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竜になりたい 2

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
10竜になりたい 2  否エロ60〜66

竜になりたい 2


 暴力的なまでに降り注ぐ砂漠の陽光も、風化しかけた岩に遮られてその凶暴さをいくらか失い、
 一切の遮蔽物が存在しない砂漠地帯よりはいくらか快適な温度となった空気が流れていた。
 柔らかい風がひとつ、俺の顔を撫でていった。流れてきた異臭が鼻をつく。
 セクメーアという名のこの砂漠にいくつか点在する岩場のうち、公式の地図には区域九と記されている場所。
 そこに立つ俺達の目の前に広がるのは、凄惨な光景。

「もう少しかかるかなと思ったんだけどな……」

 砂地の上に、その黒き巨体を朱で彩ったディアブロス亜種の亡骸が転がっていた。
 巨大な黒翼にはいくつもの風穴が開き、両足を覆う甲殻は殆どが砕け散り、焦げた内部の肉を晒している。
 頭部の雄々しい襟飾りには何本もの矢が刺さったままで、
 そこから生えているべき二本角に至っては両方が僅かに根元を残して消失していた。
 数多の傷口から流出する血液がまるで大河のように複雑な軌跡を刻みつつ流れ、
 そして重力によって極小の滝となって地に降り注ぎ、僅かながらの潤いとして砂地に吸い込まれてゆく。
 二流吟遊詩人ならばこんな感じで表現しそうな状況に、俺たちはいた。

「思ったより早く倒せたね」

 呟きつつ展開していた弓を畳んで背に戻すスピカに倣い、俺も太刀を背の鞘に収める。
 緩やかに衝突した金属同士が奏でた、場違いなほどに澄んだ音を背中で聞く。
 ついでに兜も外し、腰の掛け金に固定しておく。今度はスピカが俺に倣った。
 戦いは終わった。
 砂漠地帯でのしばしの攻防の後、俺が奴の双角をまとめて切断した時点でもう勝負はついていたのかもしれない。
 自らの誇りそのものである双角を破壊された黒角竜はかつての凶暴さとプライドを失い、
 残ったのは生存本能に基いた敗走という選択肢のみ。
 敵を目の前にしながら惨めに逃走するという正常時には考えられぬ行動に出た黒ディアブロスを、
 しかし俺たちは追跡し、ついには殺した。
 クエストの達成条件は、ディアブロスの「一時的排除」ではなく「狩猟」だったからだ。
 仮に見逃がしたとしても、角が元通りに再生するまでの数ヶ月間はひとまず安全が確保できる。
 だが、人への憎悪を抱いた竜は、遅かれ早かれ再び人と衝突する可能性が非常に高い。
 プライドの高いディアブロスなら尚更のことだ。 
 後に余計な犠牲を出さない為にも、こちら側の傲慢に近い情けにもならない情けをかけるわけにはいかなかった。

 つまり何が言いたいかというと、別に俺達は、特に俺は殺生を楽しむ猟奇的殺竜犯ではないということだ。念のため。
 俺が楽しんでいるのは戦いそのものだ。相手の死はそれに付いて回る結果に過ぎない。
 それすらも楽しめるようになってしまった奴を何人か知っているが、今では漏れなく全員が墓場か監獄の住人だ。
 どちらに居ようと、末に辿り着くのは地獄という終点だろう。自ら進んでそこに行きたいとは、当然思えない。
 それは紛れもなく百パーセント混じりっけなしの純粋な本心なのだが、
 それでもどこか言い訳染みていると感じてしまうのは俺が生真面目すぎるせいなのだろうか?
 考えながら立ち尽くしていると、右肩に軽い衝撃。
 顔を向けると、そこには汗ばんだ嬉しげな顔。その身を包む蒼い鎧と同じ色を宿した瞳。

「なーに辛気臭い顔してるのよ。さっさと剥ぎ取り済ませて帰るわよ」
「え?」

 言い捨て、スピカは俺の返事を待たずに竜の亡骸へと駆け寄っていく。
 はて。確かにあまり景気のいい思考はしていなかったが、それを顔に出した覚えはないのだが。
 なんとなく腰から剥ぎ取りナイフを抜き放ち、顔の前に翳してみる。
 陽光を受けて銀色に輝く刃に映る自分の顔を確認。
 少々の間の後、結論。

「別にいつもと変わらないだろ」

 ナイフから目を逸らすと、同型のナイフを片手に早くも剥ぎ取りを開始していたスピカの手が止まっていた。
 死して間もない竜の体から噴出したであろう血で顔と鎧の一部を赤く染め、
 しかしその面には未だに嬉々とした笑みが張り付いている今のこいつは、何も知らぬ奴から見ればとびきりの異常者だろう。
 目的の素材を手にすることができる剥ぎ取りという行為は、
 ハンターにとって心躍る瞬間だというのも理解できるので特に何も言わないが。

「あー、そういえばそうかもね。君っていつも辛気臭い顔してた気がする」

 無垢な笑顔で素晴らしく酷いことを言ってくれましたよこの人

「失礼な。誠実かつ慎み深く見えると評判らしい俺の顔のどこが辛気臭いってんだ」
「なによそれ」

 苦笑しながらスピカは続けた。

「それ、どこの誰が言ったのか知らないけど、ただのお世辞だと思う。
 誠実で慎み深いって、裏を返せばそうとしか言えないパッとしない人って意味じゃないの?」

 奴の口から発射された言葉という名の実体を持たぬLv3貫通弾が俺の耳を通って心を貫いて掻き回し、
 そして反対側の耳から突き抜けていった。ような気がした。
 いや、実のところ言葉の裏には気付いてはいた。気付いていたつもりだったのだ。
 だが、実際に容赦なくそれを指摘されて何の感慨も沸かないわけがない。

「スピカ、そういう意味が込められていたとしても、気付かないフリをしておくのが会話を円滑に進める上で必要な配慮だとは思わないか?」
「まぁ、そうだけど。、相手にもよるでしょ。君とは今更円滑な会話云々ってことに気を遣う間柄でもないし」
「それはいい意味なのか悪い意味なのかどっちなんだ」

 苦笑と共に零れた俺の言葉に、スピカは右手の人差し指を口の前にもってきて答えた。

「それは秘密です」

 うわぁ、子供なら素直に可愛い思える行動も、二十台半ばの女がやると凄まじい破壊力。勿論マイナス的な意味で。
 俺の内心など知る由もないスピカの言葉は続く。

「そうね。常日頃から眉間に皺を寄せる癖をなくして、少しは人を笑わせられるような冗談も言う。
 それでもって単純軟弱石頭な煩悩魔人っぽい性格も変えるか隠すかして、ついでにその冴えない顔も整形する。
 短くて飾りっけなしの髪もちょっと伸ばして整えて、ついでに黒じゃなくてもっと明るい色に染めればもっといい評判をもらえるんじゃない?」
「……酷い言われようなのは置いとくとして、だ。その通りにしたとして、今の俺の要素は殆ど残らない気がするんだが?」
「ほらね、そういう反応からしてつまらないんだって。
 折角こっちが冗談めいたこと言ってるんだから、冗談で返さなくてどうするのよ。……まぁ確かに殆ど本心だったりもするけど」

 まるで教師にでもなったかのような言い方だ。
 お咎めを食らった生徒としては、腹が立つが教えを請うべきか。

「じゃあどういう風に返せばよかったんだ」
「うーん、そうねぇ」

 右手で口を押さえて考え込むこと、約三秒。

「『絶望した!さりげなくと見せかけてあからさまに俺を全否定する仲間に絶望した!』……とかどう?」

 どこかで聞いたような気がするそのセリフに、俺は絶句した。
 感動したわけでもつまらなかったわけでもない。
 ただ、指先に付着していたらしい血で、スピカの顔が更にグロテスクなことになっていたからだ。
 教えてやろうかと思ったが、思いとどまることにした。
 汚れを落とせるようなものはキャンプに置いてきてしまったし、馬鹿にされたことへのささやかな復讐にもなる。くけけけ。
 そういう性格から変えたほうがいいんじゃないかという心中からの声は、やはり無視した。
 
「ちょっと、何か反応してよ」
「……いや、なんというか。どう反応していいやら分からなくてだな」
「そんな時はとりあえず笑う!愛想笑いでもいいから笑えばいいと思うよ。それが会話を成立させる上で必要な配慮でしょ」
「さっきそういうのを気にする間柄じゃないって言ったのはどこの誰だ?」

 俺の指摘にスピカの血塗れ笑顔が凍りつき、そのまま黙り込む。
 どうやら再び俺の勝ちのようである。やっぱり嬉しくもなんともないが。
 いい年こいた男女がするにしてはアホらしすぎる会話は、さっさと終わらせるに限る。
 結論。
 
「俺は角を回収してくる。その間に剥ぎ取りは済ませといてくれ」



 走り出した黄色と青のストライプ。
 えらく高性能なのは知ってるけれど、あの防具はどうにも見た目が好きになれない。 
 自分の命を守るものに実用性以外を求めるのはズレた考えなのかもしれないけど、
 どうせなら実用性と鑑賞性を兼ね備えていたほうがいいに決まっている。
 そういう理由から、このリオソウルUシリーズは結構気に入っていたり。
 華美でも醜悪でもないすっきりとしたデザインと、落ちついた蒼い色をした甲殻の装甲。
 防音性においても非常に優れているこの防具は、けたたましく咆哮する飛竜との戦いではとても重宝するのだ。
 とか考えているうちに、ハヤテは既に視界から消えていた。
 
 途端に表情筋が動いた。見ることは出来ないけれど、きっと私は仏頂面をしてるんだろう。
 無意識に溜息をひとつ吐く。
 やはりあの人のぶっきらぼうな性格は不治の病なのだろうか。
 こちらが明るく振舞えば、それに感化されてそのうちいい方向に向かうんじゃないかなと思っていたのだけれど。
 あの人は余計に捻くれてしまったような気がする。つつくと頭を引っ込めて、放っておくと動き出す亀のようだ。
 これじゃ私がアホみたいに思われるだけじゃないか。まったく。
 肉に突き立てていたナイフが更に深く食い込み、飛び出た血が霧となって宙を舞った。
 いくらかが私の顔を汚したが、拭わない。これから更に汚れるだろうし、終わった後にまとめて拭えばいい。
 さてさて急がないと。必要最低限の剥ぎ取りとはいえ、これだけ巨大な竜だ。甲殻ひとつ引き剥がすだけでも苦労する。
 腕に力を込め、ナイフを滑らせた。
 この砂漠に居るモンスターはこいつだけではない。血の匂いに釣られ、いつ他のものどもがやってくるかもわからない。
 今回のクエストを受注して、ハヤテを誘ったのはこの私だ。怠慢はさすがにまずいだろう。
 走るナイフが筋繊維を冷たく断ち切り、一抱えほどの黒甲殻がまるでパズルのピースのように外れた。
 下から現れたのは赤黒い柔肉。じわじわと染み出す血に塗れ、生々しく輝くそれを前にしても特に抱く感情はなく、腕は機械的に動く。
 どこをどう弄ればいいのかは考えずとも体が覚えていた。自然と頭が手持ち無沙汰になり、思考が勝手に再開される。

 人の性格なんてものはまさに千差万別だ。
 少なくとも私が過ごしてきた二十四年と少しの時の中で出会ってきた人々の中に、思考や嗜好、性格が完全に一致する人などいない。
 人それぞれに個性があるこそ、そこに面白みや楽しさ、そして時には厄介事も生まれる。それはとても尊重すべきこと。
 そんなのは年端も行かない子供でも知っている当たり前のことだ。
 けれど。
 つるむようになって長く、時にはこうして共に狩りをする人が毎日をとてもつまらなそうに過ごしていたら、なんとかしてあげたくなってしまう。
 あれ、これって恋ですか?とか考えたときもあったけれど、どうやら違うらしい。
 暫くあれこれと考えてみて、私はこれは恋愛感情ではなく単なる心配なのだという結論に至った。
 そんなわけで以前からいろいろと試したり喋ったりしているのだけれど、どれもこうかはいまひとつのようだった。
 こちらとしては良心でやっていることなんだけど、あっちが迷惑あるいは余計なお世話だと感じているかも、と考えると少し悲しい。
 けれど諦めたくはなかった。
 先程のように、竜と戦っている間だけ水を得た魚のように溌剌としていて、
 それが終わるとまるで恋人とでも別れたかのように寂しげで物足りなさそうな表情をしているハヤテを見ていると、時々妙に怖くなるのだ。
 人であるはずのハヤテが、内面では人にあらざるものに変化していっているような気がして。
 彼の内心を知ることはできない以上、ただの杞憂だという可能性もあるし、
 相手の内心を探り、改変したいと思ってしまった時点でそれは友情や心配などではなく、操作や調教に近いものなのかも知れない。
 けれど心配になってしまう。
 行動を共にすることが多いんだから、その時間を楽しく過ごせるに越したことはないし、同様に楽しんでもらいたい。
 だから彼を変えてあげたくなる。けれど上手くいかない。不安と不満は消えない。以下繰り返しがエンドレス。
 まったく、上手くいかないものだ。

 たまに、たかが一人の友人兼狩り仲間くらいどうなろうと構わないじゃないかと諦めたくなることもある。
 けれど、決して短くない時間をかけて築いた協力関係や、学んだ戦闘技術と呼吸の合わせ方のことを考えると、やはり失うのは惜しい。
 自らの仕事、そして生活を成立させていく上で、
 結構なアドバンテージとなる要素を一時の気の迷いで切れるほど、私は恵まれた環境にはいない。
 もっと馬の合う別のパーティを探して、そこで今と同等以上の技術を身につけるまでにかかるであろう時間と手間と、
 十分満足できる現状にある少々の不安を取り除く、
 あるいは気にならなくなるまでにかかる時間を心中の天秤にかけてみると、やはり傾くのは後者のほうだ。
 とかそんな感じで冷たく現実的な思考をすることで、諦めずに今日までやってきていたりする。
 こんなことを思うたびに、人との関わりってやっぱり面倒くさいなぁと感じずにはいられない。
 けれど、だからといって避けるわけにはいかないのだ。人は一人で生きるにあらず、また長くは生きていけない。
 そんなことは分かっている。だったらどうしよう。
 そうだ。どうせなら楽しく笑いながらやっていこう。
 本質が面倒くさかろうとなかろうと、楽しめればこちらものだ。
 内心で退屈で面倒な現実を理解していても、それを一時のものでもいい、楽しさで塗りつぶしてしまえ。
 黒い感情を白く塗りつぶそう。塗りつぶしたことは忘れてしまえ。
 そして、どうせなら周りの人も同じように楽しみ、笑えるようにしよう。そのための努力は惜しまない。
 
 私がいつも通りの結論に達したと同時に、必要最低限の剥ぎ取りは終わっていた。
 何事もそうだけれど、考え事をしながら作業をすると、体感経過時間が実際の経過時間より少なかったり、
 普通にやった時よりも疲労感が少ない気がする。なんとなく得をしたようで嬉しい。無駄思考もしてみるものだね。
 一息ついて、一部を失った黒角竜の背甲に背を預ける。視界一面に広がるのは、いつも通りに青い血に染まった晴天。
 あとはのんびりハヤテを待とうか。

「こりゃまた随分な大物を仕留めたのぅ。大した腕じゃ」
「うひゃあっ!?」

 いきなり間近から聞こえてきた声に、口から心臓が飛び出るかと思った。
 思わず間抜けな悲鳴をあげてしまい、それでも声の聞こえた方向に急いで向き直る。
 切り替わった視界に映し出されたのは、小さな体に乗った赤っぽい禿頭。伸びに伸びた眉と髭が生えた顔は、皺にまみれていた。
 体格の割には大きな背嚢には溢れんばかりの内容物が詰め込まれていて、収まりきらぬ一部が今にも零れそうだ。

「なん、だ。山菜じいさんか……びっくりした」
「なんだとはなんじゃ。こちとら苦労して竜の体を登ってきたというのに」
「あ、スイマセン」

 別に呼んだ覚えはないんだけど、という素直な意見は心中にとどめておくことにした。
 この小さなじいさんに会ったのははじめてではない。
 何回か狩場に出て、あちこちを探索したことのあるハンターなら誰でも知っているであろう、
 山菜ジジイの名で知られているこの竜人族は、ハンターとは割といい関係にある人だ。
 その名にある通り、背負った背嚢に溢れんばかりに詰め込まれた山菜をはじめとする様々な収集物を、
 気まぐれでこちらの持ち物と交換してくれたり、時にはタダでくれたりする。
 そうして貰える物の種類はまさに千変万化。会った場所や爺さんの機嫌、こちらが渡すものなどにより様々に変化する。
 こちらからすればほぼ無価値のものを「おぉ!そいつをよこさんか!」と言って貴重品と交換してくれたり、
 時にはその逆、貴重品を渡したにもかかわらず帰ってきたものが石ころだった、なんてこともあるとかないとか。
 そういったある意味でギャンブルに近い物々交換で儲けるべく、様々な素材をしこたま持ち込んで彼に会いに行くハンターも居るらしい。
 普通にモンスターを狩った方が確実に儲かる気もするけれど、まぁ個人の判断にケチはつけないでおこう。
 そうして彼に渡ったものが、ある日別のハンターの思わぬ幸運を呼ぶこともあるだろうし。いや、ないかも?
 
「まぁよい。挨拶もなしにいきなり話しかけたワシにも非はある」

 素直に謝ったおかげか、ご老体の機嫌は損なわれなかったようだ。
 なんだか随分と上からの言い方だけれど、どことなく愛嬌のある見た目と飄々とした雰囲気のおかげか特に何も感じない。

「しかしまぁ、特に気配を殺しとったわけでもないのに気付かなかったお前さんもお前さんじゃがな」
「………」

 前言撤回。今のはちょっとムカッときたかも。
 だが、よく考えなくても彼の言う通りだった。
 狩場で他者の接近を感じ取れぬ程に思考に没頭するのは賢明な態度とは言えないだろう。指摘されても反論できない。

「……ところで、いつもはそこの先にいるあなたがどうしてここに?生憎と物々交換をしにきたわけじゃないんだけど」

 話題転換の為に口にしたのは疑問。
 山菜ジジイといえば、他のモンスターがこない場所、
 砂漠地帯で言えばここ区域九から狭い抜け穴をくぐった先にある区域八にいるのが常のはずだ。
 ハンターがそこに会いに行くことはあっても、彼のほうから危険を冒してまでこちらに接触してきたという話は聞いたことがない。
 だからこそ驚いたというところもあったのだけれど。

「んなことはわかっとるわい。単なる確認のためじゃよ。
 お前さんと竜が戦っていたのは物音で分かっとったんで、静かになったからどちらが勝ったのか確かめておこうとな。
 ワシとていつまでもあそこにいるわけでもなし、周囲の状況は常に把握しておくに越したことはなかろう?」

 なるほど。考えてみれば当然のことだった。
 ありとあらゆるものを拾い集めているこのじいさんのことだ、常日頃はフラフラとあちこちを歩き回っているのだろう。
 しかしハンターが来ている、即ちその標的たるモンスターが周囲にいる時は、
 身の安全を優先して危害が及ばぬ場所にいる、ということか。
 
「しかし、繰り言になるがお前さんはいい腕をしとるようじゃな。繁殖期で気が立っている雌の角竜を一人で倒すとは」
「え?あぁいや、これは」
「いやいや謙遜するな若人よ。お前さんは誇れるだけの技量を持っておる。この竜の亡骸がなによりの証拠じゃ」

 尻に敷いた竜の亡骸をぺちぺちと叩くじいさんは、私に訂正の暇を与えてくれなかった。
 ふと見ると、皺に埋もれかけているタレ気味の目から注がれる視線に出会う。三角形の奇妙な耳が揺れていた。
 私は言葉を失い、奇妙な沈黙が舞い降りる。
 結論から言うと、このじーさん、絶対に下心を持っている。好々爺っぽい見た目で騙しているつもりかもしれないが、
 その双眸の奥から沸いてきた意地汚い光は隠せていなかった。自分が思っているほどに嘘が上手くないことに気付いていないらしい。
 今この場にいるのは、物集めが好きなじいさん、黒角竜の死骸、そしてそれを狩ったハンターである私。
 これらの要素から導き出される答えはひとつだ。

「……で、あなたはどの素材が欲しいわけ?」
「おや、やはり気付かれたか。話が早くて助かるわい」

 カカカと笑う山菜じいさん。ちっとも悪びれた様子はない。
 ……あ、ひょっとしてあれだろうか。このじいさん、自分から包み隠さず「欲しい」というのは気が引けるから、
 こちらからその話を出すように話の方向を誘導したのだろうか。
 話の裏をついたつもりが、そうするように仕組まれていたのだとしたら油断ならないじいさんだ。
 真意を探ろうにも、皺にまみれたの顔は既に好々爺の笑みで装甲されていた。

「なに、お前さんが命懸けで狩った竜じゃ。ワシはこの余り物さえもらえればそれでいい」

 お前さんにはなんの損もないじゃろう?とでも言いたそうなじいさんに、しかし私は説明してさしあげる。

「あのね、お爺さん。残念だけど、この竜の死体はこの後来るギルドの人たちがほぼ全部バラバラにしちゃうんだ。
 それで手に入った素材は狩ったハンターに一部が渡されて、そのまま受け取るか換金するか選べるようになってるんだけど」

 いったん言葉を切ってじいさんの顔を見てみる。
 すると、意外なことに先程からの笑顔は崩れていなかった。言葉の意味を悟り、癇癪でも起こすかと思っていたのだけど。

「ふむ。それで?」 
「え?あぁつまり、剥ぎ取った後の余り物を持っていかれちゃうと、こっちの収入が減るってこと。
 それはちょっと勘弁してほしいなぁってね」
「なーにをケチ臭いことを」
「あはは、確かに。けどこっちはこれで食べてる身なのよ。分かってもらえると嬉しいんだけど?」
「うぅむ」

 じいさんは赤子と同程度の大きさの手を顎にあてて考え込む。はてさて、どのような謀略を仕掛けてくることやら。
 泣き落としとかされたら嫌だなぁ、この手の人に乱暴はしたくないし。
 そうなったらまぁ、竜骨の一本くらいで手を打ってもらおうかな?
 
「そうかそうか、なら仕方ないのぅ」

 内心の諦めが染み出た言葉に外していた視線を戻すと、相変わらずの笑みが出迎えてくれた。
 おぉよかった、分かってくれたんだ。
 そう思って綻びかけた口元が、正体不明の悪寒に瞬時に凍りつく。
 悪寒の発生源は、微笑む老人。どこか愛嬌のある風貌に変わりはない。
 しかし、その内から隠し切れぬ不吉な何かが染み出してきていた。
 けれど老人はやはり暖かく微笑んでいる。その笑みを構成する顔の中で唯一、冷たさを孕んだ小さな目が私を見ていた。

「こちらとしても生活に関わるところがあるのでな。悪いが強行手段といかせてもらうぞ」

 この言葉が合図だったらしい。
 突如として周囲に湧き上がる気配。その正体は無数の小さな影。こいつら、竜の亡骸を隠れ蓑にしていた!
 この近距離、しかも複数を相手にするのは弓では無理と判断。よって使うは剥ぎ取りナイフ。握った右手を振るい、こびりついた血肉を飛ばす。
 気休め程度にしかならないだろうが、腰の矢筒からも一本の矢を抜いて左手で構え、即席の双剣とする。威力は察するしかないけど。
 
「ほほぅ、抗うか。しかしいつまで持つかのぅ?」

 じじいはいつの間にか竜の亡骸から飛び降りていた。既に意地の悪い笑みを隠そうともしていないのに腹が立つ。
 だが、老人の隣にいた襲撃者の一員を目にした瞬間、その怒りが急速に萎んでいくのが手に取るようにわかった。
 あぁ、ちょっとこれはやばい。やばいって。
 腕に込めた力が抜けていく。

 ある意味で最強の敵がそこにいた。
2010年08月17日(火) 09:00:38 Modified by gubaguba




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