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前編からの続き



<第4章>

「ハァ・・・」
家の前で律と別れて部屋に入った私はベースと荷物を置き、そのままベッドに倒れこんだ。
そろそろ夕食の時間であったが、食べようという気にはならず、いらないと言い残してある。
さすがに――疲れた・・・。
こんなに長く感じた1日は初めてかもしれない。
そんなことを考えているうちにまぶたが重くなってきて、眠りの世界に誘われるのに時間はかからなかった。

ブゥゥン、ブゥゥン・・・。
枕元から何かの音が聞こえる・・・。
ブゥゥン、ブゥゥン・・・。
そうか、マナーにしたままの携帯だ。
そう気づき、慌てて携帯を手に取る。
かけてきているのは唯だった。
「はい、もしもし・・・」
少し寝ボケ気味の頭で部屋の時計を見る。
どうやら眠っていたのは数十分だったようだ。
『あ、もしもし・・・澪ちゃん・・・?』
電話の向こうの唯はどこか安心したような声を出した。
『大丈夫だった?あの後りっちゃんと・・・』
「ああ、律に家まで送ってもらったし、今はもうなんともないよ」
なんともない、か・・・我ながらでまかせの嘘だなと思う。
『そっか・・・よかった・・・』
本当に安堵の声に聞こえた。
気を失った私を心配してかけてきてくれたのかな・・・。
「ありがとう、私はもう大丈夫だから」
『うん・・・わかった・・・』
多分用事はそれだけだろう。
じゃあね、と言って唯が切るのを私は待った。
が、いつまでもそう言い出す気配がない。
たまりかねた私が口を開こうとしたときだった。
『あのね、澪ちゃん。お願いがあるの・・・』
何か思いつめたような唯の声だった。
『今日・・・このあと夜8時に学校・・・学校の音楽室に来てもらえる?』
「8時に音楽室・・・?どうして・・・」
『お願い。大事な話があるの』
「話?今この電話でじゃダメなのか?」
――無言。
『どうしても・・・音楽室でじゃないとダメなの・・・』
唯がここまで物事を頼み込むのも珍しい。
「どんな内容かだけでも教えてくれない?」
再び無言。
「・・・わかった、そこまで言いたくないなら・・・」
『今回の・・・2人が巻き込まれた事件のこと・・・』
思いもよらなかったその言葉にドキッとした。
「事件のことって・・・」
『ごめん・・・これ以上は言えない・・・今、ここじゃ言いたくない』
あくまで音楽室で話したい、ということか・・・。
「わかった、じゃあ8時に行くから、そのとき全部話してもらう」
『うん、ありがとう・・・。あ、りっちゃんには私から連絡してあるから大丈夫だから』
「ん。それじゃまたあとで」
『うん・・・』
どこか唯の受け答えの歯切れが悪い。
『あ・・・澪ちゃん・・・』
「なに?」
『ううん・・・なんでもない・・・』
「言いたいことはあとで言ってくれるんだろ?そのときに全部聞くよ」
『うん・・・そうだね』
「じゃあ」
『うん・・・バイバイ・・・』
唯との通話が切れた。
携帯を枕元に置き、私は再び仰向けに寝転がった。
8時まではまだ小一時間ほどある、学校まで行く時間を考えても30分以上余裕があった。
さっきの続きを寝てもよかったが、寝過ごすのは嫌だった。
それに――
「今回の・・・『事件』のこと、か・・・」
唯が言ったことがどうしてもひっかかる。
もう1度頭の中を整理しようと思った。

律の話だと梓が1人で音楽室にいた時間は、律が私のクラスの様子を見に来た数分の間だけ。
そのあと律・ムギ・唯の3人は私を驚かすための準備をしていた。
つまり梓が1人になった数分間に誰かが音楽室に侵入して梓を襲った、ということ・・・?

待てよ・・・。
仮にそうだとして・・・。
梓は声も出さず、抵抗もせずに襲われたということか?
音楽室は荒らされた様子がない。
普通身の危険を感じたら何か声を上げるとか物を投げて抵抗とかするはずだ。
数分の犯行時間で元通りに復元することは不可能だろうし、声を出したなら誰かが異変を感じて音楽室に来てもおかしくない。
「と、いうことは外部犯じゃない・・・」
思ったことを口にして、口にした本人が驚いた。
・・・それってまさか軽音部の誰かが・・・
違う。そんなわけがない。
「まったく、唯のやつ、変なことを言い出すからおかしなことを考えて・・・」
待てよ・・・唯はさっきなんて言った?
今回の事件?違う。
今回の「2人が巻き込まれた」事件。
確かにそういった。
2人?梓とムギ以外思いつかない。
でもムギは事故だ、誰がどう見ても事故だ。
後ろで一緒に歩いていた律もそう言ってた、ムギが突然視界から消えて・・・。

「・・・え?」
何かが引っかかる。
梓が1人になった時間を言っていたのは・・・。
ムギがはねられたときの様子を言っていたのは・・・。
そして唯が言ったこと・・・わざわざすぐじゃなくて小一時間あとの時間の指定、大事な話、「りっちゃんには私から連絡してある」・・・。

嫌な胸騒ぎがする。
自分の考えをこれほどまでに否定して欲しかったのは初めてかもしれない。
耐え切れず携帯を手に取り、着信履歴の一番上の番号へと発信する。
呼び出し音が鳴り・・・そして止まる。
「もしもしッ!?唯!?」
『おかけになった電話は、電波の・・・』
「くッ・・・!」
切断。
電話帳を呼び出し、律の番号を探す。
一瞬ためらったあと、私は通話ボタンを押した。
ツー、ツー。
私は携帯を握り締めてベッドから跳ね起き、部屋を飛び出た。
「ごめん!ちょっと出てくる!」
家の中にそう叫び残して走り出した。
『うん・・・バイバイ・・・』
唯の声が脳裏に蘇る。
その声を思い出せば思い出すほど、私の頭の中に嫌な予感が生まれていくのであった。
――バカッ・・・!いつも1人じゃ何も出来ないのにこういうときだけ1人で背負い込もうとして・・・!
おそらく唯は私と同じ考えに至った、そしてそのことを確認するために1人で学校へ行った、わざわざ私には遅い時間を指定して。
――そして、自分1人で全てを終わらせようとして。
唯が――危ない。





<第5章>

学校に着いたのは唯に指定された8時より30分近く早い時間だった。
体育館のほうではまだ残っている部が練習しているようだった。
校舎の中はほとんど電気が消えていたが、残って勉強をしたいという生徒のために9時までは開放してある。
昇降口で靴を履き替え、階段を昇る。
この時間だと残っている生徒も少ないせいか、ほとんど電気が消されており、私は月明かりを頼りに階段を昇っていく。
普段の私なら怖いとか思うんだろうな、でも今はそう言ってられない。
急ぎ足に階段を昇った先に音楽室がある。
電気はついておらず、中には誰もいないように感じられた。
その部屋の入り口に手をかけ――開け放った先に外を見ながら立っていた1つの影――。
「律・・・」
無意識にその影の主の名を呼び、私は戸を閉めることも電気をつけることさえも忘れて近づいた。
「澪・・・」
「唯に呼び出されたんだ。ここで話があるって。お前もそうなんだろ?」
律は答えずに目を伏せた。
「唯はどこだ?」
そんな律の様子に構わず、私は質問を重ねる。
心臓の鼓動が早くなる――さっき感じた嫌な予感が思い出される。
「唯なら・・・あそこだ・・・」
首で窓の外を指す。

恐る恐る窓の外を見下ろし――裏庭にある木の下で首から生えたロープを支点に風に揺られる唯の姿を、私は見た。

「ゆ・・・唯・・・」
窓から数歩後ずさる。
――間に合わなかった・・・。
予感した最悪の事態、それが今目の前に広がっていたのだ。
でもここで泣き崩れるわけにはいかない・・・。
唯が考えたこと、言おうとしたこと、それを私が言わないといけない。
「私が学校に着いたぐらいに、唯からメールがあった」
困惑と決意に揺れる私の心をよそに、律が話し出す。。
「多分タイマー送信だと思う・・・『音楽室に着いたら窓から外を見てほしい』って。ここに来るように電話をもらったときも思いつめていたような声だったし、もしかして唯が梓を・・・」
「違う」
そんなわけがない。
唯が梓を殺して幕引きに自殺?そんなわけがない。
あのとき流した唯の涙は嘘なわけがない。
唯から電話をもらって考えたときに最初に導き出した結論。
ムギの事故が事故じゃない、と唯に言われたときに最初に導き出したもの。
おそらくそれこそが、唯が考えたことだろうし、私に言おうとしたことだろう。
それでもこの考えが間違っていて欲しい、私はそう願いながら言った。
「律、お前じゃないよな?」
「お前じゃないよな、ってどういう・・・」
「最初の梓のとき」
ここに来るまで数度頭の中で反芻した考えだ。
「ムギと唯がこの部屋に来るまで梓と一緒の部屋にいたのはお前だけだ」
「なんだよ、急に・・・。確かに私はお前のクラスの様子を見るためにここを空けた時間が数分あったけど・・・」
「仮にそれが本当だとして、誰かに襲われそうになった梓が何も抵抗しないと思えるか?その数分で自分がこの部屋にいたような痕跡を全て消して出て行くことができるか?ついでに言うと、律がこの部屋を離れた、と証明することも出来ない・・・。違う?」
律は何も答えない。
「次のムギのとき」
「ムギは事故だろう。警察もそう言ってたんだ」
「ムギがはねられたときの状況を知っているのは・・・律、お前だけだ。そう、ムギの隣を歩いていた、お前だけ・・・」
律からの反応を待とうと一息置くが、何もない。
「信号でムギとお前が並んで何かを話した後、ムギははねられた。隣にいたお前なら、車が来たときに車道にムギを押し出すことも出来る・・・」
「・・・唯は?」
「ここに来る前にどこかに潜んで唯の首を絞めた・・・。そして木に吊るし、ここで私が来るのを待った・・・」
ここまで話して1つ大きくため息をつく。
「・・・全部私の推論よ、証拠もなにもない。でも考えた結果、ここに行き着いてしまった」
律はうつむいたまま私の次の言葉を待っているようだった。
「だからもう1度聞く。律、お前じゃないよな?」
大きく息を吸い込み、律は天を仰いだ。
「・・・そうか、お前も気づいちゃったか・・・」
月光が律の顔を照らし出し、それは不気味に綺麗だった。
「今お前が言ったとおりだ。やったのは全部・・・私だ」
当たっていて欲しくなかった。
違うと言って欲しかった。
「どうして・・・」
「梓の奴がさ・・・最近きつく当たってくるようになってさ・・・」
そんなことは全く感じなかった。
「『もっと練習しっかりやらないとダメです』とか『先輩は部長としての自覚がなさすぎます』とかな・・・。慣れてるつもりだったけど言われる度にやっぱ効いたよ・・・。で、最後のダメ押しが今日のドッキリだった」
無言の私をさておいて、律は続ける。
「私としては気分転換というか、いつものお茶の延長線上ぐらいにしか考えてなかった。でも梓は考えられない、バカバカしいって頭ごなしに否定してきた。日頃の溜まってた分もあったんだろうな、気がついたらお茶の時用の果物ナイフで梓を刺してた・・・」
フッと律は自嘲気味に失笑した。
「なんであんなことしちゃったんだろうな・・・。あれさえなければ・・・」
「・・・ムギと唯は、どうして・・・」
「2人とも私が怪しいんじゃないかって気づいたんだよ。最初はムギがな。帰り道で私と何かを話してたろ?梓のことでどうしても私があやしいと思わざるをえないって言われてさ。ここで何か言われたら・・・そう思ったとき、後ろから車が来る気配があって・・・。それで・・・」
「唯も・・・同じか・・・?」
「そう・・・。電話がかかってきて、ムギと同じようなことを言われた。だから呼び出して・・・あとはお前の言ったとおりだ」
一通り話し終え、律は息をつく。
「なんで・・・こんなことになっちゃんたんだろうな・・・」
いつか聞いたような言葉を律は言った。
そして――沈黙。
律になんと言葉をかけていいかわからない。
永遠に思えるような沈黙を破ったのは、これまたいつか聞いたような律の言葉だった。
「お前にだけは、気づいてほしくなかったんだけどな」
既視感――デジャヴ――そんな単語が私の頭を駆け巡った。
「だって気づかれたら」
そう、あの時と同じだ。
だから私は律がこのあとなんと言うかわかる。
「お前まで殺すことになっちゃうから」
一番最初、まだ私を驚かすためのドッキリだと言った時の律の言葉だった。
でもあの時とは違う。
もちろん3人のこともある。
でも、律はこの後に続けるはずだ。
「お前を殺して私も死ぬ・・・1人にはさせないから心配するな・・・」
あの時は自分の身のことしか考えられなかった。
でも今は違う。
1人になって寂しいのは――私もそうだが――律、お前なんじゃないのか?
これはお前の本心だ、だってこのとき既に梓を手にかけていたのだから・・・。
そして私を背中に帰ったあの帰り道、お前はこう言ったよな。
『澪だけはどこにも行かないよな!?ずっと私の側にいてくれるよな!?』
ああ、行かないさ。
あのとき決めたんだ、今度は私が律を受け止めるって。
たとえどんな形でも、私は律の全てを受け止めるって。
律はスカートのポケットから何かを取り出した。
一目でわかる金属のそれは、紛れもなくナイフであった。
律の右手に握るナイフが、窓から差し込む月光を反射する。
「澪・・・」
刃を腰だめに構えた律が、体ごと私にぶつかる。
でも――不思議と死に対する恐怖が沸いて来ない。
そうか、死んでも律と一緒にいれるってわかってるからか。
だから恐怖も感じないし、痛みも感じないのか・・・。

・・・え?

――『痛みも感じない?』
「プ・・・ククク・・・」
私の耳に聞こえてきたのはいつか聞いたことのあるような律の笑い声だった。
「もういいだろ、さわちゃん!」
「はい、カーット!!」
律の叫び声に呼応するように部屋の電気がつけられ、入り口からさわ子先生がビデオカメラを手に部屋に入ってきた。
左手は何かを隠すように後ろにまわしている。
「・・・は?」
そう声を出すのがやっとだった。
状況が把握できない。
ただ1つわかることは、律に刺されたはずの場所は全く痛みを感じないし、血も出ていないということだ。
「つまり・・・」
先生は何かを隠していた左手を前に出す。
「こういうことでーす!」
いつか聞いたセリフと全く同じ展開・・・。
案の定、先生の手には『澪ちゃんドッキリ作戦!大成功!!』と書かれた看板が握られていた。
よく見ると「ドッキリ作戦!」の後に「&マル秘PV撮影作戦」と明らかに付け加えられたあとがある。
「・・・PV・・・撮影?」
まだ現状が把握できない。
「いやー迫真の演技だったろ?私ドラマに出て犯人役とか出来るんじゃないか?」
そんな律の声も上の空である。
「あ、ちなみにこのナイフはもちろん偽物だから」
「演技って・・・ナイフが偽物・・・ドッキリ・・・え・・・?」
「だーかーらー、おーい、唯〜!」
「やっほー、みーおちゃーん」
律の声に呼応するようにさっきまで裏庭の樹に首を吊っていたはずの少女が顔を出す。
「唯!?だってお前・・・そこの樹に首吊って・・・」
「だからドッキリだって、ドッキリ」
「あれはね、首にロープ巻いて黒い台の上に立ってただけだよ」
律に続いて唯の説明が入る。
・・・そうか、ここから外をみたら距離があるし、何より暗いから黒い台の上じゃ気づかないってことか。
「誰か関係ない人に見つかったらどうしようってドキドキだったよー」
「・・・ってことは梓も!?」
「もちろんなんともないよー!」
入り口の扉の後ろに隠れる梓を唯が引っ張り出す。
しかし梓はどこか申し訳なさそうに下をうつむいていた。
「すみません先輩、よくないことだってわかってても悪ノリしちゃって・・・律先輩の口車に乗せられて・・・」
「あ!私のせいにするのか!?お前だってノリノリで死体役やってただろ!」
・・・確かにホンモノだと信じて疑わなかったな。
よく考えたらあのとき私は梓の脈だの呼吸だのは確認してなかったんだ、律とさわ子先生、なにより梓自信の演技で信じ込まされていたってことか・・・。
「梓のネタ晴らしはいいだろ、最初からずっと死んだフリだったってことだ。わざわざ手を込ませて制服にも血のりをつかった甲斐があったってもんだな」
「おかげでクリーニング行きですよ・・・。ちゃんとクリーニング代は先輩が持ってくださいね」
言われて見ると梓の制服は血のあとがなくなって綺麗なものになっている。
予備持ってたのか、とかどうでもいいことを考えてしまった。
「・・・待てよ、ムギは!?救急車まで来たって言ってたしあれはどうみても・・・」
「はい?」
三度、扉の後ろから人物が現れる――その姿は琴吹紬に他ならなかった。
「ムギだけは大仕掛けだったんだぞー」
予想通りといえばある意味予想通りだったが、やはり律の言葉は耳に入ってこない。
「まず車を運転してた人だが、あれはムギの家のお手伝いさんを借りた」
「本当は嫌だったんだけど、りっちゃんからのどうしてもというお願いだったので・・・」
「ついでに言うと、救急車だの事情聴取の人だとかも、ムギのコネで借りる予定だった。ま、お前が気を失ってくれたおかげで徒労に終わったけどな」
「本当は嫌だったんだけど、りっちゃんからのどうしてもというお願いだったので・・・」
――は!?
「待て待て!『救急車だの事情聴取の人だとかも』ってどういうことだ!?あとムギがはねられたところまでは私も見てるんだ、それもどういうことだよ!?」
「まあ落ち着きたまえ澪君。順番に説明していこうではないか」
何が澪君、だ・・・。
お前は全部わかってるからいいだろうけど、まだ私は混乱してるんだぞ・・・。
「まず、ムギのはねられたほうから説明しよう。ズバリ言うと、あの車は止まっていたのだ」
「・・・へ?」
「だから、私とムギはお前達2人の数歩後ろを歩いていたろ?で、ムギの家のお手伝いさんの乗った車が静かに近づいてきて停車。後は私が『ムギッ!』と叫び声を上げて、ムギも悲鳴をあげ、運転手さんが人をはねた音を出すためにドアを閉めて、道路にぶちまいた血のりの上にムギが寝そべる、というわけさ」
「澪ちゃん、あのときの状況を思い出してみて」
律の説明に続いてムギに言われて一生懸命頭の中を探り出す。
・・・ま、こんな状態じゃ鮮明に覚えている、と思っていたあの光景もあやしいもんだけどな。
「りっちゃんの私を呼ぶ声、私の悲鳴、私が車にぶつかったと思える音、そして振り返ると私が倒れていた。何かおかしいと思わない?」
「・・・何が?」
「ブレーキだよ」
律が補足した。
「普通、車の前に人が飛び出したら咄嗟にブレーキを踏むもんだろ?それがないってのはおかしいと思わないか?」
「・・・言われてみれば」
「それで気づいたならそこでPVを完結にしてもよかったんだが・・・」
だからPVの完結ってなんだ・・・。
いや、それも気になるが・・・
「で、もう1つのコネがどうのって話は・・・」
「実は、私の父が収めているグループは様々なことをやっていまして・・・」
「それって・・・まさか病院も・・・?」
「はい。ですからりっちゃんからの強い要望もあってちょっと人員を借りたいと相談したところ、快諾していただいて・・・」
「・・・法的にいいのか?」
「さすがにちょっと難しいみたいだったから、、あの一区間を映画の収録で使用する、ということにして、その区間内での演出に、ということにしたの。あ、さすがに警察関係はいろいろ厳しかったようだったから、私服警官ということにして私の家から数名手伝っていただく予定でした。でも澪ちゃんが気を失ってくれたせいで、逆に色々手を回さずにすんだけどね」
あー・・・なんか途中から何言ってるかわからなくなってきたけど・・・。
とにかく琴吹財閥はすごいということがわかりました、財閥じゃないだろうけどさ。
「でもほんと悪かったな、ムギ。なんか無理言っちゃって・・・」
「いえいえ、他ならぬりっちゃんの頼みですし。いいPV作成のためだもの。それに・・・」
チラリとムギは私と律の2人を見る。
「良いものも見せてもらったし・・・」
「あー・・・はいはい」
・・・ま、これで一通りわかったか。
じゃあ最後の疑問をぶつけるとしますか。
「・・・で、そのPVってのはなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ここぞとばかりに話し出したのはさわ子先生である。
「来年の新歓でたくさん新入生を入れようと、ここはひとつプロモーションビデオを作って宣伝しようと思い立ったわけよ!」
「んで、紆余曲折の末サスペンスものにして、澪には何も知らせずに、演技ではない新鮮な感じの探偵役をやってもらうことに決まったわけだ」
どんな紆余曲折だ・・・。
「そして名探偵・澪さんは見事に事件を解決!しかし!犯人に刺されてしまう!ああ、どうなってしまうのか澪!気になるあなたは是非軽音部へ!という寸法さ」
・・・だからなんで軽音部で事件解決とか出て来るんだよ。
「いやーでもみんな迫真の演技だったわよ、あとの編集は私に任せなさい!新入生みんなが釘付けになるような素晴らしいPVにしてあげるわ!」
そんなことを先生は力説している。
「でも大まかなアウトラインだけ決められて、セリフはお任せというのがほとんどだったので大変でしたよ。特に帰り道についてはほとんどアドリブだったもの」
「そーだよねームギちゃん。ね、あずにゃんも大変だったでしょ?」
「私はずっと死んでないといけなかったので喋ってないです・・・」
「あ、そっか・・・」
「・・・帰り道のあれがアドリブ!?」
私は思わず声を出していた。
「あの・・・あの律の上の空は出来るものとしても、唯が泣いていたのも、ムギがみせたあのぎこちない笑顔も、全部演技だってのか!?」
「あ、あのなあ・・・私だって頑張ったんだけど・・・」
律が口を尖らせているが、今はいいとして。
「思いっきり悲しんだ顔をして、って言われてたんだけどどうしたらいいかわからなくて・・・。それでさわちゃん先生に前もって相談してたら『じゃあ本当に梓ちゃんが死んじゃったものだと思い込んでみたら?』って言われたの。だから言われたとおりに考えてたらなんか本当に悲しくなってきて・・・。それで校門の辺りで泣いぢゃっで・・・うぅ・・・また涙が出てきた・・・あずにゃん、死んじゃ嫌だよぅ・・・」
「ゆ、唯先輩落ち着いて・・・私はちゃんとここにいますから・・・」
うぅ・・・あずにゃん、といいながら唯は梓に抱きつき、迷惑そうな顔をしながらも梓もまんざらではなさそうだった。
「私は演技といいますか・・・まさか唯ちゃんが本当にあそこまで泣き崩れると思ってもいなかったので・・・。多分素で困っていたってのもあったのかもしれません・・・」
「ま、これでわかったかな?つまり今回の一連の『事件』は澪のドッキリをかねたPV撮影でしたー!ということで・・・」
ニイーッと笑いながら律が私の顔を覗き込んだ。
多分、律は私に文句を言われて一発叩かれて、それでオチにするのを待っているんだろう、なんとなくそんな気がした。
だからその通り「いい加減にしろー!」とか「ふざけるなー!」とか「なんじゃそりゃー!」とか怒鳴って頭をグーで殴ってやろうかと思っていた。
なのに――
「お、おい!澪!」
なんでだろう・・・涙が止まらない・・・。
そっか、私は安心したんだ、今までどおりの軽音部で、そして今までどおり律が私の側にいてくれる。
やっぱり「死んで一緒に」なんて考えは私に合わないよ、律。
一緒に生きて、同じ時を感じていたい。
「み、澪、泣くなって・・・。な、私が悪かったから・・・」
律は私を諭すようにそう言った。
「・・・でもさ、考えてもみろよ」
そしていつか私が思ったことを口にしたのだった。
「ここは何も特別なことはない私立高校の普通の軽音部で、殺人事件だの凶悪事件だの、そんなもの起きるはずがないだろ?」





<エピローグ>

朝を告げる目覚ましの音で、私は眠い目を擦りながら体を起こす。
昨日、あの後・・・。
テレビドラマやバラエティーとかならあれで丸く収まりました、と終わるところだが、現実はそうはいかなかった。
しばらく泣いていた私だったが、落ち着くにつれて逆に怒りの感情がこみ上げてくるのを隠すことは出来なかった。
結局殴りはしなかったものの、律に小言をグチグチとぶつけ、ついでにさわ子先生にも今回の録画からPVなんてものは作らないようにと説教をしたあとで、申し訳なさそうに縮こまる5人をさておいて帰ってきてしまったのだった。
あとはそのまま疲れもあったせいか、夕食もとらずにベッドに倒れこみ、朝になったというわけだ。
いつものようにベースを肩にかけ、バッグを持って出かける。
「・・・ベース持ったはいいけど、どんな顔して皆に会おう・・・」
昨日散々わめき散らして帰ってしまったのだ、顔を合わせにくいことこの上ない。
特に律は私が文句を言っている間ずっと正座してうつむいて聞いていたのだから、なおさらである。
が、通学する私の道でそんな知った顔が立ったまま待っていた。
「げ・・・律・・・」
律もこっちに気づいたようで手を振っている。
あーもういいや。
「澪、おはよー」
無視だ、無視。
「ああ、澪さん、もしかしてまだ昨日のこと怒ってます・・・?」
当たり前だ、口に出さなくてもわかるだろ。
「あのー?澪、聞いてる・・・?」
「・・・なんだよ」
さすがにこれ以上の沈黙は私には守れず、返事をする。
「だから昨日のことは謝ったじゃん・・・あれで足りないならまだ謝るから・・・ゴメン!」
「・・・もういいよ」
「おお!許してくれるんですか!さすが心の広い澪さん・・・」
「・・・ハァ・・・」
こんなやりとりをしてると昨日律に対して思った感情は嘘なんじゃないかとまで思えてくる。
「・・・なあ律、1ついいか?」
だから私は思っていることを聞くことにした。
「はいはい、1つといわず何個でもどうぞ!」
調子のいい返事である。
「昨日のお前の演技は完璧だった、私は本当に殺人事件が起きたと信じて疑わなかったよ」
「あ、そりゃどうも・・・」
「それで、ムギの事故・・・のドッキリか。あれの後、私を家まで送って行ってくれた時のこと覚えてるか?」
「え?そりゃもちろん・・・」
「あのとき言ってくれたこと・・・あれも演技だったのか?」
「へ?」
私は歩くのを止めた。
それに合わせて律も立ち止まる。
「どうなんだ?」
律はどこか決まり悪そうに頬のあたりを掻いて
「・・・ムギが言ってたろ、アウトラインだけ決めてあってセリフとかは全部アドリブだって。だから・・・」
言いながら私を見る。
「だからあそこで言ったのは演技でもなんでもない、私の本心だ」
そうか。
それを聞けてよかった。
私自身、気づかないうちに口元が緩んでいたかもしれない。
「行くぞ、学校に遅れる」
律を置いて私は走り出した。
「あ!待てよ澪〜!」
遅れて律が追いかける。

そう、私がいるのは何も特別なことはない私立高校の普通の軽音部で、殺人事件だの凶悪事件だの、そんなもの起きるはずがないんだ。
――そして。
私は後ろを振り返った。
追いかけてくる律の姿が見える。
――私にとって大切な存在である律が側にいてくれる、それだけでいいんだ――




―完―

このページへのコメント

けいおん映画化!って話を聞いたときに真っ先にこれを思い出した

0
Posted by 名無し 2010年09月29日(水) 20:28:04 返信

終わり方もいいですねぇ^^bGJ

0
Posted by さく 2009年11月21日(土) 19:04:47 返信

澪とシンクロしてまさかまさかとハラハラしましたw
面白かったです!

しかしこの軽音部、ノリノリである

0
Posted by *** 2009年08月09日(日) 23:14:52 返信

りっちゃんは役者になれるよ
そう思いました
面白かったですGJ!!

0
Posted by ガッチャ 2009年08月08日(土) 18:15:45 返信

すごいリアルでハラハラしました!
GJですっ!

0
Posted by カノン 2009年08月08日(土) 15:42:02 返信

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