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タイトル:ロッカー内でドッキリ
(律×澪)梓視点


月日の経過は早いもので、私、中野梓が桜が丘高校に進学して半年以上が過ぎ去ろうとしていた。
中学時代とは打って変わって環境が一変し、初めは何もかもが手探りの毎日だった。
今ではその苦労が功を奏し、我ながら充実した毎日を送れていると思う。

放課後はまず部室へと赴く。小さな頃からギターに触れてきたこともあって、私が入部したのは軽音部だった。
桜高軽音部は非常にぬくぬくとした環境で、入学当時えも言われぬ使命感に駆られていた私は、果たしてこの部に入って良かったものかと寝る前のベッドの中で煩悶した。
しかし、今ではその選択に間違いはなかったと胸を張って断言できる。

なぜなら、気のいい四人の先輩たちに囲まれ、楽器の腕を磨くだけのみならず、色々と可愛がって貰っているのだ。
新入部員としては申し分ない待遇だろう――今年の新入部員は私一人だった。
若干一名スキンシップが過剰な先輩がいるけど、親切な皆さんに囲まれ、私は果報者だとつくづく感じる今日この頃だ。

さて、今日も部室へと足を運ぶ私。今日はどんなお茶菓子が――おっと、練習にも精を出さないと。
部室でのティータイムは恒例行事になっていて、いつも先輩方がお茶とお菓子を用意してくれている。
今ではどっぷりとその居心地の良さに浸っている私。入部したての頃はちょっと抵抗もあったけどね……

部室の前に到着した私。最近は気配で誰がいるか分かるようになってきた。
ふむふむ、この落ち着いた中にも温かみのある雰囲気、恐らくムギ先輩かな。
ノブを手に取りドアを開けた。蝶番が軋みを立てる音。

「失礼します」
「あら、梓ちゃん。早かったのね」

この人は琴吹紬先輩。経済に詳しい人なら一度は耳にした事のある大企業の社長令嬢で、実家は随分とお金持ちのようだ。琴吹家の一族共通の沢庵みたいな眉毛が実に特徴的。
品のある物腰はお嬢様育ちに由来するものだろうか。ピアノを引いているらしく、私たち桜高軽音部のバンド「放課後ティータイム」ではキーボードを担当している。

今年の夏休みには海が近い別荘に招待された――部活の合宿地として使わせてもらったのだ。
素晴らしく好立地な物件で、すこぶる快適な合宿を楽しめた。

いつもお茶とお菓子を持って来てくれるのはこの先輩。彼女によると家に貰い物のお菓子が余るほどあるらしい。

「やっぱりムギ先輩だったんですね。他の皆さんはまだ来ていないんですか?」
「うん、りっちゃんも唯ちゃんも用事があるみたい。それで、私だけ先に来てみたの。澪ちゃんはクラスが違うからわからないのよ」
「それにしてもムギ先輩と二人きりになるなんて久しぶりですよね。いつもは皆さんと一緒ですし」
「ふふっ、りっちゃんと唯ちゃんがいないと随分静かよね。そうだ、ちょっと待っていてね、すぐにお茶を淹れるから」

ムギ先輩はティーポットに紅茶の葉を入れ、煮沸していたお湯を注ぎ込んだ。
しばらくの間蒸らし、カップへと注ぐ。赤みを帯びた淡い琥珀色が実に美しい。
部屋中にふんわりと漂う、豊潤なマスカットのような甘い香り――多分ダージリンかな?

「はい、梓ちゃん。お茶が入ったわよ」
「ありがとうございます。早速戴きますね」

私はじっくりと紅茶の香りと味を堪能した。口内に広がる深みのある渋み――温度も丁度良い塩梅だ。
やはりムギ先輩の淹れる紅茶は美味しいな。小さな頃から情操教育を受けていたのだろう。その成果がこの紅茶に結実している。

「今日は茶葉を換えてみたんだけど……どうかなぁ」
「味も香りも一級品です。ムギ先輩の淹れる紅茶はいつも美味しいですが、今日のはまた格別に素晴らしい味ですね」
「ふふっ、ありがとう。二番摘みのダージリンの良品が手に入ったの。みんなに飲んでもらおうと思って早速持ってきたのよ」
「いつも本当にありがとうございます、ムギ先輩!」

ムギ先輩はとても気前の良い人だ。私なんていつも甘えっぱなし。
年末にはお歳暮でも送って、ささやかながらの御礼でもしようかな?

「ところで皆さんはどうしているんでしょうかね?」
「唯ちゃんはさわ子先生にお呼ばれしたみたいよ。りっちゃんと澪ちゃんは今も一緒にいるんじゃないかなぁ……うふふ」
「そうですか。先日に学園祭が終ったばかりとは言え、一応練習もしておきたいんですが……」

先日の学園祭ライブは素晴らしかった。今までの人生でもっとも輝いていた一日しても過言ではないかもしれない。
唯先輩がギターを自宅に忘れてしまうなどのトラブルも多かったけど、私は生涯あの日の感動を忘れる事はないと思っている。

「――むむっ、梓ちゃんちょっとお静かにっ。この気配、分かる?」
「いや、全く分かりませんが。どうかしましたか?」
「もうっ、りっちゃんと澪ちゃんが近づいてるに決まってるでしょ。多分階段の下辺りにいるわ」

田井中律先輩と秋山澪先輩。幼少期からの親友らしく、いわゆる幼なじみの間柄らしい。
いつも二人で漫才を披露してくれる愉快な先輩たちだ。つっこみ役はもっぱら澪先輩だけどね。

律先輩はドラム担当――我らが軽音部の部長を務めている。去年はメンバーが足らず廃部の危機に瀕した軽音部を救うため八面六臂の大活躍をしたらしい。
ちょっと大雑把な性格でトラブルメーカーな反面、社交的でリーダーシップに秀でた人で、カチューシャで前髪をたくし上げ露出した額も、その心の広さを表しているかのようだ。

澪先輩はベース担当――性格は真面目かつ冷静沈着。ロングの黒髪がとてもよく似合う美人だ。
ちょっと恥ずかしがりなところがあるのはご愛嬌――律先輩の話によると「これでも随分丸くなった」とのこと。
先走りしがちな律先輩のブレーキ役として、いわば軽音部の参謀としての地位を確立している。
澪先輩とは気が合うので特別に可愛がってもらっている。故に澪先輩への敬慕の情はひときわ強く、いつかはあんな格好よくて綺麗な人になりたいと思っている。

「えっ、ムギ先輩こんな所からでも分かるんですかっ! まるで超能力者みたいですね」
「――こちらに、梓ちゃんっ」
「なんですかムギ先輩っ? あっ、ちょっと」

ムギ先輩は机の上に出されていたティーセットを瞬時に片し、何処から取り出したのか、おもむろに消臭スプレーを散布し始めた。
室内を包み込んでいた芳しい紅茶の香りは雲霞のごとく消えてしまった。

お次は私の手を取りロッカーの前へと導いていく……何事だろう?
このロッカーは以前掃除用具入れとして使っていたみたいだけど今は空っぽのはず。

「この中に入るのよっ。ささっ、早く早く」
「この中にですかぁ……ちょっと狭いような。いや、絶対に狭いです」

ロッカー内は畳一条分の広さもない。こんな狭苦しいところに入れと言うのだろうか?

「いいからいいからっ。早くしないと気付かれちゃう」
「どうしたんですか、ムギ先輩っ? 何かのお考えがあっての事ですかっ」
「ふふっ、ほんの戯れってところよ――」

ムギ先輩は私を半ば強引にロッカーの中へと押し込み、次いで自身も入ってきた。
……非常に窮屈。ムギ先輩も私も太っている方ではないが、あまりにも空間が狭すぎる。
お互いの体を密着させるような形になってしまい何とも恥ずかしい。

「これでよしっ。間に合ってよかったわね、梓ちゃん」

囁き声でムギ先輩が告げた。ムギ先輩が声を発するたびに私の首筋に生暖かい吐息がかかる。思わずビクッとしてしまう私。

「あっ、あの……。ムギ先輩っ。ちょっとくすぐったいですって」
「ふふっ、こんな狭いロッカーの中で体を密着させるなんて思いもよらなかった? でもね、梓ちゃん。しばらくの間はお静かにね」
「お静かにって……こっ、こんなの変ですよっ!」
(シッ! 二人が入ってくるわよ――)

私たちはロッカーの隙間からこっそりと室内を眺めた。くっきりと部屋中を一望できる隙間だ。果たして本当に先輩たちはやって来るのだろうか?

――と、その時。ドアが開かれたと思うと、律先輩と澪先輩が入室してきた。怪訝な眼差しで辺りを見回す両先輩。
私の背面ではムギ先輩が私の口を掌で塞ぎ、自らも息を潜めていた。……息苦しいよぉ。

「あれっ、誰もいないな。以外にも私たちが一番ノリかぁ」
「そのようだな。たしか唯とムギは先に部室に向かっていたとか言ってなかった、律?」
「うーん、私もそう思ってたんだけどね。見当違いだったのかも」

律先輩はいつもの指定席にどかりと腰を下ろした。澪先輩は律先輩に寄り添うように背後に立っている。

「それにしてもさ。ここで二人っきりになるなんて珍しいよね、澪」
「……うん、そうだね、律。いつもは賑やかな部室もなんだか趣が異なって見えるよ」
「ふふっ、澪の部屋でならいつも二人っきりだよね〜。私ん家だといかんせん弟が煩くてなかなか雰囲気でないし」
「……バカ律」

澪先輩は頬を林檎のように赤く染めて恥じらいを見せている。んっ、なんだあの二人から醸し出される中睦まじい空気は……?
両先輩ともいつもと雰囲気が違う気がする。澪先輩なんてまるで恋する乙女みたいだ……

薄暗いロッカーの中、ムギ先輩の顔を一瞥すると、妖しげな笑みで口元を緩ませている。
なっ、何が起こっているのだろう。いつしか私の視線はロッカーの隙間から部室内へ釘付けになっていた。

「あのさっ、澪。いつまでも突っ立ってるのもなんだし、私の膝にでも座んなよ」
「えっ? わっ、私って結構重たいぞっ。よく知っているだろう。多分律より重たい思う……」
「愛しの澪ちゃんを支え切れなくてどうすんのよ。ささっ、いいから座んなさいって」
「……うっ、うん」

澪先輩は律先輩の膝に座り込んだ。うわぁ、澪先輩ったら顔真っ赤だよぉ。
わっ、私の知っている先輩じゃない。あのクールで格好いい先輩は何処へ……

「澪しゃんのサラサラの髪ぃ〜!」
「あっ、ちょっと、クシャクシャにするなよっ」
「なんとも良い香りかなぁ。……うりうり」
「もっ、もう……律ったら」

律先輩は澪先輩の髪を指でサラサラと弄んでいる。窓外から差し込むやわらかな日光に反射してキラキラしている――実に綺麗だ。
それにしてもあのイチャ付き様はただ事ではない。果たして私の眼前で何が繰り広げられようとしているのか……

(ふふっ、梓ちゃんもそろそろ理解してきたんじゃない?)
「ムッ、ムギ先輩これって――」
(ビー・クワイエット! 声がちょっと大きすぎるわよっ)
(ごっ、ごめんなさいっ)

ムギ先輩の顔が本気だ――ステージでの演奏時にもこんな顔は見せたことがない。ムギ先輩まで豹変しちゃってる……
まさか私を驚かして反応を楽しむため、先輩たちが皆して一芝居打ってるなんてことはないだろうか? となると、唯先輩は何処へ――

「それにしてもちょっと重たいねぇ。澪、ひょっとして太った?」
「……不躾なこと聞かないでほしいな。親しき仲にも礼儀ありだよ」
「あははっ、冗談よ冗談。私にとっては心地よい重量感ってところかな……ちょっと触っちゃおっと」
「りっ、律っ! おまえ――あっ」

律先輩の手が澪先輩の華奢な腰に触れる。その手はゆっくりと臀部を伝い太股に行き着く。子猫を愛でるように優しく撫で回す律先輩……

「律っ。ちょっと止めろって…… くっ、くすぐったいよっ」
「本当に止めてほしいのぉ、澪ちゅわん? 案外気持ちよかったりして」
「んっ…… ちょっ、律っ。てっ、手付きがいやらしくなって来てるってば!」

律先輩は澪先輩の言葉に耳を傾ける素振りも見せず、そのまま両手を再び澪先輩の腰にやったかと思うと、今度は脇腹から胸あたりをさすり始めた。

「ばっ、ばかっ! そんなところ……」
「うふふ。どう、澪しゃん。どんどん気持ちよくなって来たでしょ。澪って本当にこの辺りが弱いよねぇ」
「くっ、くすぐったいからっ! こらっ、律っ、止めなって――っ」

澪先輩のあられもない姿……思わず息を飲んでしまう。って、私ったらなんてはしたない!
そうだっ、こういう時は素数でも数えて心の均衡を取り戻さねばっ! 私は脳内で素数を二から順に数え始め、いやらしい妄想を雲散霧消しようとするのだった。

(梓ちゃん、そろそろ理解してくれた?)
(つまるところ澪先輩と律先輩は――)
(オフコース。完全に出来上がっちゃってるのねぇ、うふふふふふ……)

ムギ先輩は私の言葉にニヤケ笑い混じりで応対した。その眼はロッカーの隙間から離されることはない。

(おっ、女の子同士なのに……?)
(烈火のごとく燃え上がった愛の前では、年齢や人種の相違はおろか、血縁や性別すらも風前の塵芥と同じよ。いわんや彼女たちは仲の良い幼なじみ。環境は整っていたってわけよ、うふふ)

ムギ先輩は自分の言葉に酔っているかのような調子で呟いた。
私も同性愛に偏見の無い方だと思うけど、実際に目の前で展開されると、心臓が早鐘を打つみたいに動悸している。
予想外の事態にただ愕然とするのみだ。

それにしても澪先輩と律先輩があんな関係だったなんて――信じられない。
前々から本当に仲が良いとは思っていたけど、まさかこれ程までとは……

(いつ頃からあんな関係なんでしょうかね……)
(ふむ、恐らく二年の学祭に入る少し前かと。あの頃から二人を取り巻く雰囲気が一変したのよね)
(思いのほか最近なんですね! ……私はまったく気が付きませんでした)
(チッチッチッ、梓ちゃんの観察眼もまだまだ甘いわね。とは言え、あの二人もコソコソしていたからねぇ――本当に水臭いんだから。この私を欺き遂せるなんて考えない方が利口だわ)

ムギ先輩は自信満々で人差し指を振りながら私に囁いた。さすがムギ先輩だ……卓越した慧眼の士。

ところで私ってばなんでこんな狭苦しいところで覗き見なんてしちゃってるんだろう。
急激に自己嫌悪に苛まれてきた……
二人で睦み合う姿をこっそりと覗くなんて――絶対によくない。
一呼吸して冷静になるんだ。

(……ムギ先輩、私たち出歯亀みたいな真似をしちゃっていませんか?)
(何か言った? 聞こえないわぁ)
(だっ、だから覗き見なんて悪趣味だと思いませんかっ。私だってあんな姿を人に見られるのは嫌ですよ。そろそろ止めにしましょう……)
(止めるって? このままロッカーから飛び出しちゃうわけ? あんなラヴオーラに満ち満ちた部室内に? 冗談でしょう、梓ちゃん)
(あっ、それはその……いえ、なんでもないです)

ぐうの音も出ない。ムギ先輩は私たちの置かれている状況を鑑みてそう告げたのだ。
やっぱり確信犯だ、この人……ああ、澪先輩律先輩ごめんなさい。
私は御二人の今後を心から応援していますので悪しからずご了承ください――今後は気付いていない振りをするのに苦心しそうだ。

「ここまでにしておこうかしらん……続きはお家でね、澪」

律先輩は艶然と微笑みながら澪先輩への愛撫を中止した。
ムギ先輩はと言うと、瞳孔が拡大し、盛った雄牛のように鼻息が荒くなっている。
果たして彼女の脳内でいかなる妄想が展開されているのだろうか……

ところで続きってのはやはり、回りくどい表現になるけど、そのっ、「不純同姓交遊」になるのだろうか……?

「バッ、バカ律。みんなが来ていたらどうするつもりだったんだよ」
「大丈夫だって。私がそんなヘマをするような子だと思う?」
「……公園や映画館でも人目を憚らず触って来るくせに」
「もう、やっとお互いの気持ちに素直になれたのに……澪って皮肉ばかりだよね」

律先輩はすこし寂しそうな顔で言った。

「そっ、そんなっ! 私はただTPOを弁えてほしいだけで他意はないよっ!」
「ふーん、ほんとかなぁ。それじゃ私のこと好きって言ってよ」
「いっ、今なの……?」
「そのとおりっ。ほらほら、澪しゃん。私のこと好き? それとも嫌い?」

澪先輩はあたふたとして、律先輩に翻弄されている。傍から見るとまるで手のひらで踊らされているかのようだ。

やはり澪先輩がネコなのか。実に興味深い――って、私ってばまた何を考えているんだ。

「――好きだよ」
「聞こえないなぁ。もっとはっきりとした声で言ってくれなきゃ。私ってば難聴の気があるのよねぇ」
「だから……私は律が大好きだって言ってんのっ!」
「へぇ、本当かなぁ……やっぱりこういう事は証を立ててくれないと」

律先輩は余裕の面持ちを浮かべている。まるで幼児をあやす母親のようだ。
さすが律先輩。十年の時を共に過ごしただけのこともあり、澪先輩を完全に手玉に取っている。

「……証って何をすればいいんだ?」
「もちろんキスに決まってるでしょう。マウス・トゥ・マウスで接吻よ」
「キッ、キスって……ここで?」
「そそっ、みんなが来ないうちにね――」

澪先輩は羞恥に頬を染めながらも頷いた――どうやらまんざらでもないらしい。
部室内でキスだなんて……風紀委員や教師たちに見つかったら停学ものだ。

先輩たちの妄挙を律する術は今やなし。固唾を呑んで見守るしかないのだ。

「そっ、それじゃあ行くぞ、律」
「さあ来いっ! 私の精気を吸い尽くしちゃってくれいっ」
「よっ、よしっ!」

澪先輩は律先輩の頤に手を添え、自らの顔をやや傾け、唇へと迫っていく。
距離が狭まるにつれムギ先輩の鼻息が荒くなってきた……バレちゃいますよ。

互いの唇があと数センチで接触――と、その刹那。

「みんなー、遅れてごめんねぇ!」

ドアを勢いよく開き、颯爽と登場したのは平沢唯先輩。我らがバンドのリードギター担当だ。
可愛らしいけど極度の天然ボケで、時としてとんでもない事態を引き起こす――たとえば今の状況なんてね。

「……っ」
「……あれっ、唯っ?」
「りっちゃんと澪ちゃん。なっ、なにしてんのって……んっ?」

唯先輩は呆気に取られた面持ちで二人を見つめている。
唇まで互いに数センチ……誰がどう見たって口づけする一歩手前だ。

瞬時に身を引き平静を装う澪先輩。しかし、私の目には返って訝しく見えた。
おそらく唯先輩も同じだろう。

「あのぉ……私、今すごく邪魔者だった、かな? あっ、あはは……」

気まずい沈黙が続いた後、開口一番で唯先輩が口切った。眉根を寄せ愛想笑いをしている。

思わず息を呑む私……一体どうなってしまうのだろうか。
今になって思うけど、部室でそんなことしていたら、いつかバレちゃってたと思いますよ、先輩たち……

(チィッ、そのとおりよっ! 唯ちゃんタイミング最悪っ!)
(なんでムギ先輩が……)

ムギ先輩が般若面を想起させる表情を浮かべながら、憤懣やる方ない調子で舌打ちした。
いつもの温厚なムギ先輩は完全に鳴りを潜めてしまっている――先輩の心中を察するのは今では容易だった。

「ちょっ、唯っ! なっ、なにか勘違いをしていないか! なっ、律!」
「えっ? ああ、うん。そうかもね……」

澪先輩は律先輩に同意を求めようとしているが、いささか乗り気でない律先輩。二人の反応は対照的だった。
私には律先輩の表情がどこかもの悲しそうに感じられた。

「私たちは……えっと……そうっ! 律の目にゴミが入ったから、それを取り出すために、私が覗き込んでいただけなんだよっ。だよなっ、律?」
「あーっ、うん。実はそうなの。目が痒くって痒くってさぁ」

あまりにも苦しい弁明だ。さすがの唯先輩も欺かれはしないだろう。

「……なぁんだ。そうだったんだぁー。私ったらてっきり二人がキスしようとしてるのかなって思っちゃったよっ」

――思わず肩の力が抜ける私。
そう、唯先輩は想定の斜め上を行く人だったのだ。

「妙な勘違いするよなぁ、唯は。大体キスなんて恋人同士がするものだろう。いくら仲がよくても、日本人にはあまり馴染みがないと思うな」
「……」

律先輩はちょっと気難しげに澪先輩を見つめていた。
事情を知る私は律先輩が腹蔵に秘める思いをなんとなく理解できる気がする。

「そうだよねぇ。まさか二人が恋人同士なんてありえないし、私って早とちりだからさぁ」
「あははっ、まったく唯ったら……」
「そういえばみんなはまだ来ていないんだね」
「そーなんだよ。私たちもさっきからずっと待ってるのにさぁ。ちなみにさわちゃんは忙しくて無理だってさ」

一瞬心臓がヒヤッとした。今さら気付かれたら目も当てられない。
ここは断固として沈黙を保たねばならない――今後も円滑な部活動を行うためにも。

ムギ先輩、今日ばかりはあなたを恨みます……
当の本人は私を気にかける素振りも見せず、部室内のやり取りを注視していた。

「ちょっと私あずにゃんの教室まで行ってくるね。りっちゃんたちはムギちゃんを探してもらってもいいかな?」
「そんなこと面倒なことしなくても携帯にメールでも送ればいいでしょ〜」
「あっ、そうか。よーし……」

携帯――やばいっ! 私は電光石火の速さで携帯の電源をオフにした。
これで大丈夫。そっと胸を撫で下ろす私。ああっ、心臓に悪い……寿命が何年か縮んだかも。

(危なかったわねぇ、梓ちゃん。あのままメロディが鳴っていたら、私たちどうなっちゃっていたんだろうねぇ?)
(ムッ、ムギ先輩っ! 人事みたいに言わないでくださいよっ。ムギ先輩も早く携帯の電源を切ったほうがいいですって!)
(あらっ、私はとうの昔に切っていたわよ。それに人事だなんて失礼ね。こういうスリリングなシチュエーションもどんと来いって所かしらぁ)

ムギ先輩は恍惚とした面持ちで、自分の置かれている状況に酔い痴れている……ダメだっ、このままだと本当にバレかねない。

「……二人とも通じないや。電源切ってるのかな?」
「おかしなこともあるもんだな。よっし、それじゃあ仕方ない。手分けして教室まで見てくるとするかね」

おっと、これはチャンス到来か? 三人とも席を外してくれれば、脱出の機会はいくらでもあるはず。

「うん、お願いするよっ。それじゃまたここでねっ」
「あい、了解した唯隊員。心置きなく梓隊員の捜索業務に精を出してくれたまえ」
「ラジャー、行って参ります! りっちゃん隊員、朗報をご期待ください!」

唯先輩は挙手の一礼をし、部室から駆け出していった。掌をヒラヒラと振りながら見送る澪先輩。

「ふう、危なかった。唯で良かった。ムギや梓だったらどうなっていたことやら……考えたくもないけどね」
「……あのさ、澪。いつまでもひた隠しにするのは皆に悪い気がしない?」

律先輩は裏表のなさそうな人だから、秘密主義を貫くのを好ましく思っていないのだろう。

「でっ、でもさっ……カミングアウトするのはまだちょっと早いよ」
「部員の皆だったら拒絶したり気持ち悪がったりするなんてことは絶対にないって。私が保証するよ」

ムギ先輩がじっくりと首肯している。これには私も同意だ。

「そういう意味じゃなくってさ……やっぱり恥ずかしいっていうか、そのっ……」
「はぁ、いつまで経っても恥ずかしがり屋なんだから。まっ、澪しゃんのそういうところにも惚れ込んじゃったんだけどね――」

そう告げると律先輩は澪先輩にキスをした。澪先輩と肩を並べるには、律先輩の尺がやや足らず、少し背伸びをする格好になっている。
あたかも恋愛映画のワンシーンから取り出してきたかのようなロマンチックな情景だ。

二人とも頬が熟した林檎のように赤く染まっており、なんとも初々しくて、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
ムギ先輩は「キャ〜!」なんて叫び声を必死で抑えながら二人の姿をつぶさに見守っているのだった。

かくいう私も心中に去来する多幸感に酔い痴れていた。これが愛の力か――

「ふふっ、さっき出来なかったからさ」
「……もう、おまえはどうしてこんな嬉しいことばかり……」
「早いところ私のクラスに向かおうぜっ。ムギのやつ何処をほっつき歩いてるんだろっ?」
「あっ、ちょっと待ってよ、律っ!」

先輩たちは部室を後にした。先程とは一転して静寂な雰囲気が部室内を包んでいる。

「よしっ、そろそろいいかしらんっ」

ムギ先輩はロッカーの扉をそろりそろりと開き、こっそりと抜け出した――私も後に続く。
ふう、一時はどうなることかと思ったけど、どうやら無事に終ったようだ。
本当に良かった……深呼吸する私。空気が美味しいなぁ。

「どうだった、梓ちゃん。なかなか貴重な体験だったと思わない?」
「あのですね。やっぱり私としては感心できませんよ……覗きだなんて」
「まあまあ、あまり堅苦しいことは抜きにしましょうよ。それに今回は梓ちゃんも共犯だしねぇ……うふふふふふ」
「『今回は』って……まさかっ!」
「うふふふふふふふふ――」

ムギ先輩は怪しげな微笑を浮かべながら部室から去っていった。
まさか常習犯……私は背筋に走る悪寒に堪えながら、ムギ先輩の後に続いていくのだった。

そう、軽音部を裏から支配する女帝のような人物に――


おしまい


〜あとがきのようなもの〜
「音楽準備室にロッカーなんてねぇよ」というツッコミは無しでお願い……してくだしあ。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。

※7/29追記 ご指摘の箇所を修正しました。下調べが足らず大変申し訳ないです……お恥ずかしい

このページへのコメント

最高でした。文章もうまかったし読みやすかった。
梓と紬ペアからの視点ってのもいいですね!

0
Posted by 通りすがり 2010年11月13日(土) 04:25:46 返信

(*´ω`*)百合カワユス

0
Posted by (*´ω`*) 2009年11月18日(水) 10:08:42 返信

もう、おまえはどうしてこんな嬉しいことばかり


萌えってこんな気持ちだったんだ

0
Posted by ほう 2009年08月16日(日) 22:08:21 返信

律の口調に違和感が…
律は澪のことを「あんた」って呼ばない(アニメ・原作どちらも)
話は面白かったです!

0
Posted by 名無し 2009年07月29日(水) 19:26:43 返信

「あんた」とか「あの子たち」に違和感があったけど
律澪GJです!!

0
Posted by 名無し 2009年07月29日(水) 09:29:41 返信

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