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「――私の生命線、凄い短いぞ」
 テレビの前で律儀に正座し、自分の掌を穴が開くほど強く見つめながら、彼女はぽつりと呟やいた。
 寂しげに項垂れているその背中が、何故だかいつもより小さく映るのは恐らく、気のせいなんかではないのだろうと考えながら……。
 こうなってしまったときの彼女の相手をするのは、何というか、正直な話、割と面倒くさかったりする。なので私は、その場の静寂を守りながらしずしずと立ち上がり、そのまま忍び足でそそくさと自分の部屋に逃げ込もうと、決め込んだ――そのときだった。無常にも、私の左腕の服の裾辺りに、大きく重みが加わる。
「律の掌も、見せてみろよ」
 今にも殴りかかってきそうなくらいの、強い口調に、思わず私はたじろぐ。
 一瞬怯みながら、蛇に睨まれた蛙の如く、その場から一歩も動けない。
「いや、いいってば。ほんとに」
 大体私は、手相やら占いやらなんてのは、端から微塵も信用していない。己の掌のナンタラ線が極端に短かろうが長かろうが、さして興味もなし。それが私の人生を大きく変えたり変えなかったりなんて話の何処に、信憑性を見出せるのか。
「いいから。隣に座れ」
 ……それでも、彼女にそんなふうに言われながら、強く手を引っ張られたりすると、嫌々ながら隣に座らざるをえない。どうしてだろう。主従関係という程はっきりとしたものではないけれど、彼女は私より強いし、私は彼女より弱い。
「いやマジで、勘弁してくれ。私はそんな根拠のないことには……」
「……根拠がないなんて、誰が決め付けたんだ?」
 眉間に谷より深い皺を寄せて、彼女は私にそう問う。
 少なくとも、根拠があると無理矢理決め付けてるのは、お前だろう――という言葉が、喉のてっぺんまで出かかって、何とか飲み込めた。やれやれ。えらいことになる。
「私が見てやるって言ってんだから、早く手を出せ」
 手をぐいっと強く引っ張られ、掌を無理矢理仰向けにし、歪に四方八方踊り狂っている曲線を、彼女は見つめている。
 そこに刻まれている、隠された何らかの暗号を探し出すかのように。
 って、別に。そんな暗号、最初からないっつうの。
「ふむふむ……なるほどな」
 おいおい、勘弁してくれよインチキ占い師。お前、何処までわかって頷いてんだ? どうせさっきまでやってたテレビ番組でのこと以上の知識は持ち合わせてないくせに。
「……律。お前、性欲強いぞ。気をつけろ」
 うるせー。
 私の性欲のことくらい手相に聞かんでも、身体に直接聞くわ。アホ。
「恋愛線は……短いな」
「余計なお世話だ」
 割と手相通りの人生じゃないか。と呟く目の前の彼女。しばきたい。
「おっ。運命の人には、もう既に、会ってるらしいぞ?」
「へー」
「出会ったのは……随分早いな……小学生くらいのときか」
「……んじゃ澪じゃん。完全に」
「――えっ!?」
 私が何の気なしにそう言うと、澪は思いの外、驚いている。
 それから少しの沈黙の後、予想通り段々と頬が赤くなってくるもんだから、まったく。可愛い奴だ。
「いやだってさ。運命の人って別に、異性とも限らないでしょ」
「いや、そうかもしんないけど……」
 今更、何を恥ずかしがることがあるんだろう。
 彼女は私の運命の人であって、私だってきっと、彼女の運命の人であると、そう願うより強く、当たり前のように思っている。
 守るのだと決めたし、大切にすると、決めた。
 出会ったときから、今だってずっと、それは変わっていないのに。
「……手相なんか、もういいじゃん」
「いや……でもまだ……結婚線とか……」
 照れくさそうに俯きながら、ぶつぶつ呟いている。伏せた目には湾曲の長い睫が黒くかぶさっていて、それが仄かに、白く光って見えた。
 もしかして、泣いている?
 そう聞こうとした喉が強く拒絶して、私は結局、黙すより他なくなってしまう。
「手相、みして」
 離れてしまっていた私の手を、彼女はまた、自分の手の中に収める。
 まじまじと手相を観察するその瞳は、まだ幽かに潤んでいた。
 私の手の皺を、彼女が見る。って、ただそれだけのことなのに、何故だか急に、私の全てを彼女に見透かされているように思えてきて、気恥ずかしさが止められなくなってしまう。
 偏頭痛みたいな胸の高鳴りが、一向に鳴り止んでくれない。
 何度も手を振り払おうと考えるが、結局、行動に移ってくれないのだ。彼女の指頭が私の掌の上で遊ぶのが、くすぐったくもあり、また、僅かに官能的な刺激を与えてくるようでもあって。あながち性欲の強さというのも、手相通りかもしれないなんてことを、考えながら呆れていた。
「結婚線は、どうなってんだよ?」
 考え事を巡らしてるらしく、私の掌を見つめながらも心此処に在らずといった様子の彼女に、結果を促す。
 彼女の表情は、俯いて下に垂れた前髪のせいで影になって、確認できないでいる。そこまで黙り込まれると、信用していなかったとしても、何だか段々不安になってくる。……おい。もしかして私は一生、独り者ってこたぁないだろうな?
「わかるわけないだろ……」
「……は?」
 ようやく彼女が紡いだ言葉の真意が、上手く測れない。
 蚊の鳴くような声で呟いたその口元は、幽かに震えているようにも見えた。けれども、それは私の見間違いかもしれない。そうであってほしい、そう思う。
「手相なんて、私にわかるわけないだろ」
 そう言って、彼女は私の手を投げ返す。
 おいおい、どうなってんだ。この展開。なんなんだこの理不尽な怒られ方は。
「おい、澪っ」
「うるさい。私もう、帰る」
 せっせと帰り支度を始める彼女の背中は、やはり何処か小さく狭くて、頼りない。っていうか、おい。今日は泊まってくって散々我侭言ってたのは、どこのどいつだ?
「お前は、幸せになれるよ。良かったな」
「……はぁ?」
 荷物の入った鞄を手に持ち、上着を着込んでから、最後にぽつりと、彼女は呟いた。
「運命の人なんて、言葉だけだもんな」
 





 前方から飛び掛ってくるような向かい風が、私の頬を冷たく叩き続ける。迷路みたいな夜空の下で、私は無我夢中になって、目標物に向かって全力で突っ走っている最中だった。
 獲物は、目の前の街道を私から逃げるように走る、運動神経抜群の憎い奴。
 でも私だって、駆けっこなら負けてねえ。中学での運動会のリレーでのアンカー対決では、ぶっちぎりで勝った思い出だってあるんだ。ありありと昨日のことのように思い出せるんだ。……まあそれは、私の前のランナーがぶっちぎりに澪のチームを突き放してくれたからってのもあるんだけど。
 夜気の充満した街の暗がりの中で、怖がりの彼女はきっと、今も怯えながら走っていることだろう。そのことを思うと、私の脚力は何だか、何倍にも早く走れそうだった。
「おい澪! 待て! この、ヤブ占い師!! 結果を、教えやがれっっ!」
 息を切らしながらも、何とか言葉を紡いで、思い切り叫ぶ。
 何だか不意に、涙が出そうになった。
 視界が歪んで、霞んでいくけれど、なんとか気力で堪える。
 どういった理由かは知らない。けど、彼女が悲しい顔して私の家を飛び出して、私がこうして意味もわからず彼女を追いかけて、上着も着ていないからめちゃくちゃ寒くて……そう考えると、涙が出るには、十分な状況だった。
 前方の彼女が、名も知らぬ公園を抜けて、街灯の下、坂道に入っていく。私もそれを、追いかける。そっちは暗いから危険だし、段々街灯も少なくなっていく。コンクリートも凸凹しているし、意外とドン臭い彼女の転んだ姿が、嫌になるくらい鮮明に想像できる。
「澪っ!! そっちは、幽霊が出るぞっっ!!!!」
 咄嗟に思いついた、最良の嘘だった。
――そうだ。
 最初から、こう言えば良かったんだ。
 







 名も知らぬ公園は、私たちのような突然の闖入者にも優しい。
 木製の古いベンチに、息切らしながら二人して腰掛けると、ベンチの木は私たちの重みに耐え切れないと言うように、きい、と、声のような音を出す。
 彼女はそれに驚いて、私の胸に飛びついてくる。
 彼女のぬくもりだけは、やたらに現実味を帯びていて、切ない。
「コーヒーでも、買ってくるか?」
 私が提案すると、彼女は即答で、
「いいから、ここにいて」
 と、殆ど命令するみたいに言った。私は、彼女の言うことに従う以外選択肢を知らないので、黙ってそのベンチに座っていた。彼女のぬくもりは私の右半身に温かみを教え、私の左半身に夜の外気の厳しさを教えていた。
「体育の時間、真面目にやってるつもりなのにな……」
 それなのに、ちょっと走っただけで、こんなにも息が切れるのは、どうしてだろう。
 乱れた呼吸も落ち着いてきて、それから、少し公園を見渡す。砂場とかブランコとか。滑り台とか鉄棒とか、遠い記憶の上澄みに残って消えないものばかりがあった。
 そういえば小さい頃、澪とも公園に行って、よく二人して街に夕方五時の鐘の音が鳴り響くまで、泥んこになって遊んでいたっけ。
 屋内でばかり遊ぼうとする澪の手を無理矢理引っ張って、外に連れ出して、転んだ澪に、擦り傷を負わせたりして……よくお母さんに、怒られたなあ。
 後で澪の家に私のお母さんと二人で行って謝りにいったときの、玄関先での澪のお母さんの、優しい笑顔が、今も忘れられない。
 だってそれは、澪の笑顔と、そっくりだったから。
「なぁ、澪」
「……なんだよ」
 隣の彼女は私と同じで、もうすっかり疲れ果てて、私の肩に頭を置いて安らいでいたりする。
 いつだって、お互いの隣が、一番の、安らげる場所なんだってこと。
 私たちは、知りすぎるくらいに、知っている。
「手相なんかには暗示されてないことが……私の未来にはたくさんあるよ」
 夜の色が段々増していく空の下、私の吐く息は淀んだ白に染まっていて、空中でやがてぼやけたようになり、そして消えていく。
 隣の彼女の吐く息も、当たり前だが同じだ。
 忽然後ろから吹いて来た風の匂いから、遠い春の気配を感じ取れたのは、恐らく、私だけではないだろう。
 隣の彼女の大きくて優しい手のぬくもりが、私の小さくて頼りない手に覆いかぶさる。
 お互い、手を握ったりしたのは、どれくらいぶりだろうと思い出して、そんなに遠い過去のことではないことに思い至り、それから途端に、気恥ずかしくなる。
「……律の掌の上に、私はいなかったよ」
「にわか手相占い師に、そんなことまでわかるのかよ?」
 私は、冗談だろうと笑ったが、彼女はそうではなかった。
 街灯の明かりの下で、私たち二人の身体の輪郭が、地面で影になっているのを見つけた。まるで、男女のカップルみたいに寄り添いあって、私たちは静かに呼吸してる。
「26歳で、ルイ・アームストロングの再来のようなやり手のジャズミュージシャンと結婚して、海外の豪邸に住んで、幸せになるんだ」
「……それが、私の人生?」
 神妙な顔つきで、こくりと頷いた彼女を見て、思わず吹き出してしまう。
 そんなのって、あるわけない。
 そう思いながらも、でも、人生ってどこでどう転ぶかわからない。とも思う。
 私が、ルイ・アームストロングと結婚?
 考えようと思っても、私の想像力の範疇を裕に超えているから、わからない。
「私がいなくても、しっかりやれるんだよ。律は」
「……澪のいない幸せには、今のとこ遭遇したことないからなぁ」
 私の幸福のルールは、まず澪ありき。
 澪が幸せで、私も幸せなら、そこで初めて幸せと言えるんだ。
 だから、ルイ・アームストロング様には悪いけれど。
 私に残された選択肢って、結局のところ最初から、ひとつしかないんだよね。
「澪とおんなじ未来を、私は! 希望しまーす! かみさまーぁ!!」
 見上げた夜空の真ん中で、流れ星のようなものが一筋光って消えたから、私はその尻尾を追いかけるように、願い事を込めたのだ。
 流れ星に、神様は関係ないぞと彼女につっこまれながら、何がどう間違っていようと、二人して笑顔でいれるなら、それが正解なんだって、そう思える。
 マフラーもしていない身体が、やけに火照って冷めないのはきっと、彼女が私に体温を分けてくれていて……それで私も、彼女に体温を分けているからなんだって、そんなふうに思えて、仕方が無かった。





おしまい

このページへのコメント

careerの人だよな?
あなたの文章好きだ。
GJ!心があったかくなった。

0
Posted by 名無し 2010年01月14日(木) 21:23:29 返信

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