2chの「軍人や傭兵でエロ」のまとめwikiです

■chapter4 ―― 深淵

 その日の夜も、行きがかり上さらに数人の男の性欲処理をしなくてはならなかったが、それはもう問題ではなかった。ターニャは露骨に顔をしかめたが、手に入れた情報の価値を思えば、収支バランスは悪くない。
 村長からは、様々な傍証を得ることもできた。マイアが村の少年自警隊に参加していたこと。彼女はとても優秀な成績を収めており、在郷の退役軍人から首都の青少年親衛隊に推挙しようという話もでていたということ。その提案は、マイアが「存在しない子供」であるゆえに拒絶されたこと。問題の写真も、役人や仲間に確認をしてもらうという口実で、手持ちのデジカメに納めた。
 もうひとつ私の興味を引いたのは、村長の弟であるユーリ・オルロフの写真だ。彼は濃いサングラスをかけていた。なんでも糖尿が悪化して、ほぼ失明状態だったらしい。さすがにこちらをデジカメに収めることはできなかったが、基地に帰ったら記憶が薄れないうちにイラストを起こしてもらったほうがいいかもしれない。関係者のデータは、ひとつでも多いほうが望ましい。

 帰りのヘリのなかで、私はレポートをまとめた。ターニャはターニャで、慣れないコンピューターと格闘している。30分ほどで自分の作業が終わったので、私はヘッドセットをつけて、ターニャの報告を口述筆記してあげることにした。途中からターニャが調子に乗って、口調が講談調になったあたりで、アイクからぼそりと「真面目に仕事しろよ」とかいう茶々が入る。なんのかんので、この二人は仲がいいような気がする。
 基地に戻って、私は大尉にレポートを提出しに行く。明らかに寝不足なハント大尉は、USBメモリを受け取ると、「男性隊員の劣情を喚起しないうちに、とっとと風呂に入って着替えてこい」と不機嫌丸出しで言った。
 情報軍制服の着替えは、ヘリの中にも用意してあった。ただ私はターニャと違って、ヘリの中で生着替えする度胸がなかったし、チャドルを着たまま基地内を歩く勇気もなかった。それだけのことなのに、なんでそんなに怒るかな。

 シャワールームに行って、念入りに身体を洗う。備え付けのボディソープを手に取って泡立てていると、思い出したように怒りが沸騰した。カイナール村での「客」は、おおむね悪印象の抱きようがない人々だったが、一人だけ例外がいたのだ。
 ああ、クソ、忘れようと思ってたのに。思い出すだけで腹が立つ。
 あのエロハゲメタボオヤジは、シックスナインを要求しただけじゃなく――それだけでもボランティア料金の範囲は超えてる――私を下にして押さえ込むと、あ、ああ、ぁ、アナルを執拗に舐めやがったのだ。
 ううっ、まったく、思い出しただけで虫唾が走る。
 私には、縛られたり殴られたりの趣味はないし、ノーマルなセックス以外に興味はない。そもそも私が在籍してた店じゃあ生姦だってご法度だった。近いうちに生フェラも禁じ手になるんじゃないかという噂がまことしやかに流れていたくらいだ。連合軍御用達の慰安所ともなれば、そのあたりの衛生管理はかなりうるさい。

 ラックからもう一度ボディソープを手にとって、右手に搾り出した。まずは臀部から腰椎のあたりに広く塗布して、たっぷりと泡立てる。それから、ややデリケートな地帯をマッサージするように洗う。さすがに「手で直接触るだなんて……」とか思うほど、おぼこくはない。10年前なら分からなかったが。
 あちらこちらを丹念に洗って、ざっとシャワーで泡を流すと、気分的にだいぶほっとする。アナルは、生理的に受け付けないというだけではなく、カレンからもきつく「絶対に許してはダメ」と教えられた部分だ。
 衛生学的にもその主張はまったく正しい。例えば、アナルに挿入された男根を、そのままヴァギナに挿入されたら? なるべく早く対処しないと、大変なことになりかねない。

 そんなことを考えながら臀部のあたりを洗っていると、ふと自分の体が少し熱っぽいような気がし始めた。この熱さは――風邪だとか、その手のトラブルでは、ない。要するにこれは、あれだ。うん。
 ま、まあ、考えてみればこの半年、そちら方面とはご無沙汰だった。村では男たちの性欲処理をしてやったとはいえ、私の欲求はまるで満たされていない。
 私はおずおずと、自分の秘所に触れてみる。やはり、ちょっと熱を持っている、気がする。

 シャワーを頭からかぶりながら長く息を吐いて、状況を整理する。やっぱり、半年の禁欲生活はそれなりにストレスだった。私は格別に性的欲求が強いほうではないし、どちらかといえば弱いほうだと思う。変態プレイへの欲求だって皆無だ。
 そうは言っても、それなりに健康な出産期の女として、最低限の性衝動は否定できない。そこに向かって、2日で二桁の男の相手をさせられたのは(それでいて一度もこちらが満足していないのは)、「焼けぼっくいに火がつく」には十分な火力だ。

 そんなことを考えている私の指は、いつのまにか秘裂をゆるやかに弄っていた。いやいや。いやいやいや。それは良くないから。いくらなんでも。やっぱりさすがにある程度までパブリックな場所で、これはまずいって。
 指先に少しぬるりとした感触がある。私はかあっと赤面して、あわててシャワーのノズルを下腹部に向けた。あれだ、ターニャが訓練にでも出た隙に、毛布をかぶってベッドの中で。そうだ。そうしよう。

 そう決めたのに、シャワーの水流が適度な刺激になってしまって、指を離すことができない。本物の刺激には全然遠いけれど、思わず目を閉じてしまうくらいには染み込んでくる。ああもう、何をやってるんだろう私は。こんなことに水資源を無駄遣いするだなんて。
 そんな思いとは裏腹に、シャワーブースの壁にもたれかかって、愛撫を続行する。シャワーを秘所にあてがい、指はクリトリスを探る。軽く痺れるような刺激が走り、体の芯が熱くなっていく。噴き上げる水流が、淫唇をほどよい感じにくすぐり続けている。
 肉芽をきゅっとつまむと、思わず声が漏れかけた。いけない。それはさすがにマズい。半開きになった口を固く結び、そっと愛撫に戻る。ジン、ジンと快楽が湧き上がってきた。呼吸が荒くなってくる。
 うつむいて犬のようにハッハッと息をしながら、押し寄せてくる快楽の波を受け止める。人差し指と中指を細かく痙攣させると、ぐっと深い快感が突きあがってきた。
 まだなんとか理性が働いているうちにブースの床に正座し、膝を開く。個室タイプだから、声を出したり、大きな物音を立てない限りは、何をしているのか悟られないハズだ。立ったまま自慰にふけったあげく、イッったとたんに転倒してメディックとかいう展開だけは避けたい。

 精神的には温まってきたが、実際の体のほうはやや冷えるので、手を伸ばしてシャワーノズルを壁のフックにかける。お湯を背中に浴びながら、右手で陰核を刺激し、左手で乳首を愛撫する。乳首はいつのまにか硬くしこっていて、軽く力をこめて摘むと、ぞくりとするような刺激が走った。
 私は肉芽を弄ぶのを一旦止めて、花弁のほうに指先を這わせる。本物の花びらを柔らかく押し広げていくように、ゆるりゆるりと裂け目をまさぐった。蕩けるような感覚がお腹のあたりに押し寄せ、頭がぼうっとし始める。クリトリスで感じる花火のような鮮烈な快感も好きだが、どちらかといえばこうやって自分の理性がゆっくりと崩れ落ちていく過程を愉しむほうが好みだ。さすがに、今ここで趣味全開というわけにはいかないが。
 たっぷりとお湯を吸った髪を背中に跳ね上げる。ちょっと長くなってきた。時間に余裕ができたら美容室に行きたい。基地でも「散髪」はできるが、あれはどうにもいただけない。さすがに以前お気に入りだった美容室に行くわけにはいかないが、せめて同じくらいの……ああ、でも思い切って以前じゃとても敷居がまたげなかったクラスに行ってみるのも一興かも。

 埒が明かないことを考えながら、行為を続行する。腹筋のあたりが軽く痺れてきた。いい兆候だ。とにかく一度達してしまえば、楽になるに違いない。ターニャも同じシャワールームの、どこか別のブースにいるのだ。ちょっとばかり急いだほうがいい。
 乳首と乳房を弄んでいた右手を、クリトリスにあてがう。はじめは軽く指先でノック。きゅんと体が締まった。いい感じだ。左手の指を、膣の内部へと少し侵入させると、どろりと暖かな体液がこぼれた。それと一緒に声が出そうになって、あわてて唇を噛む。

 左の中指を思い切ってずぶりと深く沈め、鋭敏な襞を辿る。右の指先は肉芽をくいくいとこね回した。背筋に悦楽の波が走り、折りたたんだ足の指先が痙攣する。ああ、そう、これだ。
 ざあっという水音とけぶる湯気が、非現実感を高めていく。それなりに豊かな家で育ったという自覚はあるが、こんな贅沢が許されることはなかった。もしかしたらこれくらいは可能だったかもしれないが、恥ずべき浪費だと教えられてきたのだ。
 海外にも何回か留学したし、講演や学会にも出席したことは多いが、こんな途方も無い水の使い方を許してくれる場所はなかった――しかも、下卑た欲求を満たすために使うだなんて。

 私は無意識のうちに誰かの名前を頭の中で繰り返そうとしている自分に気がついた。
 かつて同僚に「よくなんのオカズもなしに一人でできるね」と褒め(?)られたことがあったが、それほど難しいことではない――要は想像力、あるいは妄想力だ。誰かに抱かれているところを想像し、その人の指先が自分を責めているのだと強く思えば、それで何度でもイける。もちろん読み捨てのハーレクインあたりの描写を思い出すのでも構わない。
 問題は、ここで何を想定するか、だ。イリーヤとの初体験はいいネタだったのだが、今となっては気分が乗らないことおびただしい。カレンとの日々もまた満たされた毎日だったけれど、こちらは思い出すにはあまりに痛みが大きすぎる。

 と、すると。さて。

 いや、いや、ターニャとか普通にあり得ない。彼女はどうみてもヘテロだ。それに上官と部下という立場で毎日のように顔をつきあわせる関係なのに、こんなところで変な妄想をかきたてる場合じゃあない。
 ああ、じゃあ――いや、ダメだ。それはダメ。それだけは、ない。

 ……ううっ、どうしても思いつかない。

 昔、馴染みだった客。これもダメだ。今となってみると、なんだかあまりにもあの日々は遠くて、まるで実感が沸かない。
 理性がうろたえる一方で、右手と左手は勝手に快楽を掘り起こし続けていて、体のあちこちがぴりぴりと震えている。このまま達してしまいそうだ。こんなにも肉体は愉悦に酔っているのに、心のほうがそれに追いつけない。
 どうしようもないので、何かどうでもいい恋愛小説のいちシーンでも思い起こそうとする。だが咄嗟に頭に浮かんだのはアンナ・カレーニナだった。うぁ、トルストイ先生ごめんなさい。

 ……でも私には、彼女の気持ちが分かる気がする。
 いや、恋をしたことのある人間ならば、男だろうが女だろうが、あの燃えるような想いを感じたことがあるはずだ。

 指はもう止めようもない。身体はガクガクと震えっぱなしだ。気がつくと、私は床に額をついて、這うような姿勢をとっていた。
 破滅に向かって一直線に突っ走る、恋。いや、その行く先がどうであるかなど、問題ではない。彼女の終着駅は、その恋の始まりにおいて既に規定されていた。そのことは、分かっていたはずだ。そういう分岐点に立ったことを意識する、その瞬間に襲い掛かる慙愧と諦念。それは、ずっと、ずっと、重すぎる首飾りのようにまとわりつき、それでもその重さを知ればこそ、体の中で燃え上がる炎は止められなくなる。

 結局は、どうでもいいこと、なのだ。だから大事なのは、今、生きているという事実。「彼」と私が同じ時間を共有し、互いの存在を意識しあっていることを、体の内側で確認しあう行為。
 そう、だから、こんな風に――もっと、激しく突き上げられ、敏感な襞を抉るように蹂躙され、体のありとあらゆる部分で「彼」を感じて。
 呼吸が浅い。こめかみのあたりがチリチリする。勝手に、ぐぐっと下腹部に力が入った。ずくん、ずくんと鈍い鼓動のようなものが、尾てい骨から頭のてっぺんまでを貫いている。

 ああ、来る。
 もうダメ。
 あ、ああ、もう――
 あ、あ、もう、だめ。
 ダメ。

 秘裂からどっと体液が溢れだした。無言のまま大きくのけぞる。痙攣は指先まで支配して、その震えがさらなる快感を呼び込んだ。喉の奥から、低く呻きが漏れる。

 わずかな忘我の後、全身から力が抜けた。まだ秘所がびくびくと脈打っている感じがするが、大きな波は去っていく。
私は荒い息をつきながら、しばらくシャワーに打たれるがままになる。

 ううっ、こんな場所で、こんなことをやってしまった。自己嫌悪。

 ――が、立ち上がろうと思ったところで、異常に気づく。どうも……なんだ、これはその……体の火照りが去っていかない。
 のそのそと立ち上がって、いまだわずかに体液が滴っている秘所をシャワーで洗う。水流とお湯が刺激になって、身体が再び何かを期待するように脈打ち始めた。何これ。いや、そりゃあ今のはわりと身体だけ先に絶頂に達してしまったという状況ではあったけど、だからってこれは何なの。
 戸惑いながら、シャワーのノズルをぎゅっと秘所に押し当ててみる。
クリトリスと陰唇が絶え間なく刺激され、えも言えぬ不思議な快感が湧き上がってきた。いやだ、私はまだ「したい」わけ?

 目がシャワーヘッドに釘付けになっている。プラスチック製の、お洒落で細身のヘッドだ。こういう場所にあるものといえば金属製でごついやつというのが相場なのだが、そもそも情報軍はPMCであり、軍隊的訓練をまるで受けていない女性職員も相当数いたりする(かく言う私も似たようなものだ)。なんだかんだで、機能性や耐久性よりもデザインを優先している部分は少なくない。特に、こういう共有部は。
 それはそうとして、今の自分は明らかにどうかしている。そりゃあ、無理すれば挿入できなくはないサイズ、では、ある。だがそういう問題ではない。はずだ。衛生的な課題もあるし。いや、主眼はそこではない。
 思わず視線が周囲を泳ぐ。小さなシャンプーボトルを見つけた。あー、これなら、まぁ、どうだ。いやいやいやいや、どうだ、じゃない。これなら、じゃない。何をどう定義しても、おかしい。異常だ。おかしすぎる。主に理性とか常識とか脳とかのあたりが。

 さて、それもそうとして、どうかしている肉体をどうにかしないことにはどうにもならない。うわ、何を言ってるんだ私は。理論関係子が崩壊している。
 とにかく、いくら物理的に可能そうだからといって、シャワーヘッドをヴァギナにインサートというのは、アブノーマルにもほどがある。ううん、外来語使ったからといって表現を濁せると思っているあたりがまた救いがたい。
 落ち着け、落ち着け。どうどう。
 でもそのとき、私の右手はシャワーヘッドを自分の局部をぐいぐいと押し付けていた。あああああ。何が何なの。何をしてるの。待って、待って、もう、やだ、やだってば! やめなくちゃ!
 つややかなシャワーヘッドには、水流のオンオフが可能な大き目のボタンがついている。ごつごつとしたその部分を裂け目に這わせ、ぐいっとクリトリスにこすりつけると、今までとは違った快感が沸きあがった。理性は必死で何事かを叫んでいるが、本能は貪欲に快楽を貪る。

 なし崩しに溶解していこうとする理性が、必死の計算をする。とにかく、こうなってしまったら我慢とかその手のものは無理だ。まるで無理だ。とことん行くしかない。でもそれはそうとして、やっぱりここで大声をあげるのはまずい。絶対にそれはやっちゃいけない。
 もしかしたらというか確実にセキュリティカメラが回っているような気もするが、それでもやっぱりライブで生放送しちゃうのは譴責ものだ。
 となると、何が何でも声だけは我慢しなくてはならない。他の何を我慢できなくても、この一線は譲れない。
 割り切ってしまうと、少し気持ちが楽になった。シャワーヘッドで秘所を刺激し、ときにはホースを跨いで腰を絡ませる。本物の刺激にはほど遠いけれど、とにかく、「ほしい」のだ。
 だんだんまどろっこしくなってきて、シャワーを床に投げ出し、右手の指を3本まとめて裂け目の中に忍び込ませる。頭の中で火花が散った。構わず、激しく指を前後させる。ああ、そう、もっと。もっと。こんなのじゃまだまだイケない。

 ぐじゅり、ぐじゅりと、淫らな音を立てながら、3本の指を膣の中で往復させる。やっぱり男の指とか、アレとかには、とてもかなわない。でも止められない。下腹部から絶え間なく突き上がってくる快楽が、脳の中で増幅され、全身の神経を震わせていく。左手でクリトリスにも刺激を送り込む。背中にぴくりと張りを感じたけれど、これよりももっと――もっと、「どうしようもない」快楽があることを、私は知ってしまっている。
 足りない。これじゃ足りない。
 あの、全身が溶けるような、上も下も右も左も分からなくなっていって、ただただどこまでも落ちていくような、あそこにたどり着きたい。

 ああ、もっと。

 もっと、早く。

 ああ、もっと、強く。

 ぐっと膣が収縮する。構わずに指を奥に突き立て、何度も、何度も、身体の一番深い部分を突き上げる。身体のあちこちが小刻みに震え、汗と体液がほとばしる。

 絶頂は唐突に訪れた。視野がふっと暗くなったかと思うと、一瞬の落下感覚が襲う。必死で声を殺したが、喉が鳴るのまでは堪えられなかった。秘所に差し入れた右手の指が、暖かい液体にふわりと包まれる。

 数秒間、ほとんど失神していたのだと思う。自分を取り戻したときには、シャワーブースの壁にもたれて、ぺたりと床に座り込んでいた。局部はまだ軽く脈打っているが、熱い塊のような欲望は過ぎ去っている。
 私はふらふらしながらも立ち上がって、全身にシャワーを浴びた。もう一度ボディソープを手にとって、指から手、腕と、局部を洗う。まだいくらかの刺激は感じたが、その先に行こうと思うほどではない。

 ふぅ……。

 ボディーソープを洗い流してからシャワーを止め、ぐっしょりと濡れた髪をしぼる。頭も洗いなおしたほうがいいような気がするが、さすがにもうそこまで時間を使ってはいられないだろうし、そんな体力もない。やれやれ。いったい、もう、何がどうしてしまっていたんだろうか?
 シャワーカーテンを開ける直前になって、慌ててシャワーヘッドとホースをざっと洗い流す。なんだこの惨めさは。

 シャワールームを出ると、脱衣所で半裸姿のターニャがスポーツドリンクを飲んでいた。そしらぬ風を装って私も自販からスポドリを買い、彼女の隣に腰かけて水分を補給する。
 と、がしっとターニャに肩を組まれた。
「か・た・ぎ・り・しょ・う・い・ど・の! ず・い・ぶ・ん・と・ご・ゆっ・く・り・で・す・ね!」
 やばい、バレてる。
「少尉、いくらなんでもシャワーカーテンを過信しすぎでしょ。声はしなかったけど、呼吸がさー。もうねー。一応は公共の場なんだから、ちょっとくらいは、恥じらいとか? その手のものを?」
 やばい、バレてる。
 ターニャは軽くため息をついた。
「冗談はこれくらいにして、髪を乾かしたら、メディカルチェックに連れてくよ。感染症検査はデフォだけど、性病の検査は追加メニュー」
「ううっ」
「ううっ、じゃないよ、少尉。後悔するようなセックスなんてしなさんな」
「本番はしてないもん」
「そういう問題じゃないから。やれやれ、そこのドライヤー取って」
 ターニャにドライヤーを渡すと、彼女は私の髪を梳かしながらドライヤーをあてた。そ、そこまで急がなくたって。

「ねえ、あたしも人のことは言えないかもしれないけど、もうちょっと自分を大事にしようよ。全力疾走で生きるのは、悪くないと思う。どうせ生きるなら、あたしもそうやって生きたいし、生きてるつもり。
 でも、全力疾走するなら、余所見しちゃダメ。
 ましてや、わざわざ一歩踏み間違えたら奈落の底みたいな場所を選んで走るなんて、ただの馬鹿よ?」
「うん――でも」
「生き方を変えるのに、手遅れっていう言葉はないわ。諦める暇があるなら、なんとでもできるって」
「――ありがとう。頑張ってみる」

 複雑な思いを抱えたまま髪を乾かしてもらっているうちに、ふと、自分がガタガタと震えていることに気がついた。寒い? そんなはずはない。両手で自分の身体を強く抱きしめ、震えを止めようとする。小刻みに、手が震える。膝も笑い始めた。呼吸が苦しくなってくる。なにこれ。さっきからずっと、私は何か変だ。
 ターニャがドライヤーを止め、背中から抱きしめてくれた。自分でも意識しないうちに、どっと涙がこぼれる。ターニャの体温を感じながら、私は正体不明の激情に揉まれていた。
「お疲れ様、カタギリ少尉。初任務、ほんとうにご苦労さまでした。それから、生還おめでとう」
 ターニャが母国語で囁く。
 ああ、そうか。私は今の今まで、ガチガチに緊張していたのだ。その緊張が、一気に解けた。それで、自分をコントロールできなくなっていたのだ。
 そこまで理解すると、身体の力が抜けた。震えも涙も止まらないが、呼吸は落ち着いた。私は自分のロッカーの鍵のナンバーが18なのを確認して、フィボナッチ数列の18番目を公式を使わずに暗算する。自然と震えが止まり、涙も止まった。もう、大丈夫。私は、私に戻ってきた。
 背後で、ターニャがくすりと笑う。
「早いね。素質があるよ、少尉。普通は半日ほど使い物にならないんだけど」
「素質、なのかな。とりあえず、半日くらい眠りたい気分」
「じゃ、さっさとメディカル行って、飯を食って、寝ましょ。任務直後の24時間は無条件で休暇よ」
「眠い」
「メディカルと食事が先。ほら、もう髪はいいから、着替えて。まったく、あばら骨が浮いてるのって、痩せてるんじゃなくて、痩せすぎって言うと思うんだけど、って、あーあー、ここで寝ないの。ほら、立って!」

 目が覚めると、まるまる24時間が経過していた。自分がそんなに眠れるということに驚く。喉の渇きと空腹で眩暈がするが、とりあえず手洗いに駆け込む。人間の身体は、本当にわかりやすい。手洗いの中でタバコを一服吹かすと、生きている実感が全身に染みこんだ。
 私は見たことのない、ぶかぶかのジャージのようなものを着ていた。きっとターニャが寝巻き代わりに彼女のトレーニングウェアを着せてくれたのだろう。胸のあたりが必要以上にダブつくのが微妙に気になるが、いやいや、彼女のあれは筋肉ですから。負けて当然ですから。体格も全然違うし。うん。

 くそう。

 くだらない感想を抱きながら、そそくさと制服に着替える。まずは水。それから食事だ。
 食堂に行くと、大尉にばったり出会った。厚切りのトマトとアボカドが挟まったサンドイッチがおいしそうだ。
私も同じものを注文し、大尉のあい向かいに座る。
「レポート、読ませてもらった。興味深いな」
「決定的な部分がまるでつながりませんけどね」
「まあな。これを食ったら、ちょっとばかりターニャと相談がある。付き合ってほしいんだが?」
「いいですよ」
 それっきり大尉は黙り込んでサンドイッチに集中し始めたので、私も自分のサンドイッチにとりかかる。が、半分くらい食べたところで満腹になった。ここの食堂は、絶対に量がおかしい。
ちらりと大尉が私の皿を見るので、無言で皿ごと押し付ける。
「ちゃんと食えよ」
「食べてます」
「残すくらいなら俺が食うけどな」
 私は軽いデジャヴュを感じつつ、タバコを取り出して火をつける。今のうちにニコチンの補給をしておかなくては、いつ禁煙ゾーンに連れて行かれるかわからない。
 タバコを吸う私の前で、大尉は黙々と1.5人前を平らげた。この人たちの胃袋はどうなってるんだろう。

 食事を終えると、私たちは会議室に向かった。ターニャはファイルを片手に、床で柔軟体操をしている。
「待たせてすまなかった。報告を聞こう」
 ターニャは無言でファイルを大尉に手渡す。ハント大尉は、しばらくそのファイルを見ていたが、やがて険しい表情で呟いた。
「なんてこった」
 ぱたんとファイルを閉じると、大尉は私にファイルを投げてよこす。牧歌的とすら言える、のどかな牧場の写真だ。爆弾で吹き飛んだのか大きな納屋が全壊しているが、それ以外はただの牧場。この国の田舎にいけば、いくらでもこんな風景が転がっている。
「――これは?」
 ターニャは囁くような小声で答える。
「カイナール村のどっぱずれにある、元牧場。結婚式が行われていたところに、連合軍が誤爆した場所」
 つい、私も小声になる。
「写真を撮ってたの? でも報告書には」
「あたしも任務で行っていたわけで。人の心に踏み込むのは少尉のほうが上手だけど、戦場の痕跡を調べるのはあたしの仕事。で、ここまでヤバイ話を、とてもじゃないけどヘリの無線に乗せるわけにいかなかったので」
「サーモバリックだ」
 突然、大尉が割り込んだ。
「サーモバリック?」
 思わず鸚鵡返しになる。
「マスコミはFAEB、燃料気化爆弾と呼んでる」
「ああ」
「この爆撃跡は、サーモバリックの特徴を示してる。俺がつかんだ情報とも一致しやがる」
「つまり?」
「誤爆ではあり得ない。戦時中じゃないんだから、サーモバリックの搭載許可がそんなに簡単に下りるはずがない。平時にこいつを人に向かって使うなどと言ったら、軍のかなり上の方まで決裁を通したうえで、関係者何人かのクビが飛ぶ覚悟が必要だ。マスコミ的に誇張して言えば、超小型戦術核を打ち込むようなものさ。間違って撃てるものじゃないし、普通はそれくらいなら特殊部隊が投入される」
 ようやく私にも状況が理解できた。軍隊用語は、集中講義を受けたとはいえ、まだまだ不得意分野だ。
「ただの結婚式場に、特殊部隊ではなく、サーモバリックを叩き込む理由があるとすれば、爆弾を落としたパイロットには誰が死んでいて誰が死んでないのかわからないが、特殊部隊は自分が殺した相手の顔をしっかり見る、この差だ。
 クソ、どうりで治安維持軍の資料写真からフォトショップ臭がするはずだ。間違いない。これは誤爆なんかじゃない。暗殺か、そうでなければ、もっと悪いものだ」
「誰が? 誰を? 何のために? もっと悪い?」
 ターニャが囁くような声で言う
「わからない。何一つ。わからないが――」
「最大の問題は、これが私たちの追っている事件と関係があるのかどうかすらわからないということです」
「その通りだ。俺たちは、どうやら一歩踏み間違えたら奈落の底みたいな場所を選んで走ってるみたいだぜ、諸君」
 ターニャが大きなため息をついて、囁き声で質問を続ける。
「大尉、情報軍は信用していいの? 本当のこと言うと、あたし、外でこの話をしたかったんだけど」
「大丈夫だ。もちろん、ごく一部が何らかの関与をしていることは、あり得る。だが上層部がまるごとグルになっているんだったら、俺たちはこの案件の再調査など許されなかっただろうし、ましてやカタギリ少尉を抱え込むことなど絶対に許可されなかったはずだ。単に、野垂れ死ぬに任せただろう」
「ああ、そうね。それだけでもずいぶん気が楽になった。内ゲバは、前の職場でもうコリゴリ」

 大尉とターニャのやりとりを聞きつつ、私はもう一度ファイルを開く。私の目には、やっぱりただの、のどかな牧場にしか見えない。だがこのありふれた風景の裏側には、人知を超えた深淵が渦巻いているのだ。
 私は得体の知れない寒気を感じた。深淵を覗き込むのであれば、深淵もまた私たちを覗き返すだろう――そしておそらく、カレンもまた、深淵を覗き込んだのだ。
 彼女は、そこでいったい何を見たのだろう? 
 そして彼女はいったい、何に見られたのだろう?

(第5章「絶望」に続く)

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