4-811様

「鬼さん、鬼さん」

何がそんなに面白いのか、まるで童子のような笑顔をこちらにふりまいてくるのは、ちっぽけな人間の小娘である。雪のような肌、赤くぽってりとしているが小さめの唇、大きなたれ目の瞳、長い緑の黒髪。
どれも自分にはないものだ。
だって自分の肌は赤いし、唇は裂けたように大きいし、眼は吊り上っているし、頭には髪がない代わりに立派な角が生えているし。他の鬼からしてみれば自分はまだまだ小さい方であるが、そんなもの他から見れば関係ないらしい。普通の人間が見たら悲鳴をあげて逃げるであろうこの姿。そんな化け物に、この小娘は悲鳴ではなく笑い声をあげている。普通ではないだろう。
いや、実際普通じゃない。
なにせ、この生き物と自分は、姉弟の関係にあるのだから。





鬼の繁殖は、妊娠している他種族のメスを使う。

もともと、鬼の種族にはメスがいない。
よって鬼は、逃げ惑う他種族のメスをとっ捕まえては孕ませ、とっ捕まえては孕ませを繰り返して子孫を作ってきた。しかし、鬼と違って、それらの体は脆い。
腹の中いる鬼の子に栄養という栄養を奪われ、産み落とす前に母体が死んでしまい、そのまま死産、というケースも少なくない。そこで、妊娠しているメスに鬼の子を宿し、もともと腹にいる人間の子を糧として成長すれば、母体を殺すことなく出産させることができるのではないか、と考えた鬼がいた。
実際、幾人もの鬼がそうやって産み落とされている。
現に、自分も妊娠中の人間のメスに精を注ぎ入れて作られた一人である。
ただ、一か所例外をあげるとするならば――――

「ねえ、鬼さん」
「・・・なんだ」
こいつの存在である。

「あのね、あのね、今日のごはんはハンバーグにしようと思うんだけど。ソ
 ースは和風がいい?デミグラスがいい?」
「・・・・デミグラス」
「うん、わかった。すぐつくるからね」
人間の子は生き延びたのだ、自分と一緒の母体の中で。左腕が一本失いつつも、それでもこうやって成長したのだ。つまり、自分はこの小娘から左腕以外の糧を奪わなかったということで。それはたぶん、俺の身体が周りのやつよりも一回り小さいことの原因なわけで。そのことを仲間内からひどく馬鹿にされているのを俺は知っていた。いや、もとはと言えば俺がきちんとこいつを食わなかったことが問題なのだが。
左手のないその体で、そいつはテキパキとハンバーグを作り始める。補足しておくと、俺は鬼だから、もちろん肉は好物で、さらに言えばハンバーグは小娘の得意料理だった。エプロンをつけて台所に立つそいつと、テーブルに座っておとなしく待っている俺。
平和である。
文面だけ見れば非常に平和であるが、これが人間と鬼が作り出している状況だということを考えると、変、につきる。複雑な関係の俺たちがなぜ、こうやって一緒にいるのかというと、その問題の方は簡単だった。

「だって、私たち姉弟なんだよ?」

一緒に住むのは、あたりまえでしょ?
にっこりとされたら、断れなかった。

トントントントン音につられてキッチンを見ると、鼻歌を歌いながら玉ねぎを刻む小娘がいる。その姿は楽しげで。そう言えば、こいつは四六時中にこにこしっぱなしである。食事中も、選択中も、寝てる時でさえ。
そんなやつが、唯一別の表情を見せる瞬間があることを、俺は知っている。

「ひゃっ!」
そっと小娘に近づいた俺は、後ろから首筋に牙をたてた。そのままちゅうっと、血を吸い上げてみたりする。吸血鬼ではないので、その行為に意味なんてない。少しちょっかいをかけてみたかった、それだけである。
「いっ・・・!あ、っんう、痛いって・・・」
「・・・包丁」
「わ!」
小娘の足に刺さる寸前でキャッチする。
別に刺さっても俺はどうとも思わない、思わないけど、床が傷つくといやなので、とりあえず受け止めておいた。こいつの足が傷ついたって、別に、なんとも、思わない。
「危ないってば」
「ちゃんと、受け止めた」
「もう、そう言う問題じゃないよ」
「遅かったか?」
「そうじゃなくって」
「ん?」
「鬼さんこそ、手、怪我してないよね?大丈夫?」
上目づかいで心配された。ぎゅう、と胸の奥が苦しくなる。ばかだ、こいつはばかなんだ。こんな鬼の心配なんてしなくていいのに。どうせ包丁程度で俺の身体は傷つかないんだから。
けど、なんか、なんか、変な気分になった。
「おい」
「なあに?」
「やっていいか?」
「・・・・」
「やって」
「あ、お肉解凍しなきゃ」
「・・・・」
「きゃあ!あ、む、むね、むね揉まないで」
「やっていいか?」
「だあめ」
「なぜ」
「なんでって」
「俺が鬼だからか?」
「私たちが、姉、弟、だ、か、ら」
「関係」
「あるよ」
「ない」
「あっ・・・!」
有無を言わせないように唇をふさぐ。彼女が唇が厚めなのを普段から気にしているのを知っている。コンプレックスらしいが、別にそんなこと気にする必要はないと思う。柔らかいし、俺的には気持ちいいから、全然オーケー。
小娘は、まだ抗議したりないのかうーうー唸っていた。
とりあえず無理やり舌をねじ込んでみる。
ぎゅ、と目をつむっていた彼女がびっくりして目を開く。瞳がこぼれそうなほど見開かれたそれとばっちり目が合うと、いきなり舌をかまれた。別に痛くはなかったが、びっくりしてとっさに身を引く。
「ひどいな」
「だ、だって」
「弟にこんなことしていいのか?」
「そういうときだけ・・・」
「いいだろ」
エプロンをはずそうとしたが、なんだかちょっともったいない気がしたため、そのままぐい、と胸をもむ。あ、という声にあおられながらさらに揉んでいく。
やわらかいな、と思う。
さっきのの唇もそうだが、なんでこいつの身体は柔らかいのだろう、と思う。人間ってそういうものかもしれないが、あいにく俺は小娘以外に生きた人間に触ったことがない。けど、たぶんだが、この柔らかさはこいつにしか出せない気がする。
なんとなくだが。
「ん、ふぅ・・・・!きゃあ!」
「お?」
突然声を上げたと思って、顔を見つめるとペチンッ!と軽く頬を叩かれた。
「なんだよ」
「つ、つつ爪」
「ん?」
「爪が当たって」
「痛かった?」
「え、いや」
「ああ、きもちよかったのか」
小娘の顔がかぁああっ、と赤くなった。
ちょっと可愛い、と思ってしまった。
うん、ちょっとだけだが。

「もうホントにやめよう、ね?」
「えー」
「お願い」
「・・・こないだはあんなによさそうにしてたのに」
「そ、そのことは」
そうなのだ、この間、といっても三日前の話だが、あんなに気持ちよさそうに喘いでいたのに。何がそんなに不満なのだ。

「双子の姉弟なんだよ、私たち」
「だから?」
「だから、倫理的に問題が」
「鬼にむかって今さら」
「・・・・やっぱりだめ」
「こんなに似てないのに?」
「目の色はそっくりだよ」
「体の大きさもこんなにちがうし」
「私だって、前よりは成長したよ」
「胸はな」
「もう!」

ひょい、と小さな生き物を持ち上げた。
あ!とかだめだって!の声を無視してのっしのっし、と寝室までの道を進む。

「お、おろして・・・っ!」
「終わったらな」
「あ、そうだハンバーグ!ハンバーグ作らなきゃ!!」
「終わったらな」
「だめだったら!」

その晩、三日前の再現をされたのは言うまでもないと思う。

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