「あぁもう…!何でそんな重要な情報が更新されてないのよっ!!」
ベンチに座った私は乱暴に通信端末の画面をタップしていた。
今回、組織の指令でターゲットに接近しようと試みたものの一行にその姿が見つからない。
おかしいと思い自前で調べていったら、あろうことかターゲットは入院中で学内には居ないときた…
組織情報部のあまりの体たらくぶりに呆れかえる。
「はーぁ…どうしようかな。これじゃ丸一日無駄じゃない…」
だだっ広い学内を歩き回ったおかげで脚はパンパン…最悪だ。
ふと顔を上げると何かの勧誘だろうか…ジャージ姿で熱心に他生徒に声をかけている人物が目に入った。
赤い髪を一つに纏めた。背は自分より少し高いだろうか。
スタイルは…思わず自分の胸元に目を落とし舌打ちをする。
声をかけられた女生徒は若干引き気味で足早にその場を去っていった。どうやら勧誘は失敗のようだ。
赤毛ポニーテールの女は肩を落とし大きく溜息をついているのが遠目でも分かった。
なんの気なしに通信端末の内蔵カメラでその女を撮影し組織のデータバンクから情報を読み込む。
「安藤祈里…ええっと…プロレス同好会会長。放課後はいつも会員の勧誘…実力は学生プロレスの中でもトップクラスねぇ」
端末に表示されたデータにサッと目を通す。
「弱そ…」
ポツリと本音がこぼれ出る。
大体プロレスなんて言うのはエンターテインメント性が高すぎて純粋な格闘技としては他に大きく溝を開けられている。
実際、組織が運営する闘技場でも勝率の低い下位層はレスラーが多い。
しかし客からのウケはいいらしく特に女性レスラーは重宝されている。
嬲られているのを楽しむという下卑た嗜好の客が多いからか、頑健で且つ『受けの美学』というクソの役にも立たないプライドを持ちあわせているレスラーという人種はうってつけなのだろう。
「そういえばレスラーに一人欠員が出たとか言ってたっけ…まぁターゲットじゃないけどアレでもいいかぁ…」
一日を棒に振るのは癪なので気持ちを切り替え立ち上がる。
「あのぉ…プロレス同好会の方ですか?」
可愛げな一般生徒のフリをしておずおずと声を掛ける。
「え…あぁそうだけど」
「いや…ちょっとそのどんな活動をされてるのか興味がありまして…」
「えっ?何!?見学希望!?」
赤毛女は先ほどまでの落胆ぶりを吹き飛ばし、目を輝かせて迫ってきた。顔が近い…声がでかい…
「えぇ…まぁそんなところで」
私が言い終える前に唐突に手を取るとグイグイと引っ張って何処かに連れて行こうとする。
恐らく同好会の活動場所に連れていくつもりなのだろうがそんな説明は一切ない。
逆に何も聞いていないのにハイテンションでプロレスの話をしている…何だこのトコトン頭の悪そうな女は…
だけどこういう単純そうなバカ相手のほうが乗せるのは簡単で助かる。
正直、メインターゲットでもない相手に強硬手段は講じたくない。
赤毛女は学内の端のほうにあるみすぼらしいプレハブに私を引き入れると、後輩らしい2人に事情を説明し練習やらスパーリングやらを見せてくれた。
正直どうでもいいので適当に眺めていた。退屈すぎてあくびが出そうだ…
「いやー嬉しいな!久々の見学者。超テンション上がっちゃった!」
一通り見せたいものは見せたのか赤毛女が満足げな顔でリングから降りてそう言った。
「はぁ…」
本当にやたら声の大きい女だ。いい加減うっとおしくなってきたが適当に相槌を打っておく。
「で!どうかなっ!!プロレス!やってみない?」
声のトーンが更にもう一段上がった。
「うーん…どうにも理解できないことがあってぇ…何で相手の攻撃を避けないんですか?あんなの簡単に避けれそうなものですけど。」
「いいかい?相手の技を受けた上でさらにそれよりもすっごい技で返す。それがプロレスなんだっ!」
正に典型的なレスラーの答えが返ってきた。これは簡単そうだ…。
「何でわざわざそんな面倒くさいことするんです?サッサとやっつけちゃえばいのに…」
「それはね…そう!プロレスは魅せる格闘技だからだよ!重要なのは勝ち負けじゃないんだ」
「そうなんですか…だから他の格闘選手とやると負けちゃうんですね」
「えっ?あぁ…あはは…そう…かもね」
「プロレスって異種格闘技なんかじゃ大体負けますよね?」
わざとスッとぼけた顔で相手に刺さりそうな言葉をチョイスし容赦なく投げつける。
「…それは…まぁ」
赤毛女が言葉に詰まる。いい具合だ。
「やっぱりプロレスって弱いってことですよね?」
更に追い打ちで常日頃から思っていることをダイレクトにぶつけてやる。
「…今…何て言った?」
先ほどまでの様子からは想像できないような鋭い目つきで赤毛女が私を睨みつけてきた。
へぇ…こういう顔もするんだ。唐突に見せた闘士としての顔つきに不覚にも少し気圧されてしまった
どうやらこの女にとってはプロレスを馬鹿にされるということは何よりも許せない事のようだ。
これはしめたとばかりに一気に畳みかけに入る。
「いや、だから他と比べてプロレスは非効率で弱いなーって。まぁでも仕方ないですよねー。お客に見せるためだけのエンターテインメントショーなんですからねぇ。単純な強さで他と比べるのは酷ってものでしょうか」
赤毛女の表情が一層険しくなり、拳が強く握られるのが分かった。
怒り心頭。爆発寸前といったところか。
挑発は十分…と、では本題に移ることにしよう…。
「ねぇ、ところで格闘技大会の噂って…聞いたことありません?」
「ん?あぁ。最近よく聞くね…でもあんなのタダの噂話に決まって…」
赤毛女の不機嫌そうな回答を遮るように言葉を重ねる
「実はそこの運営にちょっとしたコネがあってですね…今日は貴方をお誘いに来たんですよ。」
更に耳元で囁くようにこう続ける。
「どうです?安藤祈里さん。そこで貴方の言う『プロレスの強さ』ってやつをそこで証明してみませんか?」
勿論、普通の人間が想像するようなマトモな場所じゃないことは伏せておく
しばらく沈黙の後。
「…どこでどんなヤツと試合するの?」
「そうですねぇ場所はちょーっと教えられないですけど。対戦相手は色々居ますよー。空手家からボクサーまで、それともアレですか?どんな相手と試合するか分からないと怖いですか?」
「…」
また黙り込んでしまったのでもう一押しと思い言葉を探していると赤毛女が口を開いた。
「分かったよ…!じゃあアタシがそこで勝ちまくってプロレスの強さをアンタに教えてやるよ!」
やった!獲物がかかったことに思わず笑みがこぼれる。
「あはっ!決まりですね。それじゃ早速行きましょうかっ。今、迎えの車を呼びますのでー」
この女が冷静さを失っている今のうちに事を進めてしまいたい。
連れて行ってしまえば後は組織側がどうにでもしてくれる。
人気が少ない裏門のほうに女を連れて行くと既に迎えの車が待機していた。
能無しの情報部と比べると実務部隊は相変わらず仕事が早くて助かる。
黒塗りの高級車の扉が開くと赤毛女は私のほうを一瞥し乗り込んだ。
顔が少し強張っているように見えたがこれからこの女の身に起きる事も含め、もう私にはどうでもいいことだった。
「ま、せいぜい頑張ってねー」
車が走り出すのを見届けると大きく伸びをする。
ふいに胸元で通信端末の呼び出し音が鳴った。
画面をタップし内容を確認する…次のターゲットに関するデータだ。
全くあの組織はどれだけ私をコキ使う気なんだろうか…。
文句が出かかったが、画面をスクロールさせた先に表示された報酬額を見て思わず口元が緩む。
「まぁいいっか!全てはお金の為、稼げるだけ稼いでやりますかね」
ベンチに座った私は乱暴に通信端末の画面をタップしていた。
今回、組織の指令でターゲットに接近しようと試みたものの一行にその姿が見つからない。
おかしいと思い自前で調べていったら、あろうことかターゲットは入院中で学内には居ないときた…
組織情報部のあまりの体たらくぶりに呆れかえる。
「はーぁ…どうしようかな。これじゃ丸一日無駄じゃない…」
だだっ広い学内を歩き回ったおかげで脚はパンパン…最悪だ。
ふと顔を上げると何かの勧誘だろうか…ジャージ姿で熱心に他生徒に声をかけている人物が目に入った。
赤い髪を一つに纏めた。背は自分より少し高いだろうか。
スタイルは…思わず自分の胸元に目を落とし舌打ちをする。
声をかけられた女生徒は若干引き気味で足早にその場を去っていった。どうやら勧誘は失敗のようだ。
赤毛ポニーテールの女は肩を落とし大きく溜息をついているのが遠目でも分かった。
なんの気なしに通信端末の内蔵カメラでその女を撮影し組織のデータバンクから情報を読み込む。
「安藤祈里…ええっと…プロレス同好会会長。放課後はいつも会員の勧誘…実力は学生プロレスの中でもトップクラスねぇ」
端末に表示されたデータにサッと目を通す。
「弱そ…」
ポツリと本音がこぼれ出る。
大体プロレスなんて言うのはエンターテインメント性が高すぎて純粋な格闘技としては他に大きく溝を開けられている。
実際、組織が運営する闘技場でも勝率の低い下位層はレスラーが多い。
しかし客からのウケはいいらしく特に女性レスラーは重宝されている。
嬲られているのを楽しむという下卑た嗜好の客が多いからか、頑健で且つ『受けの美学』というクソの役にも立たないプライドを持ちあわせているレスラーという人種はうってつけなのだろう。
「そういえばレスラーに一人欠員が出たとか言ってたっけ…まぁターゲットじゃないけどアレでもいいかぁ…」
一日を棒に振るのは癪なので気持ちを切り替え立ち上がる。
「あのぉ…プロレス同好会の方ですか?」
可愛げな一般生徒のフリをしておずおずと声を掛ける。
「え…あぁそうだけど」
「いや…ちょっとそのどんな活動をされてるのか興味がありまして…」
「えっ?何!?見学希望!?」
赤毛女は先ほどまでの落胆ぶりを吹き飛ばし、目を輝かせて迫ってきた。顔が近い…声がでかい…
「えぇ…まぁそんなところで」
私が言い終える前に唐突に手を取るとグイグイと引っ張って何処かに連れて行こうとする。
恐らく同好会の活動場所に連れていくつもりなのだろうがそんな説明は一切ない。
逆に何も聞いていないのにハイテンションでプロレスの話をしている…何だこのトコトン頭の悪そうな女は…
だけどこういう単純そうなバカ相手のほうが乗せるのは簡単で助かる。
正直、メインターゲットでもない相手に強硬手段は講じたくない。
赤毛女は学内の端のほうにあるみすぼらしいプレハブに私を引き入れると、後輩らしい2人に事情を説明し練習やらスパーリングやらを見せてくれた。
正直どうでもいいので適当に眺めていた。退屈すぎてあくびが出そうだ…
「いやー嬉しいな!久々の見学者。超テンション上がっちゃった!」
一通り見せたいものは見せたのか赤毛女が満足げな顔でリングから降りてそう言った。
「はぁ…」
本当にやたら声の大きい女だ。いい加減うっとおしくなってきたが適当に相槌を打っておく。
「で!どうかなっ!!プロレス!やってみない?」
声のトーンが更にもう一段上がった。
「うーん…どうにも理解できないことがあってぇ…何で相手の攻撃を避けないんですか?あんなの簡単に避けれそうなものですけど。」
「いいかい?相手の技を受けた上でさらにそれよりもすっごい技で返す。それがプロレスなんだっ!」
正に典型的なレスラーの答えが返ってきた。これは簡単そうだ…。
「何でわざわざそんな面倒くさいことするんです?サッサとやっつけちゃえばいのに…」
「それはね…そう!プロレスは魅せる格闘技だからだよ!重要なのは勝ち負けじゃないんだ」
「そうなんですか…だから他の格闘選手とやると負けちゃうんですね」
「えっ?あぁ…あはは…そう…かもね」
「プロレスって異種格闘技なんかじゃ大体負けますよね?」
わざとスッとぼけた顔で相手に刺さりそうな言葉をチョイスし容赦なく投げつける。
「…それは…まぁ」
赤毛女が言葉に詰まる。いい具合だ。
「やっぱりプロレスって弱いってことですよね?」
更に追い打ちで常日頃から思っていることをダイレクトにぶつけてやる。
「…今…何て言った?」
先ほどまでの様子からは想像できないような鋭い目つきで赤毛女が私を睨みつけてきた。
へぇ…こういう顔もするんだ。唐突に見せた闘士としての顔つきに不覚にも少し気圧されてしまった
どうやらこの女にとってはプロレスを馬鹿にされるということは何よりも許せない事のようだ。
これはしめたとばかりに一気に畳みかけに入る。
「いや、だから他と比べてプロレスは非効率で弱いなーって。まぁでも仕方ないですよねー。お客に見せるためだけのエンターテインメントショーなんですからねぇ。単純な強さで他と比べるのは酷ってものでしょうか」
赤毛女の表情が一層険しくなり、拳が強く握られるのが分かった。
怒り心頭。爆発寸前といったところか。
挑発は十分…と、では本題に移ることにしよう…。
「ねぇ、ところで格闘技大会の噂って…聞いたことありません?」
「ん?あぁ。最近よく聞くね…でもあんなのタダの噂話に決まって…」
赤毛女の不機嫌そうな回答を遮るように言葉を重ねる
「実はそこの運営にちょっとしたコネがあってですね…今日は貴方をお誘いに来たんですよ。」
更に耳元で囁くようにこう続ける。
「どうです?安藤祈里さん。そこで貴方の言う『プロレスの強さ』ってやつをそこで証明してみませんか?」
勿論、普通の人間が想像するようなマトモな場所じゃないことは伏せておく
しばらく沈黙の後。
「…どこでどんなヤツと試合するの?」
「そうですねぇ場所はちょーっと教えられないですけど。対戦相手は色々居ますよー。空手家からボクサーまで、それともアレですか?どんな相手と試合するか分からないと怖いですか?」
「…」
また黙り込んでしまったのでもう一押しと思い言葉を探していると赤毛女が口を開いた。
「分かったよ…!じゃあアタシがそこで勝ちまくってプロレスの強さをアンタに教えてやるよ!」
やった!獲物がかかったことに思わず笑みがこぼれる。
「あはっ!決まりですね。それじゃ早速行きましょうかっ。今、迎えの車を呼びますのでー」
この女が冷静さを失っている今のうちに事を進めてしまいたい。
連れて行ってしまえば後は組織側がどうにでもしてくれる。
人気が少ない裏門のほうに女を連れて行くと既に迎えの車が待機していた。
能無しの情報部と比べると実務部隊は相変わらず仕事が早くて助かる。
黒塗りの高級車の扉が開くと赤毛女は私のほうを一瞥し乗り込んだ。
顔が少し強張っているように見えたがこれからこの女の身に起きる事も含め、もう私にはどうでもいいことだった。
「ま、せいぜい頑張ってねー」
車が走り出すのを見届けると大きく伸びをする。
ふいに胸元で通信端末の呼び出し音が鳴った。
画面をタップし内容を確認する…次のターゲットに関するデータだ。
全くあの組織はどれだけ私をコキ使う気なんだろうか…。
文句が出かかったが、画面をスクロールさせた先に表示された報酬額を見て思わず口元が緩む。
「まぁいいっか!全てはお金の為、稼げるだけ稼いでやりますかね」
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