2chの「軍人や傭兵でエロ」のまとめwikiです

 狭い艇内に電動機の作動音が響く。
 私の前には座席に腰掛けた人影があり、計器をにらみながら操縦舵に微妙な加減を加えている。
本艇の操縦士、艇付だ。
 私は、前方にいる艇付に命令する。
「ツリム上げ。潜望鏡深度」
 騒音の中、かろうじて相手に聞こえるか。というくらいの小さな声で。
「潜望鏡深度、よーそろー」
 相手の返事も、なんとか聞き取れるくらいの小さな声だった。
 ただし、女の声。
 二人乗りの特殊潜行艇"海龍"に、私は艇長として。彼女は艇付として乗り込んでいるのだ。
「潜望鏡深度、よし」
 計器を見ながら、艇付が返答する。
 私は潜望鏡を引き上げると、潜航中に外界を視認できる唯一の手段であるそれを覗いた。
 波間からわずかに突き出した潜望鏡から得られる情報は少ない。だが、私はほぼ正面。
一時方向に船影があるのを発見した。
 ほんのわずかな時間でその船を観察し、すぐに潜望鏡をしまう。
 相手は商船。軍艦ではない。進行方向は本艇とほぼ向かい合わせ。
だが、進行するに従い離れていくような航路を取っている。
 私は頭の中に海図を描き、商船と私の艇の針路が重なる場所を計算する。
あの船の船腹にぶつけるには、今すぐに舵を切らねばならない。
「艇付、面舵。針路○三八」
「おもーかーじ」
 羅針盤が示す角度を睨みながら、艇付は慎重に舵の操作を行っている。
 わずかに見える羅針盤の示す角度が、○三八に近づいたあたりで、艇付は舵を戻すと、
当て舵を取る。
 羅針盤が○三八を少し越えたか。と思うと、越えた分を直ちに取り戻して、
ぴたり○三八を示すのが見えた。
「定針。針路○三八」
 艇付が海龍の針路を変えている間、私は頭に描いた海図で、
商船に命中させる公算をはじき出していた。
 こちらが現在の針路と速度を維持したままと仮定して、
相手が変針したり速度を変えたりしなければ、ほぼ間違いなく命中するはずだ。
 もう一度、ちらりと潜望鏡を出して、獲物である商船の様子を確認する。
こちらに気づいた様子は無い。
「艇付。注水、潜舵下げ。深度二○」
「深度二○」
 前後部のタンクに海水が入り、潜舵が動く音が聞こえる。
「深度二○」
「艇付、増速。強速となせ」
「強速、よーそろー」
 電動機の回転速度が増して、海龍がさらに行き足をつけるのを感じる。
 加速中の艇の外から、本艇が出している騒音以外の音が響いてくる。
 これは、海中で推進器が回転することで発生する騒音だ。
つまり、我が艇は確実に商船に近づいている。
 艇の左前方から聞こえてくるそれが、徐々に艇の右後方に移動するのを
ずっと聞き耳をたてて注意しながら。無言のまま艇を直進させる。
 そろそろ頃合だと思った時点で、艇付に浮上を命じた。
「艇付、浮上しよう」
「浮上。よーそろー」
 艇が浮上すると同時に、私は潜望鏡を引き上げて後方を視認した。
 驚くほど近くに商船――に見立てた大型漁船――が見える。
最近は敵の攻撃が激しくて、近海ですら航行が難しくなっているというのに、
大盤振る舞いの訓練だった。
 我々の艇が通った航跡は、見事に商船の航路を貫いていた。
これが本番ならば、敵船を見事轟沈させていたことだろう。
 私は、額に浮かんだ汗を軍手で拭うと、艇付に声をかけた。
「艇付、命中は確実と思う。よくやった」
「本当でありますか? 嬉しくあります」
 その返答は、心から嬉しいのだとわかるほど、喜びに満ち溢れていた。
 判定は、基地に戻った後の訓練講評で伝えられた。
「命中と判定した艇は、第六、第七、第一二の三艇だ。
 接近できたが外れた艇は、第一、第四、第五の三艇。
 残りは敵に発見され、接近することができずに撃沈されたものと判定する。
 特に第一一艇、司令搭が海面から常時突き出ていては、『我、ここに在り』と
 旗を掲げながら突撃しているのと変わらんぞ!」
 叱責された第一一号艇以外の訓練生が、一斉に笑う。
 私たち乗るの第一二号艇は、一応、笑える組に入っていた。
 ただ、私も艇付も笑ってはいない。
「本日を持って諸君らの訓練を終了とする。本日の訓練で得た経験を生かし、
 実戦では必ず敵艦への攻撃に成功してくれると確信している。解散!」
 教官から開放され、私たち訓練生は兵舎へと戻ろうとしていた。
いや、先ほどの教官の話からすると、もう、訓練生ではないのかもしれない。
「艇付。ご苦労だった。今日はもう、休んでいい」
 傍らに控えていた艇付に笑顔を向けてそう言うと、艇付は怪訝そうな顔をした。
そして、問われる。
「少尉は、いかがなされるのですか?」
 私を呼ぶときに"殿"がつかないのは、省くように言ってあるからだ。
知らぬ人が聞けば不躾に思えるかもしれないが、殿などつけられると、
なんだかくすぐったくて仕方ない。
「私は、艇の整備を行うつもりだが」
「じ、自分もご一緒します!」
 艇付の少し怒っているかのように力いっぱいで元気な申し出に、
少々気圧され気味に答える。
「ああ、うん。それは、まことにありがとう」
 その返事を聞いた艇付は、笑顔を浮かべて敬礼すると、愛艇へと走っていった。
 課業時間はとっくに過ぎている。だから、休んでも文句は言われないのだが。
訓練もこれで終わりとわかると、すぐに休む気にはなれなかった。
戦局が戦局だけに、いつ出撃となるかわからない。だから、とにかく、努力をしなければ。
 そんな私の肩を掴む者がいた。
「よう、橘。なかなかの成績だったみたいだな?」
 振り返ると、第一一号艇の艇長、伊藤少尉がいた。
 私は、少し警戒しながら答える。
「ああ。私の一二号艇の艇付はとびきり優秀だからね。
 私は我侭を言うだけでいいから、かなり楽だよ」
 私と伊藤少尉との間には、ちょっとした因縁がある。
 沖縄が落ち、九州に連合軍が上陸する状況下にあっては、
もはや銃後と前線などと区別をつけていられなくなり、それまでの後方勤務だけではなく、
前線にも女性が登場するようになってきた。
あげく、この部隊のように、特別攻撃を実施する部隊にも女性が志願して配属される有様だ。
 一億総特攻。まさにその先駆けというやつだ。
 女性が戦闘部隊に配属されることになったものの、
男性と女性は別にして部隊を編成するのが原則になっていた。
しかし、どうしても人数が合わない場合がある。
その結果、余った男女で部隊が編成されることになった。
私たちの部隊は、その余った男女で編成されている部隊であった。
 さらに言うと、一人で乗り込む回天とは違い、二人で乗り込むことになる海龍は、
男性または女性のいずれかに性別を統一した艇員で操られるはずだった。
だが、余った男女がそれぞれ奇数の場合はどうなるのか。
当然、男女が乗り組む艇が誕生することになる。
 私たちの艇は、丁度、その余った男女の、さらなる余りであった。
 それを題材にして、伊藤少尉は、
「橘艇長と桐沢艇付の乗る第一二号艇は、狭い艇内にも関わらず、
訓練中に男女の営みに励んでおるために、成績不良で云々」
などという卑猥で下劣な冗談を飛ばしてくれた。
 それが、酒の席でならば、まだ笑って許せたものを。
 素面でそれを言われては。黙っていられるはずがない。
 何よりも、必死にがんばってくれている艇付を侮辱しているのが許せなかった。
 結果、私と彼は"転んでしまったにしては不自然なほど多い痣"を全身に浮かべて、
翌日の訓練に参加することになった。 それ以来、お互いに干渉しない。という関係が続いている。
 なのに。
 彼から話しかけてきた理由は何だろう。
「潜舵と計器に異常があってな。下手に潜るわけにはいかなかったんだよ。
それがなければ、命中した艇の中に、一一号が含まれていたはずなんだがな」
「そいつは……」
 私は苦笑した。艇の面倒を自分はまったく見ていない。
と、宣言しているようなものだからだ。
「まあ、本番では失敗しないさ。見てろよ」
「ああ、お互いにがんばろう」
 最後に、敬礼を交わすと、伊藤少尉は自分の艇へと歩いて去って行く。
 今のは、和解の合図だろうか。
 いずれにせよ、私にできることは一つだけ。
 男と女の艇だから上手く行かない。などと言われないように、
最高の成果を見せ続けることだ。
 大丈夫。私の傍らには、控えめに見ても立派で優秀な艇付が控えているのだから。
 歩み寄った第一二号艇には、桐沢艇付と整備班が取り付いて作業してくれている。
私は、彼女たちの中に飛び込むと、整備作業に加わった。
「では、始めようか」
「はい、少尉!」
 整備班とともに愛艇の整備を終えて。兵舎に戻った私たちに突きつけられたものは、
出撃命令だった。九十九里沖に、米英の機動艦隊が輸送船団を伴って進出しているという。
 いよいよだ。

 翌日。
 その姿に気づいたのは、偶然だった。
 出撃を明後日に控え、両親への最後の手紙を書き終えた私は、
ぶらぶらとあても無く基地の周囲を散歩していた。
 外出許可も出ているので、実家に戻ってもよかったのだが、あえてそうはしなかった。
今生のお別れになどと言い出してしまえば、軍事機密の漏洩になってしまうし、
だからと言って、出撃を隠して会うのもどうかと思えたのだ。
 それに、鉄道もまともに運行できていない昨今の情勢下にあって、
たった一日の外出許可で、無事に実家へとたどり着き、
そして、ここまで戻ってこれる保証など、どこにも無い。
 同僚達の中には、歩いて会いに行けるような距離に実家がある者の他には、
最期の思い出にと皆で近くの町に繰り出す者もいれば、同じ基地で訓練に励んだ性別の違う同僚に、
これまでずっと胸に秘めていた思いを告白しようなどと企む者もいた。
まあ、最後の例の大半はあっけなく轟沈してしまったようだが、
中には見事標的に命中という幸運な者もいたようだ。
 そのいずれにも組していない私は、ただ静かな場所を求めて歩いているだけだったのだが、
私が密かに通っていた、あたりを一望できる海辺の丘に、先客がいるとは思わなかった。
 見知った相手でもあるし、声をかけねば失礼だろう。
そう思った私は、海を見ながら静かに座るその人に声をかけた。
 今は出撃前の最後の休暇中だ。だから、あえて苗字で呼ぶ。
「やあ、桐沢君」
「少尉!」
 顔のまわりを不自然になでてから。
あわてて立ち上がり、敬礼しようとする艇付を片手で制して。
「いや、今はお互いに私的な時間だから、堅苦しいのはやめよう」
「は、はい」
 それでもかしこまっている艇付の隣に立って、ともに座るようにうながすと、
彼女と同じく海を眺める。
 頬をなでる潮風が心地よい。
 同じように、静かに海を見ている桐沢艇付に、素朴な疑問を投げかけた。
「海を、見ていたのかい?」
「はい。私、海が好きです」
 そう言いながらじっと海を見つめる艇付は、どこか憂いを帯びた表情を浮かべている。
「そうか」
 続けて、彼女の姿をみとめたときに、ふと思った疑問をぶつけてみる。
「ご家族に、挨拶には行かないのかい?」
 艇付は急にうつむいて。
「……もう、誰もいませんから」
 そう、苦しげにつぶやく。
 ちらりと見える表情は、苦痛そのもので。
「す、すまない。知らなかった……」
 思わず、頭を下げて謝る。
「あ、い、いえ。少尉。その、私も、話してませんでしたから!」
 そう言いながら、私の頬に触れて顔を上げさせようとする艇付の手は、
潮風に吹かれすぎたのか、少し冷たかった。
 その手に誘われるように顔を上げた私の目に、艇付の顔が近くに映る。
 艇付は、瞳にわずかだが涙を浮かべている。
 その頬には、涙が伝った跡が残っていた。
「泣いて、いたのか?」
「泣いてません!」
 その言葉とは裏腹に、艇付の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれる。
私が顔を出してから、今までずっと泣くのを我慢していたのだろうか?
「ほら、泣いてるじゃないか」
 思わず、その涙を指で拭う。
 だが、彼女の涙は止まらない。
「ち、違います!」
 力強く否定するその様子を見て。私の心の奥にある思いが、思わず口に出てしまう。
「……怖いのかい?」
「怖くなんて、ありません!」
 それは、拒絶とも取れるくらい強い口調の返事であった。
「家族の仇を討てるんです。怖くなんて、ありません!」
 気丈にもそう言い放つ艇付であったが、嗚咽はさらに激しくなって。
 さらに、潮風にのって、ふわりとやわらかくて甘い女の髪の香りがただよう。
 瞬間、私は胸を撃ち抜かれたような感覚にとらわれた。
 ああ、この女性は。
 なんと、儚い存在なのだろう。

 気がつけば、私は彼女を抱き寄せていた。
 私の肩に頬を寄せた彼女は、少し驚いた表情を見せている。
「しょ、少尉!?」
 狭い艇内では邪魔だからと、ばっさり切り落としてしまった彼女の髪を、
やさしくなでる。
 上官にいきなり抱き寄せられて、髪をなでられているという状況に、
とまどいを見せていた艇付も、やがてそれを素直に受け入れて、なでられるがままになっている。
「ねえ、桐沢君」
「は、はい!」
「明後日の出撃。かならず成功させようね」
「はい!」
 出撃の成功。それは、そのまま死を意味しているのだが。
 彼女ははっきりと肯定の返事をしてくれた。
 そして、そのとき彼女が見せた心からの笑顔が、私の心の奥に眠っていたとある感情を、
完全に呼び起こすことになった。
 桐沢君とは、互いに性別を意識することなく、ただ、海軍軍人として、
国民と陛下が海軍に寄せる期待に応えるべく、最善を尽くそうと誓った間だ。
 当然、これまでの付き合いも、男女という性別の違いを、
可能な限り意識せずに過ごしてきた。そして、それは非常にうまく行っていた。
 たった今、私が、彼女が備える女性としての素敵な魅力に気づくまでは。
 彼女は、艇付としては隊の中でもとびきり優秀だと、私は信じて疑わない。
彼女が第一二号艇の艇付をしてくれているおかげで、
自分は艇の指揮に専念できると言っても過言ではないのだ。
 そして、気づいてみれば、彼女は女性としても非常に魅力的で可愛らしい存在だった。
 凛とした雰囲気を身にまといながらも、どこか可愛らしさを失っていない。
そんな性格が可愛らしいし、顔は美形というほどではないが、
これっぽっちも魅力を感じぬような酷い造りでもない。
どちらかと言えば、顔の造りよりも、浮かべる表情に魅力がある女性だ。
 体型はまだ発展途上な雰囲気だが、年齢のことを考えれば、標準的な発育状況と言っていいだろう。
 まあ、そんなことは些細なことだ。
 重要なことは、私は、艇付――桐沢君を、一人の女性として好きになってしまったということだ。
 一度それに気づいてしまうと、これまで二人で過ごしてきた時間が、
とても貴重なものに思えてくるから不思議なものだ。
 そして、明後日には何もかもが終わってしまうという事実が、
私をかなり大胆な行動に走らせることになった。

「桐沢君。ちょっと、困ったことになった」
 抱き寄せた艇付の表情をうかがいながら、つぶやくように切り出す。
「ど、どうなさったのですか?」
 真剣な表情に変わった艇付の顔を見て。
私は、自分が彼女を欲していることを強く認識させられることになった。
 だから。
 思ったことを、そのまま伝える。
「どうやら、私は、君のことをかなり好いているらしい」
「ええっ!?」
 初めは真剣に聞いていた艇付も、話の内容があまりにも唐突過ぎたのか、
目を白黒させて驚いている。
 そんな彼女に、私はさらに無理なことを言い出していた。
「どうだろう。明後日の出撃のときは、艇長と艇付ではなく、恋人。
 いや、夫婦として出撃してみないか?」
「ええええっ!!!!」
 驚くのも無理はない。正直、切り出した私自身も驚いているのだから。
 ただ、自分たちの運命は明後日までと決まっているこの状況下だ。
少しくらい、自分の気持ちに正直に生きてみたって、いいじゃないか。そう思った。
 だから、思ったままを正直に言葉にしたのだが。
 それを聞いた艇付は、完全にうつむいてしまっていた。
 この沈黙が気まずい。
「ず、ずるいです……」
 かなりの時間をかけ、たったそれだけだったが、とにかく、彼女は答えてくれた。
「うん。確かに。階級が上なのをいいことに、こんなお願いするなんて。
 我ながら、酷いものだと思うけど――」
「ち、違います!」
 艇付は顔をあげると、必死になって反論してくる。だが、私と目が合った瞬間、
再び視線をそらしてしまう。
 再びの沈黙の後、彼女は声を絞り出すようにして話はじめた。
「他の人から、『男と女だから駄目なんだ』なんて言われないように。
 と、二人でがんばってきましたよね?」
「ああ、そうだね」
 確かに。私たちは、お国のためにという思いは当然として、
伊藤少尉たちの猥談のネタにされるようなことが無いようにと、必死になって努力してきた。
「だから、私、少尉のことを、素敵な人だな。
 って思っても、決して愛してはいけない人だと思って、
 男性として見ないように努力してきたのに……」
 私の顔を見上げてそう言い切ったかと思うと、艇付は再び私の胸に顔を埋めてしまう。
「そんな簡単に、『君が好きだよ』なんて言えるなんて。ずるいです……」
 そう言うと、艇付はすっかり黙ってしまった。
 その沈黙の間に、私は、彼女がつむいだ言葉の一つにようやく気がついていた。
 ――少尉のことを、素敵な人だなと思っても――
 それって。
 確認したいと願う心があせるばかりで、それを問う言葉を出せずにいる私に、
彼女はもう一度つぶやいた。
「橘少尉は、ずるいです」
 その言葉が胸に刺さる。
 だが、次に彼女が顔と上げたとき、その表情が想像していたものとは違っていたことに驚いた。
 微笑んでいる。
 そして。
「だから、私は、あなたを好きになってしまったのかもしれません」
 どうも、彼女の言葉は私の胸を貫くのが好きらしい。
 もっとも、今のは、先ほどとは違う痛みだ。
「き、桐沢君。ええと。その……」
 結婚を申し込んだときの勢いはどこかへ消えてしまっていた。
そして、みっともないほどうろたえる私を見て、彼女は小さく笑った。
「お受けいたします。少尉。喜んで」
 その笑顔が、自分に向けられた好意によるものだという事に気づかぬほど、
私は鈍感ではなかった。
もっとも、彼女がずっと私に対して抱いてくれていた気持ちに気づかないほどの鈍さではあるのだが。
 自分が惚れた女性に結婚を申し込み、それを受け入れてもらえた嬉しさは、
言葉にできないほどのものだった。そして、無理な願いを叶えてもらったついでに、
私は、もうひとつの願いを彼女に伝えた。
「じゃあ、もうひとつ、お願いしてもいいかな?」
 今は涙を忘れ、笑顔をみせてくれている艇付は、不思議そうな表情だ。
「はい、何でしょう?」
「これから夫婦になるのだから。私のことは、名前で呼んでくれないか?」
 その一言は、どんな状況下でも冷静に艇を操縦する彼女をうろたえさせるに十分だったようだ。
頬があっという間に朱に染まり、耳まで赤くなっていく。
 しばし逡巡を見せた彼女は、控えめに、小さな声で。だが、はっきりと。
「ゆ、譲さん……」
 まるで、本当にそう呼んでもいいのか探っているような声だった。
 それに対して、私は。
「華子君」
 まるで、そう呼ぶことが当然なのだという声色で彼女を呼ぶ。
「譲さん!」
 胸に飛び込んできた華子を抱きとめ、愛しさを伝えようときゅっと抱きしめる。
「私、ずっと、譲さんを慕っておりました。立派な艇長として。
 そして、その、素敵な男性として……」
 感極まったのか、何も言えなくなった華子の顎に指をそえて、少し上向かせてから。
 そっと、唇を重ねた。
 少々強引かとも思ったが、華子は唇で触れ合うだけのキスを、受け入れてくれる。
 長い間、ずっと唇を重ねあっていたが。
 名残惜しさを感じながら、唇を離すと、再び互いを抱きしめあった。
 こうして抱き合っている時間が、とても幸せでたまらない。
 だが、私は、二人が夫婦として結ばれたのならば、どうしてもやっておきたいことがあった。
 華子を抱きしめたまま立ち上がると、彼女の手を取る。
「では、急ごうか。あまり時間も無いからね」
「な、何を急ぐんですか?」
「結婚式は無理でも、せめて二人が結ばれた証拠くらいは残したいじゃないか!」
 そのまま駆け出した私に、何がなんだかわからないまま、
引っ張られるようにして華子がついてくる。
 すごく、幸せだ。
 その時の私は、まあ、間違いなく浮かれていたんだろう。
 司令のところに出向いて、「自分達の結婚に、司令官殿の許可はいるのでしょうか?」
などと聞いたのは、後にも先にも私たちくらいだと思う。
 明後日には死地へと旅立つ部下から、真顔で「自分達は結婚します」と言われた司令は、
思う存分笑った後、
「許可などいらん。思ったとおりにやれ。それでは、君たちの結婚に際し最初に
「おめでとう」を言った人物として、しっかりと記憶してもらおうか」
と言って、僕たちの手を握ると、ポンポンと優しく肩を叩いてくれた。

 基地を出てすぐ。近くの役所で婚姻届を手早く書いて提出した。
 いきなり飛び込んできた海軍の士官と下士官が、喜びを隠し切れずに婚姻届を提出するのを見て、
役所の公務員は半ば呆れ顔で応対してくれたが。
最後に「おめでとうございます」を言うのを忘れるほど、冷めてはいなかった。
 心と心の結びつきだけではなく。役所に保存された書類の上でも夫婦となった私たちは、
その足で写真屋に飛び込んだ。
 お互い礼装ではなく、通常の勤務服だ。私はくすんだ褐青色の第三種軍装で、
彼女は紺の下士官用の勤務服。まあ、下士官の軍服に礼装は無いのだが。
 それは、他の人が見ても、特別な記念の写真とは思えないものだったが、
私たちにとっては、お互いが結ばれたことを証明できる唯一の品であった。
 なにしろ、指輪を買う余裕がない。金銭的な意味ではなく、時間的な意味でだ。
 現像が終わったら、私の実家に送るように手配をして。
私たちは門限のギリギリ前に基地へと戻った。

 そこには呆れる光景があった。
 兵舎の食堂に、粗末だが心のこもった紙の横断幕がかかっている。
「祝ご結婚 橘 譲少尉殿 桐沢 華子三飛曹殿」
 他にも同じような考えの馬鹿がいたようで、合計三組六名の名前が書かれていた。
そこに、かつて私的な白兵戦訓練をしたあの伊藤少尉の名が書かれているのは、
きっと何かの冗談だろう。

 さらに呆れたことに、夜は乱痴気騒ぎの祝宴となった。
 ただでさえ物資困窮の昨今にありながら、よくもこれだけ見つけてこれたものだと
感心してしまうほどの、ささやかな食事と酒とが用意されていた。
よほど銀バイに長けた兵ないし下士官がいるのか。それとも、司令が酒保に働きかけたのか。
 耐久生活を強いられている国民には申し訳ないが、私たちはそれをありがたくいただくことにした。
 夜。祝宴を終えた私たちは、それぞれの兵舎へと歩いて帰る。
 夫婦となったものの、今は軍人である私たちは、それを当然のことと受け入れた。
 だが。
 華子と別れて兵舎に隣接した風呂に入った後に、司令から特別な宿泊先を用意したと言われた。
 案内されると、そこは、小さな家がいくつか立ち並んだ場所だった。
この基地を拡張したときに接収したものの、取り壊されずに当直の待機部屋として活用している家々だった。
「好きに使ってよろしい。出撃まで、英気を養いたまえ」
 そう言われて放置された夫婦のうちの二組は、誰が言い出すでも無く、
それぞれの家を選択して歩き始めた。
 取り残された私と華子は、完全に取り残されたことで我にかえった。
「えーと。じゃあ、どこにしようか?」
 そう言ったものの、選択肢は三つしかない。真ん中、右奥、左手前。
いずれの家も、さほど変わらないように見える。
「あう……」
 これからの新居を選ぶ新婚夫婦であるはずなのに、そんな気分はまったくなかった。
 私は、建物として一番しっかりしていそうなのは、右奥の建物だと思っていた。
とはいえ、外見がしっかりしていても、中身がそうとは限らない。
「……右奥。でしょうか?」
 控えめに答える華子に、私は笑顔で答えた。
「意見の一致を見て、とても嬉しいよ。私も、その家がいいと思っていた」
 そう笑いながら、華子の手を取る。
「では、帰ろうか。我が家に」
 その言葉に、少し頬を赤らめた華子は、小さくこくんとうなずいた。
もともと、民家として使われていたものだから、住まいとして使うのには何の問題もない。
それに、待機部屋として使われていたので、徹底的な掃除をしなければならないほど荒れてもいなかった。
 それでも、何か気を紛らわしたいとでも言うのか、二人とも箒や雑巾やらを持ち出して、
一通り室内を掃除していく。
 すっかり室内を綺麗にしたあとは、押入れから布団を引き出した。
何人分かの布団が入っているが、とりあえず、二人分を畳の上に広げる。
ありがたいことに、布団は普段からよく干してあるらしく、太陽の光を一杯に浴びた香りがした。
 すべての準備を整えた時点で、私も、華子も、どちらも固まったように布団の上に座っていた。
 夫婦となりはしたが、その実感はまだしっかりとしたものになっていない。
どこか、艇長と艇付、少尉と三飛曹という、
これまでの関係から抜け出しきれていないように感じるのだ。
 だが。
 今まで隠していた、彼女が愛しいという気持ち。
 これだけは、今までと違うもの。
 だから。

 私は華子に手を伸ばすと、彼女を引き寄せてそっと抱きしめた。
 急に抱きしめられて、ぴくりと跳ねた彼女は、
これから初めての行為に挑むという緊張のためか、身体が強ばっている。
 そんな華子を、私は飽きることなく抱きしめ続けた。
 彼女の緊張が解けて、硬直した身体が緩み始めるまでに、
かなりの時間がかかったのだが、二人とも、それに気づいていない。
 私の腕に包まれている華子が、こちらを見上げるようにして、
可愛らしい顔を見せてくれている。。
「しょ――ゆ、譲さん」
 いつも通りに階級で呼びそうになって、あわてて名前を呼んだ華子の唇に、
私は自分の唇を重ねた。華子は潤んだ瞳をそっと閉じて、その感触を味わっているようだ。
「ん……」
 そんな華子を抱きしめる一方で、もう片方の手が徐々に肩から下の方へと降りていく。
そして、華子の腕から手へと移動すると、手のひらを合わせるように重ねて指をからめる。
 その手のひらの向きを変えて、華子の手のひらに私の手の甲が触れる形に変えると、
そのまま華子の胸の上へとにじり寄る。
 控えめな双丘の片方を包んだとき、華子はひときわ甘い吐息を自然と漏らした。
「ん! う、ん……」
 その吐息の甘さを鼻腔で感じながら、唇を重ねたままで彼女の胸をそっと愛し続ける。

 どれくらい、触れ合っていたのだろう。ようやく開放された華子の唇が、
彼女の愛しい人の名をつむぐ。
「ゆ、譲さぁん……」
 私の胸に頬を寄せた華子は、私の手のひらから与えられる刺激によって、
徐々に呼吸を荒くしていた。
 下士官用の上衣のボタンをひとつひとつ外すと、粗末な生地の水平襦袢があらわれる。
本来なら、下士官用のシャツが支給されるはずだったのだが、
物資の不足はここまで深刻になっている。
 上着を脱がせて畳の上にそっと置くと、私も第三種軍装のボタンに手をかけて、
服をひとつひとつ脱いでいく。
 ある程度脱いだあとは、再び華子のもとへ戻ると、彼女の服を確実に脱がせていき、
その内側に隠れた素肌を少しずつ露出させていく。
 水中で脱ぎやすいようにと、ボタンを外すと前面がめくれる形になっている水兵ズボンを
脱がせると、身に着ける女性が最近増えたという西洋式の下着がちらりと見えた。
 徐々にあらわになっていく華子の素肌に魅了されて、いつの間にか、
私は彼女の服をすべて脱がし終えていた。
 彼女の額にそっと唇を当てると、身体を支えながら布団の中へとそっと横たえる。

 されるがままに脱がされて、優しく布団に寝かされた華子は、
自分が一糸まとわぬ姿になって、すべてをさらけ出していることに気づいて、
顔を両手で覆っていやいやと首を横に振った。
「み、見ないで、ください。……は、恥ずかしい、です……」
 そんな華子の身体に、私は見とれていた。
 窓枠にはまった梨地の型ガラスのために、輪郭がぼんやりとしか見えない月の明かりが、
本来持っているはずの色彩をほとんど消して、白黒灰のモノトーンに若干の青を加えた
だけに近い世界を作る中、もともと白い華子の肌は、幻想的な白に変わっている。
 薄い青と白の肌の中で、ほんのり色づいている胸の先端と、かなり薄めな陰毛が、
その存在を控えめに主張しているが、際立って目立つものではない。
 その姿を目にして。私は、思ったままを言葉に出した。
「その、とても、すごく、綺麗だ……」
「あ、う……」
 私が漏らした賞賛の言葉に、顔を覆った華子の指がわずかに開いて、
そこからちらりとこちらを覗き見ている瞳が見える。
 私は花に誘われる蝶のように、ふらふらと華子にのしかかって組み敷くと、
華子の胸をそっと口に含んだ。
「ひゃう!」
 不思議な悲鳴を上げた華子の胸を、唇と舌とで丹念に愛していく。
先端を唇で挟むようにしてから、舌先でつんつんと叩き、ときどき、軽く歯をたててみる。
そのすべての行為に、華子は喜びを素直に伝えてくる。
「あ、ふ……。ゆ、ずる、さん……。ああっ!」
 もう片方の胸を手で包むと、服の上からの感触とはまったく違う、
女性の肌だけが持つ特有の滑らかさと、その中で自分の存在を主張している突起物とに出会った。
その突起をボタンに見立てて、つんつんと触りながら押し込んだりと遊んでみる。
 華子の呼吸は再び乱れ始め、少し荒くなってくる。
 私の後頭部にまわされた華子の手が、愛おしさを伝えたいとでも言うかのように、
私の髪をそっと撫でている。

 そろそろ、次の段階へと進むべきだ。そう判断した私は、舌先をとがらせて、
彼女の胸の先端に実る果実をつつく。そして、次の目的地を目指して移動を始める。
 胸から臍を経由して下腹部へと進んできた舌が、最終的に目指しているものを悟った華子が、
太腿をぴたっと閉じて私の頭の侵入を拒むと同時に、いつになく激しい抗議の声をあげる。
「そ、そこは……。そこだけは絶対に駄目ですっ!」
 そんな華子を上目遣いでちらっと見ながら、舌はわずかに覆われた恥丘を通り過ぎて、
腿の内側をくすぐり始める。
 舌先が触れるくすぐったさに負けて、太腿に加えられた緊張が少しだけ緩んだ瞬間に、
私は華子の足を強引に広げると、華子が隠したがっていた下腹部に向けて舌を移動させた。
「だ、駄目です、って……。言ってるの、にぃ……」
 華子が見られたくない箇所から漂う、さほど強くは無い女の香りが、私の鼻腔をくすぐる。
 あまり強くない香りと同じく、華子が隠そうとしている秘所も淡い色合いのものだった。
月光に染められて、色合いの判別がつきにくい中でも、淡く艶やかに光るそこは、美しい。
「譲さんの……。馬鹿……あっ!」
 自分の恥ずかしい場所をじっと見られていることに耐え切れなくなった華子が、
消え入りそうな声で抗議をしたのだが、その抗議は私の舌が陰裂を掻き分けた瞬間に途絶えてしまった。
「だ、駄目、ですっ! き、きた、な……いっ!」
 汚いも何も、祝宴の後の入浴で全身を丹念に洗っていたらしく、
奥から溢れる女の香りは控えめで、汚いと感じるような味も香りもない。
 太腿に力を入れて、私の頭を排除しようとしているようなのだが、
私が舌を使って悪戯をしているために、その力は弱く、
逆にその位置に私の頭を固定しているようなものだった。
「汚くはないさ。君のものだから、ね」
 わざとらしく聞こえるかもしれないが、私は思ったままのことをそのまま伝えた。
「……馬鹿ぁ……」
 そうつぶやいた華子の太腿に加えられた力が、少しだけ強くなる。
 その太腿のやわらかな感触を楽しみつつ、私は華子の秘められた部分を舌で愛することに
夢中になっていた。
 色彩がほとんど消えた青みがかった薄明かりの中で、幻のように白い肌の華子が、
信じられないという表情でこちらを見ている。
 だからこそ。私は、唇全体で彼女の女性特有の部分を覆いつくすように塞いだ後で、
舌先を器用に使って襞をかきわけ、入り口をつつき、襞と襞が合わさる部分に隠れた蕾を
探し当てる。
 それらを舌で愛す間にも、指先は華子の胸へと向かい、そっと包み込んでは揉みしだく。
 華子は、その行為に、淫らな喜びをしっかりと感じてくれているらしい。
特に、蕾を舌先で軽く押し込んだときには、背中が反って一際大きな声で喜んでくれる。
「あ、あぁんッ!」
 入り口にわずかに舌先を入れて、広げるような感じで円を描くと、
少し控えめだか断続的に喜ぶような声が漏れる。
「ふ、あう、ふううッ!」
 再び顔を覆いながら、恥ずかしそうに首を横に振る華子が、ようやく搾り出せたというような、
か細い声で言う。
「声が、出ちゃうんです。……はしたない女だと、嫌わないで、くださいッ!
 ふ、ああッ!」
 私は、その言葉に素直な喜びを感じていた。
 自分が彼女に伝える愛の行為で、彼女が喜んでくれている。
 男にとってこれほどの喜びはない。それで彼女を嫌うなど、ありえない。
 だから。
 私は、一度彼女から離れて、再び彼女を抱きしめると、その唇を奪う。
 さらに、舌を華子の唇へと押し当てて、その先に侵入しようと試みる。
 最初、私の意図を把握することができずにいた華子だったが、恐る恐る唇を開くと、
私の舌を受け入れた。
 自分の口腔内を激しく愛し始めた私の舌に、彼女はとまどっていたが、
自分がどうすべきなのかをなんとなく把握したようで。
 私の舌に、彼女の舌が触れる。
 そのまま、互いの舌を絡めあう。
 脳の奥まで貫くような、甘くて激しいキス。
 やがて、華子の舌が私の口腔内に、ためらいながらも入ってくる。
 私は、彼女の舌を受け入れた。
 互いの舌が激しく絡み合い、そして離れると、混ざった二人の唾液が、
互いの舌先に名残惜しそうに糸を残した。

 その間も、彼女の陰列に潜り込ませた指は、華子の恥ずかしい部分をじっくりと愛している。
彼女の奥からあふれた愛の証が指と彼女自身を濡らして、ひどく淫らな粘着質の音を響かせる。
 そろそろ、頃合だろう。
 私の決意を感じ取ったのか、華子は小さな声でようやくそれだけのことをつぶやく。
「譲さん。わ、私、その……。は、初めてで……」
「大丈夫。わかってるよ」
 恥ずかしさに頬を染める華子に、私はなるべく優しく聞こえるようにささやいた。
 華子は未経験だとわかったが、私も経験豊富とは言えない。
何事も経験だと言う同僚達に混ざって一度だけ、赤線の向こう側に行って、
遊女と関係したことがあるくらいだ。
 そのときは、何がなにやらわからぬうちに、すべてが終わっていた。
男女の行為とはこのようなものか。などという明確な感想を抱くこともできぬまま、
経験者の仲間入りをしたのだが。今は、華子を不安にさせないためにも、
百戦錬磨の古強者のように振舞わねばならない。
 上半身を密着させて、彼女の肌のなめらかさを触れ合ったすべての部分で感じながら、
彼女の耳元でそっと告げた。
「いくよ?」
「お、お願い、します……」
 腰の角度を変えて、華子の入り口に先端が触れてから。
一呼吸の間を置く暇も無く、一気に奥まで貫いた。
「あ、あああああああっ!」
 華子の背中が弓なりに反り返り、私を抱きしめる腕に力が入る。
背中に軽い痛みが走ったのは、背中に華子の爪が食い込んでいるのかもしれない。
「だ、大丈夫かい?」
 真下に組み敷いた華子の鼻に、自分の鼻が触れるかの距離で、聞いた。
「わ、かりません……」
 目に薄らと涙を浮かべた華子は、ふるふると首を振りながら答える。
「私の中を、譲さんが。広げて、います……」
 自分の状況を伝えたあと、なんとか微笑みのようなものを浮かべた華子が、
精一杯嬉しく聞こえるように努力していることがありありとわかる声で私を呼んだ。
「譲さん……」
 その表情に、私は一瞬、心を奪われた。いや、心はとっくに奪われているので、
惚れ直したとでも言うほうが正しいだろうか。愛しさが、胸の奥から込み上げてくる。
 しばらく、彼女が落ち着くまで、そのまま繋がっていた。
初めて男を受け入れるときは、耐え難い痛みが走って云々という話を、私も聞いたことがある。
 だから、私を奥まで受け入れてくれた彼女に、自分がどれほど彼女を愛しく思っているかを
伝えるためにも、繋がったままの姿勢を保ちながら、彼女の唇を奪い、
抱きしめることで密着している胸を少し動かすことで、
華子に痛み以外の感覚を感じてもらおうと、必死になっていた。
 だが、それは、余計な気遣いだったのかもしれない。
「大丈夫?」
 再び聞いた私に、華子は少し落ち着きを取り戻した声で答える。
「思っていたよりも。聞いていたよりも、痛くはありませんでした」
 軽く、唇を重ねるだけのキスを、彼女から求めてから。
「でも、ちょっとだけ、痛いです」
 そう答える華子を、私は再び抱きしめた。
 お互いの性的な器官によって繋がっているという感覚。
 男として。女として。結ばれているという感覚。
 そんな、愛し合う二人だからこそ感じることができる感覚に、私たちは溺れていた。
「私たち……。夫婦、ですよね? 夫婦、なんですよね?」
 私の頬を撫でながら聞いてくる華子。
「ああ……。そうだよ。私たちは、夫婦だ」
 彼女の髪をそっと撫でながら答える私。
「嬉しい、です……。譲さん……」
「僕もだ。華子……」
 互いの名前を呼び合うだけでも、これだけの喜びを感じることができる。
 そんな喜びを満喫している私に、華子は決意を秘めた表情でささやいた。
「動いて、ください」
 そんな彼女の頬に、優しいキスをひとつ落としながら。
「無理しなくても、いいんだよ」
「違います」
 お返しに、私の頬にキスをした華子は。
「譲さんが私を愛してくれているんです。それが、とても、嬉しい……」
 頬を寄せて、そう耳元でささやいてから。
「だから、最後まで、私を愛してください」
 その笑顔は、反則だ。

「じゃあ、いくよ。華子。でも、無理せず、痛みを感じたら言うんだよ?」
 そう言いながらも、彼女は痛みを感じたとしても、
何も言い出さずにすべてを受け入れるように思えて仕方が無い。
そんな疑問を抱いている私に、華子は小さくうなずいてから答えた。
「お願いします。譲さん。私を、愛してください」
 彼女と唇を軽く重ね、私はゆっくりと動き始めた。
 華子の負担にならぬよう、大きく激しい動きはやめて、
ゆっくりとした小さな動きで様子を探る。あとは、彼女の反応を見ながら、
動きを強めていけばいい。
 今のところ、私の動きは、彼女に苦痛を与えてはいないようだ。
私の腕の中で何かに必死に耐えている華子に、小さな声で呼びかける
「大丈夫かい?」
「ああ……。譲、さん。私、怖い……」
 うるんだ瞳をこちらに見せながら、華子は小さな声で答える。
「もう、譲さんのことしか、感じ、られない。です」
 ほとんど抜けかかった自分の陰茎を、再び華子の中へと侵入させる。
 それを受け入れた華子は、一番奥まで入ったところで、最愛の人の名を呼ぶ。
「譲、さぁん……」
 私の背中に回された華子の手に、わずかに力が加わり、離れるのが嫌だと言うかのように、
しっかりと抱きついてくる。
「華子、くん……」
 動きは、普通の男女の交わりと変わらぬくらいの激しさとなっていた。
華子が私の動きに合わせて喜びの声を漏らすのが、たまらなく可愛い。
 密着していた上体を起こして、両腕で自分の身体を支えるようにして起き上がる。
それによって、交わっている角度が変わったために、華子の反応がまた変わる。
「あ、うんッ!」
 華子の肌の上にも、汗が浮かぶようになってきた。
 私の背中はすでに汗の玉が浮き出ているし、額にも汗の感触がある。
 かなり動きを強めたはずなのに、華子は痛がることもなく、
ただ、私の行為を深く受け止めている。
 結合部からは水気の多い音が響き、私の鼻は華子の髪から漂う女の香りに刺激され。
 私は、五感のすべてで華子の存在を確かめて、味わっていた。
 それは、華子も変わらないようで。
 今では、私の動きに合わせるように、自分の腰を浮かせたりして挿入の角度を変えて、
私をより奥へと導こうとしているかのようにして求めてくる。

 そんな華子が、とても愛しい。

 動きは一段と激しいものとなり、男を初めて受け入れたばかりの華子に容赦なく突き入れて、
奥を叩く。
 乱れに乱れた呼吸で途切れ途切れになりながらも、華子は懇願するように叫んだ。
「ゆ、ずる、さん! お、奥に……。奥に、く……、ください!」
「華子!」
 華子の最深部を穿つように突き入れられた先端から、勢いよく噴き出る白濁液が、
誰にも犯されたことの無かった奥を汚していく。
 仮に、二人の愛の行為が実を結ぶことになったとしても、それを見届け、
育むことは叶わないのだが。私たちは、その事実を意図的に無視するように、
互いを求めて愛し合った。これが最初で、最後だと知っているから。
 互いに汗で濡れた肌を重ね、普通なら不快に思うはずのその感触に喜びを感じる。
 華子の中で一度萎えかけた私のモノは、彼女の笑顔とキスとによって、
再び元気を取り戻しはじめていた。
 驚きの表情を浮かべる華子。
 だが、彼女はその表情をすぐに喜びへと変えた。
「譲さん。また、愛してくれるのですか?」
 そう言われては。誰も、拒めないだろう。


 出撃の朝。
 私と華子の指には、整備班長がわざわざ作ってくれた鉄製の指輪があった。
公私混同というか、恐れ多くも海軍の資産であり、今となっては大変に貴重な物資である鉄を、
結婚指輪に加工するなど言語道断であったが、私たちはありがたくそれをいただいた。
 今では、同じ海龍の乗組員としての連帯感の他に、夫婦としての連帯感が加わり、
愛艇とともに一致団結して敵にあたることを幸いとしていた。
 愛する者を残さず、ともに逝けるのだから、他の艇の乗組員たちよりも幸福だ。
私たちは、そう信じていた。
 傍らに立つ、純白の作業衣に身を包んだ彼女は、まるで花嫁のようで。
 共に立つ私も、今日は純白の第二種軍装だ。だから、見ようによっては、
新郎新婦の晴れ姿と見えなくもない。
 そんな他愛も無いことを考えていた自分を笑いつつ、
こちらを見上げている最愛の人に呼びかけた。
「さて、行こうか。華子君」
「はい!」
 愛らしい笑顔で答えてくれる彼女を見て。私は任務の重要性を一瞬忘れそうになるくらい、
幸せな気分に満たされていた。



 第七七四菊水隊――海龍特別攻撃隊は、九十九里浜沖の米機動艦隊と輸送艦隊に向けて、
定数一二隻のうち、一一隻の海龍を発進させた。
 うち、二隻は機関の不調により引き返し、九隻は敵に突入できたものと推測された。
 沿岸部に展開していた陸軍の観測記録によれば、上陸を試みた米軍の艦艇に一時的な
混乱が見られ、激しい大量の水柱があがっていたとの報告もある。
そのうちの大半は、潜水艇に対する爆雷攻撃によるものだったようだが、
船腹の間近で立ち上った水柱を観測した者もいる。
 一方、米海軍の記録によると、その日、北方より接近する潜水艇多数を発見し、これを迎撃。
その大半を撃沈したものの、二隻の突入を許したという。
 損害は駆逐艦一沈没。リバティ級輸送船一大破。
そのリバティ船は、搭載物資のうち使用可能なものを水揚げした後、雷撃処分とある。
 これが、第七七四菊水隊の戦果であるか。また、だれの艇が戦果をあげたかについては、
日本側には明確な資料が残っていない。
 ただ、橘 譲少尉と橘 華子三飛曹の乗る第一二号艇は、
当日引き返した不運な艇には含まれていないことが、
第七七四菊水隊の司令が残した個人的な日誌により判明している。

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