最終更新:ID:WPVyUA8VHA 2012年11月19日(月) 23:00:28履歴
◇ ◇ ◇
山中にて目覚めた一人の女性が、ゆっくりと上体を起こした。
東に見える太陽の眩しさに目を細めながら、周囲の景色を見回す。
密生する樹木と傾斜からして、現在地は山のなかであるらしい。
そこまで確認した彼女が次に案じたのは、自身の装備のことであった。
青い瞳を足元に向けてから、下から上へと視線を自身の身体に這わしていく。
白い軍用ブーツ。
膝上までカバーする白いハイソックス。
人の生き血が染み込んだかのように紅いロングコート。
普段と変わらぬ衣服に安堵の息を漏らしてから、彼女は自身の頭上を擦る。
その手触りから、白い怪鳥の羽をしつらえたコリュス式兜があるのが分かる。
最後に傍らに視線を飛ばすと、刀身に継ぎ目が刻まれた金色の西洋剣があった。
これは、単なる西洋剣ではない。
剣を振るうことで鞭状に展開する蛇腹剣だ。
どうやらこの唐突な任務においても、装備自体は常と同じであるらしい。
そう――唐突な任務。
完全者・ミュカレが率いる秘密組織『新聖堂騎士団』が誇りし航空戦力『テンペルリッター』。
同じ顔、同じ身体、同じ装備、同じ技術、同じ戦闘能力を備えたクローン兵士集団。
全世界の各地に赴いて、すでに生物としての役目を終えた旧人を狩ってきた。
そのうちの一体として、旧人狩り第一部隊を指揮してきたのが彼女だ。
少し前まで――だが。
極東の小国にて旧人狩りを行っていた際、いきなり任務を中断するよう伝達があった。
意図が分からずとも、上に従うのが組織だ。
ゆえにいち早く第一部隊の構成員を呼び戻し、指示された場所に向かってミュカレと合流を果たした。
そして、数ヶ月。
なんの任務もないまま時が過ぎ、急にミュカレに呼び出され――
――『ヤツらと殺し合え』。
五十人ほどが映されたモニターを指差し、こう告げられた。
訊き返す間もなく麻酔針を打ち込まれ、先ほど目覚めた。
はっきり言って、意味が分からない。
ミュカレの命令自体も、その意味も、数ヶ月の期間を置いた理由も。
まったく、理解できない。
モニターに映っていた顔も、ほとんどが知らないものだ。
いかなる基準で選び抜いたというのかも、定かではない。
だいたい殺し合いなどせずとも、旧人など片っ端から殺していけばよいではないか。
そこまで考えて、テンペルリッターは頬を緩めた。
「完全者にいかなる思惑があろうと、拙者の知ったことではない」
テンペルリッターとは、旧人を狩る存在でしかない。
旧人の生き血で剣を真紅に染めるためだけに生きている。
意図が分からずとも、殺せと言うのならば殺すだけだ。
(それに――)
脳裏を過るのは、数ヶ月前に最後に行った任務だ。
極東の小国にて、第一部隊の三分の一が返り討ちに遭うという予期せぬ事態に見舞われた。
逆に旧人に狩られるハメになった上に、命を取られずおめおめ生きて帰ってきたのだ。
新聖堂騎士団の面汚しとしか言えぬ若輩者どもを斬り捨て、彼女は若輩者どもを退けたという男の元へと向かった。
そして、テンペルリッターの真なる実力を思い知らせてやろうとしたのだが――
意外にも、そやつは腕が立った。
つまり、若輩者どもが弱かったのではなく、単純にそやつが強かったのだ。
その邂逅において、彼女は生み出されて初めての体験をすることとなった。
圧倒的な能力をもってしての『蹂躙』ではない、同格と言っていい相手との――『戦い』。
ただ剣を振るうだけでは終わらない。
避けずに受ける気にはならない攻撃。
強引に大技を繰り出したところで、冷静に対処してくる。
そこから繰り出される連撃が、大技を放ち隙だらけの身体を穿つ。
一瞬たりとも集中を切らせない。
肌を突き刺すひりつくような緊張感。
余力を残す気にならず、思わず全力になっていた。
すべてが、初めてであった。
初体験の記憶に、テンペルリッターの口角が知らず吊り上り――そして次第に下がっていく。
あの戦闘は、任務中断の伝達によって切り上げられた。
後ろ髪を引かれる思いであったが、指令は指令だ。
歯噛みして受け入れた。
テンペルリッターの持つ飛行技術で、追いかけてくる男をどうにか振り払った。
もしも伝達が少し遅れていたなら、指令より優先するほど戦いの魅力に憑りつかれていたかもしれない。
少しだけ、そんな風に考えながら。
以降、数ヵ月間ずっと初めてのことばかり思い返していた。
あのまま続けていれば、はたしてどちらが勝っていたのだろう。
血で蛇腹剣を彩ることができたのか、男の放つ炎がテンペルリッターを焼いたのか。
考えたところで意味がないとは、重々承知していた。
新聖堂騎士団の抱える戦力は強大だ。
テンペルリッターだけでなく、エレクトロ・ゾルダートや電光戦車の部隊も多数ある。
にもかかわらず、再び彼女が極東の小国に派遣されてしかもあの男と出会うなど――ありえない。
そう、思っていた。
――が、この場にあの男はいる。
完全者に見せられたモニターに、たしかに映し出された。
ほんの一瞬であったが、人違いであるはずがない。
他の有象無象の顔ならばともかく、あの男の顔を見紛うものか。
テンペルリッターの口角が、再び上がっていく。
蛇腹剣を天にかざし、居場所が知れないあの男へと言い放つ。
「旧人どものなかからお主が選ばれ、テンペルリッターのなかから拙者が選ばれた。
……ふん。完全者の意思に過ぎぬと分かっておるのに、因果を感じずにはいられぬな。
だがよい。ヤツの思惑通りであろうとも、偶然であろうとも、拙者には一切合切関係なし。
ただ旧人を狩りつつお主を探し、そしてッ! 数ヶ月前の決着をつけさせてもらうぞ――草薙京ッ!!」
◇ ◇ ◇
高らかに宣言したテンペルリッターを木陰から眺めるものが一人。
青い双眸。
携えた蛇腹剣。
白い軍用ブーツ。
膝上までカバーする白いハイソックス。
人の生き血が染み込んだかのように紅いロングコート。
長く伸ばした金色の髪にかぶるのは、白い怪鳥の羽をしつらえたコリュス式兜。
テンペルリッターとまったく同じ外見をした彼女もまた――テンペルリッターが一人。
草薙京に宣戦布告をしたのが一番部隊隊長であるのなら、彼女は四番部隊の隊長だ。
品定めをするように相手の身体を眺めてから、彼女に背を向ける。
そのまま、四番部隊隊長は一番部隊隊長とは異なるほうへと歩んでいく。
(あやつではつまらぬな。もう飽いた)
胸中で吐き捨てる。
彼女の胸を焦がすのは、人を斬る快感だ。
旧人狩りを進めていくうちにその虜となり、数ヶ月前――ついに部下を斬り伏せた。
旧人を斬る感覚に飽き、同胞を手にかけたのだ。
それは、それまでとは比べ物にならない甘美であった。
脆く醜い旧人では味わえない、狂人で美しい同胞だからこそのときめき。
一度剣を振るうだけで胸が躍り、刃を返すだけで震えあがってしまう。
結局――彼女は、第四部隊に所属する自分以外のテンペルリッターをすべて斬り刻んだ。
だがとろけるような陶酔も、すぐに色褪せてしまった。
最後の三人など、もはや惰性で斬っていたようなものだ。
ちょうど全員斬ったあとに撤退の伝達が入り、完全者の元に向かった。
同胞殺しの件を完全者が気付いているのかは、まったく定かではない。
それでも第四部隊全滅の報告に対して、これといってなにも言われることはなかった。
アレから数ヵ月間、頭にあったのは新たな甘美についてばかり。
どんなに思考を巡らせても、導き出される結論は一つだった。
――完全者を斬る。
新聖堂騎士団のトップを斬れば、テンペルリッターたる彼女は意義を失うだろう。
だが、知ったことではない。
生み出された意味に反しようとも、生まれてから知った甘美に浸りたかった。
いずれ、あの白い肌に刃を突き立ててやろう
そんな計画を立てた矢先に、殺し合えとの指令を受けたのだ。
(あそこで仕掛けておくべきだったか)
思い出すたび、勝手に舌打ちが零れる。
苛立つ心を抑えつけて、彼女は胸中で自身に語りかける。
(まあ構わぬ。
数ヵ月間籠り切りで、いい加減に身体が鈍っていたところだ。
あやつを斬る楽しみは、五十人ほど斬り捨てて勘を取り戻してからに取っておいたほうがよかろう)
久しぶりの任務だ。
数ヶ月も間を置いたのだから、旧人を斬っても多少の心地よさは得られるであろう。
そのように考えたところで、ふと彼女の脳内に蘇ってきたものがあった。
かつて任務において、狩った旧人が死に際に告げた言葉だ。
旧人の言葉なぞいちいち記憶していないが、ひときわ強い相手であったので覚えていた。
(『オロチの血』だったか。
くく。そんな輩が実在するのかは知らぬが、いるのであれば――斬ってみたいものだ)
意図せず、笑みが零れていた。
【E-05/山中/1日目・朝】
【テンペルリッター(一番部隊隊長)@エヌアイン完全世界】
[状態]:健康
[装備]:蛇腹剣@エヌアイン完全世界
[道具]:基本支給品、不明支給品(1〜3)
[思考・状況]
基本:旧人を狩りつつ、草薙京を探して決着をつける。京の他に自分と戦える相手がいるならば会いたいが、そんな相手はいないとも思っている。
【テンペルリッター(四番部隊隊長)@エヌアイン完全世界】
[状態]:健康
[装備]:蛇腹剣@エヌアイン完全世界
[道具]:基本支給品、不明支給品(1〜3)
[思考・状況]
基本:参加者を斬って愉しみ、優勝した暁には完全者も手にかける。オロチの血に興味。
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001:Trigger | 時系列順 | 003:惑わず仕舞(Les ivresses) |
投下順 | ||
始動 | テンペルリッター(一番部隊隊長) | 039:おさるのカーニバル |
テンペルリッター(四番部隊隊長) | 026:『ローズのために、がんばってね、お兄様』 |
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