2chの「軍人や傭兵でエロ」のまとめwikiです

■第8章 ―― 報復

 翌朝には、身体はほぼ復調していた。デリケートな部分に若干のひきつれは感じるが、歩けないほどではない。マクシム導師のグループに暴行されたときのほうが、身体的な損傷は大きかった。嬲られていた時間の差という点もあるが、一晩限りの使い捨てにするつもりではなかったというのが大きいのだろう。
 私はベッドから起き上がり、邸宅の中を散歩してみる。外の風景から、だいたいの場所のあたりはついてきた。マクシム導師のセーフハウスの位置を知ったことなど、もはや何の価値も持たないが。
 昼ごろに人が来るとマクシム導師が言っていたのを思い出したので、身の回りをみてくれている少女に、庭先に見える離れに行っていると告げておいた。離れには本棚があるのが見えたからだ。マクシム導師の蔵書の一部を拝める機会をみすみす逃すほど、私は人生を達観できていない。
 案の定、本棚には稀覯本が並んでいた。私はカナダの大学で教鞭をとっているインド人ムスリム学者の書いた論文を見つけ、懐かしさのあまり手に取る。
「信仰と科学的合理性は共存しうるのですか」と聞いた私に対し、マクシム導師が貸してくれた本だ。たしか私は、9歳になったばかりだった。あの頃、21世紀の世界がこんな風になってしまうだなんて、誰もが想像できずにいた。

 読書に夢中になっていると、離れの扉をノックする音が聞こえた。来客だろう。私は本を書架に戻し、扉を開けて――息を呑んだ。扉の向こうには、赤いワンピースドレスにスレンダーな身体を包んだ女性が立っている。
 音信不通だった、私の姉だ。
 私たちは、しばらくのあいだ、無言で見つめあっていた。姉は、ここにいるのが私であることを知っているのだろう。質問は、何もなかった。私は数歩退いて、姉を中に迎え入れる。彼女はつかつかと部屋の中に入ってきた。
「姉さん……」
「あんたと話すことなんて何もないわ、淫売。マクシム導師のお言葉でなければ、ここに来ることなんてあり得なかった。よくも一族の顔に泥を塗ってくれたわね。どうやって責任をとるつもりなの? 責任がとれるとでも思っているの?」
「姉さん……」
「喋らないで。私に声を聞かせないで。汚らわしい。ああ、本当に汚らわしい。同じ部屋の空気を吸っていると思うだけで吐き気がする。なぜこんな不浄の輩を、マクシム導師はご自宅にお上げになったのかしら」
 私はすっかりうろたえてしまう。覚悟はできていたはずなのに、止めようもなく涙がこぼれ始めた。
「あら、相変わらず泣くのだけは一人前ね。いいこと、あんたのおかげで何人が泣いたと思っているの? 2人の息子は、どうして母親と別れなくてはならなかったのか、今でも分かっていないわ。旦那は私を引きとめようとしたし、あちらの親族もみんなそうだった。でも、あたしにはできない。叔母が淫売だなんて不名誉を、あの子たちに着せるわけにはいかない」
 彼女の怒りの熾烈さと正しさが、私の胸に突き刺さった。
 私の学んだ学問は、彼女の主張は非合理な因習に過ぎないと叫んでいる。でも、それはあまりに一面的な真実だ。
「ああ、そうね、これもマクシム導師のおはからいだったんだわ。息子たちの未来のために、あたしはなんとしても彼らに最高の名誉を贈らなくてはならない。だから無理を言ってマクシム導師にお願いをしたのよ」
 背筋に冷たい汗が滴った。
「姉さん……姉さん、姉さん」
「喋らないでって言ってるでしょう、淫売! さあ、外に出なさい。一緒に来るのよ。ここでスイッチを押すわけにはいかない。それに、あんただけを殺すのでは意味がない。私は聖戦を遂行しなくてはいけないんだから。
 何をグズグズしてるのよ、早く来なさい。祖国を裏切って無辜の民を抑圧している、侵略者の手先どもに神の裁きを下すのよ。名誉に思いなさい、あんたには、けして償いきれない罪を償う機会が与えられたのだから」
 私は痺れたような脳を叱咤して、言葉を紡ぐ。
「姉さん――どこにも行かなくていい。ここがダメだというなら、もうちょっとここから離れた場所でいい。死にましょう。私は情報軍に身を売ったの。カタギリ少尉って名前まで持ってる。私を殺せば、姉さんの聖戦は完遂されるわ。
姉さんは、他の誰でもなく、私を殺さなくちゃいけない」
 姉は私の告白を聞いて絶句した。怒りの感情が、まるでオーラのように彼女の周囲で煌いている。

「――この……この、恥知らず。売国奴。下種」
 私には、姉を探すだけの余裕はいつでもあった。こと情報軍に入ってからは、姉の消息を辿るだけの権力すら持っていた。
 けれど私はそれが破滅に繋がっていることを知っていて、だから、先延ばしにした。
 そしてついに、私の罪は、私への罰として、私に追いついた。
 マクシム導師は公平だ。彼は私にチャンスを与えたのと同様、姉にもチャンスを与えたのだ。

 だから。

 だから、もう、いい。そもそも、カレンの死を追う権利など、私にはなかった。姉と、姉の家族の人生を踏みにじった私に、そんな権利があろうはずがない。昨夜の予感は正しかった。
 でも、これは悪くない終幕だ。少なくとも、死体の数は二つで済む。幕引きが姉の手によろうとは、思いもしなかったが。
 姉がさっと右手を前に出し、スイッチをかざした。スイッチからはケーブルが身体へと延びている。私たちは、わずかな破片と灰を残して、跡形もなく消し飛ぶだろう。私は涙を流しながら、姉の顔を見た。最後の景色を、脳裏に刻み込むために。

 けれど、視界の中の姉は、泣いていた。初めて見る、姉の涙。
 なぜ? 何が悲しいの、姉さん?
 ――まさか、姉さん、あなたは……



 その途端、窓ガラスが割れる音がして、姉の顔の中央部分が物理的に消滅する。



 スイッチにかけられた右の指は痙攣すらせず、姉の身体はゆっくりと床に倒れた。無残な傷跡からは、大量の出血が始まる。私は悲鳴をあげることもできず、呆然と立ち尽くす。
 何が起こったのは明白だ。でも、私の脳は理解を拒んでいた。あらゆる思考が停止する。
 入り口から一人の男が駆け込んできた。よく鍛えられた胸板が、不安定に立っている私の身体をがっしりと抱き寄せる。それがハント大尉だと気づくのに、しばらく時間が必要だった。
「この、大馬鹿野郎。帰ったら譴責ものだぞ」
 ゆっくり、頭が働き始める。
「大尉――なぜ、ここが――」
「部下に感謝しろ。ニールが歓楽街でお前の姿を見かけて、それでヤバイことをしてるんじゃないかと勘ぐって、デート中の二人を呼び出した。ニールが同伴してた女の子はカンカンだとよ。もちろん、休暇中の二人もだ。
 途中でイリーヤの野郎を見つけたから、これは何かあると踏んで尾行を続けた。その後は紆余曲折の山あり谷ありで、マクシムの痕跡を確認したときは絶対に罠だと思ったさ。だが、マクシムが俺たちを少尉のところに案内しているようにも感じられた。理由はわからんが。ま、結果論としてはビンゴだ」
「なぜ――」
「喋るな。まったく、この学者先生は、とんでもないことをしやがる」
 大尉は私をもう一度強く抱きしめた。
「なぜ、撃ったんです」
「……は?」
 いぶかしげな目で大尉が私を見る。
「なぜって、お前、テロリストに脅迫されてたから」
 私は戸惑う大尉の抱擁を無理矢理解いて、数歩後ろに下がる。
「彼女は、私の姉です。私が不名誉を働いたせいで、幸福な家庭から身をひかなくちゃいけなかった、被害者なんです。彼女は何も悪くない。何も悪くないのに! なぜ、なぜ撃ったんです!」
「カタギリ少尉――」
「わたしはカタギリなんかじゃない! 少尉じゃない! わたしは、ミーリャ・イズミ、イズミ家の恥さらしで、売国奴よ!」
 私は咄嗟に、テーブルの上においてあった果物籠から果物ナイフを拾い上げ、ハント大尉に切っ先を突きつける。こんなもので彼をどうにかできるとは思えない。でも、どうにかすることが、すべてじゃないはずだ。
 ハント大尉の目がすっと細くなった。
「カタギリ少尉」
「やめてって言ってるでしょう!?」
「いいや、やめないね。なぜならあんたはカタギリ少尉だからだ。そしてこいつは自爆テロリストだ。それがあんたの言う、幾何学的真実だ。
 あんたがミーリャ・イズミだというなら、あんたは自身の学問的信条に従うべきだ。なぜなら、ミーリャ・イズミの業績は、もはや人類の業績として蓄積されてしまったのだから。
 あんたがカタギリ少尉だというなら、あんたは自分が辿ってきたロジックに従うべきだ。なぜなら、俺たちはあんたのロジックを信じてここまで来たからだ。今更それは全部間違いでしたなどと言われても困る。
 売国奴というなら、そうかもしれん。だが、あんたは学問すらも裏切るのか、イズミ博士。この半年、あんたを食わせたのは情報軍だ。あんたは恥の上塗りをするのか、カタギリ少尉。あんたが本当に裏切っちゃいけないのは、あんた自身の誇りなんじゃないのか」
「でも。でも……」
「気がつかなかったとはいえ、あんたのお姉さんを殺してしまったことは、申し訳なく思う。だが、あの場はあれしかなかった。違うか? 彼女は右手を撃たれれば左手で、左手を撃たれれば口で起爆しただろう」
「あのまま――あのまま、死んでよかったんです。もう、それで、よかったのに」
「ダメだね。なあ、そろそろ自分が言ってることが論理的じゃないことくらい、分かってきたんだろ?」
「でも」
「まったく。そこまで抵抗するなら、俺があんたが間違ってることを一発で論証してやる」
「論証って」
「黙って聞け。俺は、あんたに死んでほしくなかった。あんたが死ぬところを黙って見守るなんて、絶対に御免だ。そらみろ、完璧な論理だ」
 思わず、笑ってしまう。私は左手で目じりから涙を拭きながら、クスクス笑いを止められずにいた。
「そんなの、客観性がまったく介在していません」
「でも、やっと君が笑った」
 大尉が一歩私に近寄り、私の手からナイフを取り上げる。私は笑いながら、涙を流し続けた。
 ああ、そうか。私は自分が捨ててきたはずの「イズミ」に、自分を引き戻しすぎた。それで心理的な時間感覚が狂って、正常な判断を失っていた。洗脳術としては初歩的な手段だ。

 姉のことは、悔しいし、悲しい。でも、姉にとってこの最期は予測の範疇だったに違いない。涙が、その証拠だ。彼女は私を突き放したのだ。私が一人で生きていけるように。なおかつ、自分の子供たちが名誉と尊厳を持って生きていけるように。
 姉の透徹した頭脳は、この相容れぬ2条件を同時に満たすための最適解として「聖戦」を導き、それを完璧に演じきってみせた。彼女が全体としてどのようなシナリオを描いていたのか、今となっては知るすべもないが、その企図は過たず成就しつつある――マクシム導師は姉を殉教者として称えるだろうし、私はこうやってなんとか生きている。

 かなわない。
 あの人には、どうやったって、かなわない。

 大尉の力強い腕が、もう一度私をしっかりと抱き寄せた。私は彼の胸に顔を埋める。いまさらだが、彼に涙を見られたくなかった。実にいまさらだが。
 が、そのとき大尉の無線機が鳴った。
「こちらハント。どうした」
「こちらターニャ。もう、仲直りは終わった?」
「そう思うなら邪魔するなよ」
「た・い・い・に・そ・れ・を・い・わ・れ・る・と・は」
「ターニャ、遊ぶな。ハント大尉、ちょっと見てほしいものが」
「アイク、どこだ」
「この別荘の、二階の書斎です。猫一匹いやしないと思ったら、置き手紙が」
「今行く」

 アイク軍曹の言うとおり、邸宅からは人っ子一人いなくなっていた。おそらくは、姉がこの場で自爆する可能性を考慮していたのだろう。私の身の回りをみてくれていた少女も、姿を消していた。
 書斎の手紙は私宛てで、この別荘を私に譲るとだけ書いてあった。ご丁寧に権利書まで添付されている。
「罠だと思うか?」ハント大尉は露骨に懐疑的だ。
「いえ、マクシム導師のテストは、姉の一件だけだと思います。導師は予告なくテストをすることはありませんでした。私が昨晩告げられたのは、昼に来客があるというだけです」
「テストときたか。ひどい話だ」
「ねえ、この別荘はもうあんたのものなんだ。お姉さんを、せめて仮にでも埋葬してあげない?」
「いえ、とりあえずは冷蔵庫に。嫁いだ先の家に送り届けたいです。それからマクシム導師に殉教者としての認定を。エンバーマーも呼びたいですし」
「わかった。アイク、爆弾を外しておいてくれ。それから冷蔵庫に運ぼう。難しい仕掛けはないと思うが、気をつけろよ」
「アイ・サー」

 アイク軍曹がC4でてんこもりになったジャケットの安全を確保する間、私は昨晩までの体験を報告した。大尉は眉をひそめて不快感をあらわにし、ターニャは「やっぱりまた内ゲバかあ」とため息をつく。
 姉の遺体を大型冷蔵庫に押し込み終わったころには、全員が疲労困憊していた。彼らはほとんど不眠不休で私の痕跡を追ってきたらしく、私は私で肉体的にも精神的にもぐったりとしていた。まだまだ外は明るかったが、一度休憩をとるべきだという意見には、まったく異論が出なかった。
 ターニャとアイク軍曹は、二人づれで客用寝室へと去っていった。途中で邪魔されたオフの続きをしようという腹だろう。状況が危険なのは言うまでもないが、街に出ればいつだって今くらいには危険だ。
 私は応接間に残って、姉を収納するために引っ張り出したハムだの魚のオイル漬けだのをつついていた。皆からちゃんと食べろと言われたので、やむを得ずというところだ。
 パプリカの入ったハムを細かく分解しながらタバコを吸っていると、大尉がやってきた。
「食べ物で遊ぶなと教わらなかったか」
 私は黙って皿を大尉に押し付ける。大尉はむっとした表情でハムの残骸をつまんだ。机の上に残っていたカップに赤ワインを注ぎ、一口啜る。私は椅子から立ち上がって、自分のカップを片手に大尉の隣に腰を下ろしなおした。
「食べるのが、苦手なんですよ。小さい頃はアレルギーもひどくて、それで随分といじめられもしました。口下手で、社交性も皆無でしたしね」
「にわかに信じがたいな。お嬢さん学校に通ってたんじゃなかったのか」
「両親の、というか祖父の方針で、小学校は公立に。ODAで再建された学校で、WFPも一枚噛んでたので給食だったんです。メニューがアレルギー食材のど真ん中なものばかりで。思い出してもぞっとします。何回吐いたことか。
 おそらくは、大尉と真逆の学生生活でした」
「逆って」
「大尉はどうせ、あれでしょ、ジュニアハイ、ハイスクールとフットボールのスター選手で、レスリング部をかけもち、チアリーダーの彼女がいて、プロムでは主役」
「ひっでえプロファイリングだな。全部ハズレだ。
フットボールはフットボールでも接頭辞がつかないほうで、マイナースポーツの悲哀をたっぷり味わう毎日。
 かけもちしたのはジークンドーの道場。初めての彼女はイタリア系移民で、学費が払えなくなったのが縁の切れ目。お相手をなくした俺は、プロムの夜にはカモ猟の手伝いで泥沼を駆け回ってた」
「あら」
「軍に入って、SEALSに入隊。BUD/sのことを思い出すとぞっとするよ。
 2年くらい、世界中の地の果てみたいな場所で任務についたが、遭遇戦で所属小隊が壊滅してな。俺は負傷した相棒を抱えて帰還したってんで勲章をもらったが――それ以上は、続けられなかった。
 除隊して半年くらいフラフラしてたところを情報軍からスカウトされて、口車に乗っちまったのが運の尽き、気がついたらまたしても地の果てだ。ふむ、うまいぞ、これ。食えよ」
「地の果てで食べるハムの味はいかがですか、大尉」
「おっと、これは失礼。大変おいしゅうございますよ、少尉」

 ハムは大尉の強靭な胃袋にすべて収まった。ワインを手酌しながら、タバコをふかす。タバコが丸々1本灰になるころ、ようやく決心がついたので、本題を切り出すことにする。
「大尉」
「なんだ」
「すごく、仮定だらけの推論があるんですが」
「ブレストなら飲む前がよかったな。まあ、聞くよ」
「仮定A。いまここで私が抱いてくださいと提案したら、どのような反応が想定されるんでしょうか」
「――カップのワインを一気に呷って、目をまじまじと見てから長いキスをし、それからソファに押し倒す。それで、朝になって華々しく後悔する」
「朝になって後悔させないために、何が最も適切な予防策になりますか?」
「避妊具を用意する。だがアイクに借りに行くのは非常に望ましくなく、また彼らの活動を鑑みれば家捜しするのも適切性を欠く。そして今、俺は手元にコンドームを持っていない」
「仮定B。私がここに来るまでに暴行を受けており、また生理の周期から見て妊娠している可能性が否定できないけれど、堕胎は宗教上の理由で拒みたい。
 一種の救済策として、自分が好意を抱いている相手の子供を生む可能性を獲得したいと考えているとしたら?」
「馬鹿なことを考えるなと説得するか、大量の酒を飲ませて寝かせる」
「仮定C。私はターニャとハント大尉がつきあっていたと知って激しく動揺するくらい、知らず知らず大尉に強く惹かれていた自分に不信感を抱いている。そしてかつてのモットーとして、男に惚れるべきではないと信じているとしたら?」
「パンセを引用し、幾何学の精神も結構だが繊細の精神をもっと信用してもいいのではないかと提案する」
「仮定D。私は、姉が死んだばかりなのに、姉を殺した相手と寝たいと思っていることに怯えるものの、それによって自分は一層破廉恥な淫売と定義され、姉の殉教の価値が上がるのではないかとも考えている。
 しかし一方で、そういった打算まみれの性交渉が上手くいくはずがないとも推測している」
「生と死の距離が近い世界で生きているのだから、もっとシンプルに議論を組み立てろと忠告する」
「抱いてください、ハント」
 大尉は彼のカップに注がれた赤ワインを一気に飲み干すと、私の目をじっと見た。
「朝になって、後悔しませんか?」
「それは朝になってから考える。朝になったら条件の定義要件が変化しているかもしれないから、この段階で悩んでも効率が悪い」
「正論です」
 彼の唇が、私の唇を捉えた。



 長い、長いキスをした。ほのかにワインの味がする、柔らかなキス。

 それから、彼はするすると私の服を脱がせていった。もとより緩い夜着を着ていただけだから、脱がされるといってもそんなに手間はかからない。あっというまに一糸まとわぬ姿になったところでもう一度キスをされた。彼をたっぷりと味わいながら、野戦服のボタンに手をかける。
 いささか時間はかかったが、彼の上着をはだけさせることに成功した。彼は私を強く抱きしめると、いったん手を放してジャケットとシャツを脱ぎ去る。それから、もう一度ぎゅっと抱き寄せられた。皮膚と皮膚が直接触れあう暖かさに、陶然となる。
 そうするうちに、ソファに押し倒された。幸いというかなんというか、ソファは革張りだ。布張りのような、恥ずかしい形跡を残してしまうことはないだろう。

 彼がズボンを脱いだのがわかる。さあ、いよいよだ。

 でも、私はいまさら、自分の身体に自信が持てなくなっていた。
 今日はまだシャワーを浴びていない。
 無駄毛の手入れもできていない。
 そもそも、彼のようなマッチョタイプは、立派なバストと安産型の腰つきをした女のほうが好みなんじゃないだろうか。
 太ってはいない……と、思うが、最近はちょっと運動不足だったのは否めない。妙なところにたるみがでているかも。
 そういえば美容室にも行けていない。髪の手入れもかなりいい加減だ。

 無数に不安が沸きあがる。が、いまさらどうしようもない。
 私は目を閉じ、彼の抱擁を待ち受けることにする。

 けれど、いつまでたっても彼は何もしてこない。
 ちょっとだけ不審に思ったが、すぐに、彼が私の身体を目で見て楽しんでいるのだということに思い至った。ううっ。こっちは全力で気にしているというのに。
 女らしい肉体という点で自分がかなり落第点気味なのは、存分に自覚がある。でも、その、ほんのちょっとでもいいから――ほんのちょっとでもいいから、私の身体を気に入ってくれたら。



「綺麗だよ、カタギリ少尉」

 囁くように放たれた彼の言葉が、耳に届いた。
 心臓が、どくん、どくんと、強く打ちはじめる。

「綺麗だ。本当に、綺麗だ」

 あー、やばい。これはやばい。
 これは効く。こんな根拠も何もない言葉なのに、これはクる。
 顔が真っ赤になっているのが、自分でもよくわかる。

「恥ずかしがらなくたっていいだろ。本当のことなんだから。
 君は、とても綺麗だ。正直、こんなに綺麗だと思ってなかった」

 たぶん私は、耳まで真っ赤になっているだろう。
 それが恥ずかしくて、思わずソファに顔をうずめる。
 ああ、もう、なにこの女学生みたいな。

 でも、全身をくまなく見られていて、そうやって見ている彼が私の身体を評価してくれているのだと思うと、それだけで身体の芯があたたまってくる。
 彼の視線を感じる。視線がうなじから背中をたどり、薄いヒップから足へと降りていく。たまらない。ううう、仮にもプロ経験のある人間が、見られているだけで感じつつあるだなんて。でも。でもでも。
 よく分からない葛藤に悶えるうち、思わず口から小さな呻きが漏れた。いやその、これは心的葛藤が口から出たものであって。けして、視姦されているうちに感じちゃっただなんて、そんなヘンタイチックな。

 抗ってみたが、どうやら身体は正直なようだ。呼吸が荒くなってきた。心臓はもうさっきからずっとバクバクしている。
「……あぁ」
 もう、堪えようがない。両足の間がたっぷりと潤いを帯びてきた。全身に散らばった敏感な部分がうずき始めている。まだ何もされていないのに、ねっとりと愛撫されている気分。自制がまるで効かない。

 そして。

 彼が、入ってきた。
 圧倒的に、入ってきた。

 軽く、息をつめる。右手がかすかに痙攣している。快楽の波はものすごくて、声を出すことすらできない。十分に時間をかけながら彼自身が私の内側に入ってきて、やがて身体の深奥にこつりと当たった。身体が勝手にのけぞり、喉からは堰を切ったように悦楽の声が漏れる。目の前が真っ白になり、何度も大きな声をあげた。

 ――おそらく、軽く気を失っていたのだろう。気がつくと、まだ彼は私の内側にいた。弾けるような強い快感こそ緩んでいたが、満足感と安心感は計り知れない。そしてその暖かさが、新しい快楽を掘り起こしていく。
 でも、ちょっと気になった。彼はまったく動いていない。
「――もしか、して、きつかったり、します?」
 彼は苦笑して首を振った。
「まさか。サカリのついたティーンネイジャーじゃないんだ。ガツガツやるのは、俺の趣味じゃないんでね」
「そう、なん、ですか? そんな、ので、気持ち、いい、です?
 そ、その、わ、わた、しは、ま、また、イっちゃい、そうです、け、ど」
「趣味はいろいろってこと」
 いいながら、彼はゆっくりと腰を動かし始めた。必要以上に敏感になった襞が抉られていき、全身からどっと汗が吹き出す。軽く達してしまったようで、またしても大きな声が出る。
「激しく突くだけがセックスってわけじゃない。
 どちらかといえば、君はこうやってゆっくり揺らされていたほうが感じるみたいだね」
「あ、あぅ、ず、ずいぶ、ん、ああぁ、っく、よくっ、ご、ご存知、で……」
「ふむ、まだまだ元気だな」

 そうやって、彼は私を「揺らし」続けた。意識が朦朧とするような快感が、延髄から脊髄、そして全身の神経を支配していく。じきに、声すらでなくなった。私は荒い息をつきながら、まったく未知の世界に飛び込もうとしている。
 彼は私の身体を起こしてソファに座りなおさせると、私の両足を肩にかけ、なおもゆっくりと貫いていった。さっきよりもいっそう身体の深い部分を抉られるのと、不自然な姿勢による息苦しさがあいまって、目の前でちかちかと星が瞬き始める。お尻の下は、濡れているどころか、水溜りができかねない勢いで愛液が滴っていて、ちょっと気持ちが悪いくらいだ。
「――た、たい、い、ああ、あっ、あぁ……」
「どうした」
「あ、あ、あ、ああ、ダメ、あぅ」
「またイキそう?」
 私はガクガクと頷く。もうこれで何度目の絶頂なのか、とても数えていられない。彼はまだ一度も達していないというのに。
 こころもち、彼の動きが早くなった。下腹部がビクンと痙攣し、猛然とした落下感のようなものが襲いかかってくる。
「ああっ、い、いぃ、イク、イきます、あああ、だめぇっ!」

 また、少し意識が途切れていた。今度は彼がソファに座り、私は彼の上で正座するような格好になっている。私がこちら側に戻ってきたのに気がついたのか、ぎゅっと抱きしめられた。私も彼の身体を抱きしめる。
 彼の舌が、私の鎖骨を這う。上体が震えた。下腹部からの刺激はとどまるところを知らず、そこをさらに上からも責めたてられ、私の理性はもみくちゃになっていた。濁流の中でなんとか自分を保とうと、必死になって彼の身体にしがみつく。
「君を最初に見たときに思ったのは、鎖骨の綺麗な人だな、ってことだった」
 彼はそう呟くと、なおも私の首もとを舌で愛撫し続ける。
「好きだ。愛してるよ、カタギリ少尉。いや、イズミ博士でもいい。なんだって。なんだっていい。君が好きだ。君を愛してる」
 息も絶え絶えになりながら、私も答える。
「あい、して、ます、ハント、あああっ、あ、あい、して、ま、す!」
「俺もだ。愛してる。愛してるんだ」
 彼が、トン、トンとリズミカルに速度を上げ始めた。ひとつ突き上げられるたびに、脳の天辺まで電流のような何かが駆け抜けていく。最後に残っていた理性の欠片が、溶けたのを感じた。私は獣のように快楽の声をあげつつ、彼の動きにあわせて腰を動かしていた。
「いくぞ、いいか、少尉」
 唐突に、彼の声が脳に届く。私は頷いた。多分。
 途端、彼の分身が一気に太さと硬さを増し、強烈な勢いで私を天へと突き上げる。無上の幸福感に導かれるまま、私は自分の意識を手放した。



 しばらくの間、私は朦朧としていたらしい。次に意識がはっきりしたときには、カーペットの上で抱き合って横になっていた。彼はまだ、私の中にいる。
「……大丈夫か?」
 少し心配そうに、彼が尋ねてきた。
「大丈夫――凄かった、です。とても」
 彼は苦笑して、私の中から身体を抜こうとする。が、私は彼の腰に両足をからめ、それを阻止した。
「――おい」
「私が気持ちよくなるばっかりじゃ、不公平でしょ?」
「いや、だってほら、君はまだ体調が」
「体調に不安のある部下をあれだけ好き放題犯したんですから、その判断に従ってください」
「あー。それはだな……」
「ターニャとは何回戦がアベレージだったんです?」
「そ、そ、おま、そんなことを今」
「3回? 4回戦とか?」
 彼はしばらく躊躇していたが、逃げられないと悟って観念する。
「……3回だ」
「じゃあ、最低でも4回、あなたがイクまで、しましょう」
「まったく。女は怖えぇ」
 少し笑って、彼にキスをした。彼は私を抱きしめると、熱烈なキスを返した。

 私の中で、彼が元気を取り戻した。まだまだ、夜は長い。



(第9章「トライ」に続く)

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