無題 Name としあき 19/05/31(金)20:21:08 No.11732043 del そうだねx2
世界ジュラシック紀行 第一話 サバンナの闇

「一個ちょうだい。」
あたいは運転中の相棒に訊いた。
「いいよ。好きなだけ。」
彼女がそう言うなり、あたいはドリンクホルダーに無造作に突っ込まれた袋からビニールの包みに入ったキャンディをいくつか掴み、一つを剥いて口に放り込んだ。レモンの香りが広がる。
「酸っぱい。」
あたいたちは、太陽が照り付ける中、サバンナの土の道をポンコツのバンで走っていた。まずは、なぜあたいらがそこにいたかを説明しなければなるまい。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:21:34 No.11732047 del +
あたいは火焔猫燐。人にはお燐って呼ばせてる。先日までとある研究所で働いていて、そこではもっぱら死体の相手をしていた。標本を整理したり、同定したり、分類したり…。まあ、地味なものだった。そのうえ安月給だったんで、イヤになって辞めてしまった。それでこれからどうしようかとぶらぶらしてたら、ある動物園から話を持ち掛けられた。大規模な経営拡大をするから、世界中の珍しいジュラシックを集めてきてほしいというのだ。報酬もよかったし、面白そうだと思った。なんたって世界中を巡ってこいというのだ。小さいころ探検家になりたかったことを思い出した。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:21:51 No.11732049 del +
すぐに契約した。あたいは家を片付け、長らく使ってなかったおんぼろのバンをガレージから引っ張り出した。一人では大変なので、友人に声をかけた。幼馴染で親友の、お空という子だ。とても素直で、少々お人よしだ。発電所という自然とは対極にあるようなところで働いていたが、子供の頃はよく一緒にジュラシックを探して遊んだ。大人になってからも、時折ぼろぼろになったジュラシック図鑑を開いては、いつか本物を見てみたいと空想に耽っていたらしい。そんなこともあって、彼女はあたいの話を聞いて、楽しそうだと言って迷わず乗ってくれた。仕事まで辞めてもらって申し訳ないとも思ったが、嬉しくもあった。彼女は勘がいい。見つける技術はあたい以上だ。それに、道中バンが壊れるのは目に見えていたので、エンジニアの彼女が一緒に来てくれるのは心強かった。そしてなにより、友達と一緒に冒険に行けるというのが最高だった。
… 無題 Name としあき 19/05/31(金)20:22:07 No.11732053 del +
最初の仕事はサバンナでレイセンフォドンを捕獲することだった。フォドンはどこにでもいるが、地域変異が多い。依頼人は、あらゆるタイプのフォドンを集めたいのだと言っていた。もっともそれは建前で、実際は簡単な仕事であたいらの実力を見たかったのかもしれない。数日後、麻酔銃やケージなどの道具一式が郵送で送り付けられてきた。あたいらはすぐにそれらを車に積んでサバンナへと出発した。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:22:47 No.11732057 del +
1559301767196.png-(490953 B) サムネ表示

現地に到着した時、あたいらは既にくたくただった。数日前に大きな街を出た後は、何日も車のシートで眠り、貧相な食事しかとっていなかった。それでも、暑い日差しとさわやかな風は元気をくれた。車を降りるなり大きく伸びをし、辺りを見回した。
「いた!」
お空が叫んだ。さっそく見つけたのかと思い振り返ると、彼女は大空を舞うリトグラフィカレイムを見ていた。剥製は見たことがあるが、生きたものは初めてだ。思わず微笑んだ。
「本物だ…。」
お空はもっと嬉しそうだった。図鑑でしか見たことがなかった生き物が、目の前を飛んでいるのだ。目を輝かせて、感動に震えていた。そんな彼女を見るのもまた嬉しかった。目線を落とすと、テンコロサウルスがこちらをじっと見ている。遠くにはイグアウドンやトプスの群れも見える。
「夢みたい…。」
お空の目から涙がこぼれた。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:23:04 No.11732059 del +
肝心のレイセンフォドンの姿はないが、あたいらは既に満足しかけていた。だが、あたいらはあくまで仕事で来ているのだ。のんびりしている時間はない。あたいはトランクを開け、トラップカメラを取り出した。センサーが動きに反応すると、自動で録画するカメラだ。まずはどのエリアにフォドンがいるのか確かめなければならない。フォドンは警戒心が強いので、カメラで調査する。あたいは早速近くの木にカメラを取り付けた。
「じゃあ、次の場所行くよ。」
お空は一瞬唖然とした後、この世の終わりのような顔をして叫んだ。
「えーっ!」
あたいは、終わったら好きなだけ見ていいからとか、他のジュラシックがいるかもしれないからとか言って何とか説得した。だがそれでも彼女は、車の中で窓の外を眺めながらずっと不平を言っていた。そして、何か見つけるたびに車を止めろと騒ぐのだった。結局あたいも何度か妥協したので、カメラを全部仕掛けるのに随分かかった。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:23:20 No.11732061 del +
カメラを仕掛け終わった後、あたいらは日が暮れるまでサバンナを回った。そして、丘の向こうに沈む夕日を眺めながら、本当に来てよかったと思った。
夕食はちょっといい缶詰を開け、今までよりは豪華なものにした。
「テンコロサウルス、あの後いなかったじゃん。」
お空がこぼした。最初のスポット以外でテンコロサウルスを見つけられなかったのを恨んでいるようだった。
「明日見つけられるよ。」
あたいは焚火で焼いていたマシュマロを頬張った。
「カメラ、うまくいくといいなあ。」
頭上には満天の星空が広がる。草原は闇に包まれていた。あたいらはしばらく話し込んだ後、火をしっかりと消し、バンに入って眠りについた。ジュラシックたちの鳴き声のおかげで、けっこうにぎやかな夜だった。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:23:50 No.11732065 del +
翌日、早朝に目覚ましが鳴る。お空は即座にタオルケットを跳ね除け、ごろごろしているあたいをたたき起こした。今日はお空が運転する日だった。彼女に運転させると何かあるたびに車を止めてしまうのではないかと思ったが、実際その通りだった。困ったことに彼女は目がいいので、小さなスクミムスクナの一匹も見逃さなかった。あたいは何度も運転を代わるよう迫ったが、彼女は聞く耳を持たなかった。カメラを回収するのには、仕掛けるのの倍の時間がかかった。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:24:11 No.11732068 del +
その夜、あたいらは早速カメラの映像を確認する作業を始めた。一つ目のカメラをパソコンにつなぎ、ファイルを開く。最初に映し出されたのは、カメラを覗き込む顔だった。
「ラプトルだ!」
お空が叫んだ。映っていたのはごく普通のラプトルだった。カメラに気づき、興味を持ったようだ。しばらく臭いを嗅いだ後、興味を失って去っていくところで映像は終わっていた。そのカメラにはそれ以上何も映っていなかった。
「次いこう。」
二つ目のカメラには大物が映っていた。
「テンコロサウルス!」
お空がさっきより興奮気味に叫んだ。昨日見逃したテンコロサウルスを、直接ではないにせよ再び見れて嬉しかったようだ。テンコロサウルスはカメラには気づかず、ただ画面を横切って行った。その後も様々なジュラシックが現れたが、フォドンの姿を確認できないまま最後のカメラになった。
「これに映ってなかったら、またやり直しだ。」
祈りを込めて映像を開いた。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:25:03 No.11732071 del +
「ああっ!」
お空より先に、あたいが叫んだ。確かにレイセンフォドンだった。しかも、10頭前後映っていた。木から降りてきたところだった。目的のジュラシックが確かにこの場所にいるという証拠を掴み、あたいは高揚した。さらに木の上にいるという情報も手に入れた。早速どうやって捕まえるか考えていた時、もう一つ映像が残っていることに気が付いた。フォドンの群れが映ったしばらく後のもののようだ。あたいはファイルを開いた。映っていたのは、イグアウドンだった。
「かわいい!」
お空が画面にのめりこむ。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:25:22 No.11732073 del +
「…待って。様子がおかしい。」
イグアウドンは何かを警戒しているようだった。きょろきょろと辺りを見回しながら姿勢を低く保っている。肉食ジュラシックが近くにいるのだろうか、と思った矢先、とんでもないことが起こった。イグアウドンがいきなり血を吹いて倒れたのだ。イグアウドンは一瞬びくりとしたあと、動かなくなった。しばらくすると一台のトラックがやってきた。銃を持った男たちがぞろぞろと降りてくる。彼らはイグアウドンの死体を満足げに眺めた後、手際よく荷台に積み、夜の闇に消えていった。あたいらは声を上げることもできず、ただ呆然として一連の出来事を見ていた。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:25:56 No.11732076 del +
しばらくして、お空が口を開いた。
「ひどい…。」
彼女の声は震えていた。あたいははっと我に返り、すぐに映像を消去した。お空は、あたいがしたことをすぐには理解できなかったようだった。そして、理解するなり怒鳴った。
「何してるの!」
あたいは無駄だと思いつつもなだめた。
「お空、今見たことは忘れなきゃいけない。」
「なんでよ!」
彼らは密猟者だ。密猟者というのは、大抵強力なスポンサーが付いている。それはマフィアであったり、テロリストであったり。密猟は連中の資金源となっているのだ。当然、刃向かえば一巻の終わりだ。そういうことを、怒り狂うお空になんとか説明した。
「だったら!さっきのを警察にでも見せればよかったじゃない!」
「…無駄なんだよ。」
「どうして!」
「あいつらがここで悪事を働いてることなんて世界中が知ってる。その上で何もできてないんだよ。今更小さな証拠が一つ増えたくらいで、何も変わらない。現地警察だって買収されてる。残念だけど、あたいらにできることなんてない。」
「それでもいい!お燐はこんなことが許せるの!?…黙ってられるの!?」
「っ…。」

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:26:14 No.11732078 del +
彼女は泣いていた。ぶるぶる震えて、あたいを睨みつけていた。あたいはお空の言うことは正しいと思う。あたいだって頭に来ていた。でも、それ以上に親友を危険にさらしたくなかった。止めなければ、彼女は本当に行動を起こすだろう。そうなったら消されてしまうかもしれない。そんなことは耐えられない。そのことを伝えたかった。でも、言えば彼女は肯定と捉えるかもしれない。だから、あたいは黙っていることしかできなかった。気づけば、あたいも泣いていた。

その夜、あたいらは一言も口をきかなかった。お空は布団にくるまって、ずっと泣いていた。彼女を連れてきたのは間違いだったかもしれない。夜空を眺め、コーヒーを飲みながら、自分の浅はかさを後悔した。その晩は眠れなかった。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:26:38 No.11732080 del +
次の朝、あたいは眠い目をこすりながらこれからどうするか考えていた。レイセンフォドンの捕獲に移りたいところだが、お空は協力してくれないだろう。街まで送って先に帰らせるべきか。そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「おはよう。」
お空だった。目が腫れている。あたいはとっさに謝った。
「ごめん。」
彼女は優しく微笑んだ。
「…昨日の夜、たくさん考えたの。お燐は、私のことを心配してくれたんだよね。私こそ、ごめんね。」
なんてこった、彼女は全部お見通しだったのだ。あたいは彼女に抱き着いた。彼女はあたいの背中を撫でてくれた。あたいは、ぼろぼろと泣いた。
「ほら、行こう。時間無くなっちゃうよ。」

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:27:00 No.11732082 del +
レイセンフォドンの、そしてあのイグアウドンの映像の映っていたカメラを仕掛けた場所に近づいた時だった。遠くの藪の中に緑色のトラックが走っていることに気が付いた。うかつだった。てっきり用を済ませてどこかに行ったものだと思っていた。逃げようかとも思ったが、この古いバンでは逃げ切れない。覚悟を決めて車を止め、彼らが近づいてくるのを待った。お空はおびえた様子であたいを見つめた後、小さく頷いた。

彼らはトラックを降りるなり、あたいらに銃を突きつけた。
「降りろ。」
あたいらはゆっくりドアを開け、地面に降りた。お空は小さく震えていた。
「ここでなにをしている?」
あたいはなるべく毅然として、正直に説明した。もちろん、例の映像のことは言わなかった。まだ蜂の巣にされていないということは、多少は交渉の余地があるということだ。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:27:16 No.11732084 del +
「…なるほど。」
サングラスをかけ、金のネックレスをしたリーダーらしき男が言った。
「後ろのカメラを確認しても?」
彼は後部座席に積んであったカメラを指差した。隠しておくべきだったか。いや、どの道車を調べられていたかもしれない。それに、見られて困るものは確かに消去したはずだ。
「…どうぞ。」
彼らが映像を確認している間、あたいらはずっと立たされ続けた。テンコロサウルスの映像を見て彼らが歓声を上げていたのが悔しかった。学術的興味などではあるまい。いっそ、全部消しておけばよかった。
「…問題ありません。」
映像を見ていた男が言った。
「そうか。行くぞ。」
リーダーが合図をすると、男たちは銃を下ろして素早くトラックに乗り込み、走り去っていった。どさっという音がした。お空が腰を抜かして膝をついた音だった。彼らが始めから喧嘩腰だったのは幸いだったかもしれない。そうでなければ、お空は連中に罵声を浴びせていただろう。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:27:45 No.11732086 del +
レイセンフォドンの捕獲は簡単だった。フォドンは昼間は木の上で眠っていることが分かった。しかも、近づかれたことに気づいても、なるべく得意の擬態でやり過ごそうとし、すぐに逃げない。至近距離で麻酔銃を撃ち、指定の10匹を捕らえた。一匹ずつケージに入れてトランクに積んだ。これで仕事は終わり。残りの時間は好きにジュラシックを観察できる。ただ、いい気分ではなかった。「彼ら」がイグアウドンの死体を荷台に積んでいるところを思い出したからだ。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:28:11 No.11732088 del +
「…ねえ、あたいらがしてることって、なんなんだろうね。」
嫌な話題だとは思いつつも、お空に訊いてみた。訊いておかなければ、また後悔する気がした。
「…私も、ちょっと思ってたんだ。」
助手席で、うつむき気味のお空が呟いた。
「殺さないからとか、大事にするからとか、許可取ったからとか。でも、あたいらがしてることって、連中とそんなに変わらないんじゃないか、って思っちゃう。」
「…。」
しばしの沈黙。
「うん。」
「…そうだよね。」
「でも、お燐はあの人たちとは違う。」
その後は、お互いにそれ以上何も言わなかった。途中何度かジュラシックを見かけたが、お空は黙って車窓から眺めているだけだった。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:28:30 No.11732091 del +
結局、あたいらは観察を早々に切り上げ、予定よりだいぶ早く最寄りの街まで帰ってきてしまった。捕まえたフォドンが弱ってしまうかもしれないという心配もあった。あたいらは昼過ぎにホテルにチェックインした後、街を散策したり、久々の豪華な食事をとったりした。これまた久しぶりに風呂に入り、一晩ベッドでぐっすり眠った翌朝、あたいらは帰路に就いた。道中、湖のほとりで休んでいた時、あたいはポケットから一つの指輪を取り出した。お空はそれを見るなり驚いた様子で言った。
「ウドン骨!買ったの!?なんてこと!」
「まさか。ちょろまかしてきたんだよ。商店街で見かけたからね。ささやかな嫌がらせ。そして。」
あたいは湖に指輪を投げ捨てた。それは小さく水しぶきを立て、ゆっくりと沈んでいった。
「こうすれば土に還る。せめてもの罪滅ぼしさ。」
「…お燐!」
お空は満面の笑みで、あたいに抱き着いてきた。あたいは少しだけ救われた気分になった。本当は何も解決などできていないことは分かっていたが、それでも。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:28:49 No.11732092 del +
その後、あたいらはフォドンを依頼人に届け、それぞれの家に帰り、休暇を楽しんだ。依頼人によれば、近いうちに次の仕事を用意するという。フォドンに満足してくれたらしい。あたいは念のためお空に確認したが、これからも一緒に来てくれるということだった。何よりうれしい言葉だった。この冒険は、まだ始まったばかり。世界中のジュラシックを見るまで、あたいらの旅は続く。

無題 Name としあき 19/05/31(金)20:29:17 No.11732095 del そうだねx6
1559302157154.png-(30205 B) サムネ表示

終わり
ちなみに「トラップカメラにはよく密猟者が映り、泣く泣く見なかったことにしたりする」ってのと(もちろん告発している人や団体もいる)「密猟は国際的な組織に支援されてることが多い」ってのはその道の人に聞いた本当の話で、実際に反対運動をしてて暗殺された人もいるそうな
ついでのsozai配布

世界ジュラシック紀行 第二話 荒野の魚影

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