GD1942 1939年part1

1939年6月25日 ワルシャワ ポーランド
「それでは…貴方は、ソビエトが我が国を侵略するとおっしゃるのですか?」
ポーランドの首相、フェリツィアン・スワヴォイ=スクワトコフスキは訪問者にあからさまな不信の表情を向けた。

「その通りです、閣下。」
出された紅茶を飲みながらローゼンベルクは答えた。
「かなりの確立で、それも今年のうちに。」
「…私にはスターリンのものより、貴方がたのナイフのほうが鋭く見えるのですが?」
スクワトコフスキは皮肉たっぷりに切り返す。
「我が国は不可侵条約を遵守しておりますよ。」
「いかにも。しかし、それはかの国も同様です。」

(馬鹿め。中立条約などソビエトには何の効果もない。)
ローゼンベルクは内心で毒気づいた。
「我々は民主的な国家運営を行っております。しかしスターリンはそうではない。」
「民主的という言葉には軍縮や平和と言う意味が含まれておりませんからな。」
「我々の軍備拡張は、まさにソビエトの侵略に備えるものです。
 貴国との戦争を睨んだものではありません。」
「それはスターリンとて同じでしょう。
 そもそも、ドイツの軍拡がスターリンを刺激しているのでは無いと、なぜ言い切れるのですか?」
確かに正論だ。
だがそれは、卵が先か鶏が先かというどうしようもない性質の問題だった。
そもそも正論だけでは次の戦争を生き延びられない。

「閣下のお耳には届いていないかもしれませんが、ソビエトは5月に東アジアでも策動しているのですよ?
 満州とモンゴルの国境です。
 現時点で少なくとも数個大隊規模で戦闘が行われており、今後その規模は軍団単位まで拡大されるでしょう。
 これは、スターリンの拡張思考を垣間見たと言えませんか?」
「…なるほど、それは知りませんでした。
 ですが、我々もソビエトに対して何の備えも行っていないというわけではないのです。
 それにしても、貴方達はずいぶんといい耳をお持ちのようだ。」
(よし、ここからだな。)
「ありがとうございます。
 我々としても貴国の軍隊が勇敢である事に、微塵の疑問もございません。
 ですが、貴国の防衛計画には英仏からの支援が織り込まれておりませんか?」
「流石は独逸の外相だけはある、そこまでご存知でしたか。
 我が国の危機ともなれば、英仏からの支援が続々と到着する事でしょう。」
言葉の裏に”独逸が侵攻して来ても”と暗に示されていることをローゼンベルクは理解していた。
「確かに英仏軍が駆けつけてくれれば心強いでしょう。
 駆けつけてくれれば、ですが。」
「…英仏が我が国を見捨てるとでも?」
(本当におめでたい奴だ。自分の身は自分で守るのが当たり前だというのに。)
「必ずしもそうとは申しません。
 ですが、支援してくれるとしても間に合わないかもしれません。」
「間に合いますよ。前線では強固な防衛線が持ちこたえ、敵の背後を英仏が突く。」
「ですが、それは我が国を仮想敵国とした場合だけに通じるものでありましょう。」
スクワトコフスキが思わず対独戦構想を元にした発言をしてしまう。
「いや、これは失礼しました。」
「いえ、お気になさらず。
 ただ、貴国の防備は、東方からの侵攻にあまりにも脆弱なように思えるのです。
 西方と同規模、とまでは申しませんが東方についても必要最低限の防備を
 お考えになった方が良ろしいのではないでしょうか?」

熱いのか冷たいのか分からない、不愉快な雰囲気が流れる。
("そうやってドイツ国境の兵力を少しでも減らそうと企んでいるのだろう?"とでも言わんばかりだな。)
ローゼンベルクは意を決した。

「貴国が存亡の危機に瀕したとき、ドイツは貴国を支援する事が出来ます。」
あまりにも意表をついた提案だったので、スクワトコフスキは耳を疑った。
「…なんですと?」
「我が国は貴国と陸続きです。
 貴国の要請さえあれば、正規軍による直接戦闘を含む、あらゆる軍事支援を速やかに提供できます。」
スクワトコフスキの目がまん丸になっている。
ロシア人を全く脅威と思っていないわけではないので、今までの話を聞いて対ソ防備の不十分さは不安に思ったが、
今までが今までだけに、”これは、ドイツ軍が国境を突破するための罠か?”と勘ぐってしまう。
長年の仮想敵から軍事支援を申し出られたのだから無理も無い。
「我々は東プロイセン及び本国から、陸軍及び空軍による軍事支援を行う事が可能です。」
「…本当にソビエトが侵攻してくるのであれば非常に魅力的な提案ですな。
 英仏よりも速やかな支援、ということに疑いは無い。」
少しはスクワトコフスキも話を聞けるようになってきたようだ。
「そうでしょうとも。要請さえいただければ、ドイツは貴国を積極的に支援いたします。」

「…で、ドイツはその支援と引き換えに何をお望みなのかな?」
「まず、ドイツ軍はポーランド軍の指揮下に入らず、独自に行動できること。
 次に、貴国内の軍事施設をドイツ軍が共用できる事。」
「なるほど、まぁ…当然の事でしょうな。」

そして要求の核心を切り出す事にする。
「最後に、ヴェルサイユ条約によって失われたダンツィヒ回廊など旧ドイツ領を返還していただく事。」
「!…それは、」
「何か問題がありますか?もともと我が国の領土だったのです。
 国家存亡の危機を救う軍事支援が、領土の返還だけで済むと思えば安いものではありませんか。
 10を守ろうとして10を失うよりは、8を確実に守るほうが良いでしょう。」
「不可能だ。」
「ワルシャワに赤旗が掲げられてもそう言えますか?
 もちろん、貴国の領土からソビエト軍を追い出してからで結構です。」

スクワトコフスキの内心では混乱状態だった
”ソビエトは本当に攻めてくるのか?そのとき英仏は助けてくれないのか?”
”いや、きっと助けてくれるはずだ。だが対ソ戦でも間に合うのか…”
”仮に、ドイツに支援を要請したとして、旧ドイツ領の返還を世論が許すのか?”
”そもそも、ドイツ軍が侵攻するためのわなではないのか?”
”まてよ?ソビエトとドイツが共謀しているのではないか?”
”いやいや、ここ数年の独ソ関係は悪化したと言うレベルのものではない。”

深刻な表情で黙り込んでしまったスクワトコフスキを見て、それなりに手ごたえを感じたローゼンベルクは会談を終了する事にした。
「…閣下にもいろいろとお考えはありましょうから、今日はこのあたりで失礼させて頂きます。」
「あ、ああ、そうですね。」
「ソビエトが攻めて来なければ、この様な無粋な会談をせずにすむのですが。」
ローゼンベルクは立ち上がって握手をしながら言った。

車に乗る寸前、我々は貴国を支援できる。その事をお忘れなきよう。
とローゼンベルクは改めて強調するように言った。


1ヵ月後、ソビエト軍の動きが活発になっている事を察知したポーランドは、
ドイツ国境に貼り付けていた師団のいくつかをソビエト国境に移動した。

さらに1ヵ月後、ソビエトはポーランド侵攻作戦を開始した。
ポーランド・ソビエト国境の防御陣地の構築・強化は完了していなかった。
2007年02月26日(月) 17:00:39 Modified by ID:3tf26dfwlA




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