2009年8月24日。その日は前日の雨の影響を感じさせない、晴れであった。

第91回全国高等学校野球選手権大会決勝戦。
全国4000校の頂点を決める決戦にコマを進めたのは、愛知県代表の古豪、中京大中京高校。それに対するは新潟県代表の新鋭、日本文理高校。
共に圧倒的な打力で敵を捻じ伏せてきたチームであった。

好投手菊池擁する花巻東、伝統校県立岐阜商業、明豊、帝京、都城商、そして立正大淞南。誰もが後一歩で届かなかった、全国全ての高校の頂点を決する戦いが、今まさに始まろうとしていた。

日本文理のトップバッター、切手は軽く屈伸をする。既に投球練習を終えていた中京大中京エースの堂林は、連投の疲れを感じさせない気合の入った表情を見せていた。

アンパイアは頃合を見はかり、右手を軽く挙げる。そして何度も聴いたであろう甲高いサイレンの音が鳴り響く中、堂林は大きく振りかぶった。

先手を取ったのは中京大中京。1回裏、日本文理のエース伊藤の初球をトップバッターがセンター前へ弾き返す。2番バッターがすかさず送りバントでランナーを進め、1アウトランナー２塁とする。ピンチの伊藤は、大会屈指の強打者3番河合に対して強気で攻め、外野フライに抑える。
2アウトとなり、迎えるバッターはエースで4番、堂林。ボールカウント1-3からの5球目、甘く入ったスライダーを見逃さなかった堂林はバットを力いっぱい振りぬく。ボールは美しい弧を描き、右中間スタンドへ飛び込む先制ツーランホームラン。4番堂林の一振りでいきなり2点リードした中京大中京。中京大中京はこの夏、全ての試合で先制を達成した。

力投のエース伊藤を助けたい日本文理打線は2回表、4番、5番の連続ツーベースで1点を返す。3回表も、2アウトから高橋隼之介のソロホームランで同点。味方のサポートもあった伊藤はランナーを背負いながらも力投する。対する堂林も気力で投げる。途中、中京は堂林から森本へマウンドを託すが森本も粘投。中盤は緊迫した投手戦となる。

均衡していた投手戦が破れたのは6回裏。眠れる中京打線が突如伊藤に牙を剥いた。

1アウトからの四球に始まり、中京打者は痛烈な当たりを連発。満塁とする。そして迎えるバッターは、4番堂林。
真ん中に入った球をレフトへ弾き返し、2人のランナーが生還。中京は2点勝ち越しを果たす。なおも中京打線の勢いは止まらずこの回一挙6点を奪い、スコアは8-2。中京大中京は優勝へ大きな一歩を踏み出した。

日本文理は7回、8回に1点ずつ取るものの、中京との差は埋まることはなく、10-4で最終回へ突入した。

9回表、中京ベンチは再びエースの堂林をマウンドへ送る。中京大中京の勝利まであとアウトカウント３つ。
堂林はキレのあるピッチングで簡単に2アウトを取る。最後のバッターになろうかという日本文理のバッター切手に対しても2ストライクと追い込み、中京の選手たちは早くもマウンドへ駆け寄る準備をしていた。そしてスタンドで観戦している観客、スレ民までもが中京大中京の勝利を確信していた。

しかし最後まで諦めない日本文理の怒涛の反撃が始まる。

日本文理のバッター切手は、あとストライクひとつで試合終了という場面で、球を良く見て四球を選び出塁。
続く高橋隼之介は痛烈なライナー性の当たりをレフト方向に飛ばすが、惜しくも切れてファール。しかしこの当たりがピッチャー堂林へのプレッシャーとなったのかフルカウントに。高橋はファールで粘ったあと高めに浮いた球を捉え、タイムリー2塁打を放つ。

ピッチャー堂林の表情からはすでに点差ほどの余裕が消えている。続くバッター武石もボールをよく見て粘りに粘ってライト方向へタイムリー3塁打。得点は10-6。

徐々に文理の足音が聞こえてくる。続くバッターは4番の吉田。ここでついに甲子園のマモノが顔を出す。吉田は2球目を3塁側ファールグラウンドへ打ち上げたが、中京のキャッチャー、サードともにボールを見失ったのか、なんでもないファールフライを捕ることができない。

最後のアウトひとつが取れない中京大中京。

このプレイに動揺したのか、堂林は吉田を死球を与えてしまう。中京ベンチはついにエース堂林をライトへ回し森本にマウンドを託す。
迎えるバッターはこの試合4打数3安打と当たっている高橋。堂林からマウンドを受け継いだ森本も、甲子園のマモノにのまれたのか、はたまた高橋の気迫に圧倒されたのか、粘られた末に四球を与えてしまう。２アウト満塁となり、次のバッターは甲子園を一人で投げ抜いたエース、伊藤。

一発出れば同点の場面。甲子園も徐々に追い上げを見せる日本文理を味方する。高校野球では異例の伊藤コールが巻き起こった。

観客の大声援に後押しされ、伊藤が弾き返した打球はレフトへ転がる。３塁ランナーはホームを踏み、２塁ランナーも捕手のタッチを巧みにかいくぐりホームイン。2点差と迫っていく。
続く代打石塚も初球打ちでレフト前へボールを運びさらに1点追加。なんと6点差を一気に1点差まで縮め、なおもランナー1、3塁。

もはや日本文理は中京の背中を捕らえていた。そして迎えるバッターは、伊藤の女房役としてこれまで好リードを見せてきたキャッチャー若林。

駆けっこ勝負がきっかけでサードランナーである伊藤とは小４から9年間バッテリーを組んできた。
その伊藤が決勝前夜に若林にこう言った。

「おれたちで歴史を変えようぜ」

2アウトで1塁ランナーには代走を送っている。長打が出れば同点はおろか逆転もある場面である。

中京アルプス、日本文理アルプス、中京ベンチ、日本文理ベンチ、ライトで見守る堂林、そしてサードランナーの伊藤。
様々な者たちが一球に思いを寄せていた。

森本が投じた2球目、若林のバットがその白球を捉えた。痛烈なライナー性の当たり。誰もがそのゆくえを追う。

さまざまな思いが交錯する甲子園。第91回高校野球決勝。

勝敗のゆくえを左右する運命の白球は、その快音とともに中京大中京のサード河合完治のグラブに収まっていた。

試合終了。スコア10-9。

マウンドに選手たちが駆け寄る。波乱ばかりの第91回大会は、最後まで波乱で幕を閉じた。
歓喜の涙を流す勝者の中京大中京ナイン。それに対し、敗れた日本文理ナインの顔はじつに晴れ晴れとしていた。

試合後、日本文理のエースピッチャー伊藤は記者に対し感慨深く話す。
「あいつ（若林）の打球が自分の目の前にきて、終わった。運命を感じる。９年間ありがとう。」
小学校4年生から9年もの間、バッテリーを組んでいた最後の打者、若林に対する、精一杯の感謝の言葉だった。
そして女房役の若林も満足げに
「９年間、受けられてうれしい。本来の投球が最後までできた」
と、伊藤に対し感謝の言葉を述べたのであった。

優勝した愛知県代表、中京大中京高校。深紅の大優勝旗が七たび尾張へ渡った。
優勝の立役者であろうエース堂林は涙を流しながら「本当に最後は苦しくて…」と話す。
センバツでの屈辱をバネにし、得たものは優勝旗とメダルと、歓喜だった。

そして中京大中京ナインは皆が笑顔で甲子園を去った。


暑かった今年の夏。そして、今年の甲子園も熱かった。
太陽は西に傾いていたが、試合開始前と同じく、良く晴れていた。

来年もまた、今夏活躍した1,2年が戻ってくる、そしてまた新たな球児が台頭してくると暇なvipper達は信じつつ、今年も甲子園の熱い夏に幕が降りた。



参考
http://www.sanspo.com/baseball/news/090824/bsm0908...
http://www.sanspo.com/baseball/news/090824/bsm0908...
http://www.sanspo.com/baseball/news/090824/bsm0908...
http://www2.asahi.com/koshien/column/kyuji/TKY2009...