2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

前編からの続き

翌日。
天気は本日も快晴、朝食を食べ終えて一息ついた後、宿泊先であるムギの家の別荘から外に出てきていた。
ここは湖のほとりである。
昨日和室で見つけたヒントによれば、この湖にある小島に次のヒントがある、ということだった。
「さて、小島までは手漕ぎボートで行くことになるだろうから・・・。昨日言った小島までの競争をやろうぜ!」
我ながら名案、きっとみんなの賛同間違いなし。
そう思って振り返ると、明らかに乗り気ではない顔が4つ並んでいた。
「・・・お前、その元気は昨日出すべきだろ」
「そうですよ!先輩はお腹すいてるぐらいの方がテンポキープできていいという説もありますが・・・。あれじゃ論外です!」
「な、なんだよひどいな・・・」
と、澪と梓に言い返しながらも、まあ言われてもしょうがないかと思わざるをえない。
昨日、陽が落ちてボートにのるのは危険ということで宝探しは一旦休憩となった。
そうなったら言うまでもなく夕食を食べて、夜の楽しいレクリエーション・・・というのが私のプランだったのだが、そういえばこの合宿が練習するという目的もあるものだった、ということを完全に忘れ去っていたのはどうやら私だけだったらしい。
澪と梓を筆頭に、ムギと唯も練習しないといけないよねーみたいな空気になってきて(予想通り、というか、さわちゃんはどうでもいいと言っていたけど)結局夕食までの時間と食べた後の時間が練習に割り振られることになった。
夕食前はお腹減ってるし宝探しの続きが気になるし・・・で集中できず、食べたら食べたでお腹いっぱいになって眠くなってきたしやっぱり宝探しの続きが気になる・・・なんて具合でほとんど練習に身が入らなかった。
もっとも、続きが気になっているのはみんなそうだったようで普段では考えられないような凡ミスを連発。
それを見かねたさわちゃんは「あーもう私が手本を見せてやるわー!」とか言って、ギターを貸せだの、いやお前達の体を貸せだのわけのわからないことを言い出してグダグダなまま練習は流れ解散。
あとは宝探しの疲れもあったのか、夜中まで騒ぐこともなく全員就寝、翌朝はボート漕ぐのダルいから昼まで寝てると言ったさわちゃんをおいて朝食を取って、現在に至るというわけである。
「みんなだって人のこと言えたもんじゃなかっただろ!梓なんて譜面一段間違って演奏したりしてたじゃないか」
「あ、あれは・・・。そ、そういうことだってあります!先輩も途中でスティックすっぽ抜けて私の目の前をかすめたりしてたじゃないですか!」
「まあまあ、それぐらいにして」
ムギが私と梓の間に割って入る。
「私も人のことを言えないようなミスしちゃったし、昨日はみんな宝探しの続きが気になったからしょうがない、ってことで、どう?その代わり今日は宝を見つけて、すっきりしたところで練習にも身を入れるということで・・・」
「んー・・・ムギの言うとおりだな。律に文句の1つも言ってやりたいところだけど、私も言えたもんじゃないし、気になることをさっさとすませちゃって今日の練習には響かないようにしよう」
澪の話に全員がうなずく。
「・・・んじゃ、話を戻すぞ。5人いるから、3・2に別れてボートに乗って、あの小島まで競争を・・・」
「だからなんでそうなるんだよ!」
澪に一喝され泣く泣く競争の話は消え去ってしまった、負けたほうに夕食当番とかやらせたかったのに・・・。
「人数分けはどうしましょう?」
「ハイッ!私はあずにゃんと乗ります!」
右手をまっすぐ伸ばし、鼻息も荒く唯が言った。
「あの・・・先輩勝手に・・・」
「え・・・?あずにゃん、私と乗るの嫌なの・・・?」
悲しそうな顔をして梓に迫る唯。
「え、えっと・・・嫌じゃないですけど・・・」
「じゃあ決まりね、あずにゃん。あとはー?」
強引だな・・・。
「澪ちゃんは・・・りっちゃんと乗る?」
「んー・・・」
ムギの問いかけに澪が考える素振りを見せる。
「いや、私は唯と梓の方にお邪魔するよ」
「あら、澪ちゃん珍しい」
私も唯と同じ感想を持った。
「・・・昨日和室でヒントを見つけた後、さわちゃんに言われたんだよ。『明日ボートに乗るみたいだけどりっちゃんと乗ったら転覆とかさせられそう』ってさ」
「な、何い!?・・・さわちゃんめ、好き放題言いやがって・・・!」
「と、いうわけで私が唯の方に乗れば万事解決、というわけだ」
「納得いかねえ・・・」
さわちゃんにはあとで何か仕返しでもしてやろう。
「じゃあそっちは唯ちゃん、梓ちゃん、澪ちゃん。こっちに私とりっちゃん・・・でいいのかな?」
澪の理由は納得しかねるが、別に分けられたメンツについてどうこう言うつもりはない。
全員賛成でそれぞれボートに乗り込む。
「じゃありっちゃん、2人きりだけどよろしくね。・・・間違ってもボートを転覆させたりはしないでね」
「するわけないだろ・・・。澪の奴、余計なことを・・・」
「冗談よ。・・・りっちゃんがそんなことするわけないって私信じてるから」
ムギに目を見つめられて少しドキッとした。
ボートが桟橋を離れる。
私とムギは向かい合う形で、ムギが座ったあとに座った私が進行方向に背を向けている。
実を言うとボートを漕ぐのは初めてだったが、テレビとかで見た気がするので見よう見まねで漕いでみる。
「両方に均等に力を入れるとまっすぐ進むけど、そうじゃないと曲がっちゃうから・・・。まありっちゃんなら慣れで覚えられると思うけどね」
「ってムギ漕いだことあるのか?じゃあ最初ムギが漕いでくれよ」
「うふふ、それは出来ないわ」
は?なんでだよ・・・。
「りっちゃんの位置が漕ぎ手の位置だもの。恋人同士で言うなら、そっちがリードする側よ」
「こっちが漕ぎ手の位置って・・・」
確か、先にムギが座ったからしょうがなく私がこっちに座って・・・。
「ムギ!謀ったな!?」
「あら?なんのこと?」
おほほ、と笑ってムギはごまかしている。
「よーし、私をこっちに座らせたことを後悔するなよー!?」
両手に力を込めて一気に漕ぐ。
少し右に流されてるのがわかる。
だから左手に力を入れて・・・あれ?逆か?
「きゃっ・・・!りっちゃん、落ち着いて漕いで!」
ムギの声を耳に少しだけ残し、まっすぐ漕ぐように自分に言い聞かせる。
両手に同じ力、両手に同じ力・・・。
慣れてきた、流されたときの修正も頭ではわからないけど体がなんとなくわかる。
「すごーい、りっちゃんさすが!」
ムギが賞賛の声を上げる。
「なるほど、わかってきた・・・」
「おーい律ー!飛ばすのはいいけど安全運転しろよー!」
と、澪の声が遠いと思ったらいつの間にか大分距離が離れていた。
見ると今は唯が漕いでいるようだが、お世辞にもまっすぐ進んでいるとは言いがたい、むしろ同じような場所を軽く円運動をしているようにも見える。
「ちょっとみんなと距離が離れちゃったし、少しゆっくり行かない?」
「ま、そうだな。唯のあの様子じゃまだ時間かかりそうだし・・・」
言いながら漕ぐペースを緩める。
爽やかな微風が湖の表面を撫で、涼しげに肌にぶつかってくる。
「・・・いきなり漕ぎ手側に座らせちゃったこと、怒ってる?」
ムギが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「んー・・・まあ最初は怒るって言うか、漕ぎ方わからなかったしどうしようと思ったけど・・・。漕いでみると意外と楽しいし、いい経験したなって感じかな」
「そっか・・・。よかった・・・」
ってことは、私をこっち側に座らせたのは意図的だな・・・。
「『競争する』って言ってたし、てっきり漕ぎたいんだと思ってたら『漕いでくれ』なんて言われてちょっと焦っちゃった。デートのときにそっちに座ったのに『漕いでくれ』なんて言っちゃダメよ?」
「了解、肝に銘じておくよ」
デートねえ・・・。
「デートとか当面予定ないからな・・・。まあ関係ないっちゃないんだけど・・・」
「そうなの?りっちゃん好きな人とかいないの?」
「好きな人ねえ・・・」
ムギ、そんなマジマジと見つめられてもいないもんはいないんだから、何かを期待されても困る。
「そういうムギはどうなんだよ?」
「え!?」
頬を真っ赤にして急にモジモジし始める。
わかり安い反応だな・・・。
「・・・へえ、いるんだ?」
コクコク、無言で勢いよく首を縦に振る。
意外と言えば意外だったが、ムギは少し前にバイトを始めていたようだったから、きっとバイト先の誰かとかだろう。
「で、相手はどんな人なんだ?」
「え、えっと・・・」
困ったようにうつむいて話し始める。
「性格は適当って言うか、良く言えば大雑把で・・・。でも、本当は面倒見がよくて、すごくかっこいい人・・・」
「ほうほう・・・。・・・で、告白とかしたの?」
「こ、こここ告白!?」
ムギがすごい声を出したせいで危なくバランスを崩して湖に落ちるところだった・・・。
「な、なんだよ急にそんな声出したりして」
「ご、ごめんなさい。りっちゃんがいきなりそんなこと聞いてくるから・・・。・・・その・・・告白は、まだ・・・」
「なんだ、まだなのか。そういうのはパッと言ってダメならパッと散るのがいいと思うけど?」
「そっか・・・。うん、そうかもね・・・」
「相手の人は、ムギのことをどう思ってるんだ?」
「え?えっと・・・わかんない・・・。でも、他に好きな人がいるかもしれないみたいで・・・」
およ、三角関係になるのか?随分修羅場った恋をしそうだな・・・。
「だったらなおさら、早いところ自分の気持ちを伝えた方がいいと思うぞ?その人の気持ちが他の相手に移る前に、先手必勝ってやつだ」
「でも・・・」
「でも?」
「その人が別な人を好きだとしたら、私じゃない人と付き合う方がその人にとって幸せなことなんじゃないかって・・・。だから、私がでしゃばるようなことをしちゃいけない気がして・・・」
はあ、と1つ溜息をついた。
そういえば昨日散々ついていた溜息だが、今日はこれが初めてだったかな。
「あのな、ムギ。ムギは本当に御人好しだな」
「御人好しって・・・」
「今『私じゃない人と付き合うほうがその人にとって幸せなことかもしれない』みたいなこと言ってたろ?それってさ、『ムギと付き合ったほうが幸せになるかもしれない』って可能性も含んでいると思わないか?」
「えっと・・・それは・・・そうかもしれないけど・・・」
「それに、だ。そんな風に悩んで暗い顔をしているムギなんて私は見たくない。自分の気持ちを伝えず引き下がるぐらいなら、いっそ玉砕覚悟でドーンと言っちゃった方が諦めもつくってもんじゃないか?」
なんて簡単に言ってるが、自分がムギの立場だったらそう割り切れるのかな・・・。
それでもムギは私のアドバイスが一応参考になったようで、しきりに頷きながら「そうか・・・うん、そうよね・・・」と独り言を言っている。
「ま、私はいつだってムギの味方だから、ムギが幸せになれるように祈ってるよ。また何かあったら聞いてくれればいいし」
「りっちゃん・・・」
ムギの表情は不思議なものだった。
喜んでいる、といえば喜んでいるようにも見えるが、どことなく困っているような、いつもの表情とは少し違うようにも見えた。
「ありがとう、相談に乗ってくれて」
「いいって。それよりムギの恋が実ることを祈ってるよ」
「うん・・・。・・・りっちゃん。あのね・・・。もう1つ、話したいことがあるの・・・」
「ん?なんだ?」
と軽く返した私と対照的に、ムギは神妙な面持ちをしていた。
「あの、あのね・・・。私・・・」
「ムギ・・・?」
「・・・ごめん、やっぱり、なんでもない」
「なんでもないって・・・」
そんなわけない、何か思いつめたような、そんな顔だった。
しかし、次に顔を上げたとき、ムギはいつもの表情に戻っていた。
「また、そのうち話すから、ね」
「まあムギがそう言うならいいんだが・・・」
気にはなるが、そのうち話すと言っているし、きっと時が来たら話してくれるんだろう。
「おーい、律、ムギー。置いていくぞー」
澪の声に気づいて振り返る。
・・・「振り返る」?
「あーっ!」
私達のボートの前方には明らかに漕ぐのに疲れ切った様子でぐったりしている唯と、その唯の代わりにボートを漕ぐ澪、進行方向を見ながら指示を出している梓のボートがあった。
何か進んでると思ったら唯が漕ぐのを諦めて澪に代わったのか・・・。
「くそー!負けてたまるか!ムギ、指示出してくれ!・・・うりゃー!」
両手に力を入れ、勢いよく漕ぎ出す。
「いい感じ、りっちゃんもうちょっと左手の力を強めに漕いで、頑張って!」
ムギの声援を受けて漕ぐ手にさらに力が入る。
・・・ムギから見たら、「澪に負けたくないから必死になってる」って見えるだろう。
確かになんとなく負けるのは気に入らないというのはある。
・・・でも。
ムギには好きな人がいる――。
そうわかったときに心の中に芽生えていたよくわからない感情――。
そんな心の中の気持ちを打ち払うように私は全力でボートを漕いだ。


「あー・・・着いた・・・」
小島に着いたとき、開口一番私が発した言葉だった。
勝負は僅差、私達のボートの猛烈な追い上げにより、最後の最後に差し切り勝ちを収めていた。
が、それによって受けた腕のダメージは大きく、こりゃ多分今日のこの後のドラムに響くだろうな・・・。
「勝負とか最初からしてなかったろ?全く律は本気になっちゃって・・・」
なんて言いながら澪も逃げ切るつもりで全力で漕いでいたようだったが。
「とにかく!勝負に負けたから罰ゲームだ!」
「だから勝負なんてしてなかったろ!」
無論、私が負けたら勝負は最初からなかったことになるわけだけど。
「罰として、そっちのチームは今日の夕食当番!」
「・・・まあ別に私は最初からやるつもりでいたしいいけど」
「私も手伝いをするつもりでいました」
「りっちゃん!自慢じゃないけど私は料理なんてできません!」
ぐ・・・全然ダメージを与えられていない。
「あら、じゃあ2人じゃ大変だろうから、私も手伝うわね」
「おいムギ、それじゃ昨日と何も変わらないじゃないか・・・」
昨日は料理が出来なくて座ってるだけの唯と空腹で食べることしか考えてなかった私、やる気ゼロのさわちゃん以外の3人が作ったわけで、この構成では昨日と何も変わらない。
「・・・もうなんでもいいか。それより、次のヒントを探そう」
小島、と言ってもよくテレビで見るような海にある島ほど大きいわけではなく、せいぜい100メートル程度、真ん中に大きく古びた樹があるだけの小島である。
「あの樹だな?」
ボートを小島ギリギリに寄せ、私だけなんとか上陸する。
本当はみんな来たいのだろうが、ボートを寄せて飛び移る、ということをした私がどうやら器用なようで、誰もついてこようとはしなかった。
「・・・ムギ、ところでこの樹、電車で言ってた言い伝えの、羽衣をかけた樹とかじゃないよな?」
後ろで聞こえた澪の声に思わず脚が止まった。
そうだとしたら、天然記念物だとか、歴史的遺物だとか、大層なものの所に行こうとしてるってことになる。
「多分違うと思うから、近くまで行っても大丈夫だと思うけど・・・。そんな樹ならもっとわかりやすく看板とか立てるだろうし」
「・・・まあ昨日聞いた言い伝えだと『樹に羽衣をかけて水浴びをした』って話のはずだから、あるとしたらもっと陸地よりか」
進んでも大丈夫なようだ。
とりあえず樹の根元まで行くと・・・。
「お?これか?」
一番低いところにある枝の根元に昨日花壇で見たものと同じようなビンがぶら下げられていた。
それを手に取りボートへと戻る。
「あった?」
「あった、まあ焦るなって」
さすがにボートの上でなので全員で一斉に見ることは出来ない。
まずは私とムギが紙を開いて中身を読んだ。
「・・・はあ」
なんかこの2日間溜息ばかりついてる気がするな。
「見せて」
隣のボートから差し出された手にヒントがある紙を渡してやる。
「・・・それで、どうする?」
「どうするってったって・・・」
澪から返ってきた紙を再び見た。


おめでとう、よくここまで辿り着きました!
次で最後となります。
宝を手に入れたいなら18時に別荘裏の山に登ること。


「山登りか・・・」
それに18時という時間指定。
今はまだ昼食前の時間である。
これから午後をどうやって過ごすか。
・・・まあ多分宝が何か気になりながら練習することになるんだろうな。



それから18時までは、皆がほとんど何も手につかないような状態だった。
昼食後は17時まで練習ということになったが合わせようとしてもボロボロ、さわちゃんがいないためにどこから手をつけていいものかわからず、とりあえず個人練習ということになった。
「はあ・・・」
またしても1つ溜息。
時間は16時半、叩いては休み、叩いては休みを繰り返していたらこの時間だった。
今、大広間には私とムギだけがいる。
個人練習になって早々に唯は自分の寝室で練習すると行ってギターと譜面を手に部屋を出て行き、その1時間後ぐらいに教えてほしいと言いながら梓を無理矢理引っ張っていった。
澪は黙々と弾いていたが、30分ほど前に唯たちの様子を見てくると言って出て行っている。
ムギは自分の世界に入るためか、ヘッドホンをつけて音を取っていて、声をかけにくい。
部長という名目上、他の部員が頑張っているのに私1人が散歩にいけるわけもなく、とりあえず座って叩くだけはたまに叩いている、という感じだった。
実を言うと、ムギが何かを言い出してくれるのを私は待っていた。
退屈を凌ぐという意味もあるが、ボートの上で言ったこと・・・。
「そのうち話す」と言った「そのうち」っていうのは今でもいいんじゃないのか?
どうしてもそのことが心にひっかかっていて、意識をしないうちにムギの方を見てしまう。
しかしムギはそんな私の視線に気づかないのか、譜面とキーボードとにらみ合っていた。
「律、ムギ。ちょっと早いけど、練習切り上げて裏山に登る準備をしよう」
唯と梓を連れ、澪が大広間に入ってきた。
「でもムギの話だとそんなに高い山じゃないから20分もあれば十分登れるって話だろ?」
「そうね、散歩をするのに丁度いいぐらいだし」
澪が入ってきたことに気づいたのか、ムギもヘッドホンを首にかけ、私の話に付け足す。
「わかってるけど・・・さすがに飽きたろ?今から合わせてもいいけど、もう唯が疲れきっちゃってるし、梓も私も集中力が続かなくなってきてるから・・・」
「確かに・・・。宝が気になってるのもあるし、もう練習はいい・・・」
本音を口にし、座りすぎで重くなった腰を上げた。
「どれ、寝てるか何してるか知らんけどさわちゃん呼んでくるか・・・。あとはだらだら登って時間つぶすとしよう」
私のアイデアに全員が賛成し、とりあえずさわちゃんを呼びに行った。

「しかし、午後ずっと個人練習みたいだったけど、よかったの?」
裏山に登るために別荘の外に出て、さわちゃんは口を開いた。
昼食前ぐらいに起きたらしく、一緒に昼食をとったあとは私達が練習している間、部屋に篭って持ってきた仕事を済ませていたらしい。
「そう思うなら見てくれりゃよかったじゃん・・・」
「だって、昨日と同じ感じになったら嫌だし、溜まってる仕事を済ませたかったもの」
そんな話をしながら別荘の戸締りをするムギを待つ。
「しかし変な話よね、18時に裏山に登れ、とか。日が落ちちゃって宝物探し当てられなかったらどうするのかしら?」
さわちゃんがもっともな疑問を口にする。
「私もそれは思ったけど・・・。きっと夕日が宝のありかを指し示してくれる!とかじゃ?」
「それはないと思うぞ律・・・」
「じゃあ澪、18時に登れって言う理由は?」
「え、えーっとだな・・・」
「まあまあ、とりあえずまだ17時回ったぐらいだけど登ってみましょうよ」
と、別荘の戸締りを終えたムギ。
「そうそう、早く登ろうよ!山登りとか幼稚園のとき以来だから楽しみー」
「へえ・・・。唯、登山したことあったんだ」
道を知ってるムギを先頭に次いで私達が続く。
登山、といってもハイキングコースのようなものである。
「うん、遠足でね、そんな大きな山じゃなかったんだけど。みんなの後ろをついて歩いていたんだけど、途中で狐を見つけて、それを追いかけてたら皆とはぐれちゃって・・・」
「おいおい、そりゃ遭難とかするんじゃないのか・・・?」
「道わからないし、どうしたらいいかわからなくなって泣いちゃったの。そしたら・・・」
「どうなったんですか?」
「和ちゃんが私のことを見つけてくれて、私のことをおんぶして一緒に降りてくれたんだ」
「へえ、さすが和って感じね。一緒にクラスになってよりわかったことだけど、彼女しっかりしてるものね」
「うん、あの夢は今でもはっきり覚えてるよ」
・・・何?
「夢って・・・それ登ってるカウントにならねーじゃねえかっ!」
「へ?でもりっちゃん、頂上までは行ってないけど登ったことにはなるんじゃないの?」
「いや、私がいいたいのはそういうことじゃなくてだな・・・」
「・・・先輩がここまでだとはある意味想像以上です・・・」
梓だけでなくその場にいた全員が溜息をこぼした。
「あれ?私何か変なこと言った?」
「・・・いや、いいんだ唯。お前のそのキャラは私達が守らなくちゃいけないんだ、きっと」
「律、何勝手に1人で納得してるんだ・・・」
そんな話をしながら坂道を登る。
元々傾斜はそれほど厳しくないため、登るのは苦にならなかった。
結局、頂上、と呼べる場所についたのはまだ17時半にもなっていない頃だった。
「30分以上早く着いちゃったな」
「いいじゃないか澪。今のうちにお宝がありそうな場所の目安をつけておくってことで」
樹の根元だとか、あの辺の岩の付近だとか、あやしい場所はたくさんある。
その辺りを調べていれば30分ぐらいはすぐ過ぎるというのが私の考えだった。

――かくして30分が過ぎ。
「あやしいといえばあやしそうな場所はあるけど、何かを埋めるために明らかに掘り返されてるようなところはないな・・・」
こんなことなら昨日使ったシャベルとか持ってくるんだった、と一瞬思ったが、おそらく持ってこようと提案すれば持たされるのは私だろうなとも思い、後悔することはやめにした。
「ま、そろそろ18時になるんだし、謎がとけるだろ」
楽観的な考えを述べ、腕時計に目を落とす。
17時55分、指定された18時まであと5分。
目の前にあった丁度いい大きさの石の上に腰掛け、そのときを待つ。
私以外の皆も辺りを探すのをやめて時計を見たり辺りを見渡したりしていた。
「でもあと5分・・・あ、4分になりましたけど、それでこの状況が何か変わるんですか?」
「何言ってるのあずにゃん、宝物が出るんだよ、宝物!」
「いや・・・でも今の手がかりは18時にここに登ること、しかないんですよ?あと・・・3分で本当に宝物が見つかるんでしょうか?」
「だから地面から宝物がバアーって出てきたりとか・・・」
「はあ・・・」
いつもの唯と梓の夫婦漫才みたいなやり取りだが、この待ってる時間を潰すのには丁度よかった。
軽く失笑しながら時計を見ると17時59分、秒針が30秒を過ぎた。
「あと・・・30秒ぐらいか・・・」
澪も自分の時計を見ながらそう言った。
秒針が進んでいく。
あと20秒。
誰も何も話さない。
微風が優しく髪を撫でていく。
あと10秒。
5秒、4、3、2、1・・・。
私の腕時計で18時丁度。
・・・。
ゆっくりと顔を上げて辺りを見渡す。
私の時計が若干進んでいたからか、みんなまだ時計に目を向けている。
と、自分の時計でも18時になったからであろう、顔を上げるムギと目が合った。
なぜかムギはいつものような笑顔を私に向けた。
なんで、と口を開こうとしたとき。
「あ・・・」
唯の声だった。
「どうした!?」
「あれ・・・」
唯が指差した先をみつめる。
「あ・・・」
私もそれ以上の言葉が出なかった。
なんで気づかなかったのだろう。
手元の時計、宝が埋められているはずの足元、つまり近くばかりを見ていたから、というのがその問の答えだろう。
真っ赤な夕日が山に隠れるように沈もうとしている。
その陽を反射して湖を真っ赤に染める。
そう、それはまるで・・・
「湖が燃えてる・・・」
誰かのその言葉通りだった。
普段の生活では決して見ることの出来ない光景、それが目の前に広がっている。
「綺麗・・・」
思わず率直な感想が口からこぼれた。
しばらく目の前の風景に見入っていたときだった。
「楽しんでもらえた?」
不意に聞こえたムギの声に、全員の目が移った。
「まずは謝らないといけないわね。・・・今回のこの宝探し、企画したのは叔父と言っていたけど、本当は私なの。確かに叔父はこういう宝探しが好きでよく親戚や会社の同僚の人を楽しませていたんだけど、その案を今回使ってみて・・・。でもそのせいでみんな練習が手につかなかったみたいで・・・。ごめんなさい」
深々と頭を下げる。
「それで宝物だけど・・・。もう気づいてるかもしれないけど、この景色がそう。私にとってとても大切なもの・・・。小さいとき、父と母に手をひかれて見たこの景色の美しさはずっと心の中に残ってた・・・。だから、大好きな・・・みんなにも見てもらいたい、そう思ったの」
ムギと目が合う。
「値打ちのある品物じゃなくてごめんなさい。特にりっちゃんは何かお金になりそうなものを期待してたみたいだから・・・期待を裏切っちゃったみたいで・・・」
申し訳なさそうな笑顔を向ける。
そんなことない、そう言い出そうと思った頭にふと、朝のボートのことが思い出された。
――また、そのうち話すから、ね。
そうか、もしかしてこのことか。
私がいらない期待をしててるから、悪いと思ってたのかもしれない。
・・・まったく。
「何言ってるんだよ」
笑顔と一緒に言った。
「こんな綺麗な景色、お金じゃ買えないものさ、プライスレスだよ。な、そうだろみんな?」
「そうだな。綺麗な景色だったよ。お金になるものが出てきて律のよからぬ計画に使われるよりいいし」
「素晴らしい景色でした。感動しました」
「ムギちゃんいつもこんなことできるんだと思うと羨ましいなあ・・・」
「どうせなら私は恋人とこういうことしたかったわ・・・」
「おいさわちゃん・・・」
このいいムードを台無しにする気か・・・?
「・・・とまあみんなこんな感じだ。だから改めて礼を言わせてくれ。・・・ありがとな、ムギ」
照れたのか頬を少し紅くし、ムギは微笑んだ。
「喜んでもらえたら、幸いだわ」
もう1度湖の方に目を移す。
半分以上山の陰に顔を隠した夕日を受け、なおも湖は綺麗に輝いていた。



夜。
さわちゃんを含めた私達は大広間で持ってきたカードゲームをやっていた。
あの後――。
夕日が沈むまでの景色を堪能した私達は辺りが暗くなる前に山を下り、夕飯を食べ、その後は練習となった。
これまでの練習が嘘のように全員が集中した練習だった。
昨日はダメ出ししかしてなかったさわちゃんも満足そうに練習風景を見て指導してくれて、もしかしたらムギがあの景色を通じて私達の心を1つにしてくれた結果なのかな、とか勝手に思ったりもした。
いい内容だったので練習を早めに切り上げ、入浴したあと、レクリエーションと称して全員でゲームに興じているというわけだった。
「よっしゃー!あがりー!1番のりー!」
で、絶好調の私はこうして3連続で1位を取ってるのである。
「またりっちゃんなのー?つまんなーい」
不満そうに愚痴をこぼす唯の手にはまだ5枚以上カードが残っており、ビリ候補だった。
「せいぜい頑張りたまえ、唯君。・・・じゃあそんなみんなのために新しく飲み物でも持ってきてあげよう」
正直言うと自分が飲みたいだけだったが、そんなことを言って台所へと向かった。
「えーっと、冷蔵庫は、っと・・・」
食堂と隣接する台所に飲み物があるのは知っていたが、食事の準備関係は全く手伝っていないため台所に入るのは初めてだった。
「そこの壁の大きいやつ。ちなみに飲み物は真ん中よ」
入り口の方から聞こえた声に驚いて振り返ると、さわちゃんが立っていた。
「なんだよ、びっくりしたな・・・」
「あら?ご挨拶ね。せっかく教えてあげたのに・・・」
「あがったの?」
「おかげさまで2位で。ちょっと外の空気でも吸って来ようと思ってここを通りかかっただけよ」
言われたとおり冷蔵庫の真ん中を開けると、まだ封を開けていない飲み物のボトルがあった。
「お、あった。さわちゃんサンキュー」
「どういたしまして。・・・ついでに、なんだけどさ」
顔をさわちゃんの方に向けながら冷蔵庫を閉めた。
「宝探しの最初の暗号、というかヒント。覚えてる?」
「最初?えっと確か小広間を調べろ・・・」
「じゃあそこで見つけたやつ」
「・・・数字ばっかのだっけ?確か・・・」
あった、ポケットの中に折りたたまれていた。
「・・・それだけ、他のものに比べてやけに作りこまれてると思わない?確か梓ちゃん辺りも言ってた気もするけど、段々問題が手抜きになってきてる、とかって」
そう言えば、そんなことを言ってた気もする・・・。
「・・・もしかしたら、それはムギちゃんの叔父さんが本当に作ったものを流用していて、その中に別の暗号が隠されている。例えば、その数字の羅列を解読すると本当の宝物が出てくる・・・」
「さわちゃん、それまさか・・・」
「・・・なーんてね!冗談よ。・・・でも、やけにそれだけ作りこまれてたから、気になったのよ。りっちゃんが最初に言ったとおり、×とか使ってるのも今更ながら気になったし。・・・ま、もう答えが出たんだからどうでもいいのかもしれないけどねー」
言いたいことだけを言ってさわちゃんは外の空気を吸うと言い残して行ってしまった。
「・・・まったく。なんだよ、自分で解いておいて今更他の意味があるんじゃないか、とか言い出したりして・・・」
手にある紙の数字の羅列をもう1度見る。


                    X
  +92 -46  -42 +84 -03 -64 = +
  -31 -12  -2x5 -55 +83 +93 = -
  +2x5 +3x4 +03 +52 -3x2 -52 = +
  -6x1 +93  -25 -52 +04 +4x4 = +
 ―――――――――――――――――――――
Y -   +  +  +  +  +   = (X,Y)

これが元の形だった。
言われて見るとxだの03だの、気になるものがあるにはある。
「えーっと、さわちゃんは計算してたんだっけ・・・」
携帯を取り出し、電卓機能を起動。
92 −46 −42 +84 −03・・・。
03ってなんだ?なんで0を頭につける必要がある?
xは?なんで普通に数字にしない?
だあああもうわからん!思いつきでこの数字にしたに決まってるじゃないか、そうだ、そうに決まってる!
そもそも答えはもう出てる、私はこれ以上何を求めようとして・・・。
「・・・あ?」
ふと、あることに気づいた。
1の位の数字が1〜6までしかない。
「・・・なんだそれ、6進法?そんなのわかるわけないってかそもそもあんのか?」
サイコロ?いや、でも10の位は6より上の数字も使ってるし・・・。
やっぱ関係ないだろ、これは次のヒントが大広間にあるってことを示したかっただけの・・・。
「・・・待てよ」
携帯の数字、つまりボタンを見つめていた私の頭が何かに気づいた。
電卓モードを終了。
メール、新規メール作成。
別に誰かに送るわけじゃない、確認をするため。
92 46 42 84 03 64・・・。
気づいたある法則にしたがって変換し、ここで一度手が止まった。
息を飲み込む。
続けて残りの3行。
「・・・これって・・・」
携帯のディスプレイから目が離せない。
「おい、律。飲み物見つけられないのか?」
突然聞こえた澪の声に反射的に携帯を閉じて隠してしまう。
「・・・何かあった?」
「い、いや!なんでもない。ごめん、今戻ろうとしてたところだ」
「そう?ならいいけど・・・。トイレ行くついでに戻って来るの遅いから気になっただけだから」
「そ、そっか。ごめんな、すぐ戻るから!」
明らかに様子が変だった私に不信感を抱いたかもしれないが、澪はそのまま食堂を後にした。
澪がいなくなったのを確認してから、もう1度携帯を開いてディスプレイを凝視する。
「・・・はあ」
まさか宝探しが終わったはずなのに、この溜息をつくことになろうとは。
凝視するディスプレイの先、そこには確かに昨日解読したものとは違う答えがあった。
――私の宝探しはまだ終わってない、ということか。


眠れずに見上げる天井。
どのぐらいこうしてるだろうか。
時間は1時55分、間もなく草木も眠る丑三つ時である。
レクリエーションは0時前には終わっていたのだが、私は眠ることが出来なかった、そう、文字通り「眠ることが出来ない」のだ。
私以外誰も起きている気配がない。
・・・と言いたいところだが、10分前にどこかの部屋のドアが開く音がしていた。
普通に考えたらトイレだろうが、そうじゃないと今の私にはわかる。
「さてと・・・」
様々な考えが駆け巡る頭を一時休め、ゆっくりとベッドから起きた。
なるべく音を立てないように静かにドアを開け、閉める。
そのまま廊下をまっすぐ歩く。
私の用もトイレではない、そこをスルーしてバルコニーのドアに手をかける。
窓の外に「彼女」が立っているのを確認。
ふう、と1つ息を吐き、静かにドアを開けた。
私が来たことに気づいたようで、「彼女」は一度肩をビクッと震わせたが、それでもこっちを振り返りはしなかった。
「やっぱり、お前だったか」
「彼女」はまだこっちを振り向かない。
「最初のヒント、あれは私に向けてのメッセージだったんだな」
最初のヒント、とはあの1番最初の数字の羅列のことだ。
私が気づいたメッセージ。
92とは「携帯電話をかな入力にしたときに9を2回押せ」の意味。
だから03が存在したし、1の位の数字が6までしかなかった、機種によって違うだろうが7回以上押せば最初の文字に戻るか、数字になるから。
xは*、つまり濁点。
2x5なら2を5回押した文字に濁点をつけろという意味。
この方法で羅列を変換するとあるメッセージが現れる。


りっちゃんへ
さいごのよる
ごぜんにじに
ばるこにーで


今、この時、この場所で、私に言いたいことがある、というメッセージ。
バルコニー入り口の窓から「彼女」を見る前から、送り主は誰だかわかっていた。
だって、この宝探しを企画し、この暗号を考えたのは・・・。
「さすがね、りっちゃん。きっと気づいてくれるって信じてた」
「ムギ・・・」
そこに、いつもの笑顔とともに振り返ったムギの姿があった。
「もし、私がこのメッセージに気づかなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そのときは・・・。そういう運命だったんだって諦めた・・・。でも、現にりっちゃんはここに来た。・・・神様がいるなら、今なら少し信じてもいいかなって思ったりするんだ」
「偶然だ・・・。たまたま気づいたに過ぎないよ。・・・それより、・・・話ってなんだ?」
部屋に戻ってベッドに入ってから、ずっとそのことばかり考えていた。
「・・・今日、ボートの上で私が何か言おうとしてたの、覚えてる?」
やっぱり、それか。
「ずっと、言いたいことだった。でも、怖くて言い出せなかった。言い出す勇気がなかった、だったらもう言わなくてもいいと思ってた。・・・だけど諦め切れなかった。だから、最初の暗号にメッセージを込めて、それに気づいてくれたら、そのときに言おうって・・・」
「あの時言わなかったのは、だからか」
――また、そのうち話すから。
ボートの上でのムギの顔を思い出す。
ふう、と1つムギは大きく息をついた。
覚悟を決めた顔が目に入る。
「りっちゃん、あのね。私・・・。ずっと前から、りっちゃんのことが・・・。りっちゃんのことが好きだったの・・・」
「・・・え?」
な、何言ってるんだ・・・大体、今日ボートの上で好きな人がいるって言ってたんじゃ・・・。
・・・いや、待てよ、ムギは何て言った?「適当って言うか、良く言えば大雑把」・・・それって、もしかして、私のことだったのか!?
混乱する私を置いて、ムギは話し出した。
「明確に自分の気持ちがわかったのは・・・多分去年の文化祭のとき・・・。『ふわふわ時間』を演奏し終わったあと、りっちゃんが私の気持ちを汲み取ってくれたとき。ああ、この人は私のことをわかってくれる、きっと私を受け止めてくれる・・・。そう思ったあのときから、私のりっちゃんに対する気持ちは変わっていった・・・。でも・・・」
ムギは目を伏せて続ける。
「りっちゃんには・・・澪ちゃんって言う最高のパートナーがいる・・・。だから、私の出る幕はないってわかってた、わかってるつもりだった・・・。でも・・・言葉で伝えないと多分りっちゃんに私の気持ちは気づいてもらえない・・・。そのまま、高校を卒業してみんなそれぞれの進路に進んでバラバラになったら・・・。そんなの、想像するだけ嫌だった、耐えられなかった。・・・それでも私の気持ちを知ったらりっちゃんは困るかもしれない、私を拒絶するかもしれない。そうも思えて、もうどうしたらいいかわからなかった・・・」
「ムギ・・・」
「だから、あの暗号にメッセージを込めた。それに気づいてここに来てくれたら私の願いが叶うかもしれない、そんな願掛けもあって・・・」
ここまでを言い終え、ムギは顔を上げ、ぎこちない笑顔をこちらにむけた。
「話は、それだけ・・・。私はりっちゃんに自分の気持ちを伝えたかっただけだから・・・。聞いてくれてありがとう、ごめんね、こんな時間に呼び出して。・・・さ、明日起きれなくなっちゃうから、もう寝よ!」
その笑顔のままうつむき、私の横を通り過ぎて別荘の中に戻ろうとする。
反射的にその腕をつかんでいた。
「待てよ」
不安げなムギの顔がこちらに向けられる。
「まだ私は何も応えてない」
ムギは私のことが好きだといった。
それは友達だとか、そういう意味で言ったんじゃない、それ以上の意味をこめて言った、というのは鈍い私にだってわかる。
私はどうだ?
ムギのことをどう思ってる?
昨日一緒に机を動かしてたとき、一緒に花壇を掘り返したとき、今日ボートに乗ったとき――。
この2日間のムギの行動、言葉が思い出される。
――そんな大雑把なりっちゃんがりっちゃんらしくて、嫌いじゃない・・・かな。
――そんな風に言い合える2人がうらやましいなって思って。
――性格は適当って言うか、良く言えば大雑把で・・・。でも、本当は面倒見がよくて、すごくかっこいい人・・・。
こんなにもムギは私のことを思ってくれてる、それに対して私の気持ちはどうなんだ?
「そんなの確認するまでもないことじゃないか」
私はバカだ、ムギの気持ちに全く気づいてやれない鈍感な奴だ。
そして自分の気持ちもわかっていなかった。
今朝、ボートの上でムギに好きな人がいるとわかったときのあの感情。
今なら、それが何なのかわかる。
だから、迷う必要はなにもない。
掴んだ腕を引き寄せ、肩を抱く。
そのままゆっくりと唇を重ねた。
「りっちゃ・・・!」
何か上げようとしたムギの声の代わりに柔らかな唇の感触を確かめた。
まるで時が止まったかのようだった。
実際そうしていた時間は数秒にも満たないはずなのに、まるで何分も、何時間もそうしていたような感覚だった。
ムギの唇がゆっくり離れていく。
「りっちゃん・・・」
「ゴメンなムギ、お前の気持ちに気づいてやれなくて・・・。・・・私もムギが好きだ、大好きだ。愛してる・・・」
「りっちゃん・・・!」
目に涙を溜め、ムギは私の胸に顔をうずめた。
「ありがとう・・・ありがとう・・・嬉しい・・・すごく・・・」
「先手必勝って言う私のアドバイス、的確だったろ?」
ムギの髪を撫でながら私は言った。
私を見上げ、クスッと小さくムギは笑った。
「ええ、とっても・・・」
そのまま2度目のキス。
・・・ああ、そうか。
私の宝物が、今やっと見つかったんだ・・・。


――翌日。
朝食を済ませ、荷物をまとめて軽く掃除をしたあと、別荘をあとにする。
新しく恋人になると周りに悟られないようにして余計に言動がぎこちなくなる、なんてことを聞いたことがあったが・・・。
まさに今私がそれだ。
昨日の夜の私は別人格だったのか、はたまた飲めもしないし飲んでもいないアルコールか何かが体の中で勝手に生成されたのか、朝起きてから昨日の事の重大さに気づいたというか、自分がしたことを思い返すと恥ずかしいというか、そんな感じだった。
そのせいか、ムギは普段どおり私に挨拶してくれてるのにぎごちなく返してしまったし、そのあとはムギと目が合う度に顔が紅くなってしまう気がしてまともに話せずにいた。
だから、今もそうだ。
帰りのバス、唯と梓が一緒に座り、その後ろの席であるムギの隣と通路を挟んでさわちゃんの隣が空いている。
ムギの隣に座ればいいのに、さわちゃんの隣に座ってしまった。
一瞬驚いた顔を見せたムギだったが、私の心理を読み取っているのか微笑み返したあと、何も言ってこようともせず、隣に座った澪と少し話した後、眠ってしまっていた。
その前の席の唯と梓も寝ている。
「はあ・・・」
1つ溜息をつく。
眠いといえば眠い、そりゃあ昨日あのあと3時過ぎまでムギと外にいてそれから寝たのだから眠くないはずはない。
が、目を閉じてもなぜか寝れそうになかった。
「りっちゃんは寝ないの?」
隣からさわちゃんが声をかけてきた。
「眠いっちゃ眠いはずなんだけど・・・」
「そりゃそうよね、あんな時間まで起きてたんだし」
・・・何?
ギギッと機械のように首を動かしさわちゃんの方を振り返った。
「な、なんでそのことを・・・」
「夜中にドアが開く音してたから、場所的にりっちゃんだと思っただけよ」
「そ、そうなんだよ!ちょっと寝れなくてさ!外の空気でも、と思って・・・アハ、アハハ・・・」
何を焦ってるんだ、別に私は外にちょっと行ってただけだぞ、うん。
「ふうん、そうなんだ・・・」
さわちゃんは窓の外の景色に目を移した。
「・・・で、ムギちゃんの話ってなんだったの?」
「な!?」
なんでそれを、と言いかけたところでさわちゃんがこっちを振り向き唇の前に人差し指を立てる。
「大きな声出すと皆起きちゃうから」
「・・・なんでそれを?」
周りに聞こえないように小声になる。
「忘れた?最初のヒントに何かあるんじゃないか、って言ってたの、誰だっけ?」
・・・さわちゃんだ。
昨日の夜、台所で突然言い出したんだ。
「じゃあ、まさか・・・」
「最初に見たときに気づいたわ。でも多分これはりっちゃんにだけ伝えたいメッセージだろうから、とりあえずさっさと済ませようと思って計算したのよ。そしたらビンゴだったから・・・。あとはりっちゃんが気づくかもとか淡い期待を抱いてたけど、まあ気づくわけないわよね。それでちょっとヒントを出してあげようって思ったのよ」
「最初から・・・」
だったらもっと早く言ってくれてもよかっただろうに、きっとムギの気持ちを尊重しての配慮、とかだったんだろう。
「・・・ありがと。礼は言っておく。さわちゃんがヒントくれなかったらきっと気づかなかっただろうから」
「あら、どういたしまして。・・・それはいいとして、どんな話だったの?」
「う・・・それは・・・」
困る私に対して、手をヒラヒラと横に動かした。
「冗談よ、今朝からのりっちゃんの態度見てれば大体わかるわよ。・・・でもね、逆に違和感あるわよ?周りの目とか気にせずもっと接しなさい。どうせばれるのなんて時間の問題なんだから。さっきだってわざわざムギちゃんの隣開けるように私が気を利かせて座ってあげたのに・・・」
「そ、そうだったのか・・・」
「はあ、若いっていいわね。いい?電車ではちゃんと隣に座ってあげなさいよ。澪ちゃんは私の隣になるようにしておくから」
「お、お気遣い感謝します・・・」
まいったな、さわちゃんに気づかれてるとかな・・・。
「それにしてもロマンチックなことするわね。悲恋に終わった伝説がある湖で見事2人の関係は成就したわけだ。ちゃんとハッピーエンドにしないと承知しないわよ?」
そんなさわちゃんの小言も耳にはほとんど入らず、この後どう接するとか、ばれたらどうするだとかを頭は考え出している。
・・・ま、いっか。
軽く開き直って反対側の席を見た。
幸せそうに眠るムギの顔は、私の心の中にあったそんな些細な心配事を軽く消し去ってくれた。

このページへのコメント

律紬ええなあ…

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Posted by 名無し 2010年06月04日(金) 22:16:00 返信

暗号すごいね、よく考えた!
次回作を期待してます。

0
Posted by おにぃる 2009年10月19日(月) 07:49:22 返信

乙、これは律紬とみせかけたさわちゃんイケメンものだろw
作り込んであってすごい、多分殺人事件のを書いた人と一緒だと思うけどよくこんなに書けるなと感心するよ

0
Posted by 名無し 2009年10月16日(金) 21:46:11 返信

この話をアニメ化してほしい

0
Posted by うん 2009年10月14日(水) 22:06:11 返信

この話をアニメ化してほしい

0
Posted by あたし 2009年10月14日(水) 22:05:15 返信

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