2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

著者:◆C/oSFSeeC2氏


土曜日。
天気予報が嘘をついて。
どしゃ降りの雨が降った。
今日は出かけなくて正解だったわね。
・・・ムギにもフラれちゃったし、ね。

ムギと恋人になってから。
ムギはほぼ毎週末、約束もなしにふらりと私の部屋に来て、一日を過ごし、夕飯を食べた後、最後にキスをして帰っていくのが普通になっていた。
部屋に来るなり、「さわ子さん!遊園地行きましょう!早く早く!」となることもあれば、「おはようございます〜」と寝ぼけている私にキスをして、ベッドに潜り込んで、一日中そのまま、という事もあった。
・・・まるで猫みたい。

放課後ティータイムの他のメンバーに聞いてみたが、この気ままさは私だけに発揮されているようだった。
その事は私にとって心地よい事実だった。
私だけに甘えるムギが可愛かったし、ムギに振り回されるのが楽しくてしょうがなかった。
猫と違って、来られない時だけ、ムギから連絡があった。だから私もどうしても部屋にいられない日はムギに連絡した。
今日はそんなムギの来ない一日。平凡に終わる一日のはずだった。

1人の夕飯を食べて。
安物のワインを飲んで、そろそろ寝ようかな、と思っていた時だった。
部屋のチャイムが激しく連打される。
「・・・誰よ、もう。こんな時間にぃ・・・」
ワインで酔った頭でインターホンに出る。
「はぁい。山中です。」インターホンはしばし無言。
「さわ子さぁん・・・私です。お願い、助けて・・・」
「ムギ?」
酔いが一気に覚める。只ならぬ様子に玄関のドアへ駆け寄る。

ドアを開けると、ずぶ濡れのドレスを着たムギが泣きながら立っている。
「さわ子さん・・・私・・・」
「・・・いいから。まず入って?」
ただ事じゃない。こんな展開、テレビのドラマだって、非現実すぎてやらない。
ただ、ムギならこのくらいのことがあっても不思議じゃない。
だいぶ、私もこなれてきていた。

ムギをお風呂に押し込んで。
着替えを準備して、持って行く。・・・ブラのカップが合わないかもしれないけど、この際しょうがない。
ムギの脱いだずぶ濡れのドレスを摘み上げて途方にくれる。
「・・・ドレスってどうやって洗ったらいいのかしら。」
私が作る舞台衣装のドレスもどきならともかく。どんな材質が使われているのかすら想像が付かない。
念のため、ひっくり返してみたけど、材質や洗い方を表示してるタグ・・・あれ、ケアラベルっていうんだけど・・・は付いてなかった。
そりゃそうだ。きっとこのドレスはムギのために一品一様で仕立てられた物。
ケアラベルなんかついてるわけがない。そもそも洗う事を前提として作られているかどうかすら怪しい。
「普通のクリーニング屋さんで扱ってくれる、かな・・・」
とりあえず、ハンガーにかけて干しておくことにした。

しばらくするとムギが髪を拭きながら、バスルームから出てきた。
私の部屋着のスェット姿はなかなか斬新だ。
私は作っておいた温かいミルクティーを渡しながら。
「大丈夫?ちゃんと暖まった?」
ムギはこく、と一口ミルクティーを飲んで、ようやく微笑んだ。
「・・・おいしい。」
「それは良かったわ。でも市販のティーパックだから、きっと錯覚よ?」
彼女が普段飲んでいる紅茶とは比べるのが失礼なほどだろう。
「ううん。」
ムギはかぶりを振った。
「さわ子さんが私のために作ってくれたからおいしいの。」
・・・抱きしめてもよかですかいっ。
心の中でつぶやいて、敢えて平静を装った。
「・・・ばか。照れるからやめなさい。何があったか、聞いてもいい?」
「・・・はい。」
ムギは顔を伏せて気まずそうに上目使いでこちらを見ながら。
「あのぅ・・・怒らないで聞いてくださいね?」
・・・ああっ、抱きしめたい、踊りかかりたいっ。許すっ!なんでも許しちゃうっ!
でも私はにっこりと大人の微笑みを浮かべた。
「内容によるわ。とりあえず話してみてご覧なさい?」

「実は・・・この間、私、お見合いのお話をいただいたんです。」
「え?だってムギ、まだ大学に入ったばっかりじゃない?」
「でも、結婚できる年齢です。色々な企業の社長の息子さんからお話をいただいてるみたいなんです。」
そっか。そりゃあそうよね。ムギのお父さんのグループ相当大きいらしいし。
しかも娘は頭脳明晰、容姿端麗、性格抜群。これで見合いの話が来ない方がどうかしてるわ。

ムギはぽろぽろっと大粒の涙をこぼして。
「わっ、私っ、絶対嫌だって。私には好きな人がいるからって。断ったんです。」
「そしたら、父様はそんなの若いうちだけだって。お金持ちで将来も有望な男の人の方がいいに決まってるって。」

ずきん。胸の奥の方が痛む。
そりゃ、そうよね。私だってそう言うわよ。
・・・こんなにこの娘のこと、好きになる前だったら。
そんなの、一人前の大人なら誰だって分かってる。
・・・だってしょうがないじゃない。好きになっちゃったんだもの。

「今日は家族で食事に行くことになっていて。車の中で、そのお見合いの相手も来ることを聞かされたんです。」
「そんなのずるいって言ったら、父に怒られて。で、赤信号で車が止まった隙を見計らって逃げてきちゃったんです。」
「そう・・・。」

いいんだろうか。この娘は本当に多くの人に愛されて何の不自由もなく育ったんだろう。
このまま、いい人と結婚したら、きっと何の苦労もせず、幸せに暮らせるはず。

「ひぐっ・・・わたしっ・・・父様に逆らったのなんてっ・・・生まれて初めてでっ・・・」
「怒られたのだってっ・・・小学生の時以来でっ・・・」

私はじっとムギを見つめた。
あの、ひまわりみたいに笑うムギが、今は涙を流してしょんぼりしている。
着ている物といったら、一品物の高級ドレスがだるだるのスェットになっている。
好きになっちゃったから?私がこの娘を不幸にしていいものだろうか?

ムギは私にすり寄ってくる。
「さわ子さぁん。抱きしめて。抱きしめてくださぁい。」
私はずるい。
泣いているムギを一人にしたくなくて、なんて自分に言い訳。
その柔らかい身体を抱きしめて。耳元で囁く。
「大丈夫。大丈夫だから、ね。ムギ。愛してる。」
一人になりたくないのは私。そんな事、分かってる。
・・・うるさい。言われなくたって分かってるわよ。

ムギにせがまれる前に私はキスをして。
優しいフリをして、ムギをベッドに押し倒した。

翌朝。

部屋の呼び鈴が鳴って、目が覚める。
・・・なんとなくそれが誰かは分かった。
寝ぼけているムギを揺り起こして、ベッドの下に隠れさせる。
半乾きのドレスとムギの靴を押入れに放り込んで、寝ていたフリをしてインターホンに出る。
「・・・はい、山中です。」
「琴吹の家の者です。お嬢様をお連れしに参りました。」
「はい?・・・なんのこと?ムギは昨日は来てないわよ。」
「こちらにいらっしゃるのは分かっております。」
「冗談じゃないわ。教員の休日は貴重なのよ。大変申し訳ありませんがお引取り下さい。」
「不本意ですが、実力行使させていただくことになります。よろしいですか?」

インターホンに怒鳴りつけようとした時。
「・・・さわ子さん。いいです。私、一度帰ります。」
いつの間にかムギがベッドから出てきて、隣にいた。
手には半乾きのドレスと靴。
私は声を潜めて。
「ムギ。ダメよ。隠れてて。」

ムギはにっこりと笑った。
「さわ子さんに迷惑かけたくないんです。ごめんなさい。逃げ込んでおいて今更、ですけど。」
ムギはインターホンに向かってきっぱりと言った。
「紬です。この方やこの部屋に乱暴を働いたら絶対に許しませんよ。斉藤?そこにいるの?」
「・・・紬お嬢様。斉藤は昨日付けで退任いたしました。お父様のお怒りを買ったようで。」

斉藤さんって・・・確かムギの執事でムギとお母様を除くとただ一人、お父様を怒らせずに話ができる人だったんじゃ?
それが即日付けでクビになるほど怒らせたということは。

何についてどういう対応をしたのか、容易に想像がつく。
「・・・もう!いいわ、父様と直接お話しします。もう5分お待ちなさい。」
ムギはインターホンを切ると名残惜しそうに私にキスをした。
「さわ子さん。ごめんなさい。私、きちんと話をしてきます。」
「ムギ、だけど・・・」
「また連絡します。次の土曜日はお出かけしましょう?私、お弁当作ってきますね。」
ムギはいつものひまわりみたいな笑顔。だけど私は目を伏せた。
「あ、あの!」
ぎゅう、と拳を握り締める。
「・・・私にできること、ある?」
ムギはきょとん、として。
「大丈夫、ですよぅ。単なる親子ゲンカですから。」
またにっこりと笑った。
「あ!じゃあ、さわ子さん!」
ムギは私の首に両手を回して。
「キスしてください。愛情たっぷりのヤツ。」
私は自分でも気付かないうちに涙を流していた。

「ムギ・・・ごめん、ね。」

「泣かないでくださいよぅ。ふふっ、いつもと立場逆ですね。」
ムギは私の涙を舐め取ると。もう一度おねだり。
「ね、キスして下さい?」
私はムギを抱きしめて唇を重ねた。
お互いを貪るように激しく。
やがて焦れたように玄関の呼び鈴が押される。
「・・・もう!気が利かない人達!」
ムギはちょっと笑って言った。
今、離しちゃいけない。そんな気がして手を伸ばしたけど。
ムギはふい、と離れて。
「じゃあ、さわ子さん。また来ます。」
と笑顔を浮かべて、扉の向こうへ消えた。

一日目。
メールをした。返事は返ってこなかった。
携帯に電話をかけてみる。何度も。伝言はいつも同じ。
「ムギ。大丈夫?心配だよ。逢いたいよ。」

二日目。
電話にはやはり誰も出ない。
私は嫌な予感が現実になったことを知る。
夕方、私の携帯が鳴った。
飛びつくように手に取る。ムギだ!
「もしもし、ムギっ?」
なのに携帯からは冷静な男性の声。
「大変失礼いたしました。琴吹の家の者でございます。紬お嬢様からどうしてもご連絡先をお教えいただけなかったので。」
「内密にお願いがございます。できればお住まいの方へ伺わせていただきたいのですが。」
「・・・ムギと話をさせてもらえないの?」
「紬お嬢様は別室にいらっしゃいますので。」
「・・・分かりました。今日の夕方、早く帰るようにするわ。私の自宅でお会いしましょう。」

「お話というのは他でもありません。」
先日、ムギを連れに来たのと同じ男の人だった。
今更疑ってもしょうがないので、部屋に入ってもらった。
おいしくないティーパックの紅茶を出す。
「紬お嬢様から伺っておられるかもしれませんが。紬お嬢様はある企業社長の御曹司とお見合いをされます。」
「急遽、明日行われる事になったのですが、どうしてもお嬢様に納得いただけません。」
「・・・明日!」
「あなたからお嬢様を説得してほしい、と主からの伝言です。」
「私から?冗談でしょ。頼む人を間違えてない?」
「・・・薄々は気付いておられるのではないですか?」
「何に。」
「あなたではお嬢様を幸せにできないことに。」
「・・・はっきり言うのね。」
「分かっておられるのではないかと思っておりましたので。」
その男の人は黒いスーツケースを取り出した。
「主からこれを預かってきております。どうかお納め下さい。」

ばかっ!とスーツケースが空くと大量の札束。
こんな大金、映画でしか見たことないわ。
「何、これ。」
「・・・お嬢様をご説得いただくのでしたら、そのお礼かと。」
「要するに手切れ金ってことね。」
「・・・ご了解いただけますでしょうか?」
私はスーツケースをばぐん!と閉めた。
「ふざけんじゃないわよ。こんなものであの娘と別れろってこと?」
「・・・主がお嬢様の幸せを考えた結果、せめてものお詫びということではないかと思いますが。」
「うるさい!」
私は耳を塞いで怒鳴った。
「・・・うるさい。分かってるわよ。お金なんかいらない。ムギと話をさせて。」
「お嬢様をご説得いただけるのですか?」
「・・・その通りよ。電話?それとも実際に逢わせてくれるの?」
彼は私の目を覗き込んで。おもむろに携帯で電話をかけた。
「私だ。・・・お嬢様につないでくれ。」
「・・・どうぞ。」
彼は私に携帯電話を渡す。受け取った私は1回だけ深呼吸。
ムギが幸せになるためなのよ。いい事じゃない。
私が傷つくだけで。ムギが幸せになれるんだから。
最初っから分かっていたことでしょう?
「もしもし?」
ああ。ああ、ムギの声だ。
「ムギ?私よ。大丈夫?」
「さわ子さん?私は大丈夫です。父様ったら、明日お見合いだなんて言ってるんです。私、絶対部屋から出ませんから。」
もう一度深呼吸。
「・・・ねぇ、ムギ?今から言うこと、よく聞いてね?」
「お見合い、行ってみたらどうかしら?」
「え?・・・さわ子さん?」
「いい人かもしれないわよ。お金持ちだし、将来も有望だし。な、何より男の人だから、ねっ?」
「いや・・・さわ子さん。どうしてそんなこと言うの?私はさわ子さんが好きなのに・・・」
「ムギ。だって考えてみてもごらんなさい?私といたっていい事何もないのよ?」
・・・ダメ。泣いちゃダメ。泣いたらムギも決断しにくくなる。
「明日、会ってみたらすごくいい人かもしれないわよ?そしたら、絶対その人の方がムギを幸せにしてくれると思うの。」
「さわ子さん。嘘ですよね。さわ子さんといるのが私の幸せなのに。」
・・・嘘よ。ムギ。愛してる。私の幸せもあなたといる事なの。
「ねぇ、ムギ。あなたのいるそこは天国なの。でも私といると色々・・・辛い事も苦しい事もあるわ。」
「ごめん。ごめんね、ムギ。」
心から愛してる。
「どうか、幸せになって、ムギ。」
ムギは電話の向こうで泣いている。大丈夫、だよね、ムギ。きっといつか。
私のことなんて忘れて笑えるよ、ね。

私は電話を切るとそれを黒服の男に渡した。
「ご心中お察しいたします。それとご協力いただき、誠に・・・」
「帰って!」
彼はまだ何か言おうとしたけど。
私は顔を伏せたまま、怒鳴った。
「今すぐ帰ってよ!」
やがて彼がすっ・・・と椅子から立つ雰囲気。
そのまま立ち去ろうとする。
「待って。忘れものよ。」
私は彼に黒いスーツケースを押し付けて。
「お願い。頼むから。私が今何を言ったのか、思い出させないで。」
目を伏せたまま、玄関へと押し出す。
「思い出すような物は全部持って帰って。」

やがてドアが閉じられる。

私はたった一人で暗い部屋に取り残された。
引き裂かれそうな悲しみ。私の一番大事な部分がざっくりと抉られたのに。
私はなんでまだ生きていられるの?

部屋の隅に立てかけられた白いフライングVだけがぼんやりと浮かぶ。
そういえばあの娘は自分のキーボードの事、キー坊って呼んでたわね。
「ねぇ、フライングV。私の代わりに歌ってくれない?」
あの娘が初めて告白してきた時に弾いていた曲。ベートーベンの「エリーゼのために」。
ベートーベンが愛するテレーゼ・マリファッティを想って書いた曲。
貴族の娘であるテレーゼと、そうではないベートーベン。
身分違いの恋が決して実ることがないことを知っていて、それでも作らずにはいられなかった曲。

フライングVを手にとってその甘く切ない旋律を弾く。

ねぇ、泣き虫ベートーベン。
あなたもこの曲を作った時、こんな気持ちで泣いていたの?
狂おしいほどの愛しさを胸の奥にしまって泣いていたの?
何も聞きたくない。何も見たくない。何も歌いたくないよ。
でも。

幸せになってね、ムギ。

暗い部屋の中でぱぁっと携帯の液晶が光って机の上で暴れる。
のろのろと手に取ると液晶の表示には田井中律。
「・・・もしもし?」
「もしもし?・・・なんか暗いな。ねぇねぇ、さわちゃん、ムギが2日も大学に来ないし、連絡も取れないんだけど、何か知らない?」
私はこの数日で起こったことを話した。

「・・・だから、もうムギには逢えないかもしれないのよ。」
電話の向こうで律っちゃんがつぶやく。
「・・・それでいいのかよ。」
「きっといいのよ。そのほうがムギは幸せだもの。」
「ムギがそれを望んでるとでも?本気でそんなこと思ってるのかよ!」
「だって。私じゃムギを幸せにできない。・・・きれいな服も。おいしい料理も。みんなからの祝福も。何もムギにあげられない。」
「・・・ムギは『助けて』って言ったんだろ!」
律っちゃんに怒鳴られたのは初めてじゃないだろうか。
「見損なったぜ、さわちゃん。・・・いいよ。私達だけでもムギを助け出すから。」

携帯は私を取り残して押し黙る。
何よ。
私だって諦めたくて諦めたわけじゃないわよ・・・

しばらくして。また携帯が暴れる。
今度はメールか。澪ちゃんから?
「先生へ。
 律から事情、伺いました。
 多分電話だときちんと話せないからメールします。
 律は涙を流して怒っていたけど。
 私は先生の気持ち、少しだけ分かります。
 私もたまに同じこと考えるから。
 でも、私がもしムギだったら。やっぱり助けに来て欲しい。
 私の都合なんか無視して我侭言ってほしい。
 好きな人が我侭言ってくれるのって幸せなことだと思います。」

わがまま・・・かぁ。
そうだよね。我侭。
我侭を言われるのが嬉しいなんて澪ちゃんらしいわ。

またしばらくして。こんどは唯ちゃんからメール。
 
「さわちゃん。
 律っちゃんから聞いたよ。電話だと照れくさいからメールするねー。
 難しく考えるのさわちゃんらしくないよ。
 さわちゃんは欲望に忠実なのが取り柄だよね。
 ムギちゃんもそこに惚れたんだと思うよ。
 あ。これ、ほめてるからね?

 P.S.
 今、梓と純ちゃんが遊びにきてて、憂と4人なんだ。
 3人にも話しちゃった。てへぺろ。

 純ちゃんがいいこと言ったよ。
 なんで相手も見ないであきらめるんだって。
 恋なんて自分より上の相手から奪って当たり前だって。」

・・・言いたい放題言ってくれるわね、全く。
間髪入れず、また唯ちゃんからメール。

「さわちゃん。
 純ちゃんの一言は先生に向かって言うようなことではなかったらしい。
 何でメールしちゃうのって怒られました。
 気まずいので忘れてあげてください。
 ごめんね?」

「・・・ばか。泣いてるヒマもないじゃない。」
・・・なんで相手も見ないで、か。
その通りよね。
ベートーベン。ごめんね。私はまだあきらめないことにするわ。

翌朝。学校には急病と嘘の電話を入れた。
学年主任にはまた睨まれるだろうけど。これからすることを思えば睨まれて済めばラッキーだろう。
私は帽子を深めに被ってマスク。車でムギの家を目指す。
そういえば初めてこの家に来た時はムギを隣に乗せていたっけ。
とんちゃんを入れる水槽を取りに来たんだ。
あの娘を意識したのはあの時が最初。
助手席でとにかくよく喋り、よく笑うなって思ったのが最初。
あの時、「ああ、まるでひまわりみたいな微笑みだな」って思ったのが最初。
こんなに好きになるなんてあの時は思ってもみなかった。
車をムギの家の近くに停める。
「さて。どうやって盗み出すかな。」
私はつぶやいてから気付いた。
どんな相手か見るだけにするつもりだったのに。

いつの間にか、かっさらう気満々じゃない。

「・・・あーあ。教員免許取るのけっこう大変だったんだけどなぁ。」
教師クビは決定的だろう。
・・・けっこう面白かった。あの娘達のおかげで。
「えーと。玄関から、は無理ね。いくらなんでも。」
屋敷の壁を見上げる。
「・・・壁は乗り越えるもの、よね?」
私はまわりを見渡して、他に人影がないのを確認した。

数分後。私はガードマンに追われて逃げ回っていた。
「もう!防犯カメラ、多すぎよ!」
もうとにかくあちこちからガードマンが出てくる。
セ○ムさん!マジメすぎない?
「長島さんのバカ!もうジャイアンツなんか絶対に応援しないんだから!」
やけくそになって叫んでいた。
私は徐々に追い詰められて。
とうとう前と後ろから挟まれてしまった。

ここまで、か。でも少しでもムギに近づいてやる。
私は凶暴な目でガードマン達のわずかな隙を探る。

「よーし!その勝負、ちょっと待ったぁ!」
・・・あれ?これ、律っちゃんの声?
物陰からぞろぞろと6人の人影が現れる。
頭に戦隊物の被り物。ドンキで売ってる奴だ。下は普通の私服。
・・・もしかして変装してるつもりなの?

「天知る、地知る、人ぞ知る!」
「悪を倒せと俺を呼ぶ!」
「えーと・・・さわちゃんのピンチには必ず参上?」
「ええっ、ひどく限定的だな。」
「ほんとです。離島戦隊タネ○シマンより狭い活動範囲です。」
「まぁいいや!・・・放課後戦隊ティータイム!」
・・・バレる。そのネーミング、絶対バレる。全然変装の意味ないわよ、あなたたち。
「ほ、ほんとに来てたの、みんな?」
「はっはっはー!誰のことかな?私達は放課後戦隊ティータイム!」
6人はすばやく私とガードマンの間に入る。

律っちゃ・・・放課後イエローがつぶやく。
「来ると思ってた。待ってた甲斐があったよ。行け、さわちゃん!」
リーダーなのにイエローなのね。

「やっぱりさわちゃんしかムギちゃんを救える人はいないよ!」
レッドは唯ちゃんか。
「だっ大丈夫です。こっここは私達がっ。」
ブルー・・・きっと中の人は真っ赤になってるのね。
「さわ子先生、素敵!がんばって下さい!」
いちばん頼りになりそうなピンク。さすが完璧超人。
「先生〜。これで後で停学とかナシだよ?」
グリーン・・・純ちゃん、もう仮面いらないんじゃ?
「先生。早くしてください。どうせそんなに長い間はもちませんから。」
ブラックが一番ノリノリかも。
「・・・恩に着るわ!」
あっけにとられていたガードマンの隙をついて、お屋敷の奥へ走る。
・・・ほんとにみんな、ばか。・・・でもそんなあなた達が!大好きよ!

「ムギーっ!どこ?どこにいるの?」
とにかく奥に向かって走ろう。しばらく行くと広い庭に出る。まわりをぐるりと建物で囲まれている。
「なんで個人宅で中庭なのっ!」
愚痴を言いながら顔を上げると、きれいな振袖を着たムギの姿が向かいの建物に見える。
「おい!誰だ、アレは!」
しまった。中庭の左右の建物には黒いスーツのガードマンが見える。
ということは。いい大人としてはありえない決断かもしれないけれど他人様のお屋敷の中庭を突っ切るしかない。
まぁ、住居不法侵入は元々だしね。・・・こりゃあ、教師クビどころじゃ済まない、かな。
私は覚悟を決めて中庭に飛び込んだ。コンサートでも出さないくらいの大声で叫ぶ。
「ムギーーーーーーっ!」
走る。筋肉の限界まで早く動かす。にも関わらずガードマンの皆さんがわらわらと出てきて、あっという間に追いつかれる。
・・・一応言ってみるか。
「いやーっ!エッチ!触らないでっ!」
残念ながらガードマンの皆さんは躊躇せず私を組み止めた。
「さわ子さん!」
顔を上げるとムギが振袖を振り乱して足袋のまま中庭へ降りてきていた。
でも、同じようにガードマンに阻まれる。私よりはうんと優しく扱おうとするので、なかなかムギの勢いは止まらない。
ムギまであと1メートル。私達はそこで止められてしまった。
ガードマンを掻き分けながら私は叫ぶ。

「ムギ!ほんとのコト言うわ!私っ・・・私ね!」

喉が痛い。きっと明日は声が出ないだろう。・・・かまうもんか。

「私っ・・・ムギのいない天国に行くくらいなら、ムギと一緒に地獄に堕ちたいの!」

「悲しませるかもしれない!辛い思いをさせるかもしれない!・・・私、間違ってるのかもしれない!」
「ムギを不幸にする権利なんて、私にはないのかもしれない!」
涙が止まらない。こんな事を言ってもいいんだろうか。
だけど多分、この事を伝えるためにここへきた。
「・・・でも、ムギ!私のわがまま、聞いてほしいの。」

「ムギ・・・私と一緒に地獄に堕ちてくれますか?」
私はぎゅっと目を瞑って、手を精一杯ムギの方に伸ばした。

ムギのあったかい手が私の手をつかむ。

「はい。・・・はい。喜んで。」

目を開けるとムギが目に涙を浮かべながら。
でもひまわりのように笑っていた。
「さわ子さんと一緒なら、どこにでも連れて行って下さい。」
「・・・嬉しい。やっとさわ子さん、わがまま言ってくれましたね。」
ムギはガードマン達を振り切ると私の胸に飛び込んできた。

「でも、私を不幸にする権利なんて絶対にあげませんから。」
可愛い笑顔。この笑顔のためなら死んでもいい、と思った。
「だって、私、さわ子さんと一緒なら絶対に幸せになる自信あるもの。」
ムギがぎゅう、と私の胸に顔を押し付ける。肩が震えている。
「もう・・・もう二度とあんな事言わないで下さい。昨日、私、泣き過ぎて干からびちゃうかと思ったんだから。」
「・・・ごめん、ムギ。」
「でも、今日はすっごくカッコ良かったです。惚れ直しました。」

ムギはくるり、と降りてきた方に向かう。
ムギのお父さんらしき人がこっちを見ている。
「父様。こちらが山中 さわ子さんです。」
私は身動きできないので、首だけで挨拶。
「山中です。初めましてっ。」
・・・これよりも最悪な恋人の父への初めての挨拶はないだろう。
「父様。ほんとに、ほんとにごめんなさい。私、この人と一緒に生きていきます。」
「他の事だったらなんでも言う事聞きます。いい娘でいます。でも。」

「この人のことだけは譲れません。これだけはわがまま、許して下さい。」

ムギのお父さんは一度目をつぶって考えて。
「ダメだ。私もこれだけは許さない。不幸になるのは目に見えている。」
ぎりり、と私をにらみつける。
「山中さん、とおっしゃったかな。こういう時は大人が子供を導いてやるのが筋というものでしょう?」
さすが大企業の社長になる人だ。プレッシャーがハンパない。
ガードマンの皆さんも力を入れ直して。
私とムギは容易く引き離される。
「聞けば、あなたも高校の先生だそうじゃないですか。元とはいえ、生徒と・・・しかも女性同士で、というのはどうなんですか?」
私は言い返そうとして、んぐっ・・・と言葉につまる。
「・・・さわ子さんっ!がんばってっ!」
ムギがふんす!と力を込める。

「娘から手を引いていただけるなら、桜ヶ丘高校への寄付も考えましょう。」
はい?・・・とイマイチ分からない私。
「・・・そうすればあなたへの処遇も自由自在。給与・地位もお好きなだけ。」
ムギのお父さんは表情に微笑みを貼り付けて。
「・・・もちろん、その逆も可能ですが。」

「父様!・・・そんなのずるいです!」
横で叫ぶムギ。
「・・・いいよ、ムギ。」
私はメガネを取る。
「・・・ようやく分かり易い話になった。これ、あのRPGの有名なシーンよね?」

追い詰められた竜王は勇者に言った。
『もしわしの味方になれば世界の半分をやろう』
・・・くそくらえ、だよ。

「上等だよ!こちとら、元々ロックンローラーだ。権力と金持ちに振る尻尾は元からついてねぇんだよ!」
「いつでも食べたい物を食べる!いつでも歌いたい歌を歌う!いつでも好きな人に好きと言う!」
「さっきも言った通り!ムギのいない天国なんざ、興味ないんだよ!」
言い切ってムギのお父さんを睨み返す。

「はいはい、そこまでー。」
およそこの緊迫した状況から乖離した声がして。奥から上品そうな女性が出てくる。
「・・・母様?」
ムギの声に私も呆然とする。
「・・・お母様?あの人が?」

ムギのお母さんなる人はやっぱりひまわりのように微笑んで。
「・・・ねぇ、あなた。これ、どう見てもあなたの負けでしょ。」
お父さんに諭すように言う。
「紬ちゃん。この方がさわ子さん、ね?・・・いいひと、見つけたわね。」
ムギに微笑みかける。
「さわ子さん。甘やかして育てたものだから世間知らずの娘でご迷惑でしょうけど。どうかよろしくお願いしますね。」
私にも優しく微笑む。
私は呆然として。
「あ・・・は、はいっ。」
ムギがいやんいやんとかぶりを振って。
「さわ子さん、そこ、素直に認めないで下さいっ。『いえいえ、大変よくできたお嬢さんで』とか言うとこです!」
・・・ごめん。私、そんなに余裕ない。

ムギのお母さんは私達を抑えているガードマン達に向かって首を傾げる。
「何してるの?離してあげて下さい?」
男達は私とムギから離れてぞろぞろと元の配置へ引き上げる。
「か、母さん。それじゃ、私だけ悪者みたいじゃないか。」
お父さんがうろたえてる。ムギのお母さん、すげー。
「おばかさん。あなただけじゃないわ。私だって共犯みたいなものでしょう?」
「でも、悪役はそろそろ退散した方がいいわ。」
ムギのお父さんは不満そうに。
「悪役なのか、私は。」
で、ムギの方を向いて。
「・・・紬ちゃん、父様は紬ちゃんの幸せを思って言っているんだよ?決して意地悪じゃないんだよ〜?」
・・・お父さん、ほんとにムギには甘々なのね。

ムギのお母さんはムギに向き直る。
「紬ちゃん?・・・お友達にもお礼を言うのよ。あなたのために駆け付けてくれたんだから。」
ガードマン達に連れられて、放課後戦隊ティータイムのメンバーが照れくさそうにやってくる。
レッドが仮面の中で照れ笑い。
「いやー、さすがムギちゃんちのガードマンさんだねー。せっかく出てきたのに全く時間稼ぎになりませんでした!」
ブルーは感動の面持ち。仮面の下だから多分だけど。
「さわ子先生!でもすっごくカッコ良かったです。私もあんな風に言われてみたい!」
するとイエローがすかさず。
「澪!私と一緒に地獄に堕ちてくれますか?」
・・・お、思った以上に恥ずかしいっ!・・・あれ?てことは?
「ね、ねぇ?みんな、もしかして今の全部聞いてた?」
グリーンがぐふふと笑って。携帯を取り出す。
「もちろんですよ、先生。聞いてたどころか、最初っから最後までクリアな映像が。」
ムギがグリーンに詰め寄る。
「そっ、その動画、コピーさせてくださいっ!」
私はムギに通せんぼ。
「いや、消しなさい!そんな恥ずかしい物、この世から存在を抹消しなさい!」
お母さんはうっとりとして。
「うふふ。女の子が仲良くしてるのって可愛いわね。」
ほぉ・・・とため息。
「じゃ、私も退散するわ。紬ちゃん?あんまり遅くなっちゃだめよ?」

帰り道。
「いやぁ・・・無事で済むとは思わなかったなぁ。」
「ええっ!・・・お前、そういう事は事前に説明しろよ!」
イエローとブルーの夫婦漫才を聞きながら、私はムギと二人で一番後ろを歩く。
「ねぇ?・・・みんなそろそろ仮面取ったら?」
「そりゃ、だめだよ。」
イエローが答える。
「私達は正体不明の正義の味方、放課後戦隊だもの。正体を明かすわけにはいかないよ!」
レッドがふんす!と胸を張る。
「・・・私達、別に・・・勝手に思ったようにやっただけですから。」
よく分かっていない私にブルーがつぶやく。
「・・・ちぇ。これで内申はばっちりだと思ったのにな。」
「純ちゃ・・・グリーンってば、腹黒すぎるよ。」
「そっ、そういうわけですので!・・・私達の間で貸し借りはナシですから。」
ブラックがびし!と敬礼する。・・・こういうの好きなの?
「・・・さわ子さん。」
ムギが幸せそうに微笑んで。私の腕をぎゅう、と抱く。
・・・えー?これにノっからないといけない流れ?
「・・・助けてくれてありがとう。放課後戦隊ティータイム。」
でも言ってみたら、胸の奥からいろんな感情が浮かんできて。涙が溢れる。
「ほんとにありがと。あなたたち。今日のこと、一生忘れない。」
それ以上、言葉が出なくなった私に。
イエローが慌てて宣言する。
「お、おっとぅ!・・・じゃあ、ここは若いお二人に任せて私達は退散しますか!」
「それ、違う。絶対違ってるぞ。」
「えー?じゃあ・・・また会おう!ピンチの時にはいつでも呼んでくれたまえ!」
言い残すと6人は私達を残して駆け出した。

・・・なんて、イイ事言ってたのに。
後日、私とムギはさんざんからかわれた。
「『こちとら、元々ロックンローラーだ!権力と金持ちに振る尻尾は元からついてねぇんだよ!』」
「『ムギのいない天国なんざ、興味ないんだよ!』」
・・・うおー。恥ずかしい。
でもムギは本当に嬉しそうに笑っていたから。私はそんなに悪い気はしなかった。

次の土曜日。
正式に謝りに行ったムギと私はお見合いが狂言だったことを聞かされた。
「お見合いのお話はほんとにあったのだけど。あの日は相手方は全部エキストラよ?」
むっつりと黙ったままのお父さんとは対照的にお母さんはさらっと言った。
「だって、ねぇ。多分さわ子さんが乱入してくると思ってたし。相手方にあまりにも失礼じゃない?」
・・・思ってたんですか、お母さん。
「まぁ、あなた達二人を騙してたのは悪かったわ。ごめんなさい。」
コロコロコロ・・・と楽しそうに笑う。
「でも、ほら、そちらも色々、あれこれ、あったじゃない?併せておあいこってことで。」
「・・・ハイ。その、イロイロすみませんでした。」
「それに・・・正体不明の放課後戦隊が大暴れして壊した壷があるんだけど。大変な金額らしいわよ?いくらか聞きたい?」
聞きたくない、聞きたくない。
「とっ、とにかく申し訳ありませんでしたっ!」

「・・・母様、ひどすぎます。私、ほんとにあんなに泣いたの初めてだったんだから。」
ムギはまだ不満そうだ。
「あら?紬ちゃんには感謝してほしいくらいだけど。さわ子さん、ちゃんと来てくれたでしょ?」
「おまけに『私と一緒に地獄に堕ちてくれませんか?』なんて。完全にプロポーズの言葉よね?」
「え?」
「え・・・あ。」
私とムギは顔を見合わせて。真っ赤になって俯く。

「わ、私はまだ認めてないからな!」
お父さんはそっぽを向いたまま。
「・・・まぁ、なんだ。紬ちゃんが淋しがるから。たまには会いに来なさい。」
「はっ・・・はい!ありがとうございます。」
「父様、ありがとう!大好き!」
・・・お父さん、真っ赤。ほんとにムギのこと愛してるのね。

「で、ムギ。今日はどうする?」
広いお屋敷の玄関のところまで来て、ようやく肩の力を抜いてムギに笑いかける。
「やだ、さわ子さん。今日はお出かけしようって先週言ったじゃないですか。ちょっと待ってくださいね。」
ムギは携帯を取り出すと。
「もしもし、斉藤?ごめんなさい、今朝私が作ったお弁当、玄関のところまで持ってきてもらえる?」
私の大好きなひまわりのような微笑みを浮かべた。



おしまい。

このページへのコメント

さわちゃんとムギ最高すぎた。
さわちゃんかっけえぇ

0
Posted by りつみお 2012年04月09日(月) 01:31:02 返信

さいとぉ〜!

復帰しててよかったぁ〜!

0
Posted by 村人G 2011年02月23日(水) 18:08:52 返信

感動しました。
こんな素敵な作品に出会えたのは、光栄です。

0
Posted by ディゴッド 2011年02月10日(木) 09:05:52 返信

ちょっと鳥肌立った。
さわちゃん、カッコ良すぎ。で、受けるムギが可愛すぎ。
結婚式はいつですか?(笑)

0
Posted by ああもう 2011年02月04日(金) 22:53:57 返信


凄く凄く感動しました!

0
Posted by あ 2011年02月03日(木) 21:14:20 返信

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