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■第3章 ―― 偶然

 3日後の朝、私とターニャはカイナール村近郊に向かうヘリの中にいた。AK小銃を持って旧国軍の制服を着たターニャは、どこからどう見ても非合法な武装勢力の一員だ。私はターニャの反対を押し切って、娼婦時代に着ていたロングのスリップドレスの上からチャドルを被った。ターニャが旧国軍の扮装をするのと同じ理屈だ。多少は不愉快な思いをするだろうが、理論的な最適解はこれ以外にない。
 ヘリはアイクが操縦している。運転のプロフェッショナルとは聞いていたが、ヘリまで飛ばせるとは思わなかった。大尉曰く、彼が運転できないのはジェットコースターぐらい、だそうだ。
 3時間ほどで、カイナール村の近くにヘリが着地する。近くといっても、軽く数キロはある。私はこれから起こることを思い、ちょっと気分が悪くなってきた。ターニャは装備を再点検すると、ライフルを地面に置いた。バックパックも下ろす。
「アイク、手短に頼むね」
「歯を食いしばれよ」
「言われなくても」
 アイクがターニャを思い切り殴りつける。ターニャは身体をくの字に折って地面に倒れた。アイクはコンバットブーツでターニャを蹴りつけ、背後から肝臓を殴る。ターニャが押し殺したうめき声をあげた。
 30秒ほどで、暴行は終わった。ターニャは消耗しきったようで、地面にうつぶせている。アイクは制服から埃を払うと、呼吸を整え、相変わらずのボソボソ声で「健闘を祈ります、少尉」と呟いてヘリに乗り込んだ。軍用ヘリは、あっというまに雲ひとつない空の彼方へと消える。
「ターニャ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫。っつ、でも、ちょっと、休ませて」
 彼女はうずくまったまま荒い息をついていたが、きっかり1分後によろよろと立ち上がった。バックパックを背負い、ライフルを手に取る。足元がおぼつかないようなので、私は彼女に肩を貸す。
「アイクの野郎、本気で、やりやがった。いってぇ」
「骨は折れてない?」
「大丈夫。あいつ、プロだもの、そんな失敗は、しない。それから、少尉、そろそろ英語は、ストップ」
「わかった」
「アイクは、爆破と、運転が専門、ですが、本当の仕事は、尋問係、です。あたしも、同じ訓練は、受けて、ますけどね。この国流の、やりかた、を」
 ターニャは母国語で喋るほうがずっと楽そうだ。訛りの感じから言うと、南部生まれだろうか。
「ターニャ、敬語はやめないと」
「おっと、そうでした。いやまあ、あたしも、一応、こういう言葉遣いが、できますよ、と」
「大丈夫。わかってるから」
 私たちは、のろのろとカイナール村に向かった。舌の奥がしびれるような緊張を感じる。慣れないチャドルの下で、肌がじっとりと汗ばみ始めた。
「緊張しないで、って言うほうが無理だと思うけど、でも、緊張しないで。あたしは3マガジン持ってきてる。村には60人しかいない。いざとなったら皆殺しにしても、31発ほど弾が余るから」
「いざとならないことを祈ります」
「まったく。神のご加護を」
「神のご加護を。ああもう、神に祈るなんて久しぶりです」
「噂どおりの、不信心っぷりだね」
「ラマダーンのたびにダイエットに失敗してきたので」
「そりゃ、ひどい逆恨みだ。ってかあんたダイエットの必要なんてないだろ」

 カイナール村が見えてきたあたりで、私たちは羊飼いの少年に声をかけられた。
「こんにちは。あの、そちらの方は随分と具合が悪そうなんですが、大丈夫ですか?」
 どんなに自分が忙しくても――あるいは苦境に陥っていてさえ――困っている旅人がいれば手を差し伸べる。この国が誇るべき慣習だと思う。だが私は、その誇るべき慣習を逆手に取る。
「ありがとう。でも大丈夫。あんまり、私たちと係わり合いにならないほうがいいわ」
「とんでもない。ここで待っていてください。それから、水を。ここを動かないでくださいよ?」
 少年は私に水筒を手渡すと、村のほうに全力疾走していった。バツの悪い思いをしながら、水筒をターニャに渡す。彼女は水を一口、口に含んだ。このあたりでは水は貴重品だが、差し出された好意を受け取らないのは、とんでもない失礼にあたる。
 やがて、少年に案内されて、村の男たちがこちらにやってきた。彼らは互いに目配せすると、ぐったりとしているターニャに肩を貸す。私はおとなしく彼らに場所を譲った。
 私たちは村長の家に迎えられた。喉の奥のほうから、恐怖心と緊張がせりあがってくる。大丈夫。落ち着け。

 応接室に通されてまもなく、老人が姿を見せた。村長だろう。椅子にもたれていたターニャが姿勢をただし、頭を下げる。私も一緒に頭を下げた。老人が囁くような声で話を切り出す。
「何があったのか、事情は伺いませぬ。ただ、あなた方を私の客人として迎えさせていただきたい」
「いけません、老師。あたしたちは、ご迷惑を、おかけしてしまう――すぐに、出て行きます。神に、感謝を」

 ターニャが苦しい息遣いの下から言葉をひねり出した。ふと見ると、彼女はアイクに殴打された場所を手で押さえている。痛みを堪えているのではなく、自分で痛みを生み出しているのだろう。身体を張った演技だ。
「馬鹿なことをおっしゃいますな。このあたりは、野盗も出る。あなたは女性の身でありながら秀でた戦士とお見受けするが、その怪我で、お連れの方もいるとあっては、到底安全とは言いがたい。2、3日休んでいきなされ。いかなる志をお持ちであるかは知らぬが、金にしか興味のない外道どもの嬲り者にされるのが、その志の最期を飾るに相応しい結末とは思えませぬな」
 ターニャは大げさにため息をつくと、頷いて見せる。
「わかりました、老師。ご好意に、深く感謝いたします。ですが私たちにも事情がありますので、明後日の朝には、出て行かせて頂きます。それまでご厚情に預からせていただければ、この上なき喜びです」
 私たちを回収するヘリは、48時間後に村から10キロの地点に到着する予定だ。事情があって明後日の朝にはここを出ねばならないという彼女の言葉に、嘘はない。
「よろしい。まもなく、医術の心得がある者が来る。怪我を診てもらうといいでしょう。粗末なあばら家ですが、我が家と思ってくつろいでくだされ。神のご加護を」
「神のご加護を」

 夕方ごろになって、医者らしき男が車に乗ってやってきた。ターニャの怪我を見て眉をひそめたが、無駄な質問をすることはなく、手早く湿布を貼り、包帯で固定する。ずいぶん頑丈に鍛えられていますから、一晩眠れば快復するでしょうと言い残して、医者は去っていった。なるほど、アイクの技術は確かというわけだ。彼はどれくらい痛めつければ、どれくらいのダメージを与えられ、それがどれくらい尾を引くのか、完璧に把握している。
 夕食は村長の一家と一緒に食べることになった。質素だがたっぷりと振舞われた食事を前に、ターニャはご機嫌だ。私は失礼にならない程度に食べるのが精一杯で、早々にお茶に逃げることにする。タバコが吸いたくて仕方がないのだが、このあたりの風習だと女性の喫煙はあまり好まれない。幸い、お茶はコーヒー党の私でも美味しいと思えるほどの上物だった。
 食事の間中、ターニャがこちらを伺っているのが分かったが、無視することにする。確かに、食事時というのはいろいろと話を聞きだすのに適した時間だ。でも、今の段階ではあまりにも時期尚早だし、万が一、今晩中に追い出されてしまうような展開になると、命に関わる。
 食事が一段落したところで、風呂に案内された。ターニャは傷が痛むのでパス、というわけで、いきおい私がお風呂をもらわざるを得ない。なにしろこのあたりで風呂と言えば、贅沢中の贅沢だ。
 風呂桶は庭の軒先に置いてあった。当たり前だが、滅多に使われないのだろう。庭は石壁で街路と区切られているが、壁はところどころ崩れている。その気になれば覗きたい放題だ。それくらい、この設備が使われる機会はないということだろう。
 私は覚悟を決めてチャドルを脱ぎ、ゆっくりとドレスを脱ぎ捨てていく。時間を十分に使って全裸になってから、水が張られた風呂桶に身を浸した。一度、肩まで水に沈めてから、上半身をそろりと水面の上に出す。

 そのとき、緊張で研ぎ澄まされた私の意識が、人の気配を捕らえた。案の定というべきか、壁の向こう側に数人の人間がいるようだ。私はすばやく頭の中で計算を巡らせる。ふむ。悪くない。もとより、この可能性はシミュレーションの範囲にもあったことだ。不愉快ではあるが。
 私は観客の目を意識しながら、乳房を水の下に隠しては出し、あるいはちょっと立ち上がってみせたり――もちろん屋敷のほうを向いて――して、壁の向こうを挑発してみる。少しばかり、人数が増えたようだ。まったく、普段は人間以下の扱いをするわりに、こういう時間帯において商売女が拒まれることは滅多にない。
 30分ほどで入浴を終えると、私はタオルで体をぬぐい、素肌の上にドレスを着る。それから、数人の男たちが群がっている壁の裂け目に向かって歩を進めた。彼らは一様に驚いたようだが、あっという間に居直ってふてぶてしい態度をとる。私は街路に出て、彼らと正対した。
「何か申し開きがあるのでしたら、伺いますが?」
「申し開き?
 馬鹿言うな、お前が俺たちを誘惑したんじゃねえか、売女め」
「その手の言葉は聞き飽きました」
「まあまあ姐さん、そうツンケンしなさんな。お前も余計な喧嘩を売ってるんじゃねえよ。そりゃあ、あれだ、ちょっとばかり覗き見しちまったのは、謝る。だがなあ、その、姐さんがこんなに若くて美人じゃなけりゃ、俺たちだって素通りしたさ。神に誓っていい」
「ずいぶんお安い誓いだこと」
「ヘヘッ、分かってくれよ。こんな田舎の村じゃ、楽しみなんて何もないんだ。米帝どもの爆弾で若いのもみんな死んじまったんでなあ。こちとら、とんとご無沙汰なのよ」
「私はいま、村長の客人としてここに居ます。村長が娼婦をかくまったとあっては、彼の顔に泥を塗るも同然ではありませんか?」
「ハッ、あの村長が気にするものか、第一……」

「――黙れ」
 それまで黙っていた男が一声かけると、不自然な沈黙が落ちた。なるほど、彼ら全員が黙らざるを得ない事情があるのだ。だがそうであるならば、私がここでとるべき選択は一つしかない。
「旦那さん方、私はプロです。そこを分かって頂けるのなら、ちょっとした潤いをご提供するにやぶさかではありません」
「カネか」
「ええ。分かりやすい話ではありませんか?
 ドル以外でのお支払いは受け取れませんけど」
「はん、所詮は売女か」
「まったくその通り。後腐れなくてよろしいでしょう?
 私はお金を、旦那さん方は満足を。それだけ。市場でトマトを買うようなものです」
「俺たちがドルなんぞ持ってねぇことを分かって言ってるのか、売女?」
「ではこうしましょう。私はお口で旦那さん方のお相手をします。旦那さん方は、満足した程度にしたがって適当なお代をお支払いください」

 彼らはお互いの顔をちらちらと横目で見ている。迷っているのだ。出来高払いというのは、商売女に慣れた相手には絶対に切り出してはいけない支払い方法だが、根が純朴な田舎者相手には至極有効だ。彼らにとってみれば、これは名誉の値段でもあるのだから。
 やがて、一人が前に進み出た。
「いいだろう、姐さんにご奉仕してもらおうじゃないか」
「喜んで。でも、ここでというわけには?」
「当たり前だ。ちょうどそこの建物が空いてる。住人は戦争でみんな死んだ」
「分かりました。ほかの旦那さん方はどうされますか?」
「……俺も、お願いしようかな」
「お、お、俺も!」
「では、順番は旦那さん方で決めておいてください。最初はこちらの方からで。それでよろしいですね?」

 私は内心で安堵のため息をつく。まだ本当に危機を脱したわけではないが、あの「黙れ」の瞬間は、正直かなりヤバかった。私が何らかの秘密を――彼らが隠したがっている秘密を――知りたがっていると、彼らが勝手に解釈してしまったら、私は殺されていただろう。この後、1対1になったところで誰かが私を殺そうとする可能性は否定できないが、「客」が数人に膨れあがってくれたこの状況ならば、助けを求められる可能性も高い。薄氷の上で踊っているという事実は変わらないが、氷が割れていないのも事実だ。まだ。
 さて、そうなると問題は彼らを口技でちゃんと満足させられるかということになる。フェラチオは、苦手ではないが、得意というわけでもない。まったく、こんなことならもうちょっと練習しておくんだった。

 最初の一人は、わりと物慣れた様子だった。あの場面で第一声を発するからには、要するにこれがとてもお得な取引だということを理解できる人間だというわけだ。
 ランプにライターで明かりをいれ、若干砂埃のたまっていたソファの座面をはたくと、彼はさっさとズボンを下ろして座り込む。まだそのイチモツは萎びたままだ。営業用スマイルを浮かべた私が彼の股のあいだにしゃがむと、彼は私の顎に手を差し伸べ、すばやく唇を奪う。もう片方の手が背中にまわされ、私はやむを得ずなされるがままになった。
 やがて両肩からスリップドレスの肩紐がずりおとされ、胸があらわになる。男は私と唇を重ねながら、両胸を交互に確かめた。ここ数年で刷り込まれた本能というのは恐ろしいもので、私は少しずつ自分が高まってくるのを感じる――そのほうが客の受けがいいからだ。
 しばらくして男はキスに飽きたのか、それとも前かがみの姿勢に疲れたのか、私の口を解放した。それでも片手は私の胸を緩やかに愛撫し続けている。
「随分な上玉じゃないか。感度もいい。街じゃたいそうな値段で米帝どもからムシってるんだろ?」
「それほどでも」
 わざと英語で答える。彼は薄く笑い、英語で答える。
「ときどき、街まで出向く用事があるんでな。姐さんらみたいな女のことは良く知ってる。姐さんクラスの女を抱きたかったら、俺たちの月収程度、軽く飛んでいくこともな」
「私はそんな売れっ娘じゃありませんから」
「いいや、それは嘘だ。それだけ綺麗な英語が喋れて、くるくると頭がまわって、何より商売女にしてはえらく品があってとなりゃあ、な。
 ……いや、すまんね。詳しいことは聞かんよ。戦争のせいで、何もかもグダグダになっちまった。俺だって昔は国軍の戦闘機乗りだったのさ。今じゃただの羊飼いだ。でもお互い、ちょっとばかりそんなことは忘れようぜ」

 彼が本当にファイター・パイロットだったのかどうかは分からない。女を買う男なんてものは、適当なことしか言わないものだ。でもシャツの下に垣間見える筋肉を鑑みるに、軍人だったのは疑いない。それでここまできちんとした英語を喋るからには、戦闘機乗りだったとしても不思議ではないだろう。彼の教育には、莫大な国家予算が投じられてきたのだ。
 けれどそんなエリートも、今では「街まで出向く用事のある羊飼い」、つまり麻薬の密売に手を染めているということだ。彼の提案は正しい。ちょっとばかり、そんなことは忘れてしまおう。
 彼の手とって乳房から離し、ぐっと体をおし進めると、まだ元気とは言いがたい男根を口に含んだ。匂いがきついが、言ってはいられない。
 皺がよった先端部分の皮のあたりに軽くキスをしてから、全体をぺろりと口含む。左手は睾丸のおさまった袋の底に添えて、優しくさするように愛撫を始めた。軽く上目遣いで男の顔を見る。彼は苦笑すると、私の頬に手を添えた。
 口の中で少しずつ大きくなってきた男根に舌を絡ませ、ゆっくりと上下に口を動かす。動きに合わせて、口の中のモノの大きさと硬さも増していく。
 やがて、根元までは口に含めないほどの長さに膨れ上がった。完全に勃起したようだ。私は亀頭を舌で舐め上げながら、竿を手にとってしごいていく。ぐっと男根に力が入り、彼が快感を感じ始めていることが分かった。
 私はなおも亀頭を舌で責めつつ、むき出しになった胸を彼の両太股にしなだらせる。彼はぐいっと腰を前に押し出した。ははあ、ただ単に乳房を乗せただけではご不満ですか。このヘンタイめ。でもですね、ご要望は分かるんですが、それはちょっと私には難しい部分が。いやまあやりますけど。
 椅子にちょん掛けしている彼の股間には、唾液でテラテラと黒光りするイチモツがそそり立っている。私はその先端を軽く咥えたまま、両方の乳房を手で抱えて男根を挟み込んだ。正しくは、挟み込もうと努力した。とりあえず形ばかりは、なんとかそういう体勢になる。頭上で男が忍び笑いを漏らしたのが聞こえた。だからそうなるのはわかってたろうに。「いや、いや、姐さん、無理しなくていい」
 私はむすっとして、意地になって彼の剛直を両胸で愛撫しようとしたが、途中で諦めた。やっぱりこのプレイ方針には無理がある。身体的ハンディキャップというやつですよ。上に乗ってもらえばいけるんですがね。

「しかしまあ……姐さんは痩せすぎじゃねえか?
 もうちょっとちゃんと食ったほうがいいと思うぜ。下のお口のほうはそのぶん絶品なんだろうなと思わなくもないが、いくらなんでもちょいと心配になっちまう」
 私は彼の男根を離し、ぼそっと呟く。
「食事するのが苦手なんです。無理に食べるくらいなら、嫌いな男に抱かれたほうがマシ」
 男はため息をついた。私はもう一度彼のイチモツを口に含むと、今度はできる限り奥まで飲み込んでいく。もうここで精一杯というところまで入れたところで、唇に軽く力を入れて、ぎゅっと強く吸った。口の中が真空になり、分泌され始めていたカウパーが搾り出される。気圧差の関係で彼の男根の毛細血管がビクビクと激しく脈打ち始めた。彼が「うっ」と呻くのが聞こえる。ざまあみろ。
 しばらくの間、パスカルの偉大な発見を利用して彼の男根を締め上げたところで、ふっと力を緩めて再びゆるゆると剛直を前後にさすっていく。左手は睾丸を丁寧にマッサージ。この左手の使い方には自信がある。医学的知識の差というやつだ。
 やがて、男の呼吸が荒くなってきた。頬に添えられた手は、今では私の肩をつかんでいる。私は気をよくして、一気に彼を攻め落とすことにした。
 まずはイチモツを強く吸ったり開放したりを繰り返して先走った体液を無理やり吸い出すと、その勢いでビクビクと痙攣し始めた竿を手と唇、舌でぐいぐいとしごきあげる。男は低い呻きをあげながら、唇をかんで射精感をやりすごそうとしている。私は彼の手をとり、自分の胸へと導いた。乳首はすっかり硬くしこっており、男の手はほとんど本能的に私の胸をまさぐる。
 そろそろ果てるだろうと踏んだ私は、熱を持つ剛直の先頭、亀頭だけを口に含み、くすぐるようにまんべんなく舌を這わせる。右手は竿を激しくしごき、左手の指で袋の筋をなでまわす。右手に、竿が硬さを増す感触が伝わってきた。
 男は「おおっ」と一声放つと、私の乳首から両手を離し、がっしりと頭をつかむ。そして勢いよく腰を振ると、私の口のなかにどっと精液を放った。苦さと塩気の強いその粘液を、のどを鳴らして飲み干していく。
 男の鍛えられた腹筋にはじっとりと汗がにじんでいて、妙なセクシーさを見せていた。口のなかの男根はあっというまに萎びていき、私はときおりそれをストローのように吸って、彼の精子を最後の一匹まで吸い尽くす。吸われるたびに男は軽く喘いだが、容赦する必要はないだろう。ちょっとばかり悔しい気持ちが先走っているだけで、肉体的には快感なのだから。たぶん。
 一段落したところで、私は彼の分身を口から出した。彼は大きく深呼吸すると、信じられないという顔で首を振る。
「やれやれ、こいつは驚いた」
「ご満足いただけましたか?」
「これで満足しなかったなんて言ったら大嘘つきもいいところだ。若いくせにたいしたもんだな、姐さん。適当な言いがかりをつけて値切ろうとも思ってたが、久々に楽しませてもらったよ」

 言いながら彼は下着とズボンを履くと、ジャケットの札入れから10米ドル札3枚を取り出した。
「そんなにたくさんは……」
 一応言うだけ言ってみる。当たり前だが、私はこんな値段で買える女ではない。それがたとえフェラチオのみだとしても。だが場所を考えれば――プレイの時間も――これはもらいすぎだ。
「とっておいてくれ。この程度で姐さんに抜いてもらえたんなら、それでも大バーゲンだ。もしこれじゃ多すぎると本気で思ってるなら、あとの若いのを面倒みてやってくれないか。
 一応は平和になったとはいえ、この国じゃあ人間はいつ死んでも不思議じゃない。なのにあいつら、まだ女を知らないんだ。ま、あいつらが姐さんにかけるだろう迷惑代コミだと思ってもらってもいい」
「そういうことでしたら。でも筆おろしまでは、さすがに」
「そこまでは言わないさ。ありがとよ、街で会ったときには値段くらいは聞いてみることにするさ」
「今後ともご贔屓に」
 彼は体から砂埃をはたくと、部屋を出て行った。私は着衣の乱れを直し、次の客を待つ。
 少しして入ってきた男――ありていに言えば少年は、女性経験がないのがありありと分かった。なるほど、最初の男の言葉どおり。さてさて、どうしたものか。事務的なのも夢がないだろうし、かといってたっぷり時間をかけるには後ろがつかえている。
 というわけで、定番にしていたシナリオのひとつをアレンジして使うことにする。

 まずは、緊張しきったまま立っている少年をふわりと抱きしめる。インパクトに欠ける胸だが、密着させればそれなりには意識させることが可能だ。あっというまに彼の股間が膨れ上がったのが分かる。
 少年の手をとってスリップドレスの肩紐に導くと、時間をかけて肩紐をずらしていく。やがて紐が落ち、密着させた胸の片側上半分があらわになる。同じようにもう片方も脱がせると、今度は少し上体を反らした。ドレスがずるりと滑り落ちていき、両胸がさらけ出される。
 少年はおずおずと私の胸に手を伸ばすと、ぎゅっと強く乳房を握った。痛い。
「痛いっ。もっと――もっと優しく……」
 囁くような声で哀願してみせる。彼はびくっりしたように一度引っ込めたが、またすぐに乳房へと手を戻した。今度は撫でるように双の丘をまさぐる。快感はどこにもないが、この初々しさはなかなか良いものだ。
 2、3分ほど、乳房と乳首を弄ばせたところで、私はまたわずかに体を引く。ドレスが腰の辺りまで落ちていく。再び少年の片手をとると、私の背中へと導いた。
「女の体は――いろんなところで愛情を受け止めるようにできてるんです――そう、背中を――そうやって、撫でられるのも――」
 いやまあ何も感じないんですけどね。それは言わないのがお約束。せめて最初の男くらいの経験があれば、また少しは話も違ってくるけれど。

「背中と胸だけじゃなくて――もっといっぱい、いろんなところを触ってください――」
 私の誘いに応じて、少年の手が体のいろいろなところを探索する。鎖骨を指が這い、締まったウェストのラインをたどり、ときには頬を、またときにはヒップをやわらかく撫で回していく。
「女ってのは、こんな柔らかいものなのか」
 少年が呆然としたように呟く。
「ええ。もっとも私はみんなから痩せすぎだって言われますけど」
「僕――俺も、そう思う。一抱えにできちまうんだから」
 そう言うと、彼は私の腰をぎゅっと抱き寄せる。この細さが私の商売道具であり、生命線だったのだから、当然といえば当然。そもそも私が好んで着ていたドレスは、布地の中で体が踊ってこそ映える――と偉そうに語っているが、これらは何もかも全部カレンから学んだことだ。
 だいたい10分くらいそうやって抱き合ったまま愛撫をされるに任せたところで、抱擁を解く。腰のあたりでドレスを押さえたままつつっと数歩下がると、力を抜いて床にぺたりと座り込んだ。背筋を伸ばし、少年の顔を見つめる。
 彼は無言で私の足元にしゃがみこむと、ドレスの裾を引っ張り始めた。私は特に抵抗はしないが、局部は両手で隠す。いまさら何かが恥ずかしいわけではまったくないが、ごく自然に頬が上気する。訓練の賜物だ。少年の息遣いが荒くなっているのがよくわかる。

 ドレスが両足から引き抜かれるまで、ほとんど時間はかからなかった。両膝を閉じ、秘所は手で隠す。当たり前のように少年は膝を両手で割ると、私の手をつかんで女性自身をさらけ出させた。私は大きく息を吐きながら、目を閉じる。
 少年の目は、物心ついてから初めて目にするのであろう女性器に釘付けになっていた、のだと思う。しばらくの間、彼は身動きひとつしなかった。それでもついに好奇心が勝ったのか、裂け目を指で触れた。
 普段ならこの段階で、問題の場所は十分に潤っている。というか、そういう準備で挑むのだから当然だ。でも今回は性教育という側面もある。
 少年の指が、秘裂への侵入を試み始める。私は眉をしかめて目を開け、ふたたび痛みを訴える。彼はまたしても大いに戸惑ったが、体を抱き寄せて一緒に横になり、胸と秘所を同時に優しく愛撫する方法を教えると、それに熱中し始めた。「薔薇の花弁をほぐすように、やさしくゆっくりと」とはよく言ったものだ。
 私は私で稚拙な愛撫をほほえましく思いつつ、過去の性交渉の思い出をたぐり、高揚感を高めていく。と、体の奥のほうで、何かがとろりと溶けるような感覚が伝わってきた。これだ。これを逃がしちゃいけない。
 少年の呼吸にあわせながら快楽の記憶を掘り進めるうち、秘所がじっくりとした湿り気を帯び始めた。
「ああ、そう――そう、それを――」
 適当な声をだしてみる。適当ではあるが、意外にこれが効果がある。少年にも、私にもだ。彼は一層熱心に愛撫を続け、私はその指先から快感を感じ始めていた。

「もう、入れても大丈夫――」
 そう囁くと、少年は無骨な指を私の体の中に押し込み始めた。十分に潤ったそこは、指先をたやすく受け入れる。
 好奇心に導かれた腕白な指が、胎内で激しく蠢く。想像していたよりも快感が深い。
 さて、このまま勢いにまかせて私が達するまでというのもアリかもしれないが、それをやってしまうと後ろを待たせすぎになる。残念だが、性教育の時間はここまでにせざるを得ない。私の内部を探索している手を取って、動きを止めさせる。少年は困ったような、怒ったような顔になったが、私が「次はあなたのものを」というと、いそいそと手を引いた。
 少年を立ち上がらせてから、ジーンズのボタンに手をかける。あまりじらしても可哀想なので、さっさとボタンをはずし、ファスナーを下ろした。ズボンを膝のあたりまで引き下げる。彼の肉棒は年齢のわりに十分に成熟していて、未来の大器を思わせた。何の大器だ。
 先端部分がカウパーと粘液でどろどろになっている剛直に、軽くキスをする。とたん、剛直がビクっと震え、どっと白濁液が吹き出した。あまりにも突然の爆発に、口でカバーすることもままならず、顔じゅうに体液を浴びる。あーあー。これ、本当だったら追加料金ものなのに。
 内心でため息をつきながら、顔には笑みを浮かべたまま、いまだに樹液を垂れ流し続ける少年のイチモツを咥える。彼がどんな表情をしているのか仔細に観察したい気もするが、それは悪趣味というものだろう。前髪に飛び散った精液が目に入りそうなので、左手で髪をかきあげながら、少年の初物を舌と唇で愛していく。
 さすがに若いだけあって、まだ苦辛い体液を出しているイチモツは、あっというまに硬さと太さを取り戻した。このまま一気に攻め落としてしまえば30秒もかからず2度目の射精に至るだろうが、こんなことでトラウマを作ってしまうのも悪い。私はのんびりと、少年の分身を愛で続けた。
 それでもやはりというかなんというか、限界が来るのは早かった。特に何をしたというわけでもないが、口の中で彼の剛直は再び痙攣をはじめ、大量の精液を噴出させる。私は最初の男にしたのと同じように、その体液を最後の一滴まで飲み干した。
 2回の発射を終えた後でも、少年の若々しい肉槍はまだ元気がありあまっているようだった。でも彼はパンパンに膨らんだそれを私の口から引き抜くと、はにかんだような笑みを浮かべながらブリーフの中に押し込んだ。
「もう、いいんですか? まだ元気なのに」
「いや、いいよ、そりゃあもっとやってもらえれば嬉しいけど、僕はそんなにお金を払えないもの」
「お金なんていいのに」
「姐さんはよくても、僕が嫌だ。ありがと――姐さんのおかげで、いろいろ自信がついた気がする」
「何よりです。好きな子には、とにかく優しくしてあげてくださいね」

 彼は顔を真っ赤にすると、そそくさとズボンを履いた。そして巾着からなけなしのディナール硬貨をひとつかみ取り出して私に握らせると、部屋を出て行いく。なんとも。直截的な言葉で言えば「ちょろいぜ」の一言だが、彼らは純朴で誠実な人間たちなのだ。その価値を否定する気にはなれない。
 結局、それから4人の面倒を見た。そのうち1人にはやや苦労させられたものの、おおむね楽な仕事だったと言えるだろう。途中、彼らが濡れタオルを持ってきてくれたので、体のあちこちに飛び散った体液を拭い取ることもできた。最低限とはいえ、やらないよりはずっといい。
 全員が帰途についたときには、夜明けが近かった。もう一度村長の家の庭で水風呂を浴びて、寝床にもぐりこんだとして、村長に見咎められる可能性は高い。だが風呂に入らなかったら、どう考えたってこの匂いはバレバレだ。
 ――が、これはそれほど悪い状況ではない。悪いどころか、想定していた筋書きのひとつに上手く着地できる可能性が高い。そしてそのためには、偶然に頼っていてはダメだ。
 私は堂々と村長宅の庭に戻ると、わざと大き目の物音をたてながら水風呂を浴びた。村長はだいぶ高齢だから、眠りも浅いと思っていい。これだけの音をたてれば目も覚ますだろうし、この騒音が何を意味しているかもすぐに悟るだろう。
 だが、彼がAK小銃を片手に庭先にすっ飛んでくるという事態は、ついぞ起きなかった。私はやや不審に思いつつも、毒を食ったからには皿まで食べることにする。
 風呂を終え、身支度を整えた私は、明るくなり始めた庭を散歩することにした。この手の伝統的建造物の構造から言って、家長の部屋はまず間違いなく裏庭に面した一角にあるはずだ。私は頭の中でこの家の地図を想像しながら、裏庭があるはずの方向に足を向ける。読みどおり、村長は果樹を手入れしていた。

 さて。問題はここからだ。
 彼は私のほうをちらりと見て、そして何事もなかったかのように果樹の手入れに戻る。私はその目に一瞬の怒りがよぎったのを見逃さなかった。しばらく、近くで老人の作業を見守ってから、ストレートに疑問をぶつけてみる。
「老師、なぜ私を罵倒しないのです?
 私はあなたに殺されても仕方のないことをしたのに」
 長老は鋏を手にしたまま、こちらを振り向くこともせず答えた。
「――まったき信仰こそがより正しい信仰を生み、まったき幸福こそがよりまっとうな幸福を招くように、忌むべき死はよりおぞましい死を呼ぶ。その連鎖を避けたいだけのことだ」
 ここが勝負どころだ。彼と真正面から話ができる機会は、これを逃せば二度と訪れない。糾弾するべき者/されるべき者という関係が発生している今ならば、客人とホストという、伝統と義務に拘束された関係から離脱できた今であれば、踏み込んだ話をすることもできる。こちらの立場は非常に悪いが、立場なんていうものは奇襲ひとつで簡単にひっくり返るものだ。

「カレンのことですね」

 まったくのハッタリ。だが、効果はあった。村長はぎょっとした表情になって、私をまじまじと見る。我奇襲に成功せり。
「カレンに対する正当ならざる不幸は、それを糊塗する必要ゆえに、次の不幸を呼んだ。それは神の差配ではなく、人の罪です。だから老師は私を指弾なさらない」
 重ね重ねのハッタリ。
「お前は――何者だ」
「カレン・バリシニコワは、もう一人のカレンを生んだ。彼女はカレンと名乗りました」
「おお――神よ、神よ――お前は――」
「運命の輪は途切れず、神は常に天におわします。カレンは死にました」
「――死んだ、だと?
 頼む、教えてくれ。頼む。いや、頼みます。どうか。教えてくだされ。何があったのです。あの子に、何が起こったのです」

 食いつきは上々だ。もう一押し。
「カレンは、首都で娼婦として生きました。そしてある日、自爆テロを起こして死んだのです。私は、彼女に恩義を受けた人間の一人です。だからどうしても、彼女の最期を故郷に伝えたかった。それでターニャさんに無理を言って、ここまで連れてきてもらいました。彼女には彼女で別の用件があるのですが」
 私は真偽確かならざる物語を紡ぐ。私の知るカレンが、村長の思うカレンと同一人物である可能性は未知数だ。しかし、十分な確からしさを持った物語ではある。案の定、村長はしばらく絶句していたが、やがて深い皺の刻まれた目じりからどっと涙が溢れた。
「おお――おお、神よ。神よ。なぜ儂は今ここで死なないのだろう!
 お願いです、神よ、罪深き者に天罰を、どうか――!」

 よし、落ちた。内心で拳を握り締める。
「カレンの本当の名前を教えてください。彼女は無名墓地に葬られました。せめて一束の花を捧げたいと思っている人間は、私一人ではありません」
 村長は止めようもない嗚咽をもらしていたが、涙の狭間でぼそりと「ついてきてくだされ」と呟くと、自室へと私を招いた。
「――儂は、卑劣な男だ。卑怯極まりない男だ。あなたの話を聞いて最初に思ったことは、この話を他の村人には聞かせられん、そんな邪な想いでした。恥ずべきことです。まったくもって、恥ずべきことです」
「地位には、それに応じた衣が欠かせません。正しい判断だと思います」
「我ながら、つまらんプライドですな。実にくだらん。なのに、そんなくだらないものが、命よりも大事に思えてしまう。
 カレンを訴えたのは、儂の弟です。あやつは人間のクズだった。だがあの馬鹿者が宗教裁判所に提訴したと知ったとき、儂は何が何でもこの裁判に勝たねばならないとしか思えなかったのです。それがカレンの破滅を意味すると分かっていても」
「弟さんは、今?」
「死にました。天罰でしょう。あの愚か者は、60にもなって、12歳の嫁を娶りました。さすがにまっとうな村人は皆、きゃつに愛想がつきていたから、愚連隊どもをかき集めて結婚式を開いたのです。儂はそんな茶番に顔を出す必要はないと言いましたが、律儀な村人の中には、結婚式に参列した者もいます。
 愚連隊どもは、こんなご時世であるにも関わらず、式を祝うと称して自動小銃を空に向かって乱射しました。それから2時間ほどして、連合軍の飛行機が式場に爆弾を落としたのです。愚連隊どもには、自業自得といわざるを得ない。だがその爆弾で、哀れな花嫁と、罪のない村人たちもまた死にました。恐ろしい最期でした」
「――お悔やみを。罪なき死はもちろんですが、たとえ罪があったとしても、罰としての死はあまりに苛烈です」
「ありがとう。どこまでも愚かな弟だったが、やはり、こたえました。死んで当然だと、何度も思ったが――いや、失礼、儂の話しではありませんでしたな。
 カレンの裁判の後、儂ら一族は、弟の異常な性欲をどうにかしなくてはならないと、毎夜のように話し合いました。だがその会合での話題は、自然と、一族から聖典侮辱罪を犯した人間を出してしまったことを、どう償わせるかという方向に向かった。
 二つの問題は、一つに交わりました。カレンの両親に、生贄を差し出すよう求めたのです。それが、まだまだ幼かったマイアでした。
 マイア・バリシニコワ。それがあの子の名前です。儂らは役人に賄賂を握らせて、マイアの出生届を書類上のミスとして撤回させ、この世に存在しない人間としてマイアを育てました。法的に存在していない以上、マイアは自らの窮状を訴える先もない。そう考えたのです。
 ですがマイアは、儂らの想像以上に賢く、強かった。あの子は自らの身を汚されたその翌朝、姿を消しました。そして今に至るまで、あの子がどうなったのか、儂らは何一つ知りえなかったのです。
 それから先は、恥に恥を上塗りする日々でした。弟には、金で娘を買い与えたのです。人の道に外れた行いですが、儂らにはそれしか道がないように思えました」

 村の恥部ともいえる秘密が目の前に明かされたが、高揚感はなかった。私の理性は、これがゴールではないことを理解している。幾何学的事実は3つだ。
(A)カレン・バリシニコワの妹に、マイア・バリシニコワがいた。
(B)マイア・バリシニコワには戸籍がない。
(C)マイア・バリシニコワは失踪している。
 よって、私の知る「カレン」と、マイア・バリシニコワを結ぶ関係性は、村長の証言の中には存在しない。
 マイアのものと断定できる遺留品があれば、カレンの墓を掘り起こして、DNA鑑定を行うことも不可能ではないだろう。問題は、そんな不自然な願い事をどうやったら聞いてもらえるかということだ。が、とにかく話をそちら側に持っていかなくては始まらない。
「老師、カレン――いえ、マイアの、写真はありませんか。私たちの知っているカレンと、マイアが同一人物であることを証明できれば、お墓をここに戻すこともできると思います」

 村長は、困惑したような顔で立ち上がると、机の引き出しを開け、一枚の古い写真を取り出した。一人の少女が映っている。一転の曇りもない笑顔。
「……マイアの両親は、マイアが失踪した直後に自殺しました。これもまた、儂の罪です。彼らは、マイアが暮らしていた家を、自分たちごと焼き払ったのです。
 それもあって、マイアの写真と、髪の毛を一房納めたペンダントを、弟は肌身離さず持っておりました。それ以外、マイアが残したものはありません。弟は、結婚式の日にまでペンダントを身に着けておりました。
 本当に、一族の末娘をここまで気遣っていただき、感謝の念にたえぬのですが――そのペンダントは燃えてしまいました。弟と一緒に。今残っているのは、その写真一枚だけです」

 私は見ず知らずの少女の写真を前に、ポーカーフェイスを保つので一杯一杯になっていた。年齢に差はあるとはいえ、髪の色も、目の色も違う。
 マイア・バリシニコワは、私の知るカレンではない。
 記号論理学的には推論していたとはいえ、できればそうあってほしくなかった真実を突きつけられたショックは、けして小さくはなかった。
 さあ、どうなのこれは?
 どこまでが偶然で、どこまでが計画なの?
 なぜカレンの出身地がこの村ということになっているの?
 それだけじゃない、マイアとカレンを同一人物だと指し示す状況証拠がこんなにもありながら、どういう事実を積み重ねたらそれでなおかつマイアとカレンが別人であり得るの?
 分からない。あまりにもたくさんの未確定なパラメータが、相互に絡みすぎている。でも、とりあえずひとつの仮説は成り立つ。
 仮説A。こんな偶然など、あるはずがない。
 カレン――あなたはいったい、何者なの?

(第4章「深淵」に続く)

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