ゾロアスター教の善神、アフラ・マズダ───ではない。
善なる者に産まれ、善なる者と奉り上げられ、善なる者として散った喪失帯の一般人、それが死後サーヴァントとして召喚された姿である。
セイバーの両親は悪を滅ぼす戦いに赴くために彼を捨て、孤児となったセイバーは「神の愛する丘」の中でも特に過激な戦闘集団に拾われ、体の良い偶像として使われた。
曰く、救いを与えるのだと。曰く、勝利を齎すのだと。曰く、聖なる物だと。曰く、正しき道へ導くのだと。曰く──神であると。
末路
セイバーに何か特別な出生があったわけではなく、たまたまそこにいたから、狂信者達をより狂わすための旗として活用されただけである。もっとも奉った者も崇めた者も誰一人として彼そのものを信じたのでは無く、セイバーを信じる己を信じ、悪を滅するための結束を強めるだけだった。
そんな生活が何年も続いたある日、「神の愛する丘」に七堕天を含む堕天魔族の軍勢が奇襲をかけた。優れた戦闘集団であった住人達も、さすがにこの事態には逃走という選択肢しか取ることしか許されず、とるものもとりあえず脱兎のごとく全力で逃げることしかできなかった。
その際ろくな戦闘能力を有してなかったセイバーは尊い犠牲として置いてけぼりをくらい、善のシンボルとして堕天魔族の手に落ちる。悪に囚われたのであれば行われる行為は一つ、徹底的な虐待と拷問である。
ああ、自分はここで死ぬのだ──。賢かった彼は痛めつけられていく過程でそう悟り、殺人の刃の前で目を瞑った。しかし暴虐の限りが尽くされる最中、一陣の風が吹き、それを境に弄びは終わった。不思議に思った彼が眼を開けると、そこに広がっていたのは死体の山であった。
誰かが悪を殺し助けてくれたのだ。その人はすぐにその場を立ち去り一目見ることも敵わなかったけれど、それはまさしく英雄に違いない。姿形も知らない救世主に彼は感謝し憧れた。きっとそう、アレこそが『正義』、アレこそが『善』なのだと。
その答えに到達した彼は再び眼を閉じ、ボロボロの肉体は力尽きた。
無惨な最期を迎えたセイバーであったが、それでも神と崇められたことに違いは無く、こうして英霊としての力を手に顕現している。
野良サーヴァントとして召喚された後は、少しでも善行ができないかと聖天翼種の領地を練り歩いているがあまり成果は出ていない。上述の通りサーヴァントとしての戦闘力を持ってはいるものの堕天魔族とエンカウントした場合は脇目も振らずに逃げ出すか、眼をつけられないようにひっそりと隠れる。話し合えれば最良なのだがそんな勇気は出ない。
しかしさすがに堕天魔族と聖天翼種がどちらかを一方的に蹂躙しているような場面に出くわすと放っておけずにおずおずと割って入る。戦闘こそ好まないものの腐っても最優クラスなので相手が退いてくれる時もあるが、大抵はそのまま戦闘行為が続行される。
なので可能な限り相手を牽制しつつ弱ってる人間を逃がすことに腐心するのだが、そちらの方も全然逃げずにボロボロの身体で戦闘に望もうとするので報われない。そうなると彼も無我夢中で剣を振るうが、気づいた時には周囲から誰もいなくなっており、自分への情けなさを胸にその場を離れる。