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著者:2-732氏


1

「りっちゃん、いくら何でもそれはベタだよ〜」
「何だとー!お前にだけは突っ込まれたくねえっ」
「ううう…ギブギブっ…」

律が得意のチョークスリーパーで唯を絞め上げている。
二人が子どものようにじゃれ合う、放課後の音楽室。
そんな軽音部の「いつもの光景」を見るのが、ここ最近
面白くないと感じるようになってきていた。

我慢出来なくなって、思わず席を立つ。
「ごめん、何か体調悪いみたいだ…。今日は帰る」
鞄を肩に掛けながら言うと、すぐさまムギと唯の心配そうな声が返ってくる。

「大丈夫?澪ちゃん…」
「澪ちゃんどうしたのー?風邪?」
「ありがとうムギ、…唯。大丈夫、大したことないから…」

言い終わる前に、今度は律の、デリカシーの欠片もない言葉が飛んできた。

「何だよ澪、生理かあ?」

いつもなら、すかさずゲンコツをお見舞いしてやるところだけど、
とてもそんな気分になれなかった。

「…さわ子先生が来たら帰ったって言っといて…」
律を見ないようにして言いながら、部室を後にする。

「え…おい、澪」

ドアの向こうから、律の戸惑う声が少しだけ聞こえた。


2

家に帰ってからも、律のことばかり考えていた。
ベッドに横になり、深く溜め息をつく。
律と唯の仲が良いところを見て、嫉妬している。
唯は大切な仲間なのに。嫌だな、こんな自分は…。

幼いころから淡く抱いていた想い。
その感情が何なのかということにはっきりと気づいたのは、中学のとき、
同じクラスの男子に告白されたことがきっかけだった。





「俺、秋山のことが好きなんだ。付き合ってる奴とかいないんなら、俺と…」
「あ、ありがとう。でも、ごめん。私…」
「……好きな奴、いるのか…?」
「……うん。だから、付き合えない…。ごめん」





そのとき、脳裏に浮かんでいたのは――



律の顔だった。






3

律に対する自分の気持ちに気づいたものの、
告白なんて出来るわけもない。するつもりもなかった。
幼い頃から育んできた友情が壊れてしまうのが、律に嫌われるのが、
何よりも怖かった。

(律は友達だ。)
(そもそも、女の子じゃないか…。)

気持ちに無理矢理に蓋をして、二度と沸き上がって来ないようにと
心の深いところに押し込めた。

律の為にも、こんな気持ちは伝えるべきじゃない。
そう決めたはずだったのに…。

唯が軽音部に加わってから数ヶ月。律と唯が一緒にいるところを見るだけで、
心がざわつく。いとも簡単に揺らぐ決意…。

言いたい。律に、好きだと伝えたい。

「律…」
小さく呟いて、枕に顔を埋めたときだった。

ドンドン。

乱暴にノックする音。
「おい澪ー。入るぞー。」

律!?



4

ちょっと待て、今はダメ。どんな顔して律の顔見たら…

なんて私の焦りなど露知らず、返事を待たずに律が勝手にドアを開ける。

「…何しに来た」突っ伏したまま言う。
「何って…えっと…お見舞いに来てやったんだよ。それに」
「部室にベース、忘れてったろ」
「あ…」
ここで初めて顔を上げ、律と目が合った。

「あ、ありがと…」
体を起こしながらぎこちなく応える。

「ん。ここ置いとくぞ」
机にケースを立て掛け、律が私の隣に腰を下ろした。

「で?」
「え…?」

「ここんとこずっと、何か変だぞ。何かあったのか?」
律が心配そうに覗き込んでくる。
ちょっ…と…顔が近いっ…。

「私にも話せないことなのか…?」
「……」
「体調が悪いなんて嘘なんだろ?
…澪が言いたがらないのを無理に聞き出すなんて、間違ってるかも知れないけどさ。
何かあったんなら、どんなことでも相談して欲しい。
澪のことは何でも解っていたいんだよ」

律は、幼馴染みとして、友達として言ってくれてるんだ。分かってる。けど。

「どんなことでも…?」
「うん」
「どんなことでもって、今言ったな…?」
「?う、うん…?」

私はずるい…。

「律が…」
「律が唯と…他の娘と仲良くしてるのを見るのが嫌なんだ…」
「へっ?」
すっとんきょうな律の声。無理もない。でももう止められない。
律の目を真っ直ぐ見つめる。
このときの私の顔は、きっと西瓜より赤かったに違いない。


「律が好きなんだ…」



5

あれから一週間。律は部活を休んでいる。
クラスでも、休み時間になると決まって律の方から寄って来ていたのに、
あれ以来ほとんど話さなくなっていた。
恐れていた最悪の事態。あんなこと、言わなければ良かった…。
沸き上がってくるのは、後悔の念ばかり。





「律が唯と…他の娘と仲良くしてるのを見るのが嫌なんだ…」
「へっ?」
「律が好きなんだ…。友達とか幼馴染みとか、そういうんじゃなくて…!」
「そ、それって、手繋ぎたいとかキスしたいとか、そういう好きってことか!?」
「っ…、はっきり言うな馬鹿っ…そうだよ。…律は友達として私と仲良くしてくれてて、

でも私は、律に友情以上の感情を持ってて…」
「つまり、私と付き合いたい、ってことだよ…な?」
「うん…」
「………」
律が黙り込む。見たことのない表情で、考え込んでいる。

「…ごめん」
沈黙に耐えられなくなり、つい謝罪の言葉を発してしまう。

「…何謝ってるんだよ」
律がようやく口を開いた。

「悪い、澪。今すぐに返事、出来ないや」

「ちょっと、色々考えさせて。何か、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
今日は…とりあえず帰るよ」

律が早口になるのは、少なからず動揺しているときだ。

「う…ん…。分かった…」
私がそう返すと、律は立ち上がり、部屋を出て行く。

はっきりと拒絶されたわけではない。でも受け入れられたわけでもない。
その夜は一睡も出来なかった。



6

「りっちゃん、どうしたのかなあ…」
お母さんの帰りが遅いのを心配する子どものような顔で、唯が呟く。

「今日で一週間ね…」
続けてムギ。

「ねーねー、澪ちゃん何か聞いてない?」
「え?い、いや…私は、何も…」
二人にまで迷惑を掛けてしまってる…。やっぱり、言うべきじゃなかったんだ…。

そのとき、音楽室のドアが開いた。律!?…ではなく、現れたのは和だった。
「なあんだ、和ちゃんかあ〜」
「なあんだとは何よ。それより唯、あんた今日日直でしょ!?
学級日誌、先生待ってるわよ」

「あっ!すっかり忘れてたよお、ありがとう和ちゃん!
澪ちゃん、ムギちゃん、ちょっと行ってくるね!」
呆れ顔の和と一緒に、ドタドタと唯が音楽室を出て行く。

二人が出て行ってすぐ、ムギが話し掛けてきた。

「澪ちゃん…もしかして、りっちゃんと何かあった?」
「えっ」
「澪ちゃんが体調悪いって言って帰った日、
りっちゃんは澪ちゃんの家にお見舞いに行く、って言ってたけど…。
その次の日からよね、りっちゃんが来なくなったの」

さすがムギ。やっぱり鋭い。

…何故かそのとき、ムギにならすべて話しても大丈夫だと思えた。

「ムギ、驚かないで聞いてね…」
私は、自分の律への気持ち、一週間前にあったことを、ムギにすべて打ち明けた。



7

「…そう…。そんなことが…」
ムギは特に驚く素振りは見せなかった。

「私が、あんなこと言ったから…。律、きっと私とどう接したら良いか
分からなくなったんだ…。好きだなんて、言わなきゃ良かったっ…」
ぽろぽろと涙がこぼれる。

「そんなことないわ、澪ちゃん」
ムギがハンカチを差し出しながら、優しい声で言う。

「好きな人に気持ちを伝えるって、とっても素敵なことだもの。
例えそれが女の子同士であっても。だから、
それに対して引け目を感じる必要はないと思う」
「ムギ…」
「りっちゃんは考えさせて欲しいって言ってたのよね?
…りっちゃんの出す答えが、澪ちゃんにとって良いものか悪いものかは
分からないけど、りっちゃんは澪ちゃんを傷つけたりする娘じゃないでしょう?」
「だから、ねっ?もう少し待ってみましょ。
その間は、澪ちゃんも自分を責めるのはやめて…」

「うっ…、ムギ…ムギ〜っ…」
気がつくとムギに縋りつき、声を上げて泣いていた。
心につっかえていたものが、すっと消えていくのを感じた。



8

それから一週間経っても、律はまだ軽音部に姿を見せないでいた。
教室でも、律とは相変わらずぎこちないままだけど…。
あのときムギに話して良かったな…。唯にも、いつか話さなきゃ…。
お風呂から上がり、ベッドの上でそんなことを考えていると、しんとした部屋に
携帯のバイブの音が響いた。

律だ…!

「も、もしもし…」
「もしもし…。澪…今から澪ん家行っても良いか?…話があるんだ」
「い、今から…?良いけど…」
「じゃあ今から家出るから。ちょっと待ってて」
いつもより少し落ち着いたトーンの律の声。
話って、当然この間の…だよな。

10分後、インターホンが鳴り響き、程なくしてドアをノックする音。

「澪、入るぞ」
「う、うん」
ドアを開け、律が部屋に入って来た。あのときと同じように、ベッドの上に腰掛ける。

「…この間の、話だけどさ…」
「いつから、私のこと好きだったんだ?」
意識してそうしているのか、さっきより少し明るい律の声。

「いつからって…」
「小さいころから…、ずっとだよ…」
「…そっか」
「そんなに長いこと…。そんなふうに私のこと思ってくれてたなんて、
これっぽっちも考えなかったからさ。澪の気持ちにどう応えてあげたら良いのか、
分からなくて…。ちょっと逃げてた。…ごめんな」

そんな、謝らなきゃいけないのは私の方なのに…。
律が続ける。
「幼馴染みとして澪が好きなのか、それともそれ以上の好きなのか…
よく考えると、今までちゃんと考えたことなかったんだよね。
側にいたい、なんて思わなくても、一緒にいるのが当たり前だったし」
「んで、もっとシンプルに考えてみた」
「シンプル…?」
「澪とするのが嫌か、嫌じゃないか」



9

「えっ?」
律が何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。

「どういうこと…?」
「だぁから。…澪とキス…、それ以上のことが出来るどうか、ってことだよ。
あーもう、あんまり言わせんなよ!私だって恥ずかしくないわけじゃないんだからな」

「…それで、こ、答えは…?出来るの、出来ないの…?」
「わかんない」
何だよそれ。思わず肩透かしを食らう。

「わかんないから…、確かめに来たんだ」
「えっ」

律が私の肩に手を掛ける。今まであまり目にしたことのない、真剣な顔。
その頬は、少し紅潮しているように見えた。

ドクン。

心拍数が一気に上がる。頭の後ろのところが熱くなる。
恥ずかしさに耐えられず目を閉じた瞬間、唇に柔らかい感触。
数秒経ったところで一旦離れて、至近距離で見つめ合う。
再び唇を重ねると、今度はそのままベッドに押し倒される。

頭が痺れて、何も考えられなくなり、無意識に律の背中に手を回す。

「んっ…、りつっ…」少し息苦しくなって口を開くと、
その隙を逃さず律が舌を入れてきた。

閉め切った部屋に、熱を帯びた二人の吐息と水音が響く。

律がTシャツの中に手を入れてきところで我に返った。

「ちょ、ちょっと待て、律っ…」
律の腕を掴んで、力ない声で制止する。
「…い、嫌か、嫌じゃないか…、わかった…?」
息を整えながら、今さらな質問だけど一応訊いておく。
「あ、ああ…」
律も息が上がっている。
「…なはは、全然、大丈夫だったな」
少し乱れた髪を直しながら、律が笑いながら答える。

「好きだよ、澪。
…女の子同士って、簡単じゃないと思うけど…。
出来るだけずっと、一緒にいよう」

「律…」
嬉しいのと、恥ずかしいのと、ほっとしたのと、
色んな気持ちが涙になって溢れだす。



10

「わっ、わっ。おい、泣くなよ。ほら、ティッシュ」
「うう、ぐすっ」
「澪の泣き虫は昔から変わんねーなあ」
呆れながらも、ぎゅっと抱きしめて、背中をさすってくれる。
「うるさい馬鹿っ、お前のせいだろっ…」
「はいはい。悪かったよ。…じゃあ、泣き止んだところでさっきの続きを…」
「え?こら律っ、調子に乗るなっ…あっ…」


その夜は、朝まで一睡も出来なかった…。





二週間ぶりに、律が軽音部に戻ってきた。
「うぃーっす」
「りっちゃん!もー、二週間も休んで、何してたの!?みんな心配してたんだよー!」

「悪ぃ悪ぃ。色々あってさ。」

律と唯のやりとりを眺めていると、ムギが耳打ちしてきた。
「良かったわね、澪ちゃん」
「あ、ああ。うん。ありがとう…。…ムギ、何があったのか、訊かないのか?」
「ええ。澪ちゃんが話したくなったときに聞かせてくれれば」
「そ、そっか(おかしいなあ、ムギのことだから絶対聞きたがると思ったんだけど…)」

「ふふ。さ、お茶が入りましたよ(澪ちゃんの首筋のキスマーク…
きっとりっちゃんが付けたんだわ。どこまで進んだのかしら、どきどき)」



11

「え〜、そんなのりっちゃんのキャラじゃないよお」
「何〜?お前が言うかっ」
「ぐ、ぐるじい、りっぢゃん、ギブ…」
律が新技のバックチョークで唯を絞め上げている。
二人が子どものようにじゃれ合う、放課後の音楽室。
そんな軽音部の「いつもの光景」を見るのも、今はもう辛くない。


『好きだよ。出来るだけずっと、一緒にいよう――』


あの夜の律の言葉が、私の胸を今も満たしてくれているから。





おわり

このページへのコメント

むふふ。。(*´ω`*)

0
Posted by son 2010年06月13日(日) 12:20:00 返信

律が言う一言一言がかっこ良かったw

0
Posted by よし 2009年12月16日(水) 23:16:59 返信

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