128無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:30:25No.13590234そうだねx13
ある秋の日のこと。仕事を終えた俺は人混みでごった返す街の中を歩いていた。すっかり秋めいた空は日が落ちるのも早く、既にまわりは飲み屋の明かりで彩られ始めている。上京したての頃はわくわくと眺めたこの景色も慣れてしまえばうっとおしいだけのものだった。
客引きの声に交じって何やらおかしなものが聞こえてきたのはそんな時だ。前方の人混みの向こうから間の抜けた声がした。

「誰かー! 助けてほしいプスー! お願いプスー!」

近づくにつれてそれははっきりとわかるようになった。鈴瑚トプスだ。鈴瑚トプスが助けを求め、周囲の人間に声をかけている。しかし周りにいる人は誰一人として足を止めることなく、そこには誰もいないように無視して歩き続けている。

129無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:30:42No.13590235そうだねx11
俺は都会の非情さに腹が立った。いつもの自分なら同じように見て見ぬふりをしたろうが、この日の俺は人混みの煩わしさから都会の人間そのものに嫌気がさしていたのかもしれない。義憤に駆られた俺は鈴瑚トプスを無視する連中に見せつけるように、大股で真っ直ぐと声の方に向かう。鈴瑚トプスと目が合う。「どうかしたのか?」と俺が声をかけると鈴瑚トプスの顔に喜色が浮かんだ。
対して俺は戦慄していた。目の前にあるその恐ろしい姿に。どうして他の誰も手を貸さなかったのか、俺はようやく理解した。声をかけたときの姿勢、表情のままで固まる俺を尻目に鈴瑚トプスが話しかけてきた。

「ふい〜! ようやく話ができる人が来てくれたプスー! トプさっきからずっと困ってたんプス! だけど誰も聞いてくれないんプスよ!」

それはそうだろう。俺にはその理由がよくわかった。人影をかき分けてあらわになった鈴瑚トプス、その腹には大きくマジックで落書きがされていた。
『一回100円! ネコでもタチでもいけます!』
……そりゃあ誰も近づかないわけだ。とうの鈴瑚トプス本人は出っ張った腹のせいで落書きに気付いていないらしい。

130無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:31:27No.13590237そうだねx10
「トプ…トプきっと死んじゃったんプスな……。トプはもう幽霊なんプス……。だから誰からも見えないんプス……」

ああ、確かに死んでいる。社会的に。そしてそんな鈴瑚トプスに話しかけた俺は周囲からどう映っているのか。……考えたくもない。こうなったらもう開き直るしかない。半ばやけくそになりながら俺は鈴瑚トプスの話を聞いた。どうやら仲間たちとたらふく呑んだことまでは覚えているがその後のことは記憶にない。気づいたら町中にいて、周囲の人にここがどこか聞こうとしたら誰にも気づいてもらえなくなっていたとのことだった。
恐らくその時の仲間とやらが酔った勢いでいたずら書きをしたのだろう。鈴瑚トプス本人は店を出た後に事故に遭い、死んでしまったのだと思い込んでいる。俺は鈴瑚トプスにしばし待つよう伝え、その場を離れた。いっそそのまま逃げ帰ってもよかったのだが、というかそうしたほうが良かったのだがもうここまで来たら最後まで面倒を見てやろうと妙な決意を抱いていた。

131無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:31:51No.13590238そうだねx11
折よく近くに雑貨店があり、シンナーを買うことができた。肌にはあまりよくないだろうが、ラプトル清蘭でもなし、死ぬことはないだろう。ついでに勝ってきたハンドタオルに染み込ませ鈴瑚トプスの腹を拭くとそうかからずに落書きは消えた。これでもう大丈夫だ。俺は今いる場所と時間を教え、次からは周りの人も気付いてくれるだろうと伝えた。

「ふい〜。ありがとプス! ありがとプス! お兄さんは優しい人プスね!」

鈴瑚トプスは感謝しきりで何度も頭を下げる。俺はここに来て妙に照れくさくなってきた。適当に手を振ってその場を離れようとしたときに、後ろで呟く声が聞こえた。

「一緒に来てもらおうと思ったけど、やめとくプスな」

132無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:32:28No.13590240そうだねx11
俺は後ろを振り返った。そこには誰もいない。妙に開けた空間は瞬く間に人波にのまれ消えた。一体何がどうなっているんだ。鈴瑚トプスはどこへいった? いくらなんでも、あの一瞬で視界から消えるなんてことはありえない。

「あのー、すいません。ちょっとよろしいですか?」

混乱する俺に背後から声がかけられた。びくっとすくみ、恐る恐る向き直るとそこには制服を来た警官が二人立っていた。愛想のいい中年と、どこか緊張したような若い警官の二人組だ。

「あ、はい。あの、なんでしょう?」
「いえね、さっきここら辺で独り言をつぶやいている男性がいるっていう通報、じゃないんですけど、まあそういう話を聞きましてね。ちょっとどうされたのかなーって」
「独り言……いえ、俺は……」

133無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:32:58No.13590243そうだねx13
パニック寸前の俺は上手く話すこともできなかった。独り言? それじゃ俺が話していた鈴瑚トプスは厳格だったとでも言うのか? 完全に挙動不審な俺に薬物使用の疑いでも持ったのか、警官は手荷物を見せるように言ってきた。手荷物と言っても、俺が持っているのは財布とスマホ、そしてさっき買ったばかりのシンナーとタオルくらいのものだ。それはそれでなんでこんなものを持っているのか聞かれるとどう答えたものか、と思案していると思いの外早く解放された。

「はい、結構です。すみませんね、この辺りは酔った方も多いですから。ご協力感謝いたします」
「ああ、えっと、はい」

あっけなく疑いが晴れたことに逆に戸惑っているとまたも小さくつぶやく声が聞こえた。

「今度は連れてかれなかったか……」
「えっ!?」
「はい? どうかされましたか?」
「いや、今…なんて……」

問いただす俺に中年の警官は優しく微笑みかけた。

「あなたは心優しい人のようですね。そういった気持ちを大事にしているなら大丈夫ですよ」

135無題Nameとしあき 20/10/03(土)01:36:34No.13590254そうだねx14
それだけ告げると警官二人はさっさとその場を去って行った。一人残された俺は訳も分からず、ただ立ち尽くしていた。

後日談、というかまあありきたりな話。あの後、あの近辺であった過去の事件を調べていたら案の定、鈴瑚トプスが一頭死んでいることが分かった。趣味の露出徘徊をしていた時にジュラにゃんに襲われて死亡したらしい。その話を聞いたときに俺は怖いとかよりも妙に納得していた。やっぱりあれは幽霊だったんだ。

そして腹の落書きは趣味だったのだと

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