狂気の魔女
スレ番号 | タイトル | カップリング | 作者名 | 備考 | レス |
---|---|---|---|---|---|
5 | 狂気の魔女 | 男ハンター×擬人化ミラボレアス | 擬人化(黒龍、紅龍) | 35、37〜46 |
狂気の魔女
エキヌの森の奥深くには、住む者が絶えて久しい古城がある。
何百年もの昔、その城には付近を治める領主とその一族が暮らしていたというが、彼らの姿はすでにない。
一夜にして忽然と消え去った貴族の行方を知る者はもはやいないが、ただ主を失った城のみが静かにたたずみ、長い孤独の月日を過ごしていた。
だが、今夜、空恐ろしいほどの満月が冴え渡る晩、城に足を踏み入れた者がいる。
その男の名を、ゲイル・リズモリといった。
ゲイルはモンスターハンターだ。それも、ギルドに所属していない流れのモンスターハンターだった。
百九十センチにも達する長身を、角竜ディアブロスの鱗や甲殻から作られた厳つい鎧で隙間なく覆っている。
背に負う身の丈ほどの大剣によって、数多の飛竜を屠ってきた。
驚くべきことに、歴戦の勇者の顔立ちは人間の髑髏そのものだ。
もちろん、それはそのような外見の兜をつけているというだけのことなのだが。
スカルフェイスというこの防具は、実際に死者の頭蓋骨を用いて作られている禍禍しい防具であり、好んで身につける者は少ない。
ハンターの多くは縁起を大事にするからだ。 倒したモンスターの素材で作った武具は誇りだが、倒れた人間の遺骸を身につけるというのは、あまり受け入れられないことであるらしい。
恐ろしげな髑髏面のゲイルは、扉が半壊した正面玄関から堂々と城に入ると、ランタンに灯をつけてあたりを見まわした。
もちろん、ゲイル以外には誰もいない、無人の城だ。
しかし、まさかこの城が過ぎ去りし日々を忘れたくないとでも思ったのだろうか。大理石の床や絨毯には塵のひとつすら積もってはおらず、かび臭い空気もない。
こんなことが、あるはずはない。
当然、途方もない年月のあいだ放置された城の内装は朽ち果てかけ、埃が山のように積もっているはずだ。そう思っていたゲイルの、髑髏面の奥の眉が、訝しげにひそめられた。
と、突如として頭上の巨大なシャンデリアや壁の燭台に火が灯り、玄関ホールの全貌を照らし出した。
ぎょっとしてカンテラを放り投げ、咄嗟に背中の大剣の柄に手を伸ばす。
十秒、二十秒と経過しても、いっこうになんらかのことが起こる様子はない。
いや、わずかにだが、先ほどまではなかった音が聞こえる――これは、そう、ピアノが奏でる音楽だ。
どうやら、二階から聞こえるようだ。
ゲイルは腕を戻し、そちらに向かった。
二階の奥に進むにつれて、音が鮮明に聞こえるようになる。
なんという、暗く、悲しく、絶望と狂気に満ちた、救いがたい暗黒の旋律だろうか。
まるで誘われるかのようにその部屋の前にたどり着いたゲイルは、迷わず扉を開け放つ。 窓から月明かりが差し込むだけの薄暗い部屋の中央には、大きなピアノが置かれていた。
椅子に腰掛けた人物は、ゲイルの登場に動じることもなく、いまだにあの暗黒のメロディを奏でている。真っ黒いローブを着て、やはり真っ黒いつば広のトンガリ帽子をかぶった、黒い風体。
やがて、最後に大きく鍵盤が叩かれると、演奏は終了した。ゲイルはそれをずっと黙って待ちつづけていた。
「おまえは、何者だ」
ゲイルが尋ねた。すると、黒い者は小さく笑った。
「――ここはわたしの家であって、おぬしの家ではないのだが、それは普通はこの家の者が言うべき台詞であって、ならばおぬしがわたしなのか?」
異様に遠まわしというか、分かりにくい台詞だった。ただ声質から、人物の正体が女であることが知れた。男を誘うような、低音のハスキーな声。
「おまえの家だと? ここは誰も住んでいない、無人の城だと聞いていたのだが」
「無人は人のなきこと。しかしわたしはここにいる。なれど無人。ならばわたしは人ではない? それならば我が家が無人であることも道理やも。しかりしかり」
「……わけのわからんことを」
苛立たしげにそう言うと、人影はまた小さく笑った。
「すまぬ、すまぬ。客人は久しぶりゆえにな、いささか戯れが過ぎたようだわ」
するっ……と、衣擦れの音を立てながら人影が立ち上がった。
おそらくは二十代後半の、妖艶な美女。
あらわとなった顔立ちは、整いすぎているほど整っている。
濃い影のような黒髪が真っ直ぐ腰のあたりまでも伸び、分厚いローブの上からでもそうと分かるほどの肉感的な肢体は、あらゆる男を魅了するだろう。露出した首筋や顔、そして手の肌の色は透き通るように白い。
ただ、恐ろしいほどの美女の双眸が死魚のそれのごとく昏く、一切の光を宿していないのは、どういうわけか。
魔女。
ゲイルが眼前の女の容貌に対して抱いた、最初の言葉だ。女の格好は、まさしく童話や伝説に登場する邪悪な魔女のいでたちそのものだった。
ほとんど黒と白の色素のみで構成された女の、唯一の赤が――血溜まりのような紅の唇が、完璧な弧を描く。
「ようこそいらっしゃった、客人よ。して、ご用向きは?」
「……黒龍ミラボレアス」
ぼそりと呟くようにゲイルは言った。
「知っているか」
「知らぬ者とてなかろうよ。ああ、恐ろしきその名……耳にしただけで心も凍る」
女は、両腕で自分を抱くようにして震えてみせる。くっ、くっ、と笑いながら。
ゲイルはそれを相手にせず、続けた。
「ミラボレアスがこの城を根城にしていると噂に聞き、やってきた」
「ほう、なるほど。だが無駄足であったな。ご覧の通り、わたしのほかにはコウモリやネズミしかおらぬ、つまらぬ城よ」
「……そのようだ」
うなずき、ゲイルはきびすを返した。目当ての獲物がいないのなら、長居は無用と思ったのだ。
「待たれよ、客人」
背に声をかけられて、振り向く。
「ミラボレアスに相対して如何とする?」
「知れたこと。……彼奴の血の最後の一滴までも滅ぼし尽くす」
揺るぎない怨念のこもった言葉を聞いて、魔女の表情が変わった。
「滅ぼすだと……? ミラボレアスを? はっはっは! 面白いことを言う! ひひっ! くひひひひっ! ひーひひひ!」
腹を抱えて笑い出す魔女の吊り上がった唇には、その歪んだ瞳には、濃密な狂気が含まれている。
ゲイルは、その狂態を黙って見つめていた。
不意に、魔女は笑うのをやめた。
「知っているか。黒龍は他の蒙昧な龍どもとは格が違う。人語を解し、人の姿にも化けるのだ」
「……それがどうした」
「わたしが、その黒龍の化身だと言ったら?」
直後、床を砕く勢いで踏み出しつつ、ゲイルが大剣の柄を握った。
ごうっ、と剣風が唸る。
上段から垂直に斬り下ろす斬撃は、魔女の頭頂から股間までを一太刀で両断する――いや、できなかった。
魔女がいつのまにか手にしていた杖によって、苛烈の一撃は受け止められていた。
大剣の凶悪な重量は切れ味を増幅させ、飛竜の肉体さえも切り裂くのだが、それをただの長い木の枝にしか見えない杖と細腕で受けてみせたのだ。
鋼の筋肉が生み出す剛力が超重量を押しているというのに、魔女は微動だにしない。
「なぜ斬れん……!」
「まこと。柔い杖と女の腕だというのにな」
ゲイルの驚愕に、魔女は薄ら笑いで応えた。そして腕を伸ばし、スカルフェイスのひたいを指で小突く。
それだけだというのに、巨体が大きく後方に吹き飛ぶ。
髑髏面が粉々に砕け散った。
すぐさま体勢を立て直したゲイルの素顔は、くすんだ色の金髪を短く刈り上げたこわもての面構え。
それだけならばいいのだが、顔面の右半分は醜く焼け爛れ、瞳は白く濁っている。三十過ぎの男の精悍な面構えを、無残なものとしていた。
「ほう、伊達ではないか。なぜ隠す?」
「隠しているのではない……閉じ込めているのだ。溢れ出す怒りをな」
「なるほど。楽しい男よ」
杖を振れば、炎が生まれた。それは魔女の周りをゆっくりと漂う。
「ところで、なぜわたしの命を狙う」
「……十年前。ディミナの村。……覚えはあるか」
「うん? 知らぬな。わたしが滅ぼした地のひとつやもしれぬが。そんなものは夜空の星屑の数ほどもあるのでな……いちいち覚えてはおれぬ。いずれつまらぬ地であろう」
「そうか」
短い言葉のなかに、千の罵倒や怨嗟よりもはるかに鮮烈で、深く凝り固まった憤怒があった。
大剣を握る手に、万力のごとき力がこもる。
「龍殺しか」
感慨深げに魔女が言った。
そう、ゲイルが振るう大剣の名を、ドラゴンキラーという。その名の通り、龍に対して抜群の殺傷能力を持つとされる、伝説の龍殺しの武器のひとつだ。
「よかろう。そのなまくらの切れ味いかほどのものか、とくと拝見してやろう」
魔女が再び杖を振ると、炎が生き物のごとくうねり、ゲイルを襲う。
視界を埋め尽くし、猛烈な勢いで迫った炎を、ゲイルは剣の腹を横殴りに叩きつけて吹き飛ばした。
すると、魔女の姿が消えている。どこへ行ったのか。
――窓の外から凄まじい音が聞こえた。地獄の底でも聞けそうもない、圧倒的な負の咆哮。
ゲイルにとっては、嫌というほど聞き覚えのある声だった。
今でも毎夜のように夢に見る、故郷での平和な月日。夢が終わるころになると空からあの叫びが轟き、炎と血に染まった村のなかで絶叫しつつ目を覚ます。
ゲイルは窓に向かって疾走した。
ガラスを突き破り、二階からの高さをものともせずに着地したのは、城の中庭だ。
顔を上げてみれば、視線の先にはとてつもなく恐ろしいものがいた。
これほどまでにおぞましい容貌の怪物が、果たして他に存在するだろうか。
強靭な四本の足で支えるのは、すべてが漆黒に染まった長大な体躯。大きく広がった一対の翼と、ナイフのような牙がずらりと並んだ口腔。悪意に満ちた瞳は、爛々と光を放っている。
世界最大最強の邪悪生命体――黒龍ミラボレアス。
その存在は伝説として広く知られ、子供たちのわらべ歌にもなっているほどだ。
ミラボレアス。その名は宿命を意味し、その名は避けられぬ死を意味する。
破壊と殺戮の限りを尽くし、この世を阿鼻叫喚が渦巻く地獄に変えるためだけに生まれてきたというこの邪龍は、だが、実際にその実在が証明されたことはない。
多くの国が討伐隊を組織して立ち向かったという。多くの強きモンスターハンターたちが挑んだという。
だが彼らのうちの誰も、ミラボレアスの実在を語ることはなかった。
彼らが生きて戻ることはなかったからだ。
それこそが、黒龍の存在の証明だという声もあるのだが。
が、ゲイルは知っていた。少なくともゲイルだけは、それを疑ったことなどなかった。十年前のあの日から、ミラボレアスを追いつづけてきたのだから。
――真正面からの咆哮。
この世のものとは思えない、底知れぬ邪悪な殺意がゲイルの全身を打ち据える。常人ならば一瞬にして魂まで木っ端微塵にされるところを、ゲイルは堪えた。
そして剣を構えた。
復讐心だ。憎悪と憤怒がゲイルの心を支えていた。
ミラボレアスの長い首が鞭のようにしなったかと思うと、ゲイルを丸呑みにする勢いで伸びる。噛みつかれてしまえば、いかにディアブロスのS型装備といえども、卵の殻のように割られるだろう。
それを横に転がってかわし、剣を横に薙ぐ。龍殺しの刃はミラボレアスの頬を裂いたが、浅い。わずかに血が流れただけだ。
ミラボレアスはあざ笑うように目を細めると、右の前足を持ち上げた。振り下ろすと地響きを起こし、またも転がって避けたゲイルの足元を揺らす。
黒龍の動きは素早くない。むしろ、どちらかといえば鈍重だ。
だがとてつもなく長い巨躯そのものが武器となり、ゲイルを追い詰めていた。
動く壁のように迫る胴体。背後には、壁。
敵は蛇のように這っているから、腹の下を潜り抜けることはできない。飛び越えることも、もちろん不可能。
万事休すかと思われたが、ゲイルはなんと壁に向かって剣を叩きつけた。砕ける壁に突き刺さったドラゴンキラー。そこを支点として駆け上がり、さらに壁を蹴ったと同時に、ミラボレアスの胴が激突した。
ゲイルはミラボレアスの背に乗っている。装備の重さを感じさせない、軽業師のような体術だ。
振り上げた剣を渾身の力で振り下ろすと、黒龍の背の鱗が爆ぜて血が噴き出た。
これはさすがに効いたらしい。怒声を上げ、ミラボレアスは体を揺すった。ゲイルを振り落とそうというのだ。
むろん、素直に落とされてやるはずがない。
傷口に、さらにドラゴンキラーを深く突き刺し、楔のように打ち込んだ。ドス黒い血がゲイルの全身を汚す。
ミラボレアスは何度も何度も壁に体を打ちつけ、そのたびに激震したが、それでもゲイルは剣の柄を手放さなかった。ぎちぎちと龍の体の奥深くに剣先が進むのを感じるたび、歓喜していた。
と、ミラボレアスはついに最後の手段に出た。
長い首で背後にぐるりと振り向き、ゲイルを見つけると大口を開けたのだ。
噛みつこうというのではない。届く距離ではない。
黒龍の口腔に、紅蓮の炎が生まれていた。
ゲイルの背中を冷や汗が濡らす。絶対的な危機を感じ取った戦士の反応は素早かった。回避は間に合わぬと見るやいなやドラゴンキラーの影に隠れ、大剣をそのまま盾として利用する。
それがいけなかった。受けてはならなかったのだ。リオレウスのブレスやモノブロスの突進などと同じように考えてはならない攻撃だったのだ。
どんなモンスターのブレスよりも強烈な、ミラボレアスの大火球。その威力は、小規模の隕石の衝突にも匹敵する。直撃すれば、人間など塵ひとつすら残さない。
そんなものを自分の背中に向けて飛ばすのだから、ミラボレアスもできればやりたくなかったというわけだ。
とてつもない熱量の火球が吐き出され、ゲイルをゴミのように弾き飛ばす。
ドラゴンキラーの刀身は辛うじて無事だが、鎧を着ているとはいえただの人間であるゲイルはそうもいかない。爆発によって空中に投げ出されたときにはすでに、凄まじい衝撃と灼熱が彼の意識を奪っていた。
これでも黒龍にしてみれば、ずいぶんと加減した威力なのだから恐ろしい。
仮に、獲物を捨てて飛び降りれば、無事に助かったことだろう。が、それは唯一の武器を手放すということを意味し、さらには死を意味する。
どちらにしても、ゲイルが窮地に陥るという展開に変わりはなかった。
ゲイルの意識はすぐさま覚醒したが、乱暴な着地によって右足の骨に亀裂が走る。
くずおれる体を無理やりに走らせようとしたが、歩くこともままならないところを次なる火球が襲う。
左足の力だけで横に跳び、回避したはいいものの、爆風が全身を殴打した。
激痛に呻き声を漏らし、それでも戦おうと芋虫のように這いずるゲイルの背を、ミラボレアスの巨大な足が踏みつけた。
ディアブロメイルSがハンマーで叩かれた氷のように砕け散り、背骨が軋む。
とはいえ、黒龍の破壊的な重量が本当に加わっているのであれば、こんな程度ですむはずがない。すでにゲイルは死んでいるのが自然だ。
……もてあそんでいる。
そう悟って、ゲイルは凄まじい音の歯軋りをした。
あとほんの少し、ほんの少しの力加減で、ゲイルを殺すことができるというのに。
「殺さぬように蟻を踏むというのも、これがなかなか難しい」
ミラボレアスは、いつのまにか龍の姿であることをやめていた。その長い脚でゲイルを踏みにじっていることは変わらなかったが。
ゲイルの決死の思いでの攻撃が、黒龍になんらかの影響を与えたようには見えなかった。
「もう終わりか、龍殺し。ならば、少し趣向を変えて楽しむとしよう」
魔女ミラボレアスはそう言うと、ゲイルのわき腹をつま先で持ち上げ、仰向けに転がした。
動けないゲイルは目を見張る。
あの黒衣を脱ぎ捨て、ミラボレアスは一糸纏わぬ姿となっていた。やはりローブの上からでも予想できた通り、世のすべての男を魅了する体つきをしている。
豊満な乳房と桃のような尻は、すべての女の嫉妬と男の欲情を集めるだろう。
「なんのつもりだ」
「ふふ。野暮なことを言うな。わたしとおぬし……男と女で楽しもうではないか」
「なに……!?」
上半身だけでも起き上がろうとしたが、できない。それどころか指の一本でさえも動かすことができない。
ミラボレアスは四つん這いとなってゲイルの下半身に狙いを定める。
剣の柄を握る手はまるで別人のもののようで、なれた手つきでベルトを外されズボンを下ろされても、なんの抵抗もできなかった。
「無駄だ。我が魔力はおぬしの肉体を産毛の先まで掌握した。もはやおぬしにできることといえば――」
細い指先が、剥き出しとなったゲイルの性器に伸びる。
特別な技巧もなく、ただ柔らかく握られただけだというのに、ゲイルの全身を強い電流のような快感が襲った。
「――こうしていちもつをいきり立たせ、わたしを楽しませることぐらいのものよ」
「馬鹿な!」
どんな痛みや仕打ちも堪えられるつもりであったゲイルが、初めて悲鳴を上げた。
腕の一本や二本を失うことなど覚悟の上だ。黒龍を殺せるなら、その程度の代償は支払おう。たとえ殺されたとて、地獄から恨み言を連ね続けるつもりだった。
だが、まさか、この龍は、これから自分と交わろうというのか。
憎い怨敵と体を繋げる……それはゲイルの心をズタズタに引き裂く行為だ。
「やめろっ」
「口ではそう言っていても、体のほうは素直なものよな」
刺激されたペニスは、ゲイルの意思などまったく無視して、硬くそそり立っている。素晴らしい逞しさで天を向いた剛直を見て、ミラボレアスは舌なめずりした。
鼻の先がペニスに触れそうになるほど顔を寄せ、においを嗅ぐ。
「臭いがきついな。まともに風呂も入っていないか。だがこれぞ男の臭い……」
うっとりとした表情で、なんのためらいもなくペニスを根元までくわえ込んだ。
性器の全体を包み込む、ねっとりとした柔らかな温かさは、ゲイルを思わず呻かせる。
ミラボレアスの口技は巧みだった。その蛇のように細い舌で裏筋やカリ首をなぞり、突つき、舐めまわす。鈴口を舌先で強く刺激し、亀頭に歯を当てる。
邪淫の技の数々に、ゲイルの我慢はあっというまに屈服した。
腰が軽く跳ね、脈動したペニスの先端から精液が溢れ出る。白濁した欲望の塊を、ミラボレアスはすべてノドの奥で受け止めてみせた。
「……んん、んんく、うんっ……ふむう。うふふふ、濃いな……」
時間をかけて味わうように飲み込み、満足そうに笑う。
ゲイルは荒い息を繰り返しながら、堪えがたい屈辱を、そして怒りを感じていた。
殺意の視線で射抜かれても、魔女が動じることはない。むしろ、それを楽しみにしているようだ。
「悔しかろう、憎かろう。それでいい。それこそが我が滋養よ」
「……それが、それが理由か……」
「うん?」
「俺の村を滅ぼしたのは、俺のような者をこしらえるための……?」
「いいや。おぬしのような者が現れることは楽しいが、それを狙っているわけではない。わたしはただ壊したいから壊す。殺したいから殺す。それだけのことよ」
一度目の放出を終えても萎える様子を見せないペニスの上にまたがると、月光に照らされるミラボレアスは恍惚とした表情で、おのれの秘所にペニスをあてがう。
「滅びこそが我が喜び。死にゆくものこそ美しい。――理由など、それだけなのだ」
そう言って腰を落とし、ミラボレアスはゲイルの肉棒を受け入れた。
悲鳴が出そうになるほどの快楽を感じ、女の体内でペニスが反射的にビクンと跳ねる。
すでに黒い陰毛にいたるまでたっぷりと湿っているそこは、強すぎも弱すぎもしない絶妙の圧力でゲイルのものを包み込んだ。
微細な突起が並ぶ肉の壁は、まるで意思でもあるかのように蠢き、男のものに絡み付く。
ミラボレアスの膣の内部は、人間の女のそれとはまったく比べ物にならなかった。
ゲイルとて性体験の数はそれなりにあり、かつては妻としてともに夜を過ごした女性がいたが、これほどまでの快感を得たことはない。
「わたしのなかは具合がよかろう。人間のものとは、できが違うぞ」
嘲笑するように言い、腰を上げては落としていく。
凶悪なまでの快楽に、ゲイルの意識は完全に翻弄されていた。
「ああ、んんっ……あんっ、んはあ……」
上下運動のたびにミラボレアスの乳房が大きく揺れ、悩ましい喘ぎ声が夜空の下に響き渡る。
「なかなかのものを持っている……んふん、まったく、いい拾い物をしたっ……」
激しく腰をうねらせ、グラインドさせる淫靡な動きは、ゲイルをたやすく絶頂に導きつつあった。
どれだけ憎い相手であろうとも、殺したいと願う相手であろうとも、繋がってしまえば男と女という関係でしかない。
射精するときになっても、ゲイルは血涙を流す思いでミラボレアスを睨みつける。それが精一杯の抵抗だった。
どくん、どくんと膣の奥に噴き出す白いマグマを感じ、ミラボレアスは腕を回して自分を抱く。
「うふん……いいぞっ。おぬしの怒りが……悲しみがッ、憎悪と苦悶が……恐怖と絶望が、わたしのなかに注がれておるようだわ……んんふふふはははは」
ひとりで官能の世界にどっぷりと浸かり、魔女は哄笑した。蕩けたような視線はどこに向けられているのか。
ミラボレアスにとっては、ゲイルが内に秘めた激情とて、見世物のごときものに過ぎないのだ。楽しみ、もてあそび、壊すだけのものでしかないのだ。
「もっとだ……もっと味わわせるがいい。おぬしの精も根もすべてしゃぶり尽くし、味わい尽くしたのちに……その命を貰いうけよう」
と宣言してから、秘穴でペニスを揉みくちゃにしていく。ペニスの尿道に残る精液を搾り出すように肉の穴は動いていた。
いまだに硬いままのペニスが、ミラボレアスの内部をかき回す。
いったいどれほどの時間、ふたりはそうして結合していたのだろうか。ゲイルは数え切れないほど射精し、男と女の性器の合わさるところは、泡立った精液に染まっていた。
その果てに、底無しの性欲を持つミラボレアスにも、やっと最初の快楽の頂点がおとずれる。
「んっ、んああああ――ッ」
ひときわ甲高い声を上げ、弓なりに仰け反ると、ミラボレアスはついに達した。
それと同時にゲイルのペニスも絶頂に至ったが、跳ねる肉棒からはもうなにも飛び出さない。すでに精液を撃ち出し尽くした後だったのだ。
快感の余韻をじっくりと楽しむかのように目を瞑るミラボレアス。
そこに、唯一の勝機があった。
強い官能の爆発は、魔女の魔力の操作にも影響を及ぼしていたのだ。
そのとき、ゲイルの右手に力がこもったことに気付けなければ、その時点で魔女の命運は絶たれていただろう。
無理な姿勢から片腕で大剣を持ち上げ、そのまま振るうという荒業。あまりの過負荷に筋肉が断絶することも意に介さず、ゲイルはミラボレアスの胴体を両断するつもりでドラゴンキラーを薙いだ。
そう簡単に殺される魔女ではない。すんでのところで後ろに跳び、距離をとる。
「ふん。まだそんな力が残っていたとはな。驚いたぞ」
だが、もはや龍殺しの戦士の命運は尽きた。今の攻撃が最大の好機だったというのに。
「その体でなにができるのか、見せてもらおうではないか」
余裕たっぷりの態度で言う。目の前の戦士は片足が使い物にならず、剣を杖の代わりにして立っているだけでやっとというありさまだった。
黒龍の身と化すまでもない。もてあそび、なぶり殺しにしてくれる。ミラボレアスは残酷な殺意に胸を躍らせた。
ゲイルは、獣のように息を荒げながら、呟いた。
「……美しくなど、ない」
「なに?」
「おまえは、滅びるものこそが、死にゆくものこそが美しいと言ったが……おまえはちっとも美しくなどないな」
「なにを――」
なにを言っている、と言おうとして、ミラボレアスは言えなかった。
体の奥から逆流してきた熱いものが、その口を塞いだからだ。
驚愕の表情で腹部を見れば、そこには横一文字に傷が刻まれ、黒々とした血液と大腸や小腸などの臓腑が零れ落ちていた。
ドラゴンキラーの切っ先は、たしかに魔女の体に届いていたのだ。
「ばっ……馬鹿な」
愕然とするミラボレアス。
龍殺しの武器による傷は、ずば抜けた体力を持つ黒龍にとっても恐ろしいダメージとなる。眠るだけでほとんどの傷を治癒してしまうという、龍種の優れた再生能力を、根本から破壊して殺傷するのだ。
龍の巨体であればたいしたことはないような傷でも、小さな人間の体にとっては、致命傷となる。
「こんな、こんなことが……このわたしが人間ごときに……!」
溢れ出る血潮が、言葉の響きを不明瞭なものにしている。
全身を襲う激痛と、容赦なく流れ出ていく命の水。
死の恐怖というものは、ミラボレアスにとってはもっとも縁遠い感情だ。それはつねにみずからが一方的に他者に与えるものであって、けっして与えられるはずはなかった。
が、今まさに、ミラボレアスは殺されようとしていた。
ただの人間が振るう、粗野な武器によって。
ゲイルの口の端に凄絶な笑みが刻まれる。
「命運が尽きたようだな、ミラボレアス!」
「ほざけっ、虫けら!」
最後に残ったわずかな体力を振り絞り、ゲイルは左足のみで猛然と地を蹴った。
気合の声と共に、ミラボレアスの正中線めがけてドラゴンキラーを振り下ろす。
空間を両断するような一閃は、しかしまたもや魔女の腕に止められていた。
「たわけが……図に乗りおって。忘れたのか! わたしは、斬れぬっ!」
剣を掴むように伸ばした腕が、ドラゴンキラーの動きを中空で停止させている。
不可視の魔力に捕らえられ、やはり微動だにできない大剣――
いや。
「馬鹿なっ」
剣が、押し進んだ。ゆっくりとした動きだが、確実に振り下ろされていく。
「馬鹿な、馬鹿な、こんな馬鹿なっ」
美貌が焦燥と恐怖で歪む。初めて見せる必死の形相で、腹の傷の痛みも忘れたかのように腕に力をこめ、刃を押し戻そうとする。
ごばっ、と、魔女が口から大量の血反吐を吐いた。瀕死でありながら力を使いすぎたのだ。
途端に魔力の拘束がゆるみ、大剣は最大の速度で上から下に真っ直ぐ落ちた。
ミラボレアスの親指と人差し指のあいだを通って腕を半ばまでふたつに割り、肩から進入して胴体の中心近くにまで食いこんだ、龍殺しの大剣。
手負いの魔女は凄まじい怨嗟の絶叫を上げ、魔力を用いてドラゴンキラーごとゲイルの体を弾き飛ばす。その足元には異様な量の血が流れ、絨毯のように広がっていた。
「お、おのれ……おのれおのれおのれ……ゆるさぬ、ゆるさぬぞ……!」
凍えるような憎悪が、煮えたぎるような殺意が、嵐のように渦を巻く。
これほどの傷を受けても、まだ生きるというのか。
すでに死に絶えていてもおかしくはないほどのありさまだというのに、むしろますますその邪気を増大させている。
いや、それが死に際の一瞬の足掻きなのだと――ろうそくが燃え尽きる寸前に放つ最後の輝きなのだと、ゲイルは気付いていた。
が、当然、このまま時間にまかせるつもりはない。
油断なく大剣を構え、とどめの一撃のために息を整える。右足の痛みを堪えれば、なんとかまともに立つこともできた。
「あーら、あらあらあら。これは大変なことになっちゃってるわねえ」
そう言ったのが誰なのか、ゲイルには分からなかった。もちろん自分ではないし、眼前の魔女でもない。
ミラボレアスのほうは、その第三者の正体に心当たりがあるようだ。
「おっ、お姉さま……!」
「たまに遊びにきてみれば、なんだかすごいことになってるじゃないの」
ミラボレアスの横手の、なにもない空間から浮かび上がるように、声の主は姿を現した。
女だ。紅いローブをまとった凄艶の女。
似ている――と、それがゲイルの、その人物に対しての第一印象だった。
そう、ミラボレアスととてもよく似ている。顔のつくりや肉感的な体つきなど、まさに双子のようにそっくりだ。
違うのは、ミラボレアスが黒髪や黒瞳であったのに対し、その女は血のように紅い髪や瞳の持ち主であるということだ。髪の長さもミラボレアスとは対照的に、短く切ってショートヘアにしている。
紅いローブとつばの広いトンガリ帽子を身につけている風体は、ミラボレアスが黒い魔女ならば、こちらは紅い魔女といったところか。
「お馬鹿さんねえ、ボレアス。人間が相手だからって油断するから、そういうことになるのよ。不様よねえ、情けないわよねえ! あははは!」
小馬鹿にするように、紅い女は言った。その口調や態度は、ミラボレアスを心配しているふうではない。
ミラボレアスは地に膝をつき、みずからの血と臓腑の海に倒れ伏す。ついに生命力が底をついたのだ。
「申し訳……ありません……おねえ、さま……」
黒龍は閉じていく瞳から涙を流しつつ、蚊の鳴くような声で呟いた。
そして、全身から力を失う。
紅い女は、最後まで、手を差し伸べようともしなかった。ただじっと見ていただけだ。
「あら? ボレアス? ……ボレアス? あら、やだ! 死んだの!?」
ミラボレアスの生命活動が完全に停止すると、女はいまさら驚きの声を上げた。かといって悲しむようではなく、面白がっているようだ。
「あらあらホントに死んじゃった。まったく、しょうがない子ねえ、ボレアス。でも、安心して。あなたの美しい体は、その魂は、誰にもくれてやりはしない。わたしの胎内で永遠に生き続けるのよ」
と、言うやいなや女の口が耳元まで――それどころか首の根元まで裂け、体の奥から飛び出た異様に長い舌がミラボレアスを絡めとる。
そこからの光景は、ゲイルの想像を絶していた。
蛇体のような舌が、ミラボレアスの死体を牙が並ぶ異形の口元まで運ぶと、頭から噛み砕き、胸の悪くなる音を立てながら咀嚼していく。血も肉も骨も飲み込んでいく。
いったい、自分と同程度の質量をどこに取りこんでいるというのか。腹が膨れるわけでもない。常識を無視している。
ほんの十秒もかけずに食事を終えた紅の女は、元通りになった口で笑った。
「これでいいわ。肉も霊も魂も、わたしと完全にひとつになった……あははは!」
恐ろしい――あまりにも恐ろしい光景に寒気を感じながら、ゲイルはドラゴンキラーの切っ先を紅の女に向ける。
「貴様は、何者だ」
「わたし? わたしの名はミラバルカン。ミラ三姉妹の次女よ、龍殺しの剣士さま」
「ミラ三姉妹……だと?」
「そう。あなたが殺したボレアスは三女。わたしの実の妹」
ゲイルの胸中を困惑が襲う。
ミラ三姉妹。三姉妹というからには、三女ミラボレアス、次女ミラバルカンと、あともうひとり、長女が存在するのだろう。
黒龍ミラボレアスの上に、まだふたりも同じような怪物がいるというのか。
だが……かといって絶望はしなかった。
初対面でも分かることがある。それは、目の前のミラバルカンもまた、あのミラボレアスと同じく、邪悪な悪魔のごとき生物だということだ。
直接の恨みはないが、生かしておく理由もない。
殺す。
「まだよ」
斬りかかろうとしたゲイルを片手で制し、ミラバルカンは言った。
「そんなにがっつかなくても、ちゃあんとお相手してさしあげるわよ、剣士さま。でも、今は駄目。傷つき、今にも倒れそうなあなたを食べても、ちっとも面白くないのだものね」
そしてどこからか杖を取り出すと、それを優雅に一振りする。
「そうねえ。わたしのお城にいらっしゃいな。西シュレイド王国の北東、ガナプのお城に……。んふ、股を濡らして待っているわよ」
そう言い終えると、紅衣の魔女は艶然とほほ笑みながら、透けるように消えていった。
夜空の下に残されたのは、ゲイルひとり。
「見逃されたということか」
立ち去ろうとするミラバルカンに、制止など無視して斬りかかることもできたが、もしもそうしていたならば、今ごろはこうして生きていなかっただろう。
ミラバルカンがその気になれば、ほとんど立って歩くことで精一杯となっている自分など、一瞬で殺せたはずなのだ。
いや、万全の状態で戦いを挑んだとしても、果たしてまともにやりあえたかどうか。
長年の戦いで磨かれた戦士としての感覚が、絶対的な危険を告げていた。
ミラボレアスと同じく邪悪でありながら、さらにおぞましい深遠の闇を感じさせる魔女……新たな敵、ミラバルカン。その上に位置する長女の存在。
――力が足りない。
ゲイルの拳が強く握られる。
恐るべき暗黒の龍どもと戦うには、おのれの力はまったく足りていないということを自覚した。
仇敵ミラボレアスを辛くも葬ったものの、あれは敵の油断につけこんだ奇襲でしかない。運がよかったというだけだ。奇跡は二度も続かない。
特に、あのミラバルカンに同じような手段は絶対に通用しないだろう。
強くならなければいけない。
強く、もっと強く。ひたすら強く。
神も悪魔も打ち倒すほどに、途方もなく強くならなければ。
ゲイルはドラゴンキラーを背負いなおし、重い足どりをゆっくりと進めた。
目指すはシュレイド王国。――まだ、立ち止まれない。
2010年07月20日(火) 21:52:20 Modified by gubaguba