無題 Name としあき 18/10/02(火)23:12:33 No.10946091 del
「どうして……こうなったんプスかねぇ……」

電気もともさない暗い部屋の中でトプスは自問自答した。いくら問うたところでその答えを返すものはいない。それがわかっているのなら、そもそもこんなことにはなっていなかっただろう。

トプスがマスコミ業界に憧れ上京したのはもう10年ほど前のことになる。隠された真実を人々に送り届けるに夢を抱き、いくつもの採用試験に応募した。しかし当時の業界はまだジュラシック雇用が進んでおらず、結局末端の関連企業にすら受かることはできなかった。それでもトプスは夢を諦め切れず、少しでもテレビに関わる仕事をしようとジュラシック芸人としてデビューした。もともと差別待遇さえなければ大手企業にさえ受かるだけのポテンシャルを持っていたトプスは身体を張った体当たりな芸風と時折光る知性で瞬く間に人気を集めていった。そして上京してから8年目、今から2年前にようやく情報バラエティー番組のコメンテーターの座を獲得したのだった。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:12:57 No.10946096 del
本来目指していた報道関係とは離れるものの、トプスは与えられた仕事に全力で取り組んだ。情報をわかりやすく噛み砕き、より多くの人へ伝える。それもまた立派なマスコミの仕事だと思っていた。トピックにあげられそうな時事情報はもちろん、関連する過去の事件や人物関係など些細な情報も頭に叩き込む。その一方で芸人時代に武器とした話術にも磨きをかけ、芸人仲間から人脈も広げていった。裏付けされた知識から出る確かな見解とジュラシックならではの独自の切り口、そして鈴瑚トプスというキャラクター性を兼ね備えたトプスは1年が過ぎるころには人気コメンテーターとしての地位を揺るがぬものとしていた。

最初のきっかけは半年ほど前、ジュラシック相撲協会のパワハラ問題を扱ったことから始まった。ジュラシック相撲はジュラシック全体のスポーツとされているが実質そのほとんどの力士が鈴瑚トプスで構成されている。この協会の不祥事にトプスがコメンテーターとして駆り出されたのは当然の成り行きだった。ゆえにトプスも万全の態勢で収録に臨んだ。独自の人脈から情報を集め、トプスとして中立かつ的確なコメントをした。つもりだった。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:13:22 No.10946099 del
「まだ情報が出そろってないプスからねぇ。トプスにはトプスの伝統もあるプス。まだトプのような外野がどうこういうことじゃないプス」

今回の問題については協会側と被害を訴える力士側で意見が食い違っている。まだ裏付けの取れていない状況でどちらかを擁護したり攻撃するような発言はするべきでない。トプスはそういう意図でこの発言をした。しかしそれがトプスの意図したまま流されることはなかった。番組編集の際、トプスのコメントは次のようにまとめられていた。

「トプスにはトプスの伝統もあるプス。外野がどうこういうことじゃないプス」

それはまるでトプスのやり方に口を挟むなという排他的な意見としてお茶の間に届けられた。これに対しハラスメント問題が続き関心の高まっていた世間は大いに反発した。閉鎖的で前時代的な体制を擁護しているとしてトプスは相叩きにあったのである。当然トプスはすぐに釈明をした。自信のSNSで発言内容が自分の意図したものでないことを説明した。このときの炎上はそれで一応の収まりを見せた。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:14:08 No.10946100 del
しかし時をおかずして次の炎上が起こった。今度はとある女性博士がジュラシックに襲われて大けがを負ったという事件でのことだった。トプスはジュラシック仲間からこの女博士のことは聞いていたし、実際に自分自身も何度か実験に巻き込まれそうになったことがあった。その経験から漏れ出た言葉が電波に乗って広められたのだ。

「まあ、この博士も自業自得って言えばそうなんプスけどね」

不用意な発言であるとトプス自身も思う。この博士の所業はジュラシックには広く知られているものの、人間からすれば善良な研究者に過ぎない。だからこんなことを収録中に言うつもりはなかった。言っていなかった。この発言をしたとき、確かに番組は生放送のCM中だったのだ。それがどういうわけかカメラは回っており、拾われた音声は世間の耳に届けられてしまった。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:14:45 No.10946106 del
被害者をさらに追い込むこの発言によりトプスは徹底的に炎上した。先の一件で一度矛を収めた者たちの中にはまだくすぶ利を残すものも少なくなく、またジュラシックが人間社会に溶け込んでいることに反感を持つ反ジュラシック団体にも目をつけられたのだ。それ以降トプスの一挙一動に難癖が付けられるようになった。発現中にちょっとでも言いよどめば「滑舌が悪い」「聞き苦しい」となじられ、読み違えや言い間違えでもしようものなら「学がない」「低能」と野次られた。何の問題もないはずのコメントも悪意でもって曲解され、捻じ曲げられた内容に批判が集まった。

そんな中でトプス自身も疲弊していった。やり玉に挙げられないように当たり障りのない意見が増え、やたらと予防線を張ることでコメントは増長になった。かつての切れ味鋭いコメントは見る影もない。そんなトプスを見て擁護に回っていたファンの間からも「トプスは終わった」「才能が枯れた」という声が上がり始めた。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:15:12 No.10946109 del
そして今、トプスは打ちひしがれて部屋のすみに座り込んでいた。かつて夢見た、そして一度はつかんだ栄光の座からの転落。もともとメンタルの弱いジュラシックであるトプスはすでに睡眠薬なしでは眠れないほどに心を蝕まれていた。ふと暗い部屋の中でチカチカと光る光源があることに気付いた。電話の留守番メッセージだ。ぼんやりとした思考のまま、再生ボタンを押すと聞こえてきたのは懐かしい母の声だった。

『トプ、元気にしていますか? お母さんはテレビのことはよくわからないけれど、疲れたなら一度帰ってきなさい。お父さんも待っていますよ』

トプスの両親は3代続くyasai農家だった。トプスが上京したいと言ったとき、両親は一も二もなく賛成してくれた。マスコミに努めるならばちゃんとした学歴がなければだめだと言って支払ってくれた学費は冬の仕事のない時期にヘカニ漁に出て稼いでくれたものだ。仕事で忙しくろくに帰らぬ息子に時折yasaiを送っては応援してくれていた。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:15:56 No.10946113 del
本当は農家を継いでほしかったのだろうとわかっていた。

トプス自身、別に農家が嫌だったというわけではなかった。幼いころから手伝ってきた仕事は苦ではなかったし、ジュラシックの食を支える仕事は尊敬していた。だからいずれ今の仕事を退いてからは家業を継ぐつもりでいた。それでもそれはもっと先のことだと思っていた。

「もう潮時プスね……」

次の仕事を最後に引退しよう。トプスはそう心に決めた。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:16:15 No.10946116 del
この日の仕事は生放送の緊急特番。揺れ動く隣国との軍事情勢についての討論番組だった。トプスは前日までに準備を整え、収録に臨んだ。これを最後の仕事にするのだと決めたときから心は落ち着き、かつてのようなやる気が湧いてきていた。自分のコメンテーターとしての最後を見事にやり遂げてみせる、そんな気概で挑んだトプスに突然の質問が投げかけられた。

「どうでしょう、トプスさん。この辺、米国と足並みをそろえることの危険性もあるのではないでしょうか?」
「え? と、トプ?」

生放送の収録といってもぶっつけ本番でやるわけではない。大まかな流れは台本で決まっているし、中には自分が言う意見を既に決められている場合もある。今回は各分野の専門家やご意見番が揃っているということもあってそこまで厳密に決められてはいないが、話題の流れと話を振る順番は決まっていた。そして今はトプスの番ではないはずだった。

「え、ええ、いや……そう、プスねぇ……。そういうあれも……いや、うーん、どうプスかね……」
「では純狐さんはどのように思われますか?」
「ここはコミケ会場ではないの?」

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:16:39 No.10946119 del
以前のトプスならばこの程度のハプニング難なくやり過ごしただろう。今の質問だって自分の中の答えはある。しかし結局それを言葉にすることができなかった。

(これが……最後の仕事プスか……)

言いようのない虚脱感に襲われ、トプスは肩を落とした。最後の華を飾ることすらできない体たらくに失望した。ここまで自分は落ちぶれてしまったのか。こんなことならもっと早くに辞めてしまえばよかった。

『ずいぶんと打ちひしがれているようだな』

耳元のインカムから聞こえた言葉にトプスは驚き顔を上げた。周囲に目を配るが他の出演者に目立った動きはない。この声は自分にだけ聞こえているのか。では誰が? 撮影スタッフの方に目を向けると一匹のジュラシックと目があった。不敵に笑うそれはこの番組のチーフディレクターであるラプトル鈴瑚だ。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:17:13 No.10946122 del
(チーフテディレクター? 今のはチーフディレクタープスか?)
『ああそうだ、私だ』
(ど、どうしたんプス? っていうかどうやって会話してるプス?)
『業界人の力だ』
(業界人はんぱねっプス!)

チーフディレクターのラプトル鈴瑚の横にはアシスタントディレクターのサアトリサウルスが水槽に入っている。決して業界人の力などではないが今のトプスにとってはそれはどうでもいいことだった。自分に話しかけた相手を理解すると同時にトプスはもう一つの驚くべき事実に気付いていたのだ。

(尻尾が……ない!)
『そうだ、ようやく気づいたか。いやほんとお前全然気づかなかったな。二年くらい一緒に仕事してるんだぞ』

チーフディレクターは尻尾のないラプトル鈴瑚、いわゆる「尻尾なし」だった。ラプトル清蘭を巡る恋敵ジュラシックとしてしばしば対立する鈴瑚トプスとラプトル鈴瑚、その中でも特に過激なトプス排斥を訴える一群は自らの決意の証として尻尾を切り離す。失った尻尾の代わりにトプスへの憎悪を胸に宿して。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:17:31 No.10946124 del
(そ、それじゃあまさか! 今までの炎上騒ぎは!)
『ああ、私が仕組んだことだ』
(なんでプス! 何でそんなことするプス!)
『私が尻尾なしでお前が鈴瑚トプスだからだ』

尻尾なしはトプスが芸人として活躍していたころから行動していた。皮肉なことにトプスの人気からジュラシックがTV業界に参入しだした流れに乗って制作会社に入社、実績を重ねながら着実に地位を高めていった。全てはトプスをこの業界から追い出すために。

『私が尻尾なしである以上、トプスを許すことはできない。全てのトプスに罰を与える。それが尻尾なしの役目だ』
(ジュラあきの数だけジュラシックはあるプス! 名作怪文書とは言え、設定の全てをなぞることないプス! 鈴瑚トプス×ラプトル鈴瑚だってあっていいはずプス!)
『嫌だよ気持ち悪い。なんだその歪んだ自己愛』

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:18:43 No.10946127 del
尻尾なしの言葉にトプスは言葉を返すことができなかった。自分でもちょっとないなと思ったからだ。しかしこれで全ての合点がいった。自分のコメントを改ざんしていたのも細かなトラブルを重ねさせていたのも全てはこの尻尾なしの仕業だったのだ。トプスは湧き上がる怒りに震えた。ジュラシックスレのお約束、そんな理由で尻尾なしは全てを冒涜したのだ。トプスの夢を、両親の思いを、そしてマスコミという仕事の誇りを。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:19:23 No.10946131 del
ADサアトリサウルスを通じて尻尾なしはトプスの心情を把握していた。これこそが尻尾なしの目的だったのだ。怒り狂ったトプスはきっと盛大な放送事故を起こすだろう。もしかしたら自分に暴力をふるうかもしれない。そうなったらしめたものだ。このトプスを追い出し、全ての鈴瑚トプスがテレビ番組に出演できないように世論を誘導する。テレビ画面からトプスが消えた世界を思い浮かべ尻尾なしはほくそ笑んだ。

「う〜……うぅ〜……」

プスプスと怒りの蒸気を上げてトプスはゆっくりと立ち上がった。他の出演者やMC、撮影スタッフが何事かとどよめく。台本にはない事態にカメラマンも知らずレンズを向けていた。全国のテレビにトプスの姿が映し出された。

自分が今何をしているのか、わかっていないわけではなかった。それでもそんなことがどうでもいいと思えるほどトプスは怒っていた。内からあふれ出る熱量をこれ以上押さえることはできない。トプスはあらん限りの声で叫んだ。

「トォプ盛りぃいいいいいいいいい!!!!!1!1!!!!!」


無題 Name としあき 18/10/02(火)23:19:42 No.10946133 del
それは魂の叫びだった。一体何を言っているのかトプス自身わからなかった。ただ次第に冷めていく思考の端で、これで自分は終わったのだと確信した。全国中継中に突然奇声を上げたのだ。もう二度とテレビの仕事はできないだろう。これが自分にとっての幕引きなのだと。

ところがそのとき不思議なことが起こった。それはトプスの想いが引き起こした奇跡か、はたまたジュラシックの神の気まぐれか。トプスが叫ぶと同時にテレビ画面には迫力あるフォントで「トプ盛り」のテロップが付けられ、トプスの声の後ろには効果音まで載せられていた。その場にいた全員が理解できなかった。トプスも尻尾なしもスタッフも他の出演者も。なぜこんなことが起こったのか、トプ盛りとはなんなのか。その場にいたほぼ全員が硬直する中、ベテランの司会者は淡々と場を収めた。

「失礼しました。トプ盛りと出てしまいました」

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:20:00 No.10946138 del
この一件以降、トプスに対する風向きは変わった。トプ盛りという語感の良さとトプスの迫力、それと相反して冷静な司会者の対応。全てがかみ合ってトプ盛りは大流行したのである。その時の収録を収めた映像は何十万回も再生され、素材として切り出されたセリフはダウンロードランキングの記録を大きく塗り替えた。その年の流行語大賞にトプ盛りが選ばれる頃には既にトプスはかつてを超えるほどの人気を博していた。一方でチーフディレクターの尻尾なしがどうなったのかは誰も知らない。人知れず会社を辞めいずこかへ消えていた。代わりにチーフディレクターに据えられたサアトリサウルスは自前の能力を使い、そつなく仕事をこなしているという。

無題 Name としあき 18/10/02(火)23:20:34 No.10946144 del
新しく引っ越したタワーマンションの上層階。トプスは今日の仕事の準備を見直していた。あれから再び人気を得たトプスはあまたのテレビ局から引っ張りだこになり、とうとうゴールデンタイムの番組司会を任されるほどになった。人気タレントのラプトル清蘭との交際も順調で、近々上げる結婚式は全国中継されることになっている。そんな絶頂の中にあってもトプスは仕事の手を抜こうとはしなかった。今の自分があるのは仕事を誠実にこなしてきたからだと信じていた。

「さあ今日もいっちょやるプスかねぇ」

のどの調子を整えて息を吸い込む。窓の外の青空へ向かってトプスは大きく叫んだ。
家業を継ぐのはもう少し先になりそうだ。

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