クトゥルフ神話TRPGやろうずWiki

「....気がついたら、私は、彼らに助け出されていました」

ジンジャー・ネリストは窓の外を眺めながら、ぽつりと漏らした。
ルィンヘンの町人集団失踪事件。
唯一残されたジンジャーから情報を引き出そうと、警察は躍起だった。
無論、本当の事なんて話せるわけもない。

誰が信じるだろうか。
神が呼び出され、町の人間を石にした、などと。
いや、仮に信じて貰えたとして....ならばその石像は何処へ行ったのか、という話になってしまう。
あの後、ルィンヘンに一度も戻っていないジンジャーは、その行方など知る由もない。
ただ何となく、あの牧師と神父が何かしたのだろう、と想像するくらいだ。

「あの、気分が悪いんで....外の空気を吸ってきても？」
「ああ、構いませんよ。すみませんね、長々と拘束してしまって」

暗に早く情報を吐き出せ、と言っているのが丸分かりだ。
心の中で舌を出し、ジンジャーは部屋を出る。

（そう言えば、リヴはどうしているだろうか）

長い廊下を歩きながら、ふと、そんなことを思った。

ルィンヘン....魔女の伝説が残された町は、今はかつての面影すらない。
町の人間がある日突然、たった一人を残して失踪し、行方が分からなくなった。
住む者のいなくなった町は寂れていく一方で、それを気に咎める者も殆ど居ない。
元々、排他的な町で外から訪れる者も少なかったのだ。
あの町に愛着を抱いている人間など、皆無に等しいだろう。

それにしても奇妙なのは、町人が失踪した町の中央広場に残されていた、町の人間の物と思しき私物らと、
広場の中央付近....恐らく至近距離からの射撃によって破壊されたと思しき銅鏡の残骸と、何かの燃え跡である。
此処で一体全体何が行われていたのか....それは分からないが、
存外、ルィンヘンに残された魔女伝説は本当だったのかも知れない、とまことしやかに囁かれているそうだ。

リヴ・ミラーは、ぼんやりと病室の窓から外を眺めていた。
依然として目は見えないが、きっと良い天気なのだろう。先程やってきた看護師も、そんなことを言っていたから。

あの火炙りによって負った火傷と心因性視覚障害の治療のため、彼女は今、入院していた。
化け物になった後も、そういうところは人間と変わらないのか、と自嘲気味に小さく笑ったのは記憶に新しい。

「ママ、怒ってたな....姉さん達も、物凄く泣いていたし」

悪いことをしたとは思っている。
だけど、一緒に居ることは赦されないし、何より、きっといつか迷惑を掛けることは目に見えていた。
誰かの大切なものを壊してしまう前に、離れるべきなのだと判断してのことだった。
間違ったことをしたとは思ってない。そうするより他、思いつかなかったから。
ただ、少しだけ、寂しくも思っていた。

「....」

左手の薬指に嵌っている指輪に、右手でそっと触れた。
あの人は、きっとこんなになった自分さえも見捨てないに違いない。
むしろ「だからどうした？」といつものように笑ってくれさえするかもしれない。

大切で、愛しい人。

奪われる悲しみも、奪う痛みも。
どちらも知っているから、板挟みになっている。

「....やめよう」

今は、身体を治すことに専念するべきだ。
後のことは、これからゆっくり考えればいい。
化け物となったこの身体の寿命なんて分からないが、それでも。

「赦してくれるなら、傍にいたいな」

そっと呟いて、リヴは目を閉じた。