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著者:11-766氏


「――唯ちゃんは、ご両親が恋しくなったり、しないの?」


 二人を覆う沈黙を掻き消すような声色で、紬は言う。冬の空はどんよりと暗く、唯が首を少し上げると、場末の家々や電信柱が囲む、小さく切り抜かれたような空が覗けた。
 部活もないまま帰る放課後は、何処か味気ない。受験生になってしまったからには、図書室で少しは勉強して行くのだけれど、それも何だか、続かなくて、二人して早めに切り上げてしまった。
 冬の空。もう早くも星が散らばっていて、唯にはどの星がどんなふうな線を結んで、どんな形が出来上がり、そして、どんな名前が付くのか、さっぱりわからない。知りたいと思うけれど、すぐに別のことに頭が移ると、もう星座について考えていた過去はすっかり忘却してしまう。
 隣を歩く紬の、いつもとは違う声色の問いに、驚いてすぐに紬の横顔をみた。真っ白な雪みたいな色のマフラーを首に纏う紬の顔が、唯の目には一瞬、近すぎてぼやけて映る。
「りょう、しん?」
 唯が呆然としたまま聞きなおすと、紬は途端に、照れくさそうに頬を赤くした。
 左手に通った家の庭にいるいつもの大きな黒い犬は、親の敵みたいに、吠えてくる。この道を通る全ての人に向かってそうなのか、それとも、何らかの理由で、私たちだけなのか。と、唯は考えて、それからまたすぐに、別のことを考えた。一切を、忘れてしまうために。
「唯ちゃんの家は、いつも憂ちゃんと唯ちゃんの、二人きりでしょう?」
 遠くで誰かの名前を呼ぶ声が聞こえる。カレーの美味しそうな匂いがする。紬の訥々とした声が、唯の耳にはぎこちなく響いて仕方がない。他人の声が、耳に侵入してきて、それが唯を支配する。何故だかそんなことを考えて、鳥肌が立った。
 遠くで誰かの、名前を呼ぶ声がする。――その返事も、聞こえる。
「それが、どうしたの」
 少し、苛々しているのかもしれないな。と、唯は思って、少し笑えた。
 決して悪い感情ではなくて、例えるならそう、ステージの上の、程よい緊張感。背中には律の笑顔があって、隣には澪の、梓の、そして、紬の笑顔。
 思い浮かべると、今もまだ、あの夢の中のような、舞台の上にいるようで、昂る胸を止められない。黒い犬の高く敵意の篭った鳴き声が遠くに聞こえて、唯は不意に、隣を歩く紬の手を握る。汗ばんだような、少し熱の篭った掌。
「ムギちゃんは?」
「えっ?」
「ムギちゃんは家で、寂しくなったりする?」
 自分の声が他の誰かの声みたいに聞こえる。脳でしつこく、反芻する。
 誰も住んでいなそうなアパートから、不意に喧騒が聞こえた。背中にそんな諸々を背負い込んで、歩いていく。
「私の家にはいつも、両親がいるから」
「……そっか」
 返事をしたつもりだけど、あまりにそれは小さすぎて、紬の耳には届いてくれない。
 紬が耳をすますと、唯の小さな、呼吸の音が聞こえる。革靴で踏みしめるコンクリートの乾いた音とそれが合わさって、なせだか少し、粟立ってしまう。まるでホラー映画の、中にいるみたい。
「唯ちゃんの手、冷たい」
「ムギちゃんの手が、温かいからだよ」
 と、唯はすぐに言った。
 紬は首を傾げる。
「……私の手が温かいから、唯ちゃんの手は冷たいの?」
「そう」
 唯は頷いてから、しばらく息を飲んだように黙っている。
 それから、呟くように小さな声で、言った。
「世の中って、そういうふうにできてるらしいよ」






 十一月の宵の暗がりが静かに、そして、どこかよそよそしく、街全体を包み込んでいく。どこか遠くから、四時半を知らせる鐘の音が聞こえてくるのに、耳をすましていた。この街では十一月にもなると、いつもは五時に鳴る鐘が、四時半に鳴るようになって、その鐘の音はつまり、街で元気に遊んでいる小学校辺りの子供たちに向けて、『暗くなるから、もうすぐ、帰りましょう』という合図を送っているわけだ。唯もこの街に育って、そして、ずっとこの鐘の音を聞いて、育ってきた。

 ――私の家には普段から両親が居ないから、私だけは、いつまでも遊び放題だったりするのだけど、それでももう、私以外のみんなは早く帰らないと、親に怒られるからって言って、それで、みんなもう、帰っていっちゃうんだ。
 私以外誰もいなくなった公園の真ん中。風で揺れるブランコの音が軋めいていて。砂場の上で、泥んこになってしまった掌を見つめながら、みんなが帰っていく、背中を見つめながら。
 私は何故だかそのとき、意味もわからないけれど、泣いてしまったんだった。
 ぽろぽろ零れ落ちる涙がどうしても止められなくて、砂場には落とした涙が滲んで、乾いて、消えていく。――世界で、たった一人きりになってしまったような、あの感覚――

 鐘の音を聞いているうちに、そんな遠い記憶が、一瞬のうちに頭の中でフラッシュバックするみたいになって、唯は途端に、泣きそうになった。俄かに、瞳の奥が熱くなってきたので、焦って首をふり仰ぐ。
 満天の星が迷路のような夜の下に輝いて、手が届きそうに見えた。思わず、手を伸ばす。思い切りふり上げた掌の先、摩天楼のようになって、夜の海に届けばいいのに。
 唯のそんな様子を見て、紬は微笑んだ。生まれながらのお嬢様は、笑い方ひとつとっても、やはり違う。気品のようなものが何処からか漂っている。なんて、横目にその笑顔を見ながら、唯は嫌味のように思う。
「どう? 届きそう?」
「んー、……もうちょっとかな」
 唯のその一言で、紬はついに、吹き出してしまう。
「ムギちゃんくらい、背が高ければなぁ」
「私にだって、無理だわ。唯ちゃんくらいの童心があったら、いつか届くかも」
「どーしん、ってなに?」
「子供心、ってこと」
 そう答えて、紬は笑う。
 その笑顔を見て、唯は少しムッとした怒りのような感情を、抑えられない。
「ムギちゃんだって、まだまだ子供だよっ」
「あら、ごめんなさい。気に障った?」
 全然反省してる様子のない紬は、証拠にまだ、頬がニヤけている。笑いすぎて出来た目尻の涙を拭きながら、紬は唯の手を握る力を、少しだけ強くした。
「……ごめんね?」
「ヤダ」
「なんで? ……許してよぉ」
 出来るだけ、真面目な表情を装って謝る。けれど唯の表情は、変わらない。
「ムギちゃんはいつも、自分からキスしてくれないよね」
 途端の話の飛躍に、紬は頭が混乱して、付いていけなくなる。相変わらず、頬をふくらまして、怒ったように眉間に皺を寄せている唯の表情を見て、またも吹き出してしまいそうになるけれど、次笑ってしまったら、本当にもう許してもらえなくなりそうで、どうにか堪える。



――まったく。こんな関係になる前は、こんなに怒りっぽくなかったのにな。
 いつからだろうか。是が日でもこうして一緒に帰ってあげないと、それだけで、翌日はずーっと拗ねて、口も聞いてくれなくなったのは。そんな唯の様子が愛しくて、わざと一緒に帰ってあげない日もあったし、わざとつれない態度をとった日もあった。
 そんなことばかりして愉しんでいる私はやはり、唯ちゃんの言うように、まだまだ子供なのかもしれない。と、紬は思って、少しだけ微笑む。自分にしか聞こえないくらいの小さな声で笑って、それから、隣にいる駄々っ子を慰めるべく、優しくその頭を撫でたりした。
「唯ちゃんが寂しくなったら、いつでも駆けつけてあげるからね」
「別に。憂がいるし」
「でも、私からキスして欲しいんでしょ?」
「……そんなこと、言ってないじゃん」
「顔に、書いてあるよ?」
 紬が唯の顔を指差すと、唯は慌てた様子で、頬を真っ赤にして叫んだ。
「えっ! ほんとに!?」
 街全体に響き渡るような大きな声を聞いて、紬はついに我慢の限界を超えて、思い切り吹き出してしまう。心からの笑い声を聞いて、唯は、ようやく自分が騙されたことに気付いて、それから徐々に、頬に強い赤味が差してくるのだった。
「……もうムギちゃんなんて、知らないっ!!」
「ま、待って唯ちゃん! ご、ごめんなさ」
 街頭の明かりだけを抱え込んだ夜の闇が、刻々と増していくのを感じる。早足で、殆ど走るみたいにして前を行ってしまう唯を、急いで追いかけるように、笑いすぎてお腹が痛い中でも、必死に道を急ぐ。反省してるのに、反省してるのに、それでもどうしても、先程の唯の心から信じきって驚いた表情を思い出すたびに、無限に笑えてきてしまえるようで、紬は、前を歩く唯には聞こえないように、少しだけ笑って、それからまた、唯の背中を追いかけたのだった。




おしまい。

このページへのコメント

大変良い作品でした。
これからも天皇陛下のご健康と日本国の繁栄を祈りながら創作し続けなさい。
天皇陛下万歳\(^O^)/
日本国\(^O^)/

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Posted by 平民 2011年01月02日(日) 21:09:14 返信

こういう唯ムギの関係がどストライクです!
もっと読みたい!!

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Posted by メガネ 2009年11月30日(月) 15:01:53 返信

あ…鼻血出そう。GJ!

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Posted by Wii 2009年11月25日(水) 10:07:32 返信

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