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著者:青太郎氏


「……そうか。思い出したよ、全部」
「そうですか」
 今ならすべてが繋がる。あの夢も、憂の態度も……おそらく唯の行動も。
 何もかもが追想曲。
「ありがとう。おかげでやっと二人に向き合えそうだ」
 終わらさなければならない。
 始めなければならない。
 迷走を、追走を。
 履行を、決行を。

 
 第六章 中編


 写真撮影も終わり、さあお別れ……ってとき、やっぱりというかなんというか、まあゴネたわけだ。
 あの姉妹が。
『おにいちゃんいっちゃやだー!』
「ほら、お兄ちゃんたちにバイバイしようねー」
 保育士さんの指導むなしく、こいつらは俺を掴んで放さない。あの、バンドのみなさん、助けてください。おいこら、笑うな。
「くくく……。色男は辛いですね」
「……フン」
「いいなあ」
 さて、どうしたものか。このまま無理やり帰ると着いてきそうだしな。それはマズイ。
誘拐犯として補導されてしまう。この歳でおまわりさんのお世話になるのはごめんだ。
「別れるのは嫌か」
 そろそろ膝が辛くなってきたなあ、と思いつつしゃがみ続ける俺に、
「やだ!」
 目の赤い唯がすぐ答えを返す。憂もぐずりながら頷く。しかし現実はこいつらの頭のなかほど甘くも優しくもない。
人間出会いあれば別れもある。それがどんなに大切なやつでもな。しかし、だからといって幼いこいつらにそれを説いても無駄だろう。
 ……あまりこういうことはしたくないんだが。
「なら指きりしよう」
 俺が両手の小指を立てると、二人はそれぞれ不思議そうに小指を絡める。
「約束だ。いつか二人が大きなって、また会えたら、俺はお前らと一緒にいることにする」
「ずっと?」
「ああ、ずっと一緒だ」 
「ほんとう?」
「俺は絶対約束を守る」
 二人はあきらかに無理した笑みを浮かべ、小さな指を強く絡ませる。俺は軽く二、三振ると、ゆっくり放す。
「だからそれまで、お別れだ」
 二人の髪をくしゃくしゃになるまで撫でて、抱きしめた。十秒くらいそうしてから、ゆっくり立ち上がる。
「それじゃあな」
「またあえるよね」
「ああ、会えるさ」
 胸がチクリと痛む。そんな保証はどこにもない。ただの口約束。出まかせ、逃げでしかない。
しかしそれが叶って当たり前のように二人は思っているだろう。我ながらあくどいことをしている。
 手を振る唯たちが見えなくなったあたりで、やっと俺は腕を下げ、前を向く。そこで親友がぽつり。
「さっきの約束、本気か?」
 俺が答えるより先に、
「まさか。その場限りの逃げ口上でしょう」
 紳士の含み笑いが耳につく。
「……そのつもりだ」
 機材を載せたリヤカーがぎしりと軋む。引き人が俺をちらり。
「辛いな、お互い」
「…………。そうだな」
「だけどよ、もし会っちまったらどうするんだぜ」
 俺はぼんやり夕陽を見上げる。そろそろ闇が広がり、夜が始まる。あの姉妹は幾度もそれを超え、やがて大人になる。
その過程で、俺のことは忘れるかもしれない。俺もそうだ。
初めはどんなに鮮明に残っていても、記憶はやがて色あせ、存在を見失ってしまう。
 けれど――――。

「もし約束通り、成長した二人に会えたら」
 俺は笑う。きっと脆く、儚い笑みを浮かべている。白装束は頬笑みを消し、目を細めた。
「ずっと一緒にいてやるさ」
 俺は約束を守る主義だからな。

「まあ、そんときにお互い覚えてるかは知らねえが……。それより演奏の方は大丈夫なんだろうな」
 ああ、すっかり忘れた。あれ? 簡単に忘れられるようなことだったか? うーむ。
「ま、なんとかなるだろ。ギター教えなきゃなんねえし」
「?」
 事実、この先緊張することはあっても、恐怖や挫折を味わうようなことは最後までなかった。
常に心のどこかでリラックスしていて、観客の表情をうかがう余裕もできた。何が理由なのかは今でも分からない。
きっと理屈じゃないんだろう。ただ、体か心が覚えている。
 自分がなぜ演奏するのかを。



「しかし何で真鍋が持ってるんだ?」
 あのとき取った写真の数々。中でも俺と唯が写っている写真……唯が俺に抱きついて左頬にキスしている奴を指さすと、
「ああ。これは唯が『なくしそうだから』って預けたんです」
「それでそのままあいつは忘れた、と」
「ええ」
 真鍋の困ったような笑い。こいつもきっと苦労させられてるんだろうな。
しかし俺も忘れてたんだよな……この件に関してはあまり唯を責められん。
「私はピアノの方に行ってたので詳しくは知らないんですけど……何かあったんですか?」
「色々とな。……あいつ何か言ってたか?」
「いえ。ただ次の日から『大きくなる』、と牛乳を大量に……」
 あのバカ。
 ……あれ、そういえば。
「あいつ最近俺のこと何か言ってたか?」
 すると真鍋は目をそらした。……何を言ったんだあのバカは。
「その……添い寝したり、キスしたり……」
 アッー!
「他言無用でお願いします」
 再び頭を下げる俺。違うんです、全部不可抗力の成り行きなんです。無理やりなんです。ビクンビクンなんです。
「安心してください。それに、嬉しそうに話すんですよ、先生のこと」
「……写真のことは」
「まだ唯には伝えてません。確証が欲しかったので」
「俺からあいつに話していいか」
 すると真鍋は笑顔を浮かべ、
「ええ。その方が唯も喜ぶと思いますから」
 写真の束を俺に渡した。
「ありがとう」
 俺は三度頭を下げ、卓上に代金を置き、そこを後にする。
何をどうすればいいのか、どうしたいのか想像しているうちに、我が家に着いた。
久しぶりだなあ。ああ、懐かしい。郵便物がはみ出てるポストを掃除し、家の中に入る。ほこりがかなりあった。
かるく掃除し、クローゼットをあける。よし、クリーニングから帰ってきてそのまんまだ。札には注意しないとな。
 そして最後に押入れを開く。
 よお、相棒。
 フェードアウトにはまだ早いよな。



「ねえ、どこ連れてってくれるの?」
「お前のよく知ってるところだ」
 部活後の唯を拾って、車を走らせている俺の頭の中で、あのころの思い出が紙芝居のようにスライドしていく。
色あせていたそれは、まるで生き返ったように色彩を帯び、輝いている。
「もしかしてこれってデート!?」
「ああ、そうかもな」
「……なんかいつもと違う。今日は優しいね」
「キツくしてやろうか」
「それはいや」
 表情をコロコロ変えるのを見ているのは楽しいが、あんまり助手席ばかり注視していると事故るから控えよう。
 ……好きでいてくれた。それともまた好きになってくれたのか。
 そう考えると、愛しさが溢れてくる。
 紙芝居の内容が次第に最近の唯との記憶にかわっていく。

 部室で再会して、
 ギターを教える約束して、
 勉強を教えて、
 初めてキスをした。

「ついたぞ」
「ここって……」

 海に行って、
 キスして、
 今度は二人でこようと約束した。

「ああ、お前のいた幼稚園だ」
「どうして」
 下車した俺に続き、唯も降りる。あのころよりいくらかくたびれてはいるが、そこは記憶の通りに存在した。
「……お互い、遠回りしちまったからな」
 俺は真鍋からの預かり物を唯に渡す。過去と現在を繋ぐピース。それを受け取った彼女は、大きな瞳をさらに大きくした。
「あ、あ……あ」
「唯、ずっと一緒にいよう。約束したろ?」
 唯は両手で口を押さえ、
「うそ……だって、そんな」
「俺も最初はそう思ったよ」
 唯の進路、俺の配属先、年度――――どれもが合致しなければ逢うことなど叶わなかった。
どう考えてもそんな都合よく事が運ぶとは思えない。
 しかし俺たちは現にこうして再会している。運命か、奇跡か。そんなことはどうでもいい。唯と、憂に逢えた。
俺にはその事実だけで十分だ。
「お兄ちゃん……?」
「ああ」
「お兄ちゃん」
「ああ」
「お兄ちゃん!」
 突っ込んできた唯を受け止め、頭に手を置く。まったく。こういうとこはあのころから変わってないな。
「大きくなったな、唯」
「うん。大きくなったよ。牛乳だっていっぱい飲んだんだから」
「そうか」
 髪をすくように撫でる。何度となくしてきたこと。今も昔もかわらないこと。



「久しぶりね、唯ちゃん」
 園内であのときの保育士が待っていた。俺が問い合わせたら、
まだここで働いているとのことだったので、頼んであったのだ。すっかり老けたなあ。
「先生、お兄ちゃんです!」
「ええ。すっかりいい男になって」
「ごぶさたしています」
 俺がお辞儀すれば、唯もあわててそれにならう。それに婦人はくすくす笑う。
「ふふふ。それで、あのときの『約束』は……」
「守るつもりです。約束ですから」
「むっふーん」
 唯、なぜお前が胸を張る。そしていつまで俺に抱きついてるつもりだ。人前でやられるとさすがに恥ずかしいぞ。
「大変ねえ。憂ちゃんもなんでしょ?」
「ええ、まあ……」
 すでに大変です、はい。薬盛られるわ、車没収されるわで……。
「大丈夫! 私が炊事・洗濯・掃除を――」
「無理だな」
「無理ね」
「ひどい!」
 まあ、それはさておき、とこの先生は咳払いした後、
「あのころは――今でも豊富とは言えないけど――園にお金がなくてね、子供たちの催しものがあまりなかったの」
 沈痛な面持ちでそう語る。夕暮れの幼稚園には園児の姿はなく、まるで無人だ。職員の姿もあまり見かけない。
「そんなとき、ここの出身だったさわ子――先生から電話をもらってね。それがあなたたち。
大丈夫かちょっと心配だったけど、あの子言ってたわ、『信頼できるいい子たち』だって。実際その通りだった」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっち。本当に、ありがとう」
 先輩の真意はだいたいわかった。あの人はふざけているように見えて(実際ふざけてるときもあるが)、思慮深いところもある。
お互いの事情を配慮してのことだったのだろう。
「まさか十年前の説明をしてもらうとは思いませんでしたよ」
「大人にならなきゃ話せないことってあるものよ」
「それ、なんとなくわかります」
 二人の教師は小さく笑い、一人の生徒は首を傾げていた。



「さて、次行くぞ」
「あれ? 家に帰らないの?」
「……そうか。もう少しデートを楽しみたかったが、唯がそういうなら」
「わわわ! うそうそ! まだ全然帰りたくなーい!」
 さっさと助手席に乗る唯に苦笑いしつつ、俺も遅れて乗り込む。
「なんか、今日はイジワルだ」
「そうか? いつもと変わらんつもりだが」
 頬を膨らませているこいつは、これからすることを喜んでくれるだろうか。せめて楽しんでほしいな。
もっとも、問題にすべきは俺自身だが。軽くやってみたが、恐ろしいほどに動きが鈍っていた。十年前といい勝負かもしれない。
何とか全盛期までにはもっていきたいが、あと一歩というところで頭打ちになっているのが現状だ。
 好きだという気持ちは今でも変わらないというのに。
 皮肉なものだ。
「わるいな。急にこんなこと」
「とんでもございません。連絡をいただいたときは嬉しくて飛び上りそうでしたよ」
 俺が握手をかわしているのは、昔俺たちの熱狂的ファンだった男だ。こいつは現在最近建設されたホテルのオーナー的立場にある。
しかし、まさかこいつがこんなに偉くなっているとは、世の中どうなるかわからないものだな。
「今でもあなたたちを応援するファンは多いんですよ。私が呼び掛けたところ、すぐに百人ほど……」
「平日の夕方でか」
「ええ。私など今日の予定はすべてキャンセルさせていただきました」
 ……何だか申し訳なくなってきた。まあ、それでいいっていうんなら俺は何もいわんが。
「それで部屋と席はどうなっている」
「もちろん手配させていただきました。先客を叩き出して、ね」
 茶目っけたっぷりに片目を閉じるのはいいが大丈夫か、そんなことして。

「……ホテル潰さない程度にな」
「ははは。ご心配なく。あなたの集客効果で十分ペイできますので」
「そいつはどうも」
「よろしければこのまま当ホテル専属の」
「それは断る」
 俺は言葉を遮って言う。そういうのが嫌で俺は……俺たちは現在の状態にあるんだ。そいつは本末転倒ってものだ。
「メンツは大丈夫か」
「ええ。あなたたちのフリークで、腕の立つ者たちを呼んでおります」
「何から何まで……恩に着る」
「いえいえ。めっそうもない」
 お互い頭を下げた後、俺はエレベーターへ向かう。この吹き抜けのホールの最上階に、別路から行かせた唯が待っているはずだ。
「眺めはどうだ」
「すっごい」
 はたして、唯はそこにいた。よくある、ワケありのVIP席だ。
もっとも、ここは席というには広々としていて、部屋といってもさしつかえないほどだ。
ホールに面した窓の反対側は、そのまま外の景色を一望できるほどだからな。
「私たちの家が見えるね」
「まあ、そのままじゃ小さくてよくわからんがな」
 備え付けられた展望鏡を一緒に覗き込むと、たしかに見える。そういえば憂、怒ってないかな。
いや、まだバレてないか。しかし、唯に電話させるべきだろう。
「憂に連絡したか」
「ううん、してないよ」
「……した方がよくないか」
「そしたら憂もきちゃうよ。だからケータイの電源も切ってるし」
 こういうときだけは察しがいいな。俺は微妙に感心しつつ、携帯の電源を落とした。
寝る前までこのままにしておこう。目覚ましを失うのは惜しいからな。
「これおいしいね!」
 夕食は高校生とその教師が連れ立ってレストランで飯を食うわけにはいかず、
ルームサービスだが、ふむ、なかなかいい腕をしている。ホテルも一流ならシェフも一流といったところか。
「ああ。まあ、憂には負けるがな」
「う〜ん、微妙にやけちゃうな」 
「悔しかったらお前も料理をしてみろ。あの境地には届かないだろうがな」
「そんなことないもん! 私もおいし〜いもの作れるよ!」
「…………」
 ここはツッコむべきか、それとも同意するべきか。わからず、とりあえず肉料理を一口。うん、これもうまい。
だけど憂の家庭的な味の方が俺は好きだな。あいつは好みに合わせてくれる。……薬さえなければ言うことはない。ないのに……。
「唯」
「ん?」
 呼ばれて、料理を頬張っていた顔をこちらに向ける。ソースついてるぞ。……よし、とれた。
「あれから俺はずっとギターをやっていた。俺なりにやれるだけのことはやったと思ってる」
 唯は手を止め、まっすぐ俺を見ている。
「おかげで、最高の仲間と最高の舞台で、最高の演奏ができた。でも、そこが俺の終着点だと感じた」
 あの演奏は今でもよく覚えている。一瞬一瞬が尊い、惜しいと何度も思ってしまうほどのもの。
それを味わえただけで、俺は生きていてよかったと断言できる。すべてがこのためにあったと錯覚するほどだ。
 だからこそのピリオド。
「そこで俺の音楽は終わった。ギターもそれから押入れに入れっぱなしでな。まともに触ってないんだ」
 感嘆も、疑問も口にせず、唯はただ黙って聞いてくれた。
「だけど、終わったと思い込んでただけなんだ。やっぱり――――止められないもんだな、音楽(こいつ)は」
 あのときのギターを見せる俺に、あのときの少女は笑顔で頷いた。

 その輝く瞳は、あのときから変わっていない。 






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