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著者:12-172氏


 街並みはすっかり十二月の色に染まっていて、中心街に並び立つ洒落気のきいた家々ではもう既にサンタやらトナカイやらのイルミネーションが備え付けられている。
 昼間は死んだように静かだが、一変、夜にその道を通ると途端に、その家全体が、はたまたその通り全体が、宝石箱の中身のような光を輝かせて、通り過ぎる歩行者や車の中からの視線を集めたりしている。
 かく言う私も、その視線の一部となって、余所余所しくこの色気のない街から特別切り離されたように彩りを持ったその家を眺めて、その家を眺め終わると、また隣の、クリスマスなんて知ったこっちゃないというようにサンタもトナカイも住み着いていない家を見つけて、本当はそっちの方が常であるはずなのに、不思議とその家が、何故だかサンタにもトナカイにもクリスマスツリーにも雪にも見捨てられた、気の毒な家であるように見えてきて、私も少し、俯いてしまうより他、なくなってしまう。
 目が覚めるような冷たい風を身体に受けて、ふと、隣に人肌を探してしまう。けれど、今は私一人でいることを、思い出すまでもなく考えて、それから少し、ほんの少しだけ、寂しくなった。
 駅前の辺りの騒がしい浮かれた気配が私のところまで伝わってきて、例年とは違い、今だけは何故か少しだけこの季節が煩わしい。
 大勢で、例えば、軽音部のみんなと一緒になって騒がしく街を歩いているときには、微塵も考えないことなのだけれど、今のようにこうして一人でコートのポケットに手を突っ込み、空を見上げていると、よく思うことがある。
 それは、普段の五人でいる私たちって、ただの、馬鹿でやかましい女子高校生にしか、見えていないんだろうな。なんて、こと。
 灰色の曇り空からは、一向に太陽の顔が見えない。そのせいでいつにも増して時間がわかりにくいけれど、ふと腕時計を見ると、まだまだ夕方であった。
 それなのに私は、この街で一人だけ、終わりのない深更の中にいるみたい。深い森の真ん中にある陽だまりで、一人、切り株に凭れて眠っている自分の姿がありありと想像できる。
 今の私は、なんとなく、そんな感じだ。と思って私は、一人なのに、短く笑った。








 付き合い始めてもうすぐ五ヶ月程経つのだろうか。あの日からそんなに時間が経過しただなんて、今は上手く信じられないけれど、けど、あと七ヶ月経った未来の私は、もっとそんな感じだろう。
 付き合って一年の記念日をしっかり覚えている私自身というものを、我ながら想像してみて、なかなかどうして、気味の悪いものだと思う。
 こんなに普段から奔放で色んな人に迷惑ばかりかけている私が、そんなどうでもいい記念日だけは覚えているなんて。
 でも多分、一生、この記念日だけは、忘れられない。
 だって、私と彼女の、凄惨で醜怪なこの想いが、初めて通じ合った日のことだもの。きっと一生、忘れられるはずがないって、そう思える。
 駅前のハンバーガーショップの前は、意外と閑散としている。その店の窓に貼ってある、クリスマス前後の期間だけは全ての商品が僅かばかり安くなるという広告のポスターのその向こう側、不意に、愛しい人の横顔が見えた。
 私は、思い切り手を振りたいような、はやる気持ちをどうにかして抑えて、なんとなく彼女にはバレないように、コートのフードを被って顔を隠しながら、自動ドアの店内に侵入していった。
「いらっしゃいませ」
 彼女のあたたかいような声が、店内に優しく響いて回る。いつもは、私だけの物であるその声も身体も、今はこうして、公の場にあることを思うと、なんとなくこころ寂しい。
 私が真面目な顔して、バイトなんてもう辞めて、私との時間をもっと作ってくれと主張したなら、彼女は一体、どんな顔をするんだろうか。もしかしたら私の為に、次の日からでもバイトを辞めてくれるかもしれない。その可能性もゼロではないけれど、でも恐らく彼女は、辞めないんだろうなって思う。責任感の強さは常から見えているし、案外、意固地な彼女は、そんなこと言う私のことよりも、バイトの方が今は大事だ、とか、強気な態度で言い出すかもしれない。
 そうなったらそうなったで、また喧嘩するんだろうな。わたしたち。
「ご注文はいかがなさいますか?」
 フードを深々と被った私に気付く様子もなく、彼女は私に、業務用の笑顔を振りまく。
 私はメニューを軽く指差しながら、情けなく、物乞うような声を絞り出した。
「ホットコーヒーのS。ムギちゃんの分も、奢ってあげる」
 そう言いながら私はフードを脱いで、いまいちしっかりと見ることが出来なかった、彼女の顔を真正面から見る。一瞬、呆気に取られたような、何が起こっているのかわからないような表情だったが、それからすぐ後に、彼女は目の前の客が自分の恋人であることに気が付いて、小さく声を上げて驚いている。
 フードを被っているくらいで、恋人である私を見抜けない。それって、どうなの? って思うけど、それはもう忘れてあげることにする。そんなことに、いちいち突っかかっていたら、口喧嘩は耐えない。関係を円滑に進めるためには、見て見ぬふりも必要。どうしても妥協できないことだけは、二人とも、戦ってでも譲らない。そんなふうにして、私たち二人はこの五ヶ月間、やってきたのである。
「……ホットコーヒー、二つでよろしいですか?」
「うん」
「300円に、なります」
 あくまで今は店員とお客様であるらしく、彼女はつつましい態度を止めない。バイトって、そういうものなのか。なんてことを私は思いながら、お財布の中でじゃらじゃら五月蝿い小銭の中から、300円だけを彼女に差し出し、それを彼女は、雪のように白い掌で、とても大事そうに、受け取った。
「300円ちょうど、お預かりします」
「ねぇ……もう上がる時間だよね?」
 たまらなくなって、私がそう問うと、彼女は店の白い柱に几帳面に飾られているそのハンバーガーショップ特製の時計を見た。
 時計の短針は五時ジャストを差していて、おもちゃ時計のようなそれは、時報のように何かしらの人形が時計の中から出てきて、一通り訳のわからないダンスを踊ってから、また元の位置に帰っていった。
「そうでございます」
 と彼女は、悪戯な笑顔でそう答えた。稚気に富んだその愛らしい仕草は、私の胸の鼓動を大きく高鳴らせるのには十分で、徐々にゆっくりと、自分の頬に赤味がさしてくるのに気づいた私は、彼女から素早くそっぽを向いた。ニコニコと笑う彼女を横目で見ながら、こんなふうに笑顔を振り向けられる度に、いちいち彼女を抱きしめたくなってしまう自分は、つくづく馬鹿なんだと、思わずにはいられなかった。
「早くこっち、来てよ」
 狭い胸の奥から搾り出したようなその声は、自分自身ですら、よく聞こえないくらいだった。
 それでも、目の前の彼女はニッコリと気持ちよく笑って、それから、赤い顔のままこう言った。
「かしこまりました」








「来て、くれたんだ」
 そう言いながら微笑む彼女の真っ直ぐで優しい目を、未だに長い時間見れないまま。
「なんとなく、会いたかったから」
 そう、小さく呟いて、それから私は黙ったまま、じっと地面を見つめていた。
 暖房の効いた店内から、ホットコーヒーだけを手に持って出てくると、何だか余計に、外の寒さが身にしみた。それでも今は、隣に最愛の人がいることを考えると、先程までの深い孤独は、すっかり忘れられてしまう。そんな自分が、何処か腹立たしくもあるのだけれど。
「別に、無理して外に出る必要はないわよ?」
「どういう意味?」
 と私は聞いた。本当に、言っている意味がわからなかったから。
「お店の中の方が暖かいし、テーブルも椅子もあるし……」
 そう、彼女は言いながら、繋いだ手を、自分の身体の方へと弱く引っ張っていく。どうやら、今出てきたばかりの店の中へと私を連れて行きたいらしい。けれど、私も負けじと、弱く引っ張って、幽かな抵抗を試みる。
 すると、二人の間で、掌がパッと離れて、それから途端に、心にぽっかりと大きく穴が開いたような思いをした。
「私と二人でいるところ、お店の人に見られちゃうじゃん」
 何気ないような声で私が言うと、それでも、彼女は目を見開いて、ひどく驚いたような顔を見せる。
 私は、手に持ったホットコーヒーの僅かなぬくもりだけを身体全体で分け合い、それから、離してしまった彼女の温かい手のぬくもりを、今更のようになごり惜しく思っていた。
「それって、どういう意味?」
 眉間に深い皺を寄せて、彼女は言った。
 けれど、私には、彼女の怒っている意味が、よくわからない。
「……恥ずかしくないの? ムギちゃんは、さ」
「なんで? どうして?」
 たまらなくなって私は、ホットコーヒーを一口だけ立ち飲みしてしまう。外気に晒されていたからか、もう既に温くなってしまっていて、ざわざわとした喉越しが少しだけ気になったけれど、それでも、無いよりはマシだ。目の前の彼女は、どうやら、怒っているらしいし、もう私には、何をどうしたらいいかさっぱりだった。
「ムギちゃんは私のこと、お店の人に聞かれたら、なんて紹介するの?」
 彼女の顔も見ないまま、私は問う。けれどなんとなく、彼女の今現在の表情が、頭の中でうまく想像出来てしまう。
 答え合わせするみたいに、隣に佇む彼女の顔を盗み見る。
 それは、何処までも真っ白であるその上から、一滴だけ悲しみを点したような、表情だった。
「女友達? それとも、恋人って、紹介してくれるの?」
 私のその問いにも、彼女は、機械のように冷たい無表情だった。
 二人の間の沈黙は、夜の海みたいに深くて暗い。
 どこまでも果てしなく、終わりがないようにも見える。
 不意に見上げた群青の空には、宵の白い月だけが誰かの忘れ物みたいに、ぽっかりと浮かんでいた。こんな、何ともない風景も、彼女が隣にいるだけで、少し滑稽に、はたまたそれを飛び越えて、情感的にすら見えてくるものなのだなと、思いがけず少し感動してしまう。
「――運命の人」
 と、彼女は小さく、それだけ呟いた。
 私は、彼女の言葉を頭の中で、何度も反芻する。
「運命の人って、みんなに自慢してやるつもりよ!!」
 すっかりいつもみたいに意固地になって怒っている彼女の、うっすらと涙が浮かんだ瞳の奥に、私の顔が歪んで映っていたのを、見つけた。





 
 
 賑やかな店内では、客の出入りが多くなってきて大忙しであるらしく、何とか運よく二人席の小さいテーブルを確保できた私と彼女は、ほっと安堵の溜息を吐いたりしていた。
「忙しそうだなぁ……星野さん」と、小さく呟く彼女の口から出てきた、私以外の他の女性の名前に対し、みっともなく嫉妬したりしながら、それでも私は、仲直りしたばかりの和やかなこの雰囲気が、たまらなく好きだった。まるで、憂が作った二日目のカレーみたいだな。なんて、阿呆らしいことを考えていたりする。それはつまり、時間が経つ毎に熟成して美味しくなっていくような関係ということで、このままいくと、七ヵ月後の、一年目の記念日には、鴛鴦夫婦のような関係が築けているかもしれない。なんて、そんな、夢みたいな未来を想像する。
「これが私の、運命の人です」
 目の前の彼女が、必死に笑いを堪えるような声で言った。
「『少し頼りないけど、可愛くて、最近少し怒りっぽい、運命の人です』 ……なんてね」
「……やめてよね。そんな紹介」
 子供みたいにストローを口に咥えながら、彼女の意地悪に、ささやかな反抗を試みる、けれど。
「だって、本当のことだもん」
 そう言って、彼女は静かに微笑んだ。その笑みに、私がどうしようもなく見惚れてしまうのは、いつものことだから、彼女もいい加減、呆れて何も言わない。けれど私は、その美しい微笑みに飽きることなく、まるで名画を吟味するように、何度も何度も、頬を紅くさせながら、いつまでも目を離すことが、出来ないでいる。これってもう既に、病気の領域なのではないかと、最近私は本気で思うときがあるのだ。
「……私って、そんなに怒りっぽい?」
「私の前で、だけはね。りっちゃんたちの前では、普通じゃない?」
 何処となく誇らしげに、彼女は言った。
 まるで、胸のブローチをこれ見よがしに見せ付ける、意地悪な妃のように。
「私の前でだけは、怒りっぽいし、甘えん坊だし、寂しがり屋だし、照れ屋だし……それから、すぐ拗ねるし、たまに意地悪だし」
 そんなふうに言い伏せられて、私は、どうしても言い返してやりたいのに、それなのに、反論の仕様がまったくなくて、言葉が出てこない。こういうときにいつも思うのは、普段の行いって、本当に大事なんだな。ってこと。
「かまって欲しがりの、駄々っ子みたい」
 そう言って今にも吹き出しそうになりながら笑う彼女のニヤケ面が、恨めしい。悔しいけれど、全部、彼女の言う通りであることは、お互い重々承知していることだから、もう私はこうなってしまったら、さっさと白旗を揚げて、唇を噛み締めながら、彼女の勝利インタビューを俯き気味に聞いているしかなくなってしまうのだ。こういう弱みがあるから、彼女との口喧嘩の通算成績は、私が大きく負け越してしまっている。
「ほんと、可愛いわ」
 勝利の余韻に浸る彼女が最後に私の耳元で優しく告げた、慰めにも似たその言葉は、私の体温を激しく上昇させるのに一役も二役も買って、それから私は、更に大きく、俯くより他、なくなってしまったのだった。



おしまい

このページへのコメント

たまらんわ〜

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Posted by 名無し 2010年03月01日(月) 03:33:17 返信

素敵な関係(*^_^*)

0
Posted by ナナシ 2010年02月06日(土) 14:57:27 返信

もっと読みたい

0
Posted by 夜鷹 2009年12月23日(水) 00:24:04 返信

心暖まる良い話でした!

0
Posted by 名無し 2009年12月21日(月) 18:02:57 返信

久々の良作

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Posted by 鴛鴦 2009年12月10日(木) 11:31:13 返信

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