私が記憶するいちばんはじめの感情は空腹だったように思う。感情というよりも衝動に近いだろうか。すべての幼子が食べ物を与えられることを求めてそうするように、私も泣き喚いたのだろう。それでもその叫びはだれにも届くことなく、暗い森の中に溶けていく。その情景を覚えているわけではないけれど、私はあざやかに思い浮かべることができる。
うっそうと茂る森の中、ひとり泣き叫ぶ幼い自分を。
そして、そんな私を見つけてくれたあの人の青白い手を。
* * *
──げて……! おねがい! 逃げて!!
窓から差し込んでくる眩い日差しに目を覚ました。まぶたを開けても視界がぼやけて、目元に手をやると自分が涙を流していることに気が付く。また、同じ夢を見ていたらしい。下の階からは和やかな笑い声が聞こえてきて、ようやく私はここがあの森の小さな小屋ではないとわかる。あたたかなベッドから出て、思わず自嘲の笑みがこぼれた。
こんなにあたたかくて、明るくて、優しい場所が私の居場所なはずはないのに。
今日の夢では、あの人はちゃんと逃げられただろうか。
いつもと同じ行く宛てもない思いが頭をめぐる。答えは分かっているのに、私の脳はどうしても違う答えがどこかの世界にあることを求めているらしい。軽く頭を振って堂々巡りの思考を払った。早く下に降りないとみんなが心配するかもしれない。軽くベッドを整えて顔を洗い、服を着替えると、部屋に備え付けられた鏡台の前に座った。頬に薄く広がる青い痣をコンシーラーで塗りつぶす。こんな風に覆い隠すことで、本当になくなったらいいのに。そうしたら私もきっと、みんなとちゃんと仲間になれる。
──逃げて……! お母さん!
悲痛な叫びが頭の中にこだまする。喉を振り絞るように声を上げた、そのときの喉の痛みを今でも鮮明に覚えている。縋るように、必死にそう叫んだのに、駆け寄ることはできず、それどころか私の足はあの人とは反対方向に駆けていったことも。
この痛みが消えない限り、この罪が消えない限り、私は誰といることも許されない。
いつだって、私の居場所はあの暗い森の闇にしかないのだ。
つづく
うっそうと茂る森の中、ひとり泣き叫ぶ幼い自分を。
そして、そんな私を見つけてくれたあの人の青白い手を。
* * *
──げて……! おねがい! 逃げて!!
窓から差し込んでくる眩い日差しに目を覚ました。まぶたを開けても視界がぼやけて、目元に手をやると自分が涙を流していることに気が付く。また、同じ夢を見ていたらしい。下の階からは和やかな笑い声が聞こえてきて、ようやく私はここがあの森の小さな小屋ではないとわかる。あたたかなベッドから出て、思わず自嘲の笑みがこぼれた。
こんなにあたたかくて、明るくて、優しい場所が私の居場所なはずはないのに。
今日の夢では、あの人はちゃんと逃げられただろうか。
いつもと同じ行く宛てもない思いが頭をめぐる。答えは分かっているのに、私の脳はどうしても違う答えがどこかの世界にあることを求めているらしい。軽く頭を振って堂々巡りの思考を払った。早く下に降りないとみんなが心配するかもしれない。軽くベッドを整えて顔を洗い、服を着替えると、部屋に備え付けられた鏡台の前に座った。頬に薄く広がる青い痣をコンシーラーで塗りつぶす。こんな風に覆い隠すことで、本当になくなったらいいのに。そうしたら私もきっと、みんなとちゃんと仲間になれる。
──逃げて……! お母さん!
悲痛な叫びが頭の中にこだまする。喉を振り絞るように声を上げた、そのときの喉の痛みを今でも鮮明に覚えている。縋るように、必死にそう叫んだのに、駆け寄ることはできず、それどころか私の足はあの人とは反対方向に駆けていったことも。
この痛みが消えない限り、この罪が消えない限り、私は誰といることも許されない。
いつだって、私の居場所はあの暗い森の闇にしかないのだ。
つづく
このページへのコメント
やみふあうぉうお。
早く打ち明けられる日がきてほしいです