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著者:6-113氏


「なぁ澪、手、繋がないか?」
そう言ってこちらを向く律。夕日を背にしているお陰で、何だか綺麗な絵画に描かれている女性のような美しさを律は纏っているように見えた。
今まで見たことのないような綺麗な姿をしながら、律の顔はこれまた今まで見たことのないほどにしおらしい表情を浮かべていた。
そしてぶっきらぼうにこちらに差し出された右手。とてもあの力強く走っていくドラミングを生み出しているものとは思えない小さな小さな手。
しっかしこいつは突然何を言い出すんだろうか、とは思ったけれど、
「ねぇ、澪……だめ……?」
だとさ。まぁこれで何となく合点がいったので、弱弱しく伸ばされた手に左手を重ねた。
するとぱあぁっと律の顔が晴れる。まぁほんの一瞬だけだったけどね。さぁ、後はこいつが口を開くだけだ。
「私は何だって聞いてあげるよ。だから遠慮しないで言いたいこと、言いな?」
「うんっ、ありがと」

それから律は一言一言を、まるで音楽室に置いてあるアンプほどの重さを含ませて吐露していった。
「私さ、昔っからさ、いっつも澪と一緒だったよね」
「うん」
「でもさ、もうすぐ私たち卒業じゃん、高校」
「そうだね」
「澪の入りたい大学には多分受かんないじゃん、私」
「そうか? 頑張ればなんとかなるんじゃないか?」
「澪がずうーっと付きっきりで勉強教えてくれるならね。それだったら私、多分東大だって入れちゃうよ」
「さすがにそれは無理だろ……」
「そんなことないって! 私、澪が一緒にいてくれれば何だって出来る」
「そこまで評価してくれてんのか。ありがと」
「当たり前じゃん、だって私、澪の事大好きだもん。だから何だって出来る」
「……」
「でもさ、澪だって澪の勉強があるんだし、そんなこと絶対に出来ないでしょ」
「そう、だな」
「てことは、澪とおんなじ大学には入れないわけで」
「……」



……所々、恥ずかしくて聞いてらんないような台詞が混じってたが、そこはまぁ置いといて。
率直に言おう、このごく稀に見せる律のこのしおらしさが私は苦手だ。
何を話すにしてもやりづらいし、いつもの律からのギャップが私の調子を狂わせる。
しかし私が今の律に対するチューニングが追い付いてないというのに、そんなことはお構いなしに律は私をどんどんと置いてけぼりにしながら独白という名のソロパートを突っ走る。
「私さ、ずっとずっと澪と一緒だったからさ、これから澪と離れてやっていく自信なくってさ」
「正直さ、この高校でも澪と一緒にいたから、唯にも、ムギにも、梓にも会えたんだし」
「和にだって、憂にだって、さわ子先生にだって会えなかった……」
「体育館の、ステージから、ぐすっ、演奏見に来てくれた人たちの、笑顔とか……」
「みんなの、後ろで、ドラム叩きながら、すんっ、見えた景色とか……」
「ぐすんっ、合宿にいって、んっ、それから、放課後に、お茶したり、とか……」
「れん、しゅうとか、しないで、うぅっ、迷惑、ばっかり、ひっ、んっ、かけたりとか……」
「そういう、こと、ぐすっ、みおが、いなかった、ら、えっぐ、でき、んっ、なかった……」
ついに泣きじゃくりながら律はその場に足を止めてしまった。
流れる涙を最初は指で掬ってあげていたのだが涙腺の緩みは徐々に増し、最終的には決壊。雫はとめどなく溢れ、もう止められないのを律も悟ったのか、今では眼を抑えることもなく頬を滝のように伝っていく。



律がこんなに泣いているのを見たのは、これで2度目、かな。私たちが中3の頃、季節もちょうど今日みたいな、そろそろマフラーを巻こうかなぁ、なんて考えてしまうような寒い寒い初冬のある日の帰り道。
高校受験を間近に控えた中学3年生だった律は今日と同じように、さっきみたいに儚げな、そして15歳のまだ幼さ残る声で私と手を繋ぐことを求めて。
あの時も律は「私と一緒の高校じゃなきゃヤなの!」とか言って泣きじゃくってたっけ。それに比べると、律もずいぶん成長したんじゃないかな。
結局は勉強教えてくれってことだったんだけど、まだまだ子供だったあの頃の私は、初めて見た律の泣き顔と、私自身も律と離れたくないって思いとが入り混じって、私にも火が点いちゃってね。あの日から受験日まで猛勉強させて。
今考えると律も頑張ったわよね。最終的には合わせて100点近く点数上がったし。
そのお陰で桜が丘高校に2人とも無事合格。あの時は律よりも先に私が泣いちゃったんだっけ。

何か色々言い包められて軽音部にも入部し、唯、ムギ、梓のかけがえのない3人の仲間とも出会えた。
ベースを弾き始めるきっかけも、軽音部に入るきっかけも、律が作ってくれた。
恥ずかしがり屋の私だけど、律がいてくれたからあんなに大勢の前で歌を唄うことが出来た。
他にもこの3年間、律には数々のきっかけを作ってもらったし、嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと……沢山の思い出を律が作ってくれた。
もちろん、律からだけじゃないけどね。唯やムギ、梓にも沢山もらったし、そんなみんなとバンドを組めたことは、いつまでも思い出として色褪せないものだと思う。
迷惑もたくさんかけた。まぁそれ以上に律には迷惑をかけられまくったけれどね。
とにかく律には感謝している。言葉で伝えきれるかどうか分からないくらいにね。



――だからこそ、律と離れようとした。

律の事を嫌いになったわけではない。私だって負けないくらいに律の事、好きだし。これ以上律を想える人が現れないだろう、ってくらいに。
でも、いつまでも一緒にいるだけでは2人の為にならないんじゃないかって、最近思い始めた。
だから、失礼だけど律には到底届かないくらいに難しい大学を第一志望にしたし、最近は休日も勉強に打ち込んでいるから律とはもちろん会っていない。
音楽室にも行かないようにし始めたし、帰りも図書館に勉強しに行っている。だから、律と一緒に帰るのは……2、3週間ぶりくらいかな?
それくらい最近は徹底的に律を避けてた。親離れとか子離れじゃないけど、律離れってやつかな。
そうしないと、私も律もお互いへ縋らないとその場に立っていることさえ出来なくなる。
何の為の2本の足なのだろうか、なんて思い始めたら、今度はきっと互いを責め合って終いには律と顔も会わせられなくなっちゃう。

そんなのは絶対に嫌だ。
もたれ掛かり合いながらも、ちゃんと自分を持って相手と接する。
その距離があるから、私は今でも律に惹かれ続けているんだ。
その距離をキープするためには、律との距離を開けなければならない。そう思った。いや、そう思わなければ私は不安に押し潰されてしまうから。



夕日も翳り、あちこちの電灯に灯がともる。賑やかな子供の声の聞こえる先には、どこにでもある一軒家の温かな団欒の時。おいしそうな夕食の匂いがその家族にさらなる彩りを添える。
律が立ち止まってどれほど時間が経っただろうか。
体が干上がってしまうんじゃないかというほどに涙を流し続けた律だったが、今ではその水流の勢いは落ち着きを見せ始めていた。
「んっ、ありがと」
「そろそろハンカチでも大丈夫だろ?」
そう言って私はハンカチを手渡す。
「あの泣きっぷりじゃ、バスタオルくらい大きくないと駄目だろうしな」
「うるさいなぁ……澪、ごめんね」
「何で謝るんだ?」
「だって沢山時間取らせちゃったし……ホントは勉強しなきゃいけなかったんだろ?」
まったく、人の気も知らないで。勉強と律、どっちが大切かなんて比べる必要もないことだってのに。
「人をガリ勉みたいに言うなっ」
「あいてっ」
私はそんな柄にもない事を言い出す律に優しく手刀を入れる。
そう、この距離間を大事にしなければいけないんだ。
「澪、ホントにありがとう」
「そんな、お礼を言われるようなことなんかしてないって」
「ううん、泣いてる私の側にいてくれたことじゃなくって――」



「私の為を思って、距離を置いてたんでしょ?」
そう言葉を紡ぐと、澪はまるでフジツボのお化けでも見つけたかのように目をひん剥いた。
良かった、図星で。私の事を嫌いになって本気で勉強していたなんて思ってたなら、さっきよりももっともっと涙を流すとこだったよ。
私はね、10年以上も澪と一緒にいるんだから。人生の半分以上だよ? それくらい一緒にいるんだもん、澪の考えなんてお見通しなんだから。
「あ、いや、ち、ちがっ」
あはっ、慌ててる慌ててる。もう答えを言っているようなもんじゃないか、秋山クン?
「それとも何か違う理由でもあるのかね? ほれほれ、あるなら言ってみなさいよぉ」
いつもの調子で澪をおちょくる。けれど澪はいつもの様にムキになって反論しようとしない。というより何で下を向く?
「半分、正解……」
半分。半分は正解。
半分? ってことはもう半分は……なんだ? やっぱ勉強も、したいのか?
先ほどまで頭の中にあった不安の種が――さっき、その不安も杞憂に終わったと思ってたのに――再び顔を出し、急速に私の心の中を塗り替えていく。
何でだろう、澪がいるのに心細い。足元のコンクリートが心許なく感じる。
さっきあれほど涙を流したというのに、涙腺がまた活発に動き始めた。どうしよう、また泣きそうだ。
暗がりに引き摺り込まれた私を澪は黙って見つめている。ねぇ、なんで手を差し伸べてくれないの? お願い、早くここから出して!



「……もう半分は、私のため」
澪は消え入りそうな声でそう呟いた。
その言葉は真っ暗闇にいる私を掴んで――クエスチョンマークが一面に浮かぶ空間まで無理やり誘ってくれた。
……自分の、ため? んっ?? どゆこと???
その言葉の意味を解読、理解しようとしたのだが、無数のはてなマークが私の頭の処理速度を鈍らせる。
「……?」
「……」
「……??」
「……もう、少しは頭を働かせろよ」
そ、そんなこと言ったって……。通常モードの私ならそこそこマトモな答えに行きつくんだろうけど、今はとってもじゃないけど無理だってば。
さらに増殖中のはてなマークに澪は呆れ顔。しばらくすると、私の頭に観念したのか、澪は一言一言を丁寧にゆっくりと話し始める。



「恥ずかしいからな、もう二度と同じ話はしない。てか出来ない、絶対無理」
「……私さ、律の事好きなんだよ。も、もちろん、友達として、ね」
「で、もう3年じゃん? 私たち。これからの進路とかも考えなきゃいけないじゃん」
「その時思ったんだよ。私、今までずっと律と一緒にいたんだなって」
「律と一緒だといつもどんな時でも楽しいって思えるんだ、私。喧嘩もしたけどさ、この3年間楽しくて仕方がなかったし、高校以前もそう」
「今まで沢山の思い出を律からもらったよ。本当に感謝してる」
「でも、いつまでも律と一緒にいれるわけがないってことに改めて気づいた。まぁそんなことにはもっと前から気づいてたけど、律といるその瞬間が楽しくて見ないふりをしてた」
「しかも、その時間が有限だと思えば思うほど律が気になっちゃってさ。ははっ、なんだか片思いしてる子の思考みたいだな」
「だからさ、律から離れなくっちゃって思い始めたの」
「ごめんね、私のわがままに付き合わせちゃって。でもそうする以外に無いと思ったの」
「私、今までずっと律に依存してたから。そして多分、そう思わなければこれからもずっと律に依存し続けると思う。そしていつかその私の感情を律が疎ましく思い始める」
「そうしたら本当に離れ離れになっちゃうじゃん。そうならない為にも今、自分から離れようと思ったの」
「だって、これからも律には私と一緒にいてほしいし、私だって律と一緒にいたいんだもん」
最後にもう一度、わがまま言ってごめんなさい、と澪は頭を下げた。ぽろぽろと涙を零しながら。
あぁもう。これ以上私を泣かせてどうするつもりだよ。澪のハンカチ、使い物になんなくなっちゃったじゃんか。



「で、勉強の方はどうなの?」
「ん、まぁぼちぼちってとこかな」
「いやー、さすがにその大学は一夜漬けじゃ無理だな」
「計画性を持てっ!」
再び私たちは歩きだす。私は律の手を、律は私の手をお互い離れないように繋ぎながら。
陽のある頃に学校を出たつもりなんだけどなぁ……今では、空はもう漆黒の闇に包まれている。
その黒にまるでシュガーパウダーを振ったように輝く星たち。
思わずその瞬きに目を奪われていると、大きな大きな流れ星が一つ、ひと際大きな輝きを放って流れていく。
何を願おうか、と考えているうちに流れ星は消えてしまい、まぁ一瞬だし仕方ないよなと一つ溜息を洩らす。
「おー澪ー、どうしたんだ? まだ悩み事かー?」
「このバカが一夜漬け以外の方法でどうにか大学に受かりますように、ってお願いしようとしたんだが間に合わなかった」
「あはは、そりゃ残念」
そう言って笑う律。その笑みはさながら先ほどの流れ星のような輝きをもっていて。

そして私は気付くんだ。なぁんだ、すぐそこに流れ星はあるじゃないか、と。
しかも、本物よりもずっと光り輝いていて、そしてずっと私の側に消えないでいてくれる。
これなら何個でも願い事を頼めるな、って私は少し欲張りになってしまって、強欲だなぁと苦笑してしまう。
じゃあ願い事は一つだけにしようと思う。一気に沢山もお願いされては流れ星だって困るだろうし。
そして私は、今一番叶ってほしい願い事を一つこの星に祈った。
これならきっと、このぐうたらでずぼらな星だって叶えてくれると思うんだ。

――この幸せがいつまでも続きますように。
ってことだから。

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