浮遊する感覚の中、誰かが自分を呼ぶ声がする。
この感覚は、前にもどこかで感じたものがあった。それはいつでも側にあって、無くならない、と思っていたもの。
あの時自分は、どうしていればよかったのだろうか。
もう2度と、取り戻すことはできないのか。
〜〜
ミリアルド。
意識が開けると、見知った人の姿が目に入る。
まだ仕事してるの?
そう言われると手にしているものは、明らかに業務に関係したものだった。
そんなのいいからさ、お庭に行こう。
その人は、私が手にしていたものを奪うと、私の手を取り廊下を足早に進んだ。いつもなら動きを制するところだが、どうしてかうまく行かない。引っ張られるがままに、建物から外に出た。
ほら見て!
しばらく走ると低めの丘で歩みは止まった。指差す先にはポツンと苗木が植えられていた。
これだよ。君が昨日庭の手入れをしていたのを見て、植えてみたんだ。
早く大きくならないかなあ。
決してきれいとは言えない植え方ではあったが、本人が楽しそうにしているのが何よりだった。
別に毎回誉めなくてもいいのに。
ため息をついて土をならし始めた。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。この方のお気持ちを図るのは難しい。
謝るのもなし!
私はここの従者であるので、これが私の仕事ではあるのだが。
...なつかしい。もうしばらく、誰かに仕えることはしていなかった。
でもどうしてあの方が、今、私の目の前にいらっしゃるのか?
もういいからさ、こっちに来て。
いつの間にか芝生の上に座っていて、隣に来るよう促される。直に座られてはお召し物が汚れてしまうのに。
ほら早く。あれを見て。
促された方向に視線を向けると、真っ赤な夕空がそこにあった。
オレンジとも赤とも言いがたいいろんな色が散りばめられていて、地平線にもうすぐ沈む太陽が最後の灯火のように燃えている。
視界いっぱいに広がった赤とオレンジのグラデーションには、雲ひとつない。
ここでこんなにきれいな景色が見れると思わなかったでしょ?
得意気な顔が眩しくて、思わず頬が緩んだ。そうだった。自分はこの笑顔を守りたくて、ここにいたんだ。
このゆったりと流れる時間が、いつまでも続くように、願っていた。
無理だよ。だってお前は...
口は動いているのに段々声が消えていく。もう一度聞き直そうとしても、聞こえなくなってしまった。
そうしているうちに、地平線の赤が境界を越え、柔らかな芝生がどんどん赤くなっていく。
声が聞こえない代わりにパチパチと弾ける音が大きくなっていく。
あの方が、燃えていた。
名前を呼び、火を払おうとするのに届かない。
笑顔のまま溶けていく大切な人。燃える音が大きくなり、耳が痛くなる程に響く。手を伸ばそうとするのに動かない。耳鳴りがひどく頭を締め付ける。
あの人が、自分の名前を呼んでいる。
なのに手を伸ばしても届かない。
視界が霞み炎は勢いを増した。
...ルト。ミ...ルト。ミリ...!
自分はまた、何もできずに、失ってしまうのか。
〜〜
「ミリアルト!」
ハッと目を開けると、宿の天井が目に入る。自分は部屋のベッドで横たわっていた。
「クルト!ミリアルトおきた!」
声の主に目を向けると、自分の側にカトヤルカ様がいる。
今までのは夢だったのか。
「...倒れたって、きいて」
カトヤルカ様の顔がどんどん険しくなり、こちらを睨んでいる。それ以上の言葉はなく、ぐっと小さな拳が力んでいた。睨む瞳が涙で潤んでいく。
「心配かけてんじゃないわよ!ミリアルトのくせに...ミリアルトのくせに」
「...申し訳、ありません」
そうだった。昨日自分は戦闘の中で負傷し意識を失ったのだった。
でもなぜ、カトヤルカ様が。
「今日はお母様がいいって言ってくださったから、ミリアルトのところに、行こうと思って」
言葉を続けようとして、きゅっと唇を結んだ。
「いなくならなくて、よかった」
不安そうなお嬢様の表情を見て、今の自分が守るべきものを再認識した。
あの時は無理だったかもしれない。いや、今でも諦めたことはない。
とはいえ、目の前にいるお嬢様を守れないようでは駄目だ。
「私はいなくなったりしませんよ。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「もういいから、今日はゆっくり休みなさい」
「いえ、せっかくお嬢様が来てくださったのですから」
くっと腕に力を入れ、上半身を起こす。
「いいの!」
細い腕が自分の動きを制する。
「調子の悪いミリアルトなんて、あぶなっかしくてつれ回せないわ」
カトヤルカ様は、くるりと踵を返すと部屋の隅にあった小さなスツールを持ってきた。
「今日はここで、わたしの話し相手になりなさい!これはめいれい!」
腕を組んで頬を膨らませるお嬢様の表情は、心なしか明るかった。
「...承知しました」
自分がいることでお嬢様を笑顔にできるなら、どれだけでも尽くそう。
夢の中で見たあの人に、いつか顔向けできるように。目の前の大切な方が、幸せでいてくださるように。
カーテンの隙間から差し込む光がお嬢様をやさしく照らしていた。
fin
この感覚は、前にもどこかで感じたものがあった。それはいつでも側にあって、無くならない、と思っていたもの。
あの時自分は、どうしていればよかったのだろうか。
もう2度と、取り戻すことはできないのか。
〜〜
ミリアルド。
意識が開けると、見知った人の姿が目に入る。
まだ仕事してるの?
そう言われると手にしているものは、明らかに業務に関係したものだった。
そんなのいいからさ、お庭に行こう。
その人は、私が手にしていたものを奪うと、私の手を取り廊下を足早に進んだ。いつもなら動きを制するところだが、どうしてかうまく行かない。引っ張られるがままに、建物から外に出た。
ほら見て!
しばらく走ると低めの丘で歩みは止まった。指差す先にはポツンと苗木が植えられていた。
これだよ。君が昨日庭の手入れをしていたのを見て、植えてみたんだ。
早く大きくならないかなあ。
決してきれいとは言えない植え方ではあったが、本人が楽しそうにしているのが何よりだった。
別に毎回誉めなくてもいいのに。
ため息をついて土をならし始めた。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。この方のお気持ちを図るのは難しい。
謝るのもなし!
私はここの従者であるので、これが私の仕事ではあるのだが。
...なつかしい。もうしばらく、誰かに仕えることはしていなかった。
でもどうしてあの方が、今、私の目の前にいらっしゃるのか?
もういいからさ、こっちに来て。
いつの間にか芝生の上に座っていて、隣に来るよう促される。直に座られてはお召し物が汚れてしまうのに。
ほら早く。あれを見て。
促された方向に視線を向けると、真っ赤な夕空がそこにあった。
オレンジとも赤とも言いがたいいろんな色が散りばめられていて、地平線にもうすぐ沈む太陽が最後の灯火のように燃えている。
視界いっぱいに広がった赤とオレンジのグラデーションには、雲ひとつない。
ここでこんなにきれいな景色が見れると思わなかったでしょ?
得意気な顔が眩しくて、思わず頬が緩んだ。そうだった。自分はこの笑顔を守りたくて、ここにいたんだ。
このゆったりと流れる時間が、いつまでも続くように、願っていた。
無理だよ。だってお前は...
口は動いているのに段々声が消えていく。もう一度聞き直そうとしても、聞こえなくなってしまった。
そうしているうちに、地平線の赤が境界を越え、柔らかな芝生がどんどん赤くなっていく。
声が聞こえない代わりにパチパチと弾ける音が大きくなっていく。
あの方が、燃えていた。
名前を呼び、火を払おうとするのに届かない。
笑顔のまま溶けていく大切な人。燃える音が大きくなり、耳が痛くなる程に響く。手を伸ばそうとするのに動かない。耳鳴りがひどく頭を締め付ける。
あの人が、自分の名前を呼んでいる。
なのに手を伸ばしても届かない。
視界が霞み炎は勢いを増した。
...ルト。ミ...ルト。ミリ...!
自分はまた、何もできずに、失ってしまうのか。
〜〜
「ミリアルト!」
ハッと目を開けると、宿の天井が目に入る。自分は部屋のベッドで横たわっていた。
「クルト!ミリアルトおきた!」
声の主に目を向けると、自分の側にカトヤルカ様がいる。
今までのは夢だったのか。
「...倒れたって、きいて」
カトヤルカ様の顔がどんどん険しくなり、こちらを睨んでいる。それ以上の言葉はなく、ぐっと小さな拳が力んでいた。睨む瞳が涙で潤んでいく。
「心配かけてんじゃないわよ!ミリアルトのくせに...ミリアルトのくせに」
「...申し訳、ありません」
そうだった。昨日自分は戦闘の中で負傷し意識を失ったのだった。
でもなぜ、カトヤルカ様が。
「今日はお母様がいいって言ってくださったから、ミリアルトのところに、行こうと思って」
言葉を続けようとして、きゅっと唇を結んだ。
「いなくならなくて、よかった」
不安そうなお嬢様の表情を見て、今の自分が守るべきものを再認識した。
あの時は無理だったかもしれない。いや、今でも諦めたことはない。
とはいえ、目の前にいるお嬢様を守れないようでは駄目だ。
「私はいなくなったりしませんよ。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「もういいから、今日はゆっくり休みなさい」
「いえ、せっかくお嬢様が来てくださったのですから」
くっと腕に力を入れ、上半身を起こす。
「いいの!」
細い腕が自分の動きを制する。
「調子の悪いミリアルトなんて、あぶなっかしくてつれ回せないわ」
カトヤルカ様は、くるりと踵を返すと部屋の隅にあった小さなスツールを持ってきた。
「今日はここで、わたしの話し相手になりなさい!これはめいれい!」
腕を組んで頬を膨らませるお嬢様の表情は、心なしか明るかった。
「...承知しました」
自分がいることでお嬢様を笑顔にできるなら、どれだけでも尽くそう。
夢の中で見たあの人に、いつか顔向けできるように。目の前の大切な方が、幸せでいてくださるように。
カーテンの隙間から差し込む光がお嬢様をやさしく照らしていた。
fin
このページへのコメント
ミリアルドの過去が俄然気になり出すすばらしいシナリオフックですね!
これからも応援してます!