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著者:別2-93氏



 こんなにも近くで唯の顔を見たこと、あったっけ。
 ……いや、何度だってあるか。
 抱き合ったり、手を繋いだり……そんな風に唯と触れ合ってきたこと、何度だってあるよ。
 それこそ数え切れないくらいに。

 でもさ……それじゃあ、なんで。
 なんでこんなにも、心臓の音がうるさいくらいに、鼓動が早まってるんだ?
 なんでこんなにも、顔が熱くなる?
 なんでこんなにも――たくさんの疑問が頭の中をかけめぐって、けれどなにひとつ答えは出ないままに時間だけが過ぎていく。
 真っ暗な部屋には、枕元に置いてある目覚まし時計の秒針の音だけが静かに響いている。
 深夜二時を指す時計。いっそジリジリと鳴り響いてくれよと、そう願ってしまうくらいに部屋は静かで……。

「唯……?」
 唯に見下ろされたまま、かすれた声で言うと、唯の体がわずかに揺れた。
 湿ったままの髪の毛から香るシャンプーの香りは、この部屋の香りと同じ。
 ……なんで今さら、この香りにドキドキしてるんだ、あたしは。
 と、目の前にあった唯の口がわずかに開き……りっちゃん、と今にも消えそうな声でそう呟いた。
「…………」
 その吐息に、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
 一体……なにがどうなってるってんだよ。
 こんな状況になるなんて、ほんの数時間前までは想像すらも出来なかった。


「……雪、降りそうだな」
 コートのポケットに両手を突っ込みながら、ひとりぼやく。
 冬の日。見上げた空はなんだか妙に薄暗くて、やたらに分厚い雲からは今にも雪が舞い落ちてきそうだった。
「降るなら降れよな、まったく」
 こんな風に中途半端に寒いくらいなら、いっそ積もるほどに雪が降った方がマシだ。
 ずず、と間抜けに鼻を鳴らしながらそんなことを考えて、身震いをひとつ。
 せっかくの土曜日に家に篭もってるのも、なんて家を出たはいいけど……なんていうか、めちゃくちゃに寒い。
 つーか、風の冷たさが既に暴力の域に達してる。そんくらいに寒い。

「……帰ろっかな」
 適当に買い物でもしようかと商店街まで来たものの、あまりの寒さにさっそく心が折れた。
(こんなんだったら、初めっから澪ん家にでも遊びに行けば良かった……)
 やれやれとため息をついて、ものすごい勢いで真っ白に染まるそれにうんざりしながら歩き出す。
 コンビニであったかいもんでも買って帰ろ。そんなことを考えながら。

「あ、律さん」
「へ?」
 背後から声をかけられたのは、あたしが三歩目を踏み出したときだった。
 振り返ってみると、そこにはニコニコと優しげな笑みを浮かべた女の子。
「あれ、憂ちゃん」
「こんにちは、寒いですね」
 そう言って笑う憂ちゃんは、あたしと同じように寒さに鼻先を赤くして、白い息をほわりと吐いている。
「だねー。憂ちゃんはこんな寒い日に何しに……って、ああ、なるほど」
 何しにここへ、と問う前に憂ちゃんの両手を見てひとり納得する。
 青ネギのはみ出したスーパーの袋。
 多分夕飯の買出しにでも来たのだろう。
「それ、今日の晩御飯?」
 ちょい、と憂ちゃんの手元を指差すと、
「はい、今日はお姉ちゃんが鍋が食べたいって言ってたんで、その材料です」
「相変わらず出来た妹だこと……」
 思わず憂ちゃんの頭をなでなで。ほんと一家に一台欲しくなる子だな……。
「いっこ貸して、持つよ」
「え!? そんな、悪いですよ、律さん」
「いーからいーから」
「で、でも」
 困惑する憂ちゃんからスーパーの袋をひとつ受け取る。
 ずし、と重いのはきっとちらりと覗く白菜が原因だ。
「どーせ暇してたところだからさ、気にしなくていいよ」
 あたしのその言葉に、憂ちゃんはしばらく悩んでいたようだったけれど、
「……それじゃあ、お言葉に甘えて、お願いしてもいいですか」
 そう言って照れたように笑ってくれた。

「おー、任せてまかせて」
 びし、と敬礼をしてみせると、憂ちゃんがおかしそうにクスクスと肩を揺らす。
「ん、なに?」
「なんか律さんってお姉ちゃんにちょっと似てるなあと思って」
「……ゆ、唯に? それはまた、なんというか」
 なんとなく、いや確実にちょっとショックだぞ、それ。
 心の中でそう呟いて、そう言えば、と思い出す。
「そういや唯はどうしてるの?」
「多分家でコタツに入ってゴロゴロしてると思います」
「……やっぱり」
「コタツに入ってるお姉ちゃん、なんかトローっとしててすっごく可愛いんですよ」
 言いながら、えへへーとそれはもう幸せそうに笑う。それでいいのか憂ちゃん。
 ……なんつーか、この姉妹の関係ってのは奥深いというかなんというか。
 正直よく分からないけど、まあ、本人たちが幸せなら何も言うまい。

 と、突然憂ちゃんは足を止めると、
「あ! そうだ、律さん」
「ほい、どうしたの」
「せっかくですから、律さんも一緒にお鍋食べませんか?」
「え、いいの?」
「はい、お姉ちゃんも多分喜ぶと思います」
 思わぬ誘いにあたしが躊躇っているのを感じたのか、憂ちゃんはにっこりと笑うと
「遠慮しないでください」
 そう続けた。
「うーん……鍋かぁ」
 こんな寒い日に憂ちゃんの熱々鍋……うん、悪くない。悪くないどころか最高に有難い提案だ。
 となれば、答えはひとつだった。


「……だらしない姿だ」
「むー、人の顔見てそういうこと言うの酷いよー、りっちゃん」
「いや、多分誰が見ても同じこと言うと思うぞ」
 苦笑いをしながら言うと、あたしの向かいに座る唯が口を尖らせた。
 肩までコタツ布団をかぶり、テーブルの上にだらしなくとろけている唯。
 このまま放っておいたらゲル状にでもなっちゃいそうだな……。

「しっかし、全部に憂ちゃんにやらせちゃってなんか悪いな」
 言いながらちらりとキッチンを見やる。
 キッチンの方からはトントンと包丁がまな板を叩く音。憂ちゃんが現在進行形で料理中だ。
 何か手伝おうかと一応尋ねてみたものの、予想通り「大丈夫です」と笑顔でさらりと返されてしまった。
 まあ、あたしや唯が手伝うと余計手間になる気もするし、ここは素直にお言葉に甘えておくべきなのかもしれない。
 ……ほんと出来た妹だ。

「……なー、唯」
「な〜に〜」
「憂ちゃんくれ」
「えー? ダメだよお、大事な妹だから」
 相変わらずトロトロととろけたままに唯が答える。
「ちぇー、けち」
 ちょい、とコタツの中で唯の足を突っつく。
「ひょぅっ!?」
 それがどうやら非常にくすぐったかったらしく、唯が素っ頓狂な声をあげた。
 どっから声出してんだよ、と思わずツッコミを入れてあたしが笑うと、唯もつられたように笑い出し、
「てりゃ」
「おひゃっ!?」
 仕返し、と言わんばかりにあたしの足を指先でつついてくる。
 な、なるほど、これは確かにくすぐったい……。

「こんにゃろー、てい、ていっ」
「あっ、っくく、ふふ、くすぐったいよ、りっちゃん〜」
 あたしからの攻撃に耐えられなくなったようで、唯がけらけらと笑声をあげて降参の合図。
 この勝負、あたしの勝ち。……って、別に勝負でもなんでもないんだけどさ。
(それにしても……)
 テーブルの上で可愛らしい笑い声をあげている唯を見ていると、思わず頬が緩む。
 唯の笑顔って……なんていうか、うん、好きだな。
 見てるこっちまで幸せになれるような、そんな笑顔。
 この顔を見ているときばかりは、憂ちゃんの気持ちが分かってしまいそうになるから唯って恐ろしい。

 と、唯が不思議そうな顔であたしを見て、
「りっちゃん、なんかニヤニヤしてるよ?」
「え、そ、そう?」
「うん。なに考えてたの? あ、もしかして何か面白いこと?」
「別にそんなんじゃないって。ただ……」
「ただ?」
「唯が笑ってると、なんかこっちも楽しくなるなあ、と思って」
「…………」
「ん? 唯?」
 あれ、なんで唯、固まってるんだ?
 さっきまでの笑顔はどこへやら、唯は驚いたように目をぱちくりさせて、そのまままっすぐにあたしを見た。
「り、りっちゃん隊員……」
「なんだよ?」
「泣かした女は星の数……?」
「いや、意味分かんないから」


 りっちゃん泊まっていきなよ〜。
 なんて唯に言われたのは、締めの雑炊を食べ終わる頃のことだった。
「いきなり晩御飯食べに来ただけでもあれなのに、さすがにそれは悪いって」
「えー、私もっとりっちゃんといたいよ」
「こ、こら、は〜な〜せ〜!」
 箸を持ったまま首元に絡み付いてくる唯を振りほどこうとしていると、急須に入れたお茶を注ぎながら憂ちゃんが笑う。
「あの、もし律さんの都合が良ければ泊まっていってください」
「んー……そうは言ってもなあ」
 ぽりぽりと頬を掻いて言う。

 今日は一日暇だったわけで、しかも明日は休みで、あたしの都合が悪いなんてことはないんだけど、さ。
 事前に約束してるならまだしも、いきなりご飯食べにきて、しかもそのまま泊まっていくなんて。
 さすがに気が引けるっつーか……いくらなんでも図々しいよな?

 と、そんなあたしの思考を悟ったのか、
「お姉ちゃん、律さんと一緒にいると楽しそうですから」
 お姉ちゃんが嬉しそうだと私も嬉しいんです、と続けて憂ちゃんがふにゃりと笑う。
「そうだよ、りっちゃん! 私はりっちゃん隊員一筋だよ!」
「唯が言っても説得力ねーな……」
「ううう……りっちゃん、私と一緒にいるの、いや?」
 今度は涙目であたしを見上げてくる。まったく、唯ってホントころころと表情が変わる。
 ……子犬みたいな目でこっち見るなっつーの。
 そんな目で見られたら、ノーとは言えないだろ。


「えへへー、りっちゃんとふたりでお泊りって初めてだね」
「……ていうか、本当に良かったのか? 晩御飯も急に食べに来ちゃったのに」
「全然気にしなくてもいいよ〜。りっちゃんって意外と気遣い屋さんなんだね」
「意外ってどういう意味だ!」
 べし、とベッドの上で転がっている唯にチョップをかます。
 あいて、と声をあげる唯の髪の毛はしっとりと水気を帯びていて、柔らかなシャンプーの香りが舞った。

 あれからふたりでお風呂に入って、お風呂の中で密室殺人ごっこ(?)をやって、今に至る。
 部屋の中には甘いシャンプーの香りが満ちていて……ああ、そうだ。これ、唯の香り。
 こうやってこの香りの広がる部屋にいると、唯がすぐそばにいるような気がして、なんだか変な感じがした。
「りっちゃん、電気消すね」
「おー」
 パチンと音がして、部屋が暗闇に包まれる。
 あたしは憂ちゃんが敷いてくれた布団に横たわると、ぼんやりと天井を眺めて、
「なー、唯」
「なあに?」
「憂ちゃんの鍋、絶品だったな」
「でしょー」
「なんで唯が得意気なんだよ」
「だって、わたし憂のお姉ちゃんだから」
「……唯、何もしてねーじゃん」
「したよ! お鍋の蓋開けた!」
「湯気が熱くて蓋落っことしたのはどこのどいつだ! おでこに汁が飛んできたときは死ぬかと思ったわい!」
 そんなやりとりにクスクスと笑いあって、あたしたちはそのまま暗闇の中で他愛もない会話を続ける。
 昨日やっていたドラマの話、この間発売した漫画の最新刊の話、唯に貸したCDの話。
 それから「もし宝くじが当たったらどうする」だとか「もし暗殺者に狙われたらどこに逃げようか」だとかバカな話。
 なんていうか……不思議だよな、って思う。
 唯と話していると、時間があっという間に過ぎていく。
 それは多分、ふたりで話してる時間が、あたしにとってめちゃくちゃに楽しい時間だから、なのだろう。
「……ふふ」
 思わず笑いがこぼれた。
 今までちゃんと意識したことなかったけど……あたしは、きっと。
 自分で思っている以上に、唯と一緒にいる時間が好きなんだ。

「ねー、りっちゃん」
 と、ふいに会話が途切れたその瞬間、唯が小さくあたしの名前を呼んだ。
「なんだー?」
「りっちゃんは、こうやって澪ちゃんの家にお泊りすることってよくあるの?」
「そうだな……まあちょくちょく。昔からお互いの家には出入りしてたし」
「そうなんだ」
 唯はそう言うと、少しの沈黙を挟んでこう続けた。
「あのね、りっちゃん」
「ん?」
「……寒くない?」
「別に」
「寒いよね?」
「だから寒くないっての」
「ねーりっちゃん」
「だから、なんだよ」
「こっちで一緒に寝よ?」

 唯の声が、わずかに震えたような気がした。


 どんだけ体温高いんだコイツは、と思うほどに唯のベッドの中は温かかった。
 その熱の主である唯は、うつ伏せになって自分の腕を枕にすると、
「えへへ」
 なんとも締まりのない笑いを浮かべる。
「なに笑ってんだ?」
「なんか、りっちゃんとお泊りって変な感じだなーって」
「まー、確かにふたりってのは新鮮だな」
 合宿なんかでどこかに泊まることはあったけど、こうやって唯とふたりきりってのは初めてだ。
 というかお泊まりに限らず、唯とふたりでどっか行ったりすることってほとんどなかったよな。
 それこそあたしは澪と行動することが多かったし、唯は唯で和と、だし。
「でもまあ、こういうのも悪くないよな」
「ほんと?」
「うん。あたし、唯と一緒にいるの楽しいし」
 あたしのその言葉に、唯が嬉しそうに笑った。


 事の起こりは、深夜のことだった。
 話し疲れて、ふたりしていつの間にか眠りに落ちていって。
 ……もしかしたら、慣れない環境で、眠りが浅かったのかもしれない。
 するりと布が擦れる音がして、あたしの意識は眠りの世界から引き戻された。
「ん……?」
 半分まどろんだ状態でそっと目を開けると、すぐそこに――
 それこそ鼻先が触れるほど近くに唯の顔があった。
「……っ」
 目が合った瞬間、唯が息を飲むのが伝わってきた。
 大きく見開かれた瞳。

 なんでそんな……泣きそうな目、してるんだ?

「…………」
 声が出なかった。身動きも取れなかった。
 そしてそれは、唯も同じようで。
 指一本にも満たない距離を保ったまま、あたしたちは石像のように固まっている。
 と、耳にかかった唯の柔らかい髪がするりと揺れ落ちて、あたしの頬をくすぐった。
 途端、心臓が騒ぎ出して、耳の奥がうるさい程に脈打ち始める。
 な、なんだよ、これ……。
 なんで、体が震えちゃってんだ、あたし。
 寒さじゃない。恐怖でもない。
 胸の奥から、熱い何かがこみあげてきて、それが体の震えに繋がっている。
「唯……?」
 かすれた声であたしが言うと、唯はわずかに目を細め、
「りっちゃん……」
 そう囁いて、はっとしたように顔を上げた。

「あ、ご、ご、ごめん……っ!」
 上擦った声でそう言うと、唯はあたしに背中を向けてベッドに転がった。
 その華奢な肩がわずかに震えているように見えるのは、あたしの気のせいなんだろうか?
「ゆ……」
 唯、と言おうとしてそのまま言葉を飲み込んだ。

 ――今の、なんだ?

 そう訊こうとして、でもやっぱり訊けなくて。
 いっそ「りっちゃんに悪戯しようと思って」なんて言ってマジックの一本でも見せてくれれば。
 そしたら多分、あたしはコノヤローなんて言って唯をぽかりと叩いて、何事もなかったかのように振舞えるのに。
「…………」
 唯がじっと押し黙ったまま、あたしに背中を見せている。
 もうそれだけで、今のがただの悪戯じゃなかったんだって、分かってしまう。
 ……こういうとき、どうすればいいんだよ。
 あたしのその問いかけに、答えなど返ってくるはずもなかった。


 長い沈黙はあたしが一番苦手とするもので、今のこの状況は酷く居心地の悪いものだった。
 ……唯とふたりでいて居心地が悪いなんて、こんなの初めてだな。
 でもきっと唯も、あたしと同じことを思っているはずだ。
 いつも以上に小さく見える背中が、根拠もないのにあたしにそう思わせた。

「…………」
 暗がりに目が慣れてきて、ちらりと覗く唯の耳が真っ赤なことに気が付く。
 唯はいま、どんな顔、してんだろ。
 笑ってる……はずがないよな。あたし、唯の笑ってる顔が、一番好きなのに。
 さっき見た、今にも泣きそうな唯の表情がフラッシュバックして、胸がきゅうと音を立てた。
(……勇気、出せ)
 深く息を吸って自分に言い聞かせる。
 ここで逃げてしまったら、あたしは何かすごく大切なものを失ってしまうような……そんな気がするから。
「……唯」
 あ、声、ひっくり返った。
 格好わる……。けど、それでもいい。

「い、今なにしようと、してたんだ?」
 ……ああ、あたしは肝心なところでヘタレだ。
 結局唯に言わせようとしてる。本当は分かってんだろ?
 分かってて、でも自惚れだとか勘違いだとか、そんな言い訳が心にブレーキをかけた。
「りっちゃん、ずるいよ」
 唯の答えは真っ当だった。
 うん、あたしは、ずるい。自分から足を踏み出すの、怖いんだ。
 ……でも、そうだよな。唯だってきっと怖いんだ。
「あのさ、唯――」
「りっちゃんね」
 唯に遮られて、あたしは言葉を飲み込んだ。
「……寝言、言ってたよ」
「へ?」
「なんかキャベツがなんたらって言って、口むにゃむにゃしてた。えへへ、可愛かったぁ」
「な、う、うるせー! ていうか、せっかく人が……」
「でね、りっちゃん可愛いなーって思ってたら、今度は『澪』だって」
「…………」
「りっちゃん、夢でまで澪ちゃんに会ってたんだね」
 小さな背中で、いつも通りの口調で言う。
 けれど、最後の最後で、声に涙が交じったような気がしたのは、あたしの気のせいなんかじゃない。

「唯」
 自分でもびっくりするくらいに優しい声が出た。
 さっきのひっくり返った間抜け声がイヤになるくらいに。
「唯、こっち向いて」
「……や」
「む〜けぇぇええ!」
「り、りっちゃ――むにぃ」
 強引に唯の体を回転させて、そのやたらに柔らかいほっぺたを左右に引っ張った。
「何の夢見てたかなんて全然覚えてないし、た、確かにキャベツとか澪が出てきたのかもしれないけど」
 そこまで言って、あたしは唯の頬を両手で包み込んだ。
「あたし、今日はずっと唯のこと考えてたんだぞ。今だって、唯のことしか見てない!」
 一気に言い切って、細く息を吐いた。
「……さっきのも、ビックリしたけど、イヤじゃなかった」
「…………」
「ていうか、唯がそんな顔してる方が、あたしはイヤだ」
 言った。
 いま思ってること、全部。


 唯はあたしに触れられたままじっと固まっていたけれど、やがて二度ほど瞬きをしてこう呟いた。
「えーっと……それって、どういう意味?」
「おいぃ!!」
 思わず全力でツッコミを入れた。
 こっちは恥ずかしくて死にそうになってるってのに、そう来るか!?。
 まったく……残りわずかの勇気、振り絞れってか。あたしはゴクリと喉を鳴らした。

「唯さ、あたしのこと……す、好き……だ、だよ、な」
「…………」
「あたしは、それが、その、嬉しくて……えーっと」
「…………」
「ていうか、それがあたしの勘違いとか自惚れだったら、死ぬほど恥ずかしいんだけど……って、唯?」
 混乱する頭でどうにかこうにか言葉を搾り出していると、目の前の唯が小刻みに震えていることに気が付く。
 まさか泣いて? そう思ったのは一瞬のことで、
「……っふふふ、ふふふ」
「ゆ、唯、なに笑って……こ、こら、笑うんじゃねー!!」
「だ、だって、あははは、りっちゃん可愛いんだもん、うふふふ」
「お前……わ、分かっててやってたのか」
 どういう意味、なんて。もしかして唯って、意外とS……?
 ……それとも単にあたしが単純なだけなのか。

 と、そんなことを考えていると、唯の体がもぞりと動いて、そのままきゅうと抱きつかれる。
 突然の柔らかな感触に思わず体が震えて、あたしはまたしても唯に笑われてしまった。
「……あのね、りっちゃん」
「なんだよ?」
「あ、ちょっと拗ねてる」
「……誰のせいだ、誰の」
「えへへ、可愛いね、りっちゃん」
「…………」
 レッドカードで退場レベル。こんな至近距離でその笑みを浮かべるのは、反則だっての……。
「りっちゃん」
「うん?」
「さっきの続き、してもいい……?」
「……どうしよっかな」
 そう答えると、唯が「えー」と眉を下げた。
 さんざんからかってくれた仕返しだ。これくらい許してもらおう。

「え、えーっと、りっちゃん、ふたりで幸せになろう! 浮気はしないよ!」
「……唯が言うとやっぱりすっごい説得力ないな」
「あー、で、でもあずにゃん抱っこするの気持ちいいし……ムギちゃんもあったかいし……」
「……って、言ってるそばからそれかよ!!」
 ほんとに唯は。相変わらずというかなんというか……。
「で、でもね、りっちゃん。私、りっちゃんが嫌なら頑張って我慢するから!」
 真剣な顔で、そんなことを言われる。……まったく、無理しちゃって。思わず小さく笑ってしまった。
「いいよ、今のままで」
 右手で唯の髪に触れる。
 ピンをしていないだけなのに、ちょっとだけ新鮮に感じてしまうのは、なんでなんだろうな。
「唯は、そのまんまでいい」
「…………」
 かあっと唯の頬が真っ赤に染まり、そしてそのまま、
「デヘ」
 と、それはもう締まりのない笑顔に変わる。

「あのね、私にとって、りっちゃんは特別だからね」
「知ってるよ。ありがと」
 そう言ってにこりと笑うと、唯の指先があたしの前髪に触れて、
「りっちゃんの髪の毛、柔らかいね」
 そんな囁きとともに、唇に柔らかい感触。
 しばらくしてゆっくりと顔を離したらぱちりと目が合って、あたしたちは真っ赤な顔のまま笑い出してしまった。


「あーずにゃ〜ん……」
「ちょ、ゆ、唯先輩! 苦しいですってば!」
「あらあらあらあらあらあら」
 唯に抱きつかれて困惑する梓と、とろけそうな笑みの唯と、それを少し離れたところで見守るムギ。
「今日も練習はしないのか……」
 んで、呆れたようにため息をつく澪。

 ――今日も軽音部は賑やかです、はい。
 
 あの夜から一週間が経った。
 唯はそのまんまでいい、と言ったことを……あたしは、ちょっとだけ後悔してたりもする。
 ……まあ、あれだ、自分の気持ちをはっきりと自覚するまでは、気がついてなかったわけだよ。
 自分の想い人が、別の人にべったりとくっついてるのは、なかなかに複雑だってことに。
「……ん?」
 机に頬杖をついてそんな唯たちを見守っていると、ふいに唯と目が合った。
 あたしが笑いかけてやると、唯は照れたように頬を桜色に染めて、にへへ、と口元を緩めて笑い出す。
 相変わらずのとろけきった笑顔。……可愛いよ、ばか。
(この笑顔を見ると全部許せちゃうってね……)
 ああ、こりゃもう、あたしも確実に憂ちゃん精神が育ってきてる証拠だな……。 
 でも、まあ、ね。
 それが唯ってやつだから、さ。
 苦労は多そうだけど、健気なりっちゃんは温かく見守るとしますよ。

このページへのコメント

↓3 激しく同意。

0
Posted by 唯律大好き 2012年07月11日(水) 12:28:58 返信

キャラの描写が素敵です!
すっごく楽しめました!

もっと読みたいなぁ

0
Posted by うまうま 2010年02月13日(土) 23:49:19 返信


ゆいりつ!寧ろりつゆい!
案外、澪よりも唯の方がこれ読んでガチになったぜ!

0
Posted by 隊員C 2010年02月09日(火) 19:38:12 返信

やはり律の本当の嫁は唯だな…
>>1乙

0
Posted by (^ω^) 2010年02月01日(月) 07:06:13 返信

セリフまわしやリアクションに律や唯の特徴が良く出てますね!おもしろかったです〜

0
Posted by ななし 2010年01月29日(金) 21:56:44 返信

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