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「じゃあ、あたしたち付き合っちゃう?」
ニャハハとキットは笑った。
「ああ、いいぞ」
シュライグの予想外の答えにキットは戸惑った。

 キットは手慣れた動きで部品を分解していく。自分が作ったものなら目を瞑ってでも可能だ。
「こまめにメンテナンスしないと鉄の翼は錆びちゃうんだからさー。油ぐらい自分で差してよ」
「分かっている。だがちょっとな……」
「マメな男じゃないとモテないよーだ。シュライグって顔はいいくせに浮ついたこと聞かないよねー。うちのリズ姉とかどう?」
 キットは愛しい姉が早くこの男とくっつくことを望んでいた。兄になって欲しい鉄獣戦線ランキング堂々の一位byキット調べである。
「何もない。そういうキットはどうだ?」
「うっ、そこをつかれると痛いなー。じゃあお一人様同士ってことで」
 部品の細かい汚れを取りながら、キットは悪巧みを思い付いた。

 実行した結果がこれである。

 フェリジットは腕を組み仁王立ちをしていた。姉は仏の笑みを浮かべていた。
 キットは平伏し、両の手のひらを姉の前に差し出す。敵意がないことを示す唯一の方法だった。
「へぇー。デートの約束までしたのねー。お姉ちゃん、妹が恋路をベアブルムで爆走するタイプなんて知らなったなー」
「ひっ、ひぃぃ……リズ姉許して……」
「いいのよ。頭を上げなさい。別にお姉ちゃん、怒っている訳じゃないから」
「ほんとぅ……」
 キットは恐る恐る顔をあげた。耳がへなっと萎んでいた。
「本当よ。そのデート私もついていくから」
 姉より優れた妹なぞ存在しねえ!おい、お前。私の名をいってみろ。

 シュライグは既にこのことをフェリジットに伝えてあったのだ。
『キットと付き合うことになった。デートの約束もしている』
『嘘、よね……本気じゃないよね……』
『当たり前だ。キットはまだ子どもだ。本気な訳ないだろう』
『そ、そう。それでどこに行くの』
『フェリジットも来るか。チケットはまだ一枚ある』
『行くっ!』

 思えば出来た妹だ。結果だけ見れば姉のデートをセッティングしたようなものである。フェリジットはキットを許す気分にもなる。
「でも、シュライグに冗談でも告るなーっ!」
「うぎーっ!」
 フェリジットはキットの両頬を思いっきり引っ張った。

「えっ、いいのシュライグ。こんな貴重なチケットもらっちゃって! いいのっ!?」
 キットは喜びのあまり小躍りしている。
「デートなんだ。いいに決まっているだろ」
「ありがとう。シュライグ大好き!」
キットはシュライグに抱きついた。
「はっ?」
 フェリジットは腹から声を出した。

「レディの美しさを語るなら、美しい曲線美だろうな。シルエットが整っていてレースで白い体がよく映える。それに小柄ながらいい走りをする」
 普段寡黙なシュライグが饒舌に語りだした。スタジアムの熱狂に当てられているのだろうか。
「確かにレディはセクシーでロマンの塊な機体だと思うよ。でも空中で変形する機能必要かなー。コーナーに強くても事故だって多いじゃん」
 キットはシュライグの言葉に返事をする。二人とも詳しいようだ。
「キットはどれが好きなんだ?」
「ボーイズかなぁ。加速は正義だよ」
「直線と坂ならボーイズだろうな。コーナーで大差をつけられなければいいが。ボーイズの加速はいつ見ても惚れ惚れする」
 フェリジットはそろそろ耐えきれなかった。
「二人ともなに話しているのか、私に分かるように解説してくれないかしら?」
「人が空飛ぶ機械に乗ってレースするっていうのはリズ姉に言ったよね。レースに出る機体ごとに特徴があるの。その特徴がはメカニックたちの技術の結晶なんだよ」
「キットは鉄獣戦線のメカニックだ。いい刺激になると思ってな」
「えへへ、一度生で見たかったんだよね。やっぱり人が作ったものを見るのが一番の勉強になるし」
 チケットは前から用意してあったのだろう。妹の喜ぶ顔を見てフェリジットはそう納得した。
「リズ姉はどんなのが好き?」
 キットがフェリジットの顔を覗き込む。正直なにもわからないがシュライグの瞳の色の機体を指差した。
 キットがフェリジットの顔を覗き込む。正直なにもわからないがシュライグの瞳の色の機体を指差した。
 こんな感じならデートは平和に終わるだろう。


「やっぱりあたし、シュライグのこと好きかな」
キットはそう呟いた。シュライグの表情が凍る。いつもみたいに笑って誤魔化そうとしたが、今のキットには出来なかった。
「ねえ、シュライグ。キスしてよ。本気じゃなくていいから」

「始まる前に話してたけど、ボーイズの加速って本当にすごかったわよね」
 フェリジットは結構レースを楽しんでいたようだ。姉が楽しめるか不安だったキットは胸を撫でおろした。
「キット、あの機体みたいなの作れない? ドラグマを蹴散らせるわね」
「予算が百倍になれば……」
「フェリジット、あれはレース用の機体だ。軽く脆い素材で作っている。実戦ではすぐに壊れる」
「……現実ってうまく行かないものね」
 キットはふと気がついた。シュライグとフェリジットの交わす視線がお互いに恋をするものである。どちらかが言い出せばすぐ恋人同士になるだろう。
(バッカみたい。あたしが入る隙間なんてないじゃん)
 シュライグの姉への恋心に気がついたのは、 キットが恋をしたからであった。

 その夜、キットはシュライグを呼び出す。自分が振られるために呼び出す。
 ガレージから見た星は綺麗だった。
(シュライグのどこを好きになったんだろう)
 年上で、少し格好よくて、強いけど謙虚で、まあまあ趣味も合って、自分を甘やかしてくれて、ちょっとずぼらで頼ってくることもあって、自分の仕事の腕を評価してくれて……
 キットの尻尾がゆらりと揺れた。考えても分からない。初恋が実ることなど稀なのだ。

「シュライグってリズ姉のことが好きなんだよね」
「そうだ」
 シュライグはキットの顔を見て言った。ガレージの電気は一つだけつけてあった。開発費の都合で奥は暗くなっている。
「乙女の純情をもてあそぶなんて酷くない? あたし、当て馬だよ。当て馬」
「その場の勢いだったからな。元々あのチケットはキットと行こうと思っていた」
「これで付き合うの解消にするの?」
「ああ、それでもいいな」
「ふっふ〜ん、あたしがシュライグを振ったことにしよっかな〜」
 シュライグはキットのことを子どもだと思っている。本気じゃないことは伝わってきた。覚悟していたとはいえ、とても辛かった。
「じゃあ、最後にシュライグにお願いがあるんだ……」

 キットは目を瞑る。シュライグの指が前髪をかき分けているのを感じた。
 キットの額にシュライグはキスをした。
「口にはしないの?」
「よそう。キット」
 メカニックの少女はその場を去った。うつむいて去っていった。

 暗闇の中で金色の瞳が輝いている。それがシュライグに向かって話しかけてきた。
「妹を悲しませるやつがいたら殴るところだった」
「お前はそうだろうな」
「妹の想いに答えても殴るところだった」
「そうか。理不尽だ」
「姉って理不尽な存在なのよ」


 フェリジットが目にしたのはシュライグの膝に座るキットだった。
「ねぇ、キット。お姉ちゃん怒ってないからどういうことか教えて」
 フェリジットのこめかみに青筋が立っている。
「えへへ〜、リズ姉はシュライグと付き合ったことがないから知らないかもしれないけど、シュライグって頼むとこういうことしてくれるんだよ」
「元彼女でも?」
 フェリジットはシュライグの方を見て聞いた。
「フェリジット、俺は脅されている。そうしないとメンテナンスを拒否するらしい」
 姉として女として、妹の横暴は許すことができなかった。
「こんの、泥棒猫がーっ!」
「ばわーっ!」

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