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クック先生 前編

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
クック先生 前編男ハンター×擬人化イャンクッククック先生の人擬人化(怪鳥)・否エロ175〜183、300

クック先生 前編


 マルコ・イーノという少年がモンスターハンターとなってから、ちょうど二年ほど経っていた。
 死と隣り合わせの危機も日常茶飯事という、十八歳の少年にはあまりにも過酷な職業だが、それでもマルコは幼いころからモンスターハンターに憧れていた。
 理由は、かっこいいからだ。
 凶悪で圧倒的な力を持つモンスターの魔の手から、か弱い人々を守るために戦う、正義のヒーロー。
 どんな相手にも恐れることなく立ち向かい、強力でかっこいい武器を自在に操って、巨大な飛竜を――すなわち悪を倒す。
 モンスターハンターこそは英雄だ。
 ついにハンターとなったからには、マルコは真の英雄になりたかった。なるつもりでいた。
 が、現実とは厳しいもので、望む者に才覚が与えられるとは限らない。
 マルコは凡人だった。いや、もっと正確な評価を下すならば、無能だといえた。キノコを採集しに行けばアプトノスが振りまわす尻尾に当たって昏倒するし、ファンゴの群れに追いかけられて崖から落ちる。
 一週間前の、ドスランポスの討伐依頼を受けたときなど、閃光玉をありったけ使い、限界まで持ちこんだ回復薬と回復薬グレートを使いきり、二回もアイルーたちの世話になったあげく、ようやく退治することができた。
 マルコにはモンスターハンターとしての――戦士としての才能がない。それが、彼を知る者すべての意見だった。
 が、不幸なことに、マルコ本人がその事実に気付くことはなかった。おのれはいずれ英雄になる男だと信じて疑わなかったのだ。ほかのハンターから才能の乏しさを指摘されても、笑い飛ばしていた。
 幸福とは、不幸を自覚していない状態のことを言う。マルコは幸福だった。
 今日もマルコは意気揚々と、ハンターズギルドが運営する酒場を訪れる。
 店内にごった返しているのは、男も女も老いも若きも関係なく、みなモンスターハンターばかりだ。誰も彼もが浮かれ騒ぎ、水のように酒を飲み、大盛りの美味そうな料理を豪快にかきこんでいる。
 これだ、とマルコはいつも思う。これこそがモンスターハンターの集う場所だ。英雄たちが羽を休め、英気を養うための酒場だ。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
 向かった先のカウンターで、受付嬢がにこやかな営業スマイルを浮かべながら言った。
「飛竜の討伐依頼はあるかな」
「……飛竜の?」
 受付嬢の営業スマイルが曇る。その視線はマルコの風体を上から下まで一瞬で眺めていた。

 短めの黒髪と、茶色い瞳。顔立ちは、まあ、それなりだ。少なくとも頼りない女顔ではない。体つきは小柄だが、鍛えられてはいる。装備は、チェーンシリーズの防具と、背中に負った大剣バスターソード。
 貧弱だ。駆け出しのハンターだと一目で分かる。
 こんな男に飛竜の討伐依頼など受けさせて大丈夫なのだろうか? 飛竜というのは、数多の種族に分かれているが、例外なくずば抜けた生命力と戦闘能力を持つ、強力なモンスターだ。
 大きな危険は当たり前の業界だが、だからといって自分が紹介した依頼で人が死ぬのは気分が悪いものだった。
「飛竜の討伐依頼……ああ、ありますね。カザンカ村の牧場主さんが、付近に巣を作ったイャンクックを退治してほしいと」
「イャンクックぅ?」
「ご不満ですか?」
「おおいに不満だね。イャンクックってあれだろ、大怪鳥だろ。鳥なんて飛竜じゃないよ。そんなのを倒したって、ちっともかっこよくないじゃないか」
 肩をすくめてやれやれとほざいている若者に、受付嬢は拳を叩きこんでやりたくなったが、すんでのところで思いとどまることに成功した。
「まあ、とにかくほかの依頼を出してくれ。そうだな……ディアブロスとか、グラビモスあたりの討伐がいいな。古龍とやらが相手だと、もっといい」
「は、はあ」
 マルコが挙げてみせたディアブロスやグラビモスといった飛竜は、どちらも実力のあるハンターでさえてこずる強敵だ。とくに、古龍とは、どうしようもない天災として扱われるほどの脅威の塊。
 間違っても、マルコのような明らかな新人ハンターが立ち向かっていい相手ではない。
「失礼ですが、あなたのハンターランクは?」
「《ルーキー》だ」
 ふんぞりかえるような勢いで応えられて、受付嬢は頭を抱えたくなった。
 この少年、いったいどこからそんなに根拠のない自信が出てくるのだろうか。
「おいおい、まともに相手をするのはやめとけよ、嬢ちゃん」
 と、バサルモスの防具をつけた男が笑う。アイアンストライク改を扱うハンマー使いである彼の顔は赤く、酒に酔っているようだ。
「この街にきて日が浅いあんたは知らんのだろうが、そいつは有名でな。できそこないのマルコっていうんだ。ランポスを相手に泣き出すような腰抜けさ」
「なんだと!」
 顔を赤くして睨みつけるのは、図星をつかれたからだろう。

「やめんか。くだらん」
 静かにはっきりとそう言ったのは、ひとりでテーブルに着いて、ファンゴのステーキを黙々と口に運んでいた老人だ。マルコとは顔なじみの、熟練のモンスターハンターだった。
 老ハンターの全身の肌は真っ黒に日焼けしていて、左目は切り傷で塞がれていた。イーオスシリーズの防具を身につけ、かたわらにはバストンメイジというヘヴィボウガンを立てかけている。
 ハンマー使いが老ハンターに軽く声をかけた。
「おい、爺さん。こいつをあんたの狩りに連れていったらどうだ?」
「……おれがいっしょにメシを食うのも、狩り場に連れていくのも、仲間だけだ」
 マルコは仲間ではない、同業者ではない、ということだった。
 若い新人ハンターは、悔しさに拳を握る。
 こいつらはなにも分かっていない! モンスターハンターをなんだと思っているんだ!
 モンスターハンターとは、かっこいい英雄だ。悪の飛竜を成敗して、世界を平和にすることが義務だ。
 飛竜を相手にするような危険な依頼を受けずとも、キノコを採集するだとかハチミツや薬草を集めるだとか、危険の少ない依頼は山ほどある。
 だがそれでもハンターたちが飛竜を倒しに向かうのは、報酬の大きさよりも、彼らが英雄だからだ。と、マルコは信じていた。
 おのれもまた英雄にならなければならない。そのためには、もっともっと多くの強いモンスターどもを成敗しなければならない。だというのに、こいつらはなにも分かっていない!
 仲間ではないだと!? それはそうだ! 腰抜けの老人め! おおかた、新たな英雄の出現を妬んでの台詞だろう。老人は若者に嫉妬するものだ。
「もういい。ディアブロスの討伐をさせてくれ」
「やめておけ、マルコ。おまえにディアブロスの討伐なんぞ無理だ」
「なんだよ、爺さん! やってみなくちゃ分からねえだろ!」
「がたがたぬかすな。そんなに飛竜と戦いたいなら、まずはイャンクックを倒してみるんだな」
「はあ!? 鳥なんて倒してもかっこよくねーし!」
「……小僧。いいことを教えてやる。昔、おれの息子もな、同じようなことを言って死んだ」
 重々しい響きの台詞を、やはり黙々とステーキを食しながら言う。
「イャンクックやドスガレオスの相手なんぞつまらん、リオレウスと戦いたいんだ、ってな。あんまりうるさいもんだから狩りに連れていってやったら、戦いの最中に泣き喚いて逃げ出して、後ろからブレスを吐かれて焼け死んだよ」
 マルコは、そして話を聞いていた受付嬢やハンマー使いも言葉を失った。
 老ハンターは表情を強張らせているマルコを横目で見て、
「だからな、マルコ。年寄りの言うことは聞け。まずはイャンクックを倒してみろ」
「……あ、ああ……分かったよ」
「いい子だ」
 にやりと笑い、ステーキの最後の一口をほお張った。



 狩り場の宿営地に到着すると、マルコはさっそく駆け出した。たかがイャンクックの討伐などで時間をかけてはいられない。英雄になるという宿願に向けて、やるべきことは山積みなのだ。
 イャンクックと戦うのは――というか、飛竜に匹敵するモンスターと戦うのはこれが初めてのことだったが、不安はまったくなかった。
 イャンクックは大怪鳥とも呼ばれ、その名の通りに巨大な鳥のような姿のモンスターだという。とはいえ最初からそうだったのではなく、種族として退化し始めたのでそうなってしまったという話だ。
 だから純粋な飛竜――たとえばあの火竜リオレウスや一角竜モノブロスなどと比べるとあまりにも貧弱で、歴戦のハンターたちにかかれば、三分もかからずに倒されてしまうのだそうだ。目を瞑っていても勝てると豪語する者までいる。
 そんなもの、もはや飛竜でもなんでもない。そんな雑魚をたとえ百匹倒したとしても、英雄になることはできない。
 やはり、伝説の古龍を――クシャルダオラやラオシャンロンのような、圧倒的なものを倒さなければ。そのためには、もう、ギルドに頼っていてはいけないのかもしれない。
 そうだ、そうしよう。なぜ今まで気付けなかったのだろう。なにもギルドが斡旋する依頼だけを受ける必要はないのだ。みずからの足で自由に世界を渡り歩き、悪のモンスターを探しては倒していけばいい。
 シンプルで、それでいて抜群の名案と思える答えに行き着くと、足取りもずいぶんと軽やかになった。
 そうやって歩く、森と丘の空気は、いつもよりも清々しく感じられた。
 豊かな自然が生い茂るこの狩り場には、さまざまなモンスターが生息している。温厚な草食のアプトノスがいれば、凶暴な肉食のランポスもいる。イャンクックのように大型のモンスターも出没する。
 宿営地を出立してすぐのところで、アプノトスの群れがのんびりと雑草を食していた。その横を黙って通りすぎる。
 生肉を焼いて食べたいときには殺すが、今はべつに腹を空かしてはいなかった。
 その次に、五匹のランポスが見えてくる。ランポスたちは草むらの影からマルコを発見すると甲高い声で鳴き、仲間を集めて襲いかかってきた。
 ランポスのことは見逃さない。どう猛な肉食のモンスターだからだ。生かしておけば人里の家畜や人間を襲う。悪のモンスターだ。
 マルコは抜刀した大剣で一匹のランポスを垂直に斬り伏せると、次の一匹に向き直って剣を振り上げる。
 が、重量のせいで動作はのろくなり、せっかく振り下ろしても、頭がよく俊敏なランポスはこれをかわしてしまう。倒せたのは最初の一匹だけだ。
 とびかかったランポスが、その足の爪でマルコの頭部を蹴り飛ばした。兜のおかげで怪我はなかったが、大きく吹き飛び、脳みそが揺れる。
 ふらふらとしながら立ち上がると、三匹のランポスに取り囲まれていた。
「えっ?」
 周囲を見回し、間抜けな声が口から出る。
 背後からの一撃。跳びかかられ、肩を噛まれていた。鎧が守ってくれてはいるが、恐怖はある。
「やっ、やめろ!」
 慌てて振りほどこうとしているところに、二匹のランポスがその爪牙を向ける。ほおを薄く切り裂かれ、腹部に頭突きをしかけられ、マルコは転倒した。
 うつ伏せの状態から起き上がろうとしたが、できなかった。腕を、足を、背中を、頭を、ランポスに噛み付かれたり踏みつけられたりして、体の自由を完全に奪われている。
「えっ、えっ?」
 なにがなんだか分からなかった。いったいこれはどういう状況なんだ?
 仕方なくイャンクックを討伐するためにやってきて……ランポスは悪のモンスターだし、今までに何匹か倒していたから安心していて……これは?
 新たに現れた一匹のランポスが悠然と進み出てくるのが見えた。威嚇するように、いや、あざ笑うように目を細め、天に向かって甲高く吼えると、マルコの首筋に噛みつく。
 首は急所だ。そこは堅牢な甲冑や兜に守られていない。
 マルコの背中を、冷や汗が濡らした。とてつもない恐怖が襲ってきた。
 殺される! ――それは間違いのない確信だ。
「やっ、やめっ」
 ランポスの鋭い牙が、首の肉に深く食い込む!
「やめてくれえええええっ!」
 涙を流しながらマルコは叫んだ。甲冑の股間から、湯気の出る温かい水が流れ出す。あまりの恐怖に失禁していた。
 そんな情けない姿での必死の願いが、ランポスに届いたとでもいうのだろうか。
 そのランポスはマルコの首からクチバシを離すと、頭上を仰ぎ見た。
 上空から、翼を持つ巨大な影が舞い降りようとしている。
 ランポスたちは、それに向かって吼え始めた。ぎゃあぎゃあと鳴く彼らをまったく無視するように、それは大地に降り立った。

 ――でかい。それがマルコの、その生物に対しての第一印象だった。
 赤い鱗や甲殻に包まれた肉体、たくましい翼、長い尻尾。
 大怪鳥、イャンクック。
 なるほど、その頭部を飾る大きなクチバシは、竜というよりは鳥のようだった。
 思わぬ大物の出現に、ランポスたちは一斉にそちらを向いた。マルコのことなど忘れたように放り捨てて、イャンクックに襲いかかる。
 ランポスは縄張り意識が強く、敵はけっして見逃さないのだ。
 おのれに殺到するランポスたちを見て、イャンクックはなにを思ったのだろうか。少なくとも、好意的なものは感じなかったのだろう。
 折りたたまれていた耳を扇のように広げて奇声を発すると、最初のランポスに噛みついた。悲鳴を上げてもがくランポスは、巨大なクチバシで木の実のように噛み砕かれ、力を失う。
 その隙にほかのランポスがイャンクックの背中と翼、そして足首に噛みつくが、たやすく振りほどかれ、圧倒的な重量に踏み潰されて絶命した。
 最後に残ったランポスは、かなわないとみていさぎよく逃げ出す。それをイャンクックは追わなかった。見逃し、勝ち鬨のように声を上げただけだった。
 マルコは、それを唖然として見届けていた。
 なんという強さ。イャンクックの、なんという圧倒的な実力。おのれがあれほど苦戦し、あやうく命まで奪われそうになっていたランポスたちを、まったくよせつけずに一蹴し、見逃すほどの余裕まである。
 マルコはこのとき初めて気付いた。
 イャンクックは飛竜ではないが、ただの鳥というわけでもでもない――大怪鳥なのだ、と。
 こみあげてくる吐き気を我慢して、剣を握る。バスターソードの刀身は小刻みに震えていた。
 恐ろしい……あまりにも恐ろしい相手だ。先ほどまでしょせんは鳥だと馬鹿にしていたその姿が、山のように巨大に見える。
 イャンクックが、マルコに気付いて唸り声を上げた。それは威嚇だったのかもしれない。だがくぐもった笑い声のようにも聞こえ、マルコの怒りに火をつけた。
 ランポスごときに敗れ、小便を漏らしながら泣き喚いて命乞いをしていた英雄志望のハンターを、その不様なありさまを嘲笑しているように感じたのだ。
「おっ、俺を、笑うなーっ!」
 大剣を背に、イャンクックの真正面へ猛然と駆け出す。
(おまえなんかに負けてたまるか! なめられてたまるか!)
 マルコは飛竜どもを一匹残らず倒して、世界を平和にしなければいけなかった。かっこいいモンスターハンターとして、英雄にならなければならなかった。だというのに、イャンクックごときに負けるわけにはいかなかった!
「うぅああああっ!」
 斬り下ろした一撃は、イャンクックにかすりもしなかった。勢いだけの愚直な太刀筋はたやすく読まれ、首を曲げられてかわされたのだ。
(ちくしょう、まだだぁっ!)
 地にめり込んだ刃を無理やりに引っこ抜き、低く草を刈るように薙ぎ払う。狙うは足だ。足を傷つければ機動性を失い、どんな獲物も弱るはずだ。
 剣を振るというよりは剣に振りまわされるような一撃は、硬い手応えをもたらしたのみに終わった。まるで岩を斬りつけたような感触と音だ、と思うと同時に、しびれた手はマルコの意思とは関係なく、重い剣を手放している。
 イャンクックの足元で、マルコはあの踏み潰されたランポスたちのことを思い出した。
「ひっ、ひいいいっ!」
 早く逃げ出さなければ殺される! ――恐怖にかられて転げるようにイャンクックから離れたマルコのわき腹を、鞭のようにしなった尻尾が横殴りにする。その場で回転したイャンクックが繰り出した、強力な攻撃だ。
 肺の空気をすべて押し出され、凄まじい痛みを感じ、マルコはわき腹を押さえながらその場にうずくまる。
「うっ……ううううっ……」
 あまりにも無防備なその背後を、イャンクックの突進が襲った。



 マルコの目が覚めたのは、宿営地に転がされてからのことだった。
 尻を突き出すような不様な格好でいるのは、アイルーに助けられ、荷車から乱暴に下ろされたからだろう。
 彼らは倒れたハンターを見つけると、こうして宿営地まで連れて帰ってくれる。マルコも今までに何度も世話になってきた。武器も拾っておいてくれていて、大剣バスターソードは手が届くところに放置されている。
「負けたのかよ……」
 そして、見逃された。イャンクックは肉食ではないということがマルコの命を救っていた。これで相手がリオレウスやリオレイアなどであったなら、間違いなく食われていただろう。
「う、うううっ……おぅげええええっ」
 安堵と、寒気がする恐怖に襲われて、マルコは胃の中身を地面にぶちまけた。
 助かったのは、運がよかったからだ。
 いくらイャンクックが人を食べないとはいえ、あの尾やクチバシの一撃に当たれば、人間のように脆い生き物など死んでしまう可能性は十分に考えられる。
 そう、マルコがこうして生きているのは、運がよかったというだけのことなのだ。
「ひい……ふぐおお……」
 嘔吐したものと尿の臭いが混ざって、ひどい臭いがたちこめていた。
 やがて、マルコは立ち上がった。
 勝たなければ。
 あのイャンクックに勝たなければ、英雄になれない。
 だがどうやって勝てばいい? まったく歯が立たなかったというのに。
 マルコは考えた。
 ――そういえば、支給品を見ていなかった。マルコはふらふらとしながら支給品箱に向かい、中身を確認する。
 大きな箱の中身は、この狩り場の地図と、携帯するための砥石や食料、応急用の回復薬、そして音爆弾に閃光玉。小タル爆弾や、巨大モンスターを捕獲するためのシビレ罠や睡眠玉もある。
 しかし、音爆弾や小タル爆弾、シビレ罠はあまり役に立たないだろう。あの大怪鳥に対しては非力な武器だ。特に音爆弾など、どうやって活用すればいいというのか。大きな音で驚くのは、臆病なウサギぐらいのものだ。
 まあ、ないよりはあったほうがいいかもしれない。
 マルコはそれらをポーチの中にすべてつっこみ、バスターソードを砥石で丹念に整備すると、さっそく駆け出した。
 ハンターが受ける依頼には制限時間がもうけられている。
 依頼人は急いでいるので、いつまでもだらだらと時間をかけるわけにはいかないし、最初に受注したハンターでは達成できないと分かったなら、すぐさまほかのハンターに依頼を回すことができるからだ。
 こういう、飛竜のような強敵を討伐するクエストの場合、今回のように五十時間ほどの制限時間がある。それまでに倒さなければいけない。
 すでに五時間ほど経っているが、まだまだ時間には余裕があるので、こちらは問題ない。
 ただ、あと二回、アイルーの世話になると、この依頼は諦めたほうがいいだろう。ギルドではそう推奨している。
 三度も倒れるようなら、それは実力が足らないのだと。みずから死に急ぐ必要はない、いさぎよく諦めることも肝心だと。
 これには多くのハンターがうなずき、したがっている。
 が、諦めるのは、いやだ。
 マルコは命がある限り戦うつもりだった。しかし三度も負けるということは、明らかな実力不足を示す。それは英雄を目指す少年にとっては屈辱的すぎる。
 次はない。ぜったいに、もう負けずに、倒してやる。
 固く誓ったマルコの眼前に、イャンクックが姿を現したのは、森のなかの水のみ場でのことだった。
 池の水をクチバシですくって飲んでいるイャンクックの後ろから、そうっと近づいていく。大剣はまだ構えない。代わりにペイントボールを手に持っている。
 この狩り場を走り回り、三時間もかかってようやく見つけたのだ。もう探し回るつもりはなかった。逃げ出されてもいいように、準備は怠らない。
 狩りの邪魔をする、ほかのモンスター……ファンゴや野生のアイルーの姿が見えないのは幸いだった。イャンクックという大きなモンスターがいるせいかもしれない。
 慎重に歩みを進めるマルコ。あと少しで、ペイントボールを当てられる位置に近づける。 思わずほくそ笑んだマルコは、次の瞬間、イャンクックが唐突に振り向いたことに目を剥いた。

「えっ!?」
 ――まさか、こんな小さな足音を聴き取ったというのか!? 
 驚愕はマルコの体の動きを鈍らせ、対応を遅らせる。その隙は、見逃されなかった。
 真正面から突撃されて、マルコの小柄な体躯は軽々と弾き飛ばされる。ゴミのように転がったマルコがなんとか起きあがってみれば、イャンクックはすでに体勢を立て直し、次の動作に移っていた。
 クチバシでの連続の突つき!
「うわあっ!」
 咄嗟に大剣を盾のように構え、これを受ける。鋼鉄が打ち合うような音が響き、衝撃に腕が痛む。
 それだけではなかった。
 イャンクックが首を大きく後ろに反らすと、その口腔に炎が生まれていた。
 吐き出された炎の塊は、大剣とその後ろに隠れているマルコを包むように燃え盛る。
「ひあああっ!」
 髪や肉が焼ける臭いに半狂乱になり、マルコは剣を放り投げて逃げ出した。
 死ぬ! 死ぬ! 殺される! あんなやつに勝てるわけがない!
 四つん這いで、もがくように敗走する、新人ハンター。その脳裏に、つい先ほどの体験がよぎる。
 背後から尻尾の一撃をまともに食らい、悶絶しているところにとどめを刺された。
 あの恐怖がよみがえる。
「ひっ、ひいいっ!」
 目を瞑り、次の瞬間にやってくると思われる激痛を想像して、マルコはうずくまった。(死にたくない! 死にたくない! 痛いのは恐い! 死ぬのも恐い! 恐い恐い恐い!)
 恐怖――ひたすら圧倒的な恐怖が、マルコの心身を打ちのめす。
 が、いくら待っても、予想された追撃はやってこなかった。
 イャンクックは、どこかに飛び去っていってくれたのだろうか? いや、背後にはまだ気配がある。
「もう恐がる必要はありませんよ」
 背後から優しい響きの声をかけられて、マルコは驚き、振り向いた。
 視線の先には、絶世の美女が立っている。年齢は二十代半ばか。波打つ赤毛を長く伸ばし、整った顔立ちには柔和な笑顔を浮かべている。肉付きのいい、魅惑的な乳房と尻の持ち主。
 謎の美女は一糸まとわぬ裸体だった。
 ――いったい誰なのだ、この美女は。どうしてハンターの狩り場に女性がひとりで、それも素っ裸で立っている? ハダカ、どうして?
 驚きのあまり言葉を失って硬直しているマルコを放っておいて、赤毛の美女はため息をついた。
「普通のハンターが相手なら、こちらとて手加減はできませんでしたが……あなたはどうやら、とても弱いのですね。ランポスに負けるのも無理はないほどに」
「なっ、なんだって!?」
「本当のことでしょう。私がたまたまあの場に降りなかったら、あなたは死んでいたのですよ」
 マルコは言い返すことができなかった。たしかに、あの危機から逃れることができたのは、イャンクックがたまたま飛来したためだろう。
 ――美女の言葉には奇妙なところがあった。
「それじゃあ、まるであんたがイャンクックみたいじゃないか」
「ええ、そうです」
「はあ?」
 マルコはぽかんと口を開けた。どう見てもただの人間でしかない目の前の女が、ふざけている様子もなくうなずいたのだから。
 もしかすると物狂いだろうか? ならば、こんなところを恥ずかしげもなく裸体で歩き回っている理由にも合点がいく。

「あんたは頭がおかしいのか?」
「……では、証拠をお見せましょう」
 女は両手で両耳を塞いだ。すると、手を離した次の瞬間、女の耳は大きく扇状に広がる異形と化したのだ。それには見覚えがあった。イャンクックが持つ、あの特徴的な耳だ。
 マルコが腰を抜かさなかったのは、ほとんど奇跡に近いだろう。
「これで分かりましたか? 私はイャンクックなのです」
「で、でも、なんで……」
「さあ? 人間の姿をまねることができる私は、どうやら仲間たちとは違うようなのですが、詳しくは分かりません」
 イャンクックだと名乗る女は、そう言うとまた耳に触れる。するとそこは人間のものになった。
「若者よ。今すぐここを去りなさい。そうすれば危害は加えません」
「そっ、そうはいくか! こっちにだって、事情があるんだ!」
 精一杯の勇気を振り絞って言った。やけくそだった。
 女はは首をかしげる。
「事情?」
「俺はモンスターハンターだ。おまえみたいな悪のモンスターを倒すのが仕事だ!」
「悪……ですか……」
 女はまた嘆息して、呆れるように眉根を寄せた。
「まあ、それはいいでしょう。あなたたちにも私を排除しなければならない理由があり、だからこそあなたがここにやってきたのでしょうから。ですが、その程度の力で私を倒そうなどとは、片腹痛いことですよ」
「なんだと」
「まず、武器の扱いからして駄目でしょう」
 と言って、女は足元に転がっているマルコのバスターソードを指差した。
「振っているのではなく振りまわされるような武器を持って戦場にやってくるなど、愚かとしか言いようがありません。もっと扱いやすく、信頼できる武器を持つべきです」
「う、うまく扱えてないことぐらい分かってる。だけど……」
「だけど?」
「そ、その剣が一番かっこよかったんだよっ」
 マルコの腕力を考慮すると、ライトボウガンや片手剣のような軽い武器が最適だ。だがマルコはそれらを使いたくなかった。
 そんな、小さくて女々しい武器を使うことなど、英雄となる男としてのプライドが許さなかったのだ。
 大剣こそはモンスターハンターの武器だ。とてつもない重量の刃物を振りまわし、巨大なモンスターをばっさりと斬り捨てる。強力で豪快な、まさしく英雄の武器。
 まさに、かっこいい!
「俺は、英雄になりたい……だから、でっかくてかっこいい武器を使いたいんだよ」
「馬鹿ですね」
「ちがう!」
「いいえ。外見ばかりにこだわって、命を失う危険を冒すのは、馬鹿です」
 外見ばかり……と、はっきりと言われたのは、初めてのことだった。
 馬鹿だと言われたことは何度もある。ただ、今までと違うのは、女の言葉と表情には、なぜか怒りのような響きがあったことだ。
 どうして怒るのだろう? マルコには分からなかった。
「あんたには、関係ないだろ」
「……ええ。関係ありません。ですけど、あなたのために言っているのです」
「俺のため? モンスターに教わることなんてないぞっ」
「そうでしょうか? いろいろとあると思いますよ。モンスターについても詳しくないようですし。あなた、はじめに私の足を狙って斬ったでしょう」
 初対面でのことを言っているのだろう。たしかに、あのときは、足を斬ろうとして、そして見事に剣を弾かれた。
「足を狙って獲物の動きを鈍らせるのは、基本だろ」
 勝負の鉄則といってもいいことだった。そんなことも知らないのか、と、マルコは女を馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「そうですね。ですが、それは可能ならばそうすればいいというだけのこと。あなたでは、あなたの剣では私の足を傷つけることは難しいのですよ」
「どうして?」
「私の体を思い出してみなさい。大きかったでしょう」
 たしかに、大きかった。
 だからどうしたのだ? と言おうとして、マルコははっとした。
 あの巨体を支えるための足なのだ。当然、硬く、強靭にできているはずだ。バスターソードの切れ味は、あまり優れているとはいえない。しかもマルコの膂力では、大剣の攻撃力を最大に活かすこともできない。
「そっ、そうか。そういうことか」
「分かっていただけたようですね。そして、もうひとつ。私の背後から忍び寄ろうとしていましたが……本当に気付かれないと思っていたのですか?」
「どういうことだよ?」
「耳がいいのですよ、私は」
 マルコはまたおのれの過ちに気付いた。
 イャンクックの大きな特徴のひとつ、あの大きな耳は、周囲の音をよく聴くために発達しているのだ。人間が足音を消そうと頑張ったところで、無駄な努力でしかない。

「ちくしょう、そういうことか!」
 悔しかった。してやられたと思った。イャンクックに完敗した。リオレウスでもモノブロスでもなく、ただのイャンクックに! 力も、知能も、まったく及ばなかった!
 酒場の連中め、なにが「イャンクック程度なら目を瞑っていても勝てる」だ! 見栄を張った嘘もたいがいにするといい!
 イャンクックは、こんなに、こんなにも、
「強い……」
 マルコは愕然として両手両足を地につけ、うなだれた。
 英雄への道が、数多の飛竜を打ち倒す正義の味方としての道が、最初の一歩を踏み出したところで崩れ落ちていった。
 イャンクックも倒せないで、なにがグラビモスを倒す、だ。なにが古龍を倒す、だ。
 笑い話でしかない。
 あまりにも滑稽で、あまりにも馬鹿らしい、道化のくだらない笑い話。
 マルコは泣いた。泣いて、泣いて、泣きまくった。鼻水を垂らして泣き続けた。
 やっと泣き終わったころ、女が静かに口を開いた。
「あなたはあまりにも弱く、無知なのです。……学びなさい。おのれの弱さを。そして去りなさい。二度と私や仲間たちと戦おうと思ってはいけません」
 そして、きびすを返す。どこかへ去ろうというのだ。
 気付けば、マルコは女の足元にすがりついていた。
「まっま、待って、待ってくでよおっ」
「……どうしたのですか」
「お、おれっ、俺は、強くなりたいんだよぉっ……つよ、つよくっ」
「どうして?」
「つよくな、なって、みんなを、まもっ、ま、守るんだ」
 マルコの両親は、マルコが幼いころに死んだ。飛龍に襲われて、息子の目の前で死んだ。その日からマルコは飛龍を恐れるようになって、憎むようになった。
 マルコにとっての飛竜とは、大事な肉親の命を奪った悪のモンスター。
 悪を倒すのは、いつだって正義の英雄だ。
 だからマルコは、自分のような境遇の者を増やさないためにも、モンスターハンターにならなければいけなかった。
「つよくなって、みんな、守るからっ……守りたいがらあっ」
「……私に、どうしろと?」
「教えてくれよおっ、強くなる方法を、教えてくでよおっ」
 この女性からいろいろなことを学べば、きっと強くなれるに違いない。そう信じたマルコは女の足に抱きついて、ひたすら泣き喚く。
 なんとう、不様で、みっともない姿だろう。百年の恋も冷めるようなありさまだ。とても、もうすぐ二十歳になる少年のすることではない。
 いったいどれほどの時間、そうしていただろうか。
「仕方がありませんね」
 観念したように女が言った。
 マルコの表情が、ぱっと明るくなる。
「あなたの名前は、なんというのですか?」
「ま、マルコ。マルコ・イーノ」
 女は、その頭を優しく撫でた。
「マルコ。私にできることなら、いたしましょう」
「ほ、ほんとうがよぉ。やったあっ」
 喜ぶマルコ。
 にこりと笑う女。
 こうして、マルコはイャンクックに弟子入りしたのだった。
2010年07月20日(火) 21:57:15 Modified by gubaguba




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