぶっているだけですから…」
 謙遜して手を振る瞳子に、清香がようやく小さな笑みを漏らした。三田も場の雰囲気が和んだ事を感じて安堵すると、「では、朝食にしますか… 清香、すまないが4人分準備を頼む…」と疲れた声で言った。

 和やかな朝食が終わると、三田は瞳子を自分の部屋に呼んだ。清香と文は2日ぶりの家事を片付けるようだ。
「騙していて申し訳ありません」
「いえ、私もおじいちゃんも、敦さんを騙し討ちしたようなものですから、おあいこです」
 瞳子がそう言ったので、三田は安心して本題に入ることにした。
「それでは、マンションはお決めになりましたか?」
 三田が内心恐る恐る尋ねると、瞳子は頷いて答えた。
「はい、あれだこれだとは決めきれないと思ったで、最初のマンションでお願いします。大学やバイト先からも近いようですし」
「そうですか… アルバイトは何を?」
「本屋さんで働いています。…もしかしたら、清香ちゃんは見たことあるかもしれません」
 瞳子が思い出すように顎に手を当てる。市内の大型書店には連れて行ったことがあるから、それも充分に考えられる。
「では、援助の内容ですが、大学の学費は全てこちらで負担します。あと、生活費ですが…」
「あ、あの…!」
 瞳子が慌てて手を振った。
「学費は、奨学金を頂いていますから大丈夫です。生活費もバイト代とお母さんが残してくれたお金で何とかなりますから。本当に、住居さえあれば大丈夫なんです」
 瞳子はそう言うが、三田はかなり渋い顔をしている。
「しかし、それでは申し訳ない… もうわかってらっしゃるでしょうが、貴女をここから追い出すのは単なる私のわがままです。少しぐらいは援助させてください」
 三田が懇願するように言うと、瞳子は最初困った顔をしていたが最後には納得して頷いた。
「わかりました。では、学費は甘えさせていただきます。でも、本当にそれだけで結構ですから」
 瞳子がそう言うと、三田は頷いて「分かりました、すぐに手配します」と答えた。
「それと… 敦さんに個人的なお願いがあるんですが…」
 瞳子が控えめに言う。
「この屋敷にはちょくちょく遊びに来てもいいですか?」
「はぁ、ここにですか?」
 意外な申し出に三田が困惑して首をかしげた。
「はい、親戚の家はここだけですし、それに、あの娘たちがなんだか他人に思えないんです」
 三田は、なるほど、と納得していた。三田も同年代の親戚が居ないことを寂しく思った事がある。瞳子と姉妹は歳も近いから、良い友達になれそうだった。
「ええ、勿論構いませんよ、清香も文も喜ぶでしょう。 …2人とは何か話されましたか?」
 三田が尋ねると、瞳子はこっくりと頷いた。
「はい、清香ちゃんとは少し。文ちゃんは流石に私を避けていましたが…」
 文は初対面で全裸を見せ付けてしまい、バツが悪いのかも知れない。
「清香ちゃんはとてもしっかりしていますね。『妹が迷惑をお掛けして申し訳有りません』って丁寧に頭を下げていました。とても年下とは思えないです」
「まぁ、彼女はしっかりしなければならない環境にありましたから…」
 言葉を濁しながらも、三田は今日まで数日の行動が全て杞憂だった事に、かなり脱力していた。そして、同時に嘘や隠匿ばかり行ったが、実際はきわどい橋の上を歩いていたのだと気付いてぞっとした。
(よく今まで問題になっていなかったな… 学校、地域社会、どこから話が漏れてもおかしくは無い…)
 たとえ瞳子がマンションに移ったとしても、これまで通りの生活は見直さなければならない、と三田は決心した。折りを見て、河合にも姉妹を紹介せねばならないとも思った。
「…それで、マンションへはいつ移ればいいんですか?」
「ええ、昨日まではすぐにでも移って頂きたかったのですが、お恥ずかしい事に全てバレてしまいましたので… 瞳子さんの良い時でかまいません」
「わかりました」
 本心ではこのまま三田家に残りたかったが、ここでゴネてもいい結果にはならないと瞳子は考えた。とりあえず、出入りする口実は付けた。今はそれで充分だ。
「それでは、明日マンションに移りますね。手続きの方をよろしくお願いします」
 瞳子が手を差し出し、三田が大きく頷くと、2人はしっかりと握手をした。

 三田と瞳子が、これまでの騒動に一応決着を付けた頃、姉妹は2人で地下室の掃除をしていた。勿論、念のためにドアには鍵をしてある。
「…………」
「…………」
 作業中は大抵無口になるが、今日はいつにも増して空気が重かった。
「……ぶって、ごめんね」
 沈黙に耐え切れなくなったのか、清香が呟く様に言う。あの時は激昂に任せて平手打ちをしてしまったが、丸く収まった今では後悔の種でしかない。
「………ううん、文が悪いのはわかってるから」
 文も言葉少なに答える。清香はとりあえずホッとしたが、ではなぜ妹がこうも落ち込んでいるのかがわからなかった。
「文ちゃん、どうかしたの? 元気無いみたい…」
「うん…」
 力なく頷いて文は、ぽてん、と革ベッドに座ると、不安そうな顔で姉を見る。
「ねえ、お姉ちゃん… 文たち捨てられちゃうのかなぁ…?」
 文の質問に清香はびっくりした。だが、ほんの少し文の不安がわかった気もした。
「そんなこと無いわよ。だって、旦那さまは私たちをここに閉じ込めてまで隠そうとしたんだから。捨てようと思うなら、そんなことしないわ」
「でも、バレちゃったし…」
 革ベッドの上で、膝小僧を抱えた文の瞳に涙が滲んだ。
 さっきは旦那さまも優しいかったが、今頃2人で自分たちを追い出す話し合いをしているかもしれない… そう考えると、姉に申し訳なかった。
 そして、文にはもう1つ気がかりな事があった。
「あの人…」
「瞳子さん、のこと?」
 清香が聞き返すと、文は「うん…」と力なく頷く。
「…旦那さまの新しい奴隷なのかなぁ?」
「ち、違うわよ!!」
 あまりに想像もつかない発想に、清香は驚いて大声を出してしまった。その声に押されて、とうとう文の瞳から涙が零れ落ちた。
「ああ、ごめんなさい、大声出して」
 清香は文の横に座ると、それなりに厚くなった胸に文の頭を抱き込んだ。
「あの人は旦那さまの従兄妹、ただの親戚よ」
「でも、すごく親しそうだった… 旦那さまのこと、名前で呼んでた…」
 ううむ、と清香は思い悩む。妹は気持ちが沈んで、思考がダウンスパイラルに入っていると感じた。
(元気付けてあげないと…)
 清香は文の顔を上に向けてまじまじと見ると、優しく微笑んで流れる涙を舐め取ってあげた。顔を愛撫されて、文がくすぐったそうに身を捩る。
「旦那さまは私たちを追い出したりしないし、あの人も新しい奴隷でもなんでもないただの親戚。不安だったら、あとで旦那さまに確かめてみましょう?」
「こ、怖いよ…」
「お姉ちゃんには自信があるわ。軽ーく尋ねて、ふーん、で終わるわよ」
 清香がことさら気楽そうに言うと、文はいくらか落ち着いたようだ。
 本当を言うと、清香は文に一昨日の告白とその返事を伝えたかった。だが、気恥ずかしいのと、やはりどこか文に遠慮する心がそれを阻害していた。
「そうかなぁ… そうだといいなぁ…」
「そうだ、今日は外食をおねだりしましょう。文ちゃんの好きなステーキハウス、きっと連れて行って貰えるわよ」
 トドメのように清香が言うと、文はようやく弱々しい微笑みを浮かべて頷いた。

 昼過ぎ、清香は文に宣言した通り、三田に質問をぶつけた。
 尋ねられた三田は眉根を寄せて不快感を表すと、軽く文の頭を小突いた。
「当たり前だ、どうしてお前たちを手追い出さなきゃならん。お前たちはずっとここで暮らせ」
 その答えは文をホッとさせるには充分な物で、安堵のあまり泣きそうになる文を、清香はそっと抱いてやった。
「やれやれ、そこまで不安にさせていたとは思わなかったな…」
 三田は嘆息すると、助けを求めるように清香に視線をやった。清香は軽く頷くと「そうだ、お夕飯はみんなで外食しませんか?」と提案した。
「ああ、そうだな。瞳子とはこれから長い付き合いになるだろう。明日出て行くようだから、今日は少し豪勢にいこう。文、どこが良いか?」
 三田の気遣いに清香は感謝した。文が喉の詰まった声で「ステーキ…」と言うと、三田は苦笑して答える。
「またか、文はあのステーキが好物だな」
「それもそうですけど、あすこは1年前に行って以来、何かと思い出深いところなんですよ」
 清香が補足するように言うと、三田が「そうか…」と呟いて遠い眼をする。
「もうそろそろ、1年か…」
 清香がゆっくりと頷く。
「早かったな…」
「はい…」
「うん…」
 1年が過ぎた。きっと、また新しい1年がやってくる。清香はそう固く信じた。

 …だが、事件は起きた。


 夕食を行き付けのステーキハウスで豪勢に済ませると、三田が運転する車で4人は屋敷へと戻った。
 車内では妥協の結果なのか、なぜか後部座席に女性3人が座る形となった。隣に誰も居なくて、三田としては少し寂しい。
「おいしかったわね」
 端に座った瞳子が朗らかに言うと、反対側の清香が「はい、文ちゃんの大好物なんです」と笑って答えた。
 歳も近いせいか、清香と瞳子はすぐに打ち解けた。傍から見ても、清香と瞳子はとても仲が良く見える。
(お互いに姉、妹を欲していたのかな…?)
 三田はそんな風に当たりをつけた。瞳子はわからないが、清香は年上の同性との会話が楽しそうだった。
 ただ、文は朝よりずっと元気になったのだが、口数はあまり増えていなかった。清香と瞳子双方から何かと水を向けられるのだが、曖昧に頷いたり笑ったりするだけだった。
 今も、2人に挟まれて小さい身体をさらに縮こまらせていた。
(そう言えば、こいつは人見知りが激しいのだったな)
 以前、清香から聞いた言葉を三田は思い出した。1度仲良くなればそうでもないが、それまでに時間が掛かることは前にもあったことだ。だから三田はあまり心配しないことにした。
 屋敷に到着して三田と姉妹が自分の部屋に戻ろうとすると、瞳子が姉妹の部屋にお邪魔したいと言い出した。
「もう少しお話しましょ、ね」
 それならば、居間でお茶でも淹れて話せば良い、と三田は言ったが、清香と瞳子に駄目出しされてしまった。
「駄目です、敦さんは仲間外れです」
「ごめんなさい、でも、目の前だと話せないこともありますから…」
 どんな事を話すのかと三田は不安になったが、なぜか反論できない。三田は大人しく自分の部屋に引っ込む事にした。

「そうなの、もう1年になるの…」
 姉妹の部屋では、女性3人がベッドの上で車座になって四方山話に興じていた。
 当然、話題の中心は三田の事やこの屋敷での事だ。
「初めて会ったときは凄く怖そうな印象だったんですけど、いきなりステーキをご馳走になって、そのあとはお買い物。この人はいったい何がしたいんだろう、ってすごく悩みました」
「敦さんって、お金使いが激しいの?」
 瞳子の質問に、清香は「う〜ん」と首を捻る。
「お金に糸目はつけない、です。でも、不必要な物は絶対に買ってくれません。しっかりと理由を… そうそう、メリットを証明しないと買ってくれないんです。ね、文ちゃん」
 清香が気を使うように文を促すと、文は戸惑うように「う、うん」と頷いた。
「カップとかは高級品なのに、コーヒーやお茶はスーパーの安いやつだからびっくりした…」
 文がぽつぽつと言うと、清香はホッと笑顔を漏らした。ようやく喋ってくれた。
「そうなんだ。じゃあ、敦さんは好き嫌いとかは無いの?」
 瞳子も気を使うように文に話しかけた。文は視線を下に向けたが、ぼそぼそと返事した。
「好き嫌いは、ない、です…」
「文ちゃんは?」
 瞳子がそう尋ねると、さらに文は身を縮めた。その仕草に、清香は軽く不安を抱いたが、瞳子はあまり頓着しなかった。むしろ、その小動物的な仕草が大いに保護欲をそそる。
「文は、納豆とか、ねばねばした物が嫌い、です…」
 見るからに一生懸命な様子で文が答える。多少強引かとも思ったが、とりあえず返事をもらえて瞳子もホッとした。
「瞳子さんは何か食べられない物は無いんですか?」
「私は本当は苦瓜がだめなんだけど、母さんに矯正されて…」
 そう言うと、瞳子は口をつぐんだ。母の死から3ヶ月と少しだが、まだ軽々しく思い出にするには近い記憶だった。
 瞳子はごまかすように「あはは…」と笑うと、しんみりした声で話す。
「清香ちゃんたちも、お母さんいないんだよね…」
「え、えーと、えと…」
「うん…」
 清香は真実を知っているだけに逡巡したが、文は素直に頷いた。
「お母さんがいないって、どんな感じ?」
 瞳子が呟くように言う。特に疑問に思っているわけではない。ただ、なんとなく口にでたのだ。
「初めから居ないから、わからないです」
 文が、また素直に答えた。
「そっか、そうかぁ…」
 瞳子が呟いて、場がシンと静まる。突然訪れた沈黙を、清香は居心地悪く思った。
「私ね、ずっと片親で自分が凄く不幸だと思っていたの。けど、あなた達の事を聞いて、もっと辛い目に合っている人が居ると知る事が出来たわ」
 瞳子はいったん言葉を区切ると、文に微笑んで続けた。
「…正直に言うとね、私は敦さんのお嫁さんになろうとこのお屋敷に来たの。
 おじいちゃんが勝手に決めた許婚だけど、私は完全にそのつもりで育ってきたから何の疑いも無かったわ。
 ふふふ、子供のころから聞かされてきた白馬の王子さまに憧れていたのよ… でもね、今は… あら、どうしたの文ちゃん?」

 瞳子の話の途中で、文が突然立ち上がってベッドから降りた。そのままクルリと背を向けると、「ジュース取ってくる」と言い残して部屋から去った。
「…嫌われたのかしら?」
「い、いえ、文ちゃんは人見知りが激しいんです。慣れれば何てこと無いんですが… それで、今は、どうなんですか?」
 文のことも気がかりだったが、清香に取っては瞳子の告白の方がもっと気がかりだった。
「ん? ああ、今は一時棚上げ。だって、清香ちゃんが居るじゃない?」
「え、私ですか?」
「うん。だって、敦さんのこと好きなんでしょう?」
 ズバリと言われて、清香は胸が、ドキッ、と高鳴った。
「一目見てすぐに気付いたわ、だって目付きがすごいんだもの。気付いてる? 貴女、敦さんが何かするたびに、チラリチラリって視線を送ってるのよ?」
 そんな恥ずかしい事をしていたのだろうか? 清香は急に恥ずかしくなって「や、やだ…」と両手を頬に当てた。
「ふふっ、だから、お邪魔虫は退散するの。でもね、諦めては居ないのよ? 1年間のビハインドは有るけど、そのうち絶対に取り戻してみせるんだから! それに、近くに居るより、少し離れていた方がお互いが良く見えるものよ」
 そう言って瞳子はニコリと笑う。清香は(そうなのかなぁ…?)と思いつつも、何となく変な違和感を感じた。
(あれ、でも、私…)
「勝負よ、清香ちゃん。負けないんだから!」
(もう告白して、OKの返事を貰っているような…)
 勝負どころか、すでにフライングして勝利をもぎ取っていることに気付いて、清香は引き攣る頬を何とか押さえて「あはははは…」と乾いた笑みを漏らした。










 冷蔵庫のドアを開ける。前に買っておいたジュースが減っていた。多分、あの人が飲んだのだろう。
 流しには知らない湯のみが洗って置いてある。あの人のものだろう。
 昼ごはんの時に、いつも文が座る場所にあの人が座った。旦那さまの、真向かい。あの人は敦さんと呼んでいた。
 ふらふらする。目に止まるのはいつもと同じはずなのに違う風景。
 何とかしなければならない。何とかしなければならない。
 旦那さまのお嫁さんはお姉ちゃんなんだ。
 …何とかしなければならない。

「貴女に聞くのもなんだけど、文ちゃんは敦さんのこと、どう思っているの? やっぱり私たちのライバル?」
 宣言してすっきりしたのか、瞳子がフランクに尋ねる。
「え、えーと、私を応援してくれています。多分…」
「なーんだ、そっちは応援団付きかぁ… あ、でも、私にも強力なバックが居るのよ!」
「は、はぁ…」
 清香は、とりあえず、といった感じで相槌を打った。どうにも瞳子のハイテンションぶりに着いて行けない。
「私のバックにはね、敦さんが世界でたった一人頭の上がらないおじいちゃんがいるのよ」
「へぇ、そんな人が居るんですね… あ、そういえば聞いたことがあります。確か… 河合さん?」
 清香が出発前の三田の台詞を思い出して言うと、瞳子が「そうそう」と頷いた。
「私に敦さんとの結婚を吹き込んだ人でね。そのうち、清香ちゃんも会う機会があると思うわ。すごく面白いおじいちゃんだから…」
「それは会ってみたいですね」
 清香は心から答えた。もし、三田が清香を紹介するときは、きっと“その時”のはずだからだ。
「あ、でも貴女たちのことはおじいちゃんには秘密だったわ。んー、でもきっと敦さんが何とかしてくれるわよ」
 瞳子がそう言って「あはは」と笑った瞬間だった。
 部屋のドアが音を立てて開いた。2人がその音に気付いてドアの方を向くと、文が仁王立ちしている。
 
 その手には包丁が握られていた。

「えと、文ちゃん…?」
 初め、清香も瞳子もその意味がわからなかった。林檎でも剥くのかしら…? それぐらいの思いでしかなかった。
 だが、文が包丁を、スーッ、と身体の中心に引き寄せると、それが安っぽいドラマの1シーンと同じであると直感的に悟った。
「文ちゃんッ!!」
 清香が叫ぶと、まるでそれが引鉄のように文が動いた。前のめりになると、ベッドの上で固まっている瞳子に一直線に走った。
「…居なくなって」
 言葉が文の口から漏れる。その言葉に生命の危機を感じた瞳子が、弾かれたようにベッドから転がり落ちた。
 目標が無くなって文がベッドに倒れ込むと、清香が背後からのしかかって文を羽交い絞めにした。
「離してぇっ!!」
「馬鹿な真似はよしなさい!!」
 清香と文とではかなりの体格差があるのに、文の力は凄まじかった。何か執念めいた力だった。
「それを、離しなさい…ッ!!」
 激しく揉み合うが、文の手には包丁が握られている。
 ベッド脇で目を回していた瞳子がそれに気付くと、奪い取ろうと文に近付いた。
「ッ!! だめ、瞳子さん、来ないで!!」
 清香が瞳子に気を取られた一瞬を突いて、文は強引に清香を振り払うと、そのまま目の前の瞳子に包丁を振り下ろした。
 パッ、と部屋に血が舞う。
「きゃああああああぁぁぁ!!」
魂消るような悲鳴があがった。

 コツ、コツとリノリウムの廊下を歩く音が聞こえる。
 病室前のベンチに座った三田が顔を上げると、そこには河合が立っていた。
「…早かったですね」
「…北海道は嘘だからな」
 そう言って、河合は三田の隣に座った。
「あの姉妹はとりあえず三田先生の屋敷に置いてきた。こっちは?」
「だいぶショックだったようですが、今は落ち着いて眠っています。軽傷で済みましたので、明日にも退院できるそうです…」
 三田の言葉に河合は「ふむ、ふむ…」と頷くと、「では、顔だけ見てくるか…」と病室に入って行った。
 病室のネームプレートには、『各務瞳子』と書かれていた。
 再び1人になると、三田はまた俯いて地面を見つめる。
 あの時、三田が悲鳴を聞きつけて部屋に入ると、全ては終わった後だった。
 文が清香に突き飛ばされて倒れており、うずくまった瞳子の二の腕からは、たらたらと血が流れ落ちていた。
「文ちゃんが、文ちゃんが…」と泣きじゃくる清香を何とか宥めると、三田はすぐに救急車を呼んだ。
 現場を見た救急隊員は事件性が有るものと判断して、三田が制止する暇も無く警察官を呼び、駆けつけた警察官は姉妹を事情聴取のため警察署に連行した。
 処理の限界を感じた三田が河合に連絡すると、驚いた事に河合は北海道ではなく三田と同じH市内に居た。文句を言いたいところだが、ともかく、警察署に行って姉妹を引き取ってもらい、自分は瞳子に着いて病院までやってきた。
 すでに日は暮れていた。


「ん、しっかり寝ているようじゃな」
 しばらくして河合が姿を見せると、再び三田の横に座った。
 三田はチラリと河合を見ると、「申し訳有りません…」と呟いた。
「謝る相手が違うだろう? まあ、反省は1人になったときに目一杯やってくれ、わしは知らん。ただ、問題には目を逸らせん。そうだろ?」
「仰る通りです…」
 三田が力なく言う。
「まずは警察の方だが、なんとか人傷沙汰にはならないで済みそうだ」
「そう、ですか…」
「うむ、何と言ってもここは先生のお膝元だからな。あまり気分の良い話ではないが、上を動かして揉み消してもらった。あとで署長には挨拶しておけ」
 河合の言葉に三田はホッと胸を撫で下ろすと、改めて「ありがとうございます」と河合に頭を下げた。
「だが、それも瞳子ちゃんが起訴しなければの話だ。そうなれば、警察は当然傷害事件として取り扱う。…まぁ、瞳子ちゃんの性格からしたら起訴はせんだろうがな」
 三田は苦い表情になったが、眠りに付く前に瞳子は「文ちゃんは大丈夫ですか…?」としきりに訴えていた。おそらくは大丈夫だろう。
「次に、あの姉妹のことだ。…どこで拾ってきた?」
「…1年前に潰れた孤児院から引き取りました」
「なるほど… それで、手は出したのか?」
 河合の質問に、三田は「はい」とだけ答えた。流石に調教していたとは言えなかった。
「とりあえず言っておく事がある。愛妾を囲っていた事をわしはとやかく言わん。それが年端もいかない少女であってもだ。
 今では珍しいかもしれんが、2、30年前までは普通にあったことだし、三田先生にも愛人が居た。そして、その愛人が居なければ瞳子ちゃんは生まれなかった」
 三田は力なく頷いた。
「ただな、警察署で個別に話を聞く機会があったのだが…」
 河合は言い難そうに口篭もった。
「姉のほうは問題ない。少し話しただけだが、しっかりした娘さんだと感じた。しきりに妹や瞳子のことを心配しとったし、何度も周囲に頭を下げていた。 …ただ、問題なのは妹の方だ」
 河合の口調が憐れむ調子に変わった。
「可哀想に、あれは明らかに異常だ。君と姉に依存しきっとる。傷害の動機も聞いたが、君と姉とを結婚させるためだと言う。詳しく話を聞くと、瞳子ちゃんを殺して自分も死ぬつもりだったらしい。本当に馬鹿なことだ」
「文が、そんなことを…」
 三田には、何が文を凶行に駆り立てたのかが理解できなかった。あのまま1日過ぎれば、瞳子は屋敷から出て行って、いつもの日常が戻ってくるはずだったのだ。
「なあ、敦君はどんな風にあの娘を扱ったんだ? あの目は、奴隷の眼だぞ?」
 河合の言葉に、三田は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
 奴隷の目、まさしくそれは正鵠を射ていた。自分は奴隷として文を扱い、文はその通りに奴隷になったのだから。
「…どうすれば、治りますか?」
 打ちのめされた三田が縋るように尋ねた。本当は、自分がこれまで行ってきた行為を省みて泣き出しそうだ。
「あの姉妹の親はどうしている? 死んでいるのか?」
「…いえ、母親が生きています、生きていて、その…」
「なんだ、はっきりせんか!?」
 散々躊躇った挙句、三田は全てを話すことにした。
「生きて、あの2人を探しています。実家も、わかっています」
 その瞬間、河合が三田をぶん殴った。老人とも思えぬその膂力に三田は吹っ飛び、したたかに背を打ちつけた。
「ごほっ、ごほ…」
「君は、何という…」
 怒りを噛み殺すようにぎりぎりと歯軋りをすると、河合は「座りなさい」と命じた。
 三田が無言で身を起こしてベンチに座ると、河合は「はぁ…」とため息を吐いた。
「…では、話は簡単だ。あの姉妹は親元に帰しなさい。世間に染まれば普通になるだろう。君が無理なら、わしが適当な理由をでっち上げても良い」
 河合の言葉に三田は口唇を噛んだ。それは、何としてでも避けたかった。あの2人の居ない生活など、いまでは考えられなかった。
「河合さん、それだけは… 私の生活や接し方はいくらでも直します。ですから、あの2人だけは取り上げないでください…」
「母親も同じ事を考えていると思うぞ」
 河合の言葉に、三田はぐうの音も出ずに黙り込んだ。頭で必死に反論しようとしても、何も言葉が浮かばない。
「諦めろ、そもそも正常な繋がりではなかったのだ。このまま続けていても、必ずどこかで歪んでしまうぞ」
 もう、三田は何も言えなかった。

 駐車場に車が入ってくる音を聞いて、清香はうなだれた首を緩慢に持ち上げた。ベッドの上では、文が膝小僧を抱えて彫像のように動かない。
 知らない老人――おそらく、この人が河合さんだろう――に警察署から連れて返ってもらってから、姉妹は一言も口を利いていない。
 文を責める気持ちにはなれなかった。文が凶行に及んだ訳を、清香は何となく理解出来たからだ。
(文ちゃんは追い詰められていたんだ…)
 疲弊した頭でそう考える。そして、その原因を作ったのが、他ならぬ自分であると気付いていた。
 瞳子の登場で文が最も恐れたのは、自分達の居場所が無くなることだった。この屋敷を追い出され、せっかく通い始めた学校からも離れ、姉妹2人で路頭に迷うと思っていたはずだ。
 …何の情報も無ければ、清香もそう思っていただろう。だが、偶然にも必然にも、文は知らず、清香だけが知っている情報があったのだ。
 1つは瞳子の事。清香は初めから瞳子が許婚だということを知っていた。だから、瞳子の告白にも動揺せずに済んだ。
 また、自分達の母親の事。帰る場所が有ることを知っていれば、文は不安に駆られはしなかっただろう。しかも、その情報から文を遠ざけたのは、他ならぬ清香自身なのだ。
 そして、自分と三田とが結ばれていた事。三田が自分達を一生の連れ合いと考えてくれた事を知っていれば、瞳子との結婚など恐れなかっただろう。
 たった1つ、そのいずれかを知っていれば、こんな事にはならなかった。そう思うと、清香はやりきれない思いで一杯だ。
(私のせいなんだ、私の…)
 何とかしてこの気持ちを伝えたい。しかし、どう伝えて良いかわからなかったし、今も虚ろな目をしている文に真実を話すのが怖かった。



 清香が思い悩んでいるうちに、部屋のドアがコンコンとノックされて三田が姿を現した。後ろには河合の姿も見える。
「…………」
 清香は三田に抱きつきたい気持ちをぐっと堪え、かといって河合の目があるところで土下座して謝るわけにもいかず、部屋の真ん中で立ちすくんだ。
 文も止まった機械が動き出すように瞳に光が戻り、視線を三田に向けた。
「…………」
 三田もまた、何も言えなかった。だが、言いたくない気持ちを無理やり押さえ込むと、軋むような声で姉妹に告げた。
「……荷物をまとめなさい」
 その言葉を聞いた瞬間、文がベッドから転がり落ちるように三田の足に縋りついた。
「旦那さまぁ!! お願い、捨てないで! 捨てないでぇ!!」
 金切り声を上げて泣き叫ぶ。あまりの恐怖のためか、全身が瘧(おこり)にかかったかのように震えている。
「あ、文ちゃん、駄目よ…」
 清香が何とか文を落ち着かせようと手を掛けるが、文はぶんぶんと首を振るばかりだった。
「…文、捨てるわけじゃない」
 声を絞って三田が言う。文の動きがほんの少し止まった。
「お前達は、帰るんだ…」
「帰る…? どこへ…? 文たちは帰る場所なんて無いよう… ここを追い出されたら、帰る場所なんて…」
「違う、違うのよ!」
 三田の言う意味を悟った清香が、叫ぶように文に訴えた。
「何が、違うの…?」
「あるの、帰る場所はあるのよ! 私達の… 私達のお母さんは生きているの… 帰る場所はあるのよ…」
 声と共に清香の眼からも涙が溢れ出した。もはや、後悔しかない。
「おかあ、さん、いるの…?」
 文が呆然と呟くと、清香が、うんうん、と激しく頷いた。
 文は緩慢な動作で首を動かすと、清香を見て、三田を見て、そしてまた清香を見た。
「だまってたの…?」
「…ごめんなさい」
「ひどい、よ…」
 文は全身の力が抜け落ちたように崩れ落ちると、天を仰いで号泣した。そんな文に、清香はひたすら「ごめんなさい…」と謝り続けた。
 三田は、どうにもできない惨めな自分を、強く呪った。

 明くる朝、暗い表情の姉妹が玄関に佇んでいた。
 最早、誰も流れには逆らえなかった。
 あの後、涙も涸れた姉妹は無言で荷物の整理を始めた。今日はもう遅いからと、河合の計らいで出発は次の日となった。
 辛いだろうからと、姉妹を送る役は河合が買って出てくれた。今は、駐車場に車を取りに行っているはずだ。
 清香が、ガラガラ、と玄関の戸を開くと、姉妹は揃って屋敷の外に出た。荷物は後で送ってもらうため身は軽い。外に出ると、夏の終わりの陽射しが姉妹を迎えた。
「…お友達には?」
「…後でメールする」
 姉妹が言葉少なく会話していると、三田がゆらりと姿を現した。昨晩は一睡もしなかったのか、濃い疲労がその顔から見てとれる。
「…準備は、できたか?」
 三田の問いに、清香が「はい」と答え、文が黙って頷いた。
「…恨んでいるのだろうな」
 三田が文に向かって言うと、文は複雑そうな表情をした後に小さく首を振った。
「わかりません… 今だって、旦那さまから離れたくないです… でも、早く、お母さんの顔を見たいです…」
 文は正直に答えた。泣き疲れ、考え疲れ、今は少しでも思考を休ませたかった。
「そうか… 私はお前達とずっと暮らしたかった… それは本当だ…」
 文はこっくりと頷いた。三田は清香に向き直ると、そっと頭を撫ぜた。
「清香、あまり自分を責めるなよ。全て悪いのは私だ、私のせいだからな」
 しかし、清香は何も言えない。元々克己心が強い清香には、三田に全てを擦り付けることは出来なかった。
「…うん、黙っていた事はムカつくけど、お姉ちゃんも辛いんだってわかるから、許すよ… 許すから、元気出して…」
 文が沈んだままの声で言うと、清香は「ごめんね、文ちゃん…」と呟いた。
 遠くからクラクションの音がした。姉妹が振り返ると、遠くに見慣れない河合の車が見えた。
「…行かなくちゃ」
 文が悲しそうに言うと、三田は「少し待て」というと、姉妹それぞれに封筒を、清香にはさらに母親の調査ファイルを手渡した。
「旦那さま、これ、は…?」
 文が封筒の中身を確かめると、そこには帯で束ねられた1万円札が詰まっていた。清香の方にも同じ額があるようだ。
「私はこんな形でしか酬いることが出来ない。貰ってくれ」
「駄目です、こんな大金…」
 清香が思わず突き返そうとしたが、三田は強く拒んだ。
「頼む、受け取ってくれ…」
 三田は頭を下げて懇願した。初めて自分たちに頭を下げた三田に、姉妹は頷くしかなかった。お互いに顔を見合わせると、文は自分の封筒を清香に手渡し、清香はしっかりと自分のバッグにそれを仕舞った。
 遠くから、またクラクションが鳴った。
 三田は未練を断ち切るように目を閉じると、「元気でな…」と呟いた。そのまま踵を返そうとしたが、清香が、きゅっ、と三田のシャツの袖を掴んだ。
「待ってください…」
「…なんだ?」
 眼を合わせずに三田が問うと、清香はそっと手の平サイズの小箱を取り出した。
「それは、ああ…」
 三田は一目見て納得するように声を上げた。
 それは、三田が贈ったクリトリス・ピアスが入った箱だった。まるで婚約指輪を入れる小箱のようなそれは、大切に保管されていたらしくシミ1つ見当たらなかった。
「…………」
 三田は無言で小箱を受け取ると、無造作にポケットに仕舞った。
 その瞬間、姉妹が同時に三田の胸に飛び込んだ。不意を突かれつつも、三田がしっかりと2人を抱きとめると、姉妹は声を殺して咽び泣いた。
 …抱擁はほんの数瞬だった。お互いに、これ以上は辛いだけだとよくわかっていた。名残惜しそうに3人は身体を離すと、最後にもう一度だけ視線を交わした。
「…さようなら、旦那さま。私は1年間幸せでした」
「…さよなら、旦那さま。文は旦那さまにされたこと、絶対に後悔しないから」
 三田は何も言えなかった、姉妹の無垢な信頼が、何よりも嬉しく、痛かった。
 黙ったままの三田に、姉妹はそれぞれに顔を寄せてキスをすると、深々と頭を下げてから三田に背を向けた。
 清香がゆっくりと1歩を踏み出すと、それに引きずられるように文も歩を進めた。
 そうやってゆっくりと遠ざかっていく姉妹の姿を、三田は張り裂けそうな気持ちを胸に見送った。
 見送る事しかできなかった。

「そんな、そんなことって…」
 その日の午後、退院の迎えに来た三田から姉妹が出て行ったことを知って、瞳子は驚愕して絶句した。
「何とか呼び戻せませんか? 私は何も気にしていません。昨日の事も、きっと私が知らず知らずに文ちゃんを傷つけるような事を言ってしまったんです!」
 必死に訴える瞳子に、三田は力なく首を振る。
「…いいえ、瞳子さんは何も悪くありません。悪いのは全て私です」
「でも…」
 なおも瞳子は言い募ろうとしが、あまりに覇気の無い三田の様子に口をつぐんだ。



 無言のまま2人が屋敷に帰宅すると、三田の携帯電話が着信を告げた。
 液晶画面に表示された文字を読み取ると、三田は困惑した表情になった。液晶画面に写った文字は、『文』と表示されていたからだ。
 取ろうか取るまいか、かなり長く熟考したが、着信音が鳴り止む事は無かった。三田は覚悟を決めると、着信ボタンを押して恐る恐る携帯電話を耳に当てた。
「もしもし、文か…?」
『すまん、わしだ…』
 電話口からは意外なことに河合の声がした。何故かといぶかしむ間もなく、そういえばこの携帯の番号を知っているのは清香と文だけだと思い直す。
 してみれば、河合は絶対に連絡を取りたくて文に携帯を借りたのだろう。
「…何の用です? 瞳子さんならちゃんと迎えに行きましたよ」
『いや、そうではない… 申し訳ないことに、こちらでトラブルがあった…』
 言い難そうに話す河合の声に、三田の中で急速に不安な心が肥大していった。
「それで、何があったんです…?」
 努めて声を落ち着かせる。気を緩めれば、叫んでしまいそうだ。
『ああ、さっき、昼食に車を止めたんだが、そこで、な…」
「そこで…? そこでどうしたっていうんです…!」
 ハッキリしない河合に、怒りを滲ませて三田は言った。
 電話先から躊躇う気配が伝わった後、河合は言った。




『清香君が失踪した』 



                                             


                                         ―第6話 完―

   幸福姉妹物語<第7話>




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