◆IyobC7.QNk様

青年が愛しさを込めて名を呼ぶと、女は答えるのももどかし気に腕を伸ばして応じる。
白くしなやかな腕が日に焼けた青年の首筋に絡み付いた。
顔より先に密着した柔らかい双邱に青年の胸は高鳴る。
蜂蜜色をしたふわふわの髪が青年の口元に微かに当たり、次いで甘い匂いが鼻を擽る。
青年がいつもと同じ様に優しく囁くと柔らかく輝く髪の下から、女が視線を上げた。
金の睫毛が縁取る鮮やかな青い瞳が青年を見上げ、ぽってりとした唇が青年と同じ言葉を返し、恥ずかしそうに目を伏せる。
もう一度、同じ言葉を繰り返すと青年は女の答えを待ちきれずに抱き上げ唇を重ねた。
女は目を閉じ、ぎこちなく舌を這わせた。
温かく柔らかい素肌の感触に、女の背に回した腕に力が入る。
そんな青年に、女は少しまぶたを上げ拗ねた目を向けると、絡まっていた舌を離した。
しっとりと上気した肌が、青年を包む様にすがり付く。
互いの情欲に潤んだ瞳に誘われる様に、二人の男女は一つになり絡み合う。

灯の消えた部屋に窓からスルリと影が滑り込む。
個室の中に幼さを残す少女の声が響いた。
「全くもって、お決まりのパターンね。おんなじ言葉ばっかり繰り返して馬っ鹿みたい。
 ──もっと欲望のままに姦っちゃえばいいのに、お上品ぶっちゃってさ」
呆れのにじんだ紅い双眸が瞬く。
声の主は背中の大きく開いた丈の短いドレスにスレンダーな身を包んだ、金髪の生意気そうなつり目をした美しいと言って申し分ない少女だった。
その華奢な身体に似合いのささやかな膨らみは、相応以上の細腰で強調されている。
優美な曲線から続く、すらりと伸びた先の折れそうな足首は身体を支えられるのかすら定かではない程に細い。
そして背にはパタパタと羽ばたく蝙蝠の翼とドレスの裾からは黒い尻尾が見え隠れし、ふわふわとした髪の中からは微かに捻れた角が覗いていた。
そのまま一直線に空中を進み、ベッド上で何度も同じうわごとを繰り返す男へと近づく。
「マヌケな顔」
しばらく青年を覗き込んでいたが、異形の少女はひょいと離れ肩をすくめる。
「やっぱり、あんまり好みじゃないな。しょうがない、頂くモノだけ頂いて……、──!」
何気なく漂いながら、くるりと向きを変えた少女の目に人影が映った。
気を抜きつまらなそうだった全身に緊張が走る。
窓を背に、退路を断ち構えていた人影を覗き込むように首を傾げた。
しかし光源を背にしているためその容貌は窺い知れない。
「──誰?」
「貴様が若者を誑かしている悪魔か」
少女の問いかけには答えず人影は低く野太い、威圧的な声を発した。
背の高い、がっしりとした体格がシルエットで浮かび上がっている。
月光を反射している後ろに撫で付けた髪には白髪が混じっているのが少女にも見て取れた。
「んー。言わせてもらえば悪魔じゃなくて夢魔なんだけどね。夢魔のイリス、それが名前。それでオッサン、だれ? セイショクシャって奴? それともキシサマ?」
思案しながら、ゆらゆらとベッド上を移動する夢魔の手が眠る青年の頬に触れた瞬間、男から鋭い叱責が飛ぶ。
「息子に触れるな」
しかし夢魔はさあらぬ体で青年の脇へと降り立った。
その僅かな衝撃でベッドが軋んだが、青年は身体を痙攣させただけで、こんこんと眠り続けている。
「なるほどね、コイツの親父さんか。でもね、オッサン。中途半端で放っとくとコイツの頭がパァになっちゃうよ。それでもイイの?」
男に見えるように自分の頭に向け細い指をくるくる回しながら足先で青年を指し示した。
「……元に戻せ、悪魔」
苦みばしった声音に夢魔はクスクスと笑う。
「いやーね。心配しなくても、そんな気はないわよ。コイツそんなに美味しくないし」
鼻歌混じりに寝たまま勃起している青年の一物に足を掛けた。
足の下からくぐもったうめき声が発せられる。
「貴様っ!」
男の発した怒声に夢魔が軽く飛び上がる。
「うるさいなぁ。焦れない焦れない。こうなったら一回出してあげないと戻らないの。
 ──それとも、オッサンはアタシがアンタの息子に口か手でしてる所が見たいわけ?」
「くっ……」
口惜しそうに黙った男から視線を離し、夢魔は舌を伸ばして指先を舐める真似をしながらヒールの踵を盛り上がりの中心に添えてグリグリと刺激すると、青年がビクビクと二三度震え、そして動かなくなった。
「さて、コイツはこれでイイとして、オッサンはどうする?」
シーツに染みが拡がったのを確認し腕を組みベッドから降り立つと、媚びるのでも面白がるでもなく、夢魔は口の端を上げ薄く微笑んだ。
「……大馬鹿者めが」
苦々し気に吐き捨てられた言葉に気分を害したのか夢魔が反論する。
「オッサン。一応言っとくけどさ、コレはアタシたちのセンバイトッキョって奴だからね。コイツを責めるのはお門違いってモンよ」
男は夢魔を無視して、安らかな寝息をたて始めた青年を一瞥すると、窓辺から退く。
その時、夢魔は初めて男の顔を見た。
月明かりに照らされた顔はコントラストのせいか、声以上の年齢を感じさせる。
年は壮年から初老に差し掛かる頃だろう。
彫りが深く、厳めしいが自信に満ちた風貌をしていた。
「何のつもり?」
男の行動を解しあぐね、訝しげに眉を顰めた夢魔に男は外を示す。
「悪魔とは言え、女姓。しかも子供を手に掛ける訳にはいかん。
 ──行け。そして、ここには二度と近づくな」
その言葉に始めはキョトンとしていたが、意味を理解すると同時に夢魔は盛大に噴き出した。
転がり始めんばかりの勢いでキャラキャラと笑いながら額を押さえ肩を揺らす。
「っぷ、ははっ……はぁ、わかった。ぷっふふ、この部屋には、もう来ない。でもね」
小さく震え、よろめきながら窓辺へと歩み寄り、男とすれ違う瞬間、背伸びをして続きを囁いた。
夢魔の真骨頂とも言うべき、見た目に似合わぬ艶に満ちた魔声が男の耳の奥を擽る。
反応した男が振り返るよりも早く、心底楽しそうに笑いながら夢魔は夜の闇へと身を躍らせていた。
「まったねー」
無邪気に子供の如く挙げた腕を大きく振ると、反動で身体が揺れる。
しなやかな白い肢体は闇の中にポツリと輝いていたが黒い翼が空を打つ度に小さくなり、程なく元々小柄なその姿は闇に紛れ消えた。

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