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竜になりたい 3

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
10竜になりたい 3女ハンター×ドスゲネポス 微エロ67〜73

竜になりたい 3


「なにやってんだ、あいつ」

 目的を果たして戻ると、奇妙な光景が広がっていた。
 地に伏す黒角竜の亡骸と、それに乗る相棒。そこまではさっきと変わらない。
 しかしその周囲にはいくつもの小さな白と茶と黒、すなわちアイルーとメラルーがいた。
 猫たちはスピカを完璧に包囲し、どう見ても襲撃までの秒読み体勢に入っている。
 スピカの手にはナイフと矢が握られてはいたが、その腕は力なく下げられていた。
 それらの要素をまとめて導き出されたのは、嫌な結論。そしてそれに対抗する術。ただしちょっとアホらしい。
 表情が無意識に変わっていく感覚。きっと俺はまた「辛気臭い顔」とやらをしているんだろう。
 しかしまぁ、やらぬわけにはいくまい。放置すればこちらにも損害が出ると考えて間違いはないだろう。
 仕方なく、両脇に抱えていた二本の角を手近な岩陰に隠す。ついでに砂をかけて完璧にカムフラージュ。
 短く溜息をつきながら、フリーになった両手でバックパックを探り、掴んだのは最強の兵器。ただし効果がある相手は極一部だが。
 右手で掴めるだけ掴み、駆け出す。これさえあれば太刀を使う必要はない。

 最初に俺に気付いたのは茶毛のアイルー。
 硝子球のような目玉を見開き、次の瞬間にはニャアと叫んでいた。その声で周囲の視線と警戒が俺に集中するが、遅い。
 疾走の慣性をそのまま右腕に伝達。脚を思い切り踏み込み、大きく振りかぶって掴んでいたものを投擲する。
 俺の指の戒めから離れ、飛翔する散弾と化した礫がネコに、竜の亡骸に、そしてスピカにまで無差別に命中し、そして地面に散らばる。
 全員が呆気にとられる中、しかし幸運にも礫に当たらなかったらしいメラルーが一匹だけ俺に突進してきた。
 直線、と見せかけて左右にステップし、俺との間合いをつめてくる猫。
 最後に一段と高くジャンプし、メラルーツールを振りかぶる。
 うにゃーと鳴いて迫り来る猫を、俺は右手でもふっと掴んだ。殺しきれなかった慣性で、猫がぶらぶらと揺れる。
 首の後ろを掴んで止めたため、宙吊りになったメラルーと俺の視線が等高度で絡むこととなった。
 あぁ、やはりこいつらは可愛い顔をしている。
 これならスピカが攻撃を躊躇するのも仕方ないと思えた。ただし、盗みさえ働かなければの話だが。
 そんな俺の思いを知ってか知らずか、ギャーギャーもといニャーニャー叫ぶもふもふした毛の塊。
 その口を覆う布を払い、現れた愛くるしい口元にバックパックから取り出した余りの礫を素早く押し込む。
 すると激しい抵抗が見る間に沈静化。敵意を満載していた両目がとろーんとしたのを確認したところで、手を離す。
 ぽふっと着地したメラルーからは、先程までの威勢が消えていた。代わりに溢れているのは陶酔感。
 口から出した木の実、実名マタタビを愛おしそうに眺めていた。
 見渡すと、他の全ての猫がマタタビを前にして同様の反応をとっていた。
 血生臭い竜の亡骸の傍で、愛くるしい猫たちがゴロゴロニャーニャーと鳴きながら寝そべるという、なんともシュールな光景が広がっていた。
 その真ん中、竜の亡骸の上で未だにナイフと矢を握って呆けていたスピカに俺は繰り返す。
 
「なにやってんだ、お前」

「え、あぁ、えーと……」

 俺の声で我に返った相棒の視線は宙を彷徨っていた。

「その、なんというか色々あって、ね。あははは……」
「………」

 苦笑するスピカの言う「色々」に、大体の見当がついてしまうのがなんともアレだ。
 
「なんと、仲間がおったとは……」

 聞こえてきたのは老人の掠れ声。
 竜の亡骸、切断面を晒す尾の影から現れた声の主は、予想通りの人物。

「お前さん、嘘をつきおったな!協力者がいるなんて聞いとらんかったぞ!」
「え。いやいや、言おうとしたわよ。けど言わせてくれなかったのはそっちでしょ」
「うぬぅ、万が一に備えて用心棒を潜ませていたとは、近頃は女もやるようになったものじゃ。不覚!」
「だーから違うってば」

 人の話を全く聞かない老人だった。  
 
「やっぱりアンタか、山菜じいさん」
「あれ、知り合いなの?」
「まぁ一応は。お前もどうせ素材を恵んでくれとか言われて、断ったからネコに襲われたんだろ?」
「なんで分かっ……」

 途中で俺の言ったことの意味を掴んだのか、スピカの言葉が途切れた。
 続く言葉の音量が上がる。

「もしかして途中まで黙って見てたの!?」
「……なんでそうなるんだ」

 俺はそこまで無意味に嫌な性格だと思われていたのか?
 あとで不当評価の是正を要求しよう。

「俺も前に同じことをやられたことがあるんだよ。しかもよりによってこの場所で」
「え、本当?」
「ああ」

 思い出すのも忌々しい。二・三年前の出来事だったか。
 俺は単身で挑むことが通例となっている一角竜モノブロスを狩猟すべく、このセクメーア砂漠を訪れていた。
 俺とは違い、ここはあの頃からちっとも変わっていない。
 あの時と異なることといえば、決着が付いたのが夜だったということくらいか。

「なんとかモノブロスを倒して、剥ぎ取りを済ませたまではよかったんだけどな。
 その時にこのじーさんがひょっこり現れて、「余り物でいい、少し分けてはくれぬか?」とか言ってきたんだ」

 俺が選んだ答えは勿論ノーだった。
 俺は悪魔でもないし、血も涙も情けも人並みにはあると自負している。だから竜骨の一本くらい恵んでやろうかと迷った。
 しかし逡巡したのは数秒。
 自分は終始安全な場所に隠れて戦いを傍観し、事が済んだ後に漁夫の利をあさろうとするような連中にくれてやるものなどない。
 そう思った時期が私にもありました。いや、今もそう思っているが。

「……それで、その後は?」
「たぶん、お前が考えてる通りだ」

 その、なんというか、あれはもう酷かったとしかいえない。
 老人と会話し、気が緩んでいた俺目掛けてまっしぐらに襲い掛かってきたのは、猫、ネコ、ねこ。
 モンスターとしては恐るに足らぬ存在であった。ただしそれは数が数匹だったらの話。
 今にして思えば、あれは恐らく三十匹はいたと思う。そんな数の猫を、どうやったのかあのじいさんは味方につけていた。
 即座に太刀を抜刀し、反転させた刃の峰打ちで前方から迫ってきた数匹を弾き飛ばしたまではよかったが、
 次の瞬間には後ろからどつかれて転倒し、横から引っ張られて地面を転がり、肉球のついた柔らかい足で激しく頭を踏まれていた。
 そしてそのまま、俺は文字通りの猫の海に溺れたのだった。
 視界一面を埋め尽くす色とりどりの猫毛は、ある意味で壮観だったなとか思い出したり。
 見物料として持ち物と素材を殆ど持っていかれたが。

「忘れたとは言わせないぞ、じーさん。あんたまだ懲りずに同じ事やってたのか!」

 ずびし!という擬音が聞こえてきそうな勢いで俺は爺さんを指差した。礼儀なんか知るか。
 それほどに酷い体験だったのだ。本気で。
 一時期は無関係のキッチンアイルーにさえ恐怖と憎悪を抱いてしまい、家で料理を食べることすらままならなかったほどだ。
 あれ以来、アイルーとメラルーが出現する可能性が一%でもある場所に赴く時には必ずマタタビを持てるだけ持っていく癖が付いた。
 そのおかげで今回は助かったのもまた事実だが、腹が立つのはとめられない。
 そんな俺の憎悪の視線を真正面から受け止めた山菜ジジイは、しかし何の反応もせずにただ佇んでいた。

「はて」

 老人の頭上に浮かんでいたのは疑問符。左手を顎にあて、真剣に考え込んでいた。

「……お前さん、誰だったかの?すまぬが記憶にないのじゃが」
「はぁ!?」

 この野郎、あれだけの所業を覚えていないだと!?

「俺だよ、俺オレおれ。あんたのせいでモノブロスまるまる一匹持って行かれたハヤテだよ」
「ハヤテ……すまぬ、知らぬ名じゃ」
「そりゃないだ……」

 あ、よく考えたらあの時は名乗らず仕舞いだったっけ。
 しかし怒りを燃料にした俺の饒舌は止まらない。

「あんだけ酷いことやってくれといて覚えてないってのか!」
「いやぁ、あの手口はたまによく使うもんでな」
「どっちだよ」
「あ、うむ。まぁそれなりというところか。
 もっとも、お前さんみたいにマタタビを持っとるハンターが多いから成功率は低いが。まぁ、軽い挨拶みたいなもんじゃ」
「ほぉう。それじゃ俺は珍しい成功例だったってわけだ。なら覚えてるはずだろう。忘れているのなら思い出せっ!」

 小さい老人にまくしたてる、いい年こいた男。
 そんな光景を目の前にしたせいか、スピカの哀れみとか嘲りとかその他諸々を含んだ視線が、物理的な力を持って俺の頬に突き刺さってきた。
 頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。被害者は俺なんだ。これは正義の告発なんだ。

「……あのな、ハヤテとかいったか」

 山菜ジジイの口から言葉が紡がれる。親が聞き分けのない子供を諭すような口調だった。 

「それをやったのは恐らく同族じゃよ。ワシはこの砂漠には四・五年ぶりに訪れたばかりじゃ」
「……え?」

 な、なんだってー!

 山菜ジジイと呼ばれる竜人が複数存在するのは当然知っていた。そうでもないと、遠く離れた複数の地域に同時期に存在できるはずがないからだ。
 だが、まさか自ら地域を移動している場合もあったとは。
 どいつもこいつもそっくりな見た目をしているから、地域ごとに住みついているジジイは固定されているとばかり思っていた!
 その地域では入手不可能な素材を持っているのは、他のハンターが渡したからなのだと。
 しかし実際には、この爺さんは短い脚で長い時間をかけて放浪し、自ら物品を収集していたのだ。随分な根性だと認めざるを得ない。

「ぷ、ははっ」

 滑稽すぎる展開に耐えかねてか、スピカが噴き出した。

「……笑うなよ」
「あははは、ふ、ご、ごめん。ここまでアホらしいハヤテは久々に見たもんだから、つい。うはははっ」

 否定することもできない俺は、憮然とした表情を浮かべるしかない。

「あー、ところで、やっぱり素材は恵んでもらえんかのぅ?」
「だが断るッ!!」

 全力否定する俺の姿に、スピカの笑声が一段と大きくなった。
 あぁもう、なんつーか。なけるぜまったく。

「くそ、もういい。笑いたければわら――」

 諦めの言葉は最後まで紡げなかった。
 原因は笑顔を強張らせ、首から一筋の血を流しながら砂地に倒れたスピカ。
 その向こうにあった、黄色い爬虫類の視線だった。

 途端に背筋に大氷塊を押し当てられたような感覚が奔った。
 あぁ、畜生。
 俺達は忘れてはならないことを忘れていた。ここは自然の狩場。数多の狩猟者たちが闊歩する場所だということを。
 そして、ハンターにとっては素材の塊である竜の亡骸は、そいつらにとっては血臭を放つ巨大な餌でしかないということも。
 スピカを侵した麻痺毒を秘めた牙がズラリと並ぶ口を裂き、失態を嘲るような甲高い咆哮をあげたのはゲネポスだった。

「んの野郎!」

 即座に抜刀した太刀は、軽々と後方へ跳んだゲネポスを捉えきれずに空気を裂いた。
 だがそれでも構わない。スピカを下がらせる隙さえ稼げればいい。
 横向きに倒れたまま身動きひとつしない相棒に手を伸ばす。
 だが、その身を包む蒼い鎧を掴む寸前に背中に衝撃が加わり、俺は前のめりに転倒。
 それでも殺しきれなかった慣性が俺の体を転がす。
 痛みに脳が掻き回され、それでも即座に立ち上がる。再び岩場を見渡した俺は、絶句するしかなかった。
 砂漠の砂の色に溶け込む迷彩の如き皮膚と鱗で半身を覆うゲネポス。その群れが、いつの間にかこの場に集結していた。
 その数は優に二十を超えている。
 たかが小型の鳥竜と侮ることなどできない。
 一度でもその爪牙が皮膚に食い込めば、一瞬で麻痺毒に体の自由を奪われ、
 そのまま刻まれた肉片となって奴らの胃袋に直行し、愉快な竜の体内観光ツアーへと出発することになる。その先は考えたくない。

 俺の目は更に絶望的な状況を映し出した。
 碧い群れのなかに、一匹だけ突出して大きな奴が居た。
 周囲のゲネポスより一回りほど巨大な体に、その口に収まりきらぬ先端部分の牙。その長さは通常固体の二倍を超えていた。
 その存在を誇張する巨大なトサカは、長の証であると同時に強者の証。
 群れを統べるもの、ドスゲネポスだった。
 統制者はしばし俺を見据えていたが、唐突に重低音の咆哮を響かせた思うと、その足元に倒れていたスピカを軽々とその顎で銜えた。
 野郎、お楽しみはお持ち帰りする気か!
 最悪のテイクアウトを阻止すべく走り出した俺の脚は、しかし突如として飛び掛ってきたゲネポスの前に強制停止させられた。
 顔をめがけて迫ってきた爪を、鬼神斬破刀の刃で弾く。
 衝撃で迸った電撃が竜を弾き飛ばすが、斬撃を伴わない瞬間的な接触だったためか絶命させるには至らなかった。
 倒れた竜は即座に起き上がり、憎悪の視線が俺を射抜く。
 その短い攻防の隙に、ドスゲネポスは既に走り出していた。そこへ至る道をゲネポスたちが瞬時に塞ぐ。
 ふと、にじり寄るゲネポスたちの奥にひそかに動く物体があることに気付いた。
 構えを解かず、眼球だけを動かして凝視すると、その正体は小さなものども。山菜ジジイとネコたちだった。
 あいつら、俺たちが標的にされてる隙に安全地帯に!?

「ちょ、おま、じいさん!逃げるなよ!」

 叫びは虚しく散り、彼らは消えた。結果的に俺だけが取り残される。
 マタタビを釣り餌に協力を仰ごうかと考えていたのだが、僅かな望みは断たれてしまった。
 そしてついにドスゲネポスが、スピカが岩場から消えた。
 早急に助けなければマズいことになる。しかし、既に完成したゲネポスの包囲網がそれを許してくれない。
 眼を素早く動かし、抜け穴を探るも、皆無。やはり数に物を言わせてくる連中は厄介すぎる!
 このまま接近されてしまえば勝ち目はない。負傷覚悟で突破するにも、走ることに特化した骨格を持つ奴らを撒くことなど不可能だ。
 生き残るためには、全滅させるしかない。しかしできるのか?
 レックスSシリーズの防具が首から下を完全に装甲してくれているが、俺は今ヘルムをつけていない。
 腰にぶら下がるそれをかぶる余裕は、既になかった。頭部を露わにしたまま、一撃も食らうことなくこの場の竜をすべて殺せるのか?
 失敗すれば死ぬ。
 生きながらにして体中の肉を食いちぎられるという人生最後にして最悪の経験の後、死ぬ。
 奴らの毒は筋肉の動きを阻害だけのもので、意識と五感はそのまま残るのだ。
 そう考えた途端、俺は落雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
 唐突に気付いてしまったのだ。今まで目を背けていたことに。気付くべきではなかったことに。
 空気が読めなさ過ぎる自分自身の脳味噌にうんざりしてきた。
 だが、今は考えるべき時ではない。戦いの最中に考えていいのは、戦いのことだけ。
 いかに相手の攻撃を躱し、こちらの攻撃を当てるか。いかに相手の動きを読み、こちらの挙動を悟らせないか。
 それだけに拘るべきなのだ。それ以外はすべて焼き尽くせ。頭を抱えて悩むのは暇なときでいい。
 と、考えられる程度の理性が残っていたことには感謝しよう。
 そして今はまだ諦めるときでもないのだ。諦めたらそこで試合終了ですよとどこかの偉い人が言っていた、気がする。
 光明はまだどこかにある。あるはずなのだ。だから探せ。どんなに小さくても良いから光明を。
 そこまで考えたところで、俺はようやく気付いた。
 この修羅場を切り抜けられる、とてつもなく簡単な方法に。
 あぁ、畜生。俺は馬鹿か。出来すぎた物語のような展開に、笑いさえこみ上げてくる。
 渇望した「光明」は、俺自身が持っていた。



 岩山の亀裂が生んだ天然性の通路には、砂漠地帯の一角とは思えぬほどに涼しかった。むしろ寒いかもしれない。
 砂漠の暑さというのは陽光によってもたらされる。
 ただでさえ強力な砂漠の日差しによって、まず熱しやすい性質を持つ砂が熱される。
 そしてその熱は、同じく熱しやすい乾燥した空気をも暖める。
 砂漠には比熱が大きい水が殆ど存在しないため、気温はかなり高くなる。こうして灼熱の砂漠ができあがるのだ。
 反面、砂と乾燥した空気は冷めやすいという性質も持ち合わせているので、太陽という熱の源が消える夜には気温はぐんぐん下がる。
 砂漠地帯において昼夜に異常な温度差が生じるのは、以上のような理由からだ。
 とかそんな感じの文章を、何かの本で読んだ覚えがある。
 とすれば、公式地図には区域四と記されているこの場所の気温が昼夜を通してあまり変化しないのは、
 天を覆う岩が振り注ぐ日光の殆どを遮っているからなんだろう。
 そんな場違いなことを考えて気を紛らわそうとしてみたけど、やはり無理があった。

 金属が砕ける音が洞窟に響く。
 唯一自由が利く首を動かすと、リオソウルUコートを銜えたドスゲネポスと目が合った。
 赤い目の中で、細長い瞳孔が異様なくらいに目立っていた。
 そこに宿っているのは残忍な光。捕えた餌を貪ろうとする狩猟者の瞳。
 瞼が細められる。まるで無力な私を嘲笑っているかのようだ。
 ドスゲネポスは無造作に頭を振り、銜えていた腰当てを放る。
 放物線を描いて落下する蒼い防具は、同色の物体に衝突して鈍い音を立てた。
 それは正確に止め具だけを食い破られたリオソウルUレジスト。仰向けに転がる私には、もう腕と脚にしか防具は残されていない。
 このドスゲネポスは以前にもハンターを食ったことがあるのだろう。でないとここまで防具を剥がす手際がいいことの説明が付かない。
 今この瞬間に腹を食い破られても何もおかしくない状況だというのに、私の脳はおかしいくらいに冷静に現状を考察していた。
 いや違う。常識的に考えて、人間が死に際で冷静に居られるはずもない。となればこれは一種の思考の麻痺なのだろうか。
 平和すぎる状況から修羅場へと、あまりに劇的過ぎる状況の変化に頭が追いついていないのかも知れない。あるいは単なる現実逃避か。
 正直どうでもよかった。じきに私という存在はこの世から消えるのだろう。
 ところでさっきから私の体が無意識に震えているのは、地底湖に繋がる入り口から吹いてくる冷たい風だけのせいなのだろうか?
  
「っあ、う!」

 突然の痛みで思考が途切れる。灼熱にも似たそれの発生源は右肩。剥き出しの肩に何本もの牙が刺さっていた。
 次の瞬間に生じるであろう激痛を想像し、傷口から流れ出た血の暖かさを感じながら目を閉じ、歯を食いしばる。
 しかし、それは訪れなかった。代わりに奇妙な感覚が傷口から全身に広がる。
 体は動いていないはずなのに、地面から浮き上がったかのように錯覚してしまう。
 もしそれが実在すると仮定するならば、「魂が抜ける」時はこんな感じがするのかもしれない。
 牙が肉から離れていく痛みが走る。
 恐る恐る瞼を開けると、何故かさっきよりぼやけた視界でもはっきりと分かるほど近くにドスゲネポスの頭があった。
 その血に塗れた牙の先端から、透明な液体が零れていた。
 あぁ、そうか。
 万全を期して私を食らうために、更に麻痺毒を注入したのか。
 知る由もないはずの私の思考を肯定するかのように、ドスゲネポスは瞼を細め、長い舌をべろりと垂らした。
 これからが本当の地獄だと言わんばかりに。
 恐怖は唐突に腹の底から染み出し、背骨を通って脳にまで感染した。
 私はここで死ぬのだろうか?本当に?何も抵抗できぬまま、無残に全身を食いちぎられて?
 恐れが喉を締め付ける。悲鳴さえも出せぬほどに。
 竜の顔が更に近づいてきた。頭から貪ってくれるのだとしたらそれは幸運?
 生きながらにして臓腑を引きずり出されるよりはマシと言えるのだろうか?結局死ぬのに?
 嫌だ。どちらも嫌。嫌だ嫌だ嫌だ。まだ死にたくな――

 頬に暖かくざらりとしたものを感じた。

 予想外の出来事に頭の中が一瞬真っ白になる。次に感じるのは痛みだとばかり思っていた。
 再び同じ感覚が、今度は顎に発生した。私の目は信じられぬものを見ていた。

 ドスゲネポスが、私の顔を舐めている。二度、三度と。
 一体何がなんだか分からなくなった。
 ひょっとして私はもう食べられてしまっていて、これは幻覚だとか?いや、死んだなら幻覚すら見えなくなるのでは?
 浮かんでは消える疑問。その間もドスゲネポスは私の顔を嘗め回していた。
 その舌が首筋へと移る。くすぐったい。今度こそ食いちぎられるかと思ったけれど、それはなかった。
 一体これは何なんだろう。
 ドスゲネポスに、麻痺させた上に危害が及ばぬ別の場所に運んだ餌を舐めまわす習性があるなんて聞いたことがない。
 ドスゲネポスをはじめとする肉食竜の脳に存在するのは食欲だけで、
 あとは群れを構成する上で最低限必要となる社会性くらいしか持ち合わせていない筈なのに、何故こんな奇行に走るのか。
 その答えを、私はすぐに理解した。
 止まることなく動くドスゲネポスの舌が、インナーに包まれた私の胸に到達した瞬間に。
 布越しに伝わる生暖かい肉の感触に、全身に怖気が走る。
 さっきまではあまりに近すぎたため、全体を見ることができなかった竜の頭部が、その赤い双眸が見えた。
 そこに現れていたのは禍々しい光。獲物を嬲り尽くし、その上で殺そうと画策する悪魔の笑みだった。
 私の頭が勝手に記憶を引き出す。

 気候が安定し、心地よい日々が続く繁殖期というのは、その名の通り殆どの生物にとって子孫を残すのに最も適した季節だ。
 生物は、自らの遺伝子を後世に残すことを生まれながらにして宿命付けられているらしい。
 過酷な自然に生きるモンスター達は、迷うことなくそれに従って生きている。
 必然的に、繁殖期の彼らは自らの種を残すのに躍起になる。
 ある竜は元から派手な羽飾りを更に奇抜な色に変化させて同族の気を引き、
 またある竜の雌は、隠密性よりも自らの脅威を主張することを優先し、茶色い甲殻を黒く染める。
 そして、飛竜という強大な存在が数多く存在する中、個々にはそれに及ぶ力がない鳥竜種・走竜下目の竜たちは、
 それらに立ち向かう唯一の方法である数を揃えるため、身に秘めた性欲を最大限に発揮するそうだ。
 強きものが種を残せば、当然後々生まれてくる子孫もそれを受け継ぎ、強く生き残る可能性が上がる。
 よって、群れの中で最も強き者である統制者は、その季節の間、文字通り性欲の塊となる。
 人伝に聞いたところによると、その勢いは止まるところを知らず、固体によっては群れの雌だけでは飽き足らなくなることもあるらしい。
 するとその者はどうするのか?彼らが持て余す性欲を発散させる術は、ひとつしかない。
 自分より弱き者、つまり普段から餌としている他の生物を犯すのだ。
 子孫を残すことには繋がらないことを承知で。ただ性欲の捌け口とする為だけに。
 彼らは欲望に正直だ。その為の相手は選り好みしない。たとえそれが自らを害する存在だったとしても。
 具体的に言えば、人だったとしても。
 聞いたときは笑い飛ばして信じなかった話が、今目の前で実現しようとしている。

 あぁ、神様。
 人生最悪の経験を、人生最後の瞬間にもってきたのは何故ですか?
 あなたはひょっとしたら良心からそうしたのかも知れないけど、生憎私にとってそれはありがた迷惑。
 どうせなら、短くとも笑って死ねる人生を用意してくださいと願うのは贅沢ですか。もう手遅れみたいですけど。
 私は誰に語りかけているのだろう。神様の存在なんて、普段はロクに信じてもいないのに。
 都合のいいときだけ自らにすがるような人間に、神様とやらが慈悲をかけてくれるはずもないのに。
 布が破れる音がした。胸と下腹部に外気の冷たさを感じる。
 毒が更に回ってきたためか、擦硝子をはさんだのかのようにぼやけた視界の中に、
 ひらひら揺れる薄っぺらいなにかを銜えたドスゲネポスがいた。
 そしてその両足の間に、先程まで存在しなかった長細く赤黒いものが見えるような気がするのは私の思い違い、ではないようだ。

 これはさすがに、ちょっと笑えないよ。
 心の中で呟いた直後、視界が白く染まった。
2010年08月17日(火) 09:01:32 Modified by gubaguba




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