今日はムギとの初デート。
場所は……私の家。
どうせなのだから遊園地だの水族館だの映画だのショッピングだのでいい気もするが「私恋人のお家にお邪魔するのが夢だったの〜」というムギの一言により家デートが決定した。
最寄りの駅でムギを待つ。
集合時間より30分も早く来てしまった。
日ごろから10分前集合は心がけているのだが、にしても早く到着しすぎただろうか?
紬「あら和ちゃん、もう来てたのね」
……しかしそれは杞憂だったようだ。
ムギが改札をくぐり、こちらへと向かってくる。
電車での時間を考えると、私より家を出た時間は早いだろう。
私と同じで、早く会いたくて仕方なかったのかなと自惚れてみる。
和「ええ、じゃあ行きましょう」
二人並んで歩きだす。
駅から家までは大して時間もかからない。
他愛ない話をしながらすぐに着いてしまうような距離だ。
紬「和ちゃん、手、繋がない?」
ご近所様に見られたらどうしよう、などと考えるが、何か言われたら堂々と言えばいい。「私の彼女の琴吹さんです」と。
むしろ、こちらから自慢の恋人の存在を言いふらしたいくらいだ。
ムギの手は温かくて、繋いだ手から幸せな気分が流れ込んでくるようだ。
だけど、ムギの手の感覚を楽しむには、駅と我が家はあまりに近すぎた。
和「次からは、もうひとつ遠くの駅で待ち合わせようかしら」
紬「あら、素敵じゃない」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
和「じゃあ、お茶でも淹れてくるわね」
紬「ありがとう。ケーキを持ってきたから一緒に食べましょう」
いつも部活では私がお茶を淹れているから、なんか少し違和感がある。
でも、和ちゃんの淹れたお茶を飲めるのは素直にうれしい。
とはいえ……恋人の部屋で一人きりというのは何となく落ち着かない。
初めてやってきた恋人の部屋。
全体的にシンプルで良く整理されているが、所々ぬいぐるみなど女の子らしいものが見え隠れする。
最初に抱いていたイメージからは外れるけれど、それすら恋心に加速をつける。
全く以て、恋は盲目だ。
紬(ぬいぐるみと添いしたりするのかしら?)
ぬいぐるみを抱きしめて眠る和ちゃんの姿を想像する。多分とてつもなく可愛い。
それをきっかけとして、色々な想像が止まらなくなる。
いやむしろ妄想に近いけれど、恋人相手だからセーフだ。誰が何と言おうとセーフだ。
和「はい、ただいま」
紬「あ、お、おかえりなさい!」
和「何焦ってるのよ」
紬「き、気のせいよ!さあ早くケーキも食べましょう」
用意してきたのはチョコとイチゴのショート。
和ちゃんはチョコのほうが好きだそうだ。
和「一口いる?」
紬「え、いいの?」
和「いつも唯と食べるときには一口ずつ交換してたし」
紬「……じゃあいらない」
和「え?」
紬(いくら幼馴染だからって、こんなときにまで唯ちゃんの話することないじゃない!)
「いつも」という言葉に、私には越えられない二人の過ごしてきた歳月を感じ、つい反発してしまう。
和「もしかして、唯に妬いてる?」
くすくすと笑いながら和ちゃんが尋ねてくる。
悔しいけれど、聡明な彼女にはお見通しみたいだ。
和「ごめんごめん、私が恋人として好きなのはムギだけよ」
紬「……じゃあ、あーんってしてくれたら許してあげる!」
和「あらあら、甘えん坊ね。はい、あーん」
そう言いながらちゃんとリクエストに応えてくれるあたりやっぱり和ちゃんは大人だ。
まったく、細かいことで拗ねている私とは大違い。
和「機嫌なおしてくれたかしら?」
紬「……うん」
和「じゃあ、私にもして頂戴」
紬「え!?」
和「嫌かしら?」
紬「そうじゃなくて……」
和「ああ、スポンジ部分を渡したくないならイチゴでもいいわよ」
紬「普通逆じゃないかしら」
さっきは大人だと思ったけれど、和ちゃんはしっかりしているようでどこか天然なところがある。……クリスマスパーティーに海苔を持ってきたりとか。
そんなところも、好きなんだけれど。
和「大事なのはムギが私のためにあーんってしてくれることよ」
そう真剣な表情で言われると私の負けだ。
ケーキを一口分突き刺し、彼女の口元へと運ぶ。
和ちゃんはそれをぱくっと口に含み、満面の笑みを浮かべる。
和「美味しいわ、ごちそうさま」
……こちらのほうこそ、ごちそうさま。
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ケーキを食べると、なんとなく眠くなってきた。
でもせっかくムギが部屋に来てくれているんだから、寝てしまってはもったいない。
紬「和ちゃん、もしかして眠いの?」
なんとか悟られないようにしようとしたが、目の前の恋人にはお見通しのようだった。
和「まあちょっと……でも我慢するわ」
それを聞いたムギはにっこり笑って、膝をぽんぽんと叩く。
これって、もしかして……
紬「ひざまくら、しましょう?」
和(恥ずかしいけれど……いいかもしれない)
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眼鏡を外し、和ちゃんが私の膝に頭を載せてくる。私はその頭を優しく撫でる。
裸眼だと何も見えないと言っていたし、コンタクトは性に合わないらしいため、眼鏡をはずした姿を見たのはこれが初めてだった。
いつも凛とした和ちゃんがふにゃっとした様子で、無防備に私の膝の上で寝息を立てている。
感想は、可愛いの一言だ。
すっかり眠ってしまったように見えたので、一旦頭から手を退かそうとすると、和ちゃんに手を掴まれた。
そして彼女はそのまま再び頭へと持っていく。
和「やめないで……温かい」
ああもう、この子は。
こんな和ちゃんを見られるのは私だけだと思うと、さっき感じた唯ちゃんへの嫉妬など吹き飛んでしまう。
きっと、和ちゃんの膝に唯ちゃんが寝ることがあっても、その逆はないはず。
紬(……本当のところ、どうなのかしら)
起きたら聞いてみることにしようか。
みっともないやきもちとは分かっている。
紬「でも、和ちゃんが可愛いのが悪いんだから」
きっと、彼女には聞こえていないだろうけど。
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私が目を覚ました時には、既に部屋には夕日が射していた。
紬(あれ、私、いつの間に横に……)
さっきまで私の膝の上で和ちゃんが眠っていたはずなのに。
何故か今はふかふかのベッドの上に私が眠っている。
そして、目の前では和ちゃんがにこにこしながら添い寝している。
和「あら、起きたのね」
紬「これ、どういうこと?」
和「私が目を覚ましたとき、あなたも私を膝にのせたまま寝ちゃってたの」
和「だから、二人してベッドに移動したってわけ」
紬「……迷惑掛けてごめんなさい」
和「謝ることなんてないわよ。それより、もう帰らないといけないんじゃない?」
その通りだった。
でも、出来ればまだ帰りたくない。まだどころか、ずっとこうしていたい。
紬「もう少しだけ、ダメかしら?」
そう言って和ちゃんに抱きつく。
ダメも何も、私の都合で帰らないといけないのに、何を言っているんだか。
そんな理不尽な我儘をぶつけられて、和ちゃんは困ったような笑顔で私の頭を撫でる。
和「おうちの人、心配するわよ?」
紬「……あと五分」
まったく子供じみているとは思う。和ちゃんの前では自然そうなってしまうのだ。
和「もう、仕方ないわね。あと五分よ?」
だって、和ちゃんは私の我儘をいつでもそのまま受け入れてしまうから。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
帰り道。
駅が近づくにつれ、会話が少なくなる。
駄々をこねるムギをたしなめたものの、私だって帰ってほしくない。
繋いだ手の温かさを確かめるように、何度も手に力を込める。
紬「今日はありがとう。幸せだったわ」
和「私の方こそ」
紬「もう、着いちゃったわね」
和「ええ、名残惜しいけれど、またね」
別れを告げ、身を翻そうとした瞬間、唇に柔らかな感触。
いきなりの、そして初めてのキスだった。
和「ム、ムギ!?」
かなり積極的な行動だが、明らかに夕焼けとは関係なく彼女の顔が真っ赤になっている。
多分内心では物凄く恥ずかしがっているはずだ。
照れ隠しなのか、ムギは何も言わずに改札まで駆けていった。
そして、最後に振り向き――――――
紬「和ちゃん、大好き!」
またもや呆気にとられるが、気を取り直して返事をした。
和「私も大好きよ、ムギ」
電車の音にかき消されて、私の声は聞こえなかったかもしれない。
でも、多分私の気持ちは伝わったはずだ。
あのムギの最後に残した笑顔を見たら、そう信じられる。
もしかしたら、私の顔も真っ赤なのかもしれない。
でも、それはきっと夕焼けのせいなのだ。きっと。
おしまい!
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さいっっこぉぉぉぉ!!111 GJ!二人の物語をもっとみたいです!