俺ロワ・トキワ荘にて行われている二次創作リレー小説企画の一つ。Perfect World Battle RoyaleのまとめWikiです。

君が世界に謝罪する時(We have not yet begun to fight!)


 けふ、と咳がこぼれたのは、廃墟から立ちのぼる煙のせいではなかった。
 肺腑を衝く裏拳の衝撃でもって押し出された、呼気には妙な湿り気がまじっている。
 崩れた脚を支えようとしているうちに、『兇眼者』と呼ばれる男の視線が少女を捉えた。

「いったいなにしてるんだ、お嬢ちゃん」

 呆れたような声音のせいだろうか。
 オーバルのサングラス越しにも、相手の途方に暮れたような表情が見えるようだった。
 そうと思った少女の覗いたレンズには、血と泥に固まった彼女自身の髪が映り込んでいた。
「なにっ、て」
 深い赤と金色の歪な混色に、少女は男の感じたなにものかを見て取った。
 両手が無意識に自分の得物を握り――握っても、その仕草がままごとの道具に固執する子供のそれに似ているとさえ気づけないまま言葉をつむぐ。
「寂しいって思ってる子に、会いに行っちゃいけないの?」
 つむがれた言葉が問いかけである点もまた、子供の頑是なさを体現していた。
 答えを聞いた男は、「せっかく拾った命だろうに」とこぼして大袈裟なため息をつく。
「だが、命を拾ってやったのは……命を拾ってやるために、その得物を選んだのは――俺だったな」
「うん。カティは足長おじさんに感謝してるよ」
 塞だと、答えが返ってきた。
 それでも結局ふたりとも、互いを名では呼ばなかった。
「進みたい道に進むなら、俺には文句のひとつも言えんよ」
 殴りあっての別れ際、流星の燃え尽きるさまが夜天に映えたことを憶えている。

「まぁ、なんというか……なあ。
 人間なんざいくら傷を癒そうが、どうしたってまた、傷つきに行っちまうものなのさ」

 さながら燃え尽きるために流れたような、その軌跡。
 塵と変わった命を見届けた男は、見た目以上に達観した言をほうって踵を返した。



 ◆◆



「行くよ」
 午前の空気にほどける、あけっぴろげな少女の声。
 そこに続いたものは、声と同様、ひどく素直な飛び込みであった。
 深めに飛び込んで相手の攻性防禦を逆に捌こうとするものではなく、相手の背面を狙って強襲するというわけでもなく。カティは、両手で構えた杖を真っ向から振り下ろしていく。
 思いっ切りいく、との言葉どおりの一撃を、エヌアインは飛び退って避けた。
 念動力<サイコキネシス>を絡めたガードで凌ぐことも考えないではなかったが、この一撃を愚直に受けることが手加減をしないことかといえば、そうではないように思えたからだ。
 また、これまで重ねた戦いのおかげで、なんとはなしに彼女の手筋は読めている。
 あの眠そうな目をした杖以外に、カティは発火能力や電光機関といったものを持たない。
 相手との間合いを離す手段が不足しているなら、杖も満足に振るえなくなること状況だけは作らないはずだ。
 だから――彼我の間合いが開いたときに、彼女は間違いなく牽制の一撃を見せる。
 杖は振るえまいとみて肉薄してくる相手を突き放せるような技をひとつ、挟んでくる。

「《モルゲンシュテルン》っ!」

 そのような少年の、読みどおりだった。
 少女は相手が地上から距離を詰めてくることを『信じて』、杖に自らの柄を伸ばせと命じている。
「やっぱり……」
 ゆえにこそ杖の名を呼ぶ二分節の、一節目を聞いた瞬間、彼は即座に跳躍していた。
 杖を振るいながら、それを目にした目標の青い瞳が見開かれる。
 攻撃を防ぐマントこそ空いた片手に握っているものの、この瞬間のカティはほぼ無防備だ。

 ならば、それならば――。
 中空にあって、エヌアインの喉がひくついた。
 いま、このときのカティに対して、自分の飛び込みは必ず通る。
 たとえ杖を振り上げられても、それにかぶせるように蹴りを入れたなら、最低でも相討ち以上。
 こちらの勢いを見て相手が防御を固めるのなら、懐に入ってしまう手もある。
 打撃でも、発火能力の基となる温度変化を使っての投げも、どちらも要撃となる。


 要撃たりえて、しまう。


 一瞬ののち、島の中心から海に流れる風を感じた。
 焼かれてずいぶんと経っていただろう遺骸の臭いは、そこにはもう、混ざらない。
「う……」
 だというのに、まるで吐き気をこらえるかのようなうめきがエヌアインの喉から搾り出される。
 手加減はしないと言った少年は、飛び込んだ後の手のどれも選ぶことがかなわなかった。
 カティの顔が視界から消え、抑えたはずのうめきが、錆びて割れたものにと変わる。
「――く、……ぁ……ッ」
 やるしかなかった。
 そんな言葉にすがることも出来ず、口蓋が酸に焼かれる。
 地に蒸した苔にかかる、白く泡だった胃液こそが、この『戦い』の結末を飾った。



 ◆◆



 えずいたボクの背中をさする、カティの手のひらが恐ろしかった。
 より正しくは、手加減をしないことさえ出来なかった自分を許したこの子が恐ろしかった。
「エヌアインくんは……優しいんだねぇ」
 そしてなによりも、悔しくて、しょうがなかった。
 ボクをこんなふうに作って、育てて、使った世界をひどく嫌っていて、今でも好きにはなりきれないボクを、それでも許す者がいるという事実が。
 世界に、カティたちに嫌われたくないわけでもないのに、どうしてだろうか。
 相手を嫌っていた自分が嫌われないのは、涙が出るほど惨めで、悔しいことだった。
「優しくなんか、ない。ボクは、――優しくなんかなれない」
 みっともなく乱れた息づかいを聞いて、カティはボクの顔を覗きこむ。
 その視線から、目をそらすことも虚しくて、視線を上げざるを得なかった。
「どして? あのまま何かされてたら、たぶん、カティは怪我してたよ」
「…………」
 けふ、と咳がこぼれたのは、きっと胃が落ち着かないからだ。
 そう。落ち着かない。優しく背中をさすってくれる手が、やっぱり、怖かった。
「ボクは、たしかに言ったよ。ボクが超人なんじゃなく、相手が。カティたちがそれ以下になったんだって」
 だからこそ、ボクは、隠していた本音を言った。
 あの頃は泥のように濁った目をして、口の中でつぶやいていたことを、はっきりとした声音でつむいだ。
 これでその手が離れるのなら、そんなものはいま、すぐに離れてしまえと思って。
「うん」
 なのに、その手は離れない。

「バカげたことを終わらせるってことは……あの、完全教団にいたんだね?」
「それならッ!」

 どうして、その手を離さない。
「うーん。なんて言ったら、いいのかなあ」
 目に血が入ったようなボクの背に、カティは両手をつくようにした。
 革で出来た服をとおして、相手の重みがぬくもりを伝えてくる。
「カティはミュカレちゃんに会いたいって思ってるけど、ミュカレちゃんにも許せないことは、あるよ」
「ボクが――」もう、ごまかしはきかない。「ボクが、世界を許せなかったみたいにか」
 ふてくされたような自分の声が、一番、胸に痛かった。
『旧人狩り』のことよりも、すべてを正すとの言葉にすがった傲慢よりも、下手をすれば世界を救った気になっていて、その先のことなど考えていなかった盲目よりもだ。

 それが嫌で、ほんとうに、嫌で、
 だから、今ならカティの言ったことが、分かる気がした。

「ボクが、ボクは……きっと、謝りたかった」
 自分の過去や、傲慢や、盲目をでなく。
 世界のすべてに抱いた憎しみと、その裏返しの甘えにこそ、謝りたかった。
「過去形で、いいの?」
「たぶん、よくない。だって、ボクにも好きでいたいものは、たしかにあったんだ」
 好きという感情から想起されるのは、どうしてか、兄弟の影だった。
 神としてあることを望まれながらも、モノのように廃棄された者の存在だった。
「でも、みんな、もう死んでしまったから」
 けれど、いちど言葉にしてしまえば、あまりにも巨大だった影が紙のように軽くなる。
 まさか『愁嘆場』という単語を、自分が演じることになるなんて。そんな諧謔も続かない。
「あ――ごめん、ごめんね。好きなひとが死んじゃったら、それは、悲しいよね」
 こちらの負担にならない強さで、それでもボクに抱きつく、この子がいるから。
 抱きつくのでなく、抱きしめようとしてくれているのだと気づいてしまったから。
「だから、悲しい気持ちが正しいって思いたかった?」
「……そうだね」次の瞬間、自分の声こそが耳朶を叩いた。「ボクがすべてを正す。そう思った。こんな悲しい気持ちにさせられるものは間違ってると思えてたんだ」
 だけど最初から、ボクは知っている。
 ボクのほうが『旧人類』の生きる世界にとっての間違いだったと知ってしまっている。
「それでも、それでも……世界がボクを嫌うなら」
「嫌われてると思うの、無視するくらいなら嫌い返したほうが楽だね」
 学校と同じだな、と、場違いなぼやきが肩越しに届いた。
 息を殺しても、身を縮めても、ぬくもりは消えない。自分自身のルーツと同じに。

「じゃあ、神になったほうがよかった?」
「まさかッ!」

 聞き苦しい、涙まじりの叫び声だった。
 それが、ボク自身のルーツでなく『用途』を否定した。
「そうだよね。そうじゃなきゃ、ミュカレちゃんに抗ったりしないと思う」
 それに頷くと同時に、カティにも分かるかたちで証明もされた。


「だって、だってボクはこれでも――この世界のことを、好きになりたかったんだから」


 完全者を倒せば、すべてが許されるとは思わなかった。
 だからこそ、灰児たちのいる街に流れてきても、ボクは何も言わなかった。
『嫌われたくはなかった』という理由は、はたして怯懦と呼ばれるものなのだろうか。
 嘘をつくたびに、胸は痛かった。逃げられないのだと知るたびに、かさぶたを剥がす思いがした。
 それでも、そうして――傷ついても。ボクは、ボクを拾って受け容れてくれた灰児の街にいたかった。
 EDENと呼ばれる都市のことを、そこに住まうヒトのことを、好きになりたかったから。
「あの、ありがとう。ずっと支えててくれて。それと……」
 唇に立った前歯が、皮膚を噛み破ったとしても、言葉を続けなければならなかった。
 これまでに垂れ流したような言葉でなくカティに正対して謝る必要があった。
 好きになりたいものを、そのままに留めるためには、ボクは、同じ道を行くと思えたからだ。
 頭を下げて、なんで謝るのと言えてしまうこの子に、それを伝えなければならないのは――。
 息を吐く。この世界に謝るべきことが、またひとつ増えたようだと感じられた。

「ボクは、完全者を倒さなきゃいけない。
 キミはアイツを許せるのかもしれないけど、『許す』だけじゃあ世界は持たない。
 だからボクは、何度でもアイツに挑んで何度でも殺して、そして何度でも傷つくと、思う」

 傷つかないような終わり方は、分からなかった。
 息をしても傷つくものがヒトで、そういうヒトはEDENにも住まっていたからだ。
 戦うたびに傷ついて、戦うために傷ついて、戦いで負った傷を癒すためになおも戦う。
「でも、そんなことが出来るのが旧人類なら……それこそ、彼らは。キミたちは、役目を果たしちゃいない」
 傷ついたことが報われるとは限らないけれど、軽い傷で良かったなどとも思えないけれど、
 その傷の意味をさえ知らない者が握った世界の、どこに罪があって、罰があって、
 世界に対する憎しみがあって、一体どこに、愛があるというのだろうか。
 だから、この気持ちが――なのだというのなら、

「ごめん。ごめんなさい」

 無言のまま、今度は正面からボクをあやすカティを、ボクは今度こそ受け容れた。
 憎しみや義憤をもって戦うことは出来ても、許しの一端に触れてなお戦うことは出来なかった。
 しゃくりあげる背中を撫でられながら、先ほどの戦いで見えた、自分なりの真実を認める。
「……だけど、『正す』だけでもこんな世界は……成り立たないから」
「うん。しばらく一緒に、歩いてみようね」
 真実を認めて踏み出した一歩を、また許された。
 許されるからこそ胸は痛むのだと、ボクは初めて知った気がした。



【H-07 西部/昼】
【エヌアイン@エヌアイン完全世界】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜3
[思考・状況]:カティと行動。『正す』以外の方法を知りたい

【カティ@エヌアイン完全世界】
[状態]:健康
[装備]:モルゲンシュテルン@エヌアイン完全世界
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2
[思考・状況]:エヌアインと行動。ミュカレを『許す』ために、彼女にもう一度会いに行く

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046:赤と黒が舞う
時系列順
039:おさるのカーニバル
029:始まりの前、立つべき場所
投下順
031:悲しきノンフィクション
029:始まりの前、立つべき場所
エヌアイン
050:リバースカードをオープン
カティ

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