5 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:49:04 No.10877802
意外と早く片付いたな、と。昼過ぎの太陽を見上げて煙草を吹かす。
一面の青空へ濁った煙を重ねて雲を作る。
視線を下げると、広がる草原に、薬剤で眠っているトプスが点々と寝そべっている。
自然であれば牧歌的な風景だったかもしれない。足元には少し旧式の麻酔弾を装填したライフルがある。
鳴き声がした。緊張も不安も滲ませていない声色だ。
寄りかかるサファリカー越しに背後を振り返ると、安っぽい檻の中に特徴的な生き物が捕らえられている。
「キュイ〜…キュイ?」
一匹と目があった。ふと悪戯心が沸いて、近づき、顔に向かって煙草の煙を吹きかける。
眉間に皺をよせ、顔を振りながら檻の奥へ後ずさった。息子を思い出す。
来年、小学校へ通う息子も、こうして煙草の煙を嫌ったものだ。

6 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:49:19 No.10877804
「兄ちゃん、あまり虐めてやるなよ?」
すぐそばにいた同僚が、嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
もうすぐ30歳になる俺だが、この一団だと若輩になる年齢だ。
「すみません、つい」
「ははっ、気持ちはわかるけどな?こいつらと来たら野生動物とは思えん態度してるもんなあ」
「俺も、予想以上に簡単に仕事が終わって驚きました。説明はされてましたけれど…」
「ラプトル…捕まえるのに必要な装備は檻と餌だけ」
まるで冗談みたいな生き物だ。まだ街中で飼われている犬猫の方が警戒心がある。
同僚は自慢げにライフルを担いで続ける。「ラプトルは常にトプスに護られているが、
さっき俺たちがそうしたように、護ることに集中して動きの鈍いトプスには簡単に麻酔弾でイチコロよ。
皮肉なことに、トプスに護られて育つのが普通のラプトルには、野生の本能がねえのか?こうして簡単に捕まえられる」

7 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:49:39 No.10877808
危機感も無いと、付け加えよう。
檻の中にいるラプトルには未だに昼寝したり、じゃれて遊んでいる個体も少なくない。
「トプスは捕まえなくても良いんですか?」思いついて、尋ねた。「あっちもあっちで簡単に捕まえられますよ?」
「あっちは需要が無い。セレブの豚親父共の趣味は知らんが、求められているのは愛くるしいラプトルであってトプスじゃねえ。
 それにトプスを狩るとな?この周辺の肉食動物にとってはおやつ当然のラプトルが狩りつくされちまう。
 今後のラプトル需要を支えるためにトプスは減らしちゃならねえ」
今回の作戦のブリーフィングで見せられた映像を思い出す。
ラプトルに動物の接近を警戒したトプスは、日本でいう相撲の立ち合いの様な姿勢をとる。
不用意に近づいてしまった動物を、草食肉食問わず、はっけよい…のこった!という幻聴がするような素晴らしい立ち合いで走り、間合いを捉えた瞬間だけ二足歩行となり、殴り殺す。
あの危険生物で有名なカバすらも、一撃で確実に屠るというのだから肝が冷える。
つい先ほどトプスを麻酔銃で撃った時も、奴らは立ち合いの姿勢でこちらを狙いすませていた。

8 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:49:59 No.10877811
「麻酔銃さえあれば怖くありませんが、トプスはこの辺りだと生態系の頂点ですね」
「あぁ…昔はトプスも狩りの対象でな?その強さ故にこの辺りの原住民から神聖視され、
 成人式としてトプスを一匹狩る儀式があるらしい。…毎年死人がでると聞いている」
「映像でしか知りませんが、あの速さは恐ろしい」
「だな。そいつら原住民は槍を立てて迎撃するように刺すらしい。見事打ち取った暁には、
 トプスの生殖器…睾丸と男根を喰って、強さと魂を継承するんだとよ」
「あぁ、聞いたことあります。トプスの生殖器は珍味だと」
同僚はそこで、喉を鳴らして下品に笑う。「奴らのアレといやあ、図体の割りにとんでもなく小さくてよお。全く、初めて見た時は腹が痛くなったぜ」
トプスはラプトルと生殖する。ラプトルは精々大型犬のサイズが平均だが、
トプスはサイを少し大きくしたようなサイズだ。
故に、トプスの短小なそれは自然な事であり、生殖器の大きさでとやかくいうこの同僚の方が、俺は卑しく見えた。

9 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:50:19 No.10877812
「おっ、やっと来やがったな」
同僚の視線の先から、大型のトラックが数台やってきた。
後は荷台へ檻を積載すれば、仕事は終わりだ。
ふと、辺りを見回して、疑問を口にした。
「この後、このTR(トプスラプトル)集団はまた個体数を戻せるのでしょうか」
TR(トプスラプトル)集団の平均個体数は20〜25体。
今ここに残す集団がラプトル3体に対してトプスは10を超える。
自然界はメスの取り合いが激しいというのに、この比率で残すのはあり得ない。
「戻るさ」同僚が運転席に乗り込む。俺が助手席に座り、シートベルトをしたのを確認すると車は発進した。
「俺も一時期は後悔したよ…。普段トプスは温厚でラプトルを異常なほど保護する。
 しかし、集団の個体数が著しく減るとな?トプスをラプトルを輪姦するんだよ」
「トプスがラプトルを…襲う?」
「あぁ。遠慮も躊躇もねえ。極短期間で個体を戻すために、四六時中ラプトルはtプスと交尾する。そして…」

10 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:50:42 No.10877815
ラプトルは産卵を繰り返す。産んだ直後にまたトプスの巨体で種付けプレスされ、繰り返す。休む暇はない。
ラプトルの体力は持たない。1年もすれば母体はもう手遅れになる。
トプスの性欲の矛先は、生まれて間もないラプトル…自分の子供に向けられる。
そうして、一定の犠牲の上で、TR集団は元の個体数へと戻ると言う。
「そうなる原因であるハンターの俺たちが悪い。そりゃあ分かってるさ。
 だからその光景を見た俺が【酷い】だの【惨い】だの言う筋合いはねえよ。
 ただ、自然災害や他の原因で個体数が減ると、トプスは同じ行動をする。
 俺たちがそう仕向けた訳じゃねえ。トプスの本能なんだよ」
サファリカーはトラックの後ろを付いて走る。
初めての高速移動に、荷台のラプトルは無邪気にはしゃいでいた。
あのラプトル達は、幸運であれば世界各地の動物園で伸び伸びと生き続ける。
「荷台のラプトルは、そういう意味では、救われたんでしょうか」
「一部以外はな…」

11 無題 Name としあき 18/09/13(木)20:51:06 No.10877820
そう、一部はその手の愛好家へ、裏ルートを通って売買される。
個人用宅で飼う者。ストレスや性欲処理として飼う者。中には、猛獣にラプトルを襲わせ、その光景でオナニーする変態もいると聞く。
しかし、俺は文句を言える立場ではない。その犠牲があって、この仕事は稼げるのだから。
トラックとは途中で別れて、自然公園端の中継基地へと辿り着いた。
同僚へお礼を言って、降車した時だ。
「兄ちゃん。この仕事、続けるのかい?」
「…募集があれば、また」
「だったらラプトルに感情移入するなよ。続けるならな」
どこか、懐かしいような顔をした同僚は、「車戻すわ、じゃあな」といい、車庫へ走り去った。
割り当てられた個室へ戻る。貸与されているPCを開くと、自宅からメールが来ていた。
画像が添付されている。息子だ。息子が2日前に送ったラプトルのぬいぐるみを抱きしめていた。
【お父さん。ラプトルをありがとう。早く帰ってきてね】息子のメッセージと一緒に、妻の労いの言葉が続く。
どこかで、キュイーと、ラプトルの鳴き声がした。気がした。


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