オオナズチ擬人化
スレ番号 | タイトル | カップリング | 作者名 | 備考 | レス |
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7 | 子どもの拾い方 | 男ハンター×擬人化オオナズチ | 擬人化(霞龍)・否エロ | 241〜243 |
子どもの拾い方
吾輩は竜である。
誰が産んだのか頓と見当がつかぬ。
ただエッグシーフと俗称される行為の途中、殻を割ってピャアピャアと鳴いていたことだけ覚えている。
そのとき母は驚いて吾輩を地面に叩きつけそうになり、慌てて吾輩を抱きかかえたそうだ。
人と竜が相容れぬものと朧気ながら悟った頃、何故殺さなかったのかと尋ねたら、「お前が孵ったら重さが増した」と答えられた。
普通は重くなったら落とすものではないのだろうか。吾輩には判らない。
まぁそれはともかく、吾輩は母の家まで持ち帰られた。
母はハンターと言う職の割にはアイルーと呼ばれる家政猫を雇っていなかった。ふわふわした毛のせいでくしゃみが止まらなくなるそうだ。
難儀なものである。そのお陰で吾輩が生き延びれた、というべきかも知れんが好かぬ。
母は吾輩を育てることにした。といえど未婚の女性で始めての育児は竜の二重苦。七転八倒してさらにもう一回立ち上がったら転ばされ、なんてことはざらであった。
それでも楽しそうに見えたのは欲目であろうか。
ヨチヨチと歩けるようになった吾輩は家の中で読み書きを学んだ。やってみれば何とかなるものである。
お陰で色んな本が読めた。
世界の仕組み。竜の生態。狩人の仕事。金の巡りに料理の仕方。中でも一番面白かったのは物語だがコレは蛇足か。
吾輩の中で世界と呼べるものは母の家の一部屋だけであった。
笛を吹くのが日課のようで、吾輩は笛の音で起き、笛の調べを子守唄にした。
でも何故かいつもある種の雰囲気の調べのところで演奏は途切れ、難しい顔をするのだ。
吾輩が見つめていると、「わたしの楽譜はこれよりどうも進まないんだ」などと笑う。寂しい笑顔など始めてみた。
ならば吾輩が続きを奏でると伝えると、少しは慰めになったようだった。
あるとき尋ねたことがある。
舌で筆を握り、紙に書き付けてヒラッと見せる。
何故吾輩は外に出てはいけないのであるかと。
母は口を貝のように噤んで扉を閉めて出てった。
理由は吾輩だって知っていた。
吾輩は竜である。今でこそ小さいが爪は人間の皮膚を容易く切り裂くし、舌に毒を纏わすこと出来る。
人の世で生きるには力強過ぎる身体なのだ。
そして何より破滅の化身である。
数分後、母は戻ってきて吾輩を抱きしめてくれた。
「完全に私の都合。だけど、お前が出たいなら絶対叶えるよ」
その言葉だけで充分であった。母の破滅など子が望むだろうか。
窓から見る子どもたちは楽しそうであった。吾輩も生まれて一年程度、身体も出来上がりつつあり、遊びまわりたい年頃なのだ。
姿を風景に溶け込ますことも出来たのではあるが、やはり万が一を考えるとしたくはなかった。
――太陽に焦がれた。屋根打つ雨に心を奪われ、壁を軽やかに回り込む風に思いを抱き、窓から覗くまでに積みあがる雪に驚きを覚えた。
どれもこの前足は届かない。
――吾輩に許されたのは数々の書物だけである。
ある日を境に母は帰ってこなくなった。
捨てられたのか。狩人として死んだのか。吾輩のことがばれて村人に吊るし上げられたのか。
帰ってこないという事実は掛け値なしの本当だった。
徐々に死に行く身体で待ち続けた。あの人は寂しがり屋だ。隠していたけれど気付かないはずが無かろうて。これでも家族のつもりである。
でなければ吾輩など育てないだろうて。
待った。待った。待ち続けて、待ち続けた。
竜という種は幾日も食事を取らないこともあるそうだ。
それでも視界が霞み始めた頃。ふっと自分の前足を見て思ったのだ。
ああ、この足が無骨でも五本の指を持つ手の平であったら。
この喉が汚くとも人の言葉を紡げる仕組みであったなら。
この肌が爛れてようとも間違いなく人の肌を持っていたのなら。
いくら仮定してもこの身は竜。破滅の権化である。
ただ、それでも、それでもこの身が人のものであったのなら――!
願い続けて、腹の内に黒く重いものを溜めて、潰れそうになってもまだ尚願って。
ふっと真っ白になった。
探しにいけたのに。
「……というわけであるよ叔父貴どの」
目の前の少女は言う。
「さよか」
他になんと言えばいいのだろうか。
やっすい御伽噺にも書いてないだろう。
姉の貸家の整理にきたら紫色をした奇龍の遺骸があり、その近くに幼い女性が倒れていたなど。
なんともはや……非常識事態だ。
互いに正対して正座する。
まじまじと観察する。
紫と水色の交じり合った髪は床まで垂れている。さっきの話を信じるならば一気に成長した影響だろう。あくまで信じるならばだが。
真っ白い身体は幼いながらもまろやかな曲線を描いている。多分突付けば張りがあることが判る。見た目ぴちぴちしてるし。
歳の割りに低めの声は子ども特有の尖りを持ってなくて聞きやすい。
今は俺の上着を被せてるが、誰が見ても俺が咎人だろうことは想像に固くない。だって顔似てないし。剥き出しの足は特殊な性癖に目覚める人もいるかもしれないと変な危惧を抱かせる。
弱っているようだったので取り合えず暖かいスープを両手に持って啜らせているが、袖が大分余っているようだ。
「……叔父貴どの?」
眉を寄せて問いかけてくる。大きな目は何処かの洞窟の水晶色。娼館に売り飛ばせばしばらく生活に困らないだろう。
はっと何かに気付いたように少女は服の前を掻き集め、瑞々しい唇を割る。
「えっちーばかーすけべー」
棒読みだ。
「うぉい!」
「……違っていたであろうか。母の本には、こんな風に反応するものだと書いてあったのであるが……」
顔の下半分を手で覆うのは俺の癖だ。……たしかあの人はそんな本も好んでいた気がする。
俯いていた少女は呟いた。
「あれは秋の収穫の季節、まだ母が幼い時であった……」
いきなりなんだろう? 抑揚と感情を込めて続ける。
「母が家に帰ると叔父貴どのが泣いていて、どうしたのと尋ねると、『僕のおちんちんが変に」
「皆まで言うなおーけい信じようごめんなさい勘弁してさあおじさんに何でも言ってみな悪いようにはしない」
若い子がそんな破廉恥な言葉を口にするものではないと思う。本意は隠しますですよ?
「わかって頂けたか。幸いである」
えーえー判りましたとも、アレは墓まで抱えていく類の話だ。つーか話したのかよ。
「確かに、人には話さない約束だったけど……だったけど……」
昔から出来ない約束はしない人だった。人には話していないだろうさ。あの人猫も駄目だし。
人が思考の腐海に沈んでいるとズバッと釣り上げられた。
「吾輩は探しに行きたいのであるよ」
本気かどうかは尋ねなくても判る。水晶の瞳が重圧をかけてくる。
もう一度何かを言いかけて、口をへの字にする。
「駄目だ」
きっぱり切り捨てる。少女は肩を落として項垂れた。
「お前がハンターとして最低限の修行を終えるまではな」
顔が跳ね上がって、髪の毛が宙を踊った。
「取り合えず家賃払って、それから言い訳考えないといけないなぁ」
「お、お、叔父貴どの!」
「金は後で返せ。それと」
「じゃなくて! 母が死んだとは考えないのであるか!?」
ふん、と鼻を鳴らした。
「死なないって約束はしてないけど、出来るだけ生き延びるって約束だったからな」
死体はまだ見つかってない。まともな遺体の残りにくいハンターだからこそ逆に欠片もないのが珍しいのだ。
ネコタクは遺品回収の意も持っている。
よっこいしょと立ち上がる。色々規格外の人だから希望を捨てるのはまだ早い。妄想ではなく事実だ。
「立てよ。立ち止まっている暇は無い」
慌てて立ち上がる少女。
うあっ!? と声を上げて転げた。足が痺れたようだ。
「な、なんであるかこれは!? 初めてぞ!?」
自分の状況を客観視する。床でもがく少女を見下す男。犯罪的だ。
「……しばらくそのままでいろ」
「な、吾輩を置き行くつもりか。この早漏!」
体が音を立てて止まった。縛るのは心だ。
助けろーという声を音楽にして早まったかもしれないともう一度思考の腐海に身を委ねるのだった。
2010年08月15日(日) 07:46:42 Modified by gubaguba