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著者:5-363氏


 喧嘩をした夜は、いつも同じ。
 たまらなく喉が渇いて、たまらなく会いたくなる。
 毎度同じようなことを思って後悔するくせに、私も律も、つまらない言い争いを
何年経っても、止めようとはしない。
 自分の部屋の中で、私は、ベッドに寝転がりながら、ただぼんやりとしていた。
得たいの知れない不安のようなものを、浮かべてはまた、掻き消して。
 溜息のついでに、見上げた夜空の星が、あんまりくっきりと浮かんでいて、この
街に落ちてきそうなくらいだった。強く煌びやかに光っている美しい星の群れさえ、
見ていると、何だか気だるくなる。今の私には、見るもの全てが、無気力に映る。
 ずっと寝転がっていると、頭が痛くなってきた。
 よいしょっと、声を上げて、膝に力を入れて、部屋の窓辺まで立って歩く。
 不意に、鏡のように映す窓を見ると、そこには、今にも泣き出しそうな私の顔と、
律の憎めない笑顔が重なって、ぼんやりと窓に浮かんでいた。ハッとして、驚いた
けれど、律のその笑顔は、私の頭が描き出したただの空想であった。
 

 いつもそうだ……。失いそうになってから……律の大切さに、気づく。


 頭の中の律の笑顔が、煙みたいに浮かんでは、影のように小さく揺らめいて、ただ静かに消えていく。
 こんな気分の夜にこそ、良い感じの歌詞が浮かんできそうだな。なんて……無理
矢理に、ポジティブにものを考えてはみるけれど、そんな脆い強がりは、すぐに崩れ落ちて……。
 やはり、頭の中に浮かんでくるのは、今日、くだらない喧嘩をした、あいつのことだけだ。



 きっかけは、いつも通り、些細なことだった。
 私が苛々してたのか、それとも律がしつこくちょっかい出してきたのか、そのどちらが
原因かは忘れたけれども、でも、忘れてしまうくらいにくだらないことだった。いつもな
らこんな喧嘩は、どちらからともなく、電話して、「ごめんね」 「こっちこそ、ごめん」の
お互いの一言で、済んでしまう話なのだ。
 だけど、今日の放課後。
 部室で律が怒って、別れ際に私に向かって叫んでいった一言が、やけに私の頭に焼き付いては、離れない。


――もう、澪なんて、絶交だっっ!



 頭を抱え込んで、悩めば悩むほど……
 律のあの表情は、本気だったように思えてくる。

 このまま、不安を引き摺ったままでは、到底眠れそうにもない。
 そう思った私は、未だ胸の中で暴れ続ける心臓を押さえながら、携帯電話を開いた。
 誰かと、話がしたい。
 誰かに、不安を拭いとってもらいたい。
 そんな気持ちの一心だけで、私はムギの携帯に電話した。もう夜も遅いのに、迷惑も
顧みず、私は電話した。耳に、コール音が響き鳴る。なかなか、出てはくれない。
 コール。コール。コール……。
 半ば諦めかけて、涙が出そうになるのをなんとか抑える。もう、ムギは寝てしまった
んだと悟って、電話を切ろうとした、そのときだった。


「――澪ちゃん?」


 受話器越しに、待ち焦がれていたムギの声がやっと聞こえて……。
 私の涙腺はとうとう崩壊し、あげくには、近所迷惑なくらい大きな声で、感涙にむせばんでしまった。



 こんなときのムギは、やたらに優しい。
 いつもだって、優しいのはもちろん優しいんだけど……そう、例えば、部活で楽しく
過ごしているときのムギの優しさは、なんというか、みんながはしゃいでいるときの波長
に上手く合わせたような、その上で、さり気ないところに気がついてくれるような、そん
な優しさ。
 でも今みたいに、個人的に相談に乗ってくれるときのムギは、まるで聖母の抱擁のよう
な、究極的な優しさとでも言うべきか。優しさを通り越してそれはもう、ほとんど、愛情のようでもある。
 だから私は、ついついムギに甘えてしまう。思い切り全体重を預けて、ムギに寄りかかってしまう。
 こんなことじゃ、いけない。
 甘えているだけでは、問題は解決しないのだ。
 だから私は、あえてムギに言った。"ムギ! お願い! 私を叱って!"と。
 私は、ムギや、律にも、本当はずっと、甘えてばかりいたのかもしれない。私は、自分
で勝手に、律のことを下からしっかり支えてあげている気になっていただけで……本当は、
ずーっと律に寄りかかりっぱなしだったのかもしれない。


「私の正直な意見を、言わせてもらうと……」


 と、ムギは言って、それから、息を飲んだような音が聞こえた。
 恐らく、私にとって、耳が痛い意見が飛んでくるのだろう。と、私は予測した。


「澪ちゃんから、ちゃんとりっちゃんに謝るべきだと思うわ」


 ……やっぱり、ね。
 今回のことはきっと、客観的に見たら、私が悪いんだ。
――ううん。多分、今回のことだけじゃない。
 昔から律とのイザコザは、突き詰めていけば結局のところ、私が原因である場合が多いように思える。
 でも、律は……律は、凄く優しいから……私の性格を、誰よりもわかってくれているから……。
 律はいつだって、私より先に、謝ってくれるんだ。
 律はいつも、奥手で恥ずかしがり屋の澪が一番可愛い、とか、照れくさいこと言いながら、笑って私を褒めてくれる。
 律の前でだけ……私はいつもより少しだけ甘えん坊になったり、照れ屋になったり、
 はたまた、意固地になったり……怒りっぽくなったりする。
 でも律は、そんな私の一切を、優しく受け止めてくれる。
 意固地で、奥手で……素直に謝ることのできない私の代わりに、律はいつだって、自分は少しも悪くないくせに、
真っ先に私に謝って、私と……仲直りしてくれていたんだ。

 でもきっと、今回ばかりは……そう上手くもいかないかもしれない。
 だって、律は、私に向かって、絶交する。って、言ったもんね……。

 ムギの真摯なアドバイスや、励ましや、慰めの言葉に追い討ちをかけられるようにして、
私はまた更に、目を真っ赤にさせて泣いてしまう。
 しゃくり声を上げて、肩が震えて、ムギにはただただ、ありがとうとしか言えないでいる。
 だって、本当に、それ以外の言葉が浮かんでこないんだ。
 涙声の枯れきったハスキーな私の声は、受話器越しだと、尚更聞き取りにくいであろうに、
それでもムギは、うんうん。って、頷いてくれて……それから、私と律のことを、本当に
思いやってくれていることが十二分にわかるような、そんなアドバイスをしてくれる。
 こんなとき私は、本当に良い親友を持てた。なんてことを、再認識する。
 

「律に、謝りたいっ……」


 私はもう、何度この言葉を言ったかわからない。
 ムギはその度に、それこそ私の肩を抱きしめてくれるような、そんな優しい声で、応援してくれる。
 でも私は、本当にバカだから。
 すぐに弱音を吐いて、逃げようとしてしまう大馬鹿者だから……。
 自分が全部悪いくせに、少し、ムギに助けて欲しいなんて、そんなスケベ根性が働いてしまう。
「ムギ……」
 自分で放った言葉のくせに、やけに弱弱として、消え入りそうな声だと思った。
「なぁに? 澪ちゃん」
「ムギも、聞いたと思うんだけど……」
 と私は言って、それからこう続ける。
「私、今日さ……律に、絶交するって言われたんだよ……」
「……そうね」
「私……これからさ……どうしたらいいのかなぁ」
 どうしたらいいのかな。なんて、疑問を投げかけたところで、ムギには何もわからない。
 ムギは、預言者じゃないし、私達と同じ、ただの高校生なんだ。
 それなのに、私は一体何を思って、ムギにこんなことを言っているのだろう。
 こんなこと言ったって、ただ悪戯に、ムギを困らせてしまうだけなのに……。
 案の定、ムギはそのまま考え込むような沈黙を受話器の中に置いて、黙り込んでいる。
 私が、ムギに謝ろうと思って、声をかけようとした、そのときだった。
「……ねぇ、澪ちゃん」
 ムギの声は、何だか先程の私の声にも似て、ひどく弱弱しいものだった。
 何故かわからないけれど、私の心臓がドキリとひとつ高鳴った。背後から銃で撃たれたような、
不思議な驚きが小刻みに、続いている。
 何だか妙に、額に冷や汗が滲む。そのせいで額にペタリとくっ付いた前髪が鬱陶しくて、でも、
それを気にかけている余裕なんて、今の私にはなかった。
 ムギの声や、雰囲気が、明らかに変わった。
 ムギの、ゴクリと生唾を飲んだ音が受話器から聞こえて、私の体は硬直した。
「……私が今から言うことに、あんまり驚かないでね……」
 誰だって、そんなこと先に言われたら、余計に緊張してしまうだろう。小心者の私ならば、尚更。
 携帯電話を持つ掌に、じわりと汗が出てくる。
 ムギの言葉を聞く前に、私はひとつ、大きく深呼吸をして、緊張を紛らわせようと努力した。
 だが、その効果も、微々たるものである。

「わかった。何があっても、驚かない」

 受話器の向こうのムギに言って、私はただ、ムギからの返答を待つ。
 どんな言葉が返ってこようとも、決して、驚くことはあるまい。と、そう心に誓っていたはずなのに……。


 「今私の隣に……りっちゃんが、いるの……」


――さすがに、こんな一言を言われるなんてことは、夢にも思っていなくて……。
 私はワンルームの真ん中で一人、ただ呆然と、白い天井を見上げていた。

 部屋の窓を開け放すと、柔らかくて涼しげな夜風が隙間から入ってきて、私の額の汗をさっと冷やしてくれる。
今日何度目かわからない深呼吸をして、肺いっぱいに空気を吸い込んだところで、緊張は微塵も消え去ってくれない。
 私は携帯を片手に、自分の口から、ただの一言も発せずにいた。
 ムギの言葉に驚いて、今も尚、ただ呆然としている。

「あの……澪ちゃん?」

 ムギの言葉が聞こえてきて、私はハッとした。
 どうやら私の意識は、何処か遠くに飛んでいってしまっていたらしい。ムギの声に気づかされて、ようやく意識が舞い戻ってきた。
「澪ちゃん、大丈夫?」
 心配そうなムギの声に、私は余計に狼狽えた。
「だ、……大丈夫、じゃない」
「……うふふ」
 と、ムギが小さく笑った。恐らく、私の焦り具合が可笑しかったのだろう。
 ムギの笑い声だけで、ムギが今一体どんな顔で、どんな仕草で笑っているのか、私には容易に想像がつく。
そのことが私にも何だか可笑しく思えてきて、私も少し吹き出しそうになった。
 ……だが、はて? と、今の状況を思い出して、私は、たちまちギョッとした。
自分の顔が、一気に青ざめていって、血の気が引いていくのが嫌になるくらいわかる。
 確か、先程、ムギは何と言った?
 冷静になれ。と、私は自分自身に訴え続ける。
 額の汗をハンカチで拭って、それから、何故かわからないが部屋の中を一周した。……嗚呼、私よ。
……頼むからもう少し、落ち着いてくれ。

「ねぇ? 澪ちゃん」


 受話器越しで、ムギが言った。
 先程までの何処か緊迫した声色とは違い、いつものムギの、穏やかで優しい声だった。
 だがしかし、そんなムギの落ち着いた様子を尻目に、私は尚も焦り続けていた。
 ……だって、ムギの言っていることが冗談でなければ、本当に、今ムギの隣には、律がいるらしいのだ。

 いや……というかそもそも、なんで律がムギの家に?
 明日は……土曜日。
 ……泊まりにでも行っているのか? しかしまた、なんで今日?


「りっちゃんと電話、変わろうか?」

 うふふ。と柔らかく笑いながら言ってくるムギ。

――いやいやいやっ!! それだけはご勘弁っっ!!

 私は、今自分が出せる精一杯の大声で否定すると、ムギは「えー?」と、自分ひとりだけ、余裕の笑い声を上げている。


「でも、……りっちゃんは澪ちゃんと話したいって、言ってるよ?」


「……へ?」  

 ムギの驚くべき一言に、私は、小槌で頭をポカリと叩かれたような気持ちだった。
――リツガ、ワタシト、ハナシタイ……?
 なんで? どうして?
 さっぱり意味が、わからない。
 だって律は……私と絶交するって……そう言って、今日部室を出て行ったはずじゃない……。
 それを、何で今更……私なんかと何を、話すことがあると言うのだろう……。


「……ふふ。どうする? 澪ちゃんっ」 


 ムギの問いかけに、心が揺れる。
 私にしたら、思ってもみないチャンスだ。
 ここでしっかり謝れれば、私は律と明日からも変わらぬ関係で、いられるかもしれない。
 私はまた、深呼吸を繰り返す。震える足を平手打ちして、無理矢理武者震いだと思うことにする。
手足の先がしびれてきて、携帯を持つ指の感覚も、殆ど無い。
 それでも私は、もう逃げない。 
 ここで逃げたら、きっと後悔する。
 ここで逃げたとしても、私と律は仲直り出来るかもしれない。……けれど、それでは意味がない。
私はまた律に甘えて、寄りかかって、守ってもらって……
 律に守られるのは、確かに心地が良い。
 けれど、これ以上律に迷惑をかけてしまうことだけは、もう嫌だ!


「……わかった。ムギ」


 と、私は言って、また深呼吸。
 準備万端。足の震えスイッチが最強に移り変わったことも気にしない! こんなのは……気のせいである。


「――律と、話すよ」

 凛として、驚くほど、自分の声だとは思えないような声が出る。
 緊張も不安も焦りも、確かにあるけれど……今はとにかく……ただ大好きな、律の声が、無性に聞きたかった。
 ムギの返事が、無い。
 恐らく今、隣にいる律に携帯を手渡しているのだろう。
 ああ……っ、もうっ……なんで私がこんなにドキドキしなきゃなんないんだ……相手は律だぞ……。
 でも、絶交する、なんて……初めて言われたもんなぁ……。
 今までどんなに大きな喧嘩をしてきても……それは、お互いのことを愛して止まないのが、どこか二人とも
わかっているような喧嘩で……なんというべきか……こんなこと、言うのも恥ずかしいんだけど……やっぱり私達は、
どんなに年を重ねていって、どんなにたくさんの人たちと知り合って……どんなにたくさんの人たちと友達になれたとしても……
私には律以上の存在はいないし……多分それは、律もおんなじだと思う……。

 ねぇ……律? 知ってる?


 私はね……律の優しいところ。
 格好良いところ。
 実はちょっと、可愛いところ。
 子供なところ。
 大人なところ。
 ……全部全部、愛してるんだ。 
 ……なんつってさ……。こんなこと、思うだけでも、照れくさいのに……。
 本人には口が裂けても、言えません……。
 何としても墓場まで持っていこうと、思ってるんです。
 貴方を愛していない、訳が無い。
 どんなにこっぴどく叱っても、怒っても、無視しても……私はやっぱり……律のことが……。
 

 そんなことを一人で悶々と考えていた、そのときだった――




「お電話代わりました♪ 澪〜♪ 今私、ムギんち泊まりに来てんだぜ♪」




――代わった電話。


律の声はいつも通りの明るさで……私は一瞬、耳を疑った。

 部屋の隅に遠慮がちに飾ってある時計を見ると、そこにはもう随分と夜の深まった時刻が刻まれていた。
 つまり、約一時間の長電話をしてしまったことを私に知らせていた。
 私はというと、尚も震えている足をそのままにして、左手に持っている携帯電話を落としそうになるの
を、なんとか堪えている最中だった。
 受話器の向こうからは、陽気な笑い声が聞こえる。――それも、二人分の笑い声が。
 私の口は依然として、開いたまま塞がらないでいた。


「なぁなぁー、みおー? 驚いたかーっ?」


 どんな言葉も、今の私の頭では到底理解出来そうにない。
 頭の中が空っぽになって、思考停止している。
――アレ? ワタシトリツッテ、ケンカシテタンジャナカッタノ?
 そんな片言な疑問が浮かびながらも、律のいつもの声が聞けて、とにかく安堵する。
 緊張の糸がプツンと切れてしまって、私は膝から崩れ落ちた。腰が抜けて、もう立てない。立ちたくない。


「あれ? 澪、どうしたの?」


 最初から何も起きてなどいないというような口ぶりの律の声が、上手く耳に馴染まない。
 私は床に崩れ落ちたまま、未だに解けない緊張の余韻の中で、受話器越しの律に問う。


「律……あんた……怒ってたんじゃ……」


 私がそう言うと、律は尚も明るい口調で、


「――澪が反省してるっぽいから、もういいよ別に」


 と、実に何でもなさそうに言うのであった。


「澪と喧嘩しちゃったからさぁ〜、なんとなく愚痴を言いにムギの家に行ったらさぁ〜、ムギが泊めてくれる
って言うもんだから……あははっ」 


 抱えていたたくさんの謎の真理が段々と解明されていく。
 だが、私は脱力していて、律の言葉の殆どが私の耳には届いていなかった。


「じゃ、じゃあ……絶交するって言ったのは……」


 最後の力を振り絞って、この問いの答えだけはしっかりと聞いておこうと覚悟した。
 陽気な声で返ってきた答えは、こうだ。




「――私、そんなこと言ったかぁ?」




 私の意識は、とうとう、ここで途絶えた。

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