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著者:3-731氏


「よっ! 三ヶ月ぶり!」
その声を聞いた時、悔しいけれど、私の心は浮き立ってしまった。 電話やメールじゃない、生身の律。 三ヶ月ぶり。
ドラマや小説ではさらりと流されてしまう表現だけれど、現実では中々の重みがある事を初めて知った。

「もう、そんなだっけ。 って、えー! なになに! この車、律が乗ってきたの!?」
「へへん。 免許取っちゃいましたん!」
鼻の下をこすって得意気に笑う様が酷く懐かしい。 なんだか、もう一年もこいつに会っていないような気がした。
でも、私ばかり盛り上がるのは癪だから、平静を取り繕ってやる。 私だって大学生。 装うのは、慣れたんだからね。

「じゃ、海行こうって、ひょっとして……律の運転で? えー! なんか凄いぞ!」
「はいはい乗った乗った! 褒めちぎるのはまだ早いって!」
トランクに手際よく荷物を詰め込んで、助手席に乗る。 シートベルトを締めながら、ちらりと運転席の律を見やる。
嘘みたい。 律が、車運転するんだって。 子供の頃から知ってる、あの律が。 ……横顔、いい、かも。
大学では、猫も杓子も四六時中恋だの愛だの言っている。 私もこの三ヶ月ですっかり染まっちゃったのかもしれない。
こんな観点で律を見るなんて、高校の頃は無かった。 離れてた時間のせいかな。 律と一緒にいるのが、とても幸福な事に思えた。

「ん? なに? レバー動かしてみたい? やらせてやりたいけど、事故ったらまずいから駄目だって。」
「へっ? い、いや、ちが……。」
いつの間にか私は、シフトレバーを握る律の手に、自分の手を重ねていたようだ。 思わず赤くなってしまう。
たぶんこれは、私の知らない数ヶ月の間に、律が遠くに行ってしまったような不安のせい。

「違うの? あ、なるほど。 駄目ですわよ澪さん。 私だってぎゅっと抱き締めてあげたいけど、まだお昼ですもの……ぽっ。」
「誰もんな事言ってないだろ!」
セカンドバッグで左腕を打ち据える。 律、垢抜けた。 こんなに綺麗だったっけ。 私は、律にはどう見えてるかな。
垢抜けたかな。 軽快に走り出す車体。 空調も効いていて、夏の陽射しも気にならない。

「いやー、しかし久し振りだね。 どう? 単位、順調に取れそう?」
「私より律の方がやばいんじゃないのか? 昔っから、テスト直前になって慌てふためくタイプだもんなー。」
「へっへーん! そこら辺は大丈夫! 頼りになる先輩をロックオンしちゃったもんね! 過去問から何からばっちりよ!」
喋っていて、妙な寂寥感に襲われた。 あぁ、そうか。 違うからだ。 もう律が頼るのが、私じゃなくなったからだ。
変な気分。 赤信号を待つ間、律はハンドルを指で叩いてリズムを刻んでいる。
先輩? サークルに入るのは暫く様子見って言ってたのに。 どの音楽サークルにするか決めて、入ったのだろうか。

「正直さー、どう? 喋れてる? 私ら、女子高出じゃん。 気付いてなかったけど、相当男に対する免疫落ちてたんだよねー。」
うっ、と怯む。 痛い所を突かれてしまった。 クラスの子とは仲良くなったけど、男の子とはあんまり上手く喋れてない。
彼らは男で、私は女。 意識しないわけにはいかなかった。 大学とは、そういう所だった。
高校三年間、女だけで過ごした代償はでかい。 空回りもしょっちゅうで、そんな時私は、律が傍に居ない事を痛感するのだった。


「悪いけど、私達カレシと待ち合わせしてるんでぇー。 またのお越しをお待ちしてまぁーす☆」
開いた口が塞がらない。 口八丁でヒラヒラとナンパをかわしていく律。
どもるだけの私と比較するに、なんだか女としての風格で負けているような気がしてならない。
しかもしかも。 自慢じゃないけど、高校の時は私の方がナンパされやすかったのに、今ナンパされているのは、もっぱら律。
そう。 輝いてる。 私の知らない内に、律は堂々とした女のオーラのようなものを醸し出すようになっていた。

「むっふっふ。 やっぱり私ってかわいいんだな! 今年は遂にナンパ数で澪に勝ったかも!」
「ナンパできそうなバカに見られてるって事だろ? 喜んでどうするんだよ。」
カキ氷を頬張りながら、にししと笑う顔が腹立たしい。 ふんっだ。 ナンパなんて、ありえないよ。
本物の恋って、そんなに上っついたものから生まれるはずない。 悔しくなんかない。 悔しくなんかないぞ!

「あーたたた! キーンときた! キーンと! みおみおー。 どう? 私のベロ、宇宙人になってる?」
「……いやー、やっぱり変わってないな。 男たちの目、腐ってたんじゃないか?」
真っ青になった舌を見せて嬉しそうにする律は、私の記憶の中の律そのまま。 でも。 誤魔化すわけにいかない。
同じように見えるけれど、やっぱり今の律は違う。 何かが変わってしまっている。 考えたくないけれど。 私は、もう。

「今日、この辺りで花火あるんだぜ。 予約しといた旅館から見えるそうだから、外出ないで、部屋でゆっくり眺めようよ。」
日も落ちて、旅館へ帰る道すがら。 私は、遊び疲れのせいだけじゃない、気だるさを感じていた。

「水着でコンビニ寄ったら、変態扱いされるかなぁ。 それともここら辺じゃ普通の光景かな?」
「……あのさ、律。」
「ん? なに?」
自分から問いかけておいて、言い淀む。 聞きたい事があった。 聞きたくない事があった。
それを律に聞いてみたいけれど、せっかく二人で過ごしている時に、望まない答えが返ってくるのも嫌だった。

「……なんでもない。 名前、呼んだだけ。」
「何だそりゃ! あ、分かった。 男を落とすテクニックでしょ、それ。 このスケベ! ……ね、澪。 もう、カレシ、できた?」
ずきりと、した。 それは、私が律に聞こうとして聞けなかった事、そのもの。 聞かないでよ、律。
彼氏とか、考えなかったわけじゃ、ないけど。 無理だったの。 みんな、違ったの。 誰も、色褪せて見えたの。 律より。
腐れ縁だと思ってたけれど。 人生のはじめに出会ってしまったせいで、ずっと分からなかったけれど。
そして、困った事に、女の子同士なのだけれど。 離れてみて分かった。 律は紛れも無く。 私の、いちばんの、ひと。

「……いないよ、そんな人。 律は。 どうなんだよ……。」
なんて弱々しい声を出しているんだろう。 律は、変わった。 今日一日で分かった、私と律の差。
それがどこから生まれてるのかを考えた時、私は、考えたくない可能性に思い当たった。 片思いの私と。 おそらくは。

「……付き合ってみた人は、いたけど。 もう別れちゃった。 ……はは。 難しいな、恋愛って。」
どこか翳を帯びた律の笑顔は、少女のそれではなくて。 私は、自分がもう、律の一番の場所にはいないのだという事を悟った。


「うーん、微妙な飯だったなぁ。 メインディッシュがもずくって! スパも無いし、これで一万円は割高だよー。」
「こら律、失礼だろ。 いいから、布団敷くの手伝え。」
布団を敷き終わって、ぱちりと電気を消す。 開いた障子の向こうから、外の明かりが差し込む。 それだけが私達の光。
煎餅布団に寝っ転がって、仰向けになる。 花火を楽しむために真っ暗にした部屋の中で、かろうじて律の影が見えた。

「わぁ……。」
「たーまやー。」
どぉん。 ぱぱぁっ。 仰向けになったまま、首を逸らして窓の外を見る私達。 逆さまの世界に、花火が舞う。
こんな風に花火を見るのは初めてだった。 きれい。 隣には、律がいる。 これまで通りの夏。 でも、もう、戻せない時間。

「ごめんね。」
「え?」
「さっきから澪、元気無い。 私、一人で浮かれて、やな話題ふっちゃったのかな。 進歩無いね。 ごめん。」
「別に、そんな事、ないけど。 …………あのさ、律。 さっきの話。 どのくらい好きだったの。 ……その人の事。」
「……分からない。 熱に浮かされてただけかもしんないけど。 その時は、人生賭けてたと、思う。 やんなるね、この性格。」
胸が引き裂かれそうになる。 律の苦しそうな顔、見たくない。 私以外の人間が、律にこんな顔させるなんて、許せない。
律を傷付けていいのは、私だけ。 そいつが、律を傷付けた奴が、律をどれだけ知ってるって言うんだよ。 何も知らない癖に。
そいつと、どこまで進んだの? もう思い出にできたの? それとも。 今でも、そいつの事、好きなの……?
口に出せない問いかけ。 言葉にしたら、涙が流れてしまうから。 律が傷ついてる時に、そんな独りよがりな真似はしたくない。
どぉん。 ぱぱぁっ。 山吹。 青紫。 みどり。 色とりどりの花火が、浮かんでは消えていく。
きゅっ。 指先に、温もり。 暗闇に慣れた目をそちらに向ければ、律が私の手を握っていた。

「へへ。 覚えてるかな、澪。 高2の学祭の時。 あの時もこんな風にしてもらったね。 ねっ。 今も、甘えていい……?」
「いつだって、いいよ。 私と律の仲じゃないか。」
律は、どんな気持ちでこうしてるんだろう。 律が、愛しい。 律のいちばんのひとは居なくなって、そこはぽっかり隙間になったまま。
私は、あまりに切なすぎたから、言葉にならない気持ちを込めて、せめて指を深く絡めた。
ぱぱぁっ。 逆さまの世界は、儚くも美しい。 律の悲しみもこんな風に、華とはじけて無くなってしまえばいいのに。

「ふられた理由がさ、笑っちゃうんだよね。 ……私さ。 キス、できなかったんだ。 男の子って、全然違う生き物。
腕に抱かれて、とてもドキドキしてたのは、嘘じゃない。 でもさ。 いざ、キスしようとしたら、さ。 できなかった。」
花火を見るのを止めて、律の表情が見えないかと目をこらす。
聞きたくないよ。 律が、男の子と、どんな風に過ごしてたかなんて。 聞けてよかった。 キスも、まだなんだって。

「その人は、私のいちばんじゃ、なかったから。 私のいちばんの、ひと。 ずっと一緒にいたのに。 離れるまで、気付かなかった。」
え。 その言葉が、私の頭に浸透するよりも先に、律が言った。

「引くよね。 でもさ、言っときたかった。 澪との関係に、嘘は、やだから。 わたしの、いちばんの、ひとは。 ……澪だった。」


どぉん。 ぱぱぁっ。 二人の息遣いを掻き消すように、花火の音が鳴り響く。
私は、なすべき事も分からずに、ただ律の事をじっと見つめていた。
両想い。 そのフレーズがぐるぐる頭を回って、気の利いた言葉も、利かない言葉でさえ、思いつきはしなかった。

「……はは。 昔は、ただの幼馴染だったのになぁー。 変な事言って、悪かった。 でも、もうすっきりしたから……。」
皆まで言わせる気はなくて、律の手をぎゅっと握った。 弾かれたように私を見るのが、分かる。
もうこれ以上、誰にも律の気持ちを傷付けさせない。 傷付けるのは、私だけ。

「律。 私がなんで彼氏作ってないのかは……聞いてくれないわけ?」
「……澪。」
大学生って、ほんと面倒くさい。 こんな言い回し、高校生の時の私なら、しなかった。
でも、これも私。 だから、隠さない。 大学生、悪い事ばかりじゃないよ。 女の子同士の恋愛。
高校生の私達じゃ、無理だったかもしれないけれど。 大学生の私達なら、さ。 受け容れられる度量、あるもんね。
ぱぱぁっ。 花火が上がる度に、明かりに照らされた律の顔が見える。

「花火……うるさいね。」
「……うん。」
どぉん。 ぱぱぁっ。 空に咲いた鳳仙花。 今この時、どれだけの人が、この花火を見上げているのだろう。
耳を震わす音からも、瞼を通す光からも、隠れて。 私たちは、ちょっとだけ子供ではなくなった。


「これどう? 駅から15分、2DKで10万! 折半したら5万! かなりいいんじゃないかと思うんだけど!」
「2Kで十分じゃないか? 駅に近い方がいいだろ。 雨降った時とか、迎えに行けるし。 でも駅周りは高いなぁ……。」
懐かしい、律の部屋。 賃貸情報誌をめくりながら、ああでもない、こうでもない、と意見をぶつける。
違う大学、違う生活。 でも、大学生になった私達には、泣き寝入りする以外の方法があると、遅まきながら気付いたのでして。
二人暮らし! なんて素敵な響き。 お互いの大学から等距離程度の場所で、律と一緒に暮らすの。 ふふ。 ふふふ。

「おーい澪ちゃん、何トリップしちゃってんの。 どった? 私と一緒に居られて、そんなに幸せかぁ? あ、よだれ。」
「べ、別にそういうのじゃ……え、うそ、よだれ!?」
「うっそだよーん。 なになに? ひょっとして図星だった? かっわいいなぁー。」
「……りぃ〜つぅ〜! ふん。 あんた、せっかく免許取ってくれて悪いけど、車は諦めなよね。 とても駐車場代まで出ないもん。」
「がーん! ま、私の車じゃないからいいけど。 あ、ここ凄くない? 駅から7分、2DK、9万だって。」
「それ、築何年? うそ、5年!? じゃ、周りの環境があんまり良くないとか……ま、せっかくだから見に行ってみようか!」
オッケ、と答えて律が笑う。 私も自然と笑顔が浮かぶ。 あぁ、なんかこの感じ、久し振り。

玄関のドアを開けて太陽を見上げる。 眩しさに目を細めると、不意にあの頃の煌きがフラッシュバックして。
律に手を引かれて走り出した時、私は、後ろから唯やムギも走ってくるんじゃないかって気がしたんだ。

おしまい

このページへのコメント

感動した…
この設定のまま続きみたいなの書いてほしい…

0
Posted by 通りすがり 2010年11月08日(月) 07:34:43 返信

いい。すごくいい。

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Posted by noami 2010年07月04日(日) 03:09:47 返信

素晴らしい。少し大人になった律澪いいですね。律を思う澪の心情が切な過ぎます。二人の間に漂う高校時代とはまた違った距離感。離れていたからこそ解る互いの存在の大きさ、大事さ。自分も学生当時の気持ちを懐かしく思いだしました。またこういった作品に巡り合いたいものです。
そして何よりこの二人にはやっぱりハッピーエンドが一番かな。

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Posted by bleed 2010年05月23日(日) 00:55:52 返信

ちくしょう、すげえいい、これはいい。
自分もここに投下したことあるけどこれだけ正統派なものは書けないだろうから羨ましい。
いいもの読ませていただきました、ありがとうございました。

0
Posted by 名無し 2010年05月20日(木) 04:49:35 返信

ちゃんと大人になってる。
切なくて幸せだ

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Posted by 七畳 2010年03月14日(日) 22:50:56 返信

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