111無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:20:53No.14696497そうだねx12
鈴瑚トプスを飼おうと思ったのは、もともと健康管理のためだった。出不精な自分がランニングを続けるために、散歩が必要な相手として鈴瑚トプスを選んだ。このころの私は多くの活気に満ちていて、仕事でも私生活でも充実した人生を歩もうと躍起になっていた。職場では難しい案件に果敢に挑み、自宅では質の高い趣味を目指した。もっとも、形だけそろえた高級品だけでいつまでもモチベーションを保てるわけもなく、趣味の方はほとんど続かなかった。中でも唯一、毎日のランニングが残ったのはともに走る相手がいたおかげだろう。

それから数年、趣味の方はうまくいかなかった私であったが、仕事の方はそれなりに実を結び始めていた。成功も失敗も積み重ね、順調にキャリアアップを果たしたのだ。給料が増えるにつれ、責任と拘束時間が増えていったがそれが自分の実績の証であると思うとまるで苦にならなかった。結婚もしていない独り身の私はまさに仕事人間だった。

112無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:21:18No.14696498そうだねx9
鈴瑚トプスの散歩がおっくうになってきたのはこの頃からだった。毎日朝早く出社し、夜遅くに帰宅する。家に帰れば最低限の食事をとり、シャワーを浴びて翌日に備え、休日は取引先の相手の接待に駆け回った。そんな生活の中で鈴瑚トプスの散歩は二日に一回、三日に一回と頻度を減らしていった。鈴瑚トプスはそれが不満だったのだろう。私が帰ると玄関まで駆け寄り、リードやおもちゃを持って構うように催促してきた。しかし、自分の立ち上げた大型の企画が軌道に乗り始めた私はとにかく仕事に集中したかった。とうとう私はジュラシック可のマンションを出て一軒家を購入した。庭付きの一戸建てで、鈴瑚トプスが走り回れるよう芝生を引いた。鈴瑚トプス用の出入り口もつけてやり、これで勝手に遊ぶだろうと思った。
それでも鈴瑚トプスは私が帰るたび、嬉しそうに何かを期待したように出迎えてきた。
そのころの私には、それがうっとおしくてたまらなかった。

118無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:30:13No.14696565そうだねx9
ある時、鈴瑚トプスが食事を残しているのに気付いた。鈴瑚トプスの餌はタイマーをセットした給餌機が自動で用意している。その給餌機がエラー音を出しているの見に行くと、残した餌で出口がふさがり途中で詰まっているようだった。餌を食べないのか、と聞くと
「食欲がないプス」
と鈴瑚トプスは答えた。世間一般に暴食の象徴のように知られる鈴瑚トプスでもそんなことがあるのか、と私は驚いた。古くなった餌を取り除き、給餌量の設定を少し減らす。足りなかったらまた教えるように言うと鈴瑚トプスは静かにうなずいた。

119無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:30:28No.14696568そうだねx9
毎日帰宅するたびに駆け寄ってきた鈴瑚トプスが出迎えなくなった。あれほどうっとおしかったものが、なくなるとそれはそれで気持ちが悪いものだ。先日の妙にしおらしい様子も気になって、ある日の晩、私は鈴瑚トプスのケージを覗いた。鈴瑚トプスは毛布の上で横になってじっとしていた。餌はまた食べていなかった。調子が悪いのか、と聞くと「お腹が痛いプス」と言う。食欲がなかったのはそのせいか、と私は納得した。翌日の仕事は珍しく早めに終わる予定だったのでしばらくぶりの健康診断がてら鈴瑚トプスを病院へ連れて行こうと思った。そのことを伝えるとよく理解していないのか、「お出かけプスな」と鈴瑚トプスは嬉しそうに笑っていた。

その翌日、仕事から帰った私が見たのは吐しゃ物にまみれ、苦しそうに唸っている鈴瑚トプスだった。吐き戻した餌が軌道に入っているのか、湿り気のある咳を繰り返している。吐き出した咳の中に血が混じっているのが見えた。私はあわてて鈴瑚トプスを車に乗せて、病院へ連れて行った。

120無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:30:53No.14696573そうだねx10
「今までに様子がおかしいところはありませんでしたか?」
鈴瑚トプスを診断したジュラ医は事務的に聞いてきた。それは激しい感情を無理に押し殺しているような、冷静な声だった。私がここしばらく食欲がなかったことを伝えると、ジュラ医は深く、長くため息をついた。
「鈴瑚トプスにとって、食欲がなくなるのは危険信号です。本来なら、すぐにでも病院に来なければならないレベルの」
鈴瑚トプスは重度の胃潰瘍を患い、それに伴う体力の低下から合併症を引き起こし、複数の内臓に深刻なダメージを負っていた。
鋼の胃袋を持つ鈴瑚トプスが胃潰瘍を引き起こすなど予想だにしなかった私が原因を聞くと、ジュラ医は静かに答えた。
「ストレス」だと。

121無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:31:11No.14696575そうだねx11
鈴瑚トプスは一日入院をして様子を見ることなった。一人帰宅した私は、玄関を開けて家の中に入った。その時初めて、私は自分の家の寒々しさに気付いた。仕事一辺倒で余分なもののない部屋。機能的と思ったそこは何の生活感もない空間だった。使い道のない貯金で建てた家は一人取り残されるだけで心細くなるほど広かった。鈴瑚トプスはこんな中に一人でいたのか。私が仕事に行っている間、ずっと一人で。毎日私が帰るたび、どうしてあんなに嬉しそうに駆け寄ってくるのか、その理由がようやくわかった。

次の日、退院した鈴瑚トプスを家に連れて帰った。点滴のおかげで幾分顔色のよくなった鈴瑚トプスだったが食欲は戻らないらしく、ケージの中で唇を濡らす程度に水を飲んだ。この日私は有り余った有給休暇を使い、一日鈴瑚トプスのそばにいた。はじめ私が仕事に行かないことを不思議がっていた鈴瑚トプスだったが、私が一日家にいるとわかると嬉しそうに笑った。
「せっかくご主人がいるのに、トプこんなんで遊べないプスなぁ。早く元気になるプス。またお出かけしたいプス」
私はどこか行きたいところはあるか、と聞いた。海でも山でも、海外にだって連れてってやると。

122無題Nameとしあき 21/10/02(土)23:31:41No.14696580そうだねx14
「公園がいいプス。あの、緑の柵のあるとこプスな」
それはかつて私がよく連れて行った近所の運動公園だった。公営のジュラシックランがあり、その中を走り回るのが鈴瑚トプスは好きだった。私がじゃあそこに行こう、と言うと鈴瑚トプスは嬉しそうに笑いながら目を閉じた。そのまま目を覚ますことなく、鈴瑚トプスは息を引き取った。

こうなることは退院した時にわかっていた。鈴瑚トプスの病状は既に手の施しようがないほど悪化しており、あとはどこで看取るかという話だった。私が家で看取りたい旨を伝え、鈴瑚トプスを引き取った。担当のジュラ医は私に慰めの言葉をかけることはなかった。それは当然だろう。私にその資格はないのだから。
鈴瑚トプスは最期に公園に行きたいといった。車で20分もかからないような小さな公園。それっぽっちで鈴瑚トプスは幸せだったのだ。そして、私はそれっぽっちの幸せも与えてやることができなかった。そこにいるのが当たり前と思い、ないがしろにしてきた。鈴瑚トプスをなくした今、私は一人で家にいる。とても広く、とても寒い。この家の中でただ後悔にくれている。
それが、私が私に与えるせめてもの罰だ。

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