2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

著者:9-130氏


「いぃーやっほー!」
ざっぱーん。 ごぽ、ごぽ。 水の膜を突き破って、浮力に抱かれる感覚。 透明な水に浮かんでは消える泡が綺麗。
泡の向こうに唯が見えて、顔を見合わせて笑う。 くぁー。 なつ。 なつ。 夏ぅー!
残暑のレジャープールは人影もまばら。 ダイブするなら今しかない! 今しかないならやるしかなぁーい!

「こら律、唯! プールサイドから飛び込むな! めちゃ笛吹かれてるだろ!」
わぷっ。 輪投げのように、すぽりと浮き輪がかぶされる。 穴をくぐって見上げれば、六角形の眩しい陽射し。
監視員さんにすみませーんと頭を下げて、浮き輪の上によじよじ登る。 ふぅー。 達成感!

「まったく……。 ほら、律。 ん。」
「へ? なに、その手?」
「カギ、カギ。 持っててやるから、ロッカーの鍵貸しなよ。 失くすだろ、律。」
「失くさないよ! 子供かっ!!」
「あははー、りっちゃん言われてやんのー。」
「あ、唯。 ロッカーの鍵、貸しなさい。 あんた、失くすでしょ。」
「……。」
遅れて現れた和の言葉に、噴き出す。 プールの水は緩やかに流れていて、こうしてるとプチ漂流しそう。
手で漫然と水を掻きながら、周りをのんびり見回す。 澪。 唯。 梓。 和。 見慣れたいつものメンバーが……ん?

「あれ? そう言えばムギは?」
「え? さっきまでいたんだけど……あ。 あそこで転覆してる人、それっぽい。」
仰向けになったイルカのフロートと、しがみつく腕。 あーあー。 未熟者! フロートを信用するからそういう目に遭うのだ!
澪が後ろから助け起こすと、愛嬌を感じさせる印象的な眉毛。 ん。 やっぱりムギだ。

「ふわぁぁ。 ありがとう澪ちゃん〜。 もう助からないかと思ったぁ〜。」
「ふ。 まだ助かったと思うのは早いぜ!」
「ゎぷ!?」
二人に向けてバタ足攻撃。 唯と一緒になってばっしゃばっしゃ水をかける。 ふふ、パニクってる、パニクってる。

「く、くそー。 やられっぱなしだと思うなよ!」
「あれ? どこ行っ……うひゃっ!?」
お尻にむにゅりとした感触。 澪が消えたかと思ったら、水面下から何かがお尻に当たってきて、もがいてる。
……えと。 これって。 ぷあっと水から飛び出した澪は、思った通り赤面していて、誤魔化すようにまくしたてた。

「ご、ごめん律! 引っくり返してやろうと思ったら、顔当たって! プール、流れてるから!」
「……なんだよみおー。 お尻に顔うずめちゃって、やらしー。」
「やらしー。」
「ちっ、ちがっ! わざとじゃないって!」
みんなして声を上げて笑う。 真昼の空に、蜜を湛えた白の月。 高校3年生、夏。 それは私たちの蜜月を表しているようだった。


例えば、コンビニの自動ドアで鉢合わせた時。 例えば、何気無しに背を反らしたら、目と目が合った時。
そんな何でもない時にこそ、その瞬間は訪れるのだと思う。

「んむ。 やっぱりアイスはチェリオだね。 それが人のおごりなら尚更うまいね!」
「……うぐぐ。 り、律。 あんまり調子に……。」
「え、なに? 誰のせいで私たちは、みんなとはぐれちゃったのでしょう。 もう一回言ってみよう。 さんはい!」
「うるさいな!」
痛い痛い! ぎゅむむと引っ張られる耳たぶ。 うぅ、逆ギレはよせよぅ。 巨大なスライダーをぼんやり見上げながら、思う。
果たして唯たちは今どこにいるのでせう。 澪がスライダーでここまで大はしゃぎするなんて、誰が予想できたでせう……。

「澪、昔っから浮かれたら周り見えなくなるからなぁ。 いっつも私がとばっちり食うんだよなぁー。」
「お互い様だろ! どっちかって言うと、普段はお前の方がな……。」
言い募ろうとする澪の鼻先に、ずい、とチェリオを突きつけて、笑う。

「ま、許してしんぜよう。 唇、青いよ。 一休みには丁度いい頃合だったって事で! はい。 分けたげる。 あーん。」
「……あーん。」
ぶすくれながらも口を開けて、チェリオをかじる。 にこにこと顔を覗き込むと、怒ったようにそっぽを向く。 かわいい奴。

「高校生の夏も、今年で最後か。 あーあ。 いつまでも高校生でいたいよー。」
「お前はもっと真剣になれ。 こうして目を閉じると、路頭に迷う律が見えるよ。 仕事がない、お嫁の貰い手もない……みたいな!」
「むっ。 お先真っ暗で悪ぅござんしたね。 よよよ! ごめんね澪。
こんな私じゃ、澪をお嫁にもらってあげられないよぅ。 んねっ! 澪が私をもらってくれる?」
「なんでそこで私が出てくるんだよ!!」
びしびしびし。 へぇへぇへぇー。 へぇボタンばりにはたかれる私の頭。 ムキになる澪をよそに、あははと笑い声をあげる。
この時間が好き。 澪がいない未来、か。 考えた事も無かったな。
……お嫁。 いつか。 そうやって私と澪も、離れる時が、来るのかな。 なんか。 それって、アンニュイ。

「あ、見っけたー。 おーい。 りっちゃーん、澪ちゃーん。 もー、すっごい探したんだよ!
澪ちゃん、心細くて泣いてるんじゃないかって……あれ? ……澪ちゃん、何かいい事あった? やけに嬉しそうだね。」
「へっ? べ、別に何もないよ。 なんで? ってか、泣くわけないだろ! 高校生にもなって!」
黄昏かけた所に、唯たちがガヤガヤ現れた。 溜息一つで立ち上がろうとした、その時。 澪が、頬を寄せて、小さく小さく耳打ちした。

「……もらったげる。 もしもの時は。 だからさ。 律は、律のしたい事。 頑張りな。」
そう言って、澪はそそくさと背を向けた。 ……惚けたように立ち尽くして、変に思われなかったかな。
きっと。 何でもない時にこそ、その瞬間は訪れるんだと思う。 例えば、それは、みんなにどやされてる合間。
澪が、こっそり振り返って、悪戯っぽく笑ってきた時。 その、自覚の瞬間は訪れた。
私は。 自分が澪に抱いている気持ちが、恋なのだと知った。


「はー、お腹空いた。 今日は飲もうね、りっちゃん!」
「何を飲む気だ、何を! ほら、詰めて詰めて。 ……ん? どうしたんだよ律。 具合悪いのか?」
「え? い、いや、元気だよ? ごめん、ちょっとぼっとしてた。」
ファミレスでお昼ご飯。 心配そうに覗き込んでくる澪から、慌てて目を逸らす。 さっきの瞬間から、脈拍がちょっと速いまま。
はぁー、やばいやばい。 何やってんだよー、私。 澪なんて、今更意識するまでもないだろー。
……でも。 でもでも。 席順。 ……澪の隣が、いいな。
そわ。 そわそわ。 しぱっ! タイミングを見計らって、さりげに隣をゲットする。 やた。 隣、とった。
……って。 あー、もー。 なんだこれ。 なんだこれっ。 何やってんだよー、私ぃー!

「……律。 本当に大丈夫か? 家、帰る?」
「え? なな、なんで? べっつに、ふつうだし?」
うぁー、噛み噛み! 変って? な、なんか態度に出てたかな。 内心慌てふためきながら澪を見ると、その視線は下を向いている。
……あ。 澪が訝しむのも当然。 私は、自分でも気付かない内に、澪の手をきゅぅと握っていた。 わわわ。

「あ、いや、別にさ、これはね、具合が悪いわけではなくって。」
「ふふ。 疲れちゃった? ほら。 頭乗せたら、楽になるよ。 もたれな。」
へ。 言い繕おうとしたら、澪は柔らかに笑って、くいっと肩を動かした。 疲れて甘えたがってるって、思われたみたい。
いやいや! 勘違いだから! 別に甘えたがってないし! 馬鹿にすんなよなー!

「……うん。」
とか強がってはみたものの。 私は結局、澪の肩にちょこりと頭をもたせかけた。 ……。 なんだろ。
澪が、優しい。 それだけなんだけど。 なんだか、嬉しい。

「あー、なんかりっちゃん、しおらしー。 澪ちゃん、目がやっさしー! なぁんかこの二人。 あっやしーな!」
「あ、あやしいってなんだよ! まあ、律は私がいないと駄目だからな。 仕方無いって言うか。」
「ほんとにぃ? さっきも二人だけでどっか行ってたしー。 あやしい! この名探偵の目は誤魔化せないよ、ホームズ君!」
お前がホームズじゃないのかよ、と内心突っ込みを入れるも、流れを変えたくなくて黙っている。
聞きたくって。 澪にとっての私は、一体、どういう存在なんだろう。

「だ、大体、律なんていつもこんなもんだろ。 子供の頃から澪澪言ってさ、年中行事で一緒じゃなかったためしが無いもん。
うん! 律がちょっかい出してくるから、付き合ってやってるって感じかな! な、律! お前ほんと私の事好きだよな!」
……そりゃね、頭の片隅では分かります。 こういう話題で澪がテンパるなんて、いつもの事だって。
軽く返すのがいつもの私。 でも。 でもさ。 今、いつもの私じゃないから。 こんな事思ってもいいよね。 むかつくって!
はぁっ? つ、付き合ってやってるぅ!? だだ誰が澪の事好きだってぇ!? 人が惚れてると思って調子に乗るなよー!
澪が私の気持ちなんて知ってるわけはなくて、言いがかりだって分かってたんだけど。 私は、血が上るに任せて言い返した。

「そうだな。 私ってこう見えて愛に生きる乙女じゃん? 思ってる事、恥ずかしいくらい態度に出ちゃうわけ。
いつもお揃いのもの買わせて、口調も私に習ったまんまを守ってる誰かさんと比べると、バレバレで笑えるよね! あー恥ずい恥ずい!」
「……。」
ごごごごご。 激突の予感を感じ取ったのか、梓が唯にしがみついた。 それを皮切りに、私たちは骨肉の応酬を開始した。


「お前私が小六の時にあげたカチューシャ、いまだに取って置いてるだろ! こないだ部屋で見たんだからな!」
「お前こそ私が小五の時にあげたキキララのポーチ、今でも持ってるじゃん! 使う気も無いのになんで持ってるんだよ!」
「中学入って私のミニベロ盗まれた時、夜通し探してくれたのは誰だっけ! 怒られても一言も言い訳せずにね!!」
「そう言えば私を膝枕して寝かしつけてくれた奴がいるんだけど知ってる? 私が寝てる間ずっと動かなかったってんだから驚きだよな!」
けんけんごうごう。 気に食わない。 澪は、私が澪の事を好きだと主張するばかりで、自分が私をどう思うかは全く言わない。
気に食わない。 当たってるだけに。 惚れた弱みだけに。 もう物凄く気に入んない! だから、精一杯主張してみる。
澪だって、私の事が好きだろって。 ひょっとしたら、それがちょっぴりでも澪の心を揺さぶるかもしれないなんて、期待しながら。

「ちょ、ちょっ! 二人とも、ケンカはよくな……ぷぎゅっ!? い、痛い! 何でつねるんですかムギ先輩!!」
「駄目よ梓ちゃん。 まだご馳走様には早すぎるわ。 マナー違反よ? めっ。」
「え、えっ? いや、そりゃ注文もしてないし、ご馳走様は早いですけど……マナーって。 意味が分かりません!」
「ほんと、あんまり騒がないでよね……恥ずかしいから。」
誰の横槍も入らない。 止まれずにどんどん加熱する私たち。 売り言葉に買い言葉で、はたき合う。 そんなの、やめとけばよかった。

「律は! 去年の学祭でも、寝付くまで傍にいてくれとか言ってたろ! 私に夢中ってハッキリ言えば許してやるぞ!!」
それが。 不意に、私の心に、ずきんときた。 それは。 私の急所に他ならなかったから。
がたんっ。 立ち上がった拍子にテーブルにぶつかって、コップが揺れた。 みんなが一斉にこちらを向く。
あぁ、ちくしょう。 もう高3だぞ。 後輩だって見てる。 せめて、みっともない声だけは、出ませんように。

「澪は……私の事、そういう風に捉えてるのかよ。 私がちょっかい出すから、仕方無く相手してるだけなのかよ……。」
怒気を繕って搾り出したのは、嘘じゃなく私の本音だった。 怒りでうまくコーティングできた事に安堵しながら。

「りっ。 律……。」
「りっちゃんっ。」
「せんぱ……。」
あれ。 みんなが傷ついたような表情で私を見る。 れれっ。 なんだよ、この反応。 ちょっと怒り方が過剰だった?
けれど、私はその反応の理由にすぐに気が付いた。 ぽたっ。 ぽた、ぽたっ。 あ。 あれっ。

「り、りっちゃんごめんね! 私が変な事言ったから……。 お願い。 泣かないで。」
なか、ないで、って。 ふ。 ふぅっ。 泣くわけ。 泣いてなんか。 ぅく。 頬が熱いのを、今やはっきりと自覚する。
駄目だった。 言葉にしてしまったから。 曖昧としていたそれは、今や形となって私に突き刺さったのだった。

「ごめん。 私、ちょっとおかしいや。 先、帰るね。」
「え、ちょっ……律!」
もう一秒だって澪と顔を合わせていたくなくて、その場から逃げ出す。

「律!」
「りっちゃん!」
うええ!? 放っといてくれればいいのに、澪と唯が追ってきた。 私は、条件反射で、逃げるように駆け出していた。


「り、律先輩! どうしよう。 律先輩、泣いてた……。 どうしましょう、ムギ先輩っ。」
「……梓ちゃんがもっと早く止めないから。」
「えぇ? ムギ先輩っ!? さっきと言ってる事が!!?」
「二年生は駄目ね。 あなたに任せなければよかったわ。」
「えぇえー!!? 和先輩ーーっ!?」
「……こほん。 冗談に決まってるでしょ。 放っとけばいいのよ、あんなの。 つまる所……。」
「ふふ。 ……ただののろけ、だものね。」

「唯! そっちから行ってくれ! 挟み撃ちにするぞ!」
「らじゃあ!!」
わわわ! 澪たちはファミレスの周囲をぐるりと回って、私を挟み撃ちにする算段のようだ。 なんだよその戦法!
泣いてる相手に本気出すなよなー! どうしよう。 どうしよう? ……あっ。 私は、目に留まったソイツの前で立ち止まった。
逆側の角から唯が現れて、一見すると私は絶体絶命。 二人に挟まれた私に、澪は言った。

「律。 そんなつもりじゃなかったんだ。 話、聞いてよ。」
「……うるさい。」
「律。 私、ほんとは……。」
「うるさい! 澪なんて嫌いだーー!!」
がちゃこん! 叫びながらキーを押し込んで、素早くスタンドを跳ね上げる。 唯の横をすり抜けるまで、わずか3秒。
私はそのままそれに跨って、全速力で漕ぎ出した。

「え、ちょっ……それ私の自転車じゃんか! なんで律が鍵持って……あ!!」
思い出したか。 中学の頃、失くなった澪のミニベロを探し当てた時、私たち、お互いのスペアキーを交換したんじゃないか。
それは、言葉にしなくても、信頼の証。 友情の証。 ううん、きっと。 澪の特別である証だと、思っていたのに。
でも、独り相撲だったんだ。 それなら、もう。 もう、放っといてよーーー!

あてどなく自転車を漕ぎ続ける。 足が無ければ、澪も追ってこれないだろう。 でも。 こんな気持ちで、家にも帰れない。
うくっ。 なんだよ。 澪のあほぉ。 そうだよ。 澪に夢中なんだよ。 私だけ、こんなに夢中なんて。 馬鹿みたいじゃないか。
いいよ。 もういいよ。 もう澪の事なんか考えなくていいんだ。 せいせいした。 せいせいしたよ。
考えてしまうと、涙が込み上げてくる。 何も考えないように、ただ漕ぎ続けたかった。 そしたら、声がした。

「りつーー!! と・ま・れーーー!!!」
へ。 そんなわけ、と思いつつ後ろを振り返る。 うええ!? 信じられない事に、そこには自転車で猛然と追いかけてくる澪がいた。

「え、うそ? 自転車!? なんで!!?」
「唯の、自転車! かっぱらってきたーー!!」
「えぇっ!!?」
「唯、チャーリー・カムバーック!って泣いてたぞ! 後で謝れよな!!!」
「えぇえーーー!!?」
物凄く理不尽な事を言いながら、猛追してくる澪。 そうだった。 こいつ一度のぼせると、他の何も目に入らなくなる奴だったぁ!!


しゃかしゃか。 しゃかしゃかしゃか。 うぅー……。 しぶとい!!
心臓が爆発しそうに苦しい。 もう10分くらいになるだろうか。 全力で漕いでるのに、ちっとも澪を引き離せない。
このままじゃ追いつかれる……あ! このままじゃどころじゃなかった。 目の前には、雑木林。 道はそこで途切れていた。

「り、律……ようやく、止まった、か……。」
自転車を止めて、下に降りる。 澪も追いついてきた。 動悸は激しいし、足は酸欠だしで、無茶苦茶しんどい。
確かに、自転車ではここまで。 でも、だからってね。 勝ったと思うなよな!

「とりあえず……ぜぇ、話を……って。 ええぇ!!? ちょっ、律!!?」
しゅたたた。 雑木林の中を全力で走り出す。 道無き道を、力任せに駆け抜ける。
自転車が無理だって、私にはこの二本の足がある。 このささやかな意地がある!! 捕まって、たまるもんかぁ!

「まっ、待てえええぇ!! てっ、とっ。 なんの!」
ばたばたと澪が追いかけてくる。 ロングヘアを振り乱して頑張ってるけど、こんな雑木林では、小柄な私の方が有利。
私は後ろも振り返らずに、雑木林の中を駆け出していった。

「……撒いちゃった、かな。」
雑木林が拓けて、小高い丘に出た。 今度こそ行き止まりか。 流石に足がやばくて、一休み。 ……はぁ。 何やってんだろ、私。
せっかく澪が追ってきてくれてたのに。 どうして私、こうなんだろう。 本当は。 追いついてほしかった、のに。

「よ、ようやく……追いついた……脇腹……死ぬ……。」
「うわぁ!」
すぐ背中で声がして、飛び上がる。 ……うわぁ。 汗だくで息を荒げながら私を睨む澪は、乱れた姿にも関わらず、美しかった。

「こら律! いい加減にしないと……。」
「とぉーう!」
「ちょ! えー!? こっ、こら! りつっっ!!」
ずしゃぁっ。 いっ、てーー! その高さ、およそ3メートル弱。 丘から飛び降りた膝に、ダメージ。 それでも走る。
飛び降りた先には、小奇麗な土手。 そこをひた走る。 もうそれは、ただムキになってる以外の、何者でもなかった。
どしゃぁっ。 音に振り返ると、よろよろと着地を決めた澪が見える。 うそっ。 怖がりの澪が、跳んだ? ムキになるなよー!
土手の上を、よれよれと走る。 残暑と言ったって、こんな事してれば、暑い。 軽い眩暈を覚えて、私はその場にくずおれた。

「り、律! 大丈夫か!? もう、いいから……逃げるなって……。」
ぜぇぜぇと息も絶え絶えな澪。 お互いに息切れしながら、それでもいやいやと身をよじって、追いすがってきた手から離れる。
澪は、咎めるような視線を投げてきたけど、もう私に逃げる意思が無いのを見てとったのか、それ以上強引には近寄ってこなかった。
ひぃは、ひぃは。 あぁ。 くたくた! でも。 体を動かしたおかげで、ようやく私は、澪と向き合う決心がついた。

何分くらい、座り込んでいただろう。 澪がふい、と動いたのきっかけに、すたっと立ち上がる。
また逃げるのかと警戒する澪に向き直って。 ずざざざ。 私は、土の上につまさきで一本のラインを引いた。


「なん……だよ、これは……。」
「こっちに来ないで。」
近寄ろうとする澪に、強い調子で言い返す。 もう、逃げていい時間は終わった。 言わなくちゃ。 はっきり、させなくちゃ。

「……どうして。 まだ怒ってるの? 理由くらい、言えよな。」
「だって……。」
声が震えないように頑張ったけど。 無理だった。 悲しいくらい、無駄な努力だった。 でも、泣かない。 絶対に泣くもんか。

「この線が、私と澪の違いだから。 私。 澪の事好きだった。 一番の友達と思ってた。 でも。 違ったよ。」
「違ったって。 どういう事? 律は私の事……好きじゃなかったって。 そう言ってるのか?」
ぶんぶんと首を振る。 そうじゃない。 そうだったら。 どんなにか、よかったのに。

「私の好きは、友達の好きじゃ、ない。」
「……え。」
澪が、固まる。 それを見て、胸がしくりと痛む。 言うんだ。 それが澪と私の決別を意味するとしても。
せめて、この気持ちを眠らせてあげなくちゃ。 澪にだけは。 本当の私を、見せなくちゃ。

「気付いたんだよ。 私の好きと、澪の好きは……全然違うものだって。 澪に触れたいと思う。 一番傍にいたいと思う。
澪のこと想うだけで、切なくて。 幸せで。 この気持ちは、いつか澪を傷つける。 だから、もう。 傍に来ないでよ……。」
ざあぁ。 澪の視線を受け止められなくて、俯く。
吹き抜ける風に、青葉だけがさざめいて。 真夏に間に合わなかったセミの声が、遠くの方から聞こえていた。
胸が、潰れそう。 一体、いつからだったんだろう。 いつから私は、澪の事が、こんなに好きになってしまったんだろう。
本当は、終わらせたくなかった。 いつまでも嘘をついていれば、澪の傍にいる事だけは、できたのに。
でも、望んでしまったから。 嘘のない私で、澪と一緒にいたいって、思ってしまったから。
だからこれでいい。 いっそ粉々にしてもらえればいい。 そう、その大きく振り上げた左足で…………って。 えぇ!?

「どっせーーーい!!!」
ぼっしゃあああ。 横殴りの衝撃に、土と草が宙に舞う。 それは全く想定してなかった反応で。
気合の入った掛け声と共に綺麗に円弧を描いた澪の足は、私の引いたラインを跡形も無く削り取った。
え、え。 ええええええ!? 事態が飲み込めずにいる私に向かって、不機嫌そうに、澪は言った。

「……で。 どこにそんな線があるって?」
「え。 い、いや。 だからさ、澪。 線はあくまで例えであってさ。」
「だーかーら! 勝手な事ばかり言うな! 無いから!! そんな線、無いって言ってるの!! 分かれよ、バカ!!!」
え。 え? でも、私の好きは、澪の好きとは、違って。 ……違って。 違ってないって。 言ってる? それ。 それって。

「……だから、その……何て言うか、ほら。 あぁもう、その。 ……要するに、さ。」
言葉を選んでいたその難しい表情が、ふっ、と緩んで。 澪は、柔らかく笑うと、両手をゆったりと広げて、言った。

「おいで。」
ばふっと。 私は澪の胸に飛び込んで、思いっきりしゃくりあげた。


「わたし色々勝手言って……本当は……怖くって……。」
「馬鹿だな。 そんな事気にしてたのか。」
澪が、私の髪の毛に頬をうずめた。

「律だもん。」
その一言に込められた響きで。 私は、澪が私にくれているものの大きさに、初めて気が付いた。
顔、上げられなかった。 だって、もっと泣いちゃいそうなんだもん。 澪のことば、やらかくて。 優しくて。
誰だよ、大事なのは、かたちより中身だ、って言ったのは。 かたち、すっごい大事じゃないか。
優しい事、澪が、言うだけで。 こんなに、嬉しいよ。

「私だってさ。 昨日より今日。 今日より明日。 淡雪の膜が張るみたいに、少しずつ、少しずつ心に降り積もって。
今日リミット、超えちゃうかも。 明日には超えて、溢れるかも。 そんな気持ちだった。 どうだ。 ちょっとは分かったか。」
澪の手櫛が、とても穏やか。 まばらな鱗雲が、緩やかに空を流れていく。 澪の匂い。 どんな花の香りより、私の一番好きな匂い。

澪のばか。 いつもそうだ。 澪と一緒にいたら、溢れてしまうんだ。
いくら仲が良くても、何もかも見せられるわけじゃない。 心の奥にカギをかけて、自分でも見ないようにしているものがある。
それなのに澪は、あっさりとそのカギを開けて、不器用に包帯を巻いていくんだ。
私を満たして、零して、崩して壊して、優しく作り直してくれるんだ。 だから。 好きになっちゃうんだよぅ。 澪のばか。

「……澪といるとね。 ほっとする。」
「私だって、律といると、ほっとするよ。 ほら。 汗、拭こ?」
律儀にも持ってきていた水泳カバンからタオルを取り出して、私の頭にすっぽりかけてくれる。
わしわし髪の毛を拭いてくれるその手が、無性に愛しかった。

「新婦、田井中律。 あなたは永遠の愛を誓いますか?」
タオルをベールに見立てたんだろう。 そんな事を言って、澪がからかってきた。
私は、冗談で返そうか、ちょっとだけ迷ったけれど、そうしないで言った。

「……誓い、ます。 ……あのね。 好きだよ、澪。」
「……ばか。 本気で返すなよ。 ……私も、誓う。 律のこと。 大好きだよ。」
見つめ合って、沈黙。 両側に掻き分けるように、澪はそっとタオルをたくし上げた。

「……律。 私ね。 今、人生で二度と無いくらいの、マジ期だから。 本気の、本気だからね。」
「……うん。 知ってる……。」
ゆっくりと瞳を閉じる。 澪が固唾を呑む音が聞こえて、ちょっぴり誇らしい気分。 どうよ。 私の魅力も、捨てたもんじゃないね!
親指。 人差し指。 中指。 右手と左手。 一本ずつ、ゆっくり優しく絡まり合っていく、私達の指。
耳に入るのは、夏を終えようとする向日葵の葉ずれだけ。 世界の片隅の、一瞬の空白。
きっと誰にも見つからない、その瞬きほどの隙間に滑り込む。
澪の手が肩にかかって。 私は少しだけ、つまさき立ちして。 その時、私たちは、この世界の誰よりも素直になった。


てくてく。 そよ風が優しくほっぺを撫でる。 みんなと別れて、澪と並んで歩く帰り道。
右手は自転車。 左手は私。 手を繋いでたって、女の子だから、おかしく思われない。 バレない、バレない。 内緒のふたり!

「みんな許してくれてよかったな。」
「うん。 唯、チャーリーと、ついでに私が帰ってくれば、それでいいって。 ふふ。 ついでかよ!みたいな。」
「あはは。 でも。 いい奴だな、唯。 待っててくれた、みんなも。」
「うん。 いい奴ら。 好きだな、みんなの事。 あ、澪に対する好きとは違うから、心配しなくていいよ!」
「言われなくても分かってるよ!」
「分かってても言いたかったりする!!」
「……そ、それなら別に、いいけど。 ……なんだよ。 何笑ってるんだよ!」
へへへ。 軽口、ちょーっぷ。 お約束! みーんみん。 セミの声。 どこまでも高い青空。 控えめに散った雲。 いいきぶーん!

「ムギは気付いてたかもね。 私と律の、なんて言うの、結論?にも。」
「かもしんない。 で、次部室行ったら、その日はケーキじゃなくてお赤飯が出てくんの。」
「大損だぁー。」
あはは。 実に爽やかな昼下がり。 空はまだまだ日が高くって、夏が終わるなんて嘘みたい。
でも、吹き抜ける風の涼しさは、少しずつどこかへ夏をさらっていってるようで。 はぁ。 思わず、溜息が漏れた。

「あーあ。 夏休み、もうちょっとあったらよかったなー。」
「なんで?」
「なんでって……。」
それはもう、まったくの偶然だったんだけれど。 言葉を切ったそのタイミングで、セミたちが唐突に鳴き止んで。
スッと引き寄せられるように、私と澪の目が合った。 ……ぁ。 この感じ。 やばいかも……。

「……りつ……。」
少しだけ絡まりを深める、私達の指。 澪の息。 近い。 目、また。 閉じちゃおっか……。
ちりんちりーん。 しゅばばばばっ!! 唐突に聞こえた自転車のベルで、弾かれたように離れる私たち。
あたふたする私らを尻目に、ベルの主たるどこかのおばちゃんは、買い物袋をぶらさげてノンビリと走っていった。
……。 しばらくおばちゃんの後姿を眺めていた後で、澪と顔を見合わせる。 ぷっ。 くくくっ。

「あははは! 何そのリアクション! 何ビビっちゃってんだよ、みおー! あれっしょ? いけない事しようとしてたっしょー?」
「ビビってたのはそっちだろ! ぷくく。 律、本当に跳び上がってたよ! それに。 いけなくなーい!」
あっはっは。 帰ろ帰ろ! 帰りましょー!
笑いながら、澪が自転車に跨る。 私はそのステップにひらりと飛び乗って、澪の頭にアゴを乗せる。

高校3年生、夏。 私と澪の蜜月は、終わりを迎えた。 でもね。 蜜月の次にあるもの、知ってる?
それってさ。 新婚生活なんだよねー! これまでずっと一緒にいたはずなのに、一緒にする何もかもが新しい。
それがちょっぴり照れくさい。 ふあぁ。 ばいばい、夏休み。 で。 どうぞよろしく、新学期!

おしまい

このページへのコメント

番外編にあってもいいと思った

0
Posted by これは 2010年09月29日(水) 02:30:08 返信

この澪に惚れた!そして、おばちゃん出現でワロタwwww良い作品やったわぁ♪

0
Posted by 名無し 2009年10月14日(水) 23:04:13 返信

ぷゎぷゎの人かな。
あなたの書く文章、大好きです。
相変わらず良い話。
ごちそうさまでした。

0
Posted by ss厨 2009年09月07日(月) 00:36:38 返信

素晴らしい、の一言に尽きるわ。
ありがとう。

0
Posted by ななし 2009年09月06日(日) 15:27:31 返信

楽しかったです!

0
Posted by りん 2009年09月06日(日) 09:10:17 返信

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