73無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:53:13No.14695974そうだねx10
「なあおい! これどうしてくれるってんだよ! ああ!?」
目の前でがなり立てる品のない男に俺は言葉を返せずにいた。まあまあ、と間に割って入る中年の警官がいなければ2〜3発は殴られていたかもしれない。男が指さす先にはフロントがひしゃげた車がある。タイヤは八の字に開き、ごてごてと装飾された趣味の悪い車だが、それが気にならないほどにひどい事故跡だった。
「てめえが飼い主なんだろうが! 責任とれよ責任!」
男はさっきから何度も同じ言葉を繰り返している。飼い主の責任。俺の飼っているトプスが信号無視をして道路に飛び出し車と衝突した。そのせいで壊れた車を弁償しろと、要はそういうことを言っているのだ。

鈴瑚トプスはその巨体と頑丈さ、また足にタイヤを生やして走行できることから道路交通法上では車両として扱われる。なのでこの場合、車両と車両の衝突事故となり、運転手の代わりに飼い主がその責任を負うことになるのだそうで、男の主張はそれを根拠にしてのものだ。

74無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:53:55No.14695981そうだねx8
けれどそれは男の主張が正しければの話だ。うちのトプスは病院に搬送され話を聞けていない。しつけもしっかりして、素直に言うことを聞くうちのトプスが信号を無視して飛び出したというのがどうしても信用ならなかった。だから俺は一貫して謝罪はせず、まず先に防犯カメラなどで確認するように警察に主張していた。

「ふざっけんなよ、お前! こっちは新車だぞ! それが台無しだよ、たかがトプスのせいでよ! 普通謝るだろ!? 頭おかしいんじゃねえのか!?」
がなり立てる男をなだめて、中年の警官がこちらに顔を寄せてきた。

75無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:54:24No.14695988そうだねx8
「まあ〜、ねえ。ちょっともう相手さんも興奮しちゃってますから。ここは一つ、大人になってもらえませんかねぇ」
「……それは、こっちの非を認めろって言うことですか? まだ防犯カメラの確認も取れてませんよね?」
「いや、非を認める認めないじゃなくてね。どっちにしたってほら、お互い歩み寄らなきゃ話し合いもできないでしょ? もろもろは保険会社さんがやることですし、申し訳ないと伝えて相手が落ち着くなら、それで安いもんじゃない」
間を取り持っているように見えて、さっさと終わらせてあとは保険会社に丸投げしたいというのが丸わかりだった。この場において、俺の味方になるものが一人もいないことに俺は失望した。

「確認が取れるまでは、無理です」
「でもねぇ、相手方もドライブレコーダー取り付ける前だったっていうし、この辺りに防犯カメラなんてないんですよ。うちの若いのがちょっと探しに出てますけどねぇ。難しいと思いますよ」
「でも、うちのトプスは……」

「自分とこのトプスを信じたいって気持ちはわかりますけどねぇ。でもほら、トプスでしょ?」

77無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:55:19No.14695994そうだねx10
その言葉に俺がキレなかったのはあまりのことに何を言っているのか一瞬わからなかったからだ。真実を明らかにしたい。本当にあったことを確認したい。そんな思いが「トプスだから」の一言であしらわれた。遅れてふつふつと湧き上がる怒りは先ほどから続く男の罵声に重なり、溢れんばかりに高まっていた。
「すいません、遅くなりまして」
一人離れていた若い警官が戻ってきたのはその時だった。
「おー、どうだった? なかっただろ?」
「いえ、ありました」
「えっ!?」
二人分の声が重なった。たんに驚く声と、恐怖が入り交じったようなひきつった声。
「ちょうど向かいのお宅が先日防犯用に取り付けてたんだそうです。これなんですけど」

78無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:55:56No.14696000そうだねx8
若い警官が手元のタブレット端末をいじるとコピーしてきたであろう動画が再生された。画面の端に黄色い影が映る。画像は荒いがそれがトプスであることは明らかだ。画面の中のトプスは横断歩道の前まで来ると右を見て、左を見て、もう一度右を見てから前足を上げて歩き出した。次の瞬間、わたり始めたトプスを跳ね飛ばしてド紫色の車体が画面を突っ切る。音声は記録されていないが、すさまじい衝撃だったこと、かなりのスピードを出していたことは容易にわかった。
「信号は角度的に映っていませんが、こっち側の車線の車が走ってますからね。信号は鈴瑚トプス側が青で間違いないでしょう」
「い、いや、でもそれは……」
突然突き付けられた証拠に言い訳も思いつかないらしく、男はうってかわって狼狽し始めた。仕事がどうだの、家庭がなんだのと言っているがそこに先ほどまでの勢いはない。

79無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:56:28No.14696004そうだねx12
「マジで勘弁してくださいよ、俺、ほんとヤバいんですって。免許取り消しとかなったらほんとに」
「あなたね、信号無視で事故起こして、証言でも嘘ついてたんですよ。免許取り消しで済むと思ってるんですか」
「うそだろ……なんでだよ…なんで…だって相手トプスだろ?」
それが、最後の一押しだった。

「トプスだったらなんだよ!」

俺の口から堰を切ったように言葉があふれた。今までずっと胸に抱えていた思いのたけが止めようもなく吐き出される。
「トプスだったら跳ね飛ばしてもいいのかよ! トプスだったら無実の罪着せてもいいのかよ! ふざけんなよ! トプスを何だと思ってんだてめえら!」
興奮のあまり、最後の方は涙声になっていた。自分でもかっこ悪いと思うが、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。男は押し黙り、中年警官もばつが悪そうに視線を泳がせた。自体が呑み込めず、それでも場を収めようとする若い警官に促され、俺はパトカーの後部座席に乗った。

80無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:57:31No.14696010そうだねx12
簡単な調書を終え、俺はそのままジュラシック病院までパトカーに乗せて行ってもらうことになった。本来ならそんなことはしないのだろうが、同じく鈴瑚トプスを飼っているという若い警官が気をきかせてくれたのだ。パトカーから降りての去り際、若い警官に礼を言うと中年の警官が口をはさんできた。
「まああなたもまだお若いんでしょうけど、ああいう場ではね、あまり感情的にならないようにしないと」
それは体裁の悪さを取り繕うように、とってつけたようなお言葉だった。
「あんた今まで何件もみ消してきたの?」
俺がそう聞くと、中年警官は苦虫をかみつぶしたように顔をしかめ、それ以上何も言ってこなかった。

81無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:57:57No.14696014そうだねx12
言ってやった、という気持ちにはなれなかった。言い返したところで気持ちが晴れることはなく、腹の底の方に重いものがたまる。何故なら俺も同類だからだ。あの若い警官が証拠を持ってきてくれた時、俺は心底ほっとした。同時に気付いた、俺自身心のどこかでトプスのことを疑っていたことに。俺はトプスのしつけはしっかりやったし、トプスは素直に言うことを聞いている。でもトプスだし、そんな考えがかすかに、けれど確かにあった。そのことを思うと、トプスに対する申し訳なさばかりが湧いてきた。

病院で受付を済ませるとほどなくトプスが連れられてきた。すでに自分の足で歩けるほどで見る限りけがをした様子も見えない。検査結果も問題なしで、念のため数日は様子を見て何かあればまた、ということだった。

82無題Nameとしあき 21/10/02(土)21:58:22No.14696019そうだねx19
「トプ、お注射打たれたんプスな。でもトプ泣かなかったんプス。トプは強いんプス」

ふんふんと鼻を鳴らしながらトプスは得意げに報告してきた。それを聞いていると、なんだか急に力が抜けた気がした。張りつめていたものが切れたような感覚に、思わず笑みが漏れる。

「退院祝いに焼き肉食べに行くか」
「ほんとプス!? やったプス!」

うきうきとはしゃぐトプスを見て、トプスはきっとこの先もトプスなんだろうな、と思った。

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