神社建築の基本となる本殿・幣殿・拝殿の3つの社の他に、阿武神社では格技用の特別棟が複数存在する。
下界での巫女の活躍を信仰として取り込む、阿武流だからこそ取られた特殊な建築様式である。
時代の潮流を取り入れ進化を続ける阿武流は道場内に多種多様なトレーニング器具を完備している。実戦形式の練習も当然可能である。
加えて山中に位置する阿武神社の周辺には屋外トレーニング向けな長い坂道が事欠かない。
(もっと…強く…)
楓に限らず、阿武家の子供は格技と共に育つ。自己の成長と戦いでの勝利を歓びとし、時には…そのためにあらゆる苦痛さえ飲み干す。
その強さへの渇望はまるで神の呪いのごとく。
「あと三回!」
道場内に怒号が響き渡る。檄を飛ばされているのは懸垂棒に逆さ吊りになった一人の少女。
「ハァッ・・・!ハァッ・・・!」
道着の股下を履きサラシで胸を締め付けた大胆な姿で、己を限界へと追い込み続けていた。
大きく露出した上半身は隙間が見当たらぬ程玉のような汗で濡れ、今また一筋その身に沿って流れ落ちた。その真下には大きく黒ずんだ円が床に出来ている。
逆さ吊り腹筋。かつて高名な映画俳優も実践したという、齢十五の少女が挑むにはあまりにも過酷に見える鍛錬。見事に割れた六つ割れの腹筋さえ悲鳴を上げていた。
「上がらないなら腹撃ち三十回で代わりとします。」
鋭く息が吐かれると共に母・菊恵の拳が、楓の腹部を貫く。
「・・・ッ!・・・!・・・ふぅッ!・・・ッ!・・・、ぁぅ!・・・ッ!」
さすがに加減はしているものの、課題設定としては相当重めな威力だ。時折楓から喘ぎが漏れる。
「――――三十!」
腹撃ちが完了すると足首の拘束が解かれ、楓はお姫様抱っこの要領で着地させられる。
胸を上下させながら肩で息をする楓。崩れるように片膝をつき、そのまま休息を取る。
「二十秒後より懸垂三十回。」
淡々と次の練習内容が告げられる。数える間もなく終わりを告げた休息、楓は立ち上がり再び懸垂棒を掴む。
筋肉が収縮し楓の体が持ち上がる。背中を構成する無数の筋肉が浮かび上がる。そしてゆっくりと戻る。
回数をこなすにつれ再び楓の息が荒くなり、腕が震える。
「もっと速く!」
失速を見せる楓に活が入る。
「ぐぅっ・・・!」
(この程度で…私は…!)
腕や肩が焼けるような感覚に歯を食いしばり、己を奮い立たせる。力を振り絞って一気にペースを上げ完遂する。
再び解放。しかしこのサーキットトレーニングに休息などあってないようなものだ。
「水分を取りなさい。次は片腕立て。」
今の楓に最も残酷とも言えるメニューが宣言される。徹底した腕への集中砲火。
「・・・っ・・・・・ぐ・・・・・!」
ノルマ半ばで震えるほどの力を込めても一向に持ち上がらなくなる己の肉体。すると突然、プツンと糸が切れたかのように楓は白目を剥いて失神した。
酸欠によるものだ。力を込めるあまり呼吸することを忘れてしまったストイックなアスリートに時折起こるアクシデントだ。
菊恵は楓の顔に水をぶっかけ覚醒させる。
「気絶しても、終わりませんよ。」
目覚めた楓には最後のメニューである坂道ダッシュが課せられる。登りを全力疾走し、下りは流す。緩急のメリハリの付いたこのメニューは楓に最後の長い悪夢を見せ続ける。
破れそうな心臓、消えかける全身の感覚。胃の中が逆流するような感覚。限界を超えた楓は四つん這いになりついに嘔吐する。
「うおえええええええええっ!」
背中をさすり口をすすがせ、介抱する菊恵。膝をつき息を荒くする楓が股間の違和感に気が付いたのは遅れてのことだった。
「・・・あ・・・?」
覗き込むとそこには、小さな滝壺がジョロジョロと音を立てながら地面を穿っていた。
自分が粗相をしたのだと理解すると楓の全身が一気に羞恥で茹で上がり混乱する。
「ちがっ・・・!母上・・・!これは・・・!」
鍛錬に打ち込む最中での事故、母しか見ていないとは言え楓も年頃の娘である。戸惑い目の尻には涙が見える楓。
菊恵は何も言わずに楓を抱きしめただ優しく背中を叩く。
その夜、菊恵は楓に問うた。
「鍛錬は辛いですか?」
「はい。」
楓は続ける。
「しかし、やめようと思いません。強くなることが…私は楽しい。」
「…楓。あなたは誰よりも強くなれます。しかし、あなたが強くあろうとするほど、また折れやすくもあるのです。しなやかでありなさい。」
母の言葉の意味は今の楓にはまだ理解出来なかった。しかしいずれ必要なときは必ず来るのだろう、そう思い楓はその言葉を胸に留めた。
下界での巫女の活躍を信仰として取り込む、阿武流だからこそ取られた特殊な建築様式である。
時代の潮流を取り入れ進化を続ける阿武流は道場内に多種多様なトレーニング器具を完備している。実戦形式の練習も当然可能である。
加えて山中に位置する阿武神社の周辺には屋外トレーニング向けな長い坂道が事欠かない。
(もっと…強く…)
楓に限らず、阿武家の子供は格技と共に育つ。自己の成長と戦いでの勝利を歓びとし、時には…そのためにあらゆる苦痛さえ飲み干す。
その強さへの渇望はまるで神の呪いのごとく。
「あと三回!」
道場内に怒号が響き渡る。檄を飛ばされているのは懸垂棒に逆さ吊りになった一人の少女。
「ハァッ・・・!ハァッ・・・!」
道着の股下を履きサラシで胸を締め付けた大胆な姿で、己を限界へと追い込み続けていた。
大きく露出した上半身は隙間が見当たらぬ程玉のような汗で濡れ、今また一筋その身に沿って流れ落ちた。その真下には大きく黒ずんだ円が床に出来ている。
逆さ吊り腹筋。かつて高名な映画俳優も実践したという、齢十五の少女が挑むにはあまりにも過酷に見える鍛錬。見事に割れた六つ割れの腹筋さえ悲鳴を上げていた。
「上がらないなら腹撃ち三十回で代わりとします。」
鋭く息が吐かれると共に母・菊恵の拳が、楓の腹部を貫く。
「・・・ッ!・・・!・・・ふぅッ!・・・ッ!・・・、ぁぅ!・・・ッ!」
さすがに加減はしているものの、課題設定としては相当重めな威力だ。時折楓から喘ぎが漏れる。
「――――三十!」
腹撃ちが完了すると足首の拘束が解かれ、楓はお姫様抱っこの要領で着地させられる。
胸を上下させながら肩で息をする楓。崩れるように片膝をつき、そのまま休息を取る。
「二十秒後より懸垂三十回。」
淡々と次の練習内容が告げられる。数える間もなく終わりを告げた休息、楓は立ち上がり再び懸垂棒を掴む。
筋肉が収縮し楓の体が持ち上がる。背中を構成する無数の筋肉が浮かび上がる。そしてゆっくりと戻る。
回数をこなすにつれ再び楓の息が荒くなり、腕が震える。
「もっと速く!」
失速を見せる楓に活が入る。
「ぐぅっ・・・!」
(この程度で…私は…!)
腕や肩が焼けるような感覚に歯を食いしばり、己を奮い立たせる。力を振り絞って一気にペースを上げ完遂する。
再び解放。しかしこのサーキットトレーニングに休息などあってないようなものだ。
「水分を取りなさい。次は片腕立て。」
今の楓に最も残酷とも言えるメニューが宣言される。徹底した腕への集中砲火。
「・・・っ・・・・・ぐ・・・・・!」
ノルマ半ばで震えるほどの力を込めても一向に持ち上がらなくなる己の肉体。すると突然、プツンと糸が切れたかのように楓は白目を剥いて失神した。
酸欠によるものだ。力を込めるあまり呼吸することを忘れてしまったストイックなアスリートに時折起こるアクシデントだ。
菊恵は楓の顔に水をぶっかけ覚醒させる。
「気絶しても、終わりませんよ。」
目覚めた楓には最後のメニューである坂道ダッシュが課せられる。登りを全力疾走し、下りは流す。緩急のメリハリの付いたこのメニューは楓に最後の長い悪夢を見せ続ける。
破れそうな心臓、消えかける全身の感覚。胃の中が逆流するような感覚。限界を超えた楓は四つん這いになりついに嘔吐する。
「うおえええええええええっ!」
背中をさすり口をすすがせ、介抱する菊恵。膝をつき息を荒くする楓が股間の違和感に気が付いたのは遅れてのことだった。
「・・・あ・・・?」
覗き込むとそこには、小さな滝壺がジョロジョロと音を立てながら地面を穿っていた。
自分が粗相をしたのだと理解すると楓の全身が一気に羞恥で茹で上がり混乱する。
「ちがっ・・・!母上・・・!これは・・・!」
鍛錬に打ち込む最中での事故、母しか見ていないとは言え楓も年頃の娘である。戸惑い目の尻には涙が見える楓。
菊恵は何も言わずに楓を抱きしめただ優しく背中を叩く。
その夜、菊恵は楓に問うた。
「鍛錬は辛いですか?」
「はい。」
楓は続ける。
「しかし、やめようと思いません。強くなることが…私は楽しい。」
「…楓。あなたは誰よりも強くなれます。しかし、あなたが強くあろうとするほど、また折れやすくもあるのです。しなやかでありなさい。」
母の言葉の意味は今の楓にはまだ理解出来なかった。しかしいずれ必要なときは必ず来るのだろう、そう思い楓はその言葉を胸に留めた。
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