最終更新:ID:tmrtJY5oSw 2009年08月11日(火) 21:35:05履歴
「ムギ、クッキーうまい」
「え、食べちゃったの?」
音楽室でりっちゃんと二人きり。りっちゃんを好きなわたしはこの状況に両手をあげて喜ぶべきなのに、不自然に窓際で黄昏ていた。
心臓がものすごい勢いで鳴るものだから真正面にいるりっちゃんに聞かれては困るし、顔が熱いのもそろそろ限界だったので仕方ないといえば仕方ないのです。
今日は時間があったのでクッキーを焼いてきたのだけど、やっぱりプロの方が作られるのに比べたらまだまだ子供の粘土遊びみたいな形。でも味はそれなりに美味しいの。りっちゃんはみんなが来る前に食べちゃったみたい。
「なかなかうまいが形が微妙だな」
「そうよね?焼く前までは上手くできてたのよ?でも…」
「いや、冗談だよ」
「うん?」
「冗談、じょーだん!形もきれい!味も……うん!星3つ!」
指を3本たてて笑うりっちゃん。心臓に紐をぐるぐる巻かれて一気にきゅううっと引かれた感覚に陥る。
りっちゃんは星型クッキーを3つ並べて「きゃー」と笑顔で拍手。誰にも負けないくらいに可愛かった。それを一気に口へと放り込む。私はクッキーになりたいと思った。
りっちゃんにならバラバラに噛み砕かれても痛くないし、むしろ幸せ…ってこれは喩えなので引かないでください。我が子は目に入れても痛くない、と 同じようなものです。
「おおー、星に紛れてハート発見!」
「ああ、それ。毒が入ってるの」
りっちゃんの隣に座りながら冗談と見せかけた本気をひとつ。
私の言葉にりっちゃんはケラケラ笑い、そのあとに
「え、じゃあ食べたら死ぬの?」
と言った。
死ぬわけないじゃない、殺すわけないじゃない。大好きなのに。誰よりも一番大好きなのに。
このクッキーは他のより気持ちがこもっているだけ。でもりっちゃんは澪ちゃんが好きだし、わたしの気持ちなんて迷惑なだけだもの。だから毒。もしかしたら毒にすらならない小さなものかもしれないけれど。
「食べたらね。食べたら、わたしのことが大好きになるの」
「ほほう、なるほど」
あ、と声をあげる間もなく毒はりっちゃんのお口の中へと旅立った。
数回噛むと、ごっくん。りっちゃん、もっとちゃんと噛まないとダメよ。
「う、毒!毒まわったー」
制服を掴み、椅子のうえで苦しがるふり。
そしてわたしの手を握って「好きだ!」なんて言ったあとに二人で笑った。
わたしは「わたしもよ」と言えなかった。好きなのに言えませんでした。
そのあとに入ってきた澪ちゃんから、ふざけてたりっちゃんに戯れのげんこつ。毒はきれいに消えてなくなり、りっちゃんはまた 澪ちゃんしか見なくなった。とはいえ、毒なんて最初から存在しなかったけれど。りっちゃんは最初から澪ちゃんしか見ていないもの。
布団に入ってなかなか寝付けないのは、りっちゃんの「好きだ!」の所為に違いない。
このページへのコメント
ニヤニヤしてたはずなのにいつの間にか鬱になってた
ムギが切なくて…。
この小説でムギが好きになりました!
この文章大好きです、続き楽しみにしてます!!