ファントムダウン
ファントムダウン
視界にあるのは無限の青空だけだった。
ほぼ垂直に近い上昇角。ハイレートクライムヒル。鋭くとがった機首を垂直方向に向けてＦ−４ファントム�兇肋緇挫罅９眦截苅沓娃亜�もう少しで５０００。既に空気は希薄だった。しかし、空はまだ酸素の青さを湛えている。
上はいつでも晴れていた。晴れ晴れとした上天気。
永瀬一子少尉の気分も上天気だった。鼻歌を歌ってしまいそうになる。
エンジンの調子は素晴らしかった。エンジンの駆動音は軽快で、雷鳴のようだ。昨日の不調が嘘のようだった。昨日の不調はやはり何かの間違いだったのだ。私はそう思うことにした。
三菱重工製ターボジェットエンジン「極星」はＧＥ社のＪ７９ターボジェットの改造型だ。リヒートを使えば８ｔの推力を発揮する。オリジナルの４割増しだ。
極星は出力を強化した分だけオリジナルより寿命は短い。しかし、大きな問題にはなっていない。Ｊ７９はもとから寿命が長すぎるエンジンだった。アメリカでは用途廃棄したＪ７９が設計寿命を大量に残していること判明し、議会で問題になったほどだ。
他にも出力強化の弊害はある。オーヴァーホールの間隔は確実に短い。整備の負担は確実に増えている。しかし、撃墜されるよりはマシだった。普通は誰でもそう思う。思わないのは大蔵省の官僚ぐらいなものだ。連中は一円でも多くの軍事予算を削減することが愛国心の表明だと勘違いしている節がある。新型のＦ１００ターボファンに換装できれば、こんな無茶な改造はしないで済んだ。
日本海軍が運用する全てのファントムがＪ７９の改造型エンジンを装備していた。８０年代後半に現れたＭｉｇ２９やＳｕ−２７のような東側の第４世代型戦闘機に対抗するためだ。エンジンの改良と同時にレーダーとＦＣＳも改良された。
それでも２１世紀の現在ではファントムは完全に旧式機だった。少なくとも２０００年の最初の１０年の半ばを過ぎた現在ではそうだった。
それでも、私は構わなかった。それでいいと思う。私はファントムが好きだった。この無骨な戦闘機に乗るためにパイロットになったようなものだ。新型の零式はあまり好きになれない。
高度５５００ｍの高空は雲ひとつない上天気。そして、自分はファントムの操縦桿を握っている。人生においてこれに勝る瞬間は存在しない。心からそう思った。
例え次の瞬間にレーダー警戒受信機がロックオン警報を告げたり、艦隊司令が戦術無線に怒声をかき鳴らしても、この空にある限り、それは大きな問題ではなかった。私は無敵だ。素直にそう信じられた。
操縦桿を大きく左に倒してエルロンロール。機体を背面に入れる。重力を抜いて、レベルオフ。機体を順面に戻す。水平飛行。機首を南に向ける。ものたりなくて暫くロールを繰り返す。楽しい。
たったそれだけの動作。しかし、私は光悦さえ感じた。操縦桿とスロットルレバーの動きにファントムは全く従順だった。試しに少しだけスロットルを入れた。私の操作に極星エンジンは敏感に反応した。甲高く、エンジン音は高まる。高圧６段、低圧５段の圧縮機の低い駆動音。金属の鼓動。タービンブレードの鈍い回転音。心地よい推力５４００ｋｇのサウンド。深い安らぎさえ感じる。そして、目の届くことのない遥か彼方を見通す強力な電探。６Ｇ旋回を可能にする強固で精緻な機体構造。空対空誘導弾８発の強大な火力。それに自由に使役する力の感覚。
サーカスの猛獣使いなら、今の私の気持ちを理解してくれるだろう。私はそう思った。
「おふざけがすぎるんじゃないのかね。ウーノ」
瀬島拓海少佐は言った。うんざりとした調子で。
ファントムは世界最高の戦闘機だ。それに疑いの余地はない。
しかし、1つだけ欠点がないこともない。それは複座であることだ。タンデム複座の後席にレーダー迎撃士官を乗せている。
「これ以上ないくらいに丁寧なレベルオフだったでしょ」
「そうじゃない。どうして無意味にロールを続ける必要があった？あれでは驚きのあまり死人も飛び起きるだろう。それでなくとも曲芸飛行は電子機器に悪影響を及ぼすのだ。君は重力と加速が電子機器に及ぼす影響について、知識が不足しているように思えるな」
年の離れた上官。或いは年の離れた友人は小言が多いことで知られていた。
私はインカムのスイッチを切りたい衝動に駆られる。バックシーターさえなければ、ファントムは完全な戦闘機だ。私は心からそう思った。
保護者気取りのＲＩＯと組まされるのは最悪だ。それが４０前のハゲ親父になると最悪と通り越して劣悪なことになる。
「そりゃ、どうもすいませんね」
「それでなくともラフな飛行は体を痛めるぞ。赤ちゃんを産めなくなったらどうするつもりなんだ？」
「セージ。あんた、セクハラって言葉は知っている？」
私は最近、よく耳にするようになった和製英語を使った。
ちなみにセージとはＴＡＣネームのことだ。無線で呼びあうのに使うコールサインではない。コールサインならデルタ３０４になる。これは定期的に変更される。ＴＡＣネームはそうではなかった。パイロットの愛称のようなものだ。除隊するまで変わらない。変えられない。
瀬島だから、セージ。私はウーノ。イタリア語で１の意味。一子から少しひねった。整髪料の名前ではない。
「ただの世話話だろう。何でもかんでもセクハラ扱いする昨今の風潮は嘆かわしい。ついていけんよ」
「なら、そろそろ引退を考えるべきね。少佐？」
「馬鹿にするなよ。少尉。私はまだ現役だ。悔しかったら、一人でここから母艦に帰ってみろ」
「ぐっ・・・」
それを言われると私は酷く弱い。
Ｆ−４の戦闘システムは完全分業制だ。航法は専ら後席が担当する。前席には航法支援装備のコントロールパネルはない。もちろん、昔ながらの推測航法で帰投することは可能だ。霞ヶ浦で学ぶことはドッグファイトのやり方だけではない。航法もみっちり学んだ。しかし、何故か今では殆ど何も思い出せない。
「嘆かわしいことだ。私がフューリーを飛ばしていたころは航法から操縦まで全て一人こなしたもんだ」
フューリーとは海軍初のジェット艦上戦闘機だ。米国製のＦＪ−２のライセンス生産品。つい最近まで練習航空隊で複座型を高等練習機として使っていた。
私が入隊と入れ違いで全機引退。残念でならない。
「昔話をするのは歳を喰った証拠よ」
「いいじゃないか。少しぐらい喋らせろ。どういうわけだか知らないのだが、最近、便通が不規則なのだ。イライラして仕方がない」
「いい加減にしてよ」
私はウンザリして言った。
戦闘機を飛ばしている最中に便通の話を聞く日が来るとは思わなかった。いや、そもそもどうして私が中年親父の便通の話など聞かなくてはいけないのか。
「法務局はどうしてこの変態を逮捕しないのかしら？」
「逮捕？何の話だ？今のはただの世間話だろう？」
「絶対違う」
「やはりお通じには食物繊維がいいのか？」
「くたばれ！」
私はちらりと射出座席の作動リールに目をやった。
射出モードを後席のみにしてリールを引きたい衝動に駆られる。その場合、操縦席が射出座席のロケットモーターで火の海になるが。
視線を水平線に戻す。何もない空。そして何もない海。海に波が立っていたが、高度５０００ｍから見下ろせばそれは平坦な壁紙の模様に近い。空と海の境は曖昧だ。霞がかかってはっきりとしない。
私は水平線と計器板の間に視線をさまよわせた。パイロットにとって重要なのはその二つの間にしかない。太陽の方角と高度、大気速度以外に注意を払うべきものは何もなかった。
極星エンジンの駆動音に耳を澄ます。ターボジェットの爆音は滑らかだ。スロットの操作でそれはどんな風にでも変化した。エンジンの駆動音が体に染み込む感覚。陶酔感。そうしているかぎり、私はこの強大で精緻なメカニズムとどこまでもシンクロしていられる。
後席の友人が黙っていてくれれば。
「エーリン。俺のお姫様の尻穴がそんなに気になるのか。もう少し離れろ」
私は視界の端に僚機の姿を見とめた。
無闇に近いところを飛んでいた。編隊を維持できていない。
「ちょっと迷子になりそうで怖かったんだ」
朝倉英凛少尉はわびるように言った。英凛だから、ＴＡＣネームはエーリン。
私はスロットルを開く。エーリンとの距離を開ける。編隊を整える。
「それでいい。見張りを怠るな」
セージがベテランらしい口調で言った。
「気をつけるよ」
エーリンがそれに答えた。
しかし、私はセージの言葉が自分に向けたものであることに気づいていた。僚機に払うべき注意を欠いていた。
余所見をしていたわけでない。しかし、注意が足りなかった。
私がインカムのチャンネルが機内系であることを確認して言った。
「さっきはごめん。今日はちょっと気分が優れないのかも」
「そういうこともある。だが、気を抜いていい理由にはならん。つまらないことで僚機を失うのは愚かなことだ」
「もう怒らないで、反省しているから」
「では、和解の印としてお通じにいい健康体操のやり方を教えてもらうか」
「やっぱり、あんたは変態だ」
二人の空気がいつも同じ温度に戻る。私はほっと一息つく。
「ところで、そろそろ１２時方向に最初の目標が見えるはずだが」
「ノージョイ。まだ見えない」
セージは仕事用の口調で言った。私もそれに合わせた。
海の色は深いブルーから淡いエメラルドグリーンに変わる。陸地が近い証拠だ。この辺りは珊瑚が堆積してできた島が多い。
もちろん、島ができるには途方もない年月がかかる。そのために長い時間の中でその島々は持ち主と名前を幾つも変えた。
４０年ほど前まで、その持ち主はフランス人だった。フランスは植民地として仏領インドシナを領有し、１９４０年までインドシナ半島を植民地としていた。
そうした植民地支配が倒れた直接的な原因は本国がナチスドイツとの戦争で敗れたためだ。仏領インドシナは親ドイツのヴィシー政権の管理するところとなった。
その時、日本は日中戦争の最中だった。ナチスドイツと手を組んだ大日本帝国は援蒋ルート遮断のためにインドシナ半島に進駐。１９４０年から島の持ち主は日本人となった。
以後、１９４４年まで島々は新南諸島として大日本帝国の施政下にあった。
わずか４年でその支配が終焉を迎えたのは、大日本帝国が連合国に条件付き降伏をしたためだ。１９４４年１０月のレイテ沖海戦で連合艦隊は全滅した。しかし、それを代償としてフィリピン侵攻部隊１８万を撃破し、レイテ島から米軍は撃退することに成功した。
全ての海上戦力を喪失した大日本帝国はこれを最後のチャンスとして停戦交渉を行い、大敗にショックを受けていたアメリカと停戦にこぎつけることに成功した。欧州戦線より半年早く太平洋戦線は日本の敗北で終結したのである。
以後、群島の持ち主は転々としている。
初めにフィリピン、ついで南ベトナム。さらには中華人民共和国が領有を宣言して小競り合いを繰り返している。
近年では海底油田の発見と漁業資源、排他的経済水域のために各国が緊張関係にある。
軍事的、経済的にも無視できない意味があった。中東から日本に向かう原油を積んだタンカーはその大半がこの海域を通って日本に向かうからだ。通商航路防衛は海軍の最も基本的な任務である。
現在、スプラトリー群島の大半を実効支配しているのは中国だった。
その中国が最近妙なことを考えているらしい。そうした噂が流れた。本当かどうかは分からない。しかし、理由としてはそれで十分だった。
そうでもなければ軍事力の誇示と行使に異常なまでに慎重な日本政府が空母機動部隊を派遣するわけがなかった。
日本政府は今まで一度たりとも太平洋戦争が起きた理由を忘れることはなかったし、それは今後も永久にありえないと言えた。
石油が国家の血液であるという基本的な原則は２１世紀の現在でも有効である。
「退屈で死にそうだ」
私はこの数日の飛行に飽き飽きしていた。
飛ぶことは好きだ。それが私の生活の全てだった。
石油が国家の血液であることも分かる。それを中東から運ぶシーレーンを防衛する重要性も理解できる。
だからといって、何もない島々を高価な戦闘機を使って監視することが楽しくなるわけでもない。海も空もきれいだ。しかし、4日も同じことが続けば飽きてくる。
変わった趣味の中国人が漁船で島に乗り付けてキャンプを始めたぐらいでどうして空母機動部隊が派遣されなくてはならないのだろう。そんな馬鹿の相手は精神科医か警察と相場が決まっている。問答無用で爆撃していいのなら話は別だが。
「ぼやいても仕方がない」
慰めるようにセージは言った。
「さっさと爆撃してやればいいのよ。それで全部片がつく」
「我々はテロリストか？そんなことをすれば国際世論が黙っちゃいない」
「国際平和が危機にさらされているのよ？」
「手段を選べということさ。ヤクザの真似事をするのはヤクザだけで十分だ。紳士にいこうじゃないか」
たしなめるような口調が気に入らなかった。親子ほど歳が離れたこのバックシーターの悪癖。保護者のように振舞う。
私は操縦桿を引いて機を右急旋回させた。セージは慌てふためく。
「どうした？進路を維持しろ」
「２時方向。航跡が見える」
深い青色の海に白いウェーキーが見えた。黒板にチョークで線を引いたように見える。暗い灰色の船体は海面に紛れていた。航跡を引いていなければ気づかなかった。高度６０００ｍからでは水上艦は芥子粒に近い。
この辺りで活動中の友軍艦艇はいない。飛行前のブリーフィングでそう説明されていた。しかし、海保の船である可能性もあった。連絡の不備など珍しいことはでない。民間船舶の可能性もある。この辺りは海南島に向かう航路が走っている。
「あれは何だろう？」
「分からん。呼びかけているが応答がない」
「なら、ちょっと挨拶していこう」
少しからかってやろう。私はそう思った。
自分の思いつきに思わず拍手してしまいそうになる。私は戦闘機に乗っているのだ。戦闘機に乗っていて、ちょっとしたおふざけも許されず、余興の曲芸飛行にも文句を付けられる。それでは何の楽しみもない。
仕事は楽しんでやるものだ。どこかの偉い将軍もそんなことを言っていた。
「待て、ウーノ。不用意な接近は避けろ」
「大丈夫よ。ちょっとからかうだけだから」
機を急降下させる。パワーダイブ。降下のパワーでエンジンの推力を最大効率で活用する操縦。速度計が跳ね上がる。機速が音速を超える。南シナ海に凄まじい爆音が響く。衝撃波を纏ってファントムは所属不明艦に向けて突貫する。
「止めろ！クレージーか？ＣＡＧにどやされるぞ」
「(∩ ﾟдﾟ)アーアー聞こえない」
セージがわめく。私は無視して、機の進路を固定した。
壁紙の模様のように見えた波が立体として認識できる程度の高度。芥子粒に見えた水上艦が５００ｔクラスのコルベットに見える。
その距離まで接近したところで、私はマストで風と戯れる赤い海軍旗に気がついた。
林満夫海軍大尉は耳鳴りを抑えて双眼鏡を構えた。
既にファントムは飛び去ったあとだ。視界の中に機影を捉えることはできない。
常時、空中に補給される水蒸気が地平線に靄を作っていた。視界は不良。晴天であっても、迷彩を施した航空機を見つけるのは意外に難しい。
露天の艦橋に響くターボジェットエンジンの爆音だけが、ファントムが空中に存在することを証明していた。
まぁ、いい。目で負えなくともレーダーならファントムを捉えているだろう。林艦長はそう思うことにした。海南型哨戒艇の対空レーダーの性能や操作員の技量については考えないことにしている。幸せな気分になるとは思えないからだ。無駄に不安材料を積み上げる必要はない。退役寸前の旧式対潜哨戒艇に多くを求める方が間違っている。
「やはり、日本海軍機です。報告しましょう」
双眼鏡を構えた水上見張りが言った。
ベテランの見張り員である彼には敵機の姿が見えているらしい。
何もかも旧式で古臭い哨戒艇で、古臭い方が高性能なのは人間ぐらいなものだった。
もちろん、古臭くても役に立たない人間は一定数存在する。
例えばこの艇の政治委員などがその良い例だった。
「ついでに対空戦闘配置を命じる必要があるのでは？」
政治委員が甲高い声で言った。
林は顔面に意識を集中させた。意識しなければ思い切り眉を顰めてしまいそうだったからだ。
嫌な奴が来た。林はそう思った。
この男とは徹底して反りが合わない。きっと反りの合う人間など一人もいないだろう。彼が艇の誰かと談笑しているところを見たことが一度もない。
最近、この艇に乗組となった政治委員は誰からも蛇蝎のように嫌われていた。最初は取り成そうとする者もいた。林艦長もそうだった。彼が艇の一員となれるようにできるかぎりのことをした。しかし、今では誰も彼に話しかけようとしなくなった。
早く死ねばいいのに。アンケートをとったことはない。しかし、意識調査をすればきっとそんな回答が返ってくる。そういう確信があった。それほどまでに嫌な男だった。
「司令部に報告は上げる。だが、対空戦闘配置は必要ない」
「なぜですか？いや、もちろん艇長の命令に不服があるわけではなりません。ただ、問題が起きた際にいろいろと困ったことになりますので」
「問題など何も起きない。それとも君は日本人の戦闘機が問答無用で先制攻撃してくると思っているのか？」
「その可能性は否定できませんな」
とぼけたような口調で政治委員は言った。
ぶん殴ってやろうか。林艦長は心の底からそう思った。もちろん、そんなことはできない。党に逆らう恐ろしさは誰でもよく知っている。
「そんな可能性は万に一つもない。０だ。ナンセンスだ。それよりも奴は座標を報告して水上艦を呼び寄せるだろう。水上見張りももっとも増やす必要があるな。君は今すぐ居住区に戻って手すきの乗員を探してくるんだ。臨時の水上見張りを組織する。君も参加しろ。分かったか？」
「了解です。艇長」
ニヤリと笑みを浮かべて政治委員は言った。
回れ右をして艦橋を降りていく。その背中に蹴りをぶち込んでやりたい。林艇長は心の底からそう思った。その妄想は甘美な匂いがした。できることなら、ずっと浸っていたい。しかし、今はあまりにも時間がなかった。
「艇長。政治委員の言うことにも一理あるのでは？航空攻撃に対して一応の備えはしておくべきかと」
航海長が双眼鏡を構えながら言った。
林艦長は微かに頷いた。当然、そのことは考えてあった。
「そうしたいのは山々だが、それに意味があるとは思えない」
「この船の対空兵装では用意するだけ無駄ですか」
「残念だが、そのとおりだ」
海南型哨戒艇の主砲は５７ｍｍ連装機関砲。原型は１９５０年にソビエトが開発したＭ５０機関砲にさかのぼる。さかのぼるというよりもそれから殆ど何も進歩していない。もちろん、細かい部分は改良されている。しかし、兵器として基本的な部分は何も変わっていない。ジェット戦闘機相手にこれで何かができると考えることができるほど艦長は非常識ではなかった。
他にも海南型哨戒艇は２５ｍｍ連装機関砲を２基搭載していたが、これは５７ｍｍ機関砲よりもさらに古い砲だった。５７ｍｍ機関砲は戦後の開発だが、２５ｍｍ機関砲の開発は戦前に行われた。半世紀も前に開発された兵器なのだ。だからといって２５ｍｍ機関砲が全く無意味というわけではない。極めて堅牢で確かな設計だった。今でも完全に動作し、対空攻撃能力を有している。その能力が対空戦力としてどの程度意味があるのかは全く不明だったけれども。
皮肉なことだが、５７ｍｍ機関砲も２５ｍｍ機関砲も対空火器でありながら、その火力が意味をもつとしたらそれは水上艦を相手にした場合だけだった。その発射速度から対空戦車が対歩兵掃討兵器として用いられることは珍しくない。発射速度の早い対空機関砲の投射弾薬量は馬鹿にできない。
相手が哨戒艇クラスなら、５７ｍｍ機関砲で十分に撃沈に追い込むことは可能だ。場合によっては２５ｍｍ機関砲でも可能だろう。相手が大型艦艇でも、レーダーやアンテナの類を吹き飛ばしてやることぐらいはできる。報復攻撃で海南は木っ端微塵にされるだろうが。
しかし、対空火器としては全くの無力だ。完全な有効射程距離外。ファントムはこちらの手の内を知り尽くしている。
「悔しいが俺たちにできることは多くない。それよりも味方の戦闘機が来ることを期待しよう。そのためのフランカーだ」
林も最近、祖国が配備を進めているＳｕ−２７の高性能は聞き及んでいた。
海南島にはその基地もある。飛行するところを見学したこともある。
林はその戦闘機があまりにも美しいことに衝撃を受けた。機能美という言葉は知っていた。しかし、それが実際にどのようなものか明確なイメージがあったわけではない。林が目にしたものは機能美そのものだった。Ｓｕ−３０ＭＫＫは機能美の何たるか全身で体現していた。
もちろん、美しいだけではない。フランカーは高性能な兵器だ。あの美しい戦闘機はアメリカや日本のあらゆる戦闘機よりも強い。そう説明されていた。驚異的な機動性と強力なレーダーと空対空ミサイルを装備している。どんな戦闘機でも空中でフランカーを無視することはできない。それだけではなかった。祖国がライセンス生産しているＳｕ−３０ＭＫＫは強力な対艦ミサイルを装備し、日本人やアメリカ人の空母を攻撃することもできる。
その説明が本当のことなら、日本人の戦闘機など軽く追い払ってくれるに違いない。林はそう信じていた。
そう思わなければやっていられない。日本人の空母機動部隊はそれほどまでに恐ろしかった。
ファントムの爆音は頭上から響く。
露天艦橋の海南は外からの音を遮ることができない。
故に、林はファントムのエンジン音以外に響く、別の何かを聞き取ることができた。ファントムのエンジン音よりも小さい。しかし、それよりも遥かに高い音だった。甲高いとも言える。高速で回転するモーターのような音だった。どこか聞き覚えのある音。思い出せない。
もう１機別の飛行機がいるのかもしれない。林はそう思った。見落としがあった可能性は否定できない。
双眼鏡を構えて水平線に視線をさまよわせる。
幸運にも今度は簡単に見つけることができた。
その飛行機は超低空を飛行していた。自殺志願のような超低空飛行。しかし、コクピットはついていなかった。パイロットも乗っていない。主翼も小さい。上下左右に１枚ずつ。それが２段あった。どこかで見たことがある形をしていた。尾部から推進炎を引いていた。まるで宇宙ロケットのようだ。というよりも、まさにロケットそのものだった。
弾頭に誘導装置を組み込んだ場合、それはミサイルと呼ばれる。
「馬鹿な！」
林が命令を叫ぶ前にミサイルは海南の中央に命中。弾頭を起爆させた。
突入速度はマッハ４。船体中央に命中したミサイルが閃光と衝撃波に変わる。高熱と衝撃波が船体を強打し、上部構造を吹き飛ばす。甲板の上にいた人間は最初の命中で全員が即死。船内にいた乗員もすぐにその後を追った。弾頭は半徹甲榴弾だった。衝撃波と同時に広がったスプリンターが乗員を抹殺した。超音速で飛来する鋭利な鉄の破片は人体を簡単に破壊した。剃刀の雨を浴びるようなものだ。さらに飛散したロケットモーターの燃料が鎮火不可能な火災を発生させる。また、その火災に対応すべき人間の殆どがミサイル命中から１０秒以内に死亡するか負傷していた。
ミサイルはさらに３発、海南に命中した。最後のミサイルは海南が沈没した海面に命中した。生き残っていた最後の乗員がそれで死んだ。
「ウーノ。今のを見たか！？」
セージが叫んだ。
私は答える前に深く呼吸した。冷たい酸素を吸う。そして、呼気を吐いた。私は自分の呼気が意外にも熱くなっていることに気づく。酸素マスクにこもった息が無闇に熱い。
突然の惨劇に興奮しているのか。
そうではなかった。背筋を這い登る悪寒がそれを否定している。
これは恐れだった。自分は何か今とてつもない陰謀に巻き込まれようとしている。直感がそう告げている。何かがヤバイ。
私は努力して平静を装う。
「セージ。私が居眠りをしていたと思うの？ミサイルが４発命中した。コルベットが木っ端微塵になった。あれでは誰も助からないだろう」
「くそっ！なんてこった。レーダーには何の異常もなかったぞ」
「シースキマー型の対艦ミサイルならレーダーで探知できなくても不思議じゃない。ステルス巡航ミサイルの可能性もある」
「シースキマーの対艦ミサイルに、ステルス巡航ミサイルか。なんだか楽しくなってくるな。誰がこんなことをした」
「それを調べるのは情報部の仕事。私たちの仕事じゃない」
私は親指でストットルの戦術無線システムの周波数を切り替えた。空電が走り、無線がホームプレートにつながる。
ホームプレートとは母艦のことだ。満載排水量８５０００ｔの航空母艦「大鳳」。戦闘指揮所はデータリンクとレーダーで常に飛行中の艦載機の行動をモニターしている。
「ホームプレート。こちらデルタ３０４。緊急事態が発生。指示を請う」
「残燃料を報告してくれ。あと何分飛べる？」
ＣＤＣの指揮要員が言った。
大鳳の戦闘指揮所には飛行中の航空機を管制する指揮要員が詰めている。指揮要員は常にレーダーで管制下にある航空機をモニターしている。この辺りは空軍のＣＧＩと同じだ。
「あと３０分は飛べる。それ以上飛ぶなら空中給油がいるよ」
「了解した。今、給油機があがった。その場にとどまって、周囲を調査してほしい。給油機との会合地点は追って指示を出す。ユー・コピー？」
「アイ・コピー。命令を実行する」
私は機を左旋回させた。ラダーを蹴る。機首を海面に向けて緩い降下旋回。
「エーリンは上空直援。やばそうなら直ぐにケツまくれるようにしておきたい」
私はファントムを操っている間にセージが僚機に指示を出す。分業制の利点だ。操縦に集中できる。
エーリンからの返信。通信機のクリック音が二つ。ジッパー・コード。時間がないときはそれで意思疎通する。今のは了解の意。
ファントムは左旋回しつつ高度を落とす。ラダーを使って必要以上に降下しないように機位を保持。高度１００ｍまで降りる。既に十分なほどに低空飛行。エアブレーキでスピードを殺す。
私は波の高い海面を見下ろした。
海面の波は高い。しかし、白波というほどではない。漂流物はあまり多くない。沈没まで時間があまりなかった。轟沈という奴だ。それでも死体が幾つか波間を漂っていた。真新しい死体だった。手足がちぎれていなかったら、眠っているように見えるかもしれない。海面には船の燃料が油の帯を作っていた。綺麗な珊瑚を重油の黒く汚している。
私は機首をわずかに右に振った。機が黒煙の中に入らないようにする。船体は全て水面下にある。それでも水面に浮かんだ油が少し燃えていた。重油が燃えると水で消すのは難しい。
「デルタ３０４｡こちらホームプレート。生存者は発見できたか？」
「ネガティブ。それらしい人影は見えない。みんな死んでいる」
仮に生きていたとしても救助を求めるとは限らなかった。警戒している可能性がある。
「生存者の捜索ならヘリの仕事だ。高度をとったほうがいい。低空飛行は危険だ。どうも臭い。嫌な感じがする」
レーダーを素早く操作しながらセージが言った。
セージはフード付パッドに額を押し付けレーダーディスプレイに神経を凝らしていた。レーダーを操作するダイヤルとハンドコントロールバーの間を指先が凄まじいスピードで行き来している。
プロのピアニスト並の指運びだった。しかも、ＲＩＯはそれを亜音速で飛んでいる６Ｇ旋回中のファントムコクピットでこなしてしまう。
「シークラッターが酷い。ルックダウンするとディスプレイが真っ白になる」
「ＡＰＧ−６５でもだめ？」
「オリジナルよりはまだマシだ。全く見えないわけではない。エーリン、そっちで何か見えるか？」
Ｆ−４ファントム�兇錬牽闇�代後半に大規模な近代化改造を受けた。
レーダーはＦ／Ａ−１８のＡＰＧ−６５パルス・ドップラーレーダーに換装。アナログコンピューターをデジタル式の最新型に変更した。エンジンもＪ７９の改造型に換装し、リングレーザージャイロ等航法装備も改善された。光学照準機もＨＵＤに変わっている。これはＦ／Ａ−１８と同じものだ。他にも細かいところに全て手が入っている。電力消費が増えたので発電機やバッテリーも追加していた。
新しく装備されたＡＰＧ−６５はオリジナルのＡＰＱ−１２０に比べれば、格段に優れたレーダーだった。コンピュータの性能が向上し、生のデータにコンピュータがフィルタリングを施すことで単座機でも高度な電子捜索戦闘が可能だ。
生のデータを人間が経験と勘で処理していたファントムとは次元の違う性能。捜索距離も格段に向上している。しかし、コンピュータは融通が効かないという欠点がある。フィルタリング処理の設定を誤ると致命的なことになる。
「ネガティブ・コンタクト。空域はクリアだ」
この時上空直援をしていたエーリンのファントムがまさにそうだった。
海面が荒れた時にシークラッターを除去するためにフィルターをきつめに設定する必要がある。しかし、それは同時に本当に警戒すべき対象をノイズとしてコンピュータが誤断する危険性があった。
用心深い古兵ならフィルターの設定を工夫することでそれを回避できる可能性があった。しかし、エーリンのＲＩＯは経験が不足していた。用心深いともいえなかった。
彼らはエーリンとその相棒に欠けていたどちらの要素も豊富に揃えていた。超低空飛行で、不規則な転陀と加速、減速を繰り返していた。その機動はＡＰＧ−６５パルス・ドップラーレーダーの信号処理ロジックパターンに則った飛行だ。ＡＰＧ−６５のコンピュータはそうしたダンスをシークラッターとして認識した。レーダーのロジックパターンや使用する周波数帯はＥＬＩＮＴや諜報活動によって入手可能だ。それが可能なら、どうすればレーダーを騙すことができるかもわかる。レーダーを誤魔化すダンスを踊ることもできる。レーダーディスプレイには何の反応も現れない。
彼らは攻撃の総仕上げの段階でも全く用心深く行動した。攻撃をかける際に必要な攻撃諸源を得るためにレーダーを使わなかった。彼らの愛機が装備するＩＲＳＴとはまさにそうした状況において最適の装備だった。ＩＲＳＴの捜索は方位しか分からないという欠点があるが、それは逆探知したファントムのレーダー波を活用することで解決された。それでも完全な攻撃諸源とはいえなかったが、それは手数で補える問題だった。
最初の危険の兆候を感じ取ったのは、その場から３００ｋｍ離れたミサイル巡洋艦「霧島」だった。霧島のＥＳＭアンテナが不明な周波数の電波を受信していた。既に彼らの行動は最終段階に入っていた。
ＡＡ−１１のコードネームが振られたＲ−７３短距離空対空ミサイルは世界初のオフボアサイト攻撃が可能な高機動ミサイルだ。東西ドイツ統一で東ドイツ空軍が持っていたそれを西側関係者が手に入れた。Ｒ−７３は様々な試験の結果、西側が開発したあらゆる短距離空対空ミサイルよりも優れていることが判明し、関係者に衝撃を与えた。特にヘルメットキューイングシステムとＲ−７３を組み合わせたオフボアサイト攻撃能力は旧来的な格闘戦の終焉を意味するほど画期的な発明だった。しかし、機動性と同じレベルで関係者を恐怖させたのは、その射程距離だった。
ミサイルの射程距離は母機の速度と目標の速度、高度、運動ベクトル等複雑なパラメーターを含む計算を経るため一概には言えない。しかし、場合によっては、Ｒ−７３は４０ｋｍ先から攻撃が可能だった。この“短距離”空対空ミサイルはそれを実現するために中間誘導に指令誘導を採用していた。中間誘導で攻撃目標まで誘導されたＡＡ−１１は終末誘導用のＩＲシーカーを作動させ、以後は自己管制で目標を撃破する。西側の辞書にはない哲学と理論だった。Ｒ−７３の存在はまさに革命だった。
霧島のＥＳＭアンテナが捉えた正体不明の電波はまさにその中間誘導波だった。霧島の電子戦コンピュータは即座といってもいいスピードでライブラリの中からは適合する電波としてＡＡ−１１の中間誘導波をリストアップした。しかし、警告が発せられることはなかった。
その前にＡＡ−１１がエーリンのファントムを吹き飛ばしていたからだ。
「メーデー！メーデー！デルタ３０５が撃墜された。ファントム・ダウン。ファントム・ダウン。ＳＡＲチームの出動を要請する」
セージの叫びを私は遠くに聞いた。
やけに現実感が足りない。あっけない幕切れ。火の玉になって墜落するファントムはまるで悪い夢だった。パイロットの脱出は確認できなかった。確認する時間はなかった。
私はびっしりと背中に汗をかいていた。その不快な感触が、これが現実の出来事であることを示している。
ファントムのレーダー警戒受信機がレーダー波を探知していた。ＲＷＲの警告音。マスターコーションライトが点滅している。ロックオンされている。
電子戦システムが全自動でＥＣＭをかける。火薬カートリッジのパワーでチャフ・フレアを展開。
動悸が高鳴る。心臓の音がやけにうるさい。しかし、指先は冷えていた。滑らかな動きでスロットルを開く。
ミサイル回避機動を続けながら、敵機を探す。上空に４機。太陽の方角にいた。こちらの頭を抑える動き。低空に下りていたのが悔やまれる。しかし、どうにもならなかった。
「Ｓｕ−２７だ。フランカーだ」
「ちがう。Ｓｕ−３０だ。敵機は３時方向。背面降下してくる」
セージが怒鳴った。有視界のドッグファイトでＲＩＯにできることは少ない。Ｍｋ１アイボールセンサーで敵機の動きを実況報告する。
Ｇに逆らって顎を上げる。視界の端にフランカーの機影を捉える。細く突き出た機首のラインと一体化したストレーキ。後退翼。２枚の双垂直尾翼。２基のエンジン。繰り返し見た識別表のシルウェットそのままだった。複雑なパターンの迷彩も見える。巧妙に空に紛れ込んでいた。
ファントムは旋回を続ける。背面降下するフランカーの脇を抜ける機動。ＡＢを焚き続ける。離脱のタイミングを読む。
狂おしい焦燥に胸がこげる。泣きそうになる。
「応援は何時来るの！？」
「そんなもの期待するな！」
セージが怒鳴った。状況は絶望的だった。再びＲＷＲが警告を出す。私はＲＷＲのパネルを殴りつけたい衝動に駆られる。ＲＷＲが警告を出すからミサイルが飛んでくるのではないか。本気でそう思った。
どうしたこんなことになった！まるで理解できない。理解できないままに死ぬのは嫌だった。どんな理由であろうと死ぬのは嫌なものだが！
「ダメだ。ミサイル！」
Ｓｕ−３０がミサイルを発射。Ｒ−７３が２発。ファントムはフレアをばら撒く。ＥＣＭポッドがフランカーのレーダーにあらゆる妨害電波を叩きつける。力任せの弾幕妨害。孤立無援だからできる力業。
全て無意味だった。赤外線画像誘導のアーチャーにフレアは無効だ。単純な高熱源にアーチャーは反応しない。
ファントムは海面すれすれまで降りる降下旋回。もう逃れる空間がない。電波高度計が０に近い数値をＨＵＤに表示させる。海面の様子が手に取るように見えた。太陽を反射する海面が目にまぶしい。
全ての事象がコマ送りのビデオのように見える。時間の間隔がやけに遅い。１秒が１時間に感じられた。しかし、きっと全ては一瞬のことだ。
ミサイルが白い排気を引いて海面に突き刺さる。海面すれすれで飛ぶファントムを直撃する至難の業だった。
しかし、それで十分だった。海面に激突した２発のミサイルが弾頭を起爆させる。
つんのめるような衝撃。衝撃波がファントムの機体を跳ね上げた。ミサイルの破片の殆どは水面より下にあった。ファントムに直撃したのは全体に１割にも満たない。しかし、それでも１００個以上の破片が機体後部に突き刺さっていた。そのうちの幾つかはＪ７９エンジンを修復不可能なレベルで破壊していた。
警告パネルの色が赤に染まる。エンジンから異音が迸った。機体の震動が収まらない。破片の幾つかがファントムの油圧装置を破壊していた。高圧をかけている油圧が抜けるのは一瞬のことだ。油圧が抜けると機体は制御不能になる。
最後の瞬間。制御不能になる前に操縦桿を力任せに引いた。ファントムがそれに答える。老いた老兵が主の最後の命令を果たす。最後の意地を見せる。
ファントムは急上昇。速力を高度に変える。射出座席の発射に必要な最低限度の高度まで昇る。
バックミラーを見れば、機体後部の殆どを炎が舐めていた。その色が赤ではなく、白や黄色に近いことに気付いて場違いな驚きを感じる。
機体はもう保たない。爆発する。限界だった。
「イジェクト！イジェクト！イジェクト！」
私は愛機にさよならを言って、射出座席の作動リールを引いた。
視界に閃光が走る。火薬カートリッジが作動。キャノピーを吹き飛ばす。ついでロケットモーターが作動。１５Ｇかけてパイロットを機体から脱出させた。
全ては自動的だった。脱出まで３秒もかかっていない。
息のつまるようなＧが抜ける。メインパラシュートが開く。射出座席が外れる。パラシュートにぶら下がる格好になる。私は海風が思ったより強いことに気がつく。随分と流されることになりそうだった。セージのパラシュートが見える。随分と遠くに。どんどん離されていく。これはどうにもならなかった。おまけに今日は波が高い。
こんなことになるのなら、ロッカーの掃除をしておくべきだった。
ふと、そんなこと考えてしまった。葬式の時に迷惑になると思ったからだ。遺品と呼べるほどのものはない。だが、ごみだけはいくらでも詰まっている。
私は頭を振って惚けた思考を追い払う。
心配しなければならいことは他にいくらでもあった。例えば、フライトスーツのポケットに鮫除けがきちんと入っているかどうかとか。そんなことを。
空手は初段だったが、サメと格闘するわけにもいかない。
海面はもう、すぐそこだった。
つづく
視界にあるのは無限の青空だけだった。
ほぼ垂直に近い上昇角。ハイレートクライムヒル。鋭くとがった機首を垂直方向に向けてＦ−４ファントム�兇肋緇挫罅９眦截苅沓娃亜�もう少しで５０００。既に空気は希薄だった。しかし、空はまだ酸素の青さを湛えている。
上はいつでも晴れていた。晴れ晴れとした上天気。
永瀬一子少尉の気分も上天気だった。鼻歌を歌ってしまいそうになる。
エンジンの調子は素晴らしかった。エンジンの駆動音は軽快で、雷鳴のようだ。昨日の不調が嘘のようだった。昨日の不調はやはり何かの間違いだったのだ。私はそう思うことにした。
三菱重工製ターボジェットエンジン「極星」はＧＥ社のＪ７９ターボジェットの改造型だ。リヒートを使えば８ｔの推力を発揮する。オリジナルの４割増しだ。
極星は出力を強化した分だけオリジナルより寿命は短い。しかし、大きな問題にはなっていない。Ｊ７９はもとから寿命が長すぎるエンジンだった。アメリカでは用途廃棄したＪ７９が設計寿命を大量に残していること判明し、議会で問題になったほどだ。
他にも出力強化の弊害はある。オーヴァーホールの間隔は確実に短い。整備の負担は確実に増えている。しかし、撃墜されるよりはマシだった。普通は誰でもそう思う。思わないのは大蔵省の官僚ぐらいなものだ。連中は一円でも多くの軍事予算を削減することが愛国心の表明だと勘違いしている節がある。新型のＦ１００ターボファンに換装できれば、こんな無茶な改造はしないで済んだ。
日本海軍が運用する全てのファントムがＪ７９の改造型エンジンを装備していた。８０年代後半に現れたＭｉｇ２９やＳｕ−２７のような東側の第４世代型戦闘機に対抗するためだ。エンジンの改良と同時にレーダーとＦＣＳも改良された。
それでも２１世紀の現在ではファントムは完全に旧式機だった。少なくとも２０００年の最初の１０年の半ばを過ぎた現在ではそうだった。
それでも、私は構わなかった。それでいいと思う。私はファントムが好きだった。この無骨な戦闘機に乗るためにパイロットになったようなものだ。新型の零式はあまり好きになれない。
高度５５００ｍの高空は雲ひとつない上天気。そして、自分はファントムの操縦桿を握っている。人生においてこれに勝る瞬間は存在しない。心からそう思った。
例え次の瞬間にレーダー警戒受信機がロックオン警報を告げたり、艦隊司令が戦術無線に怒声をかき鳴らしても、この空にある限り、それは大きな問題ではなかった。私は無敵だ。素直にそう信じられた。
操縦桿を大きく左に倒してエルロンロール。機体を背面に入れる。重力を抜いて、レベルオフ。機体を順面に戻す。水平飛行。機首を南に向ける。ものたりなくて暫くロールを繰り返す。楽しい。
たったそれだけの動作。しかし、私は光悦さえ感じた。操縦桿とスロットルレバーの動きにファントムは全く従順だった。試しに少しだけスロットルを入れた。私の操作に極星エンジンは敏感に反応した。甲高く、エンジン音は高まる。高圧６段、低圧５段の圧縮機の低い駆動音。金属の鼓動。タービンブレードの鈍い回転音。心地よい推力５４００ｋｇのサウンド。深い安らぎさえ感じる。そして、目の届くことのない遥か彼方を見通す強力な電探。６Ｇ旋回を可能にする強固で精緻な機体構造。空対空誘導弾８発の強大な火力。それに自由に使役する力の感覚。
サーカスの猛獣使いなら、今の私の気持ちを理解してくれるだろう。私はそう思った。
「おふざけがすぎるんじゃないのかね。ウーノ」
瀬島拓海少佐は言った。うんざりとした調子で。
ファントムは世界最高の戦闘機だ。それに疑いの余地はない。
しかし、1つだけ欠点がないこともない。それは複座であることだ。タンデム複座の後席にレーダー迎撃士官を乗せている。
「これ以上ないくらいに丁寧なレベルオフだったでしょ」
「そうじゃない。どうして無意味にロールを続ける必要があった？あれでは驚きのあまり死人も飛び起きるだろう。それでなくとも曲芸飛行は電子機器に悪影響を及ぼすのだ。君は重力と加速が電子機器に及ぼす影響について、知識が不足しているように思えるな」
年の離れた上官。或いは年の離れた友人は小言が多いことで知られていた。
私はインカムのスイッチを切りたい衝動に駆られる。バックシーターさえなければ、ファントムは完全な戦闘機だ。私は心からそう思った。
保護者気取りのＲＩＯと組まされるのは最悪だ。それが４０前のハゲ親父になると最悪と通り越して劣悪なことになる。
「そりゃ、どうもすいませんね」
「それでなくともラフな飛行は体を痛めるぞ。赤ちゃんを産めなくなったらどうするつもりなんだ？」
「セージ。あんた、セクハラって言葉は知っている？」
私は最近、よく耳にするようになった和製英語を使った。
ちなみにセージとはＴＡＣネームのことだ。無線で呼びあうのに使うコールサインではない。コールサインならデルタ３０４になる。これは定期的に変更される。ＴＡＣネームはそうではなかった。パイロットの愛称のようなものだ。除隊するまで変わらない。変えられない。
瀬島だから、セージ。私はウーノ。イタリア語で１の意味。一子から少しひねった。整髪料の名前ではない。
「ただの世話話だろう。何でもかんでもセクハラ扱いする昨今の風潮は嘆かわしい。ついていけんよ」
「なら、そろそろ引退を考えるべきね。少佐？」
「馬鹿にするなよ。少尉。私はまだ現役だ。悔しかったら、一人でここから母艦に帰ってみろ」
「ぐっ・・・」
それを言われると私は酷く弱い。
Ｆ−４の戦闘システムは完全分業制だ。航法は専ら後席が担当する。前席には航法支援装備のコントロールパネルはない。もちろん、昔ながらの推測航法で帰投することは可能だ。霞ヶ浦で学ぶことはドッグファイトのやり方だけではない。航法もみっちり学んだ。しかし、何故か今では殆ど何も思い出せない。
「嘆かわしいことだ。私がフューリーを飛ばしていたころは航法から操縦まで全て一人こなしたもんだ」
フューリーとは海軍初のジェット艦上戦闘機だ。米国製のＦＪ−２のライセンス生産品。つい最近まで練習航空隊で複座型を高等練習機として使っていた。
私が入隊と入れ違いで全機引退。残念でならない。
「昔話をするのは歳を喰った証拠よ」
「いいじゃないか。少しぐらい喋らせろ。どういうわけだか知らないのだが、最近、便通が不規則なのだ。イライラして仕方がない」
「いい加減にしてよ」
私はウンザリして言った。
戦闘機を飛ばしている最中に便通の話を聞く日が来るとは思わなかった。いや、そもそもどうして私が中年親父の便通の話など聞かなくてはいけないのか。
「法務局はどうしてこの変態を逮捕しないのかしら？」
「逮捕？何の話だ？今のはただの世間話だろう？」
「絶対違う」
「やはりお通じには食物繊維がいいのか？」
「くたばれ！」
私はちらりと射出座席の作動リールに目をやった。
射出モードを後席のみにしてリールを引きたい衝動に駆られる。その場合、操縦席が射出座席のロケットモーターで火の海になるが。
視線を水平線に戻す。何もない空。そして何もない海。海に波が立っていたが、高度５０００ｍから見下ろせばそれは平坦な壁紙の模様に近い。空と海の境は曖昧だ。霞がかかってはっきりとしない。
私は水平線と計器板の間に視線をさまよわせた。パイロットにとって重要なのはその二つの間にしかない。太陽の方角と高度、大気速度以外に注意を払うべきものは何もなかった。
極星エンジンの駆動音に耳を澄ます。ターボジェットの爆音は滑らかだ。スロットの操作でそれはどんな風にでも変化した。エンジンの駆動音が体に染み込む感覚。陶酔感。そうしているかぎり、私はこの強大で精緻なメカニズムとどこまでもシンクロしていられる。
後席の友人が黙っていてくれれば。
「エーリン。俺のお姫様の尻穴がそんなに気になるのか。もう少し離れろ」
私は視界の端に僚機の姿を見とめた。
無闇に近いところを飛んでいた。編隊を維持できていない。
「ちょっと迷子になりそうで怖かったんだ」
朝倉英凛少尉はわびるように言った。英凛だから、ＴＡＣネームはエーリン。
私はスロットルを開く。エーリンとの距離を開ける。編隊を整える。
「それでいい。見張りを怠るな」
セージがベテランらしい口調で言った。
「気をつけるよ」
エーリンがそれに答えた。
しかし、私はセージの言葉が自分に向けたものであることに気づいていた。僚機に払うべき注意を欠いていた。
余所見をしていたわけでない。しかし、注意が足りなかった。
私がインカムのチャンネルが機内系であることを確認して言った。
「さっきはごめん。今日はちょっと気分が優れないのかも」
「そういうこともある。だが、気を抜いていい理由にはならん。つまらないことで僚機を失うのは愚かなことだ」
「もう怒らないで、反省しているから」
「では、和解の印としてお通じにいい健康体操のやり方を教えてもらうか」
「やっぱり、あんたは変態だ」
二人の空気がいつも同じ温度に戻る。私はほっと一息つく。
「ところで、そろそろ１２時方向に最初の目標が見えるはずだが」
「ノージョイ。まだ見えない」
セージは仕事用の口調で言った。私もそれに合わせた。
海の色は深いブルーから淡いエメラルドグリーンに変わる。陸地が近い証拠だ。この辺りは珊瑚が堆積してできた島が多い。
もちろん、島ができるには途方もない年月がかかる。そのために長い時間の中でその島々は持ち主と名前を幾つも変えた。
４０年ほど前まで、その持ち主はフランス人だった。フランスは植民地として仏領インドシナを領有し、１９４０年までインドシナ半島を植民地としていた。
そうした植民地支配が倒れた直接的な原因は本国がナチスドイツとの戦争で敗れたためだ。仏領インドシナは親ドイツのヴィシー政権の管理するところとなった。
その時、日本は日中戦争の最中だった。ナチスドイツと手を組んだ大日本帝国は援蒋ルート遮断のためにインドシナ半島に進駐。１９４０年から島の持ち主は日本人となった。
以後、１９４４年まで島々は新南諸島として大日本帝国の施政下にあった。
わずか４年でその支配が終焉を迎えたのは、大日本帝国が連合国に条件付き降伏をしたためだ。１９４４年１０月のレイテ沖海戦で連合艦隊は全滅した。しかし、それを代償としてフィリピン侵攻部隊１８万を撃破し、レイテ島から米軍は撃退することに成功した。
全ての海上戦力を喪失した大日本帝国はこれを最後のチャンスとして停戦交渉を行い、大敗にショックを受けていたアメリカと停戦にこぎつけることに成功した。欧州戦線より半年早く太平洋戦線は日本の敗北で終結したのである。
以後、群島の持ち主は転々としている。
初めにフィリピン、ついで南ベトナム。さらには中華人民共和国が領有を宣言して小競り合いを繰り返している。
近年では海底油田の発見と漁業資源、排他的経済水域のために各国が緊張関係にある。
軍事的、経済的にも無視できない意味があった。中東から日本に向かう原油を積んだタンカーはその大半がこの海域を通って日本に向かうからだ。通商航路防衛は海軍の最も基本的な任務である。
現在、スプラトリー群島の大半を実効支配しているのは中国だった。
その中国が最近妙なことを考えているらしい。そうした噂が流れた。本当かどうかは分からない。しかし、理由としてはそれで十分だった。
そうでもなければ軍事力の誇示と行使に異常なまでに慎重な日本政府が空母機動部隊を派遣するわけがなかった。
日本政府は今まで一度たりとも太平洋戦争が起きた理由を忘れることはなかったし、それは今後も永久にありえないと言えた。
石油が国家の血液であるという基本的な原則は２１世紀の現在でも有効である。
「退屈で死にそうだ」
私はこの数日の飛行に飽き飽きしていた。
飛ぶことは好きだ。それが私の生活の全てだった。
石油が国家の血液であることも分かる。それを中東から運ぶシーレーンを防衛する重要性も理解できる。
だからといって、何もない島々を高価な戦闘機を使って監視することが楽しくなるわけでもない。海も空もきれいだ。しかし、4日も同じことが続けば飽きてくる。
変わった趣味の中国人が漁船で島に乗り付けてキャンプを始めたぐらいでどうして空母機動部隊が派遣されなくてはならないのだろう。そんな馬鹿の相手は精神科医か警察と相場が決まっている。問答無用で爆撃していいのなら話は別だが。
「ぼやいても仕方がない」
慰めるようにセージは言った。
「さっさと爆撃してやればいいのよ。それで全部片がつく」
「我々はテロリストか？そんなことをすれば国際世論が黙っちゃいない」
「国際平和が危機にさらされているのよ？」
「手段を選べということさ。ヤクザの真似事をするのはヤクザだけで十分だ。紳士にいこうじゃないか」
たしなめるような口調が気に入らなかった。親子ほど歳が離れたこのバックシーターの悪癖。保護者のように振舞う。
私は操縦桿を引いて機を右急旋回させた。セージは慌てふためく。
「どうした？進路を維持しろ」
「２時方向。航跡が見える」
深い青色の海に白いウェーキーが見えた。黒板にチョークで線を引いたように見える。暗い灰色の船体は海面に紛れていた。航跡を引いていなければ気づかなかった。高度６０００ｍからでは水上艦は芥子粒に近い。
この辺りで活動中の友軍艦艇はいない。飛行前のブリーフィングでそう説明されていた。しかし、海保の船である可能性もあった。連絡の不備など珍しいことはでない。民間船舶の可能性もある。この辺りは海南島に向かう航路が走っている。
「あれは何だろう？」
「分からん。呼びかけているが応答がない」
「なら、ちょっと挨拶していこう」
少しからかってやろう。私はそう思った。
自分の思いつきに思わず拍手してしまいそうになる。私は戦闘機に乗っているのだ。戦闘機に乗っていて、ちょっとしたおふざけも許されず、余興の曲芸飛行にも文句を付けられる。それでは何の楽しみもない。
仕事は楽しんでやるものだ。どこかの偉い将軍もそんなことを言っていた。
「待て、ウーノ。不用意な接近は避けろ」
「大丈夫よ。ちょっとからかうだけだから」
機を急降下させる。パワーダイブ。降下のパワーでエンジンの推力を最大効率で活用する操縦。速度計が跳ね上がる。機速が音速を超える。南シナ海に凄まじい爆音が響く。衝撃波を纏ってファントムは所属不明艦に向けて突貫する。
「止めろ！クレージーか？ＣＡＧにどやされるぞ」
「(∩ ﾟдﾟ)アーアー聞こえない」
セージがわめく。私は無視して、機の進路を固定した。
壁紙の模様のように見えた波が立体として認識できる程度の高度。芥子粒に見えた水上艦が５００ｔクラスのコルベットに見える。
その距離まで接近したところで、私はマストで風と戯れる赤い海軍旗に気がついた。
林満夫海軍大尉は耳鳴りを抑えて双眼鏡を構えた。
既にファントムは飛び去ったあとだ。視界の中に機影を捉えることはできない。
常時、空中に補給される水蒸気が地平線に靄を作っていた。視界は不良。晴天であっても、迷彩を施した航空機を見つけるのは意外に難しい。
露天の艦橋に響くターボジェットエンジンの爆音だけが、ファントムが空中に存在することを証明していた。
まぁ、いい。目で負えなくともレーダーならファントムを捉えているだろう。林艦長はそう思うことにした。海南型哨戒艇の対空レーダーの性能や操作員の技量については考えないことにしている。幸せな気分になるとは思えないからだ。無駄に不安材料を積み上げる必要はない。退役寸前の旧式対潜哨戒艇に多くを求める方が間違っている。
「やはり、日本海軍機です。報告しましょう」
双眼鏡を構えた水上見張りが言った。
ベテランの見張り員である彼には敵機の姿が見えているらしい。
何もかも旧式で古臭い哨戒艇で、古臭い方が高性能なのは人間ぐらいなものだった。
もちろん、古臭くても役に立たない人間は一定数存在する。
例えばこの艇の政治委員などがその良い例だった。
「ついでに対空戦闘配置を命じる必要があるのでは？」
政治委員が甲高い声で言った。
林は顔面に意識を集中させた。意識しなければ思い切り眉を顰めてしまいそうだったからだ。
嫌な奴が来た。林はそう思った。
この男とは徹底して反りが合わない。きっと反りの合う人間など一人もいないだろう。彼が艇の誰かと談笑しているところを見たことが一度もない。
最近、この艇に乗組となった政治委員は誰からも蛇蝎のように嫌われていた。最初は取り成そうとする者もいた。林艦長もそうだった。彼が艇の一員となれるようにできるかぎりのことをした。しかし、今では誰も彼に話しかけようとしなくなった。
早く死ねばいいのに。アンケートをとったことはない。しかし、意識調査をすればきっとそんな回答が返ってくる。そういう確信があった。それほどまでに嫌な男だった。
「司令部に報告は上げる。だが、対空戦闘配置は必要ない」
「なぜですか？いや、もちろん艇長の命令に不服があるわけではなりません。ただ、問題が起きた際にいろいろと困ったことになりますので」
「問題など何も起きない。それとも君は日本人の戦闘機が問答無用で先制攻撃してくると思っているのか？」
「その可能性は否定できませんな」
とぼけたような口調で政治委員は言った。
ぶん殴ってやろうか。林艦長は心の底からそう思った。もちろん、そんなことはできない。党に逆らう恐ろしさは誰でもよく知っている。
「そんな可能性は万に一つもない。０だ。ナンセンスだ。それよりも奴は座標を報告して水上艦を呼び寄せるだろう。水上見張りももっとも増やす必要があるな。君は今すぐ居住区に戻って手すきの乗員を探してくるんだ。臨時の水上見張りを組織する。君も参加しろ。分かったか？」
「了解です。艇長」
ニヤリと笑みを浮かべて政治委員は言った。
回れ右をして艦橋を降りていく。その背中に蹴りをぶち込んでやりたい。林艇長は心の底からそう思った。その妄想は甘美な匂いがした。できることなら、ずっと浸っていたい。しかし、今はあまりにも時間がなかった。
「艇長。政治委員の言うことにも一理あるのでは？航空攻撃に対して一応の備えはしておくべきかと」
航海長が双眼鏡を構えながら言った。
林艦長は微かに頷いた。当然、そのことは考えてあった。
「そうしたいのは山々だが、それに意味があるとは思えない」
「この船の対空兵装では用意するだけ無駄ですか」
「残念だが、そのとおりだ」
海南型哨戒艇の主砲は５７ｍｍ連装機関砲。原型は１９５０年にソビエトが開発したＭ５０機関砲にさかのぼる。さかのぼるというよりもそれから殆ど何も進歩していない。もちろん、細かい部分は改良されている。しかし、兵器として基本的な部分は何も変わっていない。ジェット戦闘機相手にこれで何かができると考えることができるほど艦長は非常識ではなかった。
他にも海南型哨戒艇は２５ｍｍ連装機関砲を２基搭載していたが、これは５７ｍｍ機関砲よりもさらに古い砲だった。５７ｍｍ機関砲は戦後の開発だが、２５ｍｍ機関砲の開発は戦前に行われた。半世紀も前に開発された兵器なのだ。だからといって２５ｍｍ機関砲が全く無意味というわけではない。極めて堅牢で確かな設計だった。今でも完全に動作し、対空攻撃能力を有している。その能力が対空戦力としてどの程度意味があるのかは全く不明だったけれども。
皮肉なことだが、５７ｍｍ機関砲も２５ｍｍ機関砲も対空火器でありながら、その火力が意味をもつとしたらそれは水上艦を相手にした場合だけだった。その発射速度から対空戦車が対歩兵掃討兵器として用いられることは珍しくない。発射速度の早い対空機関砲の投射弾薬量は馬鹿にできない。
相手が哨戒艇クラスなら、５７ｍｍ機関砲で十分に撃沈に追い込むことは可能だ。場合によっては２５ｍｍ機関砲でも可能だろう。相手が大型艦艇でも、レーダーやアンテナの類を吹き飛ばしてやることぐらいはできる。報復攻撃で海南は木っ端微塵にされるだろうが。
しかし、対空火器としては全くの無力だ。完全な有効射程距離外。ファントムはこちらの手の内を知り尽くしている。
「悔しいが俺たちにできることは多くない。それよりも味方の戦闘機が来ることを期待しよう。そのためのフランカーだ」
林も最近、祖国が配備を進めているＳｕ−２７の高性能は聞き及んでいた。
海南島にはその基地もある。飛行するところを見学したこともある。
林はその戦闘機があまりにも美しいことに衝撃を受けた。機能美という言葉は知っていた。しかし、それが実際にどのようなものか明確なイメージがあったわけではない。林が目にしたものは機能美そのものだった。Ｓｕ−３０ＭＫＫは機能美の何たるか全身で体現していた。
もちろん、美しいだけではない。フランカーは高性能な兵器だ。あの美しい戦闘機はアメリカや日本のあらゆる戦闘機よりも強い。そう説明されていた。驚異的な機動性と強力なレーダーと空対空ミサイルを装備している。どんな戦闘機でも空中でフランカーを無視することはできない。それだけではなかった。祖国がライセンス生産しているＳｕ−３０ＭＫＫは強力な対艦ミサイルを装備し、日本人やアメリカ人の空母を攻撃することもできる。
その説明が本当のことなら、日本人の戦闘機など軽く追い払ってくれるに違いない。林はそう信じていた。
そう思わなければやっていられない。日本人の空母機動部隊はそれほどまでに恐ろしかった。
ファントムの爆音は頭上から響く。
露天艦橋の海南は外からの音を遮ることができない。
故に、林はファントムのエンジン音以外に響く、別の何かを聞き取ることができた。ファントムのエンジン音よりも小さい。しかし、それよりも遥かに高い音だった。甲高いとも言える。高速で回転するモーターのような音だった。どこか聞き覚えのある音。思い出せない。
もう１機別の飛行機がいるのかもしれない。林はそう思った。見落としがあった可能性は否定できない。
双眼鏡を構えて水平線に視線をさまよわせる。
幸運にも今度は簡単に見つけることができた。
その飛行機は超低空を飛行していた。自殺志願のような超低空飛行。しかし、コクピットはついていなかった。パイロットも乗っていない。主翼も小さい。上下左右に１枚ずつ。それが２段あった。どこかで見たことがある形をしていた。尾部から推進炎を引いていた。まるで宇宙ロケットのようだ。というよりも、まさにロケットそのものだった。
弾頭に誘導装置を組み込んだ場合、それはミサイルと呼ばれる。
「馬鹿な！」
林が命令を叫ぶ前にミサイルは海南の中央に命中。弾頭を起爆させた。
突入速度はマッハ４。船体中央に命中したミサイルが閃光と衝撃波に変わる。高熱と衝撃波が船体を強打し、上部構造を吹き飛ばす。甲板の上にいた人間は最初の命中で全員が即死。船内にいた乗員もすぐにその後を追った。弾頭は半徹甲榴弾だった。衝撃波と同時に広がったスプリンターが乗員を抹殺した。超音速で飛来する鋭利な鉄の破片は人体を簡単に破壊した。剃刀の雨を浴びるようなものだ。さらに飛散したロケットモーターの燃料が鎮火不可能な火災を発生させる。また、その火災に対応すべき人間の殆どがミサイル命中から１０秒以内に死亡するか負傷していた。
ミサイルはさらに３発、海南に命中した。最後のミサイルは海南が沈没した海面に命中した。生き残っていた最後の乗員がそれで死んだ。
「ウーノ。今のを見たか！？」
セージが叫んだ。
私は答える前に深く呼吸した。冷たい酸素を吸う。そして、呼気を吐いた。私は自分の呼気が意外にも熱くなっていることに気づく。酸素マスクにこもった息が無闇に熱い。
突然の惨劇に興奮しているのか。
そうではなかった。背筋を這い登る悪寒がそれを否定している。
これは恐れだった。自分は何か今とてつもない陰謀に巻き込まれようとしている。直感がそう告げている。何かがヤバイ。
私は努力して平静を装う。
「セージ。私が居眠りをしていたと思うの？ミサイルが４発命中した。コルベットが木っ端微塵になった。あれでは誰も助からないだろう」
「くそっ！なんてこった。レーダーには何の異常もなかったぞ」
「シースキマー型の対艦ミサイルならレーダーで探知できなくても不思議じゃない。ステルス巡航ミサイルの可能性もある」
「シースキマーの対艦ミサイルに、ステルス巡航ミサイルか。なんだか楽しくなってくるな。誰がこんなことをした」
「それを調べるのは情報部の仕事。私たちの仕事じゃない」
私は親指でストットルの戦術無線システムの周波数を切り替えた。空電が走り、無線がホームプレートにつながる。
ホームプレートとは母艦のことだ。満載排水量８５０００ｔの航空母艦「大鳳」。戦闘指揮所はデータリンクとレーダーで常に飛行中の艦載機の行動をモニターしている。
「ホームプレート。こちらデルタ３０４。緊急事態が発生。指示を請う」
「残燃料を報告してくれ。あと何分飛べる？」
ＣＤＣの指揮要員が言った。
大鳳の戦闘指揮所には飛行中の航空機を管制する指揮要員が詰めている。指揮要員は常にレーダーで管制下にある航空機をモニターしている。この辺りは空軍のＣＧＩと同じだ。
「あと３０分は飛べる。それ以上飛ぶなら空中給油がいるよ」
「了解した。今、給油機があがった。その場にとどまって、周囲を調査してほしい。給油機との会合地点は追って指示を出す。ユー・コピー？」
「アイ・コピー。命令を実行する」
私は機を左旋回させた。ラダーを蹴る。機首を海面に向けて緩い降下旋回。
「エーリンは上空直援。やばそうなら直ぐにケツまくれるようにしておきたい」
私はファントムを操っている間にセージが僚機に指示を出す。分業制の利点だ。操縦に集中できる。
エーリンからの返信。通信機のクリック音が二つ。ジッパー・コード。時間がないときはそれで意思疎通する。今のは了解の意。
ファントムは左旋回しつつ高度を落とす。ラダーを使って必要以上に降下しないように機位を保持。高度１００ｍまで降りる。既に十分なほどに低空飛行。エアブレーキでスピードを殺す。
私は波の高い海面を見下ろした。
海面の波は高い。しかし、白波というほどではない。漂流物はあまり多くない。沈没まで時間があまりなかった。轟沈という奴だ。それでも死体が幾つか波間を漂っていた。真新しい死体だった。手足がちぎれていなかったら、眠っているように見えるかもしれない。海面には船の燃料が油の帯を作っていた。綺麗な珊瑚を重油の黒く汚している。
私は機首をわずかに右に振った。機が黒煙の中に入らないようにする。船体は全て水面下にある。それでも水面に浮かんだ油が少し燃えていた。重油が燃えると水で消すのは難しい。
「デルタ３０４｡こちらホームプレート。生存者は発見できたか？」
「ネガティブ。それらしい人影は見えない。みんな死んでいる」
仮に生きていたとしても救助を求めるとは限らなかった。警戒している可能性がある。
「生存者の捜索ならヘリの仕事だ。高度をとったほうがいい。低空飛行は危険だ。どうも臭い。嫌な感じがする」
レーダーを素早く操作しながらセージが言った。
セージはフード付パッドに額を押し付けレーダーディスプレイに神経を凝らしていた。レーダーを操作するダイヤルとハンドコントロールバーの間を指先が凄まじいスピードで行き来している。
プロのピアニスト並の指運びだった。しかも、ＲＩＯはそれを亜音速で飛んでいる６Ｇ旋回中のファントムコクピットでこなしてしまう。
「シークラッターが酷い。ルックダウンするとディスプレイが真っ白になる」
「ＡＰＧ−６５でもだめ？」
「オリジナルよりはまだマシだ。全く見えないわけではない。エーリン、そっちで何か見えるか？」
Ｆ−４ファントム�兇錬牽闇�代後半に大規模な近代化改造を受けた。
レーダーはＦ／Ａ−１８のＡＰＧ−６５パルス・ドップラーレーダーに換装。アナログコンピューターをデジタル式の最新型に変更した。エンジンもＪ７９の改造型に換装し、リングレーザージャイロ等航法装備も改善された。光学照準機もＨＵＤに変わっている。これはＦ／Ａ−１８と同じものだ。他にも細かいところに全て手が入っている。電力消費が増えたので発電機やバッテリーも追加していた。
新しく装備されたＡＰＧ−６５はオリジナルのＡＰＱ−１２０に比べれば、格段に優れたレーダーだった。コンピュータの性能が向上し、生のデータにコンピュータがフィルタリングを施すことで単座機でも高度な電子捜索戦闘が可能だ。
生のデータを人間が経験と勘で処理していたファントムとは次元の違う性能。捜索距離も格段に向上している。しかし、コンピュータは融通が効かないという欠点がある。フィルタリング処理の設定を誤ると致命的なことになる。
「ネガティブ・コンタクト。空域はクリアだ」
この時上空直援をしていたエーリンのファントムがまさにそうだった。
海面が荒れた時にシークラッターを除去するためにフィルターをきつめに設定する必要がある。しかし、それは同時に本当に警戒すべき対象をノイズとしてコンピュータが誤断する危険性があった。
用心深い古兵ならフィルターの設定を工夫することでそれを回避できる可能性があった。しかし、エーリンのＲＩＯは経験が不足していた。用心深いともいえなかった。
彼らはエーリンとその相棒に欠けていたどちらの要素も豊富に揃えていた。超低空飛行で、不規則な転陀と加速、減速を繰り返していた。その機動はＡＰＧ−６５パルス・ドップラーレーダーの信号処理ロジックパターンに則った飛行だ。ＡＰＧ−６５のコンピュータはそうしたダンスをシークラッターとして認識した。レーダーのロジックパターンや使用する周波数帯はＥＬＩＮＴや諜報活動によって入手可能だ。それが可能なら、どうすればレーダーを騙すことができるかもわかる。レーダーを誤魔化すダンスを踊ることもできる。レーダーディスプレイには何の反応も現れない。
彼らは攻撃の総仕上げの段階でも全く用心深く行動した。攻撃をかける際に必要な攻撃諸源を得るためにレーダーを使わなかった。彼らの愛機が装備するＩＲＳＴとはまさにそうした状況において最適の装備だった。ＩＲＳＴの捜索は方位しか分からないという欠点があるが、それは逆探知したファントムのレーダー波を活用することで解決された。それでも完全な攻撃諸源とはいえなかったが、それは手数で補える問題だった。
最初の危険の兆候を感じ取ったのは、その場から３００ｋｍ離れたミサイル巡洋艦「霧島」だった。霧島のＥＳＭアンテナが不明な周波数の電波を受信していた。既に彼らの行動は最終段階に入っていた。
ＡＡ−１１のコードネームが振られたＲ−７３短距離空対空ミサイルは世界初のオフボアサイト攻撃が可能な高機動ミサイルだ。東西ドイツ統一で東ドイツ空軍が持っていたそれを西側関係者が手に入れた。Ｒ−７３は様々な試験の結果、西側が開発したあらゆる短距離空対空ミサイルよりも優れていることが判明し、関係者に衝撃を与えた。特にヘルメットキューイングシステムとＲ−７３を組み合わせたオフボアサイト攻撃能力は旧来的な格闘戦の終焉を意味するほど画期的な発明だった。しかし、機動性と同じレベルで関係者を恐怖させたのは、その射程距離だった。
ミサイルの射程距離は母機の速度と目標の速度、高度、運動ベクトル等複雑なパラメーターを含む計算を経るため一概には言えない。しかし、場合によっては、Ｒ−７３は４０ｋｍ先から攻撃が可能だった。この“短距離”空対空ミサイルはそれを実現するために中間誘導に指令誘導を採用していた。中間誘導で攻撃目標まで誘導されたＡＡ−１１は終末誘導用のＩＲシーカーを作動させ、以後は自己管制で目標を撃破する。西側の辞書にはない哲学と理論だった。Ｒ−７３の存在はまさに革命だった。
霧島のＥＳＭアンテナが捉えた正体不明の電波はまさにその中間誘導波だった。霧島の電子戦コンピュータは即座といってもいいスピードでライブラリの中からは適合する電波としてＡＡ−１１の中間誘導波をリストアップした。しかし、警告が発せられることはなかった。
その前にＡＡ−１１がエーリンのファントムを吹き飛ばしていたからだ。
「メーデー！メーデー！デルタ３０５が撃墜された。ファントム・ダウン。ファントム・ダウン。ＳＡＲチームの出動を要請する」
セージの叫びを私は遠くに聞いた。
やけに現実感が足りない。あっけない幕切れ。火の玉になって墜落するファントムはまるで悪い夢だった。パイロットの脱出は確認できなかった。確認する時間はなかった。
私はびっしりと背中に汗をかいていた。その不快な感触が、これが現実の出来事であることを示している。
ファントムのレーダー警戒受信機がレーダー波を探知していた。ＲＷＲの警告音。マスターコーションライトが点滅している。ロックオンされている。
電子戦システムが全自動でＥＣＭをかける。火薬カートリッジのパワーでチャフ・フレアを展開。
動悸が高鳴る。心臓の音がやけにうるさい。しかし、指先は冷えていた。滑らかな動きでスロットルを開く。
ミサイル回避機動を続けながら、敵機を探す。上空に４機。太陽の方角にいた。こちらの頭を抑える動き。低空に下りていたのが悔やまれる。しかし、どうにもならなかった。
「Ｓｕ−２７だ。フランカーだ」
「ちがう。Ｓｕ−３０だ。敵機は３時方向。背面降下してくる」
セージが怒鳴った。有視界のドッグファイトでＲＩＯにできることは少ない。Ｍｋ１アイボールセンサーで敵機の動きを実況報告する。
Ｇに逆らって顎を上げる。視界の端にフランカーの機影を捉える。細く突き出た機首のラインと一体化したストレーキ。後退翼。２枚の双垂直尾翼。２基のエンジン。繰り返し見た識別表のシルウェットそのままだった。複雑なパターンの迷彩も見える。巧妙に空に紛れ込んでいた。
ファントムは旋回を続ける。背面降下するフランカーの脇を抜ける機動。ＡＢを焚き続ける。離脱のタイミングを読む。
狂おしい焦燥に胸がこげる。泣きそうになる。
「応援は何時来るの！？」
「そんなもの期待するな！」
セージが怒鳴った。状況は絶望的だった。再びＲＷＲが警告を出す。私はＲＷＲのパネルを殴りつけたい衝動に駆られる。ＲＷＲが警告を出すからミサイルが飛んでくるのではないか。本気でそう思った。
どうしたこんなことになった！まるで理解できない。理解できないままに死ぬのは嫌だった。どんな理由であろうと死ぬのは嫌なものだが！
「ダメだ。ミサイル！」
Ｓｕ−３０がミサイルを発射。Ｒ−７３が２発。ファントムはフレアをばら撒く。ＥＣＭポッドがフランカーのレーダーにあらゆる妨害電波を叩きつける。力任せの弾幕妨害。孤立無援だからできる力業。
全て無意味だった。赤外線画像誘導のアーチャーにフレアは無効だ。単純な高熱源にアーチャーは反応しない。
ファントムは海面すれすれまで降りる降下旋回。もう逃れる空間がない。電波高度計が０に近い数値をＨＵＤに表示させる。海面の様子が手に取るように見えた。太陽を反射する海面が目にまぶしい。
全ての事象がコマ送りのビデオのように見える。時間の間隔がやけに遅い。１秒が１時間に感じられた。しかし、きっと全ては一瞬のことだ。
ミサイルが白い排気を引いて海面に突き刺さる。海面すれすれで飛ぶファントムを直撃する至難の業だった。
しかし、それで十分だった。海面に激突した２発のミサイルが弾頭を起爆させる。
つんのめるような衝撃。衝撃波がファントムの機体を跳ね上げた。ミサイルの破片の殆どは水面より下にあった。ファントムに直撃したのは全体に１割にも満たない。しかし、それでも１００個以上の破片が機体後部に突き刺さっていた。そのうちの幾つかはＪ７９エンジンを修復不可能なレベルで破壊していた。
警告パネルの色が赤に染まる。エンジンから異音が迸った。機体の震動が収まらない。破片の幾つかがファントムの油圧装置を破壊していた。高圧をかけている油圧が抜けるのは一瞬のことだ。油圧が抜けると機体は制御不能になる。
最後の瞬間。制御不能になる前に操縦桿を力任せに引いた。ファントムがそれに答える。老いた老兵が主の最後の命令を果たす。最後の意地を見せる。
ファントムは急上昇。速力を高度に変える。射出座席の発射に必要な最低限度の高度まで昇る。
バックミラーを見れば、機体後部の殆どを炎が舐めていた。その色が赤ではなく、白や黄色に近いことに気付いて場違いな驚きを感じる。
機体はもう保たない。爆発する。限界だった。
「イジェクト！イジェクト！イジェクト！」
私は愛機にさよならを言って、射出座席の作動リールを引いた。
視界に閃光が走る。火薬カートリッジが作動。キャノピーを吹き飛ばす。ついでロケットモーターが作動。１５Ｇかけてパイロットを機体から脱出させた。
全ては自動的だった。脱出まで３秒もかかっていない。
息のつまるようなＧが抜ける。メインパラシュートが開く。射出座席が外れる。パラシュートにぶら下がる格好になる。私は海風が思ったより強いことに気がつく。随分と流されることになりそうだった。セージのパラシュートが見える。随分と遠くに。どんどん離されていく。これはどうにもならなかった。おまけに今日は波が高い。
こんなことになるのなら、ロッカーの掃除をしておくべきだった。
ふと、そんなこと考えてしまった。葬式の時に迷惑になると思ったからだ。遺品と呼べるほどのものはない。だが、ごみだけはいくらでも詰まっている。
私は頭を振って惚けた思考を追い払う。
心配しなければならいことは他にいくらでもあった。例えば、フライトスーツのポケットに鮫除けがきちんと入っているかどうかとか。そんなことを。
空手は初段だったが、サメと格闘するわけにもいかない。
海面はもう、すぐそこだった。
つづく
2008年01月20日(日) 14:29:27 Modified by suzukitomio2001