2chの「軍人や傭兵でエロ」のまとめwikiです

■第10章 ―― カレン

 視界は闇に閉ざされていた。
「ほしいのか? ほしいんだろ? ちゃんとおねだりしてみせろよ」
 私は呼吸を整えながら、言葉を搾り出す。
「ほ、ほ、しひ、ふぇす……」
 多穴のボールギャグを噛まされた口からは、まともな声がでない。
 数人(実際には3人だ)の男たちは忍び笑いを漏らすと、私をベッドの上にうつぶせに押し倒した。

 モーターの動く、ブーンという音が聞こえる。すぐにその音は2つになった。
 一本目のバイブレーターが、濡れそぼった局部に挿入される。かなり太いが、痛みを感じるほどではない。
 二本目のバイブが、アナルにねじ込まれた。こちらも相当な大きさだが、ちゃんと専用のものを使っているので怪我する心配はない。この商売、身体が資本だ。
 下半身に専用のベルトが巻きつけられて、異物が固定される。二つの穴をふさがれた私は、怒涛のように湧き上がってくる快感にあえいだ。
 実のところ、自分をコントロールすればこの状態でもそれなりにシレっとしていられなくはないが、我慢しながらも快感を受け止めている女という構図に欲情する男が圧倒的多数を占める(ソース:自分)ので、素直に刺激を受け入れることにしている。無駄に演技しても、疲れるだけだ。

 胸に打たれた縄のせいで、少し息苦しくなってきた。
 ちゃんと縛れる人間ならばこんなことはないし、あの蕩けるような酩酊感は一度味わうと癖になる。結構ヤバイ。が、当然ながらそれは特殊技術であって、「ちょっと興味があって試してみたい」程度の連中に手が届く世界ではない。どうやら、こっちについては若干の演技が必要なようだ。

 そうするうち、ルームサービス(といえば聞こえはいいが、ただの出前)が到着したらしく、部屋のベルが鳴る。ぼそぼそと料金を支払う声が聞こえてきた。私はベッドの上でのたうって、羞恥を演技してみせる。
 当たり前だが、恥ずかしさなど感じる余地はない。出前を届けにきたのはボーイのミーチャだし、そも娼館で娼婦が恥じるも何もあったものではない。でも、ここらはサービスというやつだ。かつてニールが「萌えツボ」という名前の記号論的撞着の特殊結節点について私に講義してくれたことがあったが、その応用と言える。
 ドアが閉じられた。ベッドの上で身体をくねらせ、羞恥と快楽の板ばさみになっている(観測事実としては、そうなっているはずだ)私を視姦しながら、男たちは食事と雑談を始める。上官に対する愚痴、故郷の思い出、これまで抱いてきた女についての自慢、エトセトラ、エトセトラ。会話にほとんど意味はないし、デフォルトで虚偽成分が5割を越えている話に耳を傾けても退屈なだけだ。

 食事が終わって缶ビールを開けたところで、ボールギャグが外された。口元に、勃起した男根を押し付けられる。私はむさぼるようにそれを口に含み、奉仕を始めた。これまでの経過を鑑みると、ストーリー的に「むさぼるよう」であったほうが整合性が高いからだ。高給を取りたかったら、身体と一緒に夢も売るというのが一番効率がいい。ついでにヘンタイプレイにも手をだせば、さらに効率は上がる。
 やがて男たちは次々に私の口のなかで果てた。私は最後の一人のスペルマを口の端から垂らしながら、ベッドの上でぜいぜいと荒い息をつく。もうちょっと胸が大きければ、垂れた精液を胸の上に溢したりするのだけれど、以前実験的にやってみたところアレってのは胸にへばりつくから絵になるのであって、スムーズに胸板の上を滑り落ちていくのでは「非常にみっともない」という自己評定を下さざるを得なかったので自粛している。

 ベッドにうつぶせていると、腰から足にかけて巻きつけられていたベルトが外され、ヴァギナとアナルからバイブが摘出された。きっと、二つの穴は「だらしなく開ききっている」のだろう。それを見て、男たちが笑い声を上げる。
 なんというか、毎回ここで笑える彼らに、ある種の敬意すら表したくなる。――それともそんなに面白い風景なのだろうか。今度、鏡で確認してみよう。
 今後の予定をそっと心の棚にピン止めしていると、最初の男が局部に侵入を開始した。当然のゴムつき。「生中OK」な店を信用するような、そんな馬鹿男を相手に命を縮めるつもりはない。生フェラしてるんだから一緒だ? うーん、まぁ、そこはそれ、商売上の競争ってのがありましてね。
 続いて、次の男がアナルに挿入する。さすがにちょっと息が詰まる。最後の一人が私の口にイチモツを突っ込んで、彼らはゆっくりと動き始めた。
 さすがに事態がここまで進むと、自制するのもだいぶ大変になってくる。でも彼らもそれを期待しているわけで、わたしは遠慮なく快楽を貪ることにする。適当に締め上げたり、巻きついたりしながら、えっちらおっちら。「わっしょいわっしょい」と言った人もいるけど、私は「えっちら」な感じ。
 やがて次々に男たちは欲望を吐き出し、それから穴と棒の対応関係を更新してもう一戦やったところでタイムアップ。
 目隠しを外して、縄を解いてもらってから、お支払いの時間。延長込みの、本来1人分の時間枠で、通常のほぼ5倍近い料金。彼らは礼儀として「たけぇなあ」とは言うが、ご不満なくお支払い頂く。
 部屋の出口まで客たちを見送ってから、着替える。今まで着ていたのは、治安維持軍の女性将校用礼装。半年前には、いろいろな意味であり得なかった状況だ。身分詐称&自爆テロのコンボを避けるため厳重に制服の管理がなされていたあの頃と違い、今ではちょっと頑張ればこの手のお衣装が手に入る。
 が、さすがにこのままフロアに戻ることはできない。というかこのコスプレサービス自体が、常連限定のシークレットだ。店にバレたら、クビにはならないだろうが、それなりに怒られることは疑いない。



 ……ああ、そういえば、一度だけ、私に本気で惚れたらしき馬鹿がいた。彼は私にこんな仕事はやめろといい、俺が養ってやるといい、俺と暮らしてくれといい、俺と一緒に俺の国に帰ろうと言い張った。
 私は曖昧な笑みをプレゼントすることはしたものの、それ以上は何一つ約束しなかった。

 ただ、あまりにウザかったので、「なぜこんなことを続けようとするんだ」という質問には、一度だけ答えた。

 なぜなら私は、うっかり油断すると、自殺するからだ。
 けれど、まだ死んではいけないからだ。

 寄る辺なく社会の最下層に流れ着いてきた、まるでこの世界になじめない娘たちに、生き延びるための技術を教え、基本的な生存戦略を講義し、必要に応じて金銭的な援助をする(出世払いということにはしているが)。そのためには、私は普通の3倍から4倍は稼げなくてはいけない。
 だから、稼ぐ。
 そして、より効率よく稼ぐにはどうしたらよいかを考え、実験し、実践し、修正していく。そうやって自分を忙しくしておくことで、私は現実から離れていられる。死への欲望を、忘れていられる。
 もちろん、ダメなときはある。そんなときは、私が突然いなくなったら困るであろう彼女らのことを考える。いや、実際には彼女たちは困らないだろう。困らないようなシステムの構築方法を教えているのだから。でも、私は自分勝手に「困るに違いない」と仮定することにしている。
 そうすることでのみ、最も強い衝動とも戦えることが分かったから。

 嘘だ。
 そういう話を、しようと思ったけれど、結局やめた。それは彼が望んでいる答えではなかったから。
 ある日を境に彼はぴたりと店に来なくなり、彼が帰国する前日になって、一通の手紙が私の手元に届いた。私は彼のサインだけ確認して、封筒ごと燃やした。ゴミ箱に捨てるのではなく、そんな手の込んだことをしたのは、何かの間違いで彼がもういちど私の客になったとき、彼は「あの手紙はどうした」と私に聞き、それに対して私が「読まずに燃やしたわ」と答えることを期待しているからだ。

 そんなものだ。
 何がそんなものなのか、説明は難しいが、そんなものだ。

 そんな、ものだ。



 ドレス姿に戻る前に軽くシャワーを浴びてから(上水道が復旧したのは実に素晴らしい)、私はフロアに戻る。濡れた髪がうっとおしい。と、私の後輩にしてルームメイトが、声をかけてきた。
「新規のお客様がご指名よ」
「そう? じゃ、オーダー決まったらヘルプに呼ぶわ」
「うっわ、助かりまーす」
「どってことないわよ」

 指名のあった席につくと、そこには懐かしい顔があった。が、私は懐かしさをおくびにもださず、あいむかいに腰を下ろす。
「いらっしゃいませ。お客さん、このお店は初めてでしょう?」
「ああ。もしよければ、外で話ができないかな」
「店外デートは別料金がつきますけど、いいんですか?」
「構わんよ。どうせ領収書商売だ」
「じゃあ、ちょっと待ってくださいね。支度をしてきます」
 私は席を立ち、ルームメイトに声をかけて、客と外に出てくることを告げる。
「あら残念。きばって稼いできてね」
「すぐ帰ってくると思うわ」
「またヘンタイさんなの? 見た感じなんだか真面目そうだけど」
「真面目な人よ。真面目すぎるくらいに」

 私たちは並んで歓楽街を歩いた。内緒話がしたいのだろうから、ソニーに連れて行くことにする。あの店はオーナーが変わっても経営方針は変わっていないし、客の入りも相変わらずだ。案の定、店内には雇われバーテン以外、誰もいない。オーナー自らが店頭に立たなくなったのが、ちょっとした変化。
 私はあのときと同じ席に座り、彼は私の隣に座った。バッグからタバコを取り出して、火をつける。
「それで、ギリアム少佐、いったい何の御用ですか?」
「軍は辞めたよ。今は、どこにでもあるPMCの、顧問だ。くだらん仕事だ」

 あれから1年が経とうとしていた。
 情報軍は、非合法な武装勢力と癒着していると告発され、激しい銃撃戦の末、この国での活動停止を余儀なくされた。治安維持軍はこの闘争を通じて「マクシム導師との誤解」を解き、彼らは歴史的な和平への道のりを歩んでいる。半年前には初の総選挙が行われ、来月にはマクシム導師が新大統領として就任演説を行う予定だ。
 総選挙後、治安維持軍は段階的に撤退しており、今ではごく一部の技術職員だけが残っているに過ぎない。もちろん、武装した治安維持部隊の必要性は薄れていないが、その利権には世界中のPMCが群がった。結果、この街の歓楽街は生き残って、様々な国の言葉が乱れ飛ぶ小さなカオスの様相を呈している。

「もう半年前になるが、情報軍のカタギリ少尉にかけられていた賞金がキャンセルされた。死亡が認定されたんでな」
「そうですか」
「だから俺があなたに会いに来たのは、金が目的ではない」
「そうとは限らないでしょう。今だって私をマクシム導師に突き出せば、相当な謝礼が出ると思いますけど」
「命がいくらあっても足りんよ」
「収益がマイナスになると?」
「ああ。この1年、自分でもどうかしてると思うくらい、あなたのことを調べ続けた。妻に白い目で見られようが、構わず。
 最初は、賞金が目当てだった。5000万ドルに目が眩まない奴はいない。マクシム教授ですら3000万ドルだったのに。生死確かならずなうえ、生け捕りのみという条件は厳しいが、ほとんど素人同然の促成尉官に、50ミリオン。こんな美味しい話があるか。
 それから、情報軍データベースの解凍キーのことを知った。なるほど、仮に生きていたとしたら、50ミリオンの価値がある。あなたの生体チップに、世界中の数学者と暗号解読技術者を悩ます48桁が収まっているとなれば、50ミリオンなんてはした金だ。
 だが、だんだん――だんだん、どうでもよくなってきた。謎、また謎、また謎。あまりにも、理解できないことばかりだ。どうしてもあなたのことを理解したくなって、イリーヤ死刑囚が獄中で書いた論文まで読んだよ」
「彼、何を書いてました」
「日本の文学に関する論文だった。何のヒントにもならなかった」
 私はかすかに微笑む。

「それで、俺は本来の自分のやり方に戻ることにした」
「トンネルに行ったのですね」
「そうだ。最後のトンネルの通過時間が他に比べて非常に長かったのは、ハマーがなんらかの問題を発生させていて、それを応急処置したのではないかというのが見解の主流だった。途中で車を停めた形跡もあったしな。
 途中で誰かが降りたのではないか、ってのはもちろんみんなが考えたが、トンネルの設計図を調べてもどこにも枝洞はない。作業用トンネルはロボットで徹底的に調査されたが、何も出なかった。反対側の出口から徒歩で逃げた説ってのが、あなたを探すハンターたちにとっての定説だったよ。
 だが俺は、情報軍のエリートたちが、任務達成に寄与しない行動を取るはずがないと考えた。ましてや武装ヘリが飛んでいて、そのうえ増援まで到着しつつあるってのに、徒歩で岩山を歩いて逃げるような選択をするはずがない。
なにもかもが、あまりにも彼ららしくないんだ」
「彼らは、そうですね、そういう人間でした」
「だから俺は、『情報』を疑ってみることにした。トンネルを徹底的に調べたさ。危険を承知で近くにキャンプを張って、泊り込みで調査した。それでようやく、あの赤い扉を見つけた」
「それをどうやって私につなげました?」
「彼らが一人を選んで逃がすとしたら、あなただ。現地の言葉を違和感なく喋ることができ、多方面に個人的な知己がいる。社会の裏に潜んで、逃げ延びられる可能性は最も高い。
 だが決定打はもっと簡単だ。シェルターを調べてみたら、相当な長期間にわたって、女性がそこにいた形跡があった。備え付けの生理用品が減っていたんだ。あの車に乗っていた女性は、あなただけだ。
 それで本格的に指紋を探して、2週間がかりでようやくあなたの指紋を見つけた」
 私はふと、あの頃のことを思い出していた。何の変わりもなく生理がきたあの日の、言葉にできない絶望感も、今では遠い記憶だ。

 もし。もし、子供を授かっていたら、私は変わっていただろうか?
 それとも、子供のために、この日のこの時間へとつながる道を選んでいただろうか?

「その頃には、とうに賞金はキャンセルされていた。ヘリからの攻撃で大爆発を起こしたハマーの中にあった死体をDNA鑑定した結果が出て、あなたの死亡が確認されたからだ。頭部が本当に粉々に吹き飛んでいたから、DNA鑑定に頼る他なかった。
 俺は状況の不自然さに随分と悩んだが、あなたに双子の姉がいることを思い出した。なんらかの理由で、あのときあなたの姉が車内にいた。それ以外に、これを説明する方法はない。
 そこから先は、さほど難しくはなかった。いつもどおり、地道な捜査をしただけのこと。あなたが潜伏するとすれば、この地域以外にあり得ない。賞金がかかっている間に戻ってくることはあり得ないが、誰もあなたのことを探さなくなってしまえば、ここは格好の安全地帯だ」
「お見事です、ギリアム顧問」

「それでも俺にはわからんのだよ。あなたは、いったいなぜ、ここまでのことをしたんだ? 日の当たらぬ地下での半年に渡る孤独な生活。安全や快適からは程遠い仕事。命令だったからの一言で、これを説明できると?」
「命令だったからです、顧問。私たちに与えられた任務は、まだ消滅していません」
 彼はぎょっとしたような目で私を見た。
「顧問、ひとつ、お教えします。48桁の暗号が記録されたマイクロチップという情報は、フェイクです」
「――な……っ」
「彼らは私の安全を確保する努力の一環として、芝居を打っただけのこと。そして、ただのマイクロチップという話は、いつしか生体チップという名前に変わった。
 小さな物語は、環境の影響を受けつつ、自らの力で大きな物語に育つ。情報軍のセオリーです。かくして、私に対する賞金は『生死問わず』ではなく、『生けどりのみ』になった」
「馬鹿な」
「保険です。そしてより重要な点として、これはプローブでもあります」
「プローブ? 何を調べると……」
「ニール特技官は、『少尉のマイクロチップに転送します』と言っているはずです。この発言だけを聞けば、私がマイクロチップを持っているということで、話は終わりです。必要なのは私ではなく、マイクロチップ。
 ところがなぜだか、マイクロチップは『生体チップ』になった。マイクロチップが、私の体の中に埋め込まれているということになったのです」
 ギリアム顧問の顔に衝撃が走った。
「『情報軍が、私の身体にマイクロチップを埋めた』というストーリーは、後にも先にも、私が入院した病院でしか話されていません。報告書すら存在しない。なぜなら、そんな事実はないのだから。
 このストーリーを耳にする可能性があったのは、ハント大尉と私を除けば、ギリアム顧問――あなただけです。あの日、花を持ってきたあなたは、そのまま院内に隠れて、アナログ技術で盗聴をしていたんですね。なぜです、顧問。なぜ、そんなことを?」
「お、俺は、その、め、命令だったんだ」
「そうですか。盗み聞きとは、ご趣味が悪いですね」
「やむをえないだろう。命令されれば、やるしかない。倫理的に気分が悪かろうが、拒否する権利などない」
「まったくです。ところで顧問、当時の情報軍は、たとえ極秘任務であろうと、治安維持軍の正式な作戦行動を監視できる体制にありました。意味はお分かりですね?」
 彼は今度こそ真っ青になった。唇がわなわなと震えている。
「当時のあなたに、私たちの会話を盗聴せよという命令は出ていませんでした。
 でも顧問、あなたは嘘をつくタイプの人間ではない。あなたはそもそも嘘をつくという行為を軽蔑しているし、私の前で嘘をつき通す自信もお持ちではない。
 そう、命令はあったのです。そしてあなたは、その命令どおりに、『身体に埋められたマイクロチップ』の情報を命令主に伝達した」
「――やめてくれ。頼む。もうやめてくれ。俺に、俺は、もう、もう忘れたいんだ。思い出させないでくれ。頼む。許してくれ」
「顧問が伝えた『身体に埋められたマイクロチップ』は、治安維持軍内部で正式に『生体チップ』と認識されました。不思議なことに、あなたが連絡を取った相手は治安維持軍に記録が残る形での命令は出そうとしなかった、あるいは出せなかったのに、治安維持軍が5000万ドルを投じる活動方針を左右できるほどの影響力は持っている。
 そんな人物がいるのか? 可能性は2名です。一人は、マクシム導師。もう一人は、ユーリ・オルロフ。カイナール村の村長の弟にして、マクシム導師の活動資金源であり、『奇跡の和平』の立役者」
「頼む。仕方なかったんだ。どうしても、どうしても、死んだ部下の、生まれたばかりの子供を養うのに――金が、必要だったんだ。1回だけの、つもりだったんだ」
「マクシム導師は、危険な扇動者ですが、学者です。『身体に埋められたマイクロチップ』は、『身体に埋められたマイクロチップ』でしかない。そこで定義を変更することなど、あり得ません。従って、消去法により、一人が残ります。
 少佐、あなたが軍の情報をリークし、その引き替えとしてリベートを受け取っていた相手は、ユーリ・オルロフですね。あなたは情報軍との連絡将校という立場を利用し、治安維持軍と情報軍双方の機密をオルロフに提供し続けた。彼はその情報と自己の権勢をもとに、最終的には情報軍に対する奇襲攻撃も成功させた」
 彼はしばらく肩をふるわせていたが、やがて、がっくりとうなだれた。
「あなたに逮捕権はない。告発しようにも、あなたは表社会に出られないし、証拠もない」
「その通りです」
「だから……
 だから、決着は、俺がつける」
 ギリアム元少佐は席を立ち、私に敬礼した。私も席を立って、敬礼を返す。
「はは、思い出すな。あなたがカイナール村に行った夜、偶然、パーティの席でハントと会ったんだ。あなたの話を聞くに、偶然ではなかったのだろうが。奴は『今回の新人は、頭はいいのに、敬礼ひとつできやしない』と愚痴ってたよ。
 ――随分、ちゃんとした敬礼ができるようになったじゃないか」



 それから、1ヶ月がたった。私は自分の部屋でタバコを吸いながら、ぼんやりとテレビを見る。

 ギリアム元少佐による告発は、あっというまに世界中の耳目をひきつけた。
 何千という連合軍兵士が死に、何万という市民が犠牲になったこの国の混乱は、その末期においては治安維持軍と非合法武装勢力がグルになって演出していた芝居でしかなく、彼らは自分たちの利権を確保するために邪魔な情報軍を粛清したのだという告発は、この国どころか、この国に派兵したすべての連合国与党政府に大きな衝撃を与えることになった。
 ギリアム元少佐は厳重な警護下に置かれたが、妻と面会した際、妻が急に錯乱してギリアム元少佐を殺害、彼女も直後に自殺した。世界中のメディアは一斉に陰謀説を唱えたが、この巨大疑獄が尻すぼみに終わるであろうという観測は、あながち間違いではなさそうだった。

 けれど、ギリアム元少佐が死んだその夜、凍結されたはずの情報軍データベースが、自由に閲覧できる形でネットに流出した。
 今度こそ、もう止めようはなかった。
 あちこちで市民団体や平和運動団体が自国政府を相手どって訴訟を起こし、その巨大なうねりが爆弾や暗殺で阻止できないのは誰の目にも明らかだった。
 文部大臣に就任する予定だったユーリ・オルロフは、姿を消した。彼がどこに消えたのか、知る者はいない。己が術中であった暗殺や陰謀が彼自信を裁くことになったのか、それとも一流の抜け目のなさを発揮して地球のどこかに潜んだのか。だが彼が姿を消したという事実は、この疑獄が真実であることを決定的に証明せざるを得なかった。
 マクシム導師は、狂信的な支持者に守られ、一定の影響力を維持している(私の姉が嫁いでいた家は、ある意味で類型的な支持者となった)。しかし、かつてのカリスマティックな支配力は、もはや見る影もない。彼が新大統領としてどれくらいの仕事を成し遂げうるか、疑問視する国民は多い。この国唯一の英字紙は「師が極めて有能な政治家であることは、必要以上に証明された」と皮肉交じりに論評している。

 いずれにしても、私たちの任務は達成された。イリーヤを含め、彼の背後にいた人物の政治的選択は、すべて白日の下に曝け出された。

 私は新しいタバコに火をつけ、テレビのチャンネルを変える。2つしかないチャンネルの両方が、昨日と何も変わりばえのないニュースを流していた。誘拐。殺人。強盗。虐殺。組織的人身売買。麻薬の密売。郊外で武装勢力との戦闘。隣国はIAEAと揉め、さらにその隣では核戦争も辞さないという演説。飢餓に民族浄化、核実験に経済制裁。
 インターネットにつなげば、Twitterでは自由と民主主義を求める呟きが縦横無尽に駆け巡り、アルファブロガーたちは半日も欠かさず自己の主張をあちこちのBlogやSNSで訴え、ネットニュースは動画や写真を配信し、それらすべてはTumblrで次々とreblogされ、DiggなりFriendFeedなりでコメンタライズされていく。
 でもそれは、伝統的な権威を解体こそすれ、本当の権力を解体することはできない。この国に駐留していた情報軍が治安維持軍によって武力制圧されたように、真の権力とは暴力装置によってのみ醸造される。ペンは剣より強し。なるほどその通り。しかしそれは、ペンが剣以上の暴力装置として機能して初めて真に成立し得る――思うに情報軍という巨大にして奇妙な組織が狙っているのは、そういうことなのだろう。

 本当に私たちが成し遂げたことが正しかったのかどうかは、わからない。客観的に評価すれば、情報軍のほうがよほどテロリスト的であると言える。私たちが任務を達成しなければ、連合軍が威信を失うことはなく、マクシム導師は希代の大政治家としてこの国に永遠の名を刻んだだろう。世界全体が失ったものはあまりにも大きく、現在の情報軍がその損失を補填するリヴァイアサンたり得るかといえば、明らかにまだまだ足りない。
 そしてまた、この一連の暴露によって、社会を維持するための生贄として差し出されてきた名もなき人々の苦しみが終わったかと言えば、そんなことはあり得ない。減ってすらいるまい。むしろ、世界に広がる苦しみの総量は、確実に増えた。
 私たちのやったことは、情報の自由というお題目を貫くために、煉獄の底を叩き割って地獄と直結させた、そういうことだ。

 私たちはこの事件の教訓をもとにより良い社会を作ろうと動くよりも先にこの事件の存在を忘れ、もう一度流血と悲惨を繰り返しながら、もう一度同じ社会を構築するだろう。そうやって人間は歴史を積み重ねてきたのだし、してみるとやはりそれこそが人間にとって自然な状態なのだ。
 マクシム導師は、この状況をさして「解なし(no solution)」と定義してみせた。別荘での問答を要約すれば、そうなる。だが私は、疑義を唱える。解は、ある。ただ、人間はその解を定義できない。なぜなら、カレンが口癖にしていたように、それは――



 ふと、呼吸が速くなるのを感じた。
 体の芯ともいえる部分に、熱さを感じる。
 目を閉じる。頭の中で、いくつもの光が瞬く。


 それは――?


 酸素を求めて肺が喘ぐような音を立てる。
 神経という神経が悦びの歌を歌い、全身の筋肉が期待に満ちて引き締まる。



 ……それは、つまり……?



 愛も、
 欲望も、
 
 責任も、
 自由も、
 
 正義も、
 悪も、
 
 倫理も、
 哲学も、
 
 任務も、
 理由も、
 
 恋も、
 欲求も。

 なにひとつ介在し得ない、極限の狭間。

 間違いない。
 私は、この純粋な瞬間のために、生きている。
 あらゆるものが研ぎ澄まされ、収斂していく、この永遠にも似た一瞬のために。



 そして、私はすべてを理解した。

「カレンはなぜ死ななくてはならなかったのか」
 その問いは、私のなかで一握の羽毛のように、軽やかに散華していく。

 そういう、ことだったのだ。

 それで、よかったのだ。



 Q.E.D.



 私はタバコをもみ消して、ふらりと立ち上がった。

 テレビからは、情報軍がこの国で活動を再開したというニュースが流れている。不思議と、何の感慨も沸かなかった。試みに、ぽつりと彼の名を呟いてみたが、その言葉もまた何の感情も呼び覚まさない。
 ちょっと怪訝に思って、何度か彼の名を繰り返してみるが、やはり、ただの名前以上のものではない。

 つまり、私の時計は彼の時計を追い越してしまっていて。
 だから、もう、私にとって彼は、意味を成さない。



 ほんの少しだけ、自分が泣くかもしれないと思った。

 でも、涙はでなかった。



 今週の末には、マクシム導師の大統領就任演説が、市場で開催される。師に会いに行こう。彼の支持者であることを証しだてる黄色い花束を持って、赤いドレスを着て。きっと、彼も私を待っているだろう。

 階下で、ルームメイトが私を呼んでいるのが聞こえる。そういえば、今日の昼は彼女と食事をする約束だった。
「もう、先に出ちゃうよ? まだ? 早くしないと売り切れちゃうよ?」
「ちょっと待って。すぐ行くから」
 私は返事をして、外履きのサンダルに履き替え階段を降りる。
「ああ、やっと来た。さ、行こう、カレン姐さん。あのお店のサンドイッチは本当に美味しいんだって。アボカドとトマトがこんなたっぷりでさ」
 私は彼女ににっこりと微笑むと、昼下がりの街へと向かう。

 釘を、買わなきゃ。






「――昨日N国首都で発生した爆弾テロは、本日現地時間正午すぎ時点での死者34名、重軽傷者90名以上という、今年に入って以来最悪の事態を招きました。
 N国臨時政府は緊急事態宣言を発令、戒厳令を敷きましたが、首都では今もときおり散発的な銃声が響いています。いずれにしても、このテロによってN国の民主化プログラムは大きな後退を余儀なくされそうです。今のところ、国際テロ組織からの犯行声明は出ておりません――」

(第11章「カレン」に続く)

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