2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

著者:5-105氏


「おはようございまーす。」
ぱたこんと音楽準備室のドアを開ける。 あれっ。 やった、すっと開いた。
ちびっこくて力の無い私は、ドアをすっと開けるというのが、意外と難しい。
だから綺麗に開けられた時は、ちょっぴり気分がよくなる。 今日はいい事あるかも……。

それにしても、いつも疑問に思うんだけど、なんで部室に入る時の挨拶は「おはようございます」なんだろう。
部活が始まるのは午後三時すぎ、冬だったら太陽もそそくさと帰り支度を始める頃合だ。 ちっとも早くない。
唯先輩あたりだったら、嬉しそうに「おそよう!」とか返してくるんだろうな。 ふふ。

「もう三時すぎだからちっとも早くないよ、あずにゃん。 まさか、おそよう!とか言わないよね?」
「あれぇーーー!?」
予想外の言葉が飛んできて目を丸くする。 唯先輩に常識を諭されるなんて。
たまたま馬鹿な事を考えてただけです! そんな鼻で笑った感じで見ないでください! むかつきます!

「こんにちは、梓ちゃん。 どうして部室に入る時の挨拶っておはようなのかしらね。」
和やかな声にぱぁっと振り返る。 ですよねぇ、ムギ先輩。 唯先輩はこんな事言ってるけど、不思議に……ぶふぉあ!

「あら、どうしたの梓ちゃん、急に噴き出して。 可愛い顔が台無しよ?」
顔を近づけてくるムギ先輩。 やっ、やめてください! 直視できません! チラ見しながら、必死に笑いを抑え込む。
ムギ先輩は眉毛にピクルスを張り付けていた。 笑ってしまっていいものか、判断に迷う。
いや、幾らムギ先輩でもこれは狙ってやってるよね? でも、この人なら天然でやらかしてる可能性も……。

「どうしたんだよ梓。 そんなにプルプル震えて、何かおかしい事でもあるのか?」
「どう見たっておかしいですよ! なんで誰も突っ込んであげないんですか!」
平然とケーキを頬張る律先輩。 ムギ先輩は放置されてこそ輝く人だけど、流石にこれに突っ込みが無いとか信じられない。
おかしい。 今日はみんな何かおかしいですよ!

「だぁーっちぃー。 梅雨って最悪だな。 カチューシャしてるのも楽じゃないよ。」
「取っちゃえ取っちゃえ。 私、りっちゃんのこと脱がしたぁーい。」
「えぇー。 どうしよっかなー。 みんな見てるしなぁー。 ……ん。 決めた。 優しくしてね、ダーリン……。」
「ふふ……可愛いよ、ハニー。」
「何バカな会話してるんですか! そんなコントする前に、身近にネタ振りしてる人がいるでしょ!!」
キラキラ見詰め合う二人は、自分たちだけの世界に入ってしまっていて、ムギ先輩の事なんてどこ吹く風だ。
唯先輩が律先輩をねっとり見つめながら、カチューシャに手をかけた。

「んんー、うまく取れないなぁ……よいしょっと!」
「ぅぉわぁ!!!?」
思わず変な声をあげてしまった。 力を入れすぎたのか、律先輩のカチューシャはすぽーんと遠くへと飛んでいった。 ……髪の毛ごと。


「ふぅ、すっきりした。 サンキュな、唯!」
「えへへ、どういたしまして。 髪下ろしたりっちゃんもかわいいよ!」
「いやいやいや! 下ろすとか、そういう次元の話じゃないでしょ!」
そんな馬鹿なと思って、つんつるになった律先輩の頭を呆然と見つめる。 ……ヅラだ。 いわゆる、ハゲヅラだ。
くっ。 ようやく先輩たちの魂胆が分かった。 まただ。 またみんなして私をからかおうとしているんだ。
練習は碌にしない癖に、よくもまぁこんな事にだけは労力を惜しまないものですね! 存分に突っ込んでしまった事が、悔しい。
いちいち律儀に反応するから、面白がってこんな事ばかりするんだ。 そうだよ、梓。 相手にしちゃ駄目。
からかわれても、先輩たちは本当に超弩級バカですねってサラッと流してやれば、つまらなくなってこんな事しなくなるはずだよ。
クールに……なんて事無さそうに……。

「もうりっちゃん、ヅラヅラ。 ハゲっぱなしだよ? 砂漠には植林、植林。」
「え、ヅラ? あっ、本当だ! ちっとも気付かなかった! いやぁ、こんな事ってあるんだなぁ。」
あるわけあるかぁー!! 突っ込みたい衝動を必死で抑え込む。 ニヤニヤと私を見つめる先輩たち。
ぐぐぐ。 もうどうしても私に突っ込ませようとしてますね。 あぁ神様。 なぜ私をツッコミ体質にしてくれちゃったんですか。
ふ、ふふ。 いいですよ。 そっちがその気なら、こっちにだって意地があります。 やってやるです。 もう絶対に無視し続けてやりますぅ!

「なんだ律。 またわけの分からん事を……。 阿呆な事してないで、練習始めるぞ。」
みっ、澪先輩! 追い詰められていた気持ちが、ふわぁっとほどけていくのが分かる。 澪先輩もツッコミ体質のいじられキャラ。
そして軽音部をまともな方向にもっていけるただ一人の人物。 先輩なら、澪先輩ならこの状況を……。

「うわぁぁん!!」
「な、なんだ梓!? いきなりどうした!!?」
水性マジックだろうか。 チョビヒゲ、向こう傷、第三の目。 およそ教科書に施されるラクガキTOP3をフル装備して、澪先輩は現れた。
しっ、信じてたのに! 澪先輩だけはって信じてたのにぃぃ! 私はうずくまって、うるうる涙を滲ませるだけだった。

「なるほど……みんなが性懲りもなく梓をからかっていた、と。 本当にごめんな、梓。」
「いえ。 私こそ、性懲りもなく取り乱してすみませんでした……。」
おろおろする澪先輩になだめられて、私はようやく落ち着きを取り戻した。 聞いてみれば、澪先輩のラクガキは律先輩の仕業という事で。
そうですよね。 澪先輩だけは、こんな事する人じゃないですもんね。 疑ってごめんなさい、澪先輩。

「て言うか律! お前、いっ、いつ私にラクガキしたんだよ! まさか……。」
「昼休みに決まってるじゃん。 いやぁ、構ってほしかったのに、澪がくーすか寝てるから寂しくってさぁ。」
「ひっ、昼休み……。」
ふらりと崩れる澪先輩を慌てて支える。 ひっ、酷い。 澪先輩は五限六限とあの顔のままだったっていうの? 鬼……。
どうしてクラスメイトの誰も突っ込んであげなかったのだろう。 みんな私みたいに、突っ込んだら負けみたいに感じていたんだろうか。

「でも、本当にやめてくださいよ唯先輩。 いつもいつもこんな事ばかりして。 私が困るのを見て喜んでるんでしょ!」
律先輩が宙吊りにされてるのを横目に、唯先輩に訴える。 唯先輩はぶんぶんと首を振った。


「違うよ! いつもはそうだけど、今日はちゃんとした理由があるもん!」
「いつもはそうなんですか!?」
「今日はね、みんなで部内対抗・あずにゃん争奪戦をやってるの! 一番あずにゃんの気を惹いた人が勝ち!
敗者は勝者があずにゃんをどうしようと口出ししないルールなの! だから私は負けられないの!! 分かった!!?」
「わたし争奪戦!!!???」
わたし争奪戦って。 え? え? 私をどうしようと口出ししないって。 ……なんでいつもそういう事ばかりするんですかぁー!

「なんですかそれ! 人を勝手に賭けの対象にしないでください! 中止中止ぃ! 即刻中止を要請しますっっ!!」
「そんなぁ。 つれない事言わないでよ、あずにゃん。 今んとこ、Aの権利は私が所有してるんだよ!」
「えっ、Aの権利!? なんですかAって! まっ、まさかキ……。」
「それは図を見てもらった方が早いね。」
もやもやと唯先輩とのキスを想像してしまって、真っ赤になりながら打ち消そうとしたら、唯先輩がホワイトボードを取り出してきた。
……。 えーと。 これは何だろう。 ホワイトボードに描かれた、人型のイラスト。 ツーテールが描かれてる事から、おそらく私。
ただしそのイラストには至る所に分割線が走り、部位毎にAやらBやら記入されている。
これによく似たものを、スーパーマーケットで見た事がある。 このお肉はどこの部分、とか書いてある説明図だ。 …………。

「えーとね。 肩ロースから右腕にかけてがAパーツだよ。 今現在、あずにゃんの右手と握手するには私の許可がいるってわけ!」
「もうどこから突っ込んだらいいか分かりませぇん!!!!!」
どげしと手の平を机に叩きつけて絶叫する。 ここまで猟奇的なABC聞いた事ないですよ!
ちょっぴりロマンチックな事考えた自分がバカみたいじゃないですかぁ!

「気を悪くしたならごめんね、梓ちゃん。 でも、これはゲーム性を高めるための、便宜的なものだから。
許してくれる? 本気でこんな風に見てるわけじゃないのよ。 梓ちゃんは、何もかも全部が揃って梓ちゃんだもの。」
ムギ先輩が両手を合わせて謝ってくる。 い、いや、その。 まぁ、方式はどうかと思いますけれど。
私を取り合ってとか、そもそものゲームの目的が……。 照れ臭さを押し隠して返答しようとしたら、ムギ先輩が言った。

「五体総取りじゃなきゃ意味が無いものね……。」
……。 ムギ先輩の目は笑っていなかった。 私はもはや乾いた笑いすら出なかった。

「あずにゃん、そんな顔しないで。 あずにゃんの事は、私が必ず守るから。 応援しててね!」
顔が赤くなるのが分かる。 なぜこの人は、こんなにあけすけにこういう事を言えるのだろうか。
きっと、そんなに本気じゃないからだ。 私だけ変に意識しちゃったら損だ。 どうだか、ってソデにする。 それが正解なんだ。

「でも、もう梓に意図がバレちゃっただろ。 笑いで勝負するのは難しいな。」
「そうね。 直接対決で雌雄を決するしかないかしら。」
「あずにゃんをボールにしたあずにゃんテニスとかよくない?」
「やれるもんならやってみてくださいよ!!!」
バカな事ばかり言ってるみんなを傍観していた澪先輩が、ぼそりと呟いた。


「音楽で勝負しよう。 梓がギターでリードして、私らが即興でジャムる。 梓が一番と認めた奴が勝ち。 これなら軽音部らしいだろ?」
みっ、澪先輩! 目でごめんねと言ってるのが分かる。 勝負をダシにして、見事に練習する方向に持ってった。
ジャムって。 そんなの基礎がしっかり出来てないと惨憺たるものにしかならないですよ!?
普段真面目に練習してない人がするような事じゃないですってば! そんな内心の葛藤を見透かしたかのように、澪先輩が言う。

「梓。 出たとこ勝負でいいじゃないか。 きっかけはどうあれ、みんなやる気になってる。 音楽って、それでいいんだよ。
さぁやるぞ、って気合入れるのもいいし、こういう日常の中から、何気なく生まれてもいい。
たださ。 まずは、音にしてみなくちゃ、始まらないだろ。 梓が、部を引っ張る。 そういうのもアリじゃないかな?」
私が、引っ張る。 ……それは薄々気付いてた言葉。 気付いてたけど、付き合い方の分からなかった言葉。
そうなんだ。 先輩達は来年、一斉に卒業してしまう。 その後、私の周りに誰がいるかは分からない。 手を引いてもらう事はできない。
私の音楽は、自分で作らなくてはいけないんだ。 私は、なるようにしかならないと、軽音部を諦めの気持ちで見ていた部分があった。
でも、これではいけないんだ。 他のみんなは、自分の意思で、付き合いたいように音楽と付き合ってる。
私も、そうしなくっちゃいけない。 軽音部の一員として! 澪先輩。 私……やります!

「……分かりました。 皆さん、スタンバイお願いします。 酷い演奏したら、ビシビシ斬り捨てますからね。」
「よしきた!」
「なんだかドキドキしてきちゃう……。」
「……あずにゃん。 私、ジャムって初めて。 うまくいかないかもしれないけれど……頑張るからね!」
屈託無く笑う唯先輩に、思わず笑顔が漏れる。 私だって恥ずかしい演奏はできない。
技術を使おうという気持ちと、感情のままに弾こうという気持ちのバランスが、ベストの位置にあるのが分かる。
それは、認めてしまうには多少のわだかまりがあるけれど。 やっぱり、この仲間達と一緒だから。
……よし。 いいよね、梓。 今、私にできうる限りの、最高のパフォーマンスをする。 それだけ。 行くよ、私のAパーツ!
始めます!

「……ジャムって、凄いんだなぁ。」
「……うん。」
時計を見れば、わずか15分しか経っていない。 その15分で、私たちはもうボロボロだ。 両親とジャムった事はあったけど。
ここまでの物とは気付かなかった。 まるで5人が融和して、1人になったような。 とりたてて早いペースで弾いたわけでもない。
思うままに掻き鳴らしただけの旋律が、5人がいるというそれだけで、こんなにも別世界の代物に成り代わるなんて。
鳥肌が収まらない中、私たちは言葉もなく余韻に浸っていた。

「梓。 どうだった? 誰が、ベストだった?」
澪先輩が問いかける。 誰が、か。 誰が欠けたって、今の音はできあがらなかった。 それは確か。
……技術で言えば、ムギ先輩が一番だ。 けれど、それ以上に。 私が崩れそうな時。 いつも支えてくれた人がいる。
それはその人にとっては、とても自然な事で。 いちいち意識するでもなく、自然と寄り添う事のできる人。
私の音だけじゃない。 その人がいるだけで、バラバラの音が1つに繋がった。 みんな分かってる。 きっと、本人以外は。

「……。 私の思う、ベストは。 唯先輩、でした。」


「えーーーっ!!!? わたし!!!???」
「そだな。 唯のギター、最高だった。 でも私のドラムもいい感じだったよね!」
「うん。 私も唯がベストで賛成。 律はどうかなー、ふふ。 ま、私がこれまで聞いた中では一番だったかな?」
「梓ちゃんの権利は唯ちゃんが総取りか。 ざーんねん。」
みんなが誉めそやす中、唯先輩だけが戸惑った顔をしている。 本当に変な人なんだから。
そういうとこ、どう思うかって言われたら、私もちょっと素直には言えないけれど。

「わ、わたし、ただ一所懸命やっただけで、このままずっとみんなと音楽やれたらいいなって……照れちゃうぜ、いぇい。」
「あ・く・ま・で、今日の時点でベストって言ってるだけです! 唯先輩はムラっ気ありすぎです! 調子に乗らないでください!」
調子に乗りそうな所に釘を刺す。 あぁっ。 しゅんってうなだれちゃった。
少し唯先輩の目元が沈んだだけで、こんなに胸が痛むのなんでなんだろう。 どうして私っていっつも一言多いのかな。
違うんです、唯先輩。 今、言いたかったのは、そんな事じゃない。 本当に言いたかったのは。

「でもっ。 わたし、唯先輩のギター。 …………大好きです。」
みんなが目を丸くして私を見る。 あっ、あのですねぇ、そこまで驚かなくてもいいじゃないですか。
私だって、たまにはその、素直にっ。 ちょっとムギ先輩! 鼻血出さないでくださいってば!
わっ! 唯先輩にぎゅっと抱きつかれた。 今ではもう、キライじゃない圧迫感。 でも言わない。 言えないよね、そんなの。

「……えへへ。 あずにゃん、さっきはちょっと言い過ぎたかな、って思ってるでしょ。 優しいね。」
「べ、別に思ってません。」
「うっそだぁ。 ちょっと言い過ぎたかな、でも甘やかすと図に乗るからな、ドン亀の癖に調子乗んなよ!って思ってる顔だよ、それ。」
「それは本当に思ってないですよ!!!」
ジャムの余韻と唯先輩のぬくもり。 言葉にならないけど、ね。 きっとこれが、私の音楽に対する付き合い方の、答え。

唯先輩の手が、優しく私の髪を梳く。 好きなようにさせてあげます。 でも、今だけですからねっ。
くるくると、指に髪の毛を巻きつける。 私の顎を持ち上げる指先はすっかり硬くて、決して練習を怠ってはいない事が伺い知れる。
そうだよね。 知ってるもん。 唯先輩が、隠れて頑張ってるの。 だから、いいよね。 今日くらい唯先輩の事、甘やかしても、さ。
唯先輩の頬が柔らかい。 近付いてくる唇は、化粧っ気も無いのに綺麗で……って。 えええ!!?

「きゃああああ!!!」
「あうぅ!?」
ぺしぃいん! 反射的に平手打ちしてしまった。 涙目になる唯先輩は、うちひしがれた小動物さながらで、胸がきゅうんとなる。

「うぅ……。 酷いよ、あずにゃん。 私だって女の子なんだよ? こんなに優しくされたら、勘違いしちゃうよ。
今日頑張れたのだってあずにゃんのおかげ。 私があずにゃんを好きなの、分かってるくせに。 私が嫌いなら、はっきり言って!」
むぐっと赤くなる。 べっ、別に、嫌いとかじゃ。 だって、それとこれとは話が別だもの。 そりゃ、まぁ。
煩わしいと思わなくはないけれど、唯先輩のコミュニケーションが好意に基づくものだというくらいは、いくら私でも分かる。
認めてしまうのは癪だけど、本当に嫌いな人にこんな真似させるわけ、ないし。 でも。 でもね?


「だ、だって、そう。 私と唯先輩じゃ、女の子同士じゃないですか! それって、普通じゃないですよね?」
「普通じゃなかったら駄目なわけ? それじゃ売れっ子ミュージシャンにはなれないぞー。」
むっ。 律先輩は普段から変だから平気かもしれませんけど! 私はそういうの気になるんですっ。

「相手の人となりを好きになったら、たまたま女の子だった。 そ、そういうの、あるかもしれないし。」
えぇっ。 澪先輩も肯定派なんですか!? う、うーん、さすが澪先輩。 言う事には一理あるような……ないような……。

「少女たちの心の結びつきが何故美しいかを語るならばまず古代ギリシアの時代まで遡らなければなりません時は紀元前サッポーという名の」
「せ、先輩たちの言う事は分かりましたけど。 そんなのいきなり言われても、困ります。」
癇に障る所もあり、憎めない所もあり。 私の唯先輩に対する気持ちは、そう単純なものでもない。
女の子同士。 しかも、憂のお姉さんでしょ。 じゃあ試しにお友達から、なんて気軽に言えるようなものじゃないよ。
ムギ先輩がなぜか寂しそうな目でこっちを見ているけど、きっと私のこの気持ちを感じてくれてるんだと思う。

「ゆっ、唯先輩の事は、他の人より……好きかも、ですけど。」
「えっ! ほんと!!?」
「まぁ!」
「でっ、でも! 私には無理です! 世間体には、勝てませーん!!!」
「梓ちゃんの意気地無し!!!!」
ばちーん! いっ、痛い! ムギ先輩のパワフルびんたが炸裂した。 ふおおお。 残る! これ、痛みが残る!!!
何するんですか! ガチの一発じゃないですかこれ! 口の中切れるかと思いましたよ!

「今のが唯ちゃんの心の痛みよ!」
「えっ。 ゆっ、唯先輩の。 心の、痛み……。」
ばちばちーん! あうあう! えぇっ!? またぶつの!? さっきより更に痛い! これが往復びんたって奴なのー!?

「そして今のが、この私の心の痛み!!!」
「ムギ先輩の痛み!!!?」
なぜムギ先輩の心痛を私が負わなくてはいけないのか分からないけど、滅茶苦茶心を痛めてるのだけは分かった。 うぅ、鉄分の味が……。

「世間体くらいで挫けてしまうような子、こちらからお断りよ! そんな子、ぜんっぜん唯ちゃんに釣り合いません!」
「つ、釣り合う釣り合わないなんて余計なお世話です! 大切なのは当人同士の気持ちじゃないですか! ……あ。」
やってしまった。 心の奥にしまって、頑なに見ないようにしてた私の本音。
倫理とか、世間体とかを超えた所にあるそれを、十数年で植えつけられた私の良識は許してくれなくて、ずっと認められずにいた。
ひた隠しにしていたそれは、そのたった一度の過ちを逃さずに、静謐な部室の空気に、ゆらゆらと逃げ出した。

「あずにゃん……わたし。 わたし。」
「ちっ、ちがっ。 唯先輩、これはですね。」
この期に及んで、悪あがきで逃げ道を探している私の肩を優しく叩いたのは、誰あろう律先輩だった。


「なぁ、梓。 今はそれでいいと思うよ。 人を好きになる事の本質なんて、私たちみたいな子供に分かるわけないよ。
それは、これからでいいさ。 これからの事はこれから考えよ。 私達、発展途上だぜ? 今できるなりに頑張ればいいさ。」
「……律先輩。」
優しい言葉。 それは、唐突に白日の元に晒されて、今にも形を保てなくなりそうだった私の心を、優しく律してくれて。
もう私も分かっている。 いつもいい加減なように見えて、苦しい時は必ず助けてくれる。 それが律先輩。
私は感謝を込めて律先輩を……ぶふぉっ!!
律先輩はいつの間にかまたハゲヅラを被っていた。 不意を突かれた私は笑いを抑える事ができず、ごろごろと転がり回る。

「いぇーい、今日一番の大笑いー。 争奪戦は私の総取りね。 梓は今日から私の彼女だぞ〜。」
「あーっ、りっちゃんずるい! 今のは反則だよー。 ノーカンノーカン!」
「り、律! たまたま女の子と付き合い始めるとか。 そういうの、よくないと思う!」
ひはひは。
本当に、なんでそんなにも真面目さが続かないのだろう。 私の煩悶なんてどこ吹く風でふざけだす先輩達。
せっかく心の奥底から顔を覗かせた私の真心は、行き場を失って宙ぶらりんのまま。
もう、早く話の続きをしましょうよ。

3分。 5分。 10分経った所で、さしもの私も、話の続きなんて立ち消えになった事に、薄々気が付いてきた。
あっ、あれ。 何なのこれ。 今の今まで、私が主役だったんじゃないの? どうしてこんな脈絡もなく部外者になってるの?
ねぇ唯先輩。
私達の問題はどうなっちゃったんですか。 なんでそんな何もかも忘れたように、無邪気に遊んでられるんですか。
手をふりふり振ってみるけど、唯先輩は律先輩とじゃれるのに夢中。 ねぇねぇ。 ねぇってば!
……この人、やっぱり、ソリが合わない。 生まれながらのツッコミ体質が、一言言わせずにはいてくれない。

「唯先輩! もっと真面目にやってくださいっ!!」
「おぉー、叱られちった。 うん。 いつものあずにゃんだね。 ね、あずにゃん。 おそよう!」
イラッ。 私の怒りなんてどこ吹く風で、ニコニコ笑う唯先輩の顔には、まったく他意は無かった。 むかつくほどに。
この人、本当に、話の続きする気無い。 ……私だけ変に意識しちゃったら、損だって。 分かってた。 分かってた、のに……うぐぐ。
どうしようもない怒りが込み上げる。 む、ムキになるな、私。 ムキになるから、先輩達が、面白がって……面白がって……。

「むっきぃぃぃーーーー!!! やっぱり我慢できませーーーーん!!!!」
「どっからでもかかってきなさーい!!!」
ばたばたと先輩達を追い回す。 我関せずと、一人だけ机に座って紅茶を楽しむムギ先輩。

「……ふぅ。 あ、ひょっとして。 おはよう、ございました、なのかしら。 うん。 これなら辻褄が合うわ……。」
ばたばたばた。
忘れられない日になるかもしれなかった放課後は、ムギ先輩の独り言とともに、優しく黄昏へと埋もれていった。

おしまい

このページへのコメント

ギャグセンスが秀逸すぎて、何回も吹いてしまったw 特にムギちゃんの扱いが最高www 面白かったです

0
Posted by TOMO 2009年07月04日(土) 20:33:41 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

どなたでも編集できます